シチュエーション
とある町のありふれた一軒家。 本来は夫婦に長男一人が暮らすその場所に、今は長男の少年一人のみが生活している――父親が長期の出張で家を出て、母親がそれに付き従う形で一緒に出たからだ。 少年の父親は所謂エリートではなかったが、しかし一流企業で真面目に働いていたし、一人暮らしを強いられる少年に生活費としては充分なぐらいの金額が仕送りとして毎月振り込まれていた。 少年には幼なじみの少女がいた。 最近良くいる髪を不必要に染めたり、やれブランドや、やれコスメティックやらというようなタイプではない、物静かで優しく、穏やかな少女である。 腰まで届かんとばかりに伸ばした黒髪の艶やかさは、彼女と会う度に少年を見惚れさせるほどに美しく、また彼女の性格や付き合いの長さもあって、少年は彼女に恋をしていた――あくまでしていたのだ。 恋が恋で無くなったのは、数時間前のことである。 春先の連休前に関係の進展を望んだ少年は、幼なじみの少女の家まで行き、メールや手紙や電話などではなく、はっきりと肉声で愛を告白して、そしてキッチリとフラれたのである。 少年は、まず泣いた。 ラッキーなことに一人暮らしである。 寂しさに耐えながら出来合いの夕食を食べ、何をするでもなくベッドに寝転び、ただ日課として風呂に入り、パジャマでまたベッドに寝転び、そこで涙腺が決壊した。 枕が涙を吸って黒くなり、一人暮らしゆえの孤独と長年の恋が敗れた痛みが更に追い撃ちをかけんとばかりに彼の胸を締め付け、更に涙を流す。 5分、10分・・・・ はっきりとは解らないが、少年はふと違和感を感じた。 コツコツ、となるはずのない窓からの音。 みっともないと思いながら、涙でぐしゃぐしゃに崩れた顔のまま少年は窓を開けた。 「――――ぇ」 少年は思わず息を呑んだ。 開け放った窓から、幼なじみの少女の姿が見えた。 確かにベランダはあるし、幼なじみの少女の部屋からベランダ伝いに訪れることも出来る構築ではあるが。 彼女がこんなことをしたのは、長年の付き合いの中でも初めてであった。 「ど、どうし・・・・・!?」 理由を尋ねようと少年は少女に一歩踏み出し、そこで気付いた。 これは、幼なじみの少女ではない。 確かに姿形は酷似しているし、付き合いの短い者が見たら騙されるであろう。 しかし違うのだ。 理由は解らないし、説明も出来なかったが、コレは彼女ではないと少年ははっきりと知覚出来た。 少年が正体に気付いたことに、『少女』は思わず感嘆の声をあげた。 彼の想い人に寸分違わずに化けたはずなのに、それでも偽物と見抜いた少年に。 正体を見抜いた者に対する敬意の証として彼女は姿を現すことにした。 「初めてよ、私の完璧なコピーを見抜いた男は」 「ふ・・・・ふわぁ・・」 少年は思わず目を細めた。 赤いポニーテールと、少し鋭い眼差し、胸と股間を覆い隠す薄布、深紅の翼、可愛らしい尻尾。 はちきれそうな胸は薄布越しにもボリューム感が見て取れる。 「どうかしら。夢魔の一族、サキュバスお姉さんの正体は?」 「すごく綺麗です・・・」 「あなたの幼なじみと比べたら、どちらのほうが綺麗かしら?」 「そりゃあ、お姉さんのほうですよ」 「ふふ、アリガトね♪」 少年の言葉に、サキュバスは心が躍った。 彼女は何百年も年月を夢魔として過ごし、獲物の想い人の姿で精を搾取してきた。 しかし、無論ながら愛の言葉も恋の熱情も、彼女ではなく、想い人に向けたものしかぶつけられはしなかったから。 少年の純粋な称賛の言葉に、サキュバスは胸をときめかせた。 「それで、私が姿を借りていたあの娘と何かあったの?」 サキュバスは我が物顔で少年の匂いの染み付いたベッドに横たわりながら、笑った。 気軽に言ってはいるが、濃厚な雄の匂いが鼻から身体全体へと伝わり、そのエロティックな身体が興奮していることを痛感する。 「ずっと好きだったんですが、今日フラれちゃったんです。家が隣だし、しばらくは顔も合わせられないなって。バカをやっちゃったと思います」 「バカなことじゃないわ?」 少年の寂しげな声に、サキュバスは身体を起こして微笑んだ。 刹那、少年の身体が甘い香りに包まれる。 ふわふわとマシュマロみたいに柔らかいサキュバスの胸が、二の腕が、柔肌が、少年の成長期の身体を優しく抱きしめた。 「愛を告白する。すごく難しくて、怖くて、勇気がないと出来ないことよ?」 「でも、結局フラれちゃったんですから、仕方ないですよ」 「違うわ、それは違う。貴方は確かにフラれたかも知れない。けれど、告白するだけの勇気と情熱、そして想いの強さを持っているということなのよ?」 サキュバスが、いっそう強く少年を抱きしめる。 「その情熱、想い、辛さ、悲しさ、全部私にぶつけて?好きにしていい――奴隷にしたいなら、私を奴隷にしてもいい。貴方のその真っ直ぐで優しくて強い想いを、私にぶつけて?」 少年は、何も言わなかった。 ただ、その眼からは熱い涙が溢れていた。 サキュバスは少年の涙を、一滴だけ指で掬って飲み干した。 そして、優しく少年の唇を奪った。 少年の唇は予想以上に柔らかく、少年の唾液は予想以上に甘く、そして少年に抱きしめられることは予想以上に気持ちよかった。 サキュバスは、少年を抱きしめ、少年に抱きしめられながら、二人でベッドに横たわっているだけで、不思議な満足感を覚えつつあった。 これが愛なのか、母性なのかと考える間もなく、本能が少年とのキスを求め、唇を触れ合わせる。 音もない、ただ二人の唾液の入り混じる水音と、それをどちらかが飲み下す音だけが部屋にはあり、そしてその音が二人の興奮をより一層高めてくれた。 キスが十回を超えたくらいの時に、サキュバスは薄布を脱ぎ去った。 ただ秘部や胸をかくしていた程度のものが、酷く鬱陶しく感じられたから。 少年も寝巻を脱ぎ去った。 どちらかが言ったわけではない。 ただ抱きしめ合うだけでさえ、二人の間に余計なものは必要なかったから。 少年が赤ん坊のようにサキュバスの胸を啄み、甘く噛み、舐め、吸いはじめて、ようやくサキュバスは気付いた。 ―――あぁ、そうか、と。 私はこの少年を獲物に選んだつもりだったのに、どうやら本気で彼を想いつつあるのだ、と。 本来はタブーであるのに、それさえ忘れて彼に身を委ねていたいと思い始める自分が、以前なら滑稽だと自らを嘲笑していたはずの自分を、限りなく愛おしく思いつつあることを、サキュバスは理解し、受け入れていた。 さて、ここで少年とサキュバスの二人と違う、もう一人。 少年をフッた少女が、動きはじめた。 夕方から悩みつづけていた彼女は、隣の家、少年の部屋の余りの静けさを不気味に感じていた。 悩みの理由は、無論少年の告白を断ったこと。 不気味に感じるものは、幼なじみとして長年彼と連れ添った者のカンである。 幼なじみの少年は、昔から辛いことや悲しいことがあっても包み隠し、一人で抱え込むクセがあった。 ならば、今回もきっとそうだと彼女のカンが告げていた。 にも関わらず、怖いのは。 もしも彼が自分以外の誰かを想うようになったら、というIFが有り得るから。 ずっとずっと二人は変わらず並んで歩けると、そう信じていたからこそ、変わらぬために彼の告白までも断ったのに。 「・・・・もう、寝てるのかな?」 薄明かりしか見えぬ幼なじみの部屋に、ベランダ伝いに行きたい。 幼なじみのまま、一番近い間柄のままやって行けるよねと、それだけを伝えようと自分に言い聞かせて。 そして少女は目の当たりにする。 全裸の男女・・片方は、見違うこともない、幼なじみの少年。 二人が、互いをぎゅうっと抱きしめ合う光景を、見てしまう。 最初に感じたのは驚き。 次に、嫉妬。 最後に胸が締め付けられるほどの切なさ。 幾つもの感情が胸の中でないまぜになるまま、少女は自分の部屋に帰り、そして涙を溢れさせた。 自らの選択が過ちだったことを、人はいつも後にならなければ知ることはない。 それは、彼女も同じ。 後々よりの悔い――後悔だけが、少女の誤った選択の未来に残ってしまったことを、彼女はようやくにして知りえたのだった。 サキュバスは、トロトロに蕩けた顔で少年の頭を撫でていた。 彼女は未だに処女なのだが、きっと子を産んだらこうなるのだろうと考えるだけで、頬が緩み、にやけてしまう。 そのトロ顔の一方、今しがた少年の幼なじみが自分と少年の睦みあいを見て逃げ出したことに、密かな優越感を感じてもいた。 告白した舌の根も乾かぬうちに別の女と、と少女は思うかも知れないが、それは間違いなのだ。 彼女が少年をフッた時点で、二人の関係は赤の他人、よくてお隣さん程度になる。 それは彼女が選んだ択の結果なのだから。 ゲームやマンガのように、「友達でいたい」や「でもやっぱり」みたいな都合のいい話はないし、リセットもない。 「・・・お姉さん?」 「あ、ごめんね?ちょっと気持ち良すぎてぼうっとしちゃったみたい」 ふと顔を上げた少年に、サキュバスはトロ顔のまま応える。 胸に刺激を与えつづけられただけでなく、母性まで感じさせてくれた少年に、サキュバスは何よりのプレゼントをあげようと、そう決めた。 「キミが私を大事にしてくれるのなら、私はサキュバスでない、人間になってキミの恋人になってあげるわ。どうかしら?」 それは、全てのサキュバスにとって最大の愛情表現。 サキュバスとしての恒久の生と卓越した性技、身体能力、精気のみで生きられる身体を捨てるという覚悟と決意を現す魔法の言葉だった。 サキュバスの言葉に、少年はキスを返す。 サキュバスが主導してばかりだったのに、少年自らが彼女の唇を求めてくれた。 それは、何よりも雄弁で、何よりも優しい答。 「ずっと、そばにいてください。もうフラれるのはたくさんですから」 「・・仕方のない甘えん坊ね、もうっ♪」 サキュバスは少年の唇をまた奪い、今度は離すまいと強く強く抱きしめる。 少年はサキュバスを抱き返し、彼女の舌に自分の舌を絡める。 数多の男の夢の中を渡ってきた彼女が、たった一人の少年に落とされて。 しかしそれは、決して不快なものではなかった。 「フフ、さぁ、来て・・・・♪」 サキュバスは四つん這いになって、自分の秘部を指で開いて見せる。 豊満な胸が布団に押し付けられて潰れる様が、なんとも艶やかで。 少年の未だ皮の剥けていない勃起が、更に熱を帯びて。 少年は、サキュバスの熟れた桃のような尻たぶを掴んだ。 サキュバスの未だに誰にも許したことのないヴァギナに、少しずつ、恐る恐るに、少年の勃起が入り込んで行く。 キュウキュウとうごめき、勃起に絡み付く膣内の感覚に、少年は甲高い声をあげる。 サキュバスのほうも、幾ら夢の中や妄想の中で犯され、辱められたとは言え、実質的には初体験の処女なのだ、リアルな感覚に慣れはしていない。 熱された鉄の棒をゆっくりと押し込まれるような感覚が、これほど恐ろしいなどと思いもしなかった。 その一方、処女を散らした後は少年に目茶苦茶に――そう、まるで雌奴隷のように乱暴されるのではないかと、はしたない願いを抱いているのも事実。 「・・・・ぁ」 ミチ、ミチ、と自身の処女膜が悲鳴をあげるのを、サキュバスは知覚した。 だが知覚はしたが、覚悟が出来ているわけではない。 次の瞬間、脳が焼き切れそうな程の激痛がサキュバスの下半身を襲った。 「――――――――っっっっっ!!」 息を吸えない。 悲鳴をあげようと口は開くのに、肝心の悲鳴は出ずに、口をぱくぱくとするしか出来ない。 「あっ、あっ、あっ、出ます、射精しちゃいますよ、お姉さん〜〜っ!」 待って、と。 たったそれだけの言葉さえ紡げず、サキュバスのヴァギナに、少年の濃厚な童貞精液がビュルビュルと注ぎ込まれる。 サキュバスは、自分のヴァギナから、鮮血の紅と濁った白の混じった色の液体が流れ出すのを、虚ろな意識の片隅で見ていた。 灼熱の如き勃起は既に引き抜かれ、少年はサキュバスのことを気遣うように彼女の髪を優しく撫でてくれる。 「あ・・はぁ・・」 「ごめんなさい、一人だけで気持ち良くなっちゃって」 「ふふ・・・いいのよ?サキュバスとしての基本、男の精を搾り取ることが、私にもまだ出来たんだものね」 その代わり、サキュバスとしての最大の禁忌を犯しはしたのだが。 彼女に後悔などあろうはずがない。 みるみるうちに彼女の小さな羽と愛らしかった尻尾は失われ、そこには一人の美女と、彼女の処女を与えられた少年のみが残っている。 「サキュバスは、人の夢に現れ、淫夢を見せて、射精させるのが生業。そしてその精を呑むことで、サキュバスは栄養を得る」 未だに苦痛は残るが、しかしヴァギナを貫く勃起に与えられた微かな快楽の記憶も、またサキュバスには残っている。 その微かな快楽があれば、彼女は苦痛に堪えるなど容易い。 快楽を思い出すと、顔が笑んでしまうのは、彼女の性か。 その陶然とした笑顔のまま、サキュバスは語る。 「サキュバスは、生涯処女のままでいなければならない。それが、サキュバスがサキュバス足る所以になるから」 「だ、だけど!僕は、お姉さんの初めてをもらって・・・!」 「そう。私は禁忌を犯した。・・・そして、禁忌を犯したサキュバスは、サキュバスとしての生を奪われ、人に堕ちる」 サキュバスは、不安げな少年の頬を撫でてやる。 「人に堕ちたサキュバスは、人の六情の海に飲まれ、六情を知り、六情を覚えて、人としての寿命に追い掛けられ、やがて穏やかに死に到る―――あぁ、もう。だから、そんな深刻そうな顔をしないでってば」 「だって、お姉さんは死ななかったんでしょう?なのに、ぼくなんかのために・・・・っ」 嘘偽りのない、純粋な謝罪。 少年の幼さの濃く残る顔に伝う熱い雫が、サキュバスの心を鷲掴みにする。 処女を捧げた相手が、自らの恒久に近い命を捧げた相手が、こんなにも優しく純粋な少年なのだ。 「言ったでしょう?サキュバスは、恒久の命を持つって。それは裏返せば、愛する人と死別しても生きつづけ、やがて愛し合った記憶さえ色を失い、また別の快楽を求め続ける命なの」 「で、でも!死ぬより生きているほうがいいでしょう!?」 「私は、真っ平なのよ。身を捧げた相手がいるのなら、その愛に殉じたい。愛してもいない相手の欲望の糧になり、無為に生きるよりも、愛する人と短くても幸せな、愛に満ちた生を選ぶの」 そんな過ぎたことより、とサキュバスは艶やかな笑みを浮かべ、少年の耳元で囁いた。 「一回で終わりじゃないんでしょ?」 処女を失ってしまえば、後はあの悪夢のような激痛に耐える必要もない。 二人で獣のように激しく愛し合えるというものだ。 「お姉さんを孕ませてね?お姉さんのお腹もお尻も顔も胸も口も、ぜぇんぶ少年のための精液穴なんだからっ」 「お、おしり?」 サキュバスの声に、少年は困惑した。 純朴とは言い難いが、尻穴で交わることは、流石に知らなかったようだ。 「アナルセックスよ?・・なら、次はお姉さんがお尻の穴で気持ち良くしてあげるんだからっ♪」 「え、え、うわっ!?」 サキュバスの瞳が、好奇の色に濡れる。 今度は少年がベッドに寝かされ、サキュバスは少年にのしかかるようにして。 それだけで、少年のペニスはまた硬さを取り戻していく。 まだ処女膜が破れた痛みは残っているけれど、それよりも何よりも少年への想いばかりが強くなっていく。 「ね、少年。君の名前を教えて?」 「僕は、優也。やさしいなり、と書いて、優也。お姉さんの名前は?」 「リーシャ。イル=リーシャよ」 サキュバス・・リーシャにも、少年・・優也にも、もう言葉はいらなかった。 二人は互いの愛おしさの強さに身を任せ、愛し合いはじめた――夜が明けるまで、繰り返し、愛し合った。 それだけで、二人は通じ合えると、そう分かっていたから―――――。 SS一覧に戻る メインページに戻る |