素朴な疑問 第2問
シチュエーション


「今夜、付き合って」

少年にとってある意味、夢のセリフである。湯島武志にとってもそれは例外ではない。……相手が他の女性ならば。
残念だが、武志に声をかけたのは幼馴染みを通り越して姉妹同然の存在であり、付き合ってというのは
実験のモルモットになれという意味。これが現実である。

「イヤだと言っても、答えは聞いてないんだろう?」
「そのとおり。では夢の中で」

傍で聞いても意味不明な会話であるが、本人たちには十分である。用件としては十分だが…

(せめて、もう少し色っぽく誘惑できないのか?)

と言いかけた言葉を、武志は飲み込んだ。「色気のない淫魔」という、妃奈のコンプレックスを
無闇に抉るような真似は止めておこう。
そう、久光妃奈は淫魔である…はずだ。ごく親しい、彼女が人外と知っている者でも

「何かの間違いだろ?」「なにか、違う種類のお化けなんじゃ?」

という疑問を拭い切れた者はいないのだが。

その日の夜半。武志は自室で目覚めた…と思ったが、1秒後に間違いだと気付いた。
目に入ったのは、妃奈の部屋の見慣れてしまった天井だ。凝った「舞台」をイメージするのが面倒な妃奈の常套手段(手抜き)である。
つまり自分は目覚めていない、ここは夢の中だ。昔、妃奈の母にネズミーランド貸切の夢を見せてもらって以来慣れきった怪異だし、
予想していたことでもある。
ベッドの横に妃奈がたたずんでいる。「気が付いたら、女の部屋のベッドに寝ていた」という状況も、今の武志にとってはロマンの欠片もない。
武志は面倒くさそうに身を起こした。

「だから、俺の夢を怪しい実験場にするのは止めろと…」

言っても無駄なのは解っている。こいつは、何かを知りたいとか試したいという欲望を押さえるのが極めて苦手だ。淫魔のはずなのに、
色欲よりも知識欲の化身なのである。

「で、今度は何を実験したいんだ?」
「私は今、どんな姿に見える?容姿や服装がいつもと違って見える?」

いつものショートカットにいつもの眼鏡。無地のセーターにジーパン。特に角も尻尾も生えてない。もっとも、こいつは正体を現した時も角は無いが。

「話が見えんが、いつもと変わらんぞ。昼の…人間の姿のまんまだ。」

何を今さら。夢の中に潜り込んでくるのは何度目か、もう数えきれないというのに。

「体格も変わらない?」

……背丈、横幅、共に変化無し。いつも通り、セーターの上からでは膨らみもくびれも視認できない。

「ああ。見て判るほどには変わってないな」
「おかしい。サキュバスは夢の中には、相手が望む姿で現れる。おっぱい星人の夢に現れたからには、私はもっと…大きくなるはずなのに」
「だれがおっぱい星人だ!」
「武志が。調査済み」
「一体どんな調査を…。いや、答えなくて良い。聞くのが怖い」

武志は思考を切り替えた。早いところ妃奈の「実験」に区切りをつけないと、目覚めることができない。
夢の中では、夢魔は神にも等しい。逆らってもロクなことにならないのは、現実では勝ったケンカに夢の中で報復された幼時以来、
イヤというほど体験済みだ。

「なあ。相手が望む姿になるって、自動的になるものなのか?相手の趣味を調べて、自分で化けるんじゃないのか?」
「………それは……盲点だったわ」
「おい……いや、もう良い。なら、お前がこれならと思う姿に化けてみろよ」
「うん…」


「で、いろいろ試したんだけど、武志を誘惑できる姿は見つからなかったの。お母さん、何故?」

珍しくも淫魔らしい?娘の悩みである。

「いきなりタケちゃんは、初心者にはちょっとハードル高いかもねぇ。いずれにせよ、答えは教えてあげない。
あなたが淫魔として生きていくなら、これは自分の力で解決しなければならない問題だからね」
「はい…」

立ち去る娘の背中が視界から消えたとき、母は堪えていた爆笑を吹き出した。
淫魔や妃奈自身について熟知し、その妖力にも慣れきった武志は、この実験には不適当だ。
他の男の夢に入り込めば一発で判る疑問なのに、それに思い至らない娘は可愛くもあり、歯がゆくもある。

子供たちは間違っている。夢の中での淫魔は欲望の鏡だ。特に化けようと思わなければ、相手が欲する姿に映るのだ。

(そうかぁ。タケちゃんは、いつもの妃奈が良いのね)






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