黒き契約
シチュエーション


う……「なぜ助けた?」って言われても……。
たまたま俺が回復魔法わりと得意で、そこで綺麗なお嬢ちゃんが傷ついていて、
で、誰も助ける奴が他にいなかったから……ってなだけで、
あとは多少の下心と……あるかないか微妙なトコロの善意。
……って答えるのもかっこ悪いから、言葉を濁すしかない小物なわけだ、俺は。

たぶん他に人がいたら助けなかったし、目も当てられないグログロな光景だったらスルーだった。
お世辞にも美しいとはいえない不細工とか、おっさんとかだったら、まあ助けたかもしんないが、ここまで親切にはしてないだろう。

あ……、だからそんな目で見ないでくれ。
己のはしたなさは重々承知しているから勘弁して欲しい、ホントに。
助けても助けなくても自己嫌悪ってフラグな人なんですよ、俺は。
だったら助けちゃうでしょ。恩を仇で返す感じではなかったんだもの……罠かもしんないぐらいは、考えたけど。

「助けてもらっておいて、そんな態度かよ」

うわーやばい。つい口が滑った。面倒なことにならなければいいが……。
いや、仕方ない。言ってしまったことは取り返しがつかないし、
彼女の服装は目のやり場に困るし、なんか辺りにはまだ魔物の気配がする。
ああ、俺は何を考えているんだ。やっぱりこんな森、来るんじゃなかった。

「私は吸い殺すしか能のない存在だ……」

ちょ!?な!?なにすんの!?イヤあぁぁっ!!
……まったくやめないでほしかったりする。
いきなり抱き寄せてきた彼女の髪が、俺の鼻をくすぐっていた。ああ、おにゃのこのにほひってこんなだったのね。

「そう、こんなふうに……」

ちょ!?な!?どこさわってんの!?イヤあぁぁっ!!
……まったくやめないでほしかったりする。
手つきまでもが艶かしい。
確か森に入って、すぐに遭遇した羽根の生えたデブオオカミから逃げ回ってたら、
この女の子が倒れてて、そして今、ちんちんがなぜか気持ちいい。
……なんじゃそりゃ。
冷静になってみよう。

俺は今、助けた女の子に抱かれている。いきなりに抱かれている。
彼女の唇は、小ぶりなのにもっちりしていて、食べたらおいしそうで、
殆ど生のお乳が俺の胸板にあたってちょっとくるしいが、俺はむしろうれしく、
彼女の着てる鎖みたいな服はほとんどハダカ同然で、露骨にいやらしくて恥じらいがぜんぜん無いので、
そんな恥じらいのない格好ナシだろうと思っていたら実際迫られるとぜんぜんアリで、
俺よりずっと年下に見えるが、ツノとツバサが生えてるから少なくともコモンヒューマンではなく、
おそらくその形状からして彼女は魔の眷属・サキュバスであろうところだが、
すらりと伸びた生脚に思わず手が触れてしまいそうで、触れる際の言い訳が思いつかないのが惜しまれる。
……総合的に判断しよう。俺はこのまま何も出来ずに殺られる。

よかった。
うん、よかった。デブオオカミに食い殺されるよりぜんぜんマシだね♪
俺はかつて立てた、故郷には二度と帰らないという誓いの意味を覚悟した。
淫魔といえば魔の眷属の中でも上の部類。彼女が上の上なのか下なのかはわからないが、
ハンターランク万年1265位、下の中と下の上を行ったりきたりし始めてはや三年の俺の敵う相手ではない。
このまま俺の人生は、走馬灯のようにフラッシュバックしてしまうのだろう。
オオカミのときにもちょっとフラッシュバックしかけたなあ。
この森の奥深くには、本当に『黒の鍵』のある洞穴が存在したのだろうか。
ああ、俺、腐っても冒険者だったのね……。最期に考えたことが、冒険のことでよかった。

「何もできずに終わるのは、つらいよな」

俺はそう呟いていた。
……気がつくと、淫魔の少女は俺の胸を勝手に借りていた。
嗚咽を殺しながら俺の服の裾を掴み、彼女は俺の胸に顔を埋めている。
どうしたらいいのか分からなかった。

「私だって、何もできずに終わりたくはない……!」

彼女は、泣いていた。
彼女と俺は、こうして出合った。

――トリストの村・ハンターギルド出張所・待合室

祝!ハンターランク3ケタ台突入!苦節三年。とうとう俺も3流ハンターの仲間入りだ。
……めちゃくちゃ嬉しいのが非常に悔しい。
黒の鍵は見つからなかったが、かわりにデブオオカミを仕留め……たのは俺じゃないが、狩り、
その賞金12000コルンを獲得して一気に東大陸ギルドにおけるハンターランキングの順位を上げた。

「ランクナンバー.988?」

クロエは俺の、申し訳ないぐらいチンケなライセンスカードをみながら、訝しげにそういった。
……巧く化けたものだ。こうしていると、コモンヒューマンの女の子とさっぱり変らない。
まあ、術師のローブを纏ってフードを被っているのは若干不審ではあるが、俺の挙動よりはぜんぜん不審じゃないのでいいだろう。

「この東大陸で、俺は988番目にすげえハンター、ってことよ」

俺は鼻で笑いながらそう言った。

「ゴッドハンズ・カウンターというのは、何番目なんだ?」

真顔でそう訊かれるのは、なんだろう、ちょっと堪える。

……ゴッドハンズ・カウンター。

まず、ゴッドハンズという称号のハンターがいる。
ハンターランキングのトップ3を揺ぎ無く勝ち取る実力を誇るハンターのことだ。
で、ゴッドハンズ・カウンターというのは、手っ取り早くいえば、
ハンターランキングのカウントを越えた、計測不能の業をもつ凄腕のハンター……。
史上に何人かの名前が散見するが、その実在は疑われていたりする、まさに伝説の存在。

「マイナス1000番目ぐらいかなぁ」

テキトーだ。でも、だいたいそんなもんだと思う。

「お前、そんなものになろうとしていたのか……」

だから、真顔でそうゆうのやめてよね。

「冗談みたいな話だよ」

捨てるように、俺はそう言った。

「しかし、契約は契約だ」

契約。
そう、俺はこの悪魔と、“黒き契約”を交わした。

いや、そんなご大層なもんじゃない。
襲われる!と思ったその時、苦し紛れに「どうせならゴッドハンズ・カウンターになりたかった」などと口走ったら、
クロエがそれを勝手に『契約』としてしまっただけだ。
上級眷属の気まぐれってやつだろう。俺は、弄ばれることとなったのだ。
俺にゴッドハンズ・カウンター称号を得させる。それが彼女と俺が交わした“黒き契約”。
その契約を果たすまで、俺は彼女を使役することができるらしい。

「お前には、さっさとそのゴッドハンズ・カウンターとやらになってもらう」

さらっと言われた。真面目に返事をしても仕方ないのは、明白すぎる。

前々から欲しいものがあった。
ツインブレードだ。先っちょと後ろの両方に刃がついた、戦わないときに少々扱いに困るアレである。
12000コルンもあれば、余裕で買える。そう、余裕なのだ。
ガキの頃から考えていた武器が、俺にはあった。
変幻自在のアルラウネパインの柄でできた、炎と氷の二つの刃をもった、分離変形可能の優れもの。
名づけてウルトラダブルエッジ!
……口に出して説明したら多分クロエは真顔で「お前に扱えるのか?」とか訊いてくるだろうから、やめておこう。
こんなもん、市販されていないことは言うまでもない。だが、材料の目星はついている。
アルラウネパイン材はこの前の森の反対側の森にある。炎の刃の材料のグレン鋼は大体2000コルンで東の港町で手に入るし、
氷の刃の材料の氷結鋼は、1000コルンで北の鉱山都市で手に入る。
腕のいい職人は、取り合ってくれるかまではわからんが、いることはいる。
恐らくあっちの森でも、賞金首の魔物と出くわすだろう。
しかし、今の俺には心強い味方がいる。

「南の森にいくぞ」

俺はクロエを連れて、森へと向かった。

――トリストの村の南・惑わしの森

結果からいうと、心強い味方をいきなり見失った。

\(^o^)/

今俺は、そうゆうポーズで薔薇のバケモノに食われそうになっている。
フッ!俺を甘く見たな。くらえ、マキ割りマイハンドブレイク!
惑わしの森の惑わしが通用しない奴がいるらしい。
惑わされる前に混乱しているから、そいつは木を伐りに来たのにオノを忘れてきたり、
オノを持っていないのに斧技を閃いたりするらしい。
……泣きそうだ。
クロエが助けに来てなかったら、今頃本当に泣いていた。

「お前……もしかして、弱いのか?」

相変わらず、真顔できいてくる。

「……回復は得意だよ」

それが、俺の誇りだ。

クロエが手を差し出してきた。

「また迷うと困るだろう。私の手をひくがいい」

そう言われて、俺はおずおずと彼女の手をとった。
うっすらと靄のかかった、蔦だらけで足場の悪い薄暗く鬱蒼とした森……。ひでえデートスポットもあったもんだなぁ。
しばらく俺たちはこの森をさまよった。アルラウネパインの木は……どこぞだろうか。
もしかして、このまま一生デートだったりして……とかは考えないでおこう。
ウルトラダブルエッジ!
そう、ウルトラダブルエッジのことだけ考えればいいのだ。
気がつくと、俺がクロエに手をひかれていた。
びくびくしながらさまよい続けること小一時間。俺たちは、ついにアルラウネパインの木を発見した。
発見したときに思い出した。
アルラウネパインにかけられた賞金の額、3000コルン……。

奴の枝葉から松葉が容赦なく飛んでくる。服の上からでも余裕で刺さる。痛い。泣きそうだ。
俺は逃げ回るばかりだった。何しろ、オノを持っていない。
あの巨体は、バトルナイフで太刀打ちできる相手ではない。そして、再生能力がハンパない。

「こ、攻撃は頼んだぞ!」

俺はクロエに命じた。
彼女は黙って術師のローブを脱ぎ捨てた。
クロエの両手が鮮血のように赤く輝く。すると、そこに妖力の鞭が形成された。
変幻自在の妖力の鞭は、滲み出る妖気だけで松葉の針をはじき返すと、アルラウネパインの幹に巻きつき、
そのまま根っこから軽々と引き抜いてしまった。
断末魔の悲鳴が死の呪法となって、クロエを襲う。しかし上級魔族の彼女に、その程度のチンケな呪法が効くはずもなかった。
涼しげな真顔が、斃れた魔物のその姿を見下ろしていた。
なんて奴を従えてしまったんだ……俺は。クロエの倭人のような小尻を見つめたまま、俺は固まった。
こうして俺たちは、アルラウネパインの材と、更なる賞金3000コルンを手に入れ……
クロエがぶっ倒れてしまった。

――トリストの村・宿屋

ぐったりとしたクロエをベッドに寝かしつけると、俺はうろたえた。
さっきから何度も回復の魔法をかけてはいるのだが、一向に彼女の顔色がよくならない。
アルラウネパインの断末魔の術をうけて彼女はこうなったのか?
いや、あの術は死の呪法だ。彼女の様子は、どうにも貧血を起こしたような感じだし、死の呪法ってのはなさそうだ。
彼女に事情を聞こうにも、意識が絶え絶えでどうにもならなかった。
このビンボーくさい村に、医者はいない。ただ、毒の薬にでもなりそうな怪しげな祈祷師はいた。
村人も近づいている様子がないので、敬遠するのが正しい選択だろうとは思ったが、
溺れる者はなんとやらで、俺はその祈祷師に相談を持ちかけた。
……見た目どおり、話しかけたのを後悔するような感じの奴だった。
一言で言えば会話のデッドボール。あとは俺の表現力では説明しがたい。とにかく、会話が通じなかった。
で、殆ど会話にならない上に、クロエを寝かせたままと言うのはまずい。
仕方が無いので俺は「UFOが攻めてきた」と言って、逃げ帰ってきた。
ただ、祈祷師の発言の端々から、『精を飲ませろ』という意はなんとなく伝わったので、それはよかった。
精って……。
アレだよなぁ。アレしか考えられないよなぁ。アレだよアレ。……白い奴。
ベッドの上で力なく横たわるクロエの顔を見ながら、俺は不本意にも硬くなった。

(や、やましいことがあってするんじゃないぞ!)

俺は誰にともなく心の中でそう叫び、ズボンをおろした。

目の前で苦しんでいる女の子に欲情するのか、俺は。
彼女を助ける方法は他にもあったのではないか?
……なのに、勃つ。
苦悶する表情までもが艶かしい。汚したくなる衝動が、彼女を助けたいという気持ちに勝とうとしている。
多分、好きだ。
下心ばかりが彼女を求めている。そうゆう好きさで、彼女を好いている。
誘惑するつもりなど、きっと彼女にはなかったのだろう。
いろいろ考えた。考えても考えても、勃ちっぱなしだった。
ズボンを穿きなおした。
口付けをする気持ちには、不思議とやましさを感じなかった。

クロエの唇の冷たげな温もりが、俺の唇に伝わってくる……。
ただそれだけで、俺は蕩けてしまいそうになった。
思わず彼女の身体に手を伸ばしてしまった。
クロエの手をとり、俺が唇を離すと。不意に彼女が目を開いた。

「大丈夫……?じゃないよな。どうしたんだよ」

彼女俺から目をそらしながら言う。

「姉様に吸われたのが、相当こたえたらしい……」
「姉様に吸われた?」
「お前には関係ないことだったな」
「なんだよ。どうゆうことだよ」
「……すまない。お前の精気、少し吸わせてもらったぞ
地上での消耗は思ったよりも激しいようだ。恐らく定期的に精気を吸わなければ、また倒れてしまう」
「俺のでよかったら、吸えよ」
「お前、淫魔に吸われるということがどんなことか分かっているのか?」
「さぁ。でも、吸われるのって、すっげえ気持ちいいんだろ。それでクロエが助かるなら、いいんじゃない?」
「命が惜しくないのか、お前は」

クロエは俺の目を見ながら、そう言った。

「死なない程度に手加減してくれよ」
「加減はできる……。しかし、お前を虜にしてしまわない保障はできない」
「誰がお前の虜になんかなるかよ」

……なんでこんなこと言ったんだろ、俺。ああ、俺まだなんかヤバいこと言おうとしてる。
ヤバいヤバい。言うな俺。なに言ってもあとで恥ずかしくなるだけだからやめとけ俺。

「俺はゴッドハンズ・カウンターになる男だ。お前が俺の虜になるならわかるがな。その反対はない」

なーに言ってんだ俺。ああ、冗談宣言のタイミングはどこだ。てゆうか、なんか言え。なんか言えクロエ。

「まあ、俺のこと吸いたくないんだったら。そりゃしゃあないけどな」
「そんなことはない。しかし……」
「じゃあ、俺がお前のこと愛してたらどうよ?」
「愛してなんかいないだろう」
「……まあな。でも、恩人だとは思ってるぜ。何回も助けてもらってるしな」
「それは契約だからだ」
「そう。契約。だから俺もお前に倒れられちゃ困る」
「だから私に吸えと言うのか?」
「そうだ」

俺は、彼女の唇を奪った。

「手加減、よろしくな」

クロエは少しうつむいてから、首を縦に振った。それから、もじもじしながらこう言った。

「ペニスを……吸わせて欲しい。私の口の中で、精液を出すのだ。
一度飲ませてくれれば、多分、一週間は口移しで精気を吸うだけで済むはずだ……」
「わかった」

ああ、すんげえドキドキしてる。よーく考えてみたらこんなのハジメテなわけだ。
想像しただけでかちんこちんになっている……。
そんな俺に、クロエが尋ねてきた。

「裸になってほしいか……?早く済ませてしまおう。お前が一番興奮する格好でしよう」
「おう。それなら……」

迷う。今のまんまの格好も捨てがたいし、完全に脱がしてしまうのもよさげだ。
或いは、術師のローブを着なおしてもらうというのも……。
俺は迷った。

迷っている内に……スズメの声が聞こえてきた。
なーんだ。夢かぁ。今日もいい天気だなぁ。こうして俺は、新たなる冒険を求めてこの村を後にした。






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