佐久蓮学園2
シチュエーション


ゴールデンウィーク。日本人にとっては夢の大型連休である。佐久蓮学園でもそれは例外ではなく、生徒たちは実家に戻ったり寮でゆっくりしたり、思い思いの休日を楽しんでいた。

「はぁ……」

そんな日本中がまったりとしている日に、一人とぼとぼと溜息をついて学校の廊下を歩く男が一人。2年C組の担任、羽止望だった。
今日の彼は上着もネクタイも無く、Yシャツにベスト姿のラフな格好で校内を歩いている。なぜなら、普段の仕事とは別の用事で来ているからだ。
彼が連休中にわざわざ学校に出向いているのは、茶道部の部長に呼ばれたからである。以前、部活の顧問になってもらいたいという話が来ていたが、待ちきれなくなったのだろう。
彼のクラスの生徒でもあった部長は、連休中に特別に茶室を開けるのでお茶をごちそうしたいと誘ってきた。
望としても断る理由がなかったのでこうして学校に来ているのだが、彼にはためいきが出るほど気の進まない理由があった。

「サキュバスの……学校かぁ」

少し怯えた様子で望は辺りを見渡した。まともな学校じゃないことはうすうす勘づいていたが、まさか魔族の専門学校だとは夢にも思わなかった。
それも男の精気を食い物にするサキュバスの巣窟である。こうして歩いているだけでも、物陰から狙われているような視線を感じて落ち着かない。
それに、生徒が自分のことを餌としか見ずに教師として見てくれないのも悩みの種だった。
入ってすぐは自分のクラスがまとまっていることにある種の優越感を覚えていたが、今となってはそれもただの幻覚だったと分かっている。
要は、いい餌である自分の機嫌を損ねるといけないから、みんな大人しくしているだけなのだ。望の頭は、そういう結論を出していた。

「はぁ……」

そんな訳で、教師としての自信をすっかり無くしてしまった望は、本日何度目になるかも分からない溜息をつくのであった。

☆☆☆

「せんせ、今日はほんにようおこしやす」

のんびりとした口調で、目の前の少女は言った。畳の上で慣れない正座をしている望は、なぜだかそれを聞いて背筋を正してしまった。

「い、いえ。僕も今日は空いていたんで、気にしなくていいですよ」
「そですか」
「それにしても、茶道部の部長さんって葛葉さんのことだったんですね」

望の前でお茶を点てている少女の名は、葛葉紫(くずのはゆかり)。望の教え子の一人だ。
普段は制服を着ている彼女だが、今日は時代劇に出てきそうな鮮やかな藍色の着物を纏っていた。艶のある長い黒髪も相俟って、大和撫子をその身でもって表したような感じだった。

「うちの部活は2年の秋で引退なんで、この時期は2年生が部長なのであります」

そう言ったのはこれまた望の生徒で、紫のお付きでもある西園寺那乃(さいおんじなの)。こちらも浅葱色の着物を着込んでいたが、表情がぴくりとも変わらないせいでどこか冷たい印象があった。

「まあまあ、まずは一杯おあがりやす」

紫が点て終わったお茶が望の前に差し出される。あらかじめ本で読んでおいた通りの作法で、望はそのお茶を口にした。緊張と不慣れのせいで、少しぎこちない。
が、一口味わったところで、その緊張が一瞬で解けた。

「……あ、おいしい」

抹茶特有の爽やかな苦みを引き出した、新緑のようにすうっとする味。その爽やかな口当たりに思わず素直な感想が口から転げ出ていた。
茶碗を隣の那乃に渡すと、彼女は慣れた様子で茶を口にしていた。やはり慣れていると仕草の一つ一つが優雅だ。

「うちの親が送ってきてくれたお茶っぱどす。お気に召したようでほんに嬉しいわぁ」
「恥ずかしながら、緑茶はあまり飲んだことがなくて……おいしいお茶をありがとうございます」
「ああ……せやからせんせ、元気がなかったんどすか」
「え?」

思っても見なかった言葉を聞かされて驚く望。そんな彼を紫は口元の笑みを着物の裾で隠しながら見つめていた。

「ややわぁ。せんせみたいに綺麗な子は、おいしいもん食べて元気になってくれんと、うちらも落ち込んで困りますう」
「そ、そうですか?」

どうやら心配されているらしい。なんか妙な単語が聞こえたような気もするが。

「せや、お茶菓子も用意してありますぇ、お持ちしますからちょいと待ってな」
「あ、いや、お気遣いなく……」

と、望が止める間もなく立ち上がると、紫は茶菓子を取りにさっさと出ていってしまった。

呆気に取られた望と、その間眉ひとつ動かさなかった那乃を残して茶室は静まり返る。その静けさがなんとなく居心地が悪くて、望は足を組み変えた。

「……ひょっとして、ご迷惑でしたか」

ふと話しかけてきた那乃を見ると、その顔には僅かだが不安の色が浮かんでいた。

「いえ、そう言う訳じゃないんですけど……」

そんな顔をされては、望としても返答に困る。どうしたものかと考えていると、那乃の方が先に語り始めた。

「お嬢様は最近、羽止殿がお元気ない様子にお心を痛めておりまして。なんとかして元気づけようと今回の茶会を開いたのです」
「そうなんですか?」

そこまで心配されているとは思わなかった。そもそも周りに不安を悟らせないよう精一杯空元気を演じていたつもりだったのだが。

「もしご迷惑になってしまったら……その時は、従者である私の失態です。どうかお嬢様のことをお怨みにならないで下さい」
「いや、怨むとかそんな大げさな話じゃないんですけど、ね……」

こうも真剣に謝られると、サキュバスだからと警戒していたことが申し訳なく思えてきた。奈乃の顔を見ていられなくなって、俯いてしまう。

「いやぁ、どうしたの?二人してそんな暗う顔して」

そこにお菓子を持った紫が戻ってきた。そんな姿は見せられないと、慌てて二人とも取り澄ます。

「いや、なんでもありませんよ?」
「なんもない訳ないでっしゃろ。難儀なお方どすなぁ、ほんまに」

戻ってきた紫は最初と同じ場所に座ろうとせず望の隣に腰を下ろした。ちょうど那乃と挟まれる形になった望。しかも紫のほうがぴったり身を寄せてきたので、どぎまぎしてしまっていた。

「あの、葛葉さん……?」
「殿方はこうすると元気になるって、言うやないですか」

たしかに元気になるにはなるが、何か違う。間違っている。あと、腕が胸に当たっているので意識すると違うところも元気になりそうで、困る。

「……ひょっとして、こんぐらいじゃまだ物足りまへんか?」

心配そうな瞳が望の顔を覗き込んでくる。そこに色に溺れた光はなかったが、これまでの経験からこのままだと何が起きるかなんとなく想像がついた。

「……西園寺さん、何とかなりませんか?」
「残念ながら、お嬢様には逆らえませんので」

那乃に助けを求める望であったが、残念ながら彼女はいつのまにか抜き取っていた望のネックレスを手の内に収めながら、冷たく答えたのだった。

★★★

「そないな心配そうな顔せんでも、優しくしてあげますぅ」

立場が逆なんじゃないだろうか、という望の疑問もろとも紫は彼を押し倒した。その拍子に二人の唇が触れ合うと、すぐさま彼女は彼の唇をしゃぶり回す。
静止の声を上げようとした望だったが、それは要するに口を開けることだ。キスの雨を降らせる紫にしてみれば、もっと深いキスを求めている合図にしか感じられなかった。

「ん……はふぅ……」
「う、んぐっ……ひゃめ……」

くちゅくちゅと、唾液を絡めた情熱的なキス。その音と熱意に理性を溶かされた望は、上から流し込まれる唾液を飲み込むほどに従順になっていった。

「……はあっ。そうそう、素直が一番でっせ」

長い長いキスを終えた紫は、満足そうに望を見下ろすとそう告げた。最後に愛おしげに軽いキスをすると、ゆっくりとズボンのベルトを外しにかかる。
それに対して望は何も言わなかった。生徒と体を重ねることに対しての嫌悪が消えたわけではない。理性が消えても教師として刷り込まれた義務感が、この行為に抵抗している。
だが、今の彼の心を一番占めているのは、先程の那乃の申し訳なさそうな顔と、紫が本気で自分を心配してくれているという気づかいだった。
教え子から与えられたその負い目が、彼に生徒の淫行を受け入れさせる枷になる。
もちろん紫はそんな彼の心のうちに気付くこともなく、喜々として望の肉棒を取り出すと何のためらいもなくソレに口付けした。

「はうっ……」
「ふふっ、こっちもすっかりビンビンどすなぁ」

望の反応を確かめてから紫は丁寧なフェラチオを始めた。初めは舌を広く使って全体を舐め上げ、陰茎が屹立するのを促す。
これ以上大きくならないとわかると、今度は舌先でチロチロと線を描くようにペニスを刺激し始めた。
今までの搾り尽くされるような刺激とは違う快感に、望はただ身もだえするしかない。その様子を楽しんでいた紫だったが、やがてトドメを刺すために大きく口を開けると肉棒を一息に咥えこんだ。

「んぐ……っむ、ふぉ……」

情熱的なディープスロート。喉の奥に先端が当たりえずきそうになるが、それを抑えて逆に口と喉でペニス全体を擦り上げる。

「ふあぁっ!だ、駄目です、もう……ッ!」

焦らされ続けた望に、その強烈な奉仕に耐える術はない。無意識のうちに紫の頭を掴むとペニスを喉の一番奥に突き刺し、そこで果てた。

「うぐっ!?む、お……ごく、っん、ちゅ……」

食道に直接精液を流し込まれた紫の目が大きく見開かれる。強引に精液を飲まされて初めは驚いていたが、サキュバスの本能か、すぐに精液を受け止め始めた。
どくどくと精液が流し込まれる音が頭蓋に直接響く。その余りに倒錯的な感覚に、紫は酔いしれていた。
やがて射精が止まると、頭を掴んでいた望の手が離れた。自由になった紫は頭を引いて、口の中に埋まっていた肉棒を外気に晒す。唾液まみれのペニスから紫の口元へ、一筋の銀の橋が掛かって切れた。

「んもぅ、いけずぅ。あんな乱暴にするなんて……」
「す、すみません……」

一度絶頂を迎えて冷静になった望は慌てている。そんな彼の様子を見て、紫は口の端をニヤリと歪めた。

「せんせがあないなことしよるから、うちも我慢が利かなくたってしもうたわ」

上体を起こした望を押し倒さない程度にしな垂れかかる。胸元に顔を埋めた彼女の着物は乱れ、その首元からうなじが、そして肩のラインが見える。その光景に望は一瞬ドキっとしてしまった。

「……ふふ」

笑みを浮かべた紫は望の肉棒を自分の秘所にあてがい、そのまま腰を降ろした。さっきの口辱で出来あがっていたソコは既に十分すぎるほど濡れていた。

「うあっ……す、すご……」
「はぁんっ、これ、おおき、んんっ!」

柔肉がペニスを包み込むように優しく、しかし精液をねだるように締め上げる。その襞を掻き分けるよう腰を突き上げると、それに応じて紫の体が跳ねた。

「やんっ、はっ、はげしっ、ああんっ!」

髪を振り乱し、あられもない声を上げ、ただただ肉棒に跳ね上げられる。それでも秘所だけは本来の目的を忘れてはおらず、望の絶頂を確実に引き出そうとしていた。

「紫さん、僕っ、ぐ、もうっ!」
「はあっ……んっ、んんっ!」

限界を迎えて蕩けた望の唇を、紫は強引に奪い取る。口内を掻き回された望は、声を上げる間もなく絶頂を迎えてしまった。

「ん、むぐっ!」
「ふあっ……ん、ああっ!」

ようやく精液を吐き出した肉棒を、紫の秘所が一滴も逃すまいと締めつける。二人は一番深いところで、ぴったりとくっついて絶頂の余韻に浸っていた。

「やっぱうちが見込んだ通り……素敵なお方やわぁ」

夢見心地で紫が呟く。そして息の荒い望の頬に、もう一度だけキスをした。

☆☆☆

「ご苦労様でした、お嬢様」
「おおきに。いただきますぅ」

情事を終えた望がフラフラと茶室を出て行った後。身だしなみを整えた紫は那乃から受け取ったお茶菓子をもぐもぐ食べていた。

「いやぁ、うちとしたことが我慢ができなかったわぁ。せんせ、可愛すぎるんやもん」
「……そうですか」
「なんや那乃ちゃん、つれないなぁ」
「いえ、至っていつも通りのつもりですが」

無表情でそういう那乃だが、視線だけはいつもと違ってそっぽを向いていた。それに気付いた紫はにんまりと笑顔を浮かべた。

「ひょっとして、うちとせんせのを見て興奮した?」
「ッ!?」

図星だったようだ。驚いた那乃の頬が微かに赤く染まっている。着物の下も少し濡れてるかもしれへんなぁ、と紫は勝手な予想を立てる。

「それなら丁度ええわ。ちょっと、せんせに聞いて欲しいことがあってな……」
「な、何ですか一体」

那乃の耳に、紫が手を当てて何事かをささやく。その内容を理解した那乃は、今度こそ顔を真っ赤にするのだった。

☆☆☆

佐久蓮学園には様々な施設があり、多数の学生が集まることもあって同じ施設が学内に複数用意されていることはよくあることだ。
例えば体育館は7つもあるし、プールも5つある。食堂に至っては非公式に運営されているものまで含めると数えきれないほどだ。
例外は敷地のほぼ中央にある巨大な図書館である。佐久蓮学園の蔵書全てが収められているこの建物には各分野の専門書に始まり、一般書、文芸書、魔術書、ライトノベル、飛び出す絵本、果ては口に出せないような本まで揃っている。
確認できるだけでも一千万冊があると言われているその蔵書の数と質は世界でも有数で、毎日多くの研究者がここを訪れる。そのため近年、キャメロットやナーランダーなどの世界トップクラスの学術組織と提携し、各図書館を転送魔法陣で繋いだほどだ。
これほど巨大な図書館が分館を設けない理由は、警備上の問題がある。普通の本ならまだしも、本そのものが魔力を帯びた危険な、しかし学術的に貴重な魔術書は一か所にまとめた方が管理しやすい。
それでも魔術書を狙う輩や魔力に誘われてくる魔物や亡霊などは多く、ここで働く図書委員会はそれらに対抗するために一種の防衛組織と化していた。

「か、た、つ、む、り……そういえばそろそろ梅雨時でしたねえ」

もっとも、ラウンジで雑誌のクロスワードを解くのに夢中になっている望を初め、多くの利用者にはそんな大層な背景は必要ないだろうが。
「先生。ここ、いいですか?」

懸賞ハガキを書いていると不意に声を掛けられた。顔を上げると、机の向こうに大きな本を抱えた少女がいた。
小学生と言われても信じられるほど小柄な体の少女だ。腰まで伸びた長髪は手入れをしていないのか、ぼさぼさになっている。制服の肩には図書委員の所属だと示す腕章がかかっていた。
そんな体で大きな本を抱えた姿は、一見すると文学少女といった印象を与えそうだが、彼女のじとっとした目は本当はただの引きこもりがちな少女だということを物語っていた。
そんなジト目の少女のことを、望はしっかりと覚えていた。

「あ、岸火薫(きしびかおり)さん、でしたよね?どうぞどうぞ」

望が促すと少女は本を机の上にどさりとおいて、それから椅子に腰かけた。埃っぽい古そうな本だが、薫はまったく気にすることなくページをめくっている。

「その本……」
「ああ、これですか?気にしないで下さい。どうせ何の本だか先生には……」
「935年に書かれた『カルナマゴスの誓約』ですか?」
「……え」

ぶっきらぼうに話を切ろうとした薫だったが、予想だにしない一言で逆に自分の言葉が途切れてしまった。そんな彼女に構わず、望は解説を続ける。

「確か、当時は困難だった魔界からの召喚術について書かれた本でしたよね。
今じゃ技術も進んで、向こうと先に連絡をつけてから転送魔法陣を開けるようになりましたけど、奇僧ニ・タプサーが1916年に『通信魔法体系』を発表するまで世界のほとんどの人は魔界の存在すら知りませんでしたから」
「はぁ……」

普段はどこかおどおどしている望が、自信満々に魔法技術の発展について語っている。いつもの彼を見ている生徒からしてみれば、ただただ驚くばかりの変貌ぶりだった。

「でもそれを使った召喚術の成功例は2件だけ、しかもどちらの術者も呼び出したとたん塵になったっていう、曰くつきの本なんですよね。 今じゃただの古代のオカルト本扱いですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。もっとも、召喚術や転送術は今じゃ規制されてるからあまり民間に情報が出回ってなくて、そういう胡散臭い本で実践しちゃう人も多いみたいですけど」

望の講釈を黙って聞いていた薫だったが、やがて静かにさっきまで読んでいた本を閉じた。話の内容はさっぱりだったが、とにかくこの本が使えないとわかったならそれで十分だ。

「……あの、ひょっとして余計なお世話でしたか?」
「いえ、趣味で読もうとしただけですから。それでは」

それだけ言うと薫は立ち上がり、本を抱えてさっさと歩いて行ってしまった。残された望は彼女を見送っていたが、そのまま固まっていても仕方がないので懸賞ハガキを書く作業に戻るのだった。

☆☆☆

放課後。望はまたしても茶室にいた。もっとも今度は部長から直々に呼ばれたわけではない。茶道部の普段の活動に顔を出しただけである。
7,8人いた茶道部の部員だったが、基本的にお嬢様学校である佐久連学園の中でも特に大人しい生徒たちが集まっている。ひとまず、新しい顧問には悪くはない印象を持ったようだった。
そんな楽しい時間も終わり、今、望は副部長の那乃と二人っきりで部室に残っている。下校時間だということで他の部員はもうとっくに帰っているのだが、那乃だけは帰ろうとしない。
それに、望も望で那乃に聞きたいことがある。ただ、こんな状況になってしまうとどこか気恥ずかしくて言い出せない。
畳の上で正座の痺れをごまかしながらもじもじしていると、ようやく那乃のほうが話を切り出してきた。

「……先生、私に何かお話でも?」

と思ったら、話を促された。それはずるい。ずるいが、まあ話しやすくなったと考えるべきか。仕方ないので望は一呼吸置くと、用件を言った。

「西園寺さん、僕のネックレス、そろそろ返してくれませんか?」

先週、ここで部長の紫と体を重ねたときに那乃にスリ取られたネックレス。あの時はふらふらになっていて気付いていなかったのだが、翌朝目を覚ました望はネックレスを返して貰っていないことに愕然とした。

「あれ、こっちに来る時に師匠から貰ったネックレスですし、返してもらわないと色々と困るんですけど……」

主に香奈とのことである。昨日も、「どーしたの先生!触っても全然痛くないじゃない!」と文句を言われながら絞り取られたばかりであった。

「ふむ。ネックレスは確かに私がお預かりしていますが……」

那乃は少し伏し目になって考え込む。

「今すぐにお渡しする、という訳にはいきません」
「なんでですか」
「先生。こういうのは非常に言い辛いのですが……」

物凄く申し訳なさそうに、那野は言った。

「余りセックスしたこと、ありませんね?」

ド直球だった。散々言葉を選んだ果てに出てきたというのが那野の表情から読み取れる辺り、更に残酷さも兼ね備えていた。そして、その言葉は寸分違わず望の胸を貫いていた。

「あの、まずもう少しぼかして言った方がいいんじゃ……」
「ですから最初に言い辛いと申し上げたのですが」
「……いやいや。そもそも僕がその、そういう経験が余りないって、誰が言ってたんですか?」
「お嬢様からです」

それを聞いた望の頭の中に、悪戯っぽい笑みを浮かべた紫の姿が浮かんだ。悲しいことだが、つい先週体を重ねた彼女が言うのなら反論はできない。
しかし彼にはどうしても分からないことが一つだけあった。

「でも……でも、それとネックレスとどういう関係があるんですか?」

女性を悦ばせる技術が無いことと、他人の物を返してくれないことは望の常識の中では繋がらない。そう考えて、ひょっとしたら彼女たちサキュバスの常識ではそういうことになってるかも知れない。それは非常に困る。
だが、望の予想は半分当たっており、半分外れてもいた。

「先生。この佐久蓮学園はサキュバスの学校だということは、もうご存知ですよね?」
「ええ、そりゃまあ……何度も搾り取られてますし」

不意に違う話を切り出してきた那乃に、望は当惑する。一方、那乃はまだ相変わらずの無表情だった。

「では、攻めに回ったことはありますか?」
「せ、攻めって……あの、そのつまり……」

意味は分かっている。分かっているのだが、奥手な望はただ赤面して口ごもるだけだ。散々生徒と交わっておいて何を今更、ではあるのだが、やはり人の持って生まれた性質というのは中々変わらないらしい。
攻めに回るなんて考えたこともないであろう望のそんな様子を見て、那乃は深く溜息をついた。

「お言葉ですが先生。そんなことでは本当に搾り尽くされて干物になってしまいますよ?」

望の目を見つめて、那乃が語りだす。

「私たちサキュバスは性交によって生命力を得ます。ですが、生命力になるのは精液だけでなく、性交時の快感も糧とすることができるのです」
「は、はあ……」

「ですから、より激しいセックスならそれだけ生命力を満たすことができるのです。具体的に言えば、騎乗位で搾り取るより正上位で責められた方が早く満足できます」

流石の望も、こういうことは学校で習っていない。サキュバスの生態など、分かっていても気恥ずかしくて誰も話題にしようとしないからだ。

「それに、先生にも少しは責めてもらわないと、私たちに魅力がないんじゃないかと不安になのです。だから、先生にはもっとセックスに慣れてもらいます」
「あの……つまりどういうことですか」
「特訓です」
「え?」

思わず聞き返す。しかし那野は平然とした顔で繰り返した。

「特訓です。セックスの特訓をしましょう」

夕暮れの光が差し込む窓の向こうで、烏が鳴いた。

「いやいやいやいや……」
「お時間は取らせません。手早い方法で行いますので」
「そうじゃなくて!なんですかセックスの特訓って!?はしたないにも程があるでしょう!」

この期に及んで、まだ人間の倫理観を盾にする望。逆に言えば、今の彼にはそれしか自分を繋ぎとめる枷が無いということでもあった。

「はしたない、といいますと?」
「だって、その……教師と生徒がそういうことをするなんて……」
「……なら、現実にそういうことにならなければいいのですね?」
「そりゃ……いや、それはどういう……」

言いかけた望の視界が、ぐらりと揺れた。倒れているとすぐに気付いて畳の上に手を付くが、突っ張ろうとした腕に力が入らず、そのまま倒れ込んでしまう。
眠い。恐ろしいぐらいに眠い。急激に重みを増した瞼をなんとか持ち上げようとすると、那乃がゆっくりと望の頭を胸に抱き、その耳に囁きかけた。

「ご心配なく。夢の中で、またお会いしましょう」

★★★

そして望は目を覚ました。辺りを見渡すとここが先ほどと変わらない茶室だということに気付く。
ただ、寝起きの望はその茶室になんとなく違和感を覚えていた。はっきりと口にはできないが、どこかあやふやなのだ。

「ええ。確かにここは夢の中、現実とは違います」

背中から声をかけられ、驚いて振り返るとそこに那乃が座っていた。しかし彼女は、さっきまでの制服姿ではない。先週、紫に呼ばれてこの茶室を訪れた時に見た、浅葱色の着物に着替えていた。

「夢、なんですか?」

ほっぺたをつねってみる。痛い。しかし、さっきまで制服だった那乃が一瞬で着物に着替えているのを考えると、夢じゃないと理屈に合わない。

「ええ、夢ですよ。ですから何をしてもいいのです」

すり寄ってきた那乃が望の膝に手を置いて、甘くささやきかける。

「組み伏せて思うがままに犯しても、現実には何も起こっていないのですから。教師という職で貴方の欲を縛りつける必要もありませんよ?」

熱っぽい眼差しで見つめてくる那乃の体が、とても魅力的なものに思えた。だが、それでも望の理性が心のどこかに鍵を掛けている。
でも、と言おうとした望の唇がキスで塞がれた。いつの間にか望に触れていた那乃の口が、隙を突かれた望の口内をねっとりと味わう。
少しして唇を放した那乃は、珍しく目を反らして俯くと小さな声で呟いた。

「私は構いません。その……先週から一度もお嬢様の、いえ、誰の相手もしていないのですから」

そう言う那乃の体は妙に熱っぽい。自分でも慰め切れなかった体の熱が、望を前にして溢れ始めたようであった。しかしそれに妙な気恥かしさを覚えた那乃は、思わず望から顔を背けたのだった。

「那乃さん」

名前を呼ばれた那乃が顔を上げると、その唇が望の口によって塞がれた。初めて積極的に求めてきた望に一瞬驚いてしまったが、すぐに彼の体を抱きしめると熱いキスで返した。

「ん、くちゅ……あふ……」
「……は、ん……む……ちゅ」

やがてどちらからともなく唇を放す。二人は見つめ合うが、そのまま動きが止まってしまう。妙な間に那乃は少し気を取られるが、すぐに望にこういう経験が無い事を思い出した。
そう、これは特訓なのだ。自分がリードしなくてはいけないと思い出した那乃は、胸元をはだけると望に差し出した。

「……どうぞ?」

恐る恐る、といった様子で望が那乃の露わになった胸に手を伸ばす。同年代に比べてやや慎ましい大きさではあるが、その柔らかさは確かに望の指に伝わってきた。

「うわ、すごい……」

絞られてばかりで、こうして女性の胸を自分から揉んだこともなかった望である。改めて触ってみてわかるその柔らかさに、まるで童貞のように夢中になっていた。

「先生、私の胸が気に入ったならそれでいいのですが……」

しばらく望に好きにさせていた那乃だったが、とうとうじれったくなって、彼の手を取って自分の秘所に押し付けた。くちゅり、とはしたない水音がして思わず顔を赤らめる。

「その……そろそろ、こちらもお願いします」

消え入りそうな声で呟く。そのささやきで我に返った望は、緊張した面持ちで那乃の秘所に指を這わせ始めた。

「……いきますよ」
「はい、どう……んっ」

くちゅくちゅと卑猥な水音が夢うつつの茶室の中に響く。望の指が秘唇をなぞり、陰核に優しく触れ、時折秘所の中に浅く埋まる度に、那乃は快感に体を震わせる。
その上、名残惜しかったのか、望が空いた左手で那乃の胸を再び揉み始めた。手つきこそぎこちないものの、丸々一週間も性交を我慢させられた上で同時に二か所を責められては、那乃の体も一気に高まってしまう。

「はあっ……先生、そのまま……っ!」
「は、はいっ」

快感で力の入らなくなった那乃は、望にもたれかかりつつそれでも体を倒すまいと彼のYシャツを握りしめる。ぴったりくっついた彼女の体の熱を感じながら、望は従順に手を動かしている。
そのうちに、限界が訪れた。

「く、は―――ッ!」

ほとんど声もあげずに、しかし体だけは激しく震わせて那乃は絶頂に達した。ガクガクと震える那乃の体を、思わず望は抱きしめる。

「だ、大丈夫、ですか……?」
「すっ、すみま、せん……久しぶりで……」

そう言った那乃は望の胸に顔を埋めている。まだ小刻みに体が震えているのは、絶頂の余韻が残っているからだろうか。ぎゅっと抱きしめてくる彼女の背中を、望はやさしく撫でてやった。
しばらくそうしていた彼女だったが、絶頂の波が引くと望の腕から離れて畳の上に寝転がった。

「では、続きを……」
「大丈夫なんですか?」
「ええ、夢の中ですから。先生の好きにしていいって言ったじゃないですか」

無防備に寝転がった那乃の帯は解け、夕日の下にその白い裸身を晒している。シミ一つない彫像のような体は今、望の前に無防備で晒されていた。
その幻想的な光景に思わず生唾を飲み込む。そんな望を見て、那乃は優しく微笑んだ。

「さ、どうぞ?」

その一言に誘われるように、望は那乃に覆いかぶさった。ズボンのチャックを下ろすと自身のモノを取り出し、一息に那乃に挿入した。

「う、ぐ……っ!」

柔肉をかき分けるだけで、肉棒を通して脳髄が焼けるような快感が伝わってくる。一番奥まで達すると、それをもう一度味わいたくなって腰を引き戻し、また打ちつけた。

「ふああっ!そんな、いきなり、はげしっ!」

悲鳴のような嬌声をあげながらも、那乃は一切の抵抗を見せない。それだけこの快感を待ち望んでいたということだった。
ずんずんと夢中になって腰を動かす望。そのうちに最奥よりも少し浅い部分をついたほうが、那乃の反応がいいことに気付いた。

「ひゃっ!?まっ、そこ、よわ、いやぁっ!」

弱点を集中的に責められ、那乃は身をよじらせる。もちろん、上に望が覆いかぶさっているので逃げることはできない。それどころが快感に蕩けた顔で抵抗する仕草は、望の良心を焼き切らせるほどだった。
那乃を押さえつけ、一心不乱に腰を打ちつける。もはや衣服としての体を成していない着物が、那乃の下で皺を作っていた。

「な、のさん……もう……っ!」
「イって、下さい!私ももう……」

那乃が望に足を絡める。それを受けた望は何の遠慮も無く最奥を貫くと、そこに精液を放った。

「ひ、あ―――!」

ひときわ高い声をあげ、那乃も絶頂に達した。飛んでいきそうな意識を繋ぎ止めるかのようにぎゅっと望の体を両腕で抱きしめる。熱い吐息が望の耳に吹きかかった。
そして絶頂の余韻が消えると、那乃の体がふわりと床に落ちた。

「な、那乃さんっ!?」

慌てて望が呼びかけるが、那乃は腕で目を覆ったまま動かない。一瞬、とんでもないことになってしまったのかと、望が身を震わせる。

「……て」
「え?」

荒い息の合間にかすかに那乃の声が挟まった。望が聞き返すと、彼女はゆっくりと腕を持ち上げて、隠されていた両目で彼を見た。

「もっと……シて」

甘えているのか、命令しているのか。どちらかは分からないが、ただ彼女の眼が男を堕とす快楽の色に染まっていることだけは確かだった。
那乃の一言で吹っ切れた望は、倒れていた彼女を四つん這いにさせると、今度は後ろから肉棒を突き入れた。正上位の時よりも乱暴に、深いところを責め立てる。

「はっ、ひあっ!そう、それがいいのぉっ!」

ぐちゃぐちゃと体の内側を掻き回されて、あられもない声を上げる那乃。もはや特訓という名目は彼女の中から消え去っていて、ただただ快楽を貪り尽くすのに夢中になっていた。
獣のように那乃を犯す望。ただ肉棒を突き入れるだけでは飽き足らず、那乃の前に手を回すと後ろからその胸を鷲掴みにする。

「はあっ、はあっ……!」
「んあっ!?そんな乱暴に……っ!」

咎めも聞かずに、望は那乃の背中に覆いかぶさって腰を振り続ける。そんな乱暴ながらも激しい責めに、那乃はだらしなく涎を垂らしながら酔いしれていた。

「あぐっ!?」

二度目の射精は唐突だった。夢中になりすぎて絶頂が迫っているのも分からなかったのか、何の前触れもなく那乃の膣内に精液を放っていた。
絶頂寸前でちりちりとした感覚を覚えながら、膣内射精される。もどかしいその快感に那乃は我慢することができなかった。

「先生、もう一度……ね?」
「は、はいっ」

優しい声で促すと、望は言われるがままに腰を振り始めた。今度は那乃の片足を抱えて、大きく開いた足の間に入り込んで肉棒を挿入する。
淫靡な水音を響かせながら、二人はただただお互いの体を高め合うことに没頭していった。

☆☆☆

夕日は地平線の向こう側に沈み、微かな残光だけが空を藍色に染め上げている。望と那乃が眠っている茶室の中もすっかり暗くなっていた。
薄闇の下で折り重なるようにして眠っていた二人だったが、不意に那乃の目が開いた。ゆっくりと半身を起こし、未だ眠っている望の顔を覗き込む。

「ふふ、技術の方はまだまだですが……素敵でしたよ?先生」

現実には30分も経っていないが、夢の中では那乃が満足するまで体を重ねることができた。夢とはそういうものである。空間はおろか時間もあやふやになる。
その夢の中に入り込み、お互いの思うがまま、望むがままに交わり、精気を奪い取る。それができるからこそ、彼女たちはサキュバスと呼ばれるのだった。

「先生、まだ夢の中ですか?」

目を覚まさない望の上に寝そべって、那乃は彼の頬をつついてみる。男性とは思えない顔立ちは見た目通りの柔らかさを持っており、ぷにぷにとした食感を伝えてくる。
そんな、ちょっと化粧をすれば顔の男が、夢の中ではあれほど自分の体を犯し尽くし、夢中になっていた。そのギャップを考えると、胸の内からなんとも言えないものがこみ上げてくる。

「……先生?」

そんなことを考えていた那乃だったが、ふと頬をつつく手を止めた。これだけやってもなんの反応も無いのは、流石に少しおかしい。
不安になって肩を揺すってみるが、それでも起きる様子はない。

「先生っ!?」

夢見心地な気分の吹き飛んだ那乃が必死に呼びかけるが、望はいくら呼ばれても目を覚ます気配を見せなかった。

☆☆☆

「全く……夢に入り込んでの吸精など、いつの間に覚えたんだ」
「その、お嬢様が……」

次の日。佐久蓮学園付属病院の一室にて、那乃はリノリウム張りの床に正座させられながら、教頭の説教を受けていた。
あの後慌てて職員室に駆け込んだ那乃が、その場にいた教頭に事情を話すと、彼女はすぐに救急車を手配して望を病院まで送っていた。
目を覚まさない原因はもちろん精気の吸われすぎだ。しかし、今まで香奈、智、美琴、紫と四人のサキュバスに毎日のように絞られながらもなんとか生活できていた望がここに来て倒れてしまったのには別の原因もあった。

「夢の中でどれだけ交わっていたか知らないが、現実にはたったの30分だ。そんな短い間に精気を吸い上げられては、普通の人間だったら死んでいるぞ?」

教頭の言う通り、現実にはあり得ない早さで精気を奪い尽されては、どんな人間でも立ち上がれなくなるのが普通だった。

「……だから手加減して吸うような技術が身につく高等科まで教えないようにしていたのに。全く、葛葉のお嬢様はどこからそんな術を覚えたんだ……」

サキュバスにだけ適性のある術だとはいえ、サキュバスの本能だけで完成させられる魔術でもない。そんな知識をどこからか仕入れて問題を引き起こしてくれた紫に、教頭は頭を抱えていた。
しかし彼女が相手ではきつく叱ることはできない。紫の出身である葛葉家は、この佐久蓮学園の主要なスポンサーであった。悲しいかな、教育者でも出資者には頭が上がらないのである。

「あの……先生は大丈夫なんですか?」
「ん?ああ、二、三日休めば問題無いそうだ。……とんでもない男だよ、全く」

医者、そして教授から聞かされた話を反芻しながら教授はぽつりと呟いた。その表情には、これだけ吸われても命は助かる望の生命力に対する呆れだけではない、何かが隠れていた。

「……先生?」
「何を呆けている。いいか、そもそもあのお嬢様のお目付け役の君が、我を忘れて先生を吸い殺しかけるなどな……」

心配そうに声をかけてきた那乃の言葉を切って捨て、教頭は説教を続ける。生徒たちの間で噂になっている、教頭の説教3時間コースは、まだ始まったばかりだった。

☆☆☆

「……皆さんに重要なお知らせがあります」

朝のホームルーム。望はクラスの生徒が全員集まっているのを確認してから、話し始めた。

「今日の朝、警察から連絡がありました。昨日の夜、東大通りでこの学校の生徒が二人……その、不審な魔物に襲われるという事件がありました」

そう言う望の目は席の一つ、いや、二つを見つめていた。そこに今いるべきはずの生徒は座っていない。

「今は警察が捜査に当たっていますが、魔物は逃げ出してまだ捕まっていません」

魔物。その名の通り魔界に住む生物で、知能の高い魔族以外がそう呼ばれている。要は人界で言う動物のようなものだ。
ただ、その力は動物とは比べ物にならない。ドラゴンは火を吐き、オーガは大岩を軽々と持ち上げ、スライムは飲み込んだものを何でも溶かしてしまう。
全ての魔物がそのように危険という訳ではないが、ひょっとしたら危険かもしれない生き物が野放しにされているかもしれない現状は、まず安全ではない。

「魔物が街中に潜んでいる以上、この学校も安全とは言い切れません。そこで本日の部活動は中止にします。授業が終わったら生徒の皆さんは速やかに寮に戻ってください」

それにもう一つ、望には懸念があった。魔物は人間界にひょっこり出てくるような生き物ではない。誰かが故意に呼び出さなければこんな事件は起こらない。
その召喚士がどこに潜んで、何を考えて魔物を呼び出したのか。それが分からない限り、例え魔物を捕まえても安心はできなかった。

「それと」

生徒の顔を一通り見渡した望は、もう一つ付け加えた。

「一条さん、米浦さんと本田さんをちゃんと止めておいてください」
「はいっ!?」
「うえっ!?」

望の話を聞いてなぜか目を輝かせていた香奈と美琴は、その一言でぎくりとした。

「だ、大丈夫だよ先生!別に面白そうだとか思ってないから!」
「そうそう!ナメた真似する奴を探してブチのめそうなんて思ってねーから!」

慌てて言い訳する二人だが、本音が丸見えである。

「……そういう訳で、智さん、お願いします」
「分かりました」

困った顔の望のお願いを、智は二つ返事で承諾した。

☆☆☆

その日は朝から曇り空で、天気予報も夕方からは雨になると予想していた。果たしてその通り、生徒たちが部活をせずに寮に戻るころには重い雨が降り始めていた。
そんな雨の中、望は同僚の船坂とともに、傘を差して学園の外の通りを歩いていた。

「なんで僕たちが見回りしなくちゃいけないんでしょうか」

湿気を吸った空気の中を歩きながら望がぼやくと、船坂が慰めるように言った。

「警察だけには任せておけないんだろ。何しろ、ちょっとアレな学校だからな、ウチは」

二人は放課後、学園上層部からの命令を受けて、安全のために学園周辺を見回りを行っていた。彼らだけでなく、他にも十数名ほどの教師が魔物探しに駆り出されているらしい。
寮を完備しているとはいえ、全ての生徒が寮で生活している訳ではない。高等部や大学部、まれに中等部の生徒が一人暮らしをして学校の周りのアパートに住んでいることもあった。
下校中に彼らが襲われたりしないようにするために、望たちの見回りが必要だった。それに、何かの弾みで佐久蓮学園がサキュバスの学校だとバレてしまっては大変なことになるのも理由の一つだ。

「でも僕たち、ただの教師なんですけど……」

片手に傘、片手に杖を持って歩いていた望の歩みが、そこで不意に止まった。

「……む」

隣を歩いていた船坂も足を止める。二人とも先程までとは違い、油断のない表情をしていた。
二人が見ていたのは一本の路地だった。何の変哲もない路地だが、魔法を扱う二人には分かる。そこから、敵意を持った魔力が流れてきているということが。

「よし、羽止。打ち合わせ通りに行くぞ。俺が前、お前が後ろだ」
「わかりました」

望が杖を構えて呪文を呟き、船坂はブレスレットに魔力を送る。どちらも己が魔力を増幅させ、強力な魔法を放つための準備だ。
魔物や魔族と違い、人間が魔法を使うには増幅器の力を借り、更に呪文で世界に語りかける必要がある。それがこの世界で人間が人間であることの証明であり、弱点でもあった。

路地の何かと、望と船坂のチームの間に緊迫感が流れる。それを最初に破ったのは、路地の方からだった。黒い、帯状のような物体が数本、目にもとまらぬ速さで船坂に向けて襲い掛かる。

「ブロック!」

相手の最初の攻撃を待っていた望は、すぐさま自分の魔法を発動させた。船坂の前に魔力で作られた壁が現れ、路地から飛び出してきたものを全て弾き返す。

「我が内に宿るは炎。万物を灰と成し、土に還す破壊の象徴なり……」

船坂の呪文が始まる。体内の魔力に、そして世界に語りかけ、超常の力を行使するための準備を整える。

「願わくばその力を持ってして、我が前の敵を撃滅せしめん!」

腕のブレスレットが赤く輝き、その掌で炎が生まれ、燃えあがり、一つの火球としての形をとった。

「焼き尽くせ!フレイムシュート!」

最高潮に達した魔力を解き放つため最後の一言を唱えると同時に、船坂は炎を宿した腕を路地に向かって突き出した。輝く火球は雨を切り裂いて、路地の闇へと吸い込まれる。
火球が闇に消えた次の瞬間、燃え上がった業炎がその闇を弾き飛ばした。魔法によって生まれた炎は、路地の中に留まらず船坂のいる通りにまで噴き出してくる。

「熱っちい!?」

降りかかった火の粉に驚いて船坂が飛び退った。どうやら火力を強くしすぎたらしい。幸いなことに、周りの建物に燃え移るということはなかったようだ。
最初に船坂に襲いかかった黒い物体は既に消えていた。二人は警戒を解かずに、恐る恐る路地を覗き込む。
そこには何もなかった。ただ、地面にすすけた跡が残っていたが、それも雨に洗い流されようとしていた。

「えーと、跡形も残りませんでした、ってオチか?」

困惑した表情で頭を掻く船坂。火力の調整は間違ったが、まさかこうもアッサリ消えてしまうとは思ってなかったのだろう。

「そうみたいですね……結局なんだったんでしょうか?」

望が辺りを見回すが、手がかりになりそうなものは髪の毛一本見当たらない。何の変哲もない、ただの路地裏だ。

「ま、ひとまずこれで一件落着ってことで、あとは警察にでも任せれば……」

言いかけた船坂の言葉を、悲鳴が遮った。突然聞こえた叫び声に二人が息を呑む。
傘を投げ捨てて、二人が悲鳴の聞こえた方向に走り出した。しかし、狭く入り組んだ路地裏である。今の声がどこから聞こえたのか見当もつかない。

「くそっ、左は頼むぞ!」
「はい!」

分かれ道で右に曲がりつつ、船坂は後ろの望に声をかけてそのまま走っていった。それを受けて望は左へと走る。

「……めてっ、来ないでぇ!」

はっきりとした言葉が聞こえて、望は全速力でその方向に駆けた。そして、幾つかの角を曲がった末にようやく悲鳴の下に辿り着いた。
最初に目に入ってきたのは、黒い大きな肉の塊だった。定期的に脈打つその肉塊は、腐ってもなお鼓動を止めない心臓のようで、見るものすべてに嫌悪感を味わわせるものだった。
その肉塊から同じ色の触手が伸び、建物の壁に向かって伸びている。そして触手が蠢くその先に、一人の少女がいた。
その少女は、佐久蓮学園の制服を着ていた。だがその制服は半ばほど破られ、その隙間から触手が入り込み彼女の体を舐めまわしている。口にはひと際太い触手が捻じ込まれ、声もあげられない状態になっていた。

「―――ッ!」

そこで、望の認識が止まった。
何の躊躇もなく、彼は杖を真っ直ぐに怪物へと向けた。次の瞬間、肉塊の本体の一部がへこみ、遅れて肉塊そのものが攻城槌で殴られたかのように吹き飛ばされた。
その衝撃で拘束が緩んだのか、少女も触手から解放される。望は杖を向けたまま動きを止めていたが、我に返ると慌てて地面に倒れた少女に駆け寄った。

「大丈夫ですかっ!?」

その声で少女が目を開く。彼女の顔に望は見覚えがあった。

「……先生?」
「え……岸辺さん?」

魔物に襲われていたのは、彼の教え子である岸辺薫(きしべかおり)だった。小柄な彼女を抱き抱えて、望は問いかける。

「どうしてこんなところに……」
「ッ!先生、後ろ!」

振り返った望の目の前に、魔物の触手が鞭のように迫っていた。
しかしその触手が望に触れた瞬間、電撃を浴びたかのように痙攣し、そして望から離れた。

「まずい……!」

慌てて立ち上がり杖を構える望。お守りのネックレスのお陰で初撃は防げたが、それでも怪物が迫ってくるというのは恐ろしい。

先ほどと同じように防御魔法を唱えようとした望に、二撃目が襲いかかる。次に飛んできたのは触手ではなく、路地裏に転がっていたゴミ箱だった。

「うぐっ!?」

望のネックレスは直接触れられた時にしかその効果を発揮しない。飛んできたゴミ箱に頭をぶつけた望は、呪文を中断してしまった。
更にもう一度、別の触手が角材を持って襲いかかる。

「先生、逃げて!」

後ろにいた薫の言葉が、望の足を止めた。腕を顔の両側にあげ角材を防ぐ。触手が周りの物を使って次々と攻撃してくるが、望は薫の盾となってその場を動かなかった。
しかし、デスクワークが似合いそうな細い男の防御である。触手も慣れない武器を使っているせいか動きにキレがないが、それでも望はガラス瓶が飛んでくるたびに悲鳴をあげ、ゴミ箱で殴られるたびに二、三歩よろめいていた。
このままでは危ない。誰もがそう思った時だった。

「フレイムシュート!」

横合いから飛んできた火球が、肉塊に直撃し爆ぜた。望を襲っていた触手が驚いて引っ込み、本体を守るように地を蠢く。

「俺のダチによくもやってくれたな、バケモノ風情が!」

割って入ってきたのは船坂だった。傘も持たずに走ったせいでずぶ濡れになっているが、その手の炎は消えることなくむしろますます激しく燃え上がっている。
突然の乱入者に気分を害されたらしく、魔物は照準を船坂に変えてその触手を伸ばす。襲い掛かる触手に対し、船坂は下がることなく逆に前に踏み出した。
上下左右から体を捉えようとする触手を掻い潜り、飛び越え、時には拳で打ち払い、船坂は素早く魔物との間合いを詰める。

「宿すは破壊、今こそ解き放たれる時!」

高揚感のままに呪文を唱えると、船坂の炎が一際強く輝いた。その輝きと共に、臆することなく魔物に飛びかかる。
その手が魔物の本体を掴んだ瞬間、船坂は叫んだ。

「吹き飛べ!フレイムバーストォ!」

最後の呪文と共に、腕に溜めこんだ魔力を炸裂させる。至近距離で放たれた爆炎の威力は、最初に放った火球の比ではない。魔物の巨体に痛烈な打撃を与えるに留まらず、その巨体をまるで紙切れのように吹き飛ばした。
爆風を受けた魔物は地面を二転三転しながらどんどん望たちのいるところから離れていき、通りまで吹っ飛ばされたところでようやく動きを止めた。
体から生えた触手ともども、ぴくりとも動く気配はない。死んだか、それとも気絶しているだけか、とにかくこれ以上望たちに危害を加えられることはなくなった。

「た、助かりました……」

ようやく安全になったと悟った望が、思わずその場にへたり込む。

「大丈夫か、羽止?」
「ええ。お陰さまで助かりました。ありがとうございます」

望の体にはいくつか痣ができていたが、酷い怪我は負っていないようだった。彼が身を呈して庇った薫も、それは同じである。船坂に至ってはかすり傷一つ無い。

「さて、とんだ騒動になっちまったが……俺は応援が来るまでここでアイツを見張ってる。羽止、お前はその子を家まで送ってやれ」
「わかりました。立てますか、岸火さん?」
「え、ええ……」

望に手を取られて、薫がよろよろと立ち上がる。望が彼女に寄り添うと、二人はゆっくりと雨の街を歩いていった。

☆☆☆

薫の家は学校の寮ではなく、少し離れたところにあるアパートの一室だった。そこまで彼女を送っていった望は、なんで寮住まいじゃないのか不思議に思ったが、余計な詮索はしないことにした。

「それじゃ、僕はこれで……」

無事に薫を送れたことにほっとしつつ望が帰ろうとすると、その手を薫に掴まれた。

「先生、あの……」

少しためらった後に、薫は言った。

「上がってください。少し、お話したいことがあるんです」

そう言われて望は少しためらった。教え子の、それも一人暮らしの女の子の部屋に上がり込んでいいのだろうか。
しかし、薫の縋るような視線を受けてその考えは変わった。生徒に助けを求められては、教師として逃げ出すわけにはいかない。

「それじゃ、お邪魔します」

軽く頭を下げると、望は薫の部屋に入った。中はごくごく普通の中学生の女の子の部屋だった。強いていえば、本棚が少し多いような気がするぐらいか。

「……紅茶でも飲みますか?」
「ええと、はい」

二人の会話はどこかぎこちない。先程の魔物のこともあったし、そもそも二人はあまり話したことがない。こうなるのも当然である。
どうしようかと考えていると薫が紅茶を持ってきた。ひとまずそれに口を付けると、懐かしいイギリスの、しかし安っぽい紅茶の味がした。
「ティーバックの紅茶ですか?」
「ええ」
「紅茶は葉っぱで淹れたほうがいいですよ。味が全然違いますし」

ちょっと前までイギリスに住んでいた望である。血統上は日本人でも、あの国で暮らせば紅茶にうるさくなるのは仕方のないことだった。

「……いえ、そういう話をしたいんじゃありません」

それが逆にいい効果を生んだのか、薫は話をする気になったようだ。

「先生、あの魔物……誰が呼び出したか検討はついてますか?」
「いえ。何しろ今日言われたばかりですし」

それを聞いて薫は少し黙ったが、まっすぐ望の目を見つめると宣言した。

「あれを呼んだの、私です」
「……え?」
「私です。私が、あの魔物を、召喚しました」

消え入りそうな声で、途切れ途切れに話す薫。望は最初、そのとんでもない言葉を理解できなかった。

「……いやいや、冗談はやめて下さいよ」

そしてその言葉を二、三度反芻した後、望の頭はそれを嘘だと判断した。まあそれも当然である。いくらサキュバスと言えど、方法すら一般には知られていない召喚術を、中学生が成功させたなどとは考えられない。
だが、薫はいたって真面目だったし、嘘もついていなかった。

「先生、すみません。ちょっと立ってもらっていいですか?」
「え、いいですけど」
「あ、そっちの、台所の方にいて下さい」

言われた通りに台所の方に行くと、薫は今まで二人が座っていたカーペットをひっくり返した。
そこに現れたのは、フローリングの床の上に書かれた巨大な魔法陣と、その魔法陣を補助するための膨大な呪文だった。

「解説は要りますか?」
「いえ、十分です……」

一目見ただけで、この魔法陣は十分に目的を果たすということが望には理解できた。だが、まだ分からないことはたくさんある。

「でも、どうしてこんなものを?」
「それは……その……」

望が一番聞きたいことに、薫は言い澱んだ。しばらく口をもごもごさせていたが、望の顔を見上げると語り始めた。

「初めはただ、ちょっと仕返しをしたかっただけなんです」

そもそもの原因は去年、つまり彼女が一年生だったころにさかのぼる。生来の人見知りの激しかった薫は、中々周りに馴染めなかった。
そこに目を付けたのが、同じクラスの白戸と野々原だった。教室で誰とも関わりを持たず本を読んでいる彼女は、二人にとっていじりがいのある対象に見えたのだろう。
それからの彼女の生活は、二人の執拗ないじめに耐え忍ぶ毎日だった。幸い、途中で他の友人ができたためにそのいじめは終わったが、それでも彼女の中には二人に一度でいいから仕返ししたいという気持ちが残っていた。

「そうしたらこの前、図書館の特別書庫で召喚術の本を見つけてしまったんです」

いくら一般には立ち入れない書庫だからって、そんな危ない書物を学校なんかに保管しないでほしい。図書館のあまりの節操の無さに、望は頭が痛くなった。

「で、本を見つけて実践してしまった訳ですか……」
「はい。前から興味もありましたし」
「えっ」

言われて本棚を見てみると、そこに並んでいるのはほとんど全てがオカルトじみた書物で埋め尽くされていた。気づいてみると、何とも不気味な本棚である。

「本を何冊か調べて魔法陣を描いてみたら、魔物が呼び出せたんです。それで調子に乗って、白戸と野々原にけしかけちゃったんです」

呼び出した魔物は何なのか分からない上に、醜悪極まりない怪物であったが、彼女の復讐心を満たすにはむしろそれが良かったのだろう。

「でも……」

そこまで語った薫の表情が、急に暗くなった。

「あの魔物は、それだけじゃ帰ってくれなかったんです」

望はもう一度魔法陣を見た。陣に書かれた呪文は古代の言語だろうか。この呪文のどれかが、魔物との契約を示す一文になっていたのかもしれない。
彼女は知らない間にあの魔物と何らかの契約を結んでしまい、それで魔物はこちら側の世界に居残り続けたようだ。

「今日も外で誰かを襲おうとして、どうしたらいいか分からないけどとにかく追いかけて、そうしたら、あの魔物が、私を……」

薫の口が重くなった。見ると、微かに腕が震えている。あんな醜悪な怪物に襲われそうになったということは、思い出すだけでも辛いに違いない。

そんな彼女の体を、望はそっと抱き締めた。

「もう、大丈夫ですから。安心してください」
「……えぐ、ッ、せんせぇ……」

薫は泣いた。ただただ、感情のままに泣き続けた。この部屋でそうしたことは数え切れないほどあったが、こうして人の温もりを感じながら涙を流すのは初めてだった。
望の胸に顔をうずめて泣けば泣くほど、なぜか知らないが不思議な安心感が湧いてくる。今まで一人で泣いてた時は、こんな気持ちにはならなかったのに。
そっと彼女を抱きしめながら、望はあやすように彼女の頭を撫でていた。
しばらく涙を流れるままにしていた薫だったが、ひとしきり泣いて気持ちがおさまると、望の胸に顔をうずめたまま彼に聞いた。

「……先生?」
「はい?」
「抱いて、くれませんか?」
「……え?」

唐突な申し出に、髪を撫でる手が止まった。

「すみません……もう、我慢できないんです」

止まった手の乗った頭が、胸に押しつけられる額が、彼女の体そのものが熱い。その熱に戸惑う望をよそに、薫は望のYシャツのボタンを外し始めた。

「あ、あの、岸火さん?」
「さっき、魔物に襲われた時に何か飲まされて……それからずっと体が熱いんです」

それなら一人で、と言おうとした望の口が塞がれた。キスされたと気づいたのは、視界一杯に広がった薫の顔がゆっくり離れていった時だった。

「だめです。今は一人じゃなくて……先生とじゃないと、嫌なんです」

俯きながら頬を朱に染める薫。しかし、望の腕を握りしめるその手は細かく震えている。他人の温もりに初めて癒された彼女は、今まで以上に孤独になることに怯えていた。
それを察した望は、自分から薫を抱き締めると、ゆっくりと彼女と唇を重ねた。

★★★

華奢な望の体だが、それでも小柄な薫とは身長に差がある。雛のように首を伸ばす薫に、望は上からキスの雨を降らせた。

「ちゅ……ん、くちゅ……」
「ん、や……はふ……」

キスをしながら胸元のボタンを外し、その中に手を滑り込ませると、キスの合間から甘い吐息が漏れた。ほとんど無いような薫の胸だが、それでも感度は良好なようだ。
気を良くして、更に覆い被さるように舌を口中に捻じ込む。胸を口中の両方を責められて薫は満足に反撃することもできず、柔らかい舌はただただ望に弄ばれるだけだった。
一通り口の中を味わいつくした後、望は顔を離した。薫の舌が名残惜しそうに伸ばされ、離れる瞬間まで望の舌に触れていた。

「はぁっ……せんせぇ、凄い……」

そんな彼女の甘い声に返事はせず、望は丁寧に制服のボタンを外すと、露わになった彼女の胸に吸いついた。

「ひゃうっ!?ああっ、そんな、ふあぁっ!」

凹凸の少ない胸だが、快感を得る機能はしっかりと有しているようだ。舌を這わせれば彼女の体がびくびくと震えたし、小さな蕾に吸いつくと、ひときわ大きな声が上がった。
いつも搾り取られてばかりの望にしては珍しく自分から攻めている。あるいは、大人しい薫を見て火が付いてしまったのだろうか。
とにかく望は彼女を床に押し倒すと、下着の上から秘所に指を這わせた。くちゅり、といやらしい水音が微かに聞こえる。十分感じているようだ。

「はううっ、先生、そん、なっ!」

そのまま手を止めずに、薫の胸を堪能しながら秘所を指で擦る。たまに乳首に歯を立てると、面白いように薫の体が跳ねてくれた。
しばらくそうして薫を貪っていた望だったが、やがて満足したのか一度体を離した。
床に仰向けに寝転がった薫の制服はすっかり乱れ、前は肌蹴られてその白い胸から腹を露わにしている。スカートはそのままであったが、その下の下着は既に下着としての機能を果たせなくなっていた。
扇情的で背徳的な姿に生唾を飲み込んだ望は、いよいよ彼女のスカートを脱がそうとするが、その手を薫に止められて驚いた。まさか、誘っておいてここで止められるとは思っていなかった。
薫は熱っぽい目で望を見つめて、言った。

「あの……続きは、ベッドでお願いします」

冷静になってみると、あの醜悪な魔物が出てきた魔法陣の書かれた床の上だ。何が起こるか分からないし、ムードも何もあったものではない。
薫の申し出に黙って頷くと、望は彼女の背中と膝の下に腕を通して抱え上げた。いわゆる、お姫様だっこの形になる。そして運ばれる間、薫は顔を真っ赤にしながら、手を前に組んで大人しくしていた。

そんな彼女をベッドの上に優しく乗せると、望はもう一度彼女のスカートと下着を脱がせにかかる。今度は薫も大人しく自分の衣服が取り去られるのを見ていた。
そして望は薫の上に覆いかぶさると、自分もズボンのジッパーを降ろして、既に屹立していた肉棒を薫の秘所にあてがった。

「……いいですか?」
「はい……お願いします」

その一言で望は腰を前に進めた。先端が柔肉を掻き分け、カリ首が秘所の中に埋まり、肉棒が徐々に薫の中に入っていく。

「ん、く……っ、せま……」
「は、んあぁ……おっきいよう……」

小さな薫の秘所はその大きさに見合った狭さで、望の肉棒も全ては収まらなかった。それでもサキュバスとしての彼女の膣内は本物で、きゅうきゅうと締めつけてくる柔肉は望の我慢を削り取っていく。

「ごめんなさい、もう……っ!」
「え?あ、きゃあっ!ひゃ、あうん!」

薫が少し落ち着くまで待とうと思っていた望だったが、本能は抑えきれなかった。狭い膣内を壊さないように頭の片隅に留めながらも、最大限の快感を得ようと腰を振り始める。

「そんな、はげしっ、奥っ、ああっ!」

一突きする度に子宮口を刺激され、薫はあられもない声を上げる。髪を振り乱し、目の端から涙を流しながら、それでも快楽に蕩けた喘ぎ声をあげ続ける。
そんな彼女が急に愛おしくなった望は、その涙を舌で掬い取ってやった。嬌声が止まるほど驚いた薫はしばらく呆然とし、そして今までにないぐらい真っ赤になった。
彼女の半開きになった唇に、望はもう一度キスをしてやる。何か言おうとしていた薫だったが、言葉は結局飲み込まれた。

「んっ、むぐっ、はっ、んぐーっ!」
「は、ふ、んあっ」

舌を絡め合い、お互いの体を抱き締め、そして腰では繋がっている。お互いに一つになろうとするような甘い交合だが、そろそろ終わりが近づいていた。

「薫さん、そろそろ……っ!」
「あ……ひっ、はっ、ふあぁっ!」

唇を放すと、薫の腰を掴み気遣いも何も無く荒々しく腰を打ちつけた。膣内で脈打つ肉棒に、薫もまた自分の絶頂が近いことを悟っていた。
「来てっ、せんせぇ……中にぃっ!」

そして望は、ほとんど無意識のうちに精液を放っていた。腰がガクガクと震え、薫の一番深いところに熱い精液が流し込まれる。

「―――ッ!」

放たれた暴力的な熱を受けて、薫もまた達していた。お互いに目の前が真っ白になり、もはや何だかわからない快楽にただただ身を任せる。
先に余韻から抜け出したのは、望の方だった。ぐらりと体が傾いたかと思うと、薫の横にうつ伏せに倒れた。

「先生?」

少し心配になった薫が声をかけるが、望は既に安らかな吐息をたてて眠っていた。生徒が襲われたという事件に神経をすり減らし、魔物と戦い、限界が来ていたのだろう。
とりあえず薫は布団を肩まで掛けてあげると、少し考えてから自分も望の隣に潜り込んだ。腕をぎゅっと握って肩口に顔を埋めると、少し汗の混じったいい匂いがした。

「ふふっ、先生―――」

眠る前に彼女が最後に囁いた一言は、彼女以外の誰にも聞こえなかった。

☆☆☆

数日後、職員室にて。

「はぁ……」

望は自分で淹れた紅茶を飲みながらため息をついていた。その溜息の色合いは、美味しい紅茶が淹れられたことに対するそれではない。

「どうしたのぉ、望ちゃん?」

それは、隣に座っていたA組担任のティス・ハーヴィにも分かった。ちなみに、船坂はここにはいない。彼は彼で今ごろ生徒の誰かに吸われているのだろう。

「いえ、ちょっと悩み事がありましてね」
「へえ、お姉さんでよければ相談に乗るけどぉ?」

望の頬をぷにぷにとつつきながらティスが言うと、望は少し考えてから切りだした。

「……もし生徒が悪いことをしたら、僕は庇うべきなんですか?それとも叱るべきなんですか?」
「それは勿論叱らないといけないんじゃないのぉ?」
「でも、彼女はもう十分反省してるとしたら、どうします?」

悪戯をしていたティスの指が止まり、代わりに彼女の真っ赤な唇に止まった。

「そうねぇ……その時次第、じゃないかしら?」
「いや、それ答えになってませんよ」
「当たり前じゃない。望ちゃんが一番分かってるのに、私なんかが答えられるわけないわよ」
「あ、いや、あくまでも例え話で……」

慌てて取り繕おうとする望の口が、ティスの指で縦に塞がれる。

「いいのいいの。女の勘っていうのは、こういう時も働くものよ?」

優しく微笑みかけると、ティスは言葉を続けた。

「きっとその子は、貴方のことを信じて話したんだから。しっかり悩んで、それからその子のためを思って動きなさい。

まあ、望ちゃんならきっといい答えが見つかるわよ。私が保証するから安心しなさいな」
そこまで言うと、悪戯っぽくティスの指が望の額を押した。後ろに押されて戻ってきた勢いで、望が一度頷くような格好になった。

「……ありがとうございます」
「あら、お礼はベッドの上でして欲しいわねぇ」
「はい……ええっ!?」
「ふふ、冗談よ」

最後まで望をからかっていたティスは、ハンドバックを手に取ると立ち上がって職員室を出ていった。残された望は、呆然とその後ろ姿を見つめるしかなかったのだった。






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