シチュエーション
![]() ――聖同志団学園 70年の歴史を誇るカトリック教系ミッション学校である本校は多感な年頃にある少年少女達を 清く正しく健やかに育成する由緒ある学び舎である。 全寮制を取り、外出も安易にする事の出来ない外界から隔絶されたこの学園で生徒達は神の御許に仕えるべく 日々精進し清廉潔白を誓い学問に身を投じている。 ……というのも今は昔 その実体は隔離こそされさえすれ、外界と何ら変わりない俗にまみれた普通の学園であった。 この学園に通う何割の生徒が、神を信じているかも怪しい。 そんな名前ばかり立派なこの学園で今、まことしやかに噂されている事もまた人の欲望・願望を映し出した醜いものであった。 ************ 「そんな訳ないだろ!」 僕はここが図書室だと言うのも忘れて、声を荒げそう返す。 「しっ!声がでかい」 そう注意され慌てて声のトーンを下げる。それでも僕は友人の辰彦に反論する。 「でも、そういう噂なんだよ。先輩の友人の知り合いがそう言ってたって」 「なにソレ?全然信憑性ないじゃない」 そこで初めて、今まで黙って僕らの話を聞いていた幼馴染の智美が口を挟んできた。 「いや、でもなぁ……。気になるだろ?悠?」 しつこい。そんな噂、誰が信じるもんか。僕は辰彦に軽蔑の眼差しを向ける。智美にも同様の眼差しを受けようやく辰彦は押し黙る。 「でも、悠。あんたやけにあの娘の肩を持つのね」 「肩を持つも何も、そんな訳ないから」 からかってくる智美にすっぱりと言い切る。そう、そんな事はありえないのだ。 『土曜日の放課後、誰もいない図書室で聖書を一冊裏向きにして借りると図書委員がヤらせてくれる』 こんな噂が今年になってから急速に広まっていった。眉唾ものでしかないこの噂が広まった原因はおそらく一つ。 今年の図書委員が「夢野咲」だからだ。 容姿端麗、成績優秀、更にはその人当たりの良さと見る者全てを魅了する笑顔。いわゆる学園のマドンナってやつだ。 そんな彼女を妬んだ誰かの根も葉もない悪評、もしくはそうあって欲しいと願う男たちの薄汚れた欲望。 そのどちらかが、或いは両方がこの噂を産み、そして広めて行ったに違いない。 ――でももしかして……、万が一にも噂が本当だったならば? そこまで考えて、僕はぶんぶんと頭を振る。 夢野さんと同じクラスになった事はないが、同学年と言う事もあり何度か彼女と話す機会はあった。 話した回数は多くはないが彼女はそんなことをするような人間じゃない、僕はそう信じている。 ――それとも僕がそうあって欲しいと願っているだけなのか? 「ま、第一こんな人ばっかりの図書室に誰もいなくなるなんてありえないか」 智美の言う通り、この図書室は人で溢れ返っている。 いつもよりも人が多いのは、邪な考えを持つ輩が混じっているからだろうか。 周りを見渡すと、眼をギラギラとさせた男たちがカウンターに座る夢野さんの方をチラチラと窺っている。 何人か熱っぽい眼差しを向ける女の子も混じってるみたいだが――深く考えるのは止めておこう……。 「そんな与太話してるぐらいなら手を動かす!さっさと課題終わらせちゃうわよ。悠、辰彦」 「はいはい、んじゃやりますかね」 智美が話を切り上げ、辰彦もようやく課題に取り掛かる。僕も続きをやらなくては。 カウンターの方をちらりと見る。すると偶然、夢野さんと目が合った。 彼女は僕の方を見てにこりと笑いかけてきて、僕は真っ赤になってしまい下を向いて必死に課題を解いた。 今日も僕は図書室に通う。 一時は人で溢れ返っていたこの図書室も、かつての様相を取り戻しつつあった。 人の噂も七十五日。 こうしていつの間にか忘れ去られていくのだろう。 夢野さんはいつものように、貸出カウンターの奥で静かに読書をしている。 ……結局噂は噂でしかなかったと言う事だ。あれから一か月経つが、それ以上の話は聞かない。 あの噂は夢野さんの耳に入らずに済んだのか、それとも聞いてしまい彼女は傷ついたのか。 僕はそのことを知らない。 知っている事は、一か月の間彼女が何ら変わらず図書委員を務めているという事だけ。 僕は彼女から目を離し、いつものように課題に取り掛かることにした。 ************ 課題を始めてしばらくたったが、未だ智美も辰彦も来ない。約束はしていたはずなのだが。 遂には課題を終えてしまい、手持ち無沙汰になってしまう。 このまま帰ってしまおうとも思ったが、せっかくなので図書室の本を読むことにする。 入学してからほとんど毎日のように図書室に通っている僕だか、ゆっくりとここで読書する機会はあまりなかったように思う。 僕は席を立ち、本棚の方に歩いて行った。 「おぉー」 思わず声が出てしまう。それほどこの学校の図書館の蔵書は充実していた。 天井まで届く本棚に所狭しと並ぶ本の数々。その方面に明るくない僕でも、その量と質に圧倒される。 目を閉じるとより感じる事の出来る、紙とインクと、製本糊の匂い。本が音を吸収し、本が呼吸する事により生まれるその静寂。 図書館特有のその雰囲気に、僕は今更ながら感動を覚えた。 「ふふ、すごいでしょ?」 「えっ?」 そこで後ろから声を掛けられる。僕がびっくりして振り向くと、そこにはいつの間にか夢野さんが立っていた。 「ごめんなさい、驚かせちゃったかな?高野くん」 そう言って夢野さんは首を傾げる。その動作一つにも僕の心臓が速くなるのを感じた。 「あ、いや……って僕の名前覚えてくれてたんだ」 「あら?図書館の常連の名前くらいは覚えてるわよ、高野悠くん。それに初対面って訳でもないでしょ?」 まるで、当たり前の事だと言わんばかりの彼女。 そうは言っても、あの夢野さんだ。彼女が僕なんかのことを覚えてくれているなんて思いもしなかった。 たまたまだったとしても、僕は嬉しさを隠す事が出来ない。 「でも珍しいね、高野くんがわざわざ本を読みに来るなんて?」 夢野さんは小悪魔チックな笑みを浮かべ、僕をからかってくる。 「あ……」 「うん?」 その妖艶な笑みに僕はこれ以上なく心臓を高鳴らせ、間抜けな声を漏らしてしまう。というかそんな所まで覚えてくれていたのか…… 「た、たまにはゆっくり読書をしようと思って……。な、何かお勧めとかあるかなっ!」 それを誤魔化しながら、でも会話をなんとか続けようと苦し紛れに言葉を紡ぐ。 夢野さんはそんなテンパリまくってる僕を笑うことなく、いつものように優しい口調で返してくれる。 「お勧めは――そうね……、夏目漱石、ドストエフスキー、スタンダール……」 彼女の口から次々と名前が挙がっていく。と言っても最初の方しか名前を知らず、「どうやら作家らしい」名前なのだが。 「でも――そう。せっかくこの学校に居るなら、これなんかどう?」 「……え」 そう言って彼女が手に取ったのは―― 『旧約聖書』 「授業でも習うけど、自分のペースで読んでみると、それはそれでいろんな解釈が出来て楽しいわよ。例えば――『何故悪魔は人間を惑わすのか』とか」 そう言って夢野さんは微笑む。まるで天使のように、或いは……悪魔のように。 僕は彼女から目を放す事が出来ない。 心臓が破裂しそうだ。体中の血が沸騰しているようだ。頭の中が掻きまわされているようだ。 何故。『土曜日の放課後 何故?誰もいない図書室で聖書を裏向きにして借りると 何故!?図書委員がヤらせてくれる』 「図書委員さーん、本を借りたいんですけどー」 そこで、邪魔が入る。――邪魔?何が?何を考えている、僕は? 「あ、はーい。じゃあ、高野くん、私仕事があるからここで」 そう言って、夢野さんは入口付近の貸出カウンターの方へ歩いて行く。僕の目の前に残るのは、この聖書一冊。 ――ゴクリ 唾を飲む音が、やたら大きく聞こえる。 何を思い、彼女は僕にこの本を勧めたのか。ただの偶然?それとも……それとも―― 僕は、ゆっくりと、その聖書に、手を伸ばして…… 「何してんだ?悠?」 「うわぁぁあ!」 「うお!っと驚きすぎだっての」 いつの間にか、辰彦と智美が居た。二人とも申し訳なさそうな顔をしている。遅れて来た事にだろうか。 「ごめーん、ちょっとクラス委員の仕事が長引いちゃって」 「俺もヤボ用があってな、スマン」 そう言って二人は頭を下げる。その様子を見てやっと、僕の頭が冷静になっていく。危うく僕は彼女を侮辱するところだったのだ。 「ああ、別にいいよ。気にしてない」 「いやー、ホント悪いな」 でもアレは僕の見間違いだったのだろうか。――いや、そうに決まっている。 去り際に夢野さんが、僕を見て、舌舐めずりをしていたなんて。 ************ その夜、僕は淫夢を見る。 僕と、夢野さん。二人だけの世界の夢。 「悠……」 夢の中の彼女は、僕の事を名前で呼んだ。 「気持ち良くさせてあげるね」 夢の中の彼女は、僕の事を優しく愛撫した。 制服の前をはだけた夢野さんが僕の方に、ゆっくりと近づいてくる。 不意に彼女の豊満な乳房が、僕の右腕に押しつけられた。柔らかな双球がむにゅりと押しつぶされ、僕の脳内に甘美な電流が走る。 そのまま彼女は、手を僕の体に這わせゆっくりと下半身を撫でまわし始めた。じっくりと、優しく。強過ぎず、弱過ぎず。 僕は声を出すことすら出来ず、ただただ彼女にされるがままだった。 たっぷり時間をかけて下半身をくまなく撫でまわした彼女は、ようやく「そこ」に手をのばす。 ずっと焦らされ続けた僕のそれは、どくんどくんと今にも破裂しそうなくらい誇張していた。彼女のしなやかな五指がそれを優しく包む。 瞬間、世界が真っ白になる。あまりの快感に頭の中がスパークする。 腕に押しつけられる彼女の胸、ゆっくりと僕自身を扱く彼女の手、彼女から薫る女の匂い。 その全てが僕の視界を白く塗りつぶし、僕の理性を壊す。しかしそれは天国であり、同時に地獄でもあった。 彼女の与える快感は、常にあと一歩足りない。コップ一杯の水が、寸でのところでこぼれない。 常に快感を与えながらもそれでいてギリギリ放出を許さない練達した彼女の指さばき。 もはやなりふり構わず自分からも腰を振ろうとするが、それすらも上回り一線を越させまいとする彼女。 「悠、イきたい?……でもそれはダメ」 耳を甘噛みしながら彼女は呟く。 「イきたい……イかせてください……!」 僕は泣きながら、みっともなく彼女に「お願い」する。その間も彼女はねっとりとした舌使いで僕の耳を蹂躙する。 「続きは――図書館で」 そう言って彼女は、霧の如く消える。残されるのは、やり場もなく抑える事の出来ない情欲。 僕はそこで目を覚ます。布団を剥ぎ、慌てて下着の中を見る。 ――そこには、自己嫌悪すら許さない欲望が激しく主張をし続けていた。 ……………… ………… …… 「何ボーっとしてるのよ。授業終わったよ?」 いきなり頭を何かで殴られる。しかし、今の僕にとっては些細なこと。 「アンタ、いくらつまらないからって神学の授業中呆けてるのはまずかったでしょ。――あれ?でも確か悠って神学は割と……」 「…………」 「とにかく!神様のお膝元でサボりは感心しないなぁ。まるで悪魔に取り憑かれ――ってそれは流石に不謹慎か」 「…………」 「こら!いいかげん返事しなさい!」 ようやく僕は声の主の方を向く。まあ予想通りと言うかそれ以外あり得ないと言うか。智美だった。 「どうしたの、悠?最近ずっとそんな調子じゃない」 「いや……別に?」 口ではそういうものの、実のところ僕はもう限界だった。 「あー、オホン。怒ってる……って訳じゃないよね?」 「ああ」 智美は僕の機嫌を窺うように聞いてくる。どうやら先日の遅刻の事をまだ気にしているようだ。 もちろん僕はそんな事もう気にしてない。でも、僕の様子がおかしいのはちょうどその時からなのだろう。 心当たりはある。僕が見る、僕自身の夢だ。 あの日、夢野さんの夢を見てから――図書館で夢野さんと話してから、ずっと見続けているのだ。あの夢を。 淫夢。 あの本能を直接刺激する強烈な夢を、そしていつも直前で終わってしまう夢を、僕は連日見続けているのだ。 欲求不満なのかもしれない。僕も年頃の男だから。でも、ここまで追い詰められるほどのものなのか? 毎回中途半端に終わる夢に我慢できず、とうとう自分で処理してしまった日もある。 しかし、それでも僕の欲求不満は一向に解消されなかった。夢を超える快感を得る事は出来なかった。 むしろその落差は、より強い快感を求めようと僕の中で暴れる野獣に餌を与えるだけだった。 ――女を、抱きたい。 「それとも体調悪いの?」 また考え込んでしまった僕に、智美はぐっと近づいて体温を測ろうと手を伸ばす。 「――っ!」 「きゃ!」 それを僕は慌てて振り払う。 「もう、そんなに嫌がらなくてもいいでしょ」 「……僕、もう行くから」 「何よ、そんなに避けなくてもいいじゃない!」 「やっぱり、私よりあの娘の方がいいの……?」 ************ 智美を置き去りにして僕は寮の自室へと向かう。 ――危なかった。 今にも暴走しそうな欲望を抱える僕にとって、智美はあまりにも無防備だった。 幼馴染の気安さからか、智美の過剰とも言えるスキンシップは時折あった。その度に僕はドキドキさせられっぱなしだったが。 今思うと、智美はそれを分かってて僕をからかっていたのかもしれない。 でも、今それをやられると僕はどうなるか分からない――いや、確実に智美を襲うだろう。 それだけは避けたかった。智美の事は好きか嫌いかで言うならば確実に、好きだ。もっと大きな好意を持っているかもしれない。 だからこそ、今まで家族同然に付き合って来た智美を泣かせたくはない。 泣かせたくないならば、僕が我慢すればいいだけの事……。 「――あれ?」 気がつくとそこは図書室だった。 ここ最近は来ていなかったものの、習慣になってるから無意識的に足を運んでしまったのだろうか。 (急いでこの場を離れなくては……!) 一番にそう思った。ここで夢野さんに会うと気まずくて仕方がない。僕が一方的に、だけど。 そこでふと気付く。この図書室、こんなに静かだったっけ? いつもより冷えた空気の――眠っているような図書室。そこには、誰もいなかった。 「ん?」 いや、ただ一人いた。夢野さんだ。 彼女はまたいつものように、カウンターの奥で静かに読書をしている。 「あら、こんにちは」 彼女はこちらに気付くと挨拶をしてくる。僕もこんにちは、と返す。 さっきまであれほど会いたくないと思っていた彼女。 しかしいざ目の前にしてみると、ずっと彼女を見ていたいという気持ちすら湧いてくる。 そして脳裏にフラッシュバックするのはあのシーン。 「今日はあんまり人が居なくて……暇だったの」 そう言いながらカウンターから出てきて、呆けている僕の方に近寄って来る夢野さん。 スカートからすらりと伸びる長い脚。芸術品のような絶妙な曲線を描く腰。制服の内側で窮屈そうにしている胸。 しなやかな腕と繊細な指先。白磁のように透き通った肌。光を反射し天使の輪をつくる艶のある長い髪。 ぱっちりと大きいアーモンド形の眼。顔の中心を寸分の狂いなく通る鼻。水々しい光沢を放つ唇。 その全てに僕は釘付けになる。 タカノクン 「は、はいっ!」 彼女の唇の動きで名前を呼ばれているのに気付き、慌てて返事をする。じっと見ていたことばれてないよね……? 「今日も課題をするために来たの?」 「き、今日は課題なかったからっ……!」 「じゃあなんで?」 そこまで喋っておいてしまったと思う。なんて言おう?ふらふらしてたら辿り着いた? 「本……、そう、本を借りに来たんだ!」 そこで僕は嘘をついてしまう。夢野さんに変な目で見られたくなかったのだ。 「そうなんだ。じゃあ私が一緒に探してあげようか?」 「い、いや。大丈夫!」 「そう?」 「そうそう!そ、それにほら、もうこれに決めているし!」 嘘がばれないよう、手近にあった本を適当に取り夢野さんに見せる。 「……こっちに来て」 僕は夢野さんの後について行く。 「学生証とその本を――」 貸出カウンターの向こう側に居る、彼女がそう言った。 僕は学生証を取り出そうとしてそこで初めて気が付く。 僕の手の中にある一冊の本。咄嗟に選んだ本は「悪魔的」にも「それ」だった。 皮肉。 もしこれを裏向きに差し出したならば――好奇。 もし彼女がこれに反応したならば――誘惑。 長くて、短い葛藤の末、僕が選んだのは取り返しのつかない選択。 「――これから時間はあるかしら、高野くん?」 僕は、谷底に突き落とされたような絶望感と……これから起きる事への期待感に身を震わせた。 ************ ガチャリ…… 彼女に案内された図書準備室は、思いのほか小奇麗であった。 そして部屋の中心に置かれた、大きな来賓用ソファー。 今までずっと早鐘を打っていた僕の心臓は、それを見た瞬間止まりそうになる。 「高野くん……。いえ、――悠」 ソファーに寄りかかりながら夢野さんが、夢の中の彼女のように僕の名前を呼ぶ。 「悠は、私に何をして欲しい?」 妖艶な笑みを浮かべながら――同じ歳とはまるで思えない――彼女は僕に問う。 僕は何を彼女に望む? 「手でして欲しい……」 夢の続き、そこで果たせなかった結末。無意識のうちに僕はそう答えていた。 「――分かったわ」 ジジ……ジ…… ズボンから僕のモノが、彼女の手によりそっと外に取り出される。 「ふふ……。とっても熱い、今にも爆発しちゃいそう……」 僕に密着した彼女はそんな事を言いながら、ゆっくりと手を這わせ扱き始めた。夢と寸分の狂いもなく。 シュッ、シュッ、クチュ…… 「ああ、あぁああ、あああああぁあああぁあ……」 快感の奔流が僕を襲う。彼女に触られ始めてから数秒にもかかわらず、僕は早くも我慢が出来なくなって来た。 「気持ちいい?じゃあ、今度こそイかせてあげる……」 彼女の言葉に違和感を覚えながらも、次から次へと押し寄せる甘美な刺激に僕はもう考える事すら許されない。 僕はひたすら歯を食いしばり、一秒でも長くこの快感を享受しようと必死に耐えるのみ。 「――――」 ドクドクッ!ビチャァ! 膝をガクガクと揺らしながら、僕は彼女の手の中に白濁をぶちまける。 長い長い射精。――僕がずっと求めていた終わり。 ペロ……ピチャ……ジュル…… 放心する僕の目の前で、彼女は僕の放ったものをおいしそうに舐め始める。僕に見せつけるように。 口の中から覗く赤い舌がペロリと精液を絡め取っていくその姿に、僕は下半身が再び力が集まるを感じた。 彼女は手の中にあったものをキレイに舐め終える。と、不意に僕の前にひざまづいた。 「!」 彼女はそのまま、硬さを取り戻しつつあった剛直をぐっぽりと呑み込んだ。 そして、突然の快感に逃げようとする僕の腰に手を回し、顔を動かし始める。 ぢゅぽ、ぢゅぱ、ぐぽっ、じゅるる、ずずーっ! ……はむっ、んん、む、むぐ、んぐっ、んむぅ じゅるるるる!ぢゅぷ――っ! 暖かい彼女の咥内の粘膜と舌が、執拗に僕を責める。 たちまち力を取り戻した僕の逸物もまた、ビクビクと跳ね回り彼女の奉仕に答える。 狭い部屋の中を淫らな水音が支配する。 「んむぅ……悠のオチンポ、おいひい……」 そして、彼女の口から洩れた卑猥な言葉。眼下に映る淫靡な景色。 ――あの、彼女が。 ――あの、「夢野咲」が。 ――僕のモノを咥えて奉仕し、悦んでいる。 「ぢゅるる、じゅ……ん、何?――っ!?」 僕はおもむろに彼女の頭を掴むと、遮二無二腰を振り始めた。 「んぶぅ!?むぼっ!?」 途端、彼女が苦悶に顔を歪めるが 「んむっ!じゅるじゅるじゅる!じゅぷぅ――!」 それも一瞬、すぐさま咽喉を駆使しながら僕を受け入れる。 喉の奥の柔らかい肉、ザラリとした舌、頬の裏側の粘膜、その全てを蹂躙し僕は高みに登り詰める。 「ぢぢゅるるる!ぐぽぽっ!んむ、んん!」 「くっ……!ぐっ!」 「んんんんんんん――!!」 最後、本能的に彼女の顔を引き寄せより深くへと放出する。 「ん、んぐ……ごくん……」 咥えたまま顎を上げ、そのまま喉を鳴らしながら胃へ精液を流し込む。 眼尻には涙が滲んでいるが、僕を見上げるその眼には歓喜の色さえ浮かんでいた。 「はぁ……。もう、悠ったら乱暴ね」 「ご、ごめ――」 「続き、しましょう?」 言葉とは裏腹に、楽しげにそう言う彼女は上の制服を脱ぎながらソファーに横たわる。 「さあ、来て。まずは、二人で……」 びっしょりと濡れたショーツをずらし秘所を見せる彼女を、僕は一気に押し倒す。 もう、理性なんか無かった。あるのは獣欲のみ。 邪魔な布を脱がすのも億劫。そのままあてがい挿入する。 「ああああああん!!」 下半身から脳天へ突き抜ける快感。白く染まる世界。 何も考える事が出来きない。本能のまま腰を振る。 「はぁ……!いいわ、もっと……!」 合わせるように彼女も腰を使い始める。蕩けて接合部が一つになったような感覚。 「いい……!ああ、もう我慢できない……!」 急に押し倒され、僕と彼女の上下が逆転する。同時に膣内のうねりが激しくなった。 「ああっ!ああっ!ああんっ!」 僕を下敷きにした彼女は、僕の上で淫らに踊り狂う。大きな二つのおっぱいがブルンブルンと跳ね廻る。 それを眺めながら僕は、がむしゃらに下から彼女を突く。髪を振り乱しながら彼女も腰を激しく動かす。 ビュルルルルル!ビュクビュクビュク!! 命ごと持っていかれるのでは無いかというくらい激しい射精。 長い長い放出を終え、ようやく解放される僕。もう、何も考えられない……。 「ふふ、御馳走様。でもまだよ、もっと気持ちよくさせてあげる。でもその前に――」 「隠れてないで出でいらっしゃい、久坂……智美さん?」 ――ゆっくりと、図書準備室の扉が開いた。 開いたドアから智美は崩れる様にして準備室の中に入ってきた。 「……どうして」 力なく呟く彼女の瞳は涙に濡れていた。 「どうして!もう、訳分かんない……」 智美は信じたくなかったのだ。信じる事が出来なかったのだ。 智美は目の前にいる悠と咲から目を逸らす。 智美は悠に恋心を抱いていた。 幼馴染への思慕。それはどこにでもあるような平凡な話。 幼い頃から共にあった、兄であり弟でもある悠。 性別の分け隔てなく遊んだ幼少期、男女の違いが出てきてお互い意識し一時期疎遠になった思春期、そして再び親密になった今。 今までずっと彼を見続けていた智美は、純真であった彼の生々しい男の姿を受け入れる事が出来なかったのだ。 ――或いは、彼に抱かれる女が自分でない事を受け入れられなかったのかもしれない。 突然に、偶然に見てしまった悠と咲の秘め事に、智美は自分自身を見失っていた。 「……どうして?」 咲は智美に言葉を投げかける。 「彼は私を求めた、私は彼に答えた。それだけの事」 項垂れる「彼女」に、「彼女」は辛辣な言葉を浴びせ続ける。 「貴女が恐れていた事。貴女が考え無いようにしてきた事」 彼女の瞳が一瞬、紅く染まる。 「高野悠は、久坂智美ではなく夢野咲を選んだの」 咲はそこまで一息に言い切ると、悠の横たわるソファーへと戻って行く。 智美を流し目に一瞥した後、咲は悠へ跨った。 もはや理性の欠片さえ残されていない悠は、再度の性的快感に動物的本能で答え腰を振り始める。 「ああっ……!そう、もっと!もっと!」 突き上げられる咲は歓喜の声を上げ、ぐちゅぐちゅと性器からはしたない水音を立てる。 智美の目の前で、智美を無視した饗宴が続く。 室内は、クラクラとする強烈な雌と雄の臭いで充満していった。 (や、やだ……あんなになってる) 痴態を見せつけられた智美は、最初の方こそ目を閉じ耳を塞ぎ必死に現実から目を逸らせていたものの 次第にこの場の異様な空気に当てられ、その行為を食い入る様に見つめていた。 心の奥底が失恋の傷によりズキズキと痛んだが、それを上回る生物的本能が彼女を激しく欲情させた。 気が付くと彼女の大切な場所はぐっしょりと水気を帯びていた。 もじもじと両股を擦り合わせる度に、今まで経験したことのない快感を感じた。 そしていつしか自らそこに手を添え、自分を慰めながら二人を見つめている彼女がいた。 クチュ……ピチャ…… 「や……、ダメ……。こんなはしたない事しちゃうなんて……!」 そんな言葉を発しながらもその行為をやめる事の出来ない智美。 むしろ、その言葉が自分をより燃え上がらせていると言う事にもうっすらと気付いていた。 突然、咲の下に横たわる悠がビクビクと痙攣し始める。同時に、彼の腰を振るペースが加速する。 咲はその様子を見ながら、甲高い嬌声を上げる。 (ああ……!悠、イくの?イっちゃうの!?) その二人の姿に射精の瞬間を感じ取った智美は、手を激しく動かし肉芽を重点的に責め始める。 それは、体を合わせて無くとも思い人と同時に達したいと願う少女の健気な思い。 「来て!早く来て!私の中にあなたの熱いザーメンぶちまけて!!」 「ぐっ、あああああああ!!」 (飛んじゃう……!私、飛んじゃうっ!!) 咲と悠と、そして智美は同時に達した。 「はあ……はあ…」 しかし、肩で息をしながら彼女はぽっかりと穴が開いた様な虚しさを感じていた。未だ体は火照るが心はどうしようもない位に寒い。 「ねぇ?あなたも混ざる?」 そこへ掛かる誘惑の言葉。 「もしかしたら、これがきっかけで悠はあなたの事を意識してくれるかも知れない。――そうでなくとも、貴女は彼に抱いて貰える」 (私が……悠と……) 想像しただけで智美の子宮は疼いた。彼によって女にして欲しいと心と体の両方が欲した。 「うん……」 智美はためらいもなく頷いた。 ************ 「悠……」 智美は愛しい彼の名を呼びながら、一糸纏わぬ姿でその彼の胸に飛び込む。 「悠……、ちゅっ。悠……ちゅぷっ。悠……!」 まるでうわごとのように彼の名を呼び、情熱的なキスを浴びせる。 お互いの唇を合わせ、舐め合い、吸い合う。 相手の口内へ舌を滑り込ませ、唾液を交換し、歯を舌を形が分かるまでチュプチュプと確かめ合う。 「さあ、いつまでもキスしていないで……」 咲にそう諭され、ようやく智美はキスを止める。 「そう……。悠のオチンポをあなたのオマンコで受け入れるの」 「悠を、私が……」 顔を真っ赤にした智美は、恐る恐る腰を落とし、互いの性器を擦り合わせる。 「やっぱり怖い……」 だが、いざ挿入となると経験のない智美は尻込みしてしまい、なかなか先に行く事が出来ない。 「悠に抱いて欲しくないの?」 「悠に、抱かれたい……」 「じゃあ、痛いのが怖い?」 「……うん……」 素直に智美は答える。どの位痛いのか彼女には想像もつかないが、途轍もなく痛いと小耳に挟んだ事があった。 「大丈夫、すぐに良くなるわ」 咲は智美を諭しながら、接吻を交わす。 唇の間から流し込まれた唾液は、蜜のようにとろりと甘かった。 意を決し、智美は純潔を悠に捧げる。 「痛っ!……ん、んんんん!」 亀頭を少し銜え込んだ膣道は、処女膜によりそれを押し返そうと痛みを彼女に訴えかけるが それを智美は無理矢理抑え込み、苦痛に顔を歪めながらも自らの聖域に異物を受け入れる。 「いっ……!――これで、全部、入った、の?」 腹の奥底にコツンと何かが当たる感触。智美はぽろぽろと泣きながらも、結合部を確認する。 「うわぁ……、すごく……いやらしい……」 紅い血を垂らしながらも、悠の性器を奥まで銜え込んだそこはヒクヒクと震えながら更なる快感を今か今かと待ち受けていた。 その有様に智美は遂に果たされた自分の奥底に眠っていた欲望が満たされたのを感じる。 「どう?今の気持ちは?」 それまでじっとその様子を見守っていた咲は、慈愛に満ちた声で智美に言葉を掛ける。 いつの間にか、智美は咲に親近感を覚えるようになっていた。 「嬉しい……。それに、思ったよりも痛くなかった……」 健気な笑顔を見せる智美。しかし、その状況は異常。快楽は確実に彼女の常識を塗り潰しつつあった。 グチュ……クチュ……グチョ……ヌプッ……! グチョ…………グチョ……ヌプッ……グチョ……! 腰を動かし始めた智美。すでに彼女の声には痛みの色はなく、漏れるのは艶を帯びた声。 「はぁ……!気持ちいいよ、悠……、悠も気持ちいい!?」 「あ……、あああ……」 「――悠、返事ぐらいしてあげなきゃ」 咲は悠に優しく口づけをした。 ************ ただ気持ちよくなる事しか考えられなかった頭の中が、突然冴えわたる。 靄がかっていたような思考が、急激にクリアになる。 ぐちょ……ぐちゅ…… 夢のような世界にいた僕に意識が戻ってきて、一番に目にしたのは僕の上で乱れる智美の姿だった。 「智美!?一体何を!?――っ!?」 疑問が思わず僕の口から飛び出すが、息つく間もなく下半身を耐えがたい快感が襲う。 そこは智美の愛液と血、僕の体液でグチョグチョになっていた。 「ゆ、夢野さん!どうして!?」 錯乱した僕は、近くに居た夢野さんに問う。 夢野さんはこの場の雰囲気にまるでそぐわない優しい笑顔で答える。 「彼女が、そう求めたからよ。そう、貴方と同じ……」 「そ、そんな……。智美!止めるんだ、こんな事!」 僕はそこで初めて夢野さんの異常性を感じた。考えてみれば、どうしてこうなったのか。夢野さんを抱いたあの時は何だったのか。 曖昧な現実が、僕を蝕む。同時に今すぐ智美を止めないと取り返しが付かない事になってしまう予感を感じさせる。 「どうして?そんなことより、悠も……ああん!き、気持ちいい、でしょ?はぁん!」 「ううっ。そ、そんなこと……ああっ!」 だが、すでに快感の虜となっていた智美には僕の言葉は届かない。僕の喘ぎに気を良くした智美はより一層のピストン運動を行う。 「さあ、私も気持ち良くしてね……?」 僕の言葉を遮り、夢野さんが僕の顔に跨って彼女の性器を押し付けてくる。 「うぶっ……!さ、智美やめ――」 「んぁあああ!はあはあ……、もっと!悠、もっと!」 心はバラバラ。だけど、皮肉にも体の相性は良抜群で少しの身じろぎでも脳内を痺れさせる。 「私のも、あんっ!な、めて……!」 それに加え、夢野さんの秘所から漏れる愛液。甘い蜜は僕を怠惰へと誘う。言われるがままにそこを舐め、愛撫する。 「ぐぁっ、だ、だめだ!もう出そうだ……!」 限界を感じ、僕は叫ぶ。 僕の上で淫らに舞う二人の裸体が、僕を頂へと登り詰めらせようとする。 「ええ……!もうすぐ私もイきそう……!」 「悠!悠!中に……、私の中で出して!私の子宮に赤ちゃんの元、ぶっかけて!!」 二人はお互いに唇を絡め合いながら僕と彼女ら自身の快感のため一心不乱に腰を使い、射精に導くべく卑猥な言葉を口にする。 「う、ぁああああああああ!!!」 絶叫と共に、押し留めていた白濁を解き放つ。 今まで家族同然だと思っていた、智美の中に僕は醜い欲望をあらん限りに注ぎ込む。 ドクドクと音を立てながら注ぎ込まれた僕の精液。入りきらなかった分が、智美の中からドロリと溢れ出る。 「ああ……私、悠に、女にされちゃった……。思いっきり中出しされちゃった……」 うわごとのように呟き、智美はそこで気を失ってしまう。 倒れそうになった智美を夢野さんが受け止め、僕に預けた後やっと僕の顔の上から降りた。 「夢野さん!」 僕は、智美を支えながら僕からゆっくりと離れて行く彼女に問う。 「君は、一体――」 「私は貴方。貴女は私。人と人の欲望が生み出した夢幻」 振り向いた彼女の眼は、ルビーのような紅で染まっていた。 「抑え込んだ欲望が、私を産む。裏切られた愛が、私を変える」 呪文の様に呟く彼女には、コウモリのような漆黒の羽とヤギのようなクルリと巻いた角が生えていた。 ――私達はいつもあなたたちの傍にいる―― 夢野さんは、僕たちを残し闇の中へと消え去っていった……。 ************ 「よっす、悠」 「……ああ、辰彦」 あの事件から一か月が経った。 事件の後も僕たちは学園生活を送っている。 「おい、知ってるか?誰もいない放課後の教室で生徒会書記の桜美穂子ちゃんにお願いするとヌいて貰えるって噂」 僕はあの後すぐに、彼女について調べ回った。 しかし、僕が知り得たことはただの一つだけ。 『そのような人物――「夢野咲」――はこの学校に存在しない』 教師たちも、生徒たちも、様々な記録にだって、彼女の存在を証明するものは残されていなかった。 あれほど校内で有名だった彼女は、この世に存在せず、誰も覚えていない。彼女を知っているのは、僕ただ一人。 また、僕もそこで初めて気がついたのだ。――彼女はどのクラスに在籍していた? 「またくだらない噂?」 美咲が僕と辰彦の姿を見つけ、会話に加わる。 智美はあの時の事を覚えていない。 あの後、僕の心配の言葉も耳に入らず、美咲はフラフラと夢遊病者のように自室に戻り、そしてその翌日には事件の事をさっぱりと忘れていた。 その事に僕はこの上なく不安を覚えたが、本人にはその自覚なく、また今日までいつも通り学園生活を送っている。 そして、そんな彼女に本当の事を伝えるかどうか――僕が気を違えたと思われてでも――悩んでいる。 智美を抱いていながら不誠実な男だと言われるかも知れない。だけど、忘れて居たままの方が彼女の為なのかもと思うと……。 (なぁ……最近智美の奴、雰囲気変わったよな) 辰彦が小声で僕に言う。 (そうかな?――そうかもね) (だろ?なんか、色気づいてきたと言うか艶っぽくなったと言うか) そんな智美にも変化はあった。智美の仕草一つとっても、事件の前と後では微妙ながらも差異が生じたのだ。 事件の後、何故か智美のスキンシップと称した僕へのからかいはピタリと止んだ。 しかし、以前よりも僕は智美にハッとさせられる回数が増えた。 肌を触れ合わせたからかも知れない。しかし、辰彦の言う通り智美の雰囲気そのものが変わったような気がする。少女から女のそれへと。 「コソコソと何話してるの?――ああ、そうだ辰彦。なんか先輩がアンタのこと探してたわよ?」 智美は脚を組み換えながら、思い出したように言う。 「なんだと?!それを早く言え!」 また、僕と智美の距離感も変わった。 もともと四六時中一緒と言う訳でも無かったが、智美と僕は以前よりも疎遠となった。智美が僕を避けていると言ってもよい。 一つ一つは些細であっても、やはり確実に智美は変わったのだ。 「悠」 「何?」 「こうやって二人きりで話すのも久しぶりね」 彼女はは頬を付きながら、上目遣いに話し始める。 「今日、……暇?」 「今日も……僕は図書室に行くよ……」 「――そう。じゃあその後の予定は?」 「……特にないけど」 「なら――後で私の部屋に来て?」 「え?」 「もちろん消灯前よ。……ふふ、何考えてたの?」 「あ、ああ……分かった……」 ************ 今日も僕は図書室に通う。 ただ一つ違う事は、そこに彼女が居ない事だけ。 司書のおばさんに挨拶して図書室に入る。いつものようにそこには暖かい静寂に満ちていた。 いつものように課題に取り掛かる。今日は意外と早く課題を終えてしまった。 少しだけ、図書室の中をうろつく事にする。 僕が最初に夢野さんを見かけたのもこの図書室だった。 静まり返った図書室の一席で、まだ図書委員でなかった彼女は優雅に本を読んでいた。 そこだけ日常の喧噪から切り離されたような空間。僕は心を奪われた。 最初に夢野さんと会話したのもここだった。 「紙、落としましたよ?」 「あ、ありがとう」 ただこれだけの会話。それでも僕の心臓はドキドキと高鳴った。 憧れ、一目惚れ、信仰。 僕は彼女を見ているだけでも幸せだった。幸せなはずだった。 僕は一つの本棚の前で止まる。新旧、様々な言語で書かれた聖書が並ぶ本棚。 本棚から旧約聖書を一冊を取り、その表紙を手でなぞる。 僕にとって、女神と言っても過言ではなかった彼女。その彼女の周辺に渦巻く疑惑。 僕は彼女を試した。新約の時代に選ばれなかったその末路。 禁忌とされるその選択の先に待ち受けていた結末は―― ――ああ、今やっと分かった。 僕が欲望に負けたあの時あの瞬間、僕の中の神様は僕によって殺されたのだ。 自分自身の中に潜む悪魔を僕は肯定したのだ。 「悠」 背後から彼女が優しく僕を呼ぶ。……僕はそっと聖書を裏返す。 「――さあ、一緒にいきましょう」 僕はゆっくりと、彼女へ振り向いた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |