赤い瞳
シチュエーション


鬱蒼とした森に細々と続く街道を走っていた。
月の光は雲に隠れ、辺りは生温い風に揺らめく草木のざわめきと、俺達3人が発する息遣いだけが木霊している。

「もうダメ、走れないわ!」

がっくりと膝を下ろしながら俺の後を走ってきたマリアが根をあげた。
無理もない、昨日の夕方から舗装もされていない、忘れかけられた森の街道を走りっぱなしなのだ。

「立つんだマリア。早く逃げなきゃあいつらが来るぞ。」

どうしてこうなった。

己に問う。
今思えば発端は昨日の昼の事だった。
いつものように俺達、村のはぐれ者は昼間から酒場で怠惰していた。
そこに現われた見慣れない桃色の髪の少女。
歳の頃は俺達と何ら変わらないこの美しくうら若い旅人は、
聖地への巡礼を目指し、遥か西の国境の町から女一人で旅をしてきたのだという。

そしてその晩、事件は起こった。

これから寝ようという時、
ひっかき傷だらけの隣人が転がり込み俺が外の変貌に気付いた時にはすでに遅かった。
村の人達は至る所で交わり快楽の絶叫をあげていたのだ。
逃げまどうもの。今まさに転んだ村の少年に群がった数人の村娘達は下着姿だった。
村中至るところで人目もはばからず男を捕えまぐわう者達。
その年若い村娘やら円熟の人妻まで女性皆の頭からは山羊のように捻じれた角が生えていた。
更には黒い翼と尻から飛び出た男性器の先端部のような形状をした尻尾。
聞いたことがある。

サキュバス。

男の精を喰らい吸い殺す淫魔。
女をも快楽の虜にし、どんな貞淑な乙女も自分と同じ淫猥で強欲な淫魔に変えてしまう力を持つという。
見れば周りに転がっている無数の乾びた骸はどれも年老いた者ばかり。

「昼間の旅人の女だ!」

俺の肩を借りここまで逃げてきた隣家の友が息絶え絶えに言う。

「お前が家に帰った後も俺らは酒場で飲んでいたんだ。
数時間、酔いつぶれて寝てた俺は二階の宿から悲鳴を聞いた。
それからしばらくして階段上に現れたのは昼間のあの娘の本当の姿だった。」

四つん這いで逃げる酒場の親父の背中を右足一つで押さえ、行為に及んだという桃色髪のサキュバス。
あいつが村の若い娘を次々と淫らで下劣な淫魔に変え村を強襲させたというのだ。
まるで疫病のように広まった村人の淫魔化は止まらず、俺達はまだ「人」である生存者達と共に村から逃げ出したのだった。
逃げる途中幼馴染のマリア、鍛冶屋のおっさんと合流することは出来た。
が、その惨劇を俺に伝えてくれた友はもういない。
村を出る門前でサキュバス化した自身の婚約者に捕まり・・・後は言うまでもない。

俺達3人はもはや村で唯一の生存者になってしまったのかもしれない。
この惨状を早く王国騎士団に伝えなければ・・・
その一心でここまでひた走ってきたのだった。

「へぇ、随分と早くここまで来たのね。」

やっとのことで森を抜け隣町への看板が掲げられた三叉路までたどり着いた俺達をサキュバスが出迎えた。

「そんな・・・」

危うく失神しかける。
それ程に絶望的な状況だった。
見つかりやすい表街道を避け敢えて森の中の古道を抜けてきたというのに、
疲労困憊の俺達を出迎えたのはサキュバスの親玉とも言うべき、
紛れもないあの桃色髪の美女だった。
酒場で着ていた巡礼者用の白い布のローブ姿とはうって変わり挑発的な真紅の下着。
何か加工してあるのだろうか。
その布地は研磨した鉱石のような光沢を出している。
胸と股間を一枚作りで覆い臍が露出している。

「リオン。」

おっさんが俺に振り向き手にしていた2本の剣の内一振りを俺に渡す。

「おっさんこれは・・・」
「お前が持って行け。マリアを連れて騎士団に助けを求めるんだ。」

渡されたショートソードのズシリとした心地よい重みが俺の右腕に伝わる。
おっさんはサキュバスに向き直ると鞘の無いもう一振りのブロードソードを両手で構える。
刀身にべったり張り付いた血は村でサキュバスによって淫欲に憑かれマリアに襲いかかった村長を切り捨てた時に付いた物だ。

「さぁ来い化け物ワシが相手だ!」

おっさんの剣を握る手が強まり、
ミリミリという音と共にノースリーブで露わになっている肩の筋肉が盛り上がる。

「リオン。」

俺の背中にマリアが隠れる。

「大丈夫。おっさんは元は兵士だ。きっとアイツを倒してくれる。」

俺は背中に左手を回しマリアの手をがっちり握る。
対峙するサキュバスとおっさん。
それを見守りながら俺達は数歩後ずさりし距離を空ける。

「ふふふ美味しそうだわぁ・・・」

サキュバスは気だるげにその膝丈まで光沢するブーツで覆われたムッチリした脚を地に着けた。
と、その瞬間、これまで臨戦態勢を崩さなかったおっさんの腰が一瞬ぐらつく。

「グッ、貴様俺に何をした・・・おおぉっ。」

カランと音を立て剣を落とすおっさん。
その顔はいつも以上のまるで酒にでも酔ったかのように赤く焦点も定まっていないようだった。

「私は何もしてないわよムキムキの叔父様。」

サキュバスは尻尾を猫のようにしならせながら腕を組む。
ムッチリした淫魔の人では有り得ない程に豊満な巨乳が寄せて上げられる。

「クッソがぁ・・・」

おっさんは間近で見下ろすサキュバスを見上げ睨みつける。

「私が地に足着けただけで人間は皆欲情をするの。盛った犬みたいにね。アハ」

サキュバスは余裕綽綽でおっさんを嘲る。
歯を食いしばり落ちた剣を拾おうとする。が・・・

「・・・グッ。」
「あらあらあっち行ってしまったわね。」

サキュバスは足元の剣をあさってのほうに蹴り飛ばしてしまった。

「おっさん!!」」
「まだいたのかお前ら!俺には構わず早く行け!」
「おじさん!!」

マリアが悲痛な叫びをあげる。

「まだだ、剣がなくてもこの拳で・・・」

おっさんは大地を踏みしめ眼前で余裕の姿勢を崩さない淫魔目掛けて渾身の一撃を放った。
が、

「グッ、どうして・・・」

おっさんの紅潮した禿頭が一瞬で蒼ざめる。
サキュバスは女の白くか細い手でおっさん渾身の一打を受け止めている。
そしてまるで赤子の手を縊るような立ち振る舞いで淫気で力が抜けたおっさんの腕に手を絡めると、
そのまま娼婦の踊り子のような手際でおっさんに抱きついた。

「あ、あ、あ、あが・・・」

虚空を見上げおっさんは何か言葉にならない呻きで喘いでいる。

「力が入らないでしょう?ふふ・・・」

よく見るとおっさんの足は既に自立不能な程に脱力し、今立っていられるのはサキュバスの抱擁に支えられたお陰だった。

「若くて瑞々しい青年の体も良いけど、鍛えられた男の筋肉もいいわぁ・・・」
「ひ、ひ、ひ・・・」

涙を流しながら逃れようとするおっさん。
その股間は悲しいことにこのような状況でも張りつめ勃起してしまっている。
おっさんが逃れようともたれるように上体を動かす度股間のそれはサキュバスの密着した肢体を擦りつける。

「うぅ・・・は・・・なせ・・・」
「ぁっ・・・当たってるぅ・・・♪」

頬を上気させ甘美な刺激に酔いしれるサキュバス。
その絡みついた体から逃れる為のおっさんの悶えはサキュバスに快楽を与える。

「いいわぁ・・・いいわよ!」

徐々にその内底に秘められた淫乱な本性を現すサキュバス。
その喘ぎは次第に熱を帯び激しく扇情さを倍加させていく。

「いいわ!オジサマの精いただくわよ〜ん!!」

サキュバスの真っ赤な唇がしゃにむに暴れるおっさんの唇を暴力的に奪う。

その瞬間、
おっさんの瞳は遥か上方に上がり口からはサキュバスのものと合わさった涎が垂れ流される。
そして擦り合わさった股間からは勢いよく黄色い小便が地面に向かって注がれる。
滝のように落ちた大量の尿がみるみる地面をぬかるませてゆく。
と、同時におっさんの抵抗は止みまるで吊るされた人形のようにサキュバスの胸に抱かれたまま弛緩してしまった。

「ふふ、サキュバスのキスを味わったが最期、その者は全ての体内活動は快感に麻痺して失禁したまま悶絶するの。
男だろうと女だろうと・・・ね。」

そう言ってサキュバスは俺達の方を向く。
目が合った瞬間サキュバスの瞳が妖しく赤く光り俺は動けなくなる。

(しまった魅了の術・・・)

剣を落とし膝から崩れる俺。
横倒しになった視界では同じく地面に仰向けに横たわり虚空を見上げ何か呟いているおっさんを見ていた。
今まさに馬乗りになり赤い下着の股間部のチャックを開きその飢えた獣のように垂れ流されたサキュバスの淫液にみちた○ァギナをぼんやりとみていた。

あれからどれだけ過ぎただろう。
俺が目覚めた目の前にはカピカピに干からび虚空見上げて口を大きく開き、快楽の絶頂と共に絶命したであろうおっさんの亡骸をボンヤリと見ていた。

「あら起きたかしら。」

左側から声がする。
俺は辛うじて寝返りをうちその方向を見やるとそこには満足気に舌舐めずりをするサキュバスの輪郭がぼやけている。

「美味しかったわよ。貴方の知り合い。」

サキュバスは嫌らしく目を細める。

「さて最後のメインディッシュは貴方な訳だけど・・・」

(最後・・・?)

俺はハッとする。

(マリア、マリアもやられたのか・・・?)

焦点のぶれた横倒しの視界が一瞬で澄み渡る。
そこには背を向け倒れ伏すマリアに腰かけたサキュバスの勝ち誇った姿があった。

「貴方が眠っている間にこの娘を頂いたわ」
「く・・・そ・・・」
「このまま貴方を味わってもいいんだけど、フム♪」

そう言って愛おしげに下のマリアを見るサキュバス。

「でもせっかくだし面白いもの見せてあげるわ。」

サキュバスは立ちあがると気絶しているマリアの耳元に囁いた。

「さぁ起きなさい。食事の時間よ。」

すると、これまで伸びていたのが嘘だったかのように、マリアの上体が引き起こされた。

「マリア・・・」
「あ・・・あ・・・」

俺の声にマリアは反応しこちらを向く。

「!!」

サキュバスの赤い瞳。
光の無い空虚な淫魔の瞳。
その瞳孔が俺を捉え見開いた!!

「リオン・・・!リオン???」

と同時にマリアの背中が大きく盛り上がる。
羊水のようなぬめった体液を撒き散らしながら、蛹が蝶に変体するかのように、
マリアの青いドレスを突き破り一対の黒翼が飛び出す。
バサァと広がる蝙蝠のように禍々しいサキュバスの黒い翼。

「うぅ・・・うぅ・・・!!」

マリアの美しい金髪。
その濡れそぼった毛先からは体中に浴びた自身の体液の残滓がしたたり落ちている。

「ああ・・・あああああああああ!!!!」

野犬が死肉を貪る時に発せられる、あの何とも薄気味悪い湿った肉の裂けるような音と共に、
マリアの側頭部を突き破り乳白色の角が渦を巻きながら生えてきた。
そして尻から勢いよく飛び出すぬらぬらと光沢を帯びた蛇のような尻尾。

(嘘だ・・・)

マリアはサキュバスになってしまった。
俺は呆然としながら今まさに俺を捕食しようと近づくマリアの赤い瞳をいボンヤリと見つめることしかできなかった。






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