魔術師とサッキュバスと復讐と Epilogue
シチュエーション


その地方には、伝説がある。闇夜で風が強い日には、魔物の宴があると。
魔物達はその夜に犠牲者を求めてさまよい歩き、老若男女区別せず、不用心なものをさらっていくという。
さらわれたものは宴の材料。犠牲者の悲鳴は妙なる音楽。刈り取った生首は花のように飾られる。
生白い死体は食卓の中央で食い散らかされ、髑髏が転がされてゲームが行われ、指の骨は賭けチップ。
勝てば世にも不気味な哄笑が、負ければ心が凍えるような咆哮が風に乗って聞こえてくるという。
だから、大人は子供に固く言い聞かせる。風の強い闇夜には、家に籠もって布団をかぶって隠れなさいと。

その日は、新年が近づいた寒い風が強い新月の日。
ヴェスティエ侯爵の邸宅は、賑わっていた。宴が催されていたのだ。
楽の音が優雅に鳴り響き、着飾った人々が笑い、食べ、飲み、踊る。
大広間は美しい造花と豪奢な飾り布で飾り付けられ、金の蝋燭台に刺さった色とりどりの蝋燭に火が点けられている。
天井ではふんわりと光の玉が行き交い、宴席を柔らかな光で満たしていた。

「皆のもの、乾杯を」
「王国の希望、ユージェフ様に乾杯!」

杯が打ち鳴らされ、一本で農夫の一月分の稼ぎになる酒が、飲み干されていく。

「それにしてもルスティナ様、ようやく、神が正義をなしましたな」

融通の利かなさそうな地味で陰険で太った中年女が、派手に飾り立てた三十代半ばの女に媚びを売った。
ルスティナと呼ばれた女は、かなり美しいと言えた。所作は優雅で気品もあり、顔立ちは見事に整っている。
皺もほとんど無く、声も艶やかで美しかった。目に時折走る癇癖の色がなければ絵になる美女といえただろう。

「ミラーダ殿、そなたもこれでようやく騎士団長を心おきなく譲れますね」

美女が優越感と寛容をたたえた目でミラーダと呼んだ中年女に笑いかけた

「それもこれもルスティナ様のご支援があったればこそ」
「ふふ、考えたのはエディークですのよ。エディーク!ミラーダ殿にご挨拶を」

暗い目をしていた少年とキスをしていた中年男が、口を離し、ミラーダの元に寄った。
その歩き方、動作はすべて芝居がかってキザであった。
しかし中年ながら見事に整った顔と引き締まった体のため、その所作は滑稽の一歩手前で女を引きつける魅力となっている。

「エディークと申します。ミラーダ様の御武威、御人徳はかねがね耳にしております」

そういうとエディークはミラーダの側に膝を突き、ミラーダの片手に優雅なキスをする。
ミラーダが思わず顔を赤らめ、目を泳がした。そのミラーダに向かって、エディークは最上級の微笑みをみせ、小声でささやいた。

「ミラーダ様は、男と女、どちらがよろしいですかな?本日は選りすぐりを連れて参っております」
「わ、私は……」
「ほほほ。ミラーダ殿、ここでは遠慮なさらなくて良いのです。副官殿は先ほど美少年を二人も連れて部屋にはいっていきましたよ?」

口ごもるミラーダにルスティナがコロコロと笑いながら言った。

「本日は宴。建前など捨てて構いません。しかし処女竜騎士団には見目麗しい女は多くても、女より美しい男はおりますまい?
この際、女も男も両方連れて行き、前も後ろもお好きに嬲るのがよろしいでしょう」

その言葉に、ミラーダは返事を返さず、ただごくりと唾を飲み、宴席に侍る少年少女達に視線を走らせた。

「しかし、素晴らしい宴ですが、大切なものを二つばかりご用意できなかったのは、心残りでございます」

エディークは髭を揺らしながら、残念そうな顔をした。
その言葉に、ルスティナは笑いを浮かべ、ミラーダは真顔に戻る。

「良いのです。ベナンの首など飾っては、せっかくの酒がまずくなりましょう。迷宮の底で朽ちるのが、あの卑しい女の子供には似合っています。
ふふ、ミルドレッダ卿の首ならば、まだ花にもなりましょうけど」
「とはいえ、誰も帰ってこず、死体を確認できないのは、どうも……」

ミラーダは居心地悪げに、酒を飲んだ。

「迷宮で全滅は、珍しくありません。見張りのものも誰も出てこなかったと報告しておりますから、死んでるのは間違いないかと。
もっとも生ける死者や吸血鬼の僕にされているかもしれませんが」

エディークはその顔に沈痛そうな表情を浮かべた。もちろん全て表面だけである。

「ほほほほほほ、命を失い腐れながらも、なおも迷宮の底をはいずり回っているかも知れないとは、これまた愉快。ほほ、ほほほほほほ。
これ、誰か、酒の代わりを。哀れな男に弔いの杯をささげようではありませんか」

満面の笑みを浮かべ、手を鳴らして給仕を呼んだルスティナに執事の一人が近寄り、何かをささやいた。
みるみるうちにルスティナの顔が怒りに歪む。

「捕まえなさい!捕まえて、部屋に閉じこめなさい。……女は、始末しなさい。卑しい泥棒猫風情を生かす必要はありません」
「ユージェフ坊ちゃまですね」

耳打ちの内容を察したエディークが気を利かせて給仕を呼び、ルスティナに酒を渡す。執事に対しては目で早くやれと追い払った。

「召使いの娘に誑かされて、全く馬鹿な子。下賤なものなど、雑草と同じで、勝手にいくらでも生えてくるものだというに」
「ルスティナ様、婚姻の話をもう少し進めさせましょう。それとミラーダ様?」

かしこまった顔でエディークは堂々と侯爵家の婚姻に口を出した。ルスティナはそれをしかりもしない。
そこまで許す二人の関係に内心で顔をしかめていたミラーダは、突然名を呼ばれてかろうじて驚きを抑えた。

「なんでしょうか?」
「騎士団の身分が良い綺麗どころを一人二人、お貸し願い無いでしょうか?護衛兼愛人として」
「よろしいでしょう」

ミラーダはエディークの提案になんのためらいもなく了承した。貸しを作るのは悪くないと判断したのだ。
そこに派遣する部下の純潔や騎士としての誇りはいささかも考えられていなかった。
純潔と正義をうたう騎士団のこれが内実であった。

「純潔などといいながら女同士の愛に耽溺したセルディアもいないことですし、容易いことです」

それを聞いたルスティアが愁眉を開いた。

「まこと、ミラーダ殿はものがわかっておいでですね。女が真面目に剣をふってなんになるというのでしょう。
ましてや迷宮に行き、闇討ちの仕事までするとは。ミルドレッダ卿はお顔はよろしかったようですが、頭の方はもう一つですね。
そのようなものが人望を理由に、副団長に推されるとは……。ミラーダ殿のご心痛、本当によくわかります」

一人で肯きながら語るルスティアに、ミラーダはほくそ笑む表情を押し隠しながらも、同意の相づちをうつ。
それを見ながら、エディークは満足げな笑いを浮かべ、美しい少年と少女を呼び寄せていた。

「坊ちゃま、お待ち下さい!」
「待たれよ!」

四〜五人の屈強な男達が、逃げる少年とメイドを追いかけていた。
少年とメイドは邸宅の長い廊下を走り抜け、無数の部屋をデタラメに出入りしては、引き返す。
二人の追っ手をまく努力は、しかし成功しなかった。

「母上に言え!ユージェフは愛想が尽きたと!闇討ちと謀殺で得るような王座に興味はないと!」

少年が走りながら叫んだが、それで追っ手の速度が緩まるはずもない。
ついにメイドが転倒し、二人は追いつかれ、捉えられた。

「坊ちゃまは閉じこめよとのことだ」
「こいつは?」

メイドを捉えた仲間の問いに、男は目だけで答えた。

「やめろぉぉぉ。彼女に手をだすなぁぁぁぁ」
「ユージェフ様ぁぁぁぁぁぁ」

男達が問答無用に二人を引きはがして連れて行こうとしたとき、ふと、冷たい風が吹いた。
一人の男があたりを眺める。開いた窓が一つ。

「どうして窓が開いている?」

いぶかしんで窓を閉めようとしたとき、後ろから声が掛かった。

「ヴェスティエ侯爵様の宴に、余興を楽しんで頂きたく、まかり越しました」

男達とユージェフ、メイドの目が後ろを向いた。
暗い廊下の向こう、立っていたのは、一人の魔術師。フードを深くかぶり、顔は見えない。声は若い男の声だったが。

「何者だ!誰に呼ばれたのか!招待状をみせろ!」

喚きながらも男達は冷や汗をかいて男に向き直る。
別に巨漢なわけでも無く、やせっぽちの吹けば飛ぶような魔術師だった。
なのに、放たれる鬼気が男達を怯えさせていた。

「呼んだのは魔界の王にして全ての魔を統べる魔王。……招待状は皆様の悪夢でございます」
「貴様ぁぁぁ」

おののきながら抜剣できたのは、むしろ男達にとって奇跡だった。だがそれが男達に出来た全てだった。

「まずは楽しき夢を」

魔術師が、フードを取って顔を見せた瞬間、男達もユージェフもメイドも皆意識を失った。

「起きなさい」

魔術師に頬をはたかれてユージェフは目を覚ます。先に目を覚ましていたらしいメイドが彼を助け起こした。

「……いったい、何が?」

あたりを見回すと追っ手達の姿は消えていた。呆然とするユージェフを魔術師の声が現実に引き落とす。

「ただの眠りの魔法です」
「そんな、この館は魔術封じが仕込んであるのに!」
「子供だましのね」

魔術師の隣でオレンジ色の髪の少女が、魔術封じのアミュレットを手でもてあそんでいた。
ユージェフはさすがに驚いて体を起こす。

「なぜ僕たちを助けてくれたんです?」
「言っておくべきことがあるからです」

魔術師は手短に語った。

「ユージェフ殿、私達は今宵、あなたの母上に復讐をいたします。
あなたは、どうされますか?私を阻みたいというなら、全力をもってお相手いたします」

魔術師の深く黒い目には、冷たく固い決意があった。
ユージェフはその目を見つめ返し、そして逸らした。その動作は怖じ気づいたゆえではない。

「……いずれ、そんな時が来るだろうと……思っていました」

ユージェフの顔に浮かんだのは悲しい諦念と苦い絶望だった。

「母上はあまりにも卑怯な方法で人を殺しすぎました。恨みを買いすぎました」

ぽつりとつぶやいた言葉には、言い切れぬ悲しみがあった。

「本来なら、止められなかった私もその責めを負うべきなのでしょう」
「無力さを罪に問うなら、私も同罪です。あなたにそれを負わそうとは思いません。
ですがその罪を感じるなら、あなたに出来ることをやりなさい」

ユージェフの悔悟は魔術師の簡潔な言葉に断ち切られる。だがそれは不快なものではない。
全てを飲み込んでそれでも生きあがくしかないという諦念が魔術師の言葉に感じられたからだ。

「……もしや、ベナン殿?」
「これでお別れです。もう二度と会うことはないでしょう」

それだけを言うと、魔術師は視線を切って立ち上がった。
同時に魔術師の目が、赤い魔の光に染まり始める

「……兄上!」

鼻筋と口元が似た年下の男は、背を向けた魔術師に向かって、ただ一言、そう呼んだ。

「その者は迷宮の底で死にました。ここにいるのは姿を借りた淫魔です」

言葉だけを残して、魔術師は歩み去る。
オレンジ色の髪の盗賊が背中を守るように続き、闇からわき出たように、黒髪の女騎士、銀髪の
女戦士、金髪の女僧侶、そしてたおやかな黒髪のサッキュバスが続く。
一行が闇に消えるまで、ユージェフとメイドは、ただ彼らの背中を見続けた。

「ユージェフ様、あの方は……」
「……私に身分の差以上のものがあることを教えてくれた人だ」

それだけを言うとユージェフはメイドの腰を抱いた。
冬の寒風だけが廊下を吹き渡っていく。

そして魔の宴は幕を開けた。
大広間の扉が荒々しく開かれると、宴にいた全てのものが入ってきた魔術師を見る。

「ルスティナ様、お久しぶりでございます」

フードを脱ぎ、素顔をさらした魔術師に、ルスティナ達は息を呑んだ。

「まずは贈りものでございます。どうかお納め下さい」

言葉と共に投げ出された丸いものを、一同は見つめる。

「ひぃぃぃぃ、ユ、ユージェフっ!」

息子の顔をした生首を見て、ルスティナが腰を抜かして座り込み、悲鳴があがった。

「こ、この者を捉えよ!いや、殺せ!斬り殺せ!」

エディークがキザな顔に怒りを滲ませ吠えると、館の各所から剣士や兵が集まり、宴席に参加していたものも剣を抜いた。

「ダンスの時間と参りましょう」

うやうやしく頭を下げた魔術師が、杖を振ると、何もないところからわき出るように人影が現れる。
それは黒髪の女騎士、銀髪の女戦士、金髪の女僧侶に、オレンジの髪のスカウト。そして明らかに場違いに見えるたおやかな黒髪の町娘。
その姿をみて、ミラーダの顔が恐怖に彩られた。

「ベナン様の騎士、セルディアが参る」

にやりと戦意に満ちた笑いと共に女騎士達が駆け出し、ときの声と共に女侯爵の兵達が迎え撃った。
護衛の戦士は、銀と黒の戦士と騎士によって、バターのごとく切り裂かれて倒れ伏す。
傭兵達が振り回した剣は、全てセルディア達の鎧に跳ね返された。確かに素肌に当たっているのに切り傷一つ生まれない。
弓兵に、音もなく飛来したナイフが目に突き立ち、顔を被って悲鳴をあげた。
怒り狂って生き残りが矢を乱射しても、矢はことごとく盗賊から外れ、弓兵達は絶望の内に殺されていく。
短剣を構えた直衛達が、金髪の僧侶の振り回したメイスで頭を割られて、死んでいく。
反撃しようとして、僧侶が唱えた真空呪文の中に飛び込む羽目になって、絶叫しながら血をまき散らす。
なぜこんなに自らの動作が遅いといぶかしがりながら、彼らは血まみれになったところを頭を割られていった。
大金槌をもった巨漢の戦士は、変哲のない町娘と相対して笑う、
だが背中から黒々と伸びた羽根と白く細い腕に抱きすくめられると、命を根こそぎ吸われ干涸らびて死んだ。
自慢の鎧が紙よりも役に立たなかったことに、筋肉だらけの脳みそでは気づけない。
たった数人に考えられない犠牲を出して、戦うもの全てがようやく悟る。中央に立つ魔術師が放つ魔術の輝きに。

「あいつだ!あの魔術師をねら……ぐわぁぁぁぁぁぁ」

魔術師に狙いを定めたものが見たものは、無数に舞う指の先ほどの光。
幻想的な光が蛍のごとく人に触れると、人がたいまつのごとく燃え上がる。
なすすべなく倒れていく仲間が増え、ついに兵達を恐怖が蝕み始めた
腰を抜かし、後ろを向き、泣き出し、母の名を呼び、誰も彼も息途絶えていく。

「助けだ!助けが来たぞ!」

声と共に大盾と槍を構えた衛兵達がこれまで以上の数でなだれ込む。
兵達の萎えかけた士気が勢いを取り戻し、盾の壁と槍ぶすまで、魔術師達を取り囲んだ。

「ユージェフの命を奪った痴れ者どもが!串刺しにしてくれようぞ!」

髪を振り乱し怒りで鬼の形相になったルスティナが、衛兵達の向こうでわめく。
だが魔術師達は、取り乱さなかった。
誰もが薄い笑いを浮かべ、魔術師がまたもやうやうやしい礼をした。

「メインディッシュが揃ったようです。ラミィ様、どうぞお上がりください」

言葉と共に数十の羽ばたきがわき起こった。
魔術師達を除く誰もが、天井を仰ぎ見て、顔を青ざめさせる。

「待ちかねたぞ。おお、生きの良い男どもが揃っておる。……者ども、好きに貪るがいい」

天井でサッキュバスクイーンが邪悪に笑い、数十匹のサッキュバス達の恐ろしい笑いが宴席を満たした。
そして誰かの悲鳴と共に、一方的な狩りが始まる。
槍を振り回す衛兵に飛び回るサッキュバスが組み付き、いつの間にか紙のごとく柔らかくなった鎧を爪で引き裂かれた。
傭兵達は、革の鎧を易々と引き裂かれて、サッキュバスにのしかかれて、死に至る快楽に囚われる。
女達はナメクジを入れられ、涎を流して永遠にもだえ続けた。
背中を見せて逃げ出す兵が何人ものサッキュバスに抱きつかれ、瞬く間に吸われて果てる。
陰茎から血を吹き出し果てるもの、サッキュバスの股間で泣きながら死んでいくもの。
絶叫しながら股間に入り込んだナメクジを掻き出そうとする女。
絶望的な状況でも果敢に逆襲をたくらんだ者達は、セルディアの剣に首をはねられ、ディーナの剣に袈裟斬りにされ、フィリアに頭を割られていった。
淡々と術を紡ぐ魔術師の背後に、スカウトの男がそっと近寄る。

「デザートが逃げた。リオンを借りるぞ。後で追いかけてくるがいい」
「ありがとうございます、ルース様」

わずかなやりとりでスカウトは姿を消す。術を振るうベナンの目にほんの少しだけ怒りの色があった。
やがて大広間で立つものが、二人の女と魔術師達だけになる。
剣戟の音は止み、聞こえるのは快楽の呻き、恐怖でへたり込んだ使用人や少年少女達の神に祈る声、そしてサッキュバス達の甘い声、それだけ。
騎士団長は、震えながら剣をとった。少年を抱いて頑張っていたため、裸で。
かつては鍛えられていた体も、今では筋肉は落ち、皮膚は皺だらけで、胸はしなびて垂れ、下腹は肥満で突き出ている。
その前に女騎士が、黒い翼で舞い降りる。
美しく覇気に満ちた顔、大きく垂れずに張りつめた胸、くびれた腰に丸く躍動する尻。
全てが夢幻のごとき違いをみせ、怯えきった観客すら息を忘れて固唾をのんだ。

「セルディア、おまえは分かっていない。何も分かっていない」

ミラーダは、眼前の部下に呪詛を吐いた。

「騎士団には金がかかる。糧食も、鎧具足も、馬も、従者への給金も、ただではないぞ!
その金がどこから出ているのか知っているか!」

狂おしげに吠えた団長は、一転笑い出す。

「何が純潔よ。歴代の団長はな、体で援助を受けていたのだ!貴族に、大商人に、王族に抱かれてな!
おまえ達の騎士ゴッコの代償がそれだ!ケケケケケケケケ!」
「ならば、我らは命を懸けた!」

もの苦しい笑いを、清冽な声が裁ちきった。

「十を越えた部下は、今や二名を残すだけ。されど、岡で平原で海辺で川縁で氷原で、我らは剣を振るった」
「痛みに泣きわめくともがらを抱きしめ、必ず帰ろうと誓いました」

フィリアがメイスを握りしめた。

「慈悲の一撃を乞う戦友に、この手を何度も下した」

ディーナが亡き友を悼むかのように頭を垂れる。

「純潔と正義は、己の心にこそあるものだった。あなたもそして我らも愚かにもそれを忘れた。
だがそれを呪うなら、剣で呪うがいい。私は大儀に殉じた友のために、それを汚すあなたを討つ。
天意を、この剣で、問おうではないか!」
「くっ!こざかしい小娘が!」

ミラーダの言葉に黒い翼の女騎士は、改めて剣を構え、ミラーダもまた構えをとった。

大広間から、音が絶える。サッキュバス達も動きをとめ、誰もが息を潜める。
倒れた酒瓶から、滴が垂れる。規則的な音はやがて感覚が空き、遅くなって……止まる。
剣を打ち合う音はただ一度きり。
騎士団長は胸を貫かれて前のめりに倒れ、赤黒い色で絨毯を染めていった。

「おのれぇ!裏切り者めがぁ」

立ちつくすセルディアの背後から、剣を持つ若い女が飛びかかる。
振り向いたセルディアが何も出来ずに立ちつくす。
女の剣がセルディアの肩を割ろうとしたとき、その剣は澄んだ音とともに止まった。
王者の黒には銀と金が寄り添っている。女の剣はディーナの剣によって止められていた。

「副官殿、その忠義、見事です」

フィリアがメイスを振るう。受けようとした副官は剣をはじき飛ばされ、後に下がって短剣を抜いた。

「ミラーダ殿と共に黄泉路をゆくがいい!」

ディーナの振るった剣は、受けようとした短剣をはじき飛ばして、首に食い込む。
口から血潮を吐いて、副官は床に沈んだ。
そうして、全てのものの目が、ただ一人残った女侯爵に向けられる。
女侯爵は金切り声で中年男に助けを乞うた。
だが男はすでに姿を消し、女はあたりを見回すばかりだった。

「エディーク!皆の者!出会え!出会うのよ!どうしたの!誰か!なぜ返事をしないの!」

半狂乱でわめく女の前に魔術師が進み出た。

「ルスティナ・ヴァン・ヴェスティエ侯爵閣下。長きに渡る我らの縁もこれで全ておしまいでございます」

優雅に下げられる頭に女侯爵は逆上し、素手で魔術師に躍りかかる。
そこには何の謀略も策略も無かった。ただわき上がる憤怒に駆られて拳を振り上げて駆け寄った。

「この下賤な女の子供がぁぁぁぁぁ」、

気がつけば女侯爵の喉を、優しげな顔をした黒髪のサッキュバスから伸びた赤い爪が貫いている。
女侯爵が感じたのは熱さと苦しさだけだった。
苦しくてうめこうと思った時、眼前に掲げられた魔術師の手から光が爆発的にあふれ出て女侯爵の意識はとぎれた。

光が消えたとき、そこに女侯爵の顔も腕も胸も腹も存在していなかった。
ただ綺麗なドレスと綺麗な靴に被われた下半身だけが崩れるように座り込んで、横倒しになり、切断面から赤黒い血を吐き出しただけである。
ユージェフの首だったものが、魔術のきらめきと共にその姿をゆっくりと変えていく。
高貴な少年の面影が似つかない男の首に変わった。それはユージェフを追っていた男の首であった。

中年男は、普段のキザな振る舞いを忘れて走っていた。

「どこにいくのさ?せっかくあたしが戻ってきたのに、つれないなぁ」
「リオン、おまえ、リオンなのか!」
「そうだよ、あんたのリオンだよ。さんざんあたしを抱いたのにもう忘れた?」

走りながらあたりを見回すエディークに、女の姿は見えなかった。

「リオン、悪かった!この通りだ。俺を助けてくれたら、一生をかけて真剣におまえを愛する」
「……本当に?」

聞き返す声にエディークは内心でほくそ笑む。

「本当だ。この命を賭けていい」

その言葉と共に、前方に人影が湧く。オレンジ色の髪、スカウトの装備、リオンだった。

「本当に命を賭けて、一生をかけて、あたしを愛してくれる?」
「ああ、こんな状況で嘘は言えない」

エディークの言葉で不安げだったリオンの顔が、花の咲いたように笑った。
こんな笑い方をする女だっただろうか、エディークはふと違和感を感じたが、すぐに無視した。些細なことだったのだ。

「うれしいなぁ。あたし、てっきりどうでもいい捨て駒だと思っていた」
「馬鹿を言うな。今回の仕事におまえを出すとき、戻ってくるように本気で祈ったんだぞ」

それは本当だった。ただし愛のためではなく、ベナンが死んだのを確かめるためだが。
だがエディークはそんな本音を巧妙に隠し、自慢の演技でリオンを本当に案じているふりをした。
女侯爵まで堕としたこの演技に、エディークは自信を持っていた。

「ね、エディーク。あたしを抱きしめて」

リオンの反応は計算のうちに収まった。
これで何とか生き残れそうだと内心で安堵のため息をつきながら、エディークはリオンを優しく、女が喜ぶつぼを押さえて抱きしめる。
その内心では、抱きしめていれば、仲間が来ても、人質にできるという計算が続いていたりする。
突然、エディークは下半身に這い回る手を感じた。

「な、何をしてるんだ!」
「エディークのたくましいのが欲しいんだよ」

突き放す間もなく、ズボンに入り込んだ手が陰茎を外にひっぱりだした。
この反応はエディークにとって少し想定外だった。

「もうエディークったら、こんなことで小さくして」

こいつはこんなに積極的だっただろうか、次に湧いた疑問点はそれ。
体まで堕とした淫乱女ならばそういうこともあるが、リオンはまだ全然未開発だった。
交わってもあまり快感を感じている様子が無かったからこそ、失っても惜しくないと思って暗殺に出したのだ。
だが陰茎をこすられ始めると、異様な快感が流れ込んで、エディークは疑問を忘れた。
体が震えるような快感に翻弄され、陰茎はたちまちはちきって屹立し、あっという間に射精に至った。

「うぁっ……。リ、リオン、やけにうまいじゃないか」

いつものキザな動作も忘れて、エディークは快感に翻弄されて、腰をふらつかせた。
そのリオンはすでにエディークの正面から背後に移っていた。
陰茎を擦る手はいつの間にか二本に増えている。

「そう?別に普通だよ?」

だがその言葉とは裏腹に、萎えかかった陰茎がわき出した快感で再びみなぎりはじめる。
さらに少し擦られただけで、陰茎は完全にみなぎり、腰が砕けるような快感と共に、またもやあっけなく射精に至った。

「ちょ、ちょっと待て。そんなに早くされたら立たなくなっちまう。な?」

むしろ擦られたくらいで間をおかず連続二発ってのは久しぶりだと思いながら、エディークはリオンをとめた。

「なにいってるの。ちゃんと立つから大丈夫」

その言葉と共に数度陰茎が擦られると、陰茎は嘘のようにはちきった。

「そんなぁ、嘘だろ?」

だが、驚きもつかの間、今度はほんのひとこすりで、またもエディークは放ってしまう。

「リ、リオン?」
「エディークはまだ若いんだからがんばれるよ」

その言葉で尿道口がくじられ、エディークの意志と無関係に陰茎がそそり立つ。

「や、やめてくれ」
「でも、いちいち萎えたのを立たせるのって、めんどくさいね」
「あ?な、なに?」

答は陰茎をこする手だった。
エディークはまたもや放った。放ったが、今度は射精が止まらなくなった。

「あああ!と、止めてくれっ!頼む!頼むから!」

自分の器官に起こった怪異に、キザな演技も忘れて、エディークは哀願する。

「ふふ、ベナン様はもっともっと出しても、平気に私の中で固いまま動いてるよ?」
「え?」

不吉な予感に捉えられて、エディークは首をひねって後ろをみた。
いたのは黒いこうもりのごとき羽根が生やし、邪悪に笑うリオン。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
「どうしたの?一生かけて、命賭けて愛してくれるんでしょ?」

淫猥に嗜虐的に笑いながらリオンが陰茎をこする。
押し寄せる快楽がエディークにリオンをふりほどく力をたちまち奪う。

「いやだぁぁぁぁ、とめてくれぇぇぇぇ」
「あらららら、大変ね。出し方が足りないのかしら?」
「あっちは、終わった?エイダ」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ、そ、そんなにでなぃぃぃぃぃぃ」

現れたのは優しげな黒髪のサッキュバス。
エディークの横に立つと、手を股間に伸ばして、一つ残った陰嚢を握った。
パニックに陥ったエディークは、陰嚢から吹き出る快感にもだえ、ほとばしるように出始めた精液をみてさらに強いパニックに陥った。

「終わりましたわ。後はこの人だけ」

反対側に金髪のサッキュバスが降り立つ。

「でもこんなに苦しそうならば、吸い方が足りないのかも」

憂いの表情をした金髪のサッキュバスがはちきった陰茎に手を添えると、エディークは脱力が激しくなって悲鳴をあげられなくなった。
びちゃびちゃと小便が出るような勢いで、精液が吹き出て行き、エディークは快感に悶絶する。

「セルディア様、団長がお世話になった方がいらっしゃいました」
「うむ。少年と少女を相手にされ、団長もたいへん喜んでおられた。礼をしておかねばな」

さらに、銀髪のサッキュバスと騎士の姿をしたサッキュバスが現れる。

「ディーナ、その方は男もいける方だそうだ。わかっておるな?」
「承知いたしました。それでは後ろの方を」

騎士が片目を魅力的にウィンクすると、銀髪の戦士はまじめくさって応えた。
ディーナはリオンの右隣に入ると、尻に手を伸ばし、肛門に指を突き入れる。
悲鳴こそ上がらなかったが、エディークは白目を剥き、体を震わせた。

「ふむ、ディーナ、やはり指一本ではたくましさがなくてもの足りぬご様子だ。私も手伝おう」

そういうとセルディアもリオンの左隣に入り、やはり肛門に指を突き入れてくじる。
エディークは泡を吹いて、体をのけぞらせた。
精液が徐々に赤く染まり、皮膚が乾いて生気を失い、髪が白くなって、頬がこけ始め、剥いた白目から血の涙が滴り始める。

「エディーク叔父上」

そして、魔術師がエディークの前に立った。

「もう話を聞ける状態ではないですね。ですが手向け話です。すぐに済みます。
……小さかった頃、あなたのしてくれた探索の話、好きでした。あなたの話で、私は探索者になったようなものです。
いろいろとはありますが、あなたがいなければ、彼女達と会えなかったのも事実です。
だから、最上の快楽の中で、逝ってください。さようなら、叔父上」

その言葉と共に精液は鮮血と変わり、筋肉はしぼみ、脂肪はへこみ、皮膚は黄ばんだ汚いものに変わる。
血の滴る白目は、白黄色ににごりはじめ、唇はくすんだ紫色と化し乾いて縮小していく。
洒落で伊達でキザな中年男は、干涸らびた死体となって、廊下に崩れ落ち、それも途中からもろい土人形のようにいくつにも割れていく。
倒れたときの音は干し草程度の音しか起こさず、それもさらさらと砂の音をたてて崩れていった。

やがて、生き残った召使い達が、死体ともいえない砂の山を見つけたとき、魔術師達は影も残さず消え失せていた。

ユージェフがヴェスティエの家を継いだのは、一年ほど経ってからである。
王国を再建することは無かったが、領民を愛し、領民に慕われる領主であったと伝えられる。
ヴェスティエの紋章は、ユージェフの代で大きく変化する。
魔術の印とコウモリの羽根を生やした女性の半身が取り入れられたのである。
誓いと名付けられた意匠を、その後の当主が改変することは無かった。
そして歴代当主が風の強い新月の夜に宴を設けることもまた無かった。
魔の宴と言われるこの凄惨な事件を伝える絵は、今も侯爵家の地下室に眠っていると伝えられている。






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