シチュエーション
2コマ目終了のチャイムが鳴って約10分、ボロっちい学生食堂は空腹を 満たそうとする学生でがやざわと溢れ返っていた。 オレはようやく確保した席でカツカレーをがっつきながら、目の前で塩野菜 ラーメン(大盛)をすする篠田に訊いてみる。周囲に人間は多いが、互いに 関心など持っていない。一人で食事をしてよっぽど暇でもない限り、会話の 内容なんざ聞かないだろう。そして隣はどこかのゼミらしい集団だ。よし。 「なァお前さ、」 「ふぁん?」 篠田は麺すすりっぱで視線だけ寄越しやがる。マヌケ面だ。 「サキュバスって……いると思うか?」 ……もとい。こんな質問、二流どころとはいえ仮にも学問と研究が本分の学府で 口にするオレのがよほどにマヌケだ。篠田はずるずると麺をすすり切り、もぐついて 飲み込んだ。 「そりゃどういう意味合いにおいてだ?キリスト教および類似する一神教における 性へのタブーを具現化したものとして?それとも教会の権威を高める悪魔と しての側面か。あるいは夢精のメカニズムの理屈づけか?」 「常識的なお答えをありがとうよ。お前流に言うなら、生物種として存在するか 否かだ」 はっはっは。 乾いた笑いを交わして、篠田はつくづく可哀想なものを見る目をしやがった。 「二次元への愛を語るのは個人の自由だと思うが、エロゲにハマるのもほどほどに しとけ?」 「妄想と現実の区別ぐらいついとるわバカにすんな!」 思わず大きい声を出し、オレはハッと我に返る。いくら騒がしいとはいえこれは 目立つ。誤魔化すように薄エグい緑茶(タダなので仕方ない)を飲み下し、オレは 今度こそ声をひそめた。 「オレだってまだ何が起こったんだかよくわかんねーんだよ!けど実際部屋に いるんだから仕方ないだろ!」 「……サキュバスが?」 「サキュバスが」 「お前の部屋に?」 「オレの部屋に」 篠田はしばらく黙ってラーメンを食うに専念し、麺がのびる心配がなくなったところで 一口水を含んだ。 「えーと……事の真偽はともあれ、なんでそんな羨ましいことになった?」 羨ましいのかよ!正直だな! 「あれか、セオリー通りゴミ捨て場かなんかで行き倒れてたのを拾ったか」 「アホかお前。人が倒れてたら119番はしても部屋に連れ帰ったりしねーよ普通」 「ごもっとも」 「ヤハオクで落札した」 「すんな!つかそれはマズいだろアウトだろ何やってんだヤハー!」 「オレも見つけたときはそう思った」 安いだけが取り柄のカレーを平らげて、オレはテーブルのベタつかない場所を 選び肘をつく。 「即決物件、写真なし。なんのイタズラだと思って、ちょうど暇だったし、スクショ 撮ってからとりあえず落としといて、通報してやんよとか思ったわけよ」 「本気で暇だな」 「うるせ。ところが、これが昨日になってマジにクール便で送られてきてやんの。 でっかい発泡スチロール開けたら、そこには冷えきった血の気のない女の子が」 「コワっ!キモっ!」 鳥肌立ったらしい腕をさする篠田に、オレはようやく自分が落ち着くのを感じて いた。同意が得られるとはこんなにも心強いことだったのだ。なんか心理学で やった気がする。持つべきものは友人だ。 「あんときゃ本気で通報物件かと思ったね……」 「いや通報物件だろ。ふつーに」 「だろ?そう思うだろ?けど動くんだよこれが。腰抜けた」 「…………」 篠田は黙り込み、やがてふぅと何かを吹っ切るように息を吐いた。 「うん、お前にしちゃ上出来の怪談だった」 「作り話にすんな!マジだって!」 「だってお前、仮に本当だとするわな。サキュバスって男の精吸って殺すんだろ。 お前ぴんぴんしてんじゃねーか。それとも何か?そんな据え膳で手ぇ出さなかった のか馬鹿言うなもったいない」 「いやそれは」 オレは口ごもり、ぱんと両手を合わせて篠田を拝んだ。 「頼む!助けると思ってオレんち来てくれ!」 * 「いやだ、篠田さんったら。卵を産ませるのにメンドリを殺したりしないでしょう?」 彼女は話を聞いてころころと笑った。ナントカいう画家の美人画に似ている。 真っ黒い髪がぱっつり肩口で切り揃えられ、同じく真っ黒な猫のような目、小さめの、 だが下唇がぽってりした口。首がすらりと長くて、全体に細っこい体、胸はそんなに 大きいわけじゃあないが、とろけるほど柔らかいことは昨日知らされた。ちょっと 癖になりそうな手触りの肌、実はどことなく初恋の人の面影があるのは、篠田には 内緒だ。 半日留守にしている間に、男一人暮らしのとっ散らかった部屋は片づけられ始めて いる。手始めに溜まっていた洗濯物と流しの食器辺りが。 彼女はきゅっと赤い唇をすぼめた。尖らせた舌が裏スジを辿って、ぅ、と小さく呻いて しまう。ちゅ、と軽く先端を吸い立てて、彼女は唾液の筋をつぅと伸ばし口を離す。 横髪を細い指で耳にかけた。ふふ、と小さく笑う。 「牛乳を搾る、牛でもいいですけど」 はぁ、と頷いた篠田は、彼女の腰を持ち上げ、ちょっと首を傾げた。 「つまり、あなたにとって人間は家畜だと」 「聞こえが悪いかもしれないけど、そうですね」 「部屋の掃除も飯作るのも、家畜の世話するのと一緒?」 「ええ。お百姓さんだってご自分の牛は大切にしますでしょう?劣悪な環境じゃあ 美味しい乳がとれませんもの」 「ああ……言われてみれば。細胞の培養だって見方を変えれば、対象の環境を 整えるに腐心していることになるわけだ……。手掛ければ情も沸く」 「いや何納得してんだよお前」 「実際劣悪な環境だったし」 「注目するのはそこか、そこなのか!?」 ああん、と彼女は腰をくねらせて笑った。 「仲がよろしいのですね」 「ああ……まぁ」 「腐れ縁だよな。高校のときは仲が良かったわけじゃないけど」 「お前と穴兄弟になるとは思わなかった……」 「すまん。他に打ち明ける相手が思い浮かばなかった」 サキュバスに股間を舐められ扱かれる俺、そのサキュバスを後ろから攻めたてる 篠田、マヌケといえばこれほどマヌケな図もない。 低かった体温は、昨夜3発ばかり搾り取られたせいかすっかり人の体と変わらなく なっている。さすがに今日は腰振るのは勘弁してくれ、とマグロを決め込んだオレを、 彼女はちょっと眉を下げた可愛らしい顔で受け入れると従順に小さな口にイチモツを 咥えた。 篠田は興味津々といった風情で彼女の体を撫で回している。 「人を模しているけれど、いわば、口が2つあるようなもの……なのかな?」 「さぁ……あんっ、ん、んふ、……よく、あっ、わかりませ……んんっ」 「脈はないんだ」 「ご、ご希望であれば……つくり、ますぅ……っ」 彼女は敏感に身悶える。実際に感じているのか、男を興奮させるための手管なのか わからないが、桜色の肌をしっとり汗ばませ、黒々した目を潤ませて喘ぐ姿は実際 気持ちいい。つか篠田、お前冷静過ぎ。 「……ああ……っ!」 耐え切れなくなったらしい彼女は、オレのモノを放り出すと篠田を押し倒し、腹の上で 激しく腰をくねらせ始めた。 「主(ぬし)さま、ごめんなさい、ごめんなさい……」 「あー、いや。気にすんな」 啜り泣くような声音で謝られると、自分の女が、己の意思でないのに蹂躙され 感じさせられているようで、これもなかなかぐっとくる。ふむ、とオレは唸って、篠田を 跨いで彼女の背後に膝立ちになり、背後からその乳房をわしづかみにした。 「ひゃあんっ」 びくりと彼女の体が跳ね、咎めるように振り向くのを、そのまま唇を奪って 深く舌を差し入れる。思うように動けなくなった体が、それでも快楽を求めて 無理やりに揺れるのを見下ろした。ぴんと尖った乳首を指先でこねくり回す。 合わせた唇の中で舌を押さえると、嬌声が弾けられずに吐息になって、 もどかしそうに彼女は眉を寄せた。 「ぅお、締まった」 篠田が呟く。ぐちゅぐちゅと結合場所が鳴り、彼女の体が小刻みに震える。 背中にぐっと力が入ったところで唇を解放すると、高い鳴き声が細い喉を ほとばしった。 「あっ、主さま、いじわる、いじわるぅぅぅっ!あんっ、お願い、ああ篠田さまぁっ、 おねがい、ああん、突いて、突いてぇっ!」 非難しながらも彼女の手はオレの手にかぶさるようにして柔らかな膨らみを 自在にもてあそび、しまりのなくなった口からよだれを零して涙をたたえる。 がくがくとオレの腕の中で細い体が弓なりにしなった。 「ああああああああ―――っ!」 * 「……あー、うん、まぁいいんじゃね?」 害もないようだし、と篠田はのんびり転がっている。 「もう数人ひっぱりこんだ方がいいのかな、お腹の具合的には?」 「さぁ、それは主さま次第で」 「え、オレ?」 彼女は小首を傾げてオレをうかがう。 「あの……前の主さまは、私を夜の街に出してお金を……」 「家事に夜に売春までか!何その極楽生活!?人間ダメんなっちまうぞ!」 「はい……」 彼女はしゅんと首をすくめる。 「それで、怒ったご家族に殺してやると脅されて、仮死状態で売られてしまいました」 「オクに出てた真相がそれか!」 ぽん、と篠田はオレの肩を叩いた。 「ま、しばらくはつきあってやるから。死なない程度で、良い方法考えようぜ」 ああ、ややこしいことになった。 他人に知られれば間違いなく贅沢だと罵られること間違いない、厄介な生活が始まった。 「手始めにお前、名前つけてやれよ。可哀想だろ」 「……あー、えーと……白いから雪?」 「安直ッ!」 「うっせー!」 SS一覧に戻る メインページに戻る |