シチュエーション
![]() 「ニンニクとかもダメですよぉ?」 ダンジョンの中で出会った女性が、妖艶な笑みを浮かべながら語った。 冒険者と思い、気を許したのが失敗だった。まさか、こいつがサキュバスだとは。 しかし、自分から弱点を晒すとはいい度胸だ。 俺は、物入れからこっそりニンニクを取り出そうとした。 「お口が、くちゃくなりますからねぇ」 「……へ?」 「ちなみにタマネギは、使い魔のねこちゃんが食べられないからダメなんですぅ」 「……は?」 「同じ理由で、長ネギもダメですぅ。はちゅねミク厳禁ですぅ」 パニックに陥りそうなるのを、必死に抑えて考える。妖魔なら、銀製品に弱いはず。 ニンニクを取り出すのは諦め、指先で銀のイコンを探す。 「そうそう、食器にはシルバーは使いませんよぉ」 サキュバス自身の言葉に、俺は密かにほくそ笑む。やはり、銀器は苦手か。 見かけは若く美しい女性でも、所詮、人間とは相容れぬ存在。 恨み辛みを残さずに、土に還ってくれ! とばかりに、イコンを突きつけようとした寸前、サキュバスが言葉を続けた。 「あれって、お手入れ大変ですからねぇ。気を抜くと、すぐ曇っちゃうしぃ。 魔王城では、食器のお手入れって、全部女性妖魔の分担なんですよぉ。 それって、ひどいと思いませんかぁ?」 だ、だめだ。勝てる気しねぇ。こいつ、剣術の腕はエキスパートの域を超えてる。 さっきの勝負で長剣も短剣も巧みに使いこなし、最後は棒術でノされちまった。 しかも、魔法もハンパ無い。その証拠に、魔術で打ち負けた俺の相方の僧侶は、 大蜘蛛が即席で作ったハンモックの中でノビてやがる。 けっ。俺も相方も、それなりの自信はあったのに。上には上がいたって事か。 「だからぁ、私たちに勝った事にしていいんでぇ、引き上げてくれませんかねぇ。 金銀財宝はお渡しできませんけどぉ、ご飯ぐらいならお出ししますからぁ」 俺は物入れから手を出すと、テーブルに置かれた木のスプーンを手にした。 手持ちの食料を食い尽くし、野生のコケモモとかで食いつないできた俺には、 浅ましかろうが、何だろうが、食欲に勝てなかった。 出されたスープを一口すする。 これまで有り難がってきた、スパイスと脂身を効かせた料理とは、対極の味だった。 硬くなったパンを無理矢理噛み千切り、岩塩を口の中で砕くような クエストの合い間の食事とは、比べることすらできない。 このスープの味わいは、どこまでも優しく、腹に沁み入るようだった。 旨かった。 思わず涙ぐみながら貪り喰う俺を見る視線に気付き、ふ、と顔を上げる。 涙にゆがむ視界の向こうで、その娘は、あわてて俺にナプキンを差し出そうとしていた。 その後、 俺は、麓の村の空き家に、使い魔の黒猫とその飼い主と共に住み着くことにした。 相方も、無人になっていた村の荒れ寺にもぐり込んだ。 俺が剣を捨てたように、相方も攻撃魔法を封印したそうだ。 ちなみに『使い魔』というのは不正確な呼び名だ。 夜行性らしく昼間は寝て過ごし、夜は俺たちに合わせて眠る。 メシの時にしか起きてこない。正しくは『使えない魔』と呼ぶべきだな。 ん、その『夜』の具合はどうなんだ?だと? いや、まぁ、それなり激しいけど、たまげるような事はしてないよ。 男女が相和して生命を紡ぎ続ける事こそが本義であって、 性技だの媚薬だのは、枝葉の事だ、とか何とか。 難しい事は、俺にはよく分かんねぇや。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |