ある中学校の七つの伝承「音楽室」 Aパート
シチュエーション


ある中学校の中休みの図書室にて

「え? 何か目新しい怪談を知らないか、ですって?」

突然声をかけられ、私はギクッとした。

歴史小説が好きな私は、友達の間では「レキジョ」というあだ名で通っている。
最近は水滸伝にハマっており、短い中休みの間に昨日借りた本を返却し、新しい本の貸し出しをするつもりだった。
私が本を抜いて出来た3冊分の隙間の向こう側から、隣のクラスの長い黒髪の少女が棚越しに声をかけてきたのだ。
声をかけられて驚いた理由は、場所の意外さだけではなかった。私がちょうど新しい怪談を知っていたからだ。

まだ誰にも話したことはなかったが、聞きたいのであれば答えない理由もない。
むしろ、私としてはこの怪談を広めてほしいと思っていたのだ。渡りに船と言えよう。

「うん、じゃあ話してあげる。でもこの怪談・・・・・・」

そこで私はあたりを見回し、声をひそめて言った。

「誰にも話しちゃ、ダメだよ?」

こういう演出は大事だ。緊迫感が出るし、何より聞いたほうも余計に周りに話したくなるはずだ。
そんな効果を期待したが、黒髪の少女はニコニコ笑いのまま頷くだけだった。どうやら思惑は外れたようだ。
気を取り直して咳払いをすると、私はおもむろに語り始めた。

「私、放課後は音楽室でピアノ弾いたりしてるの。個人的な趣味よ。うちの学校は吹奏楽部がないしね。
それで夕方の音楽室にいると、なぜだか視線を感じることがあったのよ。もちろん周りに人はいないわ。
いつも不気味に感じていたのだけれど、ついに昨日、その原因がはっきり分かったの。」

怪談らしく、もったいぶった溜めを入れる。どんどん話を広めてもらうために、必要以上に怖くしたいのだ。

「肖像画。音楽室に飾られている、バッハやベートーベン、ブラームスたちが、笑みを浮かべて私を見ていたの。
絵画が動くわけないけど、私ははっきりそれを見たの。一瞬あと、彼らはすぐに澄ました顔に戻ったわ。
これが私の知ってる目新しい怪談。何しろ昨日体験したばかりだから、まだ貴女にしか伝えてないわ。
くれぐれも、誰にもしゃべっちゃだめよ。」

最後に念を押し話を終えたところで、ちょうど中休み終了の予鈴がなった。私は礼を言いながら手を振る少女に
別れを告げ、図書室をあとにした。少女が授業に急いでいないことへの疑問が頭の片隅をよぎったが、
この怪談が学校中の噂になることへの期待がすぐに疑問を追いやっていった。






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