シチュエーション
クリスマスに一人で夜の街を歩いていたら、サキュバスに声をかけられた。 恋人が親友に寝取られたばかりだった青年は、やけっぱちの投げやりでサキュバスの誘いに乗り、彼女に精気を全て与える。 しかし青年を惜しんだサキュバスによって青年は生かされ、代わりに毎日朝と夜にサキュバスに精気を与えなさい!と言われ、一緒に暮らすようになる もう、朝に目を覚ますことなどないと思っていた。 雪の降る聖夜に恋人の浮気を知った僕は、飢えた夢魔に自分の精気の全てを与え、朦朧とする意識ばかりの中で倒れたはずなのだから。 なのに、何故? 「あら、おはよう。朝一の特濃ミルクを飲ませてもらったわよ?」 「――君は」 「辛いことがあって、死にたくなるのは解るけどね。私をダシにしないで?」 微笑みのまま、その瞳だけが僕を射抜くように見つめてくる。 ――誰よりも愛した女性を、誰よりも信頼していた奴に奪われた絶望を知りもしないで、何を言っているのだ?―― 「ほらね、その憂鬱そうな目付き。自分は不幸です、大切な人二人を失いました、って?馬鹿馬鹿しい、裏切るような連中と縁を切れて良かったぐらいじゃない?」 「お前に、何が解る!」 「何も分からないわ。ただ、私は貴方の味を覚えた夢魔。貴方以外の精気で餓えを充たせなくなった、夢魔なの。貴方が死ぬと、私も消滅する。言わば一心同体、一蓮托生の間柄になったの」 僕の腕の中に、華奢で柔らかな身体が滑り込む。 ふわふわで、柔らかで、甘い香りに包まれる感覚が、たまらなく気持ち良い。 「最低な彼女の変わりに、淫乱で純情な夢魔は、恋人に如何?」 僕が口を開くことはなかった。 代わりに、眼前の美女の唇と僕の唇が重ねられただけだった。 シャク、シャクと音を立てて、雪を踏み締める。 イヴに降った雪は、聖夜の街を白銀に染め上げ、人々の心を癒していた。 しかし、だ。 いくら聖夜だろうと仕事はあるのが社会人である。 雪合戦をしたり、雪だるまを作る子供たちを何度も見かけながら、出勤したのが今朝のこと。 仕事を終えた今は、家への帰路を早歩きで進んでいるのだ。 手にはケーキがワンホールと、ちょっとした料理。 一人暮らしの男などこんなものでいい。 後はちょっとした刺激さえあれば、それが肴になるんだから。 「あら、おかえりなさい」 「・・・・・・・」 前言撤回。 刺激は既に家にあった。 「どうしたの?私のネグリジェ姿に欲情したの?」 「寒くないのか、お前?」 「寒いわよ。だから貴方の上着を着てたんだもの」 「お前バカだろ」 ネグリジェ姿の愛らしい夢魔の髪をくしゃくしゃっと撫でると、彼女はくすぐったそうに微笑む。 彼女を親友に寝取られたような、情けない男に取りついた変わり者の彼女は、しかし悔しいことに、俺の心を一晩と朝だけで奪い、満たしてくれた。 「さってと、着替えて飯だな飯」 「じゃ、私も食事ね?」 「わーってるよ」 さっきからズボンの股間のところを凝視している娘に、俺は小さくキスをする。 これからしばらく、彼女に精気を与えないといけないことが、たまらなく楽しみになっていた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |