シチュエーション
![]() それは、街まで遊びに行こうと乗った電車でのこと。 乗り降りの混雑の中で、思わずぐいっと女の人を押してしまってから…。 「す、すいません…」 とっさに口に出した俺の謝罪の言葉。 それが聞こえたのだろう。 彼女は少し後ろを向くような素振りを見せた。 『!』 驚きの言葉を慌てて飲み込むほどに、きれいな女性だった。 おかっぱの黒髪に白いうなじ。 いまどきの娘にしては珍しく、あまり化粧っけもなくて。 襟から覗く白い布地に、ほつれた髪がさわさわと散っている。 そんな、きれいなな女性だった。 この混雑にもいやな顔もせずに立っている。 吊革ですら掴めない程の混雑の中、周りの乗客に支えられて、俺と彼女の二人は まるで貝がらかなにかのようにくっつきあわせられて。 それでも、彼女は静かであった。 気取った静かさではなく、たおやかでつつましく、そして清楚で。 それは、整った躾の賜物だったのであろう。 電車は快速で、この先、一度だけしかドアは開かない。 よってこの混雑は遠く遠く、街まで続くのだ。 だが、俺は幸せだった。 こんな娘に寄り添っていられるなら、満員電車も大歓迎というものだ。 …その位の気持ちで済めば良かったのだが。 むくり。 あっ…と思ったときは。 もう、元気になっていた。 無理もない。 後ろからぴったりと彼女の背中に貼りついているのだ。 俺の腰は彼女のお尻より少し上に押し付けられていて。 そして俺の太股が、彼女のプリーツスカートに包まれたお尻にみっちりと密着して しまっているのだ。 身長の高低差があるのでさすがに腰の位置は同じにならないが、それでも太股には 彼女の双丘の感覚があますところなく伝えられる。 今の今まで元気にならなかったのは、乗り降りの際のどたばたでつんのめったりして それどころではなかったからだ。 なまじゆとりが出来た故に。 体は正直だった。 ぼっと顔が赤くなったのは俺の方が先だったろう。 あっちの方に行くよりも頭の方に血が昇ったに違いない。 だが。 耳まで赤くしたのは彼女の方が先だった。 後ろから彼女のうなじに、まるで息がかかるかの位に密着しているのだ。 目の前に見て取れる、おかっぱの髪に隠された耳たぶ。 それが真っ赤になって。 見れば彼女も顔を真っ赤にしているところだった。 考えてみれば密着だ。 自分の後ろに、まるで押し倒さんかのようにのしかかっている男の体に何が起きて いるのかを、彼女はこともあろうにお尻のすぐ上の腰部で直に感じ取っているのだ。 それが何で、どのくらいの堅さで、どのくらいの大きさで。 ぎんと勃起したペニスの燃えたぎるような熱さも感じていたかもしれない。 そして、その意味を知っていて、顔を赤らめているのだ。 けれど。 そんなとても恥ずかしい事態になっているというのに。 彼女は、何もしなかったのである。 俺は、何も出来ない。 恥ずかしいから。 元気にしてしまったという負い目があるから。 何か言われたら、反論できないから。 そして。 彼女は、何もしなかった。 にらむ事も。 かわす事も。 迷惑だと言い出す事も。 彼女は、俺を嫌悪する事なく、立っていたのである。 果たして、俺は男だから本当の彼女の心は判らない。 でも、ちょっと考えた。 『…エッチしたいんじゃないかな…どさくさに紛れて、楽しんでみたいのかな…』 勝手な考えだろうが、掛け値なしにそう思った。 犯される訳じゃないし、もし本当に嫌になったらかわせば済むし。 悪人そうな顔の男でもないしと思ってくれているのかもしれない。 なんとなく。 彼女がこっそりと、エッチしたがってるように感じたのだ。 どきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどき。 鼓動が頭の中まで鳴り響く。 もし嫌がられたら。 もし声を揚げられたら。 もし痴漢で捕まってしまったら。 そんな考えが恐れとなって胸の中に渦巻く。 そしてその恐れにおびえながら。 狂いそうなくらいの欲望が体を包み込むのを感じた。 ああ。 ゆるりゆるりと手が動いていく。 指先が合わさって、手のひらが出来て。 それが、俺の股間と彼女の背中の間に。 …潜り込んだ。 『!』 びくっと背中をはじけさせる彼女。 びくっと背筋を跳び上がらせる俺。 一瞬が数時間にも感じて。 はさり。 彼女の髪が揺れた。 『え?』 当然、怒られると思った。 すぐに振り向かれて、たしなめられると思った。 そうしたら、素直にすいませんと言おうと、一瞬で決めた。 そのはず…だったのに。 おかっぱの髪は、振り向いたのではなく。 彼女がうつむいたから。 下を向いたから。 少し裾を広げて、彼女の頬を隠したのだった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |