我慢できません(非エロ)
山田草太×鮎川若葉


「英次郎はもう寝ちゃった?」
「パジャマ着せてる途中で意識不明です」
「やっぱりなぁ。湯船でも何度か沈みそうになってたもん」

濡れた髪をタオルで拭いていた草太は、若葉と目を合わせるとクスッと笑った。
草太がフランスから帰国し、若葉と結婚してから五年が経つ。
ル・シャトーは下町の気軽なフレンチとして順調に常連客を増やしていたし、
若葉も今は仕事量をセーブしてはいるが弁護士の仕事を続けていた。
ふたりの間には男の子が生まれ、今年で三歳になる。
決して裕福ではないが、家族三人、幸せで充実した日々を送っていた。

「若葉さん、こっちおいで」
「なんですか?」

居間のソファで冷たいお茶を飲んでいた草太が、にこっと人懐こい笑顔を浮かべて若葉を呼ぶ。
首を傾げて呼ばれるままに草太の傍に行くと、不意に腕を引かれて口づけられた。

「……もう、急になにするんですか」

冷たい唇が離れると、若葉は照れ隠しに怒ったフリをする。

「最近キス、してないなぁって思って」
「毎朝してるじゃないですか」
「行って来ますのチューじゃなくて、もっとちゃんとしたやつ……」

草太の膝の上に座った姿勢のまま力強い腕でぐっと抱き寄せられ、請われるままに唇を重ねた。
角度を変えて何度か啄ばんでから、深く重ね合わせてお互いの舌を絡め合う。
唇を離した頃には、草太の冷えた舌と唇はすっかり温まっていた。

「ね、英次郎も寝ちゃったし……ダメ?」
「えっ? こ、ここで?」

熱く濡れた目で草太に見上げられ、若葉は頬をほんのりと赤く染める。

「まさか寝てる英次郎の横で、ってわけにもいかないし」

普段は寝室に布団を並べて敷き、親子三人で川の字になって寝ているので夜の営みをどうするかは夫婦のささやかな悩みのひとつである。
息子を寝かしつけた後、こっそり居間のソファで……というのはもう何度か経験済みだというのに、いつまでも初々しい若葉の反応が草太には可愛らしくて仕方がない。
少し目を細めてニヤリと笑った草太は、わざと意地悪を言ってみる。

「ここがダメなら、後はお風呂くらいしかないけど……」
「おっ、お風呂は絶対にイヤですっ」

予想通り涙目になった若葉が、真っ赤な顔をぶんぶんと左右に振った。
新婚の頃、うっかりお風呂でそういう雰囲気になったのはいいが声が響いて恥ずかしいわ、のぼせてフラフラになるわで散々な目に遭い、それ以来若葉はお風呂でのエッチは断固拒否を貫いているのだ。

お風呂でするのは断固拒否だけど、今からここでしようという草太の誘いには素直に頷けなかっただけで若葉だって草太に触れて欲しいし、触れたいと思っている。
甘えるのが下手で意地っ張りな若葉のことをよくわかってくれている草太は、若葉が折れるタイミングをいつも上手く作ってくれるのだ。

「じゃ、どうしよっか? お泊り保育の日までお預け、なんてのはオレ、我慢できないっすよ……?」
「それはわたしも……我慢できません」

若葉は草太の首に両腕を回して引き寄せると、OKの意味を込めて自分から口づける。
合わせた草太の唇が触れていてそれとわかるように笑みのかたちになり、若葉の体がソファの座面にゆっくりと倒された。

「…………あっ、電気は消してください」
「……ちぇっ」

夫婦の間にふたり目の子どもが出来るのも、そう先のことではないかもしれない。






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