桃井紅
シチュエーション


教室を出るときに見えた姿に予想はしていたが、案の定彼女はそこにいた。
廊下を走るのも面倒で生徒玄関の前へと窓から飛び降りると下校中の何人かが振りかえったが、気にしないことにする。
それよりも、早く靴をはきかえて、初夏の太陽の下、不機嫌そうに柳眉を潜めている少女に走りよるのが先だった。

「遅い」
「遅くない。終業時間からまだ五分だっ」
「つまり司は私を最大4分59秒待たせた可能性があるわけよね?
さらに分かりやすく言えば299秒、秒針の針は1799度回転したということでありここにある私の腕時計の針の先端は約15π㎝の距離分の運動をしたわけだ。
それを司は自身の遅刻を正当化し、なかったものにするわけ?あぁなんという傲慢かしら!嘆かわしいわねぇ」
「だあぁめんどくせえよお前っ!!」
「お褒めに預かり光栄よ」

彼女の名前は桃井紅。
漆黒の腰まで届く髪と、きらきらと輝くルビー色の瞳が特徴的な、所謂美少女だ。
少々つり上がった目元と小さな桃色の唇、白粉をふったかのように白い頬、細くても出るところは出ている完全無欠のスタイル。
化粧をしていないと言うと女性たちから羨望と憎しみのこもった視線を向けられることが常である、彼女。
ももい、なんて可愛らしい名字には似合わぬ傍若無人な性格の持ち主で、俺の………簡単に言うとすれば、幼なじみだ。
俺はそんなこんなな関係のためか、紅に気に入られている。
家が隣ということもあって、こんなふうに登下校も一緒のためかクラスの奴等は羨ましいことこの上ないというが、あいつらは苦労を知らないからそんなことを言えるんだ。

「…司」
「へっ?」
「私といるのに考え事とは、大層なご身分になったじゃない?」

あ、やばい、きゅんときた。

言葉は尊大だが軽く頬を膨らませての明確な嫉妬に、単純な男の性は軽々と反応してしまう。
俺の染めたことがないにも関わらず茶色味のある髪を横からつんつんと引っ張ってくるしぐさは犯罪級の可愛さだ。
実際、幼い紅を誘拐しようとした変態の動機は『可愛すぎたから』だったと聞いた。
まさしく犯罪級の可愛さ。
思えばあの犯罪が今の俺たちの関係に繋がっているわけだから、文句のひとつも言ってやりたいものだ。

「こらっ司!!」
「っと、悪い悪い」
「…悪いと思ってないよね?」

睨んでいるつもりであろうルビーの瞳は上目遣い。
どんなに威圧感があろうとも、18センチの背の違いは覆せないわけで。
紅の可愛さに和んでいた俺は、紅に腕を捕られ玄関に引き込まれるまで意識が別の方向に向いていた。
ふと気付いたときには、紅に脚をかけられ無様にも尻餅をついていた。

「いってぇっ!」

尾てい骨を打ったらしく、鈍い痛みが背中を這い上がる。

「なにすんだよ、紅っ!」
「司の分際で私を不愉快にした罰を与える」
「へっ……」

やばい、と察した頃にはときすでに遅く。

俺と自分の鞄を玄関の毛足の長いマットに投げ捨てた紅が、マットに尻餅をついた状態の俺の足の間に座り込む。
慌てて出した手は、ぺち、と可愛らしい音をたてて払い除けられる。
一度払い除けられてしまうと、俺はもう抵抗することができない。
これは、圧倒的な力関係に逆らうことが出来ないだけで、これから行われる『罰』を拒めないわけではない。

…決して、そうじゃないからな。

言い訳だと言われてしまったら間違いなく反論できないことを考えている俺を尻目に、紅は俺のベルトのバックルを掴み外しにかかる。
慣れてはいないがまごつきもしない手元から少し視線をずらせば、紅の豊満なバストが俺の股間すぐ近くにあるのが見える。
腕によって左右から寄せられたそれは…もはや凶器だ。

「変態」
「え。」
「人の胸を凝視しない、股間を膨らませないで!」
「これは生理現象!男の身体としてあたりまえだ!!っわ、ひょ!?」

薄い制服のズボンの上から股間を握られ、思わず変な声が出た。
紅の細くて白い指は、右手で俺の股間を擦りつつ左手でジッパーをおろしていく。
俺の青い下着が顔を出すと下着越しにくにくにと息子を弄ばれる。
当然のように立ち上がりテントを張った性器の先端を爪でつつかれ、思わず腰が浮いてしまった。

「っちょ、紅!」
「ん?なぁに」
「その触り方はやめなさい!!」
「面白いよ、可愛くて」
「人の大切なところをおもちゃにしない!!」
「何を今さら…」

引き下ろされた下着から飛び出した息子を愛おしそうに見詰めた紅は、そのままの顔で俺の顔を見上げ囁く。

私のものでしょ?

それはそれは素晴らしい笑顔で、紅はなんの疑いもなく呟く。
俺自体が彼女のおもちゃなのかなんなのか。
気分は悲しみに包まれているのに身体は現金なもので、天井を向いた息子は紅の視線にまで反応して震えてしまう。
標準以下ではないサイズはある俺の息子を撫ではじめた紅の指は、ついでとばかりに袋も擽ってくる。
愛おしそうに見つめているのは、罰の目的がそこにあるからだろう。

「早く出して、とびきり濃いやつじゃないと許さないからね?」
「……夢魔め」

夢魔、淫魔、一般的にはサキュバスの方が通じるだろうか。
男性の目の前に理想の女性となって現れ精を搾り取るといわれている悪魔。
俺は侮辱や比喩のつもりで言ったわけではなく、真面目もいいところに呟いた。
なぜかって、紅が笑っていることからもわかるように…彼女は確かに『サキュバス』なのだ。

「ぁ、ちょっ、…っ!」
「ふふっ…可愛い、司」

嬉しくねぇ。
可愛いの具現化のような少女にかけられてこれほど嬉しくない言葉はないだろう。
口や手で楽しそうに性器をこねくりまわされると、俺はもう襲ってくる快感に身を任せるしかない。

「っ紅、出る…っ」

俺が堪えきれずに言うと、紅はその桜色の唇を開き、俺の性器を口内に迎え入れる。
温かい舌に鈴口をつつかれた瞬間、一際質量を増した後、勢いよく射精した。

「ふぅ…ん…っ」

紅が鼻にかかった声をあげながら喉を鳴らす。
一滴も溢すまいと吸い付いてくる頬の肉に絞り取られていく感覚に腰が震えてしまう。
すべて出しきって俺も俺の息子も脱力しきると、紅は先端にキスをして顔をあげた。

「司の、スッゴい濃くて美味しかったよ。溜まってた?」
「…そりゃあ、一週間してませんから」

とくに禁欲をしていたわけではないが、満月の近いこの時期に一週間だ。溜まるに決まっている。
一週間前も勿論、紅に搾り取られた。
サキュバスのハーフである紅は男との性交渉で精を…つまり生気を手に入れることができる。
嗜好品として食べ物を食べることはあるが、生きていくには男との性交渉が必要不可欠らしい。
本来のサキュバスはその美貌と男を惹き付ける力で多くの男性を手玉にとり、生きるための生気を手にするという。
けれど、紅は俺からしか生気を手にいれようとしない。
それ自体は俺の精神衛生上も喜ばしいことだが、この脱力感はまだ苦手だ。
手を持ち上げるのも億劫になるほどの脱力感。
頬に掛かる黒髪を払ってやることも、ましてや目の前にある小さな身体を抱き締めることも出来やしない。

「司の身持ちが固いところ大好きっ」
「へいへい…俺も大好きですよーお姫様」
「うふふっ」

背伸びをして俺の唇に可愛らしくキスをした紅は、立ち上がり俺の上を跨いでいく。
精を吸い取られて脱力した俺の位置からは、ピンクのレースのパンツと柔らかそうな太股に軽く食い込んだストッキングのゴム?が見えたが、伝えると理不尽に踏みつけられそうだと思い口を開かないでおいた。
我ながら懸命な判断だと思う。

「あっ、そうだ司。父様がね、久々に遊びにおいでって!司も来てくれるよねっ?」
「えー…俺、おじさんにがt「来るわよね?」
「…はい」

あぁもう、俺ってなんなの。
思わず遠い目をして天井を見上げていると、足元の扉が開く音がする。
開かれた扉に当たった脚を軽くずらすと、父さんが不思議そうな顔をして入ってくるところだった。

「……」
「…お帰り」

父さんは玄関先に転がっている俺を見下ろす。
俺の頭の上で俺を覗きこんでいる紅を見て、俺の乱れた下半身(紅なりの良心で、俺の脱力した息子は下着の中に収まってはいる)を見て、最後に俺の顔を見て、笑いを堪えるように口許を押さえた。

「…っただいま、司。紅ちゃんもいらっしゃい」
「こんにちは庄司さん。おじゃましてますっ」

凄くいい笑顔で挨拶をする紅の頬は、心なし艶々している。

「おじさんは若い人のことに口を出すつもりはないけど、流石に玄関は止めようね?衛生的にもよくないよ」
「は、はーい…」

行為がばれたことに気付いたらしい紅が頬をそめた。
しかし、今はその可愛らしい様子より。

「…突っ込むとこそこだけ?」

何が起きたか正確に把握したはずの父さんの言葉に、脱力感が上乗せされた。
わかってはいたことだが、こう、16の息子と同い年の幼なじみがどうこうしているのだ、ほかになにか言うことがありそうなものだ。

「…司、もう起きれるでしょ?」
「あ?…あー…クソだるい……」

紅に頬をつつかれ、腹筋に気合いをいれて起き上がる。
満月も近いためか、たいして時間はたっていないが大分復活していた自分の身体に若さを感じた。
おっさんになったらどうなるんだ、これ。そんなことを考えつつ父さんを見上げる。
紅がサキュバスのハーフであるように、俺も異なる種族の両親を持ったハーフだったりする。
本来、同じ種族同士が惹かれ合うものらしくハーフは珍しいらしいそうで、学校でもたまに見知らぬ人から声をかけられたりする。
珍しいというだけで告白まがいのことをされるのだから、堪ったもんじゃない。
ちなみに俺の目の前でコートを脱いでいる父さんは、こんな虫も殺さないような顔をして狼族の長を勤める狼男だったりする。
つまり、俺は狼男のハーフだということだ。
だからこそ、満月が近付くと生気が溢れるようになる。
元気になると言えば聞こえはいいが、性欲も比例するということであり、紅の格好の餌食になるということだったりする。
父さんは狼男の特徴としての身体能力が高く、俺は未だに勝てない。
そう考えると、おじさんになってもすぐに体力が落ちるわけではなさそうではある。安心とは少し違うが、少なくとも紅の相手は暫く俺だけで間に合うだろうと考えると、少しほっとした。

「あっねぇ司、家に美味しいケーキ買ってきてるんだけど、食べる?」
「…食べる」

恥ずかしさを誤魔化すためだろう出された言葉に頷く。
とりあえず今は、お姫様との優雅なティータイムと洒落込みましょうか。

なぜ教室から見る空というものは、忌々しいほどに青いのだろう、などと自分の席で頬杖をつきつつ考えていると、背後から声をかけられた。

「おーい、司!」
「あぁ?」

振り返ると、中学から仲の良いクラスメイトである家城一毅がいた。
あえて近い色を言うならばビターチョコレート色の髪を短くしていて、薄茶色の髪をしている俺とは全く違う髪色、髪型。
これならどんな校則にも引っ掛かることはないだろうと思ったりする(まぁ、この高校にそんなに厳しい校則はないわけだが)。

「え、なんか怒ってる?」

声をかけてきた家城に言われ、自分のいまの返事を振り返る。怒っているように聞こえただろうか?

「あー…違う違う。満月前だから」
「あぁ、気が立ってるわけね」
「おう」

すぐに納得した家城はとめていた脚を動かして俺の隣へとやってくる。
食べていた飴の袋を差し出すと、お礼を言いつつ手を突っ込んでサイダー味を取り出した。
満月が近付くと、狼男のハーフである俺の気性は多少荒くなる。
理性で押さえられる程度であるし、種族が混在しているこの高校では狼男に対する理解も当然あるため、取り立てて問題はない(自主的に距離をとってくれるか、気付かないかだ)。
家城は少し特殊な存在のため、俺も無理に遠ざけようとは思わない。

…いや、これはおかしな意味じゃないぞ、種族の相性的な意味だ。

俺の母親と家城の両親が同じ種族であるから、仲間意識のようなもので狼男の本能が押さえられるということだ。

「で、なに?呼んでたろ」
「そうそう!部の後輩の女の子から頼まれてさ、司今日の放課後暇?」
「今日の放課後?」

家城の部の後輩?弓道部の後輩の女子に知り合いなどいただろうか。

「んー、俺今日用事あるわ」
「ん?それ、大事な用なのか?」
「おじさんに…紅の父さんに会いに行く」

俺がそういうと、家城はなんとも言えない顔をした。

「それは、…おめでとうというかなんというか」

「おい、なんか誤解してんぞ」

だってついにお付き合い報告だろ?なんてことをいう家城にため息を抑えられない。
なにがどうしてその結論が導き出されるのか。

「ちげーよ、紅が会いに行くのに付き合わされるだけだ。俺はただの付き添い!」
「あ、そ?」
「あぁ。つーか、お前の後輩の用ってなに。時間がかからないなら…」
「いやいや、紅ちゃんと出掛けるなんて聞いて約束取り付けるほど、俺は鬼畜じゃありませんて。後輩には丁寧に断っとくし」
「?」
「ってか放課後の女の子からの呼び出しで理由がわからない司が俺はわからない」
「??」

用を聞く前から用がわかったら聞く意味が無いだろう、と言えば「司は鏡を一度じっくりと見ろ」とため息混じりに呟かれた。
失礼なやつめ、毎朝ちゃんと見てるぞ。
これでも一応、外見には年頃の男子並みに気を付けているつもりだ。
いつも隣を歩く存在が輝くような美少女なのだから、下手な格好をしていると彼女の身分的にも不相応になってしまうし、そもそも自分自身、不相応に見られるのは非常に不愉快だ。
身分といえば。

「行きたくねえ……」

両手を投げ出して机に突っ伏す。
木造りの机はひんやりとしていて、初夏の生ぬるい空気をそのまま取り入れている教室では、一種の清涼剤になった。
もっとも、この沈んだ気分を回復させてはくれないが。

「…ま、頑張れ!」
「このやろう、他人事だと思いやがって…」
「他人事だからな。まぁ、ちょっと堅い格好して偉い人に逢ってくるだけなんだし?頑張れよとしか言えないっていうか?
そもそも紅ちゃんと仲良くやれるならそれくらい我慢しろっていうか?畜生リア充爆発しろっていうか?リア充爆発しろ!!」
「なんで二回言ったし」

ムカついたから頭を鷲掴みにして思いっきり握ってやった。
涙目での文句を聞き流しながら見遣った教室の入り口近くでは、悩みの種である紅がクラスメイトの女子と楽しそうに笑い合っている。
ああしていればただの可愛い同い年の美少女なのだけれど、俺は記憶にあるだけでも十年以上紅に振り回されている。
なにが困るかって、俺がこの位置を自ら変えようと行動を起こそうと思ったことがないことだろうか。
一瞬合った紅い瞳から目を反らし、数学の教科書を取り出した。










クリーニングから戻ってきたままの状態だったワイシャツの袋を破り、シワひとつないそれを羽織る。
白いズボンにシミやシワがないかをチェックして、ついでに上着も状態をチェックする。

「…はぁ…」

ため息をついてしまうのはこの服を着るときの恒例行事のようなものだ。
一応、一階で母さんのお墨付きをもらった髪を鏡でチェックしてからズボンを履き、ベルトを締める。

少し前までは髪を下ろしたまま行っていたのだけれど、この年にもなると髪は上げた方がいいと父さんに言われたがためのオールバック。
いつも前髪がかかっている額が晒されるのは、なんだか心許ない。
そういえば父さんも仕事の時はオールバックにしている。大人に近づいたという印なのだろうか、などと考えると、少しは嬉しい気もする。
ところで俺は現在、髪を先に整えてもらったことを後悔している。着替えにくさが半端じゃない。

「つっかさー!」

歌うような調子の声で名前を呼ばれ、返事をする前に部屋のドアを開けられた。

「こら、せめて返事を聞けっ」
「女の子じゃないんだから細かいこと気にしないのー」
「すっぽんぽんの可能性もあるんだから、男の部屋にもノックは必要だろっ?」
「司相手に遠慮しろっていうの?」

第一司以外の男の部屋なんて頼まれても入らないわ、と言って紅はドアを閉める。
怒るべきか悲しむべきか、喜ぶべきか。俺が奇妙な顔をしているのを楽しんでいる様子の紅に脱力感に襲われた。
警戒心が足りないのとは違う。俺を男としてみてないわけでもない。
そしてきっと紅は、明日が満月だとわかっているからこそこんな傍若無人な振る舞いをしている。
最悪だ、畜生悪魔め。…悪魔か(サキュバスはどう考えても悪魔だ)。

「うん、やっぱり、司のその格好好きー」
「変じゃないか?」
「変じゃないよー髪型もお堅い感じがいいわよね!…乱したくなるなぁ」

艶のある声で囁いた紅を見れば、いつもよりも濃いめの色に彩られた小さな唇に指を触れさせ、紅い大きな瞳に俺を映していた。
父親に会いに行くためにおめかしした姿は可愛らしい人形のようなのに、下手な大人よりも妖しい色香を意識的に出している紅に鳴りそうになる喉を抑え俺がため息をつくと、ムッとしたように頬を膨らませる。

「…女の子の色仕掛けには嘘でも引っ掛かりなさいよ、ばか」
「……引っ掛からないと思ってんのか?」

言外に肯定を示すと、紅は自分で言っておきながら顔を赤くする。
どれだけ理性で押さえても、満月近くの気の高ぶりはどうしても俺の言動に影響が出る。
わかっていて挑発するようなことをするくせに、俺がその挑発に乗るしぐさを見せればこんな反応をするのだから、紅は狡いと思う。
少し睨み付けるようになってしまったであろう視線をはずして、セットされた自身の髪を撫で付けた。

「シワになるから、駄目。時間もないだろ」
「…ぁ、うん、そうねっ」
「…今はこれで我慢しろ」
「ふぇっ?」

紅の腰を抱いて引き寄せ、首筋に添えた右手で顔を固定する。
驚きから間抜けな声をあげたいつもよりも赤が強い唇を塞ぐように口付けた。
紅のワンピースの胸元を彩る黒いリボンが当たる。
俺から近付こうとするだけだと首がキツいな、なんて思っていると、紅が背伸びをしたらしく少し楽になる。
誘うように薄く開かれた唇の隙間に舌を潜り込ませ、舌同士を絡ませる。
体温と唾液が混ざる感覚に背筋に甘い痺れが走ることを自覚して、慌てて唇を離すと、紅は潤んだ瞳で軽く睨み付けてきた。
やめてくれ、紅の上目遣いには弱いんだから。それに、今止まらなくなるのは流石にマズイ。

「不満そうな顔すんな、これからおじさんに会いに行くんだから此処まで!」
「………」
「…駄目」
「………」
「……っその後までは、お預け!!」

途端に輝かんばかりの笑顔になった紅に嵌められた自覚はありつつ、なんだかもうやけくそ気味に紅を抱き締めている腕に力を込める。
紅も、楽しそうに「苦しい」と言いながら抱き付いてくる。

(…きっついなぁ)

俺と紅は、恋人同士ではない。幼馴染みというオプションはあるが、結局は捕食者と食料の関係に過ぎないのが現実だったりする。
サキュバスは現在の世界の倫理観からは生きづらいとされていて、数もかなり少ない。
主な補食対象である人間は、彼女たちの食事に長期間耐えるだけの体力等を持ち合わせていないため、殺人を犯してしまうことがあるためだ。
そのようなことを起こさないために同時に不特定多数の人間と関係を持つことをすると、倫理観の問題を盾に糾弾されてしまう。
ただ生きるために、数ある種族の中でも高い分類にあるプライドをかなぐり捨て、風俗の世界に身を置く彼女たちは数知れない。
飢えと精神的苦痛で自ら命を絶つサキュバスの中で、紅だけは少し事情が違う。
まず、幼馴染みという立場に、こちらもそんなに個体数がいるわけではない狼男の俺が居たこと。
人間とは比べ物にならない体力(ここでは生きるために必要な気力、生気と言った方がしっくりくる)を持った、しかも母親の血筋の関係で、何度紅の食事に付き合っても死ぬことはない俺の存在は、紅にとって非常に都合がよかった。
二つ目は、彼女もまた、両親の…父親の血筋の関係で、俺と関係を持つことで食事ができる力があった。
サキュバスは本来、人間以外の種族は口にあわないらしく、上手く体力を取り込めないものらしい。
紅が普通に高校に通えているのは俺がいるからで、だから紅は俺になついているといってもいい。そこに恋愛感情は存在しないと考えるのは必然だと思う。
俺は、……まぁ、言う必要もないだろうけれど。
自分の好みにドンピシャで、さらに何度も身体を重ねている相手なのだから、当然そういった感情は生まれるものだろう?
正直、好みのタイプに紅が合っているのか紅がそうだから好みのタイプが彼女になったのか、分からないくらいなのだから。

「司ー、くうちゃんー、そろそろ出ないのー?」
「っやべ、」
「すぐ出ますーっ」

母さんに声をかけられて慌てて離れ、自分の荷物を掴む。紅の荷物はいつものように玄関先にあるのだろう。

「つかさっ!」
「ん、」
「口元、拭いてきた方がいいわよ?」
「!?」

薔薇色に頬を染めた紅が笑いながら部屋を出ていく。
慌てて口元を拭った手の甲には、赤い口紅が付いていて、俺は熱くなる頬を誤魔化せなかった。












パイプオルガンの奏でる音色が高い天井に反射し、幾重にも重なって頭上から降り注ぐエントランス(と、言うのだろうか)を抜ける。
磨きあげられ鏡のように反射する大理石の上、一本だけ伸びる赤と金糸の絨毯。
両脇には各々寛いだ様子で立つ着飾った大人たちがいて、絨毯の上を玉座前まで歩みを進める紅と俺を見ていた。
視線をあまりふらふらさせるのはマナー違反だとわかっているから、視線は目の前の一段高い場所に位置している玉座とそこに座る人に向ける。
けれど、どうしても周りの様子も目に入ってくる。
虫も殺さないような顔をしているくせに、いまの俺の身に付けている服とよく似たデザインの礼服を身に纏っている父親がにこにこしていることがはっきり見えて、謎の気恥ずかしさが生まれた。

「…司、あんまりキョロキョロしないで」
「してねーよ」
「してるわよ、視線がっ!」

そういわれてしまうと言い返せない。
周りに聞こえないようにと寄せられた紅の顔を押し返すわけにもいかず、周りの生暖かい視線や鋭い視線――恐らく羨望や嫉妬といった敵意――を受け流しながら、玉座の前へと進み出た。

「クレナ、よく来たな」
「お久しぶりです、父様っ」

玉座に座っているおじさんが紅に笑い掛けると、紅も姿勢を正し満面の笑顔で応え、ドレスのスカートを軽く持ち上げる。
カラーの花を模した髪飾りが揺れる。

目の前で優雅に玉座に腰かけている美丈夫こそ、俺が苦手としている紅の父親だ。
幼馴染みの息子ということで特別に親しくしてもらっている俺は、砕けた場では彼をおじさんと呼んではいる。
しかし、この父親にしてこの娘ありという言葉を使うしかないほどの美貌と若さは人間離れしていて、おじさんというよりはお兄さんの方がしっくりくる。
そもそも人間ではないから、人間離れという言葉は適当ではないかもしれない。

「司君も、よく来たね」
「…お久しぶりです、魔王陛下」

片膝を着いて頭垂れる。
姿勢を崩す許しを手で示されたのと背後の大人達を下がらせたのを感じて顔を上げ、俺は心の中で、へまをしなかった自分を褒め称えた。
紅の父親を苦手としているのは、性格があわないなどの理由ではない。彼の『魔王』という大きな肩書きが原因なのだ。
世界で最も権力を持ち、国家という勢力図から一歩離れた場所に鎮座する存在。
昔、異種族の殲滅を目論んだ人間に立ち向かい、異種族の権利と自由を勝ち取ったと言われている魔王の血筋をひく彼は、全ての種族に対する影響力を持っている。
俺が属する狼族も例外ではない。
俺たちの後ろに立ち並んでいた大人達が各種族の長であることからも、彼の権力の大きさはあきらかだ。

「最近ますます男っぷりが増したねぇ」
「ありがとうございます」
「クレナも、シュリに似て益々可愛くなっているな!流石私たちの娘だっ」
「ありがとう、父様」

……もう、お分かりだと思う。
紅は、魔王とお妃の娘。つまり正真正銘のお姫様である。

俺も狼男の長の息子ではあるが、紅の方が何倍も上の地位を持っていることは明白だ。
紅に俺が逆らえない理由はここにある。
勿論おじさんには気にしないで接してほしいと言われているし、紅自身も俺を下に見ているわけではないと理解してはいる。
それでもやはり、意識しないわけにはいかない。
尤も、こんな風に砕けた場を設けられた場合は、あまり気にならないのだが。

親バカっぷりを発揮して娘を褒め称えていたおじさんが俺を見遣る。
俺の正装に白を推したことを紅が熱弁していたためか、おじさんは口元に笑みを浮かべ俺の全身を眺める。

「んー…本当に、司君は男らしくなってきたね。庄司に似てきた気がするよ」

そこそこ尊敬している父に似てきたと言われれば、悪い気はしない。

「身体も鍛えてるんだろうね。なぁ、クレナ」
「剣術は一通り……って、?」

今、おじさんの言葉に違和感があったような。

「どうなんだいクレナ、司君は良い身体をしているだろう」
「ぶっ!?」
「ちょ、ちょっと父様!!」

思わず噎せてしまい背中を丸める。そんな俺と赤い顔で慌てる紅を楽しそうに眺めるおじさんが悪魔に見える。

「なんだ、クレナの食事に付き合っているのは司君だけだろう?」
「それは、そう、ですけどっ」
「自分だと謙遜するだろうからクレナに聞いてみたんだが。どうだい、クレナ?」
「…し、知らないっ!他の人見たことないもの!!」
「あぁそうだったね。じゃあ司君、クレナはいい身体してるだろう、なんてったってシュリの娘だからね」
「知りませんよっ!!?」

あぁ、遊ばれている。
俺が紅の食事に付き合っているのは近い人間の中では周知の事実だから、仕方ない。
サキュバスを妻に持つおじさんは理解もある。むしろ、紅が1人としか関係を持っていないという点では、父親としていくらかの安心感もあるという。
ただ、俺と紅をからかうのが楽しくて仕方がないようなのだ。
責任有る立場に居るためか、普段の冷静沈着で威厳の有る姿を離れるとかなり迷惑な人になる。
幼馴染みで親友だという父さんも昔は振り回されたと言っていた…今もらしいが。

「そういえば今日は満月か。クレナのためにも今日はハッスルしてくれて構わないよ、司君!というわけで部屋はひとつでいいねっ」
「はいぃっ!?」
「今夜は雨になるらしいし泊まっていくといい、シュリも明日には帰ってくるから挨拶をしていきなさい」
「あ、いやあの、」
「防音はバッチリだから気にしないでくれたまえ、なんてったって魔王城だからね!!」

そういう問題じゃねえぇぇ!!!
そんな俺の叫びは声にはならず、ただ、おじさんを笑わせただけだった。













「…なーにが、雨だよ…」

カーテンの無い窓から差し込む光は眩しいほどで、遮る雲など影も形もない。
紅の実家であるここ魔王城は空の上に有るためか、地上で見るよりも月が近く、腹一杯に食事をしたあとにも関わらず俺の目は冴え冴えとしている。

(ちくしょう…)

今日中に帰れば紅も疲れてあの約束は流れると思ったのだが、宛が外れた。正確には、宛を外された。
魔王は不思議な力を持ち世界をいつも見下ろしているというが、まさか俺たちの行動も見られて………いや、深く考えない方が良さそうだ。
母さんに今日は帰らない旨を伝えようと掛けた電話では、父さんからすでに伝えられていたらしく驚きもなく了解を得た。
なんとなく母さんの声が弾んでいたことに生暖かい気持ちになった(父さんとよろしくやるのだろう)。
キングサイズのベッドでだらけながら溜め息をつく。理解のありすぎる周りに自分だけが振り回されている気がして、憂鬱な気分で寝返りを打った。

「ベッドの真ん中でだらけないでよ」

脇腹を脚でつつかれ、うつ伏せの状態のまま顔を上げる。

「……服を着なさい、服を。」

胴体にバスタオル1枚を巻き付けただけ、白い透き通るような美しさの肌を惜し気もなくさらしている紅が目に入り、一瞬反応が遅れる。
紅がベッドの上の俺を蹴るために片脚を上げているため、俺の位置からは内股の際どいところまで丸見えになる。
…一応、パンツは履いているようだ。

「つーかーさー?」
「なに。俺は現在自身の不幸を嘆くのに忙しいので紅さんは早くお洋服を着なさい。
あと俺はそっちのソファーで寝るから今くらいこの寝心地のいい寝床でだらけさせてくれ」
「…司ってさぁ…」
「んだよ」
「……あぁもう、本当私って可哀想っ!!」

ツン、と形の良い顎をそらした紅の濡羽色の髪が流れて広がる。
風呂を上がって直ぐのためか微かに濡れており、シルクのような艶がある。
動きにあわせて広がる甘い香りに熱を持つ身体を誤魔化そうと枕に顔を埋めると、何故か身体の下に手が差し込まれた。

「っ、ふりゃっ」
「うぉっ!?」

……紅に身体をひっくり返された。魔王の娘なだけはあって力があるのは知っているが、華奢な美少女に力業をかまされるのは地味にショックだ。
ショックを受けている俺を尻目に紅がベッドに乗り上げてくる。
上着を脱いだだけで寛いでいた俺の腰を跨いで尻を落ち着け、上半身を倒し、俺の顔を覗き込むようにしてきた。
紅の柔らかい胸の膨らみが、二人の間で押し潰され横に広がる。
谷間に髪から落ちた雫が流れていくのを視覚した途端に、腹の底から沸き上がってきた衝動。
無意識のうちに紅の肩を掴むと、彼女の桃色の唇が三日月型に形を変える。

「つかさ」

ハチミツのように甘ったるい声に、俺の理性の糸が断ち切られる音がした。

「…紅のせいだからな」
「っんぅ…っ」

紅を抱きしめ唇を奪う。
嬉しそうに絡み付いてくる舌に応え紅の口内を犯しながら、上半身を倒しているために持ち上がる形になっている尻を隠しているバスタオルを捲り上げる。

「っふぅ、んっ?ん、んんっ!!」

腰に蟠るかたちになったバスタオルの下、現れた縞模様の下着の上からスリットを撫でると、じわりと湿り気を感じた。
驚いたように引っ込んだ紅の舌を追い掛けながら、布越しにスリットを擦る。
中指を伸ばして、既に見なくても位置のわかる花芯に軽く爪を立てれば、紅の細い腰が面白いくらいに大きく跳ねた。

「ぁんっ、…っつか、さ…っ!」

擦れたせいで赤みの増した唇に再度噛みつくようなキスをする。
ぎゅっと閉じられた目蓋の端から流れる涙を見ながら腹筋で身体を起こし、今度は俺が紅を押し倒した体勢をとる。
緩んでいたバスタオルの端を掴んで捲り上げれば、目の前に極上の身体が晒された。
生身のヴィーナスといっても過大評価ではないであろうその身体。どこかの有名な画家が描いた彼女と異なる点は、その身体が未成熟な部分を持つ点だろう。
柔らかな肩のラインに括れたウエスト、肉付きは悪くないのに細い印象の手足。手を伸ばし掴んだ胸の膨らみは俺の手に余るほどの大きさはない。
俺にとってちょうど良い大きさの胸は、余すことなく刺激できるためか感度もいい。
円を書くように揉みしだきながら時折ピンク色の頂を指で押し潰しつつ、首筋に舌を這わせれば、紅は甘い声を上げてシャツを掴んでくる。
「っぃたっ、痛いよぅ…っ」

首筋に立てた犬歯が痛かったのか、紅の声に泣きが入る。
俺が普通の精神状態であったなら謝りもしただろうが、今の俺はそんなことを考え付くこともなく、ただ加虐心をさらに掻き立てられただけだった。

「紅が誘ったんだろうが。文句言うな」
「っ司が、唐変木だからでしょっ!女の子にあんなことまでさせないでよ…っ!!」

(誰が唐変木だっ!)

やはり普段ならば流せる紅の言葉も、満月特有の高ぶった気性には簡単に油を注ぐ。狩りをするときの狼の気持ちって、間違いなくこんな感じだ。絶対に。
勢いよく身体を起こしてベルトに手を掛け、既に腹に付かんばかりに勃起した性器を取り出すと、紅が唾を飲み込むのがわかった。
濡れていないところが見つからないほどに濡れそぼった下着をずらすと、乳製品のような甘い薫りが体温を伴って立ち昇る。
極上の料理を前にした乞食がよだれを垂らすかのように愛液を溢れさせるスリット、控えめに存在を主張する花芯。
紅は催促するように腰を揺らし、自身の中に俺を誘い込もうとする。
期待に応えてやるかのように性器の先端を宛がうと、ぴちゃりと水音が響く。

「く…っ、」
「ふ、あぁ…っ!!」

蕾を開かせるように性器を押し込んでいく。まっていましたとばかりに絡み付いてくる襞を引き剥がしながら奥へ奥へと進めていくと、やがて行き止まりの壁にたどり着く。
小さく身体を震わせている紅の腰を掴み、すぐに大きく腰を引いた。

「ゃっまって、まってっ!あっはぁ、あぁっ…」

挿入時の呼吸の乱れが整っていない紅をよそに、抜ける寸前まで引いた腰を再度勢いをつけて突き入れる。
喜んで迎え入れる癖に狭い紅の膣内は締め付けも最高で、紅の恥態にかなり我慢していた俺の息子は早々に限界が来た。

「ふぁあ…っ!!」
「っん…っ!」

予告もなく子宮内で射精をはじめると、紅の膣内も俺の性器を強く締め付け紅がイッたことを知る。
光悦とした表情で俺の生気を受け止めている紅の胸の頂きに舌を這わせると、敏感になった紅の身体はキュンと俺の性器を締め付けた。
紅は直接的な食事に満足しているらしいが、紅の中にいる俺の息子は衰えることはなかった。
紅の腰をわし掴みいまだに微かな痙攣を伝えてくる中で角度を変えると、紅の表情が驚きに変わる。

「っやぁっ、まだっ、イったばっか、なのにぃ…っ!」

紅の抗議なんて知ったこっちゃない。紅だって、こうなることをわかっていて俺を煽ったはずなのだから。
満月の夜、狼男の精神的な高ぶりや征服欲、つまり性欲は最高潮に達する。つがいがいれば妻と決めたその相手を目一杯愛し子孫を残そうとする期間となる。
ようするに、満月の時期は狼男が加虐的になる期間であると同時、狼男の発情期であると言ってもいい。
つがいの相手に傷を付け所有権を主張する。紅の首筋に残る自分が刻んだ噛み跡に、背筋がぞくぞくするほどの興奮がせりあがってくる。
相手は魔族の中で自身よりも相当位の高いお姫様、しかも外見は極上の美少女だ。
自分が先程出した精液と空気が混ざってかき混ぜられる音がどうしようもなく卑猥で、紅の滑らかなラインを描く尻を上げさせ垂直にピストンを繰り返し中から精液を掻き出すようにする。
襞の不規則な蠢きと瞳が焦点を結べないほどの快楽に濡れた紅の表情、感じるすべての刺激から目を背けずに何度も紅の中を掻き回す。
抜かずに3発ほど発射したところで、とうとう紅が音を上げた。

「つかさ…も、お腹いっぱいだよぅ…っ!」
「しらん。頑張れ」
「うぅ…胃もたれ、しちゃ、ぅ…からっ」
「しないしない」

紅の涙を舌で掬ってから唇をあわせる。
生気は別に胃に入るわけではないのだから、紅の主張は意味がない。

…いや、食事で満足したときは『お腹一杯』と表現しているのをよく聞く……胃に入るのだろうか?サキュバスの生態はいまいちわからない。
満腹を訴えてもキスは拒まないのだから、そのあたりも謎のままだ。

汗で滑る脚を抱え直し身体をさらに密着させる。花芯をつまみ上げた途端にまたイッたのだろう、痛いほどに締め付けてきた内部に、俺の性器はまた精液を吐き出した。
夜明け近くになって疲れた身体で気を失った紅を抱きしめ微睡んできた時、中に何度も出したための『お腹一杯』だったのかもしれない、と考えたが、眠気でその思考はすぐに四散していった。


そして俺は今、ベッドでシーツを巻き付け寝そべっている不機嫌なお姫様の髪を撫でている。

「…紅、起きれるか?」
「痛いダルい疲れたっ」
「だから悪かったってっ!つーかそもそも、煽ったのはそっちだろ!?」

生気を餌にしているサキュバスと言えど、『最弱で最強の魔族』と言われるように、身体の作りは人間の女の子と同じくらい弱い。
最強というのは、成熟した大人のサキュバスであればどんなに屈強な男でも生気を搾り取り死に追いやることが出来るために、そういわれている。
ご機嫌とりのために伸ばした手を叩き落とされないあたり、本気で怒っているわけではないのだろう。
普段そういった行為に積極的にならない俺が豹変する満月の夜は、あらゆる手を使って俺を誘惑してくるのは紅の習慣のようなもので、それに俺が毎度毎度引っ掛かるのも、翌朝のこんな理不尽な文句に俺が言い返すのも、やはりもはや形式美だった。
乱れても絡まることはない紅の手触りの良い黒髪に指を通しながら、これからどうするかを考える。
シュリさん――紅のお母さんだ――に挨拶をして帰るように言われたが、日が高くなりはじめたこんな時間だ、既に王妃としての仕事をこなしているところだろう。
というよりも、こんな腰が立たなくなっている紅と一緒に挨拶に行こうものなら何を言われるかわかったもんじゃない。
どうせおじさんにはすべてバレバレなのだから、挨拶無しに帰っても文句は言われないだろう。

「紅、ほら、そろそろ着替えて…」
「着替えさせて」
「……」
「…冗談よ。」

固まった俺を鼻で笑い、紅は身体を起こして下着類を身に付けはじめる。
性的な感情や恋愛感情を伴う接触で食事をするサキュバスは、極端な話、キスや抱擁でも男の生気を手に入れることが出来る。
ほとんど全裸の紅に触れる際に性的な感情が生まれないわけがないのだから、胃もたれしているらしい現在、冗談でないわけはない。

「司」
「……」
「…ん、」
「……はよ」
「おはよっ」

それなのにおはようのキスをねだってくるのだから、紅はよくわからない。
紅が着替え終わったのを確認して、ベッドから立ち上がり手を差し出す。
きょとんとした顔で首を傾げる紅に恥ずかしくなって頭を掻く。

「…ふらふらされるとこっちが心配だから、」

手、と言うと、紅の頬が薔薇色に染まる。

「…繋いで帰ってくれるの?」
「俺のせいなんだろ?」

手を繋ぐくらいなら、別に胃もたれが悪化するほどの性的接触にはならないだろう。…たとえ、食料の側に強い恋愛感情があったとしてもだ。
赤い顔で、けれどとても嬉しそうに重ねられた紅の手を握る。
今、柔らかくて白い手の温もりを感じることが出来ているのが自分だけだと思うと、彼女にとってはただの食料でも良いような気がした。






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