シチュエーション
![]() ――その頃、ボクは孤独だった。 一族の中でも鼻つまみものだった父と母が死に、妹も一緒に死んでしまった。 一代で大企業と呼ばれる会社の社長をしていた父が死んだことで、一族の亡者達は会社の運営権を受け継いだボクにすりより、口先だけの忠誠を並べ立てた。 『会社は、父さんの腹心だった副社長さんに任せたから』 その一言を機会に、一族の連中はささっと姿を見せなくなった。 無論、ボクは誰にも引き取られたくなかったがために、父が残した豪邸で独り暮らしを始めた。 幸い資産はうなるほどにあったし、副社長さんも毎月生活費を振り込んでくれていたから、生きるのに困ることはなかった。 ―――そして、独り暮らしにも慣れきった、数ヶ月前の真夏日のことである。 その日は、ひどく暑苦しく、ボクは喉の渇きを潤すために、わざわざコンビニまで飲み物やアイスを買いに行った。 生温い風が頬を撫でる感触だけが妙に記憶に残るような、そんな夜道だった。 買い物を済ませたボクは、足早に来た道を歩いた。 そして、ボクは見てしまったのだ。 暗闇にあって、なお美しく輝く銀髪。 白磁の如き肌を、申し訳程度に包む薄い布きれのような服。 生まれて初めて見るような、豊満すぎるほどの胸。 それを見てボクは言葉を失った。 綺麗だとか、そんなつまらない言葉で説明出来ない女性が、道端に倒れていたのだから。 「・・・・・ぁ」 小さくしか声が出ない。 普段も大して喋るタイプではないが、しかし、今回は事情が違う。 「だ・・・じょ・・ぶ・・・・です・・・か?」 ギリギリながら、声を振り絞る。 女性に手を差し伸べようとしゃがみ、そのまま女性の肩を揺らしてみる。 真夏の夜の、しかも寝苦しいほどの暑さからは考えられないほどに冷たい肌に、背筋が震えた。 「・・・・あなた、は?」 女性の眼が、ボクを見つめ返していることにボクが気付くまで、たっぷり何分かがかかったような気さえした。 ただ、その声は、適度な高さと落ち着きが同居していたことを覚えている。 先ほどボクが見つけた美女の名前は、アリア―――サキュバスの、アリアと言うらしい。 互いに自己紹介した後、ボクは彼女が倒れていた理由を尋ねた。 彼女が言うには、理由は三つあるらしい。 第一に、サキュバスは大概の場合、男性の夢の中に訪れ、淫夢を見せて、その淫夢で発生した精気を糧に生きる。 アリアさんは、それが苦手らしい。 ゆえに、空腹のために倒れたとのことだ。 第二に、サキュバスは人間世界に馴染んで生きている。 サキュバスは成長すると、自分が見初めた相手を誘惑・籠絡し、下僕として飼ったりするらしい。 それは嫌だと拒否したとのことだ。 最後に、ただ行き場をなくし、空腹のあまり力もなくし、ただ死に行く身となった己の無力さに絶望してしまったと言っていた。 『それなら、ボクの家に来ますか?』 『え・・・?』 『ボクは童貞ですが、アリアさんが欲しいのなら精子だろうが精気だろうがあげますし、生活にも不自由はないですよ?』 『でも・・・悪いんじゃ・・・』 『気にしないで下さい。・・・・・アリアさんに、一目惚れしちゃったんですから、仕方ないじゃないですか』 我ながら、なんと情けない口説き文句だと絶望していたが、アリアさんにとってはそうじゃなかったらしい。 涙を溢れさせながら、『ありがとう』と呟いていた。 そんな彼女を、ボクは衝動的に抱き締めていた。 触れる肌の柔らかさが、ボクの劣情と恋心を加速させて。 出会ったばかりの二人なのに、そのまま手を繋いで家まで歩いて帰った。 「―――ま、その後キスから始まって、一緒に入ったお風呂で童貞喪失に処女喪失、アナルヴァージンも一緒に失い、ただ熱情のまんまにヤリまくっただけなのが、残念なんだけどね」 「でも、私は嬉しかったんですよぅ」 「ボクも嬉しかったさ。ずっと独りぼっちだったのに、恋人で、姉で、メイドで、奴隷が一度に手に入ったんだから」 ボクは、ボクの膝の上に頭を乗せて横になるアリアさんの頭を撫でながら、懐かしさを込めて、微笑んだ。 くすぐったそうに目を細める姿に、愛おしさが止まらなくなる。 「大好きですよぅ、私の、私だけのご主人様ぁ・・・♪」 「あぁ、ボクも大好きですよ。ボクだけのアリアさんですから」 一瞬だけ見つめあい、ボクたちはどちらからともなくキスを交わす。 偶然か運命かは知らないが、あの夏の日に出会った奇跡から今まで、そしてこれからも、ボクはアリアさんを愛し続けるのだろうと、そう思いながら。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |