シチュエーション
この話は正直ヤバイ。 聞く方には何でもない話でも、俺にとっては生死に関わる問題だ。 でも、世の中にはこんな不思議な事があると知ってもらいたくて話してる。 俺は元々、その筋の人達の使いっぱしりをしてた。 今の時代、ヤクザも末端のやばい仕事はアウトソーシングですよ。 俺がやってたのは、ワンボックス乗り回して業者から花を買いつけ、 それを界隈のホストクラブやバーに数十倍の値段で売る仕事。 ホストクラブに入ると必ず入り口に花あるじゃん?あれ。 その仕事をヤクザのNさんって人に個人的に雇われてやってた。 あくまで組じゃなく個人で雇っているのがミソだ。 万が一警察にバレた場合、トカゲの尻尾切りで逃げられるから。 ホストクラブの連中と揉めたりはしょちゅうの大変な仕事だったけど、 俺はそれを根気強く続けて、結構Nさん以外の組の人からも信用されるようになった。 で、そのうちワンボックスを運転して、ダンボールなんかの荷物を運ぶ仕事も任されるようになったんだ。 組員のベンツについていって、止まれと言われた所で止まり、荷物がどこかに運び込まれるのを待って、帰る。 それだけで驚くような金額が渡された。 運んでたダンボールの中身が何かは気になるけど、動く金額から考えてもまともな物じゃないだろう。 第一、それは俺のような外注の素人が知っていい情報じゃない。 だから俺はそれには言及せず、黙って任される仕事をこなしていた。 でも、ある日に呼び出された仕事は空気が違った。 普段はNさんと同僚のTさんがいるだけの待ち合わせ場所に、幹部のSさんまでいる。 そして3人とも明らかにピリピリとした雰囲気をしていた。 「……はこのまま帰せ」 「あいつは大丈夫です、それより……」 俺のほうをチラチラ見ながら小声で話し合っている。 しばしその状態が続いた後、俺はワンボックスに乗るよう言われて車を出した。 随分走ったと思う。普段こういう仕事では使わない国道を使って県を越え、山中のトンネル付近で止まった。 「ここだ」 幹部のSさんが草むらを掻き分け、鉄製の重そうな扉を開く。 大人が屈んで何とか入れる程度の大きさで、普段は草とトンネルに隠れてどの角度からも見えない。 まず大きな麻袋を担いだNさんとTさんが中に入り、俺がそれに続く。 さらにSさんが俺の後ろから入って扉を閉めた。 中は入り口に比べて随分広く、下水道のようなしっかりとした作りになっている。 というより、本当に下水道なのかもしれない。4人でその中を黙々と歩いた。 荷物を担ぐNさんとTさんは薄っすらと汗をかいていたが、俺に手伝えとは言わなかった。 荷物はやけに大きい。 まるで人一人が入れるぐらい。麻袋の端から覗く黒い袋は、死体袋と呼ばれる物に似ていた。 そもそもこれだけ慎重を期し、運ぶ当人達が神経質になっている仕事だ。 死体を捨てに行く途中……そんな風にしか思えなかった。 30分以上も歩くと、それまで人が4人並べるくらいに広かった通路が急に狭まる。 俺の肩幅よりちょっと広い程度だ。 Nさん達は、袋を肩に抱えなおしてその道を進む。 さらに10分ほど行くと、再び通路は広くなった。そこでNさんが足を止める。 「ここだろ」 「ここ、ですね」 SさんとNさんが短い会話を交わした。 その目線の先には鋼鉄製の大きな扉がある。 扉には薄く何かが書かれていた。 掠れていてほとんど見えないものの、やたらと旧字体が多い。 『帝國陸軍……第弐拾壱……禁倉……』 そんな具合だ。まるで歴史の教科書に出てくるような古めかしさで、 俺はそこが現実だとしばらく把握できずにいた。 単に書かれている字体に馴染みがないから、だけじゃない。 その扉の中から感じる只事でない空気が、俺から現実感を奪っているように感じる。 正直すぐにその場から逃げ出したかったが、もしそうしたら、俺もSさん達に殺されるだろう。 Nさん達3人は、扉を前にして一旦腰を下ろして休憩に入った。 俺もそれに合わせて腰を下ろす。 3人とも無言だったので、俺も黙っていた。 しばらく休憩して、ようやく出発しようという頃だ。 Nさんが袋の端を持った時、いきなりその袋が暴れ出した。 驚いてNさん達が手を離した隙に、袋の口が開いて中身が飛び出す。 覗いたのは色白の女の顔だった。 軽くウェーブを描くダークブラウンの髪が首筋までをなぞり、 はっきりとした目鼻立ちが印象的な美人だ。 どこかで見たような顔の気がするが、いまいち思い出せない。 「おい、何でここでクスリが切れんだ!!さっさともう一回打て!!」 Sさんの怒号が響き渡った。 Nさんが忙しなくポケットをまさぐり、注射器を取り出す。 そしてSさんとTさんが女を押さえつける中、その首筋へ針を打ち込んだ。 女は小さく呻いた後、がくりと項垂れる。 その意識をなくす寸前、女は俺に気付いて救いを求めるような視線を寄越した。 その顔は一生忘れられないだろう。 「……女の顔、見たのか」 Sさんが俺のほうを振り向いて言った。 俺は余りの事に返事が出来なかったが、あの状況で見ていない筈はない。 俺達は鋼鉄製の扉を越えてさらに進む。 前と違うのは、袋を支える真ん中に俺が入ったこと。被害者の顔を見た以上、一蓮托生だ。 麻袋の感触はやわらかかった。 扉をさらに奥へ進むと、やがて古い井戸が見えてきた。 井戸の蓋はやはり頑丈そうな鋼鉄製で、端に鎖が繋げてある。 滑車を通して鎖のもう一方の端を引くと、少しずつ井戸の蓋が持ち上がっていくという仕組みだ。 扉の前で感じた気味悪さの正体は、この井戸だ、と俺は直感的に悟った。 Tさんが鎖を引き、井戸の蓋を開けていく。 するとNさんが麻袋を持ち上げて一気に中へ放り込んだ。 パシャッとかすかな水の音がするものの、井戸の中は枯れているようだった。 「おい、中を見てみろ」 Tさんが俺に命じた。俺はペンライトを手に井戸の底を照らす。 何度か井戸の壁が照らされた後、ついに底の地面が光の輪に入った。 白い女の裸体が転がっている。落ちた時の衝撃で袋の中から出たらしい。 女の手首足首は縄できつく縛られているようだった。 スタイルは非常にいい、顔の良さもすでに見た通り。 こんな井戸に放り込んだが最後、もう出てくることは出来ないだろう。 捨てるにはあまりに惜しい美人だ。 風俗でもさせれば相当稼げるだろうに、どうしてこんな事を。 俺が裸を見ながらそんな事を考えていると、突如光の照らす中に異様なモノが見えた。 「うわっ!」 俺は自分でも解らないうちに悲鳴を上げていた。 形は裸の人間だ。でもその肌はライトに照らされる中で白く濡れ光っている。 ナメクジ、俺が思い起こしたのはそれだ。 大体、見目が人間であっても、こんな辺境の井戸の中にいるモノが尋常である筈がない。 「どうした」 NさんとTさんも井戸の中を覗き込み、俺と同じ反応をする。 2人とも事情を知っている訳では無さそうだ。 「終わったか」 後ろからSさんの声がした。俺とNさん、Tさんはすぐに今見た者の話をする。 すると、Sさんだけは訳知り顔で息を吐いた。 「……“カンノングライ”だ。深い意味は知らなくていい、忘れろ」 そう言って井戸の蓋を閉める。 でもまさに蓋が閉じる瞬間、俺は聞いた。 中から響く女の声。 「い、いやあっ!何これ、いやああっ!!!!」 そう言っていた。その言葉が俺の耳にこびり付いた。 それから一週間後の事だ。Nさんから電話があった。 Sさんが消息を絶ったそうだ。俺も早く逃げろとNさんは言っていた。 状況が解らないので説明を求めた所、Nさんは散々渋った後でようやく口を開く。 あの日俺達が運んだ女は、組長の娘だったそうだ。 若頭であったSさんは組長の娘と妙な関係にあり、脅されてもいた。 いよいよそれが洒落で済まなくなった時、Sさんは娘を片付ける事を決意した。 それもただ殺すんじゃなく、その娘を生贄に、組長達に呪いを掛ける事を思いついたそうだ。 それがあの井戸。 あの時Sさんが言った“カンノングライ”は、漢字で書くと“観音喰らい”。 井戸に投げ込まれた女の観音様、つまり性器を徹底的に貪り、 挙句にはその女の血縁に当たる一族にまで死をもたらすという祟り神だ。 Sさんはそれで組長の死を狙った。組長さえ死ねば、Sさんがその跡目になれるらしい。 組長の娘を攫い、運ぶのに、Sさんは俺のような外部の人間を使って組に情報が漏れないようにしていた。 それでもついにその事実がばれ、Sさんは組に消されてしまったのだという。 そう聞いて俺は思いだした。 確かに運んでいた女の顔に、俺は見覚えがある。 組に出入りしている若い女で、美人ではあるがやたら態度がでかく偉そうだったのを覚えている。 さらに井戸の一件より少し前、車の中で犯される現場にも立ち会った。 路地で睡眠薬を嗅がせて拉致し、ワンボックスの後部座席でNさん達が輪姦していたのだ。 始めはガラの悪い怒鳴り声を上げていた女も、何度もクスリを打たれて犯されるうちに普通の女になっていった。 俺は外での見張りを命じられてて、車内を覗こうにも黒張りのガラスで見えなかったけど、 誰かがタバコを吸いに外に出る瞬間にチラッとだけ中の様子が解る。 初めて見るNさん達のアソコはとんでもなく大きく、真珠まで埋め込まれているようだった。 それを深くまで捻じ込まれる女は、足をピーンと伸ばしていていかにも気持ち良さそうだ。 口にも一本咥えさせられていて、その泣きそうな目からは、いつもの偉そうな態度なんか微塵も見当たらない。 その一瞬の場面だけで、女がどれだけ念入りに犯されたのかが窺えた。 あの日俺が運んだのは、まさにその女だ。 その電話が来て以来、Nさんからは連絡を貰っていない。Tさんも同じくだ。 俺は組から距離を取っていたせいか今のところ無事だけど、正直今でも安心はできない。 特にこんな話をした以上は。 一度だけ、俺1人であの井戸の様子を見に行った事がある。 ヤバイと解っていても、どうしても様子が気になって仕方なかったからだ。 辿り着くまでの恐怖は夜の学校の比じゃなかった。 1人で旧字体が書かれた鋼鉄製の扉を空け、井戸に近づく。 その瞬間に耳鳴りのようなものを覚えた。 しかしよく耳を凝らすと、それが耳鳴りではなく、かすかな“声”だと解る。 高い女の声だ。 俺は確信を抱きながら鎖を引き、夢中で井戸の蓋を開けた。 途端に声が大きさを増す。 「ああっ、いいっ、いいいいっ!!おしり、おしりすごい、大きいっ!!! いいイイイィィィよおおおおおおおっっ!!!!」 その声が聴こえ、ペンライトで井戸を照らすと、1人の女が這う姿勢でナメクジに群がられていた。 後背位に近い形だ、声から言って尻に入れられているのだろうか。 俺はその異常な交尾にしばし見入る。 すると、ライトに気付いたのか、『それ』がいきなり顔を上げた。覗き込む俺と視線が合う。 そこで俺は叫びを上げた。 『それ』には顔がなかった。のっぺりとした顔に鼻の穴だけが空いている。 明らかにこの世のものではない顔だ。 俺はぞっとしてすぐに蓋を閉じ、その場に力なくへたり込んだ。 井戸からはまだ微かに女の声が聴こえてくる。 それが耳に入るたび、女の気持ちが入り込んでくるようだった。 蓋の閉められた暗い井戸の底、あのナメクジのような顔無しに群がられ、恐らくは犯される。 もう絶対に助けの来ないだろう環境で、延々と。 俺はその情景を想像して、何度も身震いした。 もうどうしようもない。こんな深い井戸の底にいる人間を助ける術など見つからない。 女自体もすでに化け物の仲間になっている可能性は捨てきれないし、 何よりあの化け物の傍に降りるなんて出来る筈もなかった。 罪悪感が押し寄せる。俺はそのせめてもの償いに、井戸の傍にしばらく座り込んで、生贄の嘆きを聞いていた。 ちなみにNさんの組の組長は、今でもまだ現役だそうだ。 SS一覧に戻る メインページに戻る |