シチュエーション
本所深川七不思議 その三 馬鹿囃子 夜中にフト目を覚ますとどこかでハヤシている。 遠くなったり近くなったり、どこでやっているのかそれが判らない。 本所にある、とある宿。場所が下町だけに、壁も薄い小さな木賃宿だ。 泊まる客のほとんどは地方から来た大工や鳶、飛脚だった。 ある月の明るい日のこと、一人の男が、けばだらけの畳に敷いたうすっぺらい布団の上で思案していた。 その男は、安房は館山の漁師だったが生来より細工がうまかった。 わが(お前の)釣り針作りは江戸の彫金職人も裸足で逃げ出すべ、という周りの言葉に すっかり調子に乗った男は、家財一切を整理し、彫金師を目指して江戸に来ていた。 だが華やかな八百八町に目がくらみ、昨日は吉原今日は新橋と遊び歩いているうち、 家を売ったなけなしの金もすっかり尽きてしまっていた。 どうやら明日は山谷の人足寄せ場で仕事を探す必要がありそうだ。 憂鬱な気分を追い払うように、男は目を閉じ、眠りについた。 ・・・・・・・・ 男は、何やら物音で目を覚ました。壁が薄いせいか、外の音がよく聞こえてくる。どうやら人の声のようだ。 流石は江戸、人が多いと夜中うろついて騒ぐ変わり者もいるもんだ。 夜明けまで遊び歩いていた昨日の自分を棚に上げ、男はぼやきながら目を閉じた。 ・・っ・・・・ぁ・・・ 目があいた。それはもう、音がするほどぱっちりと。 今のは間違いない。女だ。それも、喘ぎ声だ。 布団から跳ね起き、耳を澄ます。 ・・・・ぁっ・・・ぃぃょぅ・・ 隣の部屋だろうか。いや待て、女将は言っていた。今日の客は俺一人だと。 それに、どうも建屋の外から聞こえてくるようだ。 障子をそっとあけ、耳を澄ます。・・・聞こえる。確かに女の声だ。 ・・・ひっ・・あぁ・・あぁん・・・ 鈴を転がすような、かわいらしい声。かなり若そうだ。毛も生えそろわないかもしれない。 だが、甘い、媚びるような声はかなり熟達した経験も感じる。 幼いうちからけしからん!これはけしからん!! 男は鼻息を荒げ、宿の外へと飛び出した。どこだ、どこから聞こえてくる。 静かな夜の街で耳を澄ます男。幸い、今夜は満月。漁師あがりの男は夜目も聞く。 聞こえさえすれば、どこまでも追っていけるはずだ。 ・・・ぁぅぅ・・・・ぁっぁっぁっぁっ・・・・ 先ほどまでより遠ざかっている気がする。男は耳に全神経を集中させ、 聞こえてきたほうへと静かに歩き出した。 ・・ひっ・・そこだめぇ・・・んっ・・・んあああっ・・ 本所は道が細く曲がり角が多いため、見通しがよくはない。堀や川も多いので、行きたい方向に進めないこともある。 目よりも耳が頼りだ。心なしか声が大きくなってきた。確実に近づいている。 深夜とはいえ野外で事に及ぶとは何ともうらやま、もとい破廉恥な。こっそり覗き見、いやいや見つけてじっと見張ってやる。 胸を躍らせてあたりを探り歩いていた男だったが、そのうち妙な事に気が付いた。声がいつまで歩いても近くならないのだ。 同じところを堂々めぐりしているならともかく、声は確実に移動している。 何と、抱え込んで歩きながらしているのか。 男はさらに鼻の下を伸ばし、先ほどまでよりも急ぎ足で声のもとをたどった。 ・・ぃゃ・・・・・・・ぁぁぅ・・・ おかしい。聞こえる方角はあっているのに、間違いなく遠ざかっていく。 駕籠の中でヤッているのだろうか。だとしたら追いついても覗き見はできまい。 これはもう諦めたほうがいいかもしれない。 男の助べえ心よりも眠気と疲れが勝り始めたその時、 んはっ・・いやっ・・ああっあっあっあっあっんっんっぁっ・・ 急に声が徐々に近づいてきていた。よく聞けば、ぱんっぱんっという肉音まで聞こえてくるようだ。 近い。これはもう、角を一つか二つまがれば追いつくぞ。 「んあっイクっぅあっああいいっいいっイクイクイクッうあっ」 すぱんすぱんと腰を打ち付ける音につられるように感極まっていく女の声。先ほどまでよりも、 声が一段と高くなっている。絶頂が近いのだろう、じゅぷっじゅぷっという水音も生々しい。 相手をする男も、ハァハァと息を荒げている。 次の角だ。次を曲がれば、ご開帳だ。 男はふんどしを脱ぎ、イチモツをしごきながらゆっくり角から覗き込んだ。 んっイクぅ・・え・・っえっ!いやっそっちはダメ・・・んああああああああっ! 寝静まった長屋の間に、声だけが響く。声は少し遠ざかったようだ。 いったいどこでヤッてるんだ。そっちってどっちだ。ええい、往生際が悪い! イチモツが大きいままではふんどしは締め辛い。仕方なく男はふんどしをわきにはさみ、 股間の棒を握りしめたまま早足で声のほうに歩き始めた。 ダメっ・・もっ・・ゆっくいっ・・激しぃっ・・すぎぃぃぃっ・・ 女の声はどんどん激しくなっていく。しかし距離は縮まらない。むしろ徐々に遠ざかっていくようだ。 夜もどんどん更けていく。男を再び諦めが襲う。何より、歩きながらではヌケない。 しかし、声の主たちは足を止める気配もない。やきもきしているうちに、男はだいぶ遠くまで来てしまった。 仕方がない、もう帰って明日に備えようか・・・。 「えっ何っ!?剥いちゃダメっ!!後ろに太いの入ってるのにっ!あううっ!! こすっ!こすらないれぇっ!!感じすぎちゃうのっ!!ダメっダメぇ!! ひぎいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃっっっっっっっ!!!」 ぷしゃあああああああああああっ 「ひぅぅ・・・ハァ・・・ハァ・・だめ・・うずくのぉ・・・前にもぉ・・・前にもほしいのぉっ!! おちんちんもう一本ちょうだい・・・・もういっぽん・・・ねぇ・・もういっぽんんん!!!」 男は走りだした。 股間はギンギンだ。 少女声でこんな淫乱な言葉を聞かされたら、もう一本をはせ参じるしかない。 もう一本!あなたのもう一本ですっ!!今から行くから待っててねぇぇぇぇ!!! ・・・あくる朝。河原の草原に、半裸の男が倒れていた。下着はおろか浴衣の帯もせず、 腹とおっ立ったモノが丸見えである。 唯一つけている浴衣も、一晩中走り回ったかのようにボロボロで汗まみれだ。 顔を手で覆ってハァハァと荒い息をしながら、時折ヒグっとしゃくり、頬は涙でまみれていた。 通りがかりの人はみな一様に、 「やらしいわねぇ」 「馬鹿だ。馬鹿がいるぞ」 と口にしていた。 これがホントの馬鹿ヤラシ。 おわり。 SS一覧に戻る メインページに戻る |