シチュエーション
![]() 「これであなたは正式に、この佐久蓮学園の中等科の教師になりました」 羽止望(はどめ のぞむ)とサインされた書類を手に、佐久蓮学園の教頭は目の前に新任教師に告げた。 時刻は既に逢魔ヶ刻、職員室には窓から夕日が差し込んでいる。彼女と机を挟んで向かい合っている若い教師も、その黄金色の光に照らされていた。 「はい。これからよろしくお願いします」 望という新任教師は屈託のない笑顔で教頭に呼び掛ける。それに対し教頭は無表情のまま言った。 「我が佐久蓮学園は伝統を重んじる学園です。校長の推薦とはいえ、教師の経験がないあなたが我が校で教鞭をとるのは個人的にはあまり喜ばしく思っていません」 「うぐ……」 「大体、他の新任の方々はとっくに挨拶を済ませているのに、あなただけこんなに遅いなんて。時間に甘いのは、教師として褒められたものではありませんよ」 「すみません。飛空艇の事故で足止めされてしまいまして」 「キャメロットの空間魔法学科を卒業したほどの人間が移動で頭を抱えるなんて……情けない」 言葉に詰まる望を教頭は目を細めてゆっくりと観察した。黒のスーツとYシャツに身を包んだ望は、少し華奢な体形だ。 さらに男性らしくない線の細い顔立ちと、背中で束ねたロングヘアーのせいでどちらかと言うと女性的な印象を受ける。 しかし数多くの男性を見てきた教頭の目は、体のラインや細かな仕草から彼が確かに男性であると確信していた。 「あの、どうしました?」 一方、望のほうは教頭にまじまじと見つめられて戸惑っていた。上司とはいえプロポーション抜群の女性に見つめられれば、男としてはドキドキせざるを得ない。 「……まあ、いいでしょう」 しばらくそんな望を見つめていた教頭だったが、彼に特に変わったところがないと分かると、髪をかき上げ姿勢を正した。 「詳しいことは入学式の前日にお話しします。今日はもう帰ってもよろしいですよ。長旅の疲れもあるでしょうし」 「分かりました。これから色々とご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします!」 深々と礼をする望。そんな彼の姿を見て、ようやく教頭は柔らかい笑みを見せた。 「あ、ところで」 顔を上げた望が、教頭に問う。 「何か」 「帰る前に、校内を見て回ってもいいですか? いきなり迷子になったら困りますし」 「ええ、勿論。ここに地図がありますから、持っていきなさい」 「ありがとうございます。では、これにて失礼します」 受け取った地図を大切そうに持った望は、一礼すると職員室を出ていった。 ☆ ☆ ☆ 私立佐久蓮学園。それは、都内某所に存在する女子校の名である。 小中高一貫校、更に大学も併設されているこの学園に入るには相応の学力、財力、そしてツテが必要であり、一般庶民には到底立ち入ることのできない場所だ。 しかし、中で行われている授業は充実している。基礎科目はもとより、スポーツや礼法、更には百年ほど前に現れた魔法などの教育にも力を入れているその姿勢は、名門校に相応しい。 そしてその教育を成立させる施設群もしっかりと用意されている。最先端の技術を取り入れた各種研究棟、オリンピックも開けるのではないかと生徒から噂されるほどの運動場、更に宿舎や生活施設も完備されていた。 それら全ての施設を収容するため、佐久蓮学園の敷地は広大であり――― 「あれ?」 ―――初見の人間が迷うことは、必至であった。 「参ったなぁ……また同じ場所だ」 とある校舎の一角、見ているエリアの地図には描かれていない保健室の前で望は立ち尽くしていた。 中等科の校舎を一通り見て回るはずだったのだが、どこか別の建物に入りこんでしまったらしい。自分の場所が分からなければ地図は役に立たないものである。 そろそろ夕暮れも終わり暗くなってくる時間だ。せめて校舎から出なければ、と思った望は少し早足で廊下の角を曲がろうとする。 「きゃあっ!」 「うわっ!?」 軽い衝撃の後、望は尻もちをついていた。目を開けると、彼と同じように廊下に座り込んでいる制服姿の少女がいた。どうやらぶつかってしまったらしい。 「だ、大丈夫ですか?」 教師が廊下を走るなんて、と反省しつつぶつかってしまった少女に手を伸ばす。 「あ……どうも」 亜麻色の髪をポニーテールに束ねた少女は、驚いた顔をしつつも望が差し出した手をとった。 「きゃう!?」 「ひゃあっ!」 瞬間、電撃が弾ける音が二人の間に響く。 「いたた……大丈夫で……!?」 またしても尻もちをついた望は、痺れた手を振りつつ女生徒に声をかけようとして、止まった。 さっきはまだ上体を起こしていた少女が、今は廊下にぐったりと倒れ込んだまま動かない。気を失っているのは明らかだった。 「どうしたんですか!? しっかりして下さい!」 体を揺すってみるが、少女は呻くだけではっきりとした返事をしない。まずいと思った望は少女の体を抱え上げると今来た道を駆け戻った。先ほど迷子になっていた保健室に入り大声で叫ぶ。 「誰かいらっしゃいませんか!?」 しかし返事はない。始業前の学校に保健医がいるはずがなかった。 とにかく人を呼んでこないと、と考えた望は少女を手近なベッドに寝かせて保健室から出ようとする。 だが、その手首を掴まれて、足を止めた。 「行かない、で」 気絶していた少女がいつの間にか目を覚まして望を引きとめていた。 「いやでも僕は保健の先生じゃ……」 言い終わる前に腕を強く引かれてしまい、振り返ったままの不安定な体勢だった望はベッドに倒れ込んでしまう。起き上がろうと仰向けになった望に少女が覆いかぶさってきた。 「何を……ッ!?」 戸惑いの言葉を発そうとした口を、少女がその口で塞いだ。キスされていると理解したのは、少女の熱い舌が自分の舌に絡みついた時だった。 ★ ★ ★ 「ん……むちゅ、ふぁ……」 ねじ込まれた舌が望の口内でうごめくたびに、二人の体がびくびくと痙攣する。のしかかられてキスされているだけなのに、望は途方もない快感を受けていた。 「……ぷはっ。えへ、凄くいいよぉ……」 ようやく口を放した少女が蕩けた目で望を見つめる。その甘美な表情を間近で見ているにも関わらず、望は彼女からまるで鷹に睨まれたかのような印象を受けていた。 「か、体は……大丈夫なんですか?」 「大丈夫じゃないよぉ。お兄さんに触るとそこかビリってして、凄く痛いの」 「だったら離れて、ッ、うあっ!」 むりやり少女を引きはがそうとした望だったが、ズボンの上から股間を掴まれて動きが止まる。優しく撫でるだけで射精してしまいそうな快感が生まれ、それが彼を縛り付けていた。 「やだ。だって、その痛いのが凄いイイんだもの」 少女が器用にズボンのジッパーをおろし、望のペニスを取り出す。いやらしく指を這わせるその動きと、清純な女子中学生の見た目という食い違いが、望に一層の興奮を与えていた。 望が大人しくなったのを見ると、少女はニッコリ笑ってスカートの中に手を入れ、下着を半分ほど降ろして望の上に跨る。捨てられた下着には既に粘っこいシミができていた。 「それじゃ、いただきまぁす」 「ま、待って……」 ペニスに狙いを定め、少女が徐々に腰を下ろす。今更になって教師と生徒の一線を越えそうになっていることに気付いた望が慌てて制止の声をかけるが、当然少女が聞くはずもない。 つぷり、と先端が少女の膣内に入ったかと思う間もなく、少女は一気に腰を降ろした。 「―――ッ!」 「あ、ぐっ……!」 ペニスの先端が最奥に達した瞬間、少女の膣内がペニスを強烈に締めつけられて望が呻く。一方、子宮口を抉られた少女は望の上で背中を反らせてビクビクと痙攣していた。 「トン……じゃったぁ……」 どうやら一突きで達してしまったらしい。少女は焦点の定まっていない目で保健室の天井を見つめている。 だが、彼女の貪欲な本能はこれだけでは収まらないらしい。半分気を失っているにも関わらず、少女は腰を動かし始めた。 締め付けは若干緩くなったものの相変わらずキツい膣内が望のペニスを擦り上げる。ぬるぬるとした襞が絡みつき、望の背筋を言いようのない快楽が駆け上がっていった。 「ふあっ、いい、よおっ! お腹の奥、ざくざくって、イイっ!」 「ぐっ、もう……」 「イっちゃうの? いいよ、出して! 私も……ふあぁっ!」 射精の為に硬さを増した望のペニスを感じ取った少女は、そこから精子を絞り取ろうと一層グラインドを激しくさせる。その獰猛なまでの責めに、望の限界はあっけなく崩れ去った。 「うあっ、出る……ッ!」 「あ、ナカに……ひゃあああああん!」 ペニスから精液が迸るのと、少女が二度目の絶頂を迎えるのはほぼ同時だった。耳元で射精の音がドクドク鳴るような錯覚を覚えながら、望はただ呆然と天井を見上げていた。 その視界に少女の顔が割り込んでくる。一度の射精で酷く疲れた望は、彼女の口付けを拒む気力もなかった。 「はう……もっと。もっと深く感じさせて」 「だ、駄目です、そんな……」 弱々しく拒絶するが、彼に拒否権など最初からなかった。 少女は繋がったまま望の上着を脱がせ、ネクタイとネックレスをベッド下に投げ捨てると、自分もセーラー服を脱いで肌をぴったりと合わせた。まるで、触れあうことでもっと快感を得られるかのように。 「……あれ?」 だが、望の肌に舌を這わせた少女はけげんな顔をした。肌をぴったりと重ね合わせているのに、彼女の体には震えるような快感も、突き刺すような痛みもない。 膣を抉るペニスの感触はもちろん残っているもののそれだけでは不満そうな少女は、望の上で裸身をくねらせた。 「ねー、さっきの凄いの、もっとちょうだい?」 「知りませんよ、そんなの……」 「えー……あれだけ激しくしてくれたのに」 何の話か、望にはさっぱり心当たりがない。そもそもこうしてセックスをした記憶すら数えるほどしかない彼には、少女の不満がなんなのか知る由もなかった。 「じゃあいいもん。その気になるまで、搾ってあげるから」 「いや、いいからどいて……ぐあぁっ!?」 望の言葉は少女の腰使いで断ち切られた。さっきのように刺激のお返しに与えられるような快感ではなく、欲しい刺激を引きずり出そうとするような強引な快楽がペニスを通して脳髄を犯す。 「も、もう駄目……ッ!」 激しいピストン運動に、一分も持たずに望は二度目の射精を強制されていた。 膣内に精子が叩きつける快感に少女は一瞬顔を蕩けさせるが、腰の動きは止まらない。 「まだまだイケるじゃない。じゃ、もう一回ね」 「そ、そんなっ!?」 それどころが、一層激しく腰をグラインドさせ始めた。射精直後の敏感なペニスを擦り上げられ、望は声にならない呻きをあげる。 二度の激しい絶頂で望の体力は限界だった。というよりも、射精以外の何かで体力を吸い取られているようだった。 朦朧としながら望は力を振り絞って少女に手を伸ばすが、その手はあっさり払いのけられた。 「ダメよ。私を満足させるまで、放さないんだから」 霞む視界に映る少女の背中に、黒いコウモリの羽根が見えた気がした。 ☆ ☆ ☆ 夕暮れの時間は終わり、既に保健室は暗闇に包まれていた。その中に粘っこい水音と、肉が打ちつけられる音が響く。 少女は未だに望を犯し続けていた。始めてからすでに一時間ほど経つが、彼女に疲労の色は見えない。 逆に絞られ続けている望の瞳には光が無く、ただ与えられる快感に合わせて射精するだけの肉人形と貸していた。 「んー、物足りないなぁ」 すっかり弱くなった射精を膣内で感じつつ、少女は望にキスをする。そのキスからも望の生命力は吸いとられていた。 もう少し搾っておこうかと少女が再び腰を上げる。その時、なんの前触れもなく保健室の電灯が灯った。 「えっ?」 驚いた少女が入り口のほうに顔を向けると同時に、彼女の顔に革鞄が直撃した。 「おうふっ!?」 衝撃で騎乗位が崩れ少女はベッドから転がり落ちる。顔を上げた彼女が見たのは、ベッドを挟んだ向かい側で仁王立ちしているスーツ姿の女性の姿だった。 「うげ、教頭先生……」 「こんなところで何をしている」 「え、えーと、廊下で素敵なお兄さんと運命な出会いを……」 引きつった笑いを浮かべて言い訳を述べる少女の背中で、黒い蝙蝠の羽がぱたぱたと羽ばたいていた。 それをなんでもないことのように視線から外しながら、教頭は望の様子を確かめる。 「生きてるか?」 「うぁ……」 なんとか命は助かったらしい。布団をかけてやりながら、教頭は呆れたように呟く。 「全く、サキュバスの学園とはいえ、新人教師が始業前に吸い殺されるなんて伝説は勘弁してほしいぞ」 「でも始業5分後に脱落しちゃった先生もいましたよね?」 「……全く。彼が鞄を忘れて、私が探しにいかなかったら本当に危なかったぞ。今度からは気をつけるように」 「はい! ほどほどに吸い取ります!」 全く反省していない笑顔に、教頭はこめかみを押さえる。教頭になってから随分と経つが、今年は例年以上に波乱の年になりそうだ、と考えていた。 ☆ ☆ ☆ 春。桜舞う季節。そして、新しい生活の始まりでもある。 佐久蓮学園も始業式を終え、先年度よりもひとつ上の学級になった生徒たちが新しい教室で思い思いに会話を楽しんでいた。その内容は当然、新しい担任は誰なのか、今年の授業はどうなるのかといったものである。 そんな教室に向かう、三人の人影があった。 「いやはや、俺みたいな教師を雇ってくれる学校があるとは。やっぱり日本も捨てたもんじゃねえな」 背の高い精悍な男の名は、船坂博志(ふなさかひろし)。佐久蓮学園中等科の二年A組の担任となった男で、今年度からここに赴任してきた教師だ。 「あらぁ、貴方みたいないいオトコノコだったら、どんなところだって大歓迎じゃないのぉ?」 その隣を歩く、間延びした声が特徴的な女の名は、ティス・ハーヴィ。ウェーブのかかった赤髪と白人特有の色白の肌が特徴的なイタリア出身の女教師だ。彼女は二年B組の担任だが新任ではなく、この学園ではそれなりに長い間働いている。 「か、顔で選ばれるのは教師としてどうかと思うんですが……」 その二人の後ろを歩く、長髪を首の後ろで束ねた男が羽止望だった。二年C組の担任になった彼であったが、何かに脅えるように時折辺りを見渡してはビクついていた。 「働かせて貰えるなら文句は言わんさ。んじゃ、また後で」 A組の前まで来ると、船坂は二人に軽く手を振って教室の中へ入って行った。 「じゃあ、頑張ってねぇ」 続いてB組に辿り着いたティスが、望に意味ありげな微笑みを向けて教室のドアの向こうに消える。 ひとり残された望はてくてくと歩いた後、C組の前で立ち止まった。ドアを開けずにその場でため息をつく。 「……はぁ」 溜息の原因は、この学校に初めて来た時に起きた出来事だった。 見知らぬ女生徒を保健室へ運んだと思ったら彼女に押し倒され、気絶するまでセックスの相手をさせられた。目を覚ました後、教頭には廊下で倒れていたからここまで運んだと言われたが、あの生々しい記憶は本当に夢だったのか、未だに自信が持てない。 あの日、本当は何があったのか。そもそも自分を襲った生徒がこの学校のどこにいるのか。あれこれ考える望の表情が暗くなるのは当然のことであった。 「……だめだだめだ! 初日からこんな調子じゃもたないぞ!」 頭を振ってネガティヴになりがちな思考を振り払う。あれは緊張で変な夢を見ただけだ。そう自分に言い聞かせた望は、勢いよく教室の扉を開けた。 「こんにちはー!」 中で思い思いに雑談をしていた女生徒たちの視線が望に集まる。教壇に立った望はその視線とプレッシャーを浴びながらも、なんとか笑顔を保っていた。 「二年C組の皆さん、初めまして。本年度から教師に、そして皆さんの担任になりました……」 チョークを握り、黒板に自分の名前を書く。 「羽止望といいます。新人なので何かと至らないこともあると思いますが、これから一年よろしくお願いします!」 「よろしくー!」 挨拶をすると早くも元気のいい声が返ってきた。どうやら元気な生徒がいるクラスらしい。反応がなかったらどうしようかと思っていたところだ。 どんな生徒なのか顔を確かめようとした望の笑顔が途端に引きつった。 「えへへ、また会ったねお兄さん!」 亜麻色の髪をポニーテールにした少女が、満面の笑みを浮かべてこちらを見ている。忘れもしないあの夢の、いや、あの時の少女だった。 「香奈、あんなモヤシみたいな奴がお前の運命の人なのか?」 「そうそう。もうね、初めて手を握った時にビビッときたの。その後も凄かったんだから」 「……ありえねー。帰るわ」 「ちょ、ちょっとミコっちゃん!」 校則を違反していそうな金髪ロングの少女が呆れ顔で教室を出ていくが、望はそれを止めずにただ呆然としていた。 やっぱりあの出来事は夢じゃなかったのか。ひょっとしてあの日のことは彼女によって既に言い触らされた後かもしれない。というか、生徒と体を重ねたということは教師として色々終わったのでは。 望が真っ白な灰になって呆然としていると、透き通った声が教室に響いた。 「先生。ひとまずホームルームを進めてはいかがですか?」 ハッとして望が声の主を探すと、眼鏡をかけた少女がこちらを見ていた。肩甲骨辺りまで伸ばされた髪の毛は優雅なウェーブを描いていて、彼女に気品を与えている。 「そ、そうですね。それじゃあまずは皆さんの自己紹介からお願いします」 気を取り直した望は、カバンから出席簿を取り出すと生徒の名前を呼び始める。 「ええと、一条智(いちじょうとも)さん?」 「はい」 出席番号1番は先程の眼鏡の少女だった。席から立った彼女は、落ち着いた様子で自己紹介を始める。 こうして、望の新しい人生、つまり教師としての生活が始まった。 ☆ ☆ ☆ 「ここの突き当たりが家庭科室。右に曲がって渡り廊下を進めば武道場です」 「広いですねやっぱり……」 そして時は少々流れ、放課後。望は智の案内で校内を見て回っていた。初見で見事に迷った彼にしてみればこの気遣いはありがたい。 「お疲れですか? でしたらそこの教室で少し休みましょうか」 「いえ、そんな気にしなくても……」 「遠慮しなくていいですよ。新任の先生方は、初日はみんなくたくたになって帰っていくものですから」 望は断ろうとしたが、智の熱意に押されて仕方なく教室の中に入った。空き教室のようで最近人が入った気配は見当たらない。 望が適当な椅子に腰かけると、智は窓の外を眺めながら語り始めた。 「ところで先生。この学校には幾つかルールがあるのですよ」 「ルール? 校則のことですか?」 「いいえ。校則には無い……不文律というものです」 そう言いながら振り返った智は、謎めいた微笑みを浮かべて望の目をじっと見つめる。 「食堂の列に並ぶ時は二列になること、授業中に回すメモはなるべく絵柄がシンプルなものを選ぶこと、高等科との間にある第三プールには近づかないこと……まあ、この辺りは些細なものですけど」 望にゆっくりと近づいた智がそっと彼の頬を撫でた。ぱちり、と静電気に似た衝撃が智の手を走る。 「一番大事なのは……『男性の方は空き教室に連れて来られたら覚悟を決めること』。よろしいですか?」 「は、はい……」 「では、その邪魔なものを脱いでくれませんか?」 「わかり……ました」 そう言って上着を脱ぎ始めた望の瞳は焦点が定まっていなかった。その様子を見た智が満足したように微笑む。 「魔除けのネックレスだなんて無粋な人。催眠眼の効き目が悪かったのは、これのせいだったのですね」 望が外したネックレスを摘み上げながら智が言う。彼女の手の中にあるネックレスには、何らかの魔法がかかっているようだ。しかし、外れてしまえば意味は無い。 普通に触れていれば香奈のように気絶していただろう。話を聞いておいて正解だったと、智は心の中で安心していた。 「……それでは、この学園のルールをゆっくりじっくり教えて差し上げましょうか」 カーテンで締め切られた教室の中と、催眠術に掛けられた望の頭の中に甘い口付けの音が響く。 「んっ……く、ふぅ……」 智が腕を頭の後ろに回し、より深く舌を絡める。歯茎まで舐めとられる情熱的なキスに、望の体がビクリと震えた。 「ふはっ……ひょっとして、こういうことは余り慣れていませんの?」 催眠術にかかっていても積極的に求めてこない望に、智は口を尖らせる。だが、すぐに思い直すと膝から降りて彼の前に跪いた。丁度股間が顔の前に来る位置になる。 「でしたらソノ気になるように、少し苛めてさしあげましょうか」 ズボンの金具を外し下着をずらすと、望のペニスが姿を現した。先程のキスですっかり赤黒く屹立している。 「こちらは準備万端ですね……はむっ」 「うあうっ!?」 そびえ立つ肉棒を智は何のためらいも無く口に咥えた。突然ペニスがぬるりとした感触に包まれ、望は思わず声を上げてしまう。 逆に智はそれに気を良くして、じっくりねぶるように舌を動かし、望の敏感なところを探す。 「んっ、くちゅ……むふ、ふぉふぉ?」 「あう、そ、こは……っ!」 一際大きく反応する場所を見つけた智は、舌の先でチロチロとそこを細かく刺激する。望は思わず腰を引こうとするが、椅子の背もたれが邪魔でそれも叶わない。 弱点を見つけたのをいいことに、智はその場所を徹底的に責め始めた。舌を転がす度にビクビクと震えるペニスに興奮しているのか、空いた左手で自分のクリトリスをいじっている。 制服姿の少女が自慰をしながら自分のペニスを咥えている。そんな刺激的すぎるシチュエーションに、望の我慢はあっさりと陥落してしまった。 「で、出ますっ!」 「んっ!? かふぅ、うっ……」 ペニスが一際大きく脈動し、精液を智の口内に放つ。彼女は目を細めてそれを飲みこんでいたが、あまりの量に飲みきれなかった精液が口の端からこぼれていた。 「ん、くぅ……凄い量。それに味も……精力も、魔力もいっぱいで蕩けちゃいそう……」 呟きながら、智は口元に零れた精液を妖艶な舌使いで舐めとる。その表情はとても望が把握している教え子の歳のものとは思えなかった。 望の股間に顔を埋めたまま、じゅぶじゅぶと卑猥な音を立てて尿道に残った精液を吸い出そうとする。だが、その刺激はペニスを再び大きくさせる役目しか持たなかった。 「うふふ。まだまだ楽しめそうですね」 咎めるような口振りだが、それとは裏腹に智の表情は淫欲に捕われたサキュバスのものでしかなかった。一度望の股間から離れると、彼女は彼に背を向けて机に手をついた。 「では、次はこちらに……」 背中越しに視線を送りながら、下着を膝までずり下ろす。透明な滴が智の太腿を伝って下に落ちていった。 そんな扇情的な誘いを見せつけられて、催眠状態の望が耐えられるはずがない。智を机に押しつけるように覆いかぶさると、一息にペニスを彼女の膣内に突き入れた。 「ぐ……!」 「ん、はぁっ……最初からスゴい……!」 智のことは全く考えず、ただ己の肉欲を満たすためだけにペニスを突き入れる。そんな激しい責めを、智は苦しむどころが嬌声を上げて受け入れていた。 ペニスを押し込めば柔肉が奥へ奥へと誘おうとし、引き出せば名残惜しむかのように無数の襞が絡みつく。二つの動作を繰り返すだけで、途方も無い快感を容易に得ることができた。 「はあっ、はあっ……!」 「ひあうっ、はぁ、いい、すごいのぉ!」 狂ったように腰を振り続ける教師と、その責めに歓喜の声を上げる女生徒。二人の興奮は腰を打ちつける度に響く水音と共に、最高潮に達そうとしていた。 「ああ、イキそう……ですかっ? 存分に、ひぅっ、私のナカに……」 望の腰の動きが一層激しくなる。頭を机に押し付けられながら智は膣内射精を求めた。 「う、ぐあうっ!」 それに応じたのか、それとも本能に振り回されているだけなのか、とにかく望は最奥に突き入れると、そこに精液を解き放った。 「あっ、ああっ―――!!」 子宮口を抉られ同時に精液を流し込まれる快感に、智の体も絶頂を迎える。複雑に蠢く襞が、尿道の最後の一滴まで精液を搾り取っていった。 暫くそうして絶頂の余韻に浸っていた二人だったが、望のほうが先に机にもたれかかる智の背に覆いかぶさった。 「はっ……はあ……はあ……」 めちゃくちゃに腰を動かしたせいで望は疲労困憊だった。もしこれがベッドの上での普通のセックスだったら、そのまま眠りこんでいただろう。 「あら、まだまだイケますよね?」 だが、智が視線を送ると望のペニスは強制的に勃起させられた。彼に掛けられた催眠術はまだ解かれない。解かれるのは、彼女が満足した時か彼が倒れる時だけだ。 「はい……もう、一度ぉ……っ!」 こうなれば望としてはまた腰を振り始めるしかない。再びペニスを突き入れると、それを待っていた智も歓喜の声を上げた。 「はぁっ……その調子、です……あんっ!」 二人の交合は、まだまだ終わる様子を見せなかった。 ☆ ☆ ☆ 夜の職員室。生徒たちはとっくに寮に戻り、残っているのは仕事の残った職員だけだ。その中に、机に突っ伏している教師がいた。2年A組の担任、船坂だ。 その隣の机にフラフラと近づいて、倒れ込むように座った教師がいた。ようやく智から解放された望だった。 「船坂さん……大丈夫ですか……?」 どうみても大丈夫そうじゃない精気の抜けた顔で、望が問いかける。 「うー……筋肉が、筋肉が襲ってくる……」 だが船坂はうわ言を呟くだけで返事を返すことはなかった。 「あら、二人揃ってどうしたの?」 そこに声をかけたのは、B組担任のティスだった。彼女は特にくたびれた様子も無く元気そうに歩いている。 「色々ありまして……」 「ああ、色々あって、くたびれちまってな……」 「へぇ」 疲れ果てた二人は気付かなかったが、そんな彼らの様子を見てティスは面白がるような笑みを浮かべていた。 「ところでお二人さん。もしまだ溜まってたら、続きは私がシてあげるけどぉ?」 「お断りします!」 「殺す気か!」 その一瞬だけは元気になって、望と船坂はティスの誘いを全力で断った。 「羽止さん。少し話があります」 「はい、なんでしょうか?」 始業式が終わって一週間後。進級後のバタバタした時間は終わり、クラスでは通常の授業が始まっていた。 明日の授業の準備を終えた望は帰ろうとしていたところなのだが、教頭に呼ばれてその手を止めた。 「部活の顧問をやってみる気はありませんか?」 「部活ですか。どこの部ですか?」 「……茶道部です」 「えっ」 思わず聞き返してしまうのも無理はない。彼は茶道のサの字も知らない男だ。それがなぜ急に茶道部なのだろうか。 「部長から直々に貴方にご指名がありまして……」 そう言う教頭の顔はどこか苦々しげだ。何か不都合なことでもあるのだろうか。だが、向こうからわざわざ名指しで呼ばれたのに無視するわけにもいかない。 「うーん、それじゃ今度、部長さんに話だけでも聞いてみますね」 「申し訳ありません」 教頭が珍しく頭を下げた。この学園に来てからそんな彼女を見たことがなかった望は少しうろたえてしまうほど驚いていた。 「そ、それじゃあお先に失礼しますね」 内心の驚きを悟られないようにさっさと鞄を手に取ると、束ねた長髪を揺らしてさっさと部屋を出ていく望であった。 ☆ ☆ ☆ 望の住んでいるアパートは、佐久蓮学園から歩いて10分ほどのところにある。 今日もいつもの道を通って、望は我が家へと歩を進める。帰り道で彼が考えることはその日の授業と生徒たちの様子だった。 担任になって一週間が経ったが、彼が見る限りクラスの雰囲気は良好だ。一年の時のクラスがそのまま繰り上がったそうで、お陰で生徒たちは最初から気心の知れた仲だった。 問題は、初めてこの学園に来た時に出会った香奈と、学校を案内してくれた智が事あるごとに襲い掛かってくることだ。教師として許されないことなのに、二人はそんな倫理感を無視して望を押し倒す。 同意があればそれでいい、と考えられるほど融通は利かない。ここ最近は、あの二人の奔放さをなんとかして止めようと考えるばかりだった。 「はぁ……」 だが、考えても考えてもため息しか出てこない。 とぼとぼと歩いて望は角を曲がる。そういえば、きっかけは角を曲がったら香奈とぶつかったからだったか。一昔前のマンガによくあるパターンだが、今回は始まる物語が間違ってるような気もする。 「気もするというか、絶対に間違ってますよねこれ!?」 叫んだ望の視界が真っ白になった。 バン、という音がして体が宙を舞う感覚を覚える。轢かれたとわかる前に、望の意識は既に途切れていた。 ★ ★ ★ 柔らかいものが上に乗っている。朦朧とした意識の中でまずそれがわかった。目覚めたくても目覚められない夢の中で、望はただただ快楽を与えられ続けていた。 誰かを抱いているのか、それとも抱かれているのか。溶けあって一つになったら、こんな感覚が得られるのだろうか。そんな、現実が溶けて消える快楽の中で、望はいつの間にか射精していた。 絶頂を過ぎると少しも頭は回ってくる。自分が目を瞑っていることに気付いた望はゆっくりと目を開けた。 路地の隙間の細い夜空で星が瞬いている。そして、仰向けになって夜空を眺める望の視界の端には、誰のものか分からない金色の髪の毛が入りこんでいた。 と、その髪が動き始める。自分の上から起き上がった金髪の少女と目が合った。そこにきて初めて望は、自分が少女にのしかかられているということに気付いた。 「……あ」 望が目を覚ましたことに気付いた少女の顔は、やってしまった、といった表情を作る。彼女の顔に望は見覚えが合った。 「本田美琴(ほんだみこと)さん?」 始業初日に必死になって覚えた生徒の顔の中に、彼女の顔があったことを望は覚えていた。たしか、さっさと教室を出ていってそのまま帰ってこなかった不良少女だ。 しかし、あの時と美琴と今とでは決定的な違いが一つある。それは、彼女の背中から大きなコウモリの翼が生えていることだった。 「なんだよ、あたしの翼になんかついてるのかい?」 「いや、あの、ついてるのはむしろ翼……」 「はぁ? サキュバスに翼がついてるのは当たり前だろ?」 「えっ」 なんか、とんでもない爆弾発言が出た気がする。思わず望は聞き返していた。 「ほ、本田さん……サキュバスだったんですかっ!?」 「当たり前だろ。それ以外の何に見えるんだ?」 サキュバス。男の精気を糧として生きる魔界の一種族だ。望もその存在は知っていたがこうして出遭うのは初めてだ。 だが、彼女たちはその素性を隠して人間界で生きているのではなかったのだろうか。 「あの、そういうことってあんまり言わないものじゃ」 「は? 何言ってんだ?」 その後に出てきた彼女の言葉に、望は人生で一番驚かされる羽目になった。 「サキュバスの学校の教師だろ、お前」 呆れた様子で美琴が言った瞬間、望の時が凍りついた。 「……ええぇ、むぐっ!?」 「バカ、騒ぐんじゃねえ!」 数秒後、我を取り戻した望は心の底から驚きの声を上げようとした。しかしそれは慌てて口を塞いだ美琴によって阻まれた。 「服着てないんだから、誰かに見つかると面倒なんだよ……っ!」 そこで初めて美琴が服を着ていないことに気付いた。ついでに、自分が服を着ていないことにも、そして自分のペニスが美琴に挿入されて騎乗位の体勢になっていることにもだ。 「み、美琴さん、なんで……」 「なんだよ、サキュバスの食事に文句があるのかい?」 驚くしかない望の顔を、美琴はニヤけ顔で上から覗き込む。どうやら、自分が優位ということに気付いたらしい。 「一発ヤッたら放してやろうと思ったが、やっぱ寝てる奴を犯すんじゃ物足りないしなぁ」 「何を……うあっ!?」 望の問いが呻き声で潰された。美琴が腰を上下に振り始めると、膣内のペニスが擦り上げられる。それは快感となって望を責め立てはじめた。 「あうっ、みこっ、やめっ!」 「とかいいながら、ココはビンビンじゃねーか、え?」 強く締め上げてくる美琴の柔肉は、むしゃぶりつくかのようにペニスに絡みついてくる。望は美琴を押し退けようとするが、上に乗っている美琴の方が力は上だった。 「ああ、コレだコレ。こういうのがいいんだよ」 抵抗する望を抑えつけている美琴は、本当に楽しそうだった。どうやら男を言いなりにさせて悦に浸る性格らしい。 もちろん、それに付き合わされる望はたまったものではない。身動きは取れないし、射精もできないしで散々だった。 「ひゃっ、ああっ!」 「こんな凶悪なモノつけて、はぁっ、女みたいな顔してベソかきやがって!」 騎乗位で望を犯す美琴の頬が紅潮している。望が眠っている間では達せなかったので、今になってようやく体が昂っていた。 もっとも望はとっくに達しているほどの快感を受けているのだが。 「ああっ、いいっ! イク、イッちゃうっ!」 「あぐっ……もう……」 ぐちゃぐちゃと好き放題に体の中を掻き回させて嬌声を上げる。絶頂が近づくにつれて締まりは強く、より複雑になり望を苦しめる。 「く、ああっ……!」 そしてとうとう美琴が絶頂に登りつめた。折れんばかりに背中を反らせて、最高調の快感を放心状態で味わう。 「が、ぐ……ッ!?」 美琴が意識をやったせいで膣の締め付けが緩む。その瞬間、解放された望のペニスが勢いよく精液を吐き出した。 普通ではありえない量の精液を膣内にぶちまけるありえない快楽に、望はうっすらと恐怖すら覚えていた。どくどくと尿道を精液が流れる音が頭の中にまで響く。 「んあ……出し過ぎだぞ、オマエ」 繋がった場所から漏れだす精液を見ながら、美琴はとろけきった顔で呟いた。激しすぎる絶頂を迎えた望はただただぼうっとしていて、返事もできない。 しばらくの間、二人ともそうして余韻に浸っていたが、先に美琴の方が動いた。 「さーて。そろそろ帰るか。傷も塞がったろ?」 「……傷?」 「覚えてないのかよ、ホラ」 なんのことだか分からない望に、美琴は彼のYシャツを投げ渡す。それはべっとりと赤黒い血に染まっていた。 「……ええぇぇぇ!?」 いきなりそんなものを渡されてあたふたする望。その姿を、美琴はバツが悪そうな顔で見ていた。 「いやー、轢いちまったから回復魔法で治してやってたんだが……やっぱ我慢できなかったんだよなぁ」 さらりと恐ろしいことを言う。どうやら望はさっきまで死にかけていたのに、その上で犯されていたようだ。 「まー、よくやってることだし、失敗したことも今までないから安心してくれよ」 「できませんよ!」 思わずツッコミを入れた望だったが、美琴はさらりと無視するとネックレスを取り出した。 「あと、これも返しておくよ」 「あれ、いつの間に……」 「倒れてる時に決まってるだろ。ったく、こいつのせいで最初は手当ても出来なかったんだからな」 香奈から話を聞いておいて正解だったぜ、などとボヤキながら、美琴は路地の何も無い空間に『触れた』。 その瞬間、水彩絵の具が水に溶けるかのように空間が歪み、そこから一台のバイクが姿を現した。彼女は慣れた手つきでキーを回し、エンジンをかけるとそれに跨った。 「ちゅ、中学生でバイクですか……」 「なんだよ、こんな時でも先生ヅラか? こいつはあたしの魂だかんな、やめねーぞ」 「いや、そうじゃなくて……」 「んじゃ、おやすみー!」 望の声はバイクのエンジン音にかき消された。排気ガスを彼に吹きかけて、美琴は颯爽と夜の街に消える。後には、血まみれのYシャツを握りしめた望が残るだけだった。 ☆ ☆ ☆ 「おはよー」 「うーっす」 翌朝。まだ先生の来ない教室に美琴がやってきた。席に座ると、隣の亜麻色の髪の少女、香奈に話しかける。 「今日の授業ってなんだっけ」 「体育、社会、音楽、国語、英語、総合、だったっけ」 「だりぃ……三時間目で帰ろっかなー」 窓の外を眺めながら、退屈そうにぼやく。そこに望がやってきた。 「あ、みこ……ゲフン。本田さん、ちょっといいですか?」 「あんだよ」 「いや、バイクのことなんですけどね」 やはりその話か、と美琴はうんざりした。去年からハマって乗りまわしているバイクだが、先生たちが何かと文句を言ってくる。望に言われようとやめるつもりはサラサラなかった。 これから始まるであろう説教を聞き流そうと準備を固める美琴の前に、一個のヘルメットが差し出された。黒いヘルメットで、セットでついているゴーグルの縁が光を受けて鈍く光っていた。 「ヘルメットぐらいは被ったほうがいいと思うんですよ」 「……は?」 肩すかしを食らった美琴が間抜けな声を上げた。 「ほら、昨日は僕が一方的に轢かれたからよかったですけど、接触事故ってバイクの方も転んだら危ないじゃないですか。 そういう万が一の時のためにヘルメットぐらいはあった方がいいと思うんですよね。 あ、これのデザインはロンドンのとあるデザイナーのなんですけどね、僕が学生時代の時……」 「ちょ、ちょっと先生?」 なんか長々と語り出した望を、思わず美琴が止める。ひょっとして昨日頭でも打ったのか、そんな心配が頭の中に湧いてきた。 一方、話を止められた望は一旦咳払いすると、改めて満面の笑顔で聞いた。 「それで、どうしますか?」 「う……」 笑顔が痛い。多分、これで受け取らなかったらこの先生もバイクに乗るなと言い出すだろう。 「……分かったよ。貰ってやる」 それなら大人しく被った方がいい。そう思った美琴はしぶしぶヘルメットを受け取った。その隣で、事を静かに見守っていた香奈がニヤニヤと笑っていた。 「はい、それじゃホームルームを始めますよー」 望が教卓に立つと、日直が号令をかけて生徒たちが挨拶をする。こうして今日も、佐久蓮学園の一日が始まった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |