二人の結婚後(非エロ)
山田草太×鮎川若葉


「い、いいですかっ!公共の場では私の半径50センチ以上は近付かないで下さい!」

頬を少し赤らめ、そう早口でまくし立てているのは、キッチリとリクルートスーツを着こなし、前分けの黒髪がとても似合う、誰しもがハッと振り返る程の美人。なにやら彼女の抱える重そうなエナメルのバックの中には、大量の書類が鞄に収まり切らずにはみ出していた。

そのエナメルバック重いでしょうから俺に貸して下さいと、物腰柔らかな、まさに今流行りの草食系男子の代表なような男性が、彼女にバックを渡すように説得していた。

「今はなるべく重い物持つの止めてくれって言った筈っすよ!
一番身体大事にしなきゃならない時期なの分かってるんすか!?」

彼女の肩を必死につかみ諭す姿は、余りに真摯で、周りの無関係な通行人達も思わず振り返る者や立ち止まる者もちらほら居る程。

その興味有りげに彼女達のやり取りを見る野次馬達の視線に、彼女は頬を先程よりあからさまに蒸気させながらギッと殺気を含めた視線をふりまき、最終的にその視線は、目の前の男性に全て降り注ぐ形となった。

「だから!公共の場でのスキンシップはあれほど禁止だと…!
それに、このバックには重要な書類が沢山ありますので、幾ら草太さんと言えどもお任せする訳にはいきません!」

「だったら、せめて安定期に入るまででも重い物とか持たないような仕事に切り替える事は出来ないんすか!?」

「…私が一度引き受けた仕事を他の誰かにお任せするとお思いですか?」

「…確かに思えないっす、思えないですけど…」

にっこりと冷たく笑う彼女の剣幕に、草太と呼ばれた男性は、その笑顔にたじろきながしながらも自身の想いを怯まずに彼女にぶつける。


172 :名無しさん@ピンキー:2012/01/07(土) 13:38:54.23 ID:yHEyMe5K

「この前だって仕事で無理しすぎたばっかだし、検診で行った産婦人科で医者にキツく言われたじゃないすか、あまり無理はするなって!

…俺、若葉さんとお腹にいる赤ちゃんに何かあったって考えたら…」

そう絞るように呟いた言葉、そして微かに濡れる彼の瞳の真っ直ぐさに当てられた彼女の頬には、ハッキリと羞恥の色が帯びていた。

「だ、だからっ!公共の場では言葉を選べとあれほど…!
あとそれくらいの事で直ぐに涙ぐまないでください!
…私が貴方の涙弱いの知ってるくせに!!」

「…だって仕方ないじゃないすか、俺…若葉さんが心配なんすもん!」

「だってじゃない!!
…嗚呼もう!!これだからだんご虫はっ!!」
なにやら勢いよく叫んだ彼女は、彼の腕をつかみ、人混みから外れた裏小路に引っ張り込んでいく。

「え、ちょ…若葉さん!?」

彼女も自分で気にしてるのか、前ほどよりさほど高くないパンプスのヒールをカツカツ鳴らし、ずんずんと進んで行く後ろ姿と、されるがままの彼の姿。そしてオフィス街の換気口のファンの風が生温い裏小路の奥で、彼女は突如立ち止まり、彼と向き合う。

「此処でならある程度の人目は付きませんので、だんご虫で尚且つ泣き虫な草太さんを慰めてあげれるってもんです。」

さぁ来い!とばかりに腕を広げた彼女に導きかれるように縋りつく彼の姿。

その繊細な心とは逆に、意外にも逞しいのだと、抱き締められる度に思う彼の背中、
顔を見られる事がないこの行為の時だけ、彼女は自分が心から素直な女になれてる気がするのだ。

そんな事を頭に過ぎらせながら、縋りつく彼の背中を、首筋を優しく慰めるように撫で、時にポンポンと落ち着かせれるようにさすって行く…。

「草太さん、少しは落ち着きましたか?…草太さん…?」

もうタイムリミットだと伝えようと覗きこんだ彼の顔は、先程の切なさとは違い、彼が昼間には絶対に見せないであろう欲情を纏って、くすぶらせているかのような表情をしていた。

…え、ちょ…!?なんでっ!?

彼の豹変に思わず動揺した彼女の隙を狙って彼は彼女の肩を壁に押し付け、小さな顎を指先で持ち上げながら、初めは啄むように、そして次は焦らすかのように彼女の唇を舐め、空いた唇の隙間を埋めるかの如く深く口内を貪っていく。

そんな何時もの夜の営み前に彼と行う深い口付けを、何故か真っ昼間の、しかも屋外で行われている事実が、彼女の思考をますます混乱させた。

「…ん…っ、…何して…!?屋外でのこの行為は…猥褻行為に値して…っ!!」

恥ずかしながら呟くこの言葉から、前に彼女が屋外にて酔った勢いで彼に行った初めての接吻は、彼女の中では既に記憶が無いものとして片付けられてるらしい。

その言葉にほんの少しだけ苦笑いを浮かべては、先程の押しの弱さが嘘みたいなほど意地が悪い笑みを浮かべて彼女の耳元で囁くように呟く彼の姿。

「……でも若葉さん、そんな事言っててもキッチリと応えてくれてますよね…
初めは本当にぎこちなくて、よく鼻当たったり、歯当たったりしてたけど、…いや、本当上手くなったっす、キス。」

「…っ!?、だ、だんご虫な癖して、何上からモノを言っちゃってくれてるんですかっ!?
そんなのは当たり前です!!一応全ての事は事前に予習し、学んだ事は必ず復習するのが私のモットーですから!!」

「…いやでも、それって主に資料とかでですよね?ぶっちゃけこうゆう行為って、経験重ねなきゃって思うし…だから若葉さんがキス上手くなったのは俺とのキスでかなぁって思うと嬉しいというか…」

「っ勝手に自惚れないで下さい!!
…そりゃあ…貴方とのキスは…好きか嫌いかと聞かれたら…、好きですがっ!、だからといって私のキスの進歩が草太さんのお陰と言われたら、それはもの凄く心外です!
それに、感情的にはキスは何らかの影響は有るのかもしれませんが、物理的にはキスそのものの行為に生産性など全くありません!」

「…若葉さんが前に言っていた、キスは粘膜と粘膜の触れ合いでしかないって奴っすね?
でも、その粘膜と粘膜の触れ合いの果てに、こうして若葉さんのお腹に俺と若葉さんの遺伝子を引き継いだ命が生まれてくる…。そう考えたらキスって俺はもの凄く欠かせないモノだって思うし、…それに、好きな人とだと、もの凄く気持ち良くないっすか?」

「それは…っ…」

「少なくとも俺は、若葉さんとのキス、すっげー気持ちいいです…。」

そう呟きながら彼は自身の唇を、彼女の唇に軽く押し付け、ふっと彼女が緩んだ隙にお互いの口内の舌先を絡め取るように口付けを行っていく。
粘膜と粘膜の触れ合いの果て…

そう彼が呟いた言葉が彼女の脳内に焼き付いて離れない。

まるで今行っている行為自体が、男女の肉体の繋がる行為と重なるような…そんな感覚に陥るのを彼女は感じていた。

初めて彼と繋がれた日、余りに痛くてたじろぐ自分の気を紛らわす為にしてくれた甘いキスが忘れられない…

此方ばかりが何時も何時も彼の行為に翻弄されるのが悔しくて、自分から仕掛けたキスは、自身と彼の歯が衝突して頭に響いた苦い記憶…。

そして遂に繋がる事への痛さが無くなり、その行為を悦べる事を発見した喜びと恥ずかしさ…、そんな自分の変化にもの凄く喜んでくれた彼の笑顔…。

今彼としている行為は、只の口付けな筈なのに、結婚してからの彼との夜の甘い生活を否が応でも思い出されてしまう。

「…ん…っ、…そうた…さ…、」

「若葉さん…、今の声すっげー可愛い…、もっと、聞かせて…?」

彼の肩にしがみつくのがやっとの彼女の耳元で彼が呟いたその言葉は、彼女を追い詰めるのは容易な事で、
壁に寄りかかりズルズルとしゃがみ込み吐息を整える彼女の腕からは、先程はどんなに彼が頼んでも頑なに離さなかった大量の書類が入ったエナメルバックを指から不意に離し、ドスンと地面に鈍く落ちる音がビジネス街の騒音に紛れて辺りに響き渡った。

その隙にバックの取っ手をしっかりと掴み「若葉さん、今日はもう帰りましょうか」と呟いた彼の笑顔。

「…へっ!?」

「…ほら、このままこんな場所で事進めるのは…なんつうか、流石にヤバいだろうし、
あ…でも若葉さんがもし続きがお望みなら、家帰ってからって事で…、どうします?」

先程の事の事などまるで忘れたかの様にスッキリとした彼の表情は、彼女の眉間に皺をキッチリと寄せさせるには十分で、

「…この…っ、だんご虫!よくもっ…!」

「ほら、前に言ったじゃないすか、だんご虫だってやる時はやるんだって。」

「…いいからその鞄返して下さい!!」

「若葉さんが今後無理ををしないって約束するなら返します。」

「私は無理なんてしていません!!」

「だったら、そんなムキになる必要ないじゃないすか?」

「ムキになってるのは貴方でしょう!!」

「あ、今日の晩御飯何にします?、和洋中、どれがいいっすかね?」

「和がいいです…、って話をそらすな!!!」

「…歩けます?、なんなら俺、若葉さんを家まで抱えていきますが?」

「結 構 で す!!!」

そう思い切り捨て台詞を吐き捨てて、一人ずんずんと路地を進んで行く彼女の姿。

どんな気分の時で在ろうと、背筋が真っ直ぐな彼女の後ろ姿を愛おしいそうに見つめながら、先程奪う形になった彼女の荷物を抱えて、彼も路地を駆け出していく…






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