シチュエーション
![]() 私は淫魔だ。 それ以上でもそれ以下でもない。 昔話をさせてもらえば、「楽園管理者」だの「情報屋」だの「The Paper」だの、 色々とヤンチャをさせてもらっていた時の二つ名なんざ、ホコリの様に出てきたものだが、 私がそれらで在る以前から淫魔であり、そしてなお現在でも淫魔であり続ける。 今でも、この仕事柄、淫魔とは思ってはもらえなさそうに無いが、な。 で、今、何をやってるのかって? 司書だ。 図書館の司書だ。今は丁度、受付業務を行っている。 意外と退屈な仕事ではない。 老若男女、様々な人間がひっきりなしにやってくるこの環境は、 淫魔にとっては比較的居心地が良い物だ。もっとも、女は不要だが。 それに、人間族の歴史を紐解き、性癖やフェティシスムの歴史を解釈しては、 それをベースに自らの性戯を開発するといった勉強事だって、 時を忘れる程度には、楽しいものなのだ。 本の虫だって、よく言われたな。 それに、今、私が在籍している図書館は、中々に趣味が宜しい。 官公庁の巨大図書館にも勤めた事はあったが、文献が多すぎて、なんとも。 どこぞの道楽者が金と暇に証せて揃いに揃えた古書、秘本、巻物。 一部のオカルトマニアや学者先生、趣味人、謎の老紳士が集う、個人図書館。 この"幻想図書館"は、まさに私の欲を満たしてくれるもので構成されていた。 ……まあ、それでも欲を言わせてもらえば、若い男が圧倒的に足りない。 含蓄があって物腰の柔らかい、ついでに3本抜いても萎れない若者が、 私の熟れた肉体の前に出てきてはくれるものだろうか(但しイケメンに限る)。 ……更に言わせてもらうのであれば、もし―― いや、やめよう。馬鹿馬鹿しい。 元々、私に非生産的な話をする趣味はない。 そもそも、あんな話など、幼淫魔への子守歌に乗せられる御伽話に過ぎない。 「運命の男(オム・ファタル)」か、笑わせる。考えてもみろ。 数千年に一度ほどの頻度?世界中の男の中に一人だけ? 何処の誰が斯様な統計を取ったと言うのか?取れるはずもない。巫山戯ている。 更に、魔力の通じない人間だと?誠意のみが互いの身を結ぶ鈎だと? ロマンス小説の読み過ぎか、それとも複数の同胞から吸い取られ、 頭までしぼんでしまった者がひねり出した、水色の戯言では無いのか? 「運命の男」など、ただの夢物語だ。 私はそう、思っている。 そう、想っていた。 目の前の扉を静かに開け、伏し目がちで受付までやってきた若い男の、 姿を、匂いを、声を、知るまでは―― 「あの……すみません。探している本がありまして。 レクラム文庫版の世界幻想怪異百科について調べたいのですが、ございますか? サキュバススレで、此方にあるかもと伺ったのですが……」 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |