淫魔と老人のはなし
シチュエーション


老人と少女が村にやって来たのは半年前のことだ。村外れの一軒家を借り受け、隣人ともほどほどに付き合いながら慎ましやかに日々を送っていた。
初め村人は親を亡くした孫とその祖父ではないかと思った。
どうやらそうではないらしい…と気づいたのは収穫祭の夜。祭りに現れた二人の胸に夫婦もしくは決めた相手のいる男女用の花飾りを胸にしていたからだ。
しかし誰一人としてそれを見咎めたり眉を潜めたりはしない。なぜなら輪に加わり踊る二人はとても幸せそうで誰が見ても愛し合う男女そのものだった。

やがて時が流れ老人は病に倒れた。老いという病だ。
子どもだけの生活は辛かろうと村人は二人の家をたびたび訪れては食物や果実、薬草の類いを差し入れた。
しかし少女は甲斐甲斐しく老人の世話を焼いているようで小屋はチリひとつなく、洗いたてのシーツでベッドは被われ、かまどには温かなスープが静かに湯気をたてていた。

ある日村人がいつものように小屋を訪れると少女が老人のベッドに入り泣きながら何かを話しているようだった。
許されないとわかっていても好奇心を抑えられずそっと話し声に耳を傾ける。

「ごめんね、ごめんね、ごめんね……」
「なぜ君が謝るの?」
「だって…あたしのせいだもんっ!約束だって守れない」

老人は少し驚いてから優しく微笑んだ。

「ずっと一緒にっていうあの約束?君はちゃんと守ってくれたじゃないか。
僕はあの日からずっと君と一緒だった。ずっと幸せだった、これ以上ないくらいに穏やかで幸せな毎日だったよ。だから謝らないで。
君がこれからどうなるのか僕にはわからないけれど、それが……僕と同じよ…うに……幸せな日々で…あ…ると……いい…な」

泣きじゃくる少女の髪を撫でる手がゆっくりと動きを止め、老人は静かに目を閉じた。

「…やだ、いやだよぅ。お願い、目を開けてよ!!」

少女は飛び起きて老人を抱き締めた。

村人は少女の真実を見る。
蝙蝠を思わせる翼。冠の様に頭部を覆う山羊の角。青く艶めいた異形の肌。
少女は人ではなかった。

幼い頃親に逆らい「淫魔がきてお前を食べてしまうよ」と言われ恐ろしくてに眠れなかった。教会のステンドグラスに描かれる悪魔は常に悪であり、恐怖の化身だった。

しかし今目の前にあるのは何だろう。
愛する者の死に涙する一人の少女の姿だ。

「淫魔は共に永遠を生きる誓いを与えられるはずなのに!なんで、なんであなたにはそれができないの…!?
あたしはあなたと一緒にいたい!!それが…それだけがあたしの幸せ。
…なんであなたをあたしは選んでしまったの…………」

淫魔に化身した少女の放つ赤い光が何度も老人の体に吸い込まれた。恐らくはあれが永遠を与える呪いなのだろう。
淫魔は永遠を与える。永遠に淫魔と生き、精を吸い続けられる。
いつか聞いた昔語りにそんな話があった。
しかし、淫魔の処女を奪った者はその呪いを受けない。奪った処女が淫魔の放つありとあらゆる呪いを弾くからだ。
この二人からそんな暴力的なものは感じ取れない。
ただ出会い、ただ愛し合った。お互いに少女が淫魔だとは知らず。

少しして村人は小屋の庭にに小さな墓標が建てた。小さいけれど敬意に溢れた美しい墓標で、あの日二人だけの秘密を覗き見てしまった村人のせめてもの償いだった。
花輪を手向けた少女は涙を流しそして愛しい相手の名を呟き、微笑んだ。


とある淫魔とその恋人だった老人の話。






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