火曜日の恋人
シチュエーション


矢島くんの硬いペニスを丁寧に舐める。
亀頭を唇で優しく包んで、舌先でちろちろと小さく舐めてゆく。
くびれた部分に舌先を這わせて、一周させるようにひとまわりなぞっていった。
しばらく先っぽを弄んでから棹を深く含む。のどまで達したところで、
口を窄めながらゆっくりと戻る。何回も、する。
わたしの唾液がいやらしい音をたてていた。

「……菜子」

ため息まじりのかすれた声で、矢島くんがわたしの名を呼ぶ。もう離せ、という意味。
口からは出してあげたけれど、まだやめる気はない。手で包みながら裏側を舐め上げ、
ゆるやかに上下に擦ってゆく。
亀頭にキス。

「菜子、もう」
「らめ」

だめ、と言ったつもりだった。舌を動かすのに忙しくて言葉が不明瞭になる。
黒々とした陰毛に包まれる根元を舐め擦りつつ、手の動きに緩急をつけていった。
ペニスがびくん、と動く。
もういちど棹を口に含んで、唇で強く吸って、擦る。
一分後、矢島くんは耐えきれずにわたしの口の中で果てた。
あんまり美味しくはないけど、息を止めて全部飲み込んだ……つもりが、
口の端から垂れてしまってシーツを汚した。今日は量、多いみたい。
息を整えた矢島くんが、

「……飲まなくていいのに」

って言った。
吐き出しに洗面所へ行くのも、失礼かなって思うんだもの。
矢島くんは、転がっていたポケットティッシュの袋を取って一枚取り出すと、
顎に垂れる白い雫を拭いてくれた。

「ありがと」
「上手になったな。いかされるとは思わなかった」
「ふふ」

はじめて、フェラだけで最後まで達してもらえたのが、なんだかすごく嬉しかった。

「今日はもう終わりでいいか」

そう言いながら、わたしの下半身を大きな手がまさぐる。
下着ごしに太い指で撫でられて、身体が震えた。

「濡らしてるな」
「あ……っ」

触られる瞬間は、いつも身体中がきゅん、ってなる。
とっても、切なくなる。
布地をずらして指が侵入してきた。抵抗なく飲み込まれるいやらしい中指。

「このまま入れても平気かな。溢れてるぞ」

本当、はしたないくらいに、蜜が溢れてる。
彼のを舐めてただけで、まだ触ってもらっていないのに。いつのまにか、こんなに……。
矢島くんの指が奥へ伸びてゆく。深く入って、くる。
目を閉じて、身体を横たえる。
脱がせやすいように腰を浮かせると、矢島くんがわたしの下着に手をかける。

「菜子。何本も糸、引いてる……、濡らしすぎだぞ」

羞恥心を煽る囁きと共にショーツを脱がされた。
下着だけつけて御奉仕していたから、のこりはブラだけ。
アンバランスな格好になってる、ってぼんやりと思う。
ゆっくりと脚を広げて、矢島くんが全部を見られるようにした。
彼とはなんどもエッチしてるけど、こんな格好はやっぱり恥ずかしい。
ぞくぞくする……。

「は……っ」

中指をゆっくりと出し入れされてため息がこぼれた。
彼の指が膣内を動くたびに、陰唇もゆるやかな刺激を受けて、たまらない気分になる。
もっと強く触ってほしくて、もどかしくて、腰をくねらせてしまう。
指が二本に増える。
膣内を擦る前後の動きに、円を描くような動きが加わった。
同時に親指が、いちばん敏感な尖りを擦る。愛液にまみれた無骨な指がしなやかに滑った。

「気持ちいいよぉ……」

すぐにでも、いっちゃいそうなくらいっ……。

「ちょっと待って、俺も」

え、と思う間もなく指が引き抜かれた。
閉じていた目を開けると、もうコンドームを装着し終えた矢島くんが、
わたしにのしかかってくるところだった。いつもながら早業すぎる。

「さっき出したばっかりなのに、矢島くん……っ、や……っ。あ、ん……!」

指なんか比べものにならない圧迫感と、ひきつるような甘い痛みに襲われた。
わたしの内部に腰を沈めた彼が、深い息を吐いた。

「やらしい菜子見てたら興奮してきた」

ばか、と言おうとした口をふさがれる。
わたしの舌に絡みついた彼の舌は、ゆっくり唇を通過して、頬と耳へ移り動く。
耳たぶに熱い吐息がかけられた。
繋がったまま、矢島くんはわたしの上半身を抱いて起こした。
体勢を整えてキスを続けながら胸をまさぐる。
ブラの下から入ってきた両手がふくらみに触れる。
矢島くんはわたしの下着を外さないで、そのまま上にずらした。
全部取っちゃうよりもエッチな感じ、だと思う。

乳房が弾み出て、彼は唇でそれを受け止めた。
ざりっ、とした舌の感触が、興奮して紅く色づくわたしの乳首にからみつき、
思わず甘い声を上げてしまう。小刻みに動く舌と、強く吸いつく唇が、
変になっちゃうくらいの快感を与えてくれる。
間髪入れずに矢島くんが腰を突き上げた。わたしは喘ぎながら彼にしがみついた。
胸への愛撫をやめない彼のかわりに、わたしが腰を使う。
彼の肌に、敏感な芽を擦りつける。
この体位、クリトリスが擦れてすごく気持ちいいよぉっ……。
子宮口まで届くほど深く沈んだら、すぐに引き返す。何度も何度も。……だめ、止まらない。
こんなの、まるで動物みたい。恥ずかしいのに、やめられない。恥ずかしさが快感をさらに煽る。
乳首への執拗な刺激も加わって、頭の芯がぼうっとしてきて、身体が熱くてたまらなくなった。

「いきそう……矢島くん、もう、わたし、だめっ……。悦すぎるよぉ……っ」

荒い呼吸のまま囁くと、彼は大きく腰を突き上げた。
びくんと全身が震えた。
ひときわ激しい快感の波が溢れる。
心地良い余韻を残しながら、徐々に、静かに波はひいてゆく。
力が抜けてしまって、矢島くんの身体にもたれかかった。
ぎゅっ、と抱きしめてくれたあと、再び身体を倒されて、激しく腰を打ちつけられる。
あ、矢島くんはまだいってないんだ、と思う。
確かに、さっき出したばかりだったものね……。
熱いペニスに何度も貫かれて、また息が乱れる。
受け続ける刺激のために、下半身がたまらなくじんじんする。
途切れることのないわたしの喘ぎ声。
止まらない、淫らな声。
あ、やだ……っ。
また頭がぼんやりしてきたよぉ……。

***

「タエコが矢島にお弁当を渡してる」

その噂はびっくりするほど速く、クラス中に広まっていた。
タエコはクラスの地味グループに属する女の子。
二年C組、女子のグループは大きく分けて四つになる。
全然目立たない地味グループ、テンションが無駄に高いマニア娘グループ、
すっごく普通の子たちが集まるご町内グループ。
あと、わたしの属する「お嬢様グループ」……。
この名称、ばかみたいだと思うけど。
単に家がわりと裕福、ってだけで、別に品のある女の子が集まっているわけでもない。
わたしだって「お嬢様」なんて柄じゃないもの。
とりたてて苦労もなく、気楽に人生を楽しんでいる女子高校生たちが属している、という感じかな。

「あのふたりって付き合ってるの?」

知里ちゃんが鼻息も荒く、わたしたちに言った。
いまはお昼休み、教室でお弁当広げてるところ。

「全然そんな風に見えないけど。しかし矢島を好きなのか、タエコって」

紙パックのいちご牛乳を啜りつつ浪江が言った。

「趣味悪いよねー」

知里ちゃんも賛同する。

矢島くんはクラスの女子から嫌われている。
言葉遣いや態度が乱暴だし、にやけたところがなくて女子にも優しくないし、
外見はごつくてスマートじゃないし、授業中は寝てるし、掃除はさぼるし。
男子にはけっこう人気があるようだけど。硬派な男って同性にもてるみたいね。
だから、女子の間では「矢島はホモである」というのが定説になっている。

「今日も渡してたよ、お弁当箱」

わたしの言葉にふたりが振り向く。

「ほとんど毎日ってことか」
「うん。わたしがはじめて目撃したの、先々週の水曜日でしょ。それからほぼ毎日見てるもん」

ハンディポットに入れてきた熱い紅茶を飲みながら、教室の中を見渡した。
タエコは地味グループと一緒にお弁当を囲んでる。
矢島くんの姿は見えない。いつも裏庭あたりに行ってひとりで食べてること、わたしは知っていた。
おにぎりしか持ってこられなくて恥ずかしいのかも、なんて思ってたけど。
タエコがおかずを提供してくれてるなら、堂々と教室で食べればいいじゃないのよ、ね。
そのほうがタエコだって喜ぶでしょ。
……いけない。むかむかしてきたわ。
もう一杯紅茶を注いで、カルシウム入りのお砂糖パックを開けて、甘くして飲んだ。

***

「タエコのお弁当って美味しい?」

火曜日、矢島くんに聞いてみた。

「うん。素朴な味付けで、かなり旨い。特に卵焼きと唐揚げが」

彼は両切りの煙草を、指が焼けそうなほど短くなるまで吸う。
薄い布団の上にあぐらをかいて、無防備な表情で幸せそうに煙を吸い込む。

「貧乏なんだから、煙草なんてやめればいいのに」

たゆたう煙を避けて、わたしはゆっくりと服を身に着ける。

「まあ、無駄遣いなんだけどな。でも、我慢だけの人生なんて辛いだろ」

くく、と口の端をゆがめて笑う。その表情も、言ってることも、すごく年寄り臭い。
本当に十七歳なのかしら。わたしと同い年とはとても思えないんだけど。
わたしは立ち上がって台所へ向かう。
彼のアパートにはひと部屋しかないから、数歩移動すればいいだけ。
小さな冷蔵庫を開けて、買っておいた缶コーヒーとグレープフルーツジュースを取り出した。
コーヒーを彼に投げる。

「サンキュ」

からっぽの冷蔵庫を少し眺めて、閉めた。
矢島君がプルトップを開ける。

「わたしだって……」

その音と同時に小さく呟いた言葉は、彼の耳には届かない。
まともな料理したことないから、タエコみたいにお弁当は無理だけど。
わたしだって、この冷蔵庫にいろいろ入れてあげたいんだよ。矢島くんのために。
可哀想なんだもん。

ごくごくと甘いコーヒーを飲む彼を見つめた。
だけど。缶コーヒーくらいならおごりで済むけど、食料品まで買ってあげるなんて、
却って失礼なことじゃないかな、って思う。
まあ、たとえ申し出たとしても、断られるに決まってるけど。
わたしのお金は矢島くんみたいに自分で稼いだものじゃないし。
毎月のお小遣いで彼のごはん代を出すというのも、なんだか、ね。
金額的には、全然無理じゃないんだけれど。
矢島くんはこのアパートにひとり暮らし。
家賃とか学費とか、わずかな貯金と毎日のバイトで稼いだお金で、全部賄っている。
お父さんは行方不明らしくて、お母さんも北海道だかの実家に帰っちゃってて、
わたしには想像もつかないくらいの苦労人なんだ。
とりあえず高校を出るまでこの街で暮らしてゆくために、
火曜日以外はフルにスケジュールを入れて、バイトを三つくらい掛け持ちしている。
授業中に寝てるのは、深夜まで続くバイトのせいだ。
今日は火曜日で、彼にとって大切な休息の日。
週に一回、わたしと過ごす時間のある日。
放課後、わたしは家に戻って着替えてから、ここに来る。
矢島くんのアパートにはお風呂がないのよ……。
制服を脱いでシャワーを浴びて、飲み物だけ買って、ここを訪れる。
飲み物は絶対にはずせない。エッチのあとでのどが乾いても水道水しかないんだもん。
当たり前だけど浄水器もついてないし、そんなの飲めないし。

「……タエコって矢島くんのこと好きなの?」

わたしも自分の缶を開ける。
グレープフルーツの果肉がたっぷり入ってて、すごく美味しい。このジュース、好き。

「知らね。好きなのかもな」

やっと煙草の火が消えたから部屋に戻る。煙草の煙、嫌い。
窓を薄く開けた。

「毎日、つくってくれるんでしょ。すごいね」
「自分とこのついでだから、とか言ってたぞ。
 弁当箱も洗わなくていいって言うから、なんだか悪い気がしてさ。
 めんどいから、そのまま返してるけど」

コーヒーを飲み干した矢島くんは、わたしを真顔で見た。

「菜子、妬いてんの」

飲みかけていたジュースのつぶつぶが、のどに詰まりそうになった。

「……変なこと言わないでよ」

わたしも真顔で答える。

「わたし矢島くんの彼女じゃないし、恋愛感情だってないんだから……、
 タエコと付き合いたかったら、好きにしていいんだからね?」

そう、別に矢島くんのこと好きなわけじゃない。
週にいちどの密会。
こういう関係を続けて一年以上になるけど、純粋に、身体の関係しかないんだもの。

「教室でもお互いに無視してるから大丈夫、だれも気付いてないよ。
 ひとことも喋ったことないし……目を合わせたこともないんじゃない?」
「おまえがそうしろって言うからだろ」
「おまえ……」
「あ、ごめん。菜子」

そう。菜子、って呼ぶのも別に親しいからじゃない。
恋人でもないのに「おまえ」なんて呼ばれるのやだし、
わたしの名字が「宇多小路」なんて長いものだから、名前の方が呼びやすいだけで。
矢島くんだってわたしに「好き」なんて言ったことないし……。
お互いに割り切った関係なのだと思う。同級生、兼、愛人ってとこなのかな?
矢島くんだって、そう思ってるよね?
……なんだか変な気分になってしまった。よく判らないけど、あんまりいい気分じゃないことは確か。

「暗くなっちゃった。もう、帰るね」

飲みかけのジュースを置いて、部屋を出る。矢島くんは座ったまま手を振った。
また来週。
当然、家まで送ってもらったこともなかった。それで全然問題ない。
付き合ってるなんて噂が流れたら、困るから。

***

前に付き合ってた男は、顔が良くて背が高くて女の子に人気があって、
おまけに親がお金持ちだった──わたしの家よりも。
クラスは違うけど同級生だから、いまでもたまに、校内ですれ違う。
そのたびに違う女の子といちゃいちゃしてる、軟派な男。
わたしは見た目で彼を選んで、多分彼も見た目でわたしを選んで、
何ヵ月か付き合った。彼の浮気が原因ですぐに別れちゃったけど。
はじめてのエッチはそのひとと。あんまり気持ち良くなかった。
わたしも慣れてなかったし、彼も下手だったのかも、と思う。
矢島くんと知り合ったのは、前の彼と別れてからすぐ。
家の近くの道路で工事をしていて、毎日うるさいなぁって思っていたのよ。
暑い日に横道を通り過ぎたら、なんだか見覚えのあるような大柄の男の子が
ヘルメットをかぶって、汗まみれで忙しそうに働いていて。
次の日も、その次の日も見かけて。
誰だったかなあって、ずーっとずーっと考えちゃった。
失礼ながら、ルックスがかなりオヤジっぽかったものだから、
同級生だと気付くまで時間がかかった。
あ、となりのクラスの男の子だ、って判ったその日、わたしの家には誰も居なかった。
夕方、彼の仕事が終わったのを見計らって声をかけて、家でお茶を飲んだ。
どうしてそんな気分になったのかよく判らない。
わたしたちは初対面も同然だった。
でも、そのあと自然に、こうなることは決まってたみたいに、矢島くんはわたしを抱いた。

肉体労働のあとで疲れてるはずなのに、彼はすごく逞しかった。わたしも、信じられないくらいに乱れた。
……あの夜のことを思い出すと、いまでも恥ずかしいほど。
わたし、どうして彼を家に上げたりしたんだろう。
ただの暇つぶしだったような気もするし、ひょっとしたら粗野な男に犯されたい、
なんて願望があったのかもしれない。
知らない男にめちゃくちゃにされたかったのかもしれない。
理由なんて、もう覚えていないけど。
新学期がはじまってから、彼に関するいろんな噂を聞いた。
お父さんが失踪したとか、バイトを認められた校内唯一の生徒だとか。
女子にはすこぶる評判の悪いことも。
学校では声をかけないでね、って頼んだ。前の彼と別れて一ヵ月も経ってなかったし、
矢島くんは学校で浮いた存在だったから、噂好きの周囲に好きなことを言われたくなくて。
前の彼は格好良かったし、その彼と矢島くんを較べられるのが厭で、
つまらない見栄を張りたかった気持ちもあったと思う。
とにかく、わたしたちの関係は絶対に秘密だった。
火曜日の放課後にしか逢えないこともあって、その秘密はずっと守られてきた。
進級して同じクラスになったときには驚いたけど、スリルを感じてどきどきした。
毎週、あんなに何回もいやらしいことしてる相手と、教室で一緒に授業を受けてるなんて。
友達との会話に出てくる矢島くんの話題も──もっぱら悪口だけれど──
適当に話を合わせて聞いて、胸の中でちょっと腹をたてたり、笑ったりして、可笑しかった。
タエコが矢島くんにアプローチしはじめたときも、
わたしは優越感を抱きながら余裕で様子を見ていた。

ごめんね、タエコ。
矢島くんはわたしと毎週エッチなことしてるんだよ。
わたしが矢島くんのペニスを舐めていることは、誰も知らないの。

「ぁあ……っ……」

後ろから犯されて、突かれながら肌のあちこちを愛撫されて、気が遠くなりかける。

「矢島く……っ、わたしもう……いっちゃう……っ!」

彼の動きが激しさを増す。腰ががくがく揺れる。あ、あ、もう……、

「…………!」

痺れるような感覚。声にならない絶頂を迎える。
同時に、矢島くんの硬いものがわたしの膣内で脈打つ。
しばらくしてゴムに包まれたペニスが、ずるりと引き抜かれた。
使用済みのそれを始末する、彼の姿。
もやのかかったみたいな頭でぼんやりと見つめた。
快感の余韻を味わいながら、わたしは頭の片隅でタエコのことを考えていた。
達したあとはしばらく放心状態になるから、わたしにぼうっと見つめられても、
彼はなにも言わない。いつもの煙草を取り出して火をつける。
煙を吸い込んで、窓をちょっとだけ開ける。

ああ……下半身、べとべとする。

彼がこっちを見て、ポケットティッシュを放って寄越した。だらしなく寝たまま受け取る。
ティッシュには「おこづかいの欲しい女の子、大募集!」と書かれている。
女の子が貰うやつじゃないの、これ。道で配ってるのを、無理矢理奪ったのかなぁ。

「ティッシュって買うと高いんだっけ……」
「それ、俺が配ってるやつだからいくらでもあるぞ」
「あ、そうなんだ」

そんな仕事もしてたのか。
これまで、道で宣伝のティッシュを差し出されても無視しちゃってた。
明日からは受け取ってあげようかな、なんて思った。
これは遠慮なく使うことにして、濡れた部分をごそごそと拭いてから、あらためて声をかけた。
なるべく、無関心っぽい声に聞こえますように。
嫉妬してるなんて、思われませんように。

「ねぇ。最近、タエコと仲いいよね」

先週、休み時間に廊下で喋ってた。三回も、見ちゃった。

「矢島くんが女の子とふたりきりのところなんて、はじめて見ちゃったよ……」

ふざけてるように、精一杯軽く言ってみた。
けど、矢島くんはなにも答えない。黙って煙草を吸っている。
だから、わたしも黙るしかなかった。
毛布を引き寄せて裸の身体を包む。暖かい。
矢島くんの使っている毛布には、汗と煙草の匂いが染み付いている。
男のひとの匂いだ。そして、わたしたちのセックスの匂い。

……タエコにとられちゃうのかな。

わたしたち、本当に、身体だけの関係だから。
矢島くんがタエコを好きになったら、わたしはもう必要なくなっちゃう。
そう考えたら、哀しくなってしまった。さっきまでひとつになっていた彼なのに、
本当は遠いところに居るんだなぁって急に実感して。なんだか涙がでそう。
さみしい。
どうすればいいんだろう。

次の火曜日は矢島くんの部屋へ行かなかった。

その次の火曜日も。

***

金曜日の放課後。
はじめて彼が、校内で声を掛けてきた。ついて来い、って目で合図された。
彼の後をついて、いつも空いている図書室へ向かった。
教室の中には二、三人の人影しかないし、同学年の子も居ないから、大丈夫みたい。
椅子一個分の距離を空けて、隣に座った。
低い声で彼が囁く。

「調子悪いのか?」

まともに顔が見られない。

「……ごめんなさい」
「連絡もないから、妊娠でもしたのかと思った。心配させんな」

校内ですごいことを言うひとだ。

「心配、したんだ」
「当たり前だろ、おまえが来ないと一週間の調子が狂う。生理のときだってキツイんだからな……」

菜子、なんて呼ぶのを聞かれでもしたら大変だから、今回の「おまえ」には目をつぶる。
矢島くんはまだ、わたしのこと必要としてる。
思わずため息が洩れた。

──わたしも、多分彼を必要としている。
ここ二週間、教室でも家でも、おかしいくらいにあなたのことばかり考えてた。
火曜日の放課後なんて、行かないと決めたのは自分のくせに全然落ち着かなくて、
部屋でひとりいらいらして、なにやってるのか自分でも判らなくて、神経がすり減った。
もちろん身体だって寂しかった。
だけど意地でも行きたくなかった。
わたしが行かなくても、あなたは大丈夫なんでしょ、って、試すような気持ちだった。

矢島くんがどんな反応を見せるか、毎日どきどきしながら待っていた。
それはもう、待ちくたびれて疲れるほどに。
そして今日。
やっと彼の言葉を聞いて、安堵と達成感と優越感がごちゃまぜになった複雑な気分を味わってる。
矢島くんは、まだわたしのこと欲しいって思ってくれてるんだ。

……良かった。

「来週は来いよ」

彼はそれだけ言うと立ち上がった。
そういえば、いつもならバイトのために一目散で帰るのに、
今日はわたしと話すために都合つけてくれたのかなぁ。それってちょっと嬉しいかも。
彼が図書室から出ていっても、わたしはしばらくそこでぼんやりしていた。
まだ胸がどきどきしてる。
こんなことが嬉しいなんて思うわたしのことを不思議に思う自分も、心の中に居た。
だって、これじゃまるでわたし、矢島くんのこと好きみたいじゃない。

……あれ?
好きなの?
思い当たった考えに自分で驚いた。
す、好きなのかな? まさか。わたしが、矢島くんを?
えっ。ええっ?
──ばかみたいだ、まったく。

***

月曜の昼休み。
我がお嬢様グループ内にて。また、矢島くんの悪口大会がはじまった。
今日の議題は、マナちゃんへの態度について。
隣の席で授業中にお喋りしていたら小突かれた、とかなんとか。
何人かに分かれて付き合ってるぶんにはみんないい子たちなのに、
このグループ全員(わたしも含めて六人)が集まると、矢島くんのことに限らず、
噂や悪口が多くなっちゃうんだよね。どうしてだろう。
悪口言ってるときって、無条件で自分が優位に立てるものね。だからなのかな。
くだらないなぁと思いつつ、いつも適当に話を合わせてる。結局わたしも同類だ。

「ひどくない? 矢島になんの権利があって、あたしのお喋り止められるワケ?」

うんうん、ってみんな頷いて。

「だいたい、授業中いつも寝てるじゃないのよねー」

知里ちゃんも言う。
いや、寝てるのって完全に捨ててる古文や科学とかの授業中だけなんだよね。
あれでいて大学進学目指してるもん、矢島くん。
マナちゃんが小突かれたっていうのは、矢島くんにとって大切な授業だったからじゃないかな。
マナちゃん声高いから、きっとすごくうるさかったんだろうなー……。

「顔も怖いしさー、やだよホント。近付いただけで妊娠しそう」

おいおい。それはないって。
いつのまにか話題が逸れて、小突いたこととは別の次元の話になってゆく。
単なる言いがかりにすぎないようなこと、ばっかり。
タエコのことをばかにするような発言まで出てきた。
あんな男のどこに惚れたのかしらねぇ、なんて。

……気分悪くなってきた。

トイレへ行くふりでもして席をはずそうかな、と思ったとき、
妙な沈黙が流れていることに気付いた。
ふと振り返ると、緊張した面持ちのタエコがそこに立っていた。
みんなの視線を受けたタエコは、同じく緊張したわたしの顔を見て、
ちょっとだけ微笑む。そして。

「菜子ちゃん、いいかな?」

と、ひとこと。わたしだけを、屋上へ誘った。

屋上にはだれも居なかった。
金網から校庭を見下ろして、ふたりは微妙な距離を取って並ぶ。

「けっこうひどいこと、言ってたでしょ。聞いちゃった?」

わたしの言葉にタエコは苦笑した。

「うーん、悪いかなとは思ったんだけど、ほとんど全部聞こえちゃった。
 マナちゃんが矢島くんに怒られてるところも見てたしね」
「あれって……マナちゃんが悪いんだよね」

ごめん、裏切っちゃう。矢島くんをひいきしなくたって、
どっちが悪いのかはあきらかなんだもん。

「ふふふ」

タエコはやわらかく笑う。地味ながらも可愛い子なんだなって、はじめて気付いた。
手足とか白くて、細くて、とても女の子っぽいんだわ。

「菜子ちゃん、わたし、趣味悪いと思う?」

ぎくんとしてタエコを見ると、その顔はこちらに向けられていない。
すこしうつむいて、哀し気に微笑んでいる。
そんな顔されたら、わたしまで切なくなるよ。

「全然そんなことないと思う。ごめんね、さっき言ってたこと本当に気にしないで。
 軽い気持ちできついこと言っちゃうんだよね、わたしたちって……」
「菜子ちゃんは、矢島くんの悪口言ってなかったよ」

そんなことを指摘されても、なんて答えたらいいの。
冷や汗なんてかいたことないけど、そういったものが出るとしたら、こんな状況なのだろうか。
き、気まずい。

「……矢島くん、いいひとだよね」

タエコが言った。わたしは曖昧にうなずく。

「あ、……うん」
「バイト、三つも掛け持ちしてるんだって。すごいよね」
「すごいね」

知ってる。なのに学校休んだこと、ないんだよ。
水曜日、わたしは身体がだるくてサボっちゃったこともあるけど、
同じコトしてた矢島くんはちゃんと登校したって言ってたし。
毎日遅くまで働いてるし、勉強も必要な科目は選んでちゃんとしてるし、
煙草は吸うけど一応健康管理だってできてるし。
本当に、矢島くんは立派なひとだと思う。
悪口言ってる子たちのほうが却ってあさはかで軽薄に思えちゃうほど、努力しているもの。

「タエコは……」

矢島くんがどんなに格好良い人間なのかってこと、タエコと話してみたかった。だけど。

「矢島くんのこと、好きなんだね」

言えない。

「うん、でも」

予鈴が聞こえる。お昼休みがもうすぐ終わる。

「振られちゃったの」

タエコはちらりと舌を出した。

教室に戻る途中で、歩きながら話した。

「矢島くんは菜子ちゃんのこと、好きみたい。知ってた?
 わたしこれが言いたくて、菜子ちゃんと話したかったんだ」
「……そうなの?」
「好きなひとが居る、って断られたんだよ。くやしいけど見てたら判った。
 他のひとと菜子ちゃんを見る目、全然違うんだもん」
「嘘」

本当なのかな、それって。

「嘘じゃないよー。あ。ねぇ、告白されたりした?
 見ちゃった、このまえ。図書室に入っていくところ」
「あ」

見られちゃった、のね。

「あれは、告白……じゃない、と思うよ。わたしにもよく判んないから、そのうち聞いてみる」

混乱してきて、余計なことまで口走ってしまう。

「わたしも矢島くん、好きかもしれない」
「菜子ちゃんも?」

タエコは驚いたように目を見開いたけれど、すぐに笑った。

「くやしいな。わたしのほうが先に、矢島くんの良さに気付いたのに!」

うん……そうだね。

「わたし、お弁当箱もう持ってこないからね。これからは菜子ちゃんよろしくね。
 すごく喜んでもらえるよ」
「む、無理……」

それはほぼ不可能に近い。

「矢島くん、毎日おにぎりだけなんだよ。しかもいまどき塩むすびだよっ!?
 おかずなくちゃ可哀想じゃない」

知ってるけど、でも。

「わたし、料理だめなんだものー」
「簡単だよ、教えてあげよっか」

教室に着く。
矢島くんは机に突っ伏して思いっきり寝ていた。
わたしたちは顔を見合わせて笑った。

***

このときを待ち焦がれていた。
壊れかけているチャイムを鳴らすと、瞬時にドアが空いて、驚かされる。
いつもは眠たそうな顔で、もしくは面倒そうにだるーくドアを開けるというのにね。
日焼けした腕が伸びてきて、部屋へ引っぱりこまれた。
まだ靴も脱いでいないのに。強く抱きしめられて息が止まりそうになった。
玄関先は照明もなくて薄暗い。そっと見上げたら矢島くんと目が合った。
ゆっくり唇が下りてくる。
ああ、なんだか照れちゃうよぉ。心臓がどきどきする。
出だしからこんなことされたら、幸せすぎて溶けそう。
矢島くんの唇がわたしの唇を強く吸う。くらくらして全身の力が抜けてしまった。
傾く身体を彼が支えてくれる。舌を深く絡めながら。

「んん……、っ……」

キスって、こんなに気持ち良かったっけ。なんだか酔いそうな気分だ。
なんどもなんども、くちづけた。彼の唇がまぶたに下りた。柔らかくて温かな感触がくすぐったい。
そうしながら彼の手はわたしの脚を撫でて、ミニスカートを手繰り上げる。
ショーツの中に手が入りこんだ。指が簡単に滑るほど、蜜はたっぷり溢れている。
濡れやすい自分が、恥ずかしい。

「菜子。このまましたい」

矢島くんが囁いた。

「立った、まま?」
「うん」

彼がベルトをゆるめてジーンズを下ろす間に、わたしは靴と、ショーツを脱ぎ捨てた。
荒い息を堪えながら壁に手を突いて待つ。
矢島くんが、怖いくらいに勃ちあがったペニスを取り出した。そのまますぐに後ろから挿入してくる。

「あ、あんっ! はぁ……、んっ……」

彼が入ってくる瞬間に、感じる刺激。電流が奔ったみたいに痺れる。
表面は濡れているのだけれど、充分に愛撫されていない膣が侵入を拒んだ。すこしだけ、痛い。
けれどその抵抗は長く続かず、やがて痛みが悦びに変わる。

「や……っ、気持ち、いい……よぉっ」

激しいグラインドを加えながら腰が打ち付けられる。
繋がっている部分から卑猥な音が響いて、興奮を煽る。

「菜子、すごい。……熱い」

くぐもった声が聞こえた。彼の言う通り、わたしの膣内も彼自身も、灼けるように熱い。

「ひぁ……ん!」

次に突かれた瞬間、かすれた喘ぎ声とともに、わたしは絶頂を迎えてしまった。

「菜子……、いった?」
「……う、ん……」

だめ、もう、立っていられない。
矢島くんはもういちどだけ深く、捻るようにペニスを突き立てて、ゆっくりと抜いた。
くたっと膝をついてわたしは床に崩れる。

「ごめんね……わたし、ひとりで」

座ったわたしの目の前に、濡れた赤黒いペニスがあった。
さっきまでの抽送のため、わたしの愛液が小さく白い泡を立てている。
脈打っている矢島くんの性器。
愛おしい。
わたしはぬるりとした感触のそれを優しく掴んで、口に運んだ。
生臭い匂い。でもこれは、わたしの体液。
舐めながら見上げると、矢島くんは切なそうな顔をしていた。

「気持ち、いい?」
「……死にそうなくらい、イイ」

硬い肉棒を吸いながら、目を閉じる。前後に唇を動かして強く擦った。舌に、彼の脈動を感じる。

「菜子、離せ。もう出るから」
「いいよ……このまま」

全部飲み込んであげるから。

「だめだって、もう本当にすぐ」
「だから、いいってば──」

言いながら口を離した瞬間に白い飛沫が飛んできて、わたしの顔と髪を汚す。

「わ。ごめん。だから言ったのにっ」

その勢いは止められないものらしく、謝りながらも生暖かい液体がわたしの頬にかけられていた。
顔射なんてはじめてだったから、思わず呆然としてしまった。

汚れた服を脱いでもういちど抱き合う。
裸のまま布団の上でじゃれあった。矢島くんの肌の感触、とても心地が良い。

「河内の弁当、貰えなくなったぞ。おまえのせいで」

……もう、おまえでもなんでもいいや。
河内って言うのはタエコのことだ。

「ん、聞いたよ。……そういえば矢島くん、好きなひと居るんだってね?」

わたしのことじゃなかったらどうしよう、なんて、一抹の不安を感じながら。
どきどきして聞いた。そしたら。

「菜子、俺に恋愛感情はないんだったよな?」

にやにや笑いながら、からかうみたいに言うから、気持ちを素直に告げられなくなる。
赤くなって黙るわたしを見て矢島くんは吹き出した。

「よく言う。はじめて逢ったときから、好きだったくせに」
「だっ、誰がよっ……」
「菜子が俺を。決まってんだろ」

身をよじらせて笑ってるから、枕をぶつけて殴った。

「俺だって好きでもなきゃ相手してねーよ。毎週毎週飽きもせずやりまくりだぞ?」

矢島くんはわたしの身体を抱き寄せて、胸のふくらみに顔を埋めた。

「菜子がいるから、俺は地獄のようなバイト生活を耐えられるんだぞ。知らなかっただろ」

優しい声でそんなこと言う。殺し文句だ。

「……ひとことも言わないんだもん、知らないよ」
「言葉にしなくたって、そういうことって判るぞ、普通」
「判んない……」

わたしは気付かなかった。あなたがわたしを好きなことも。わたしがあなたを好きなことも。
……情けないなぁ……。

だけど、開き直って言ってしまう。

「女の子は、言ってもらわなきゃだめなんだもん。
 同じ状況のふたりでも、告白したカップルとそうじゃないカップルでは、
 すごい差が……あ……るのっ、やだ、ちょっと、舐めないでっ」

温かい唇が胸の先の尖りを包み、さらに舌で転がしてゆく。
敏感な部分を柔らかく押しつぶされて、高い声が洩れた。また、身体が熱っぽくなってくる。

「……は……ぁっ」

愛されてるんだなぁ、なんて考えたら、怖いくらいに快感が増した。
身体の中心が熱を帯びてじんじんしてる。彼に触れられている部分、そのすべてが総毛立つ。
わたしは彼にしがみついた。なんだか涙が出そうなくらい感じている。
愛撫だけでこんな気持ちになったら、あとはいったいどうなるのだろう。
好きだと気付くだけで、こんなにも受ける快感が違うものなのかしら?
たぶんはじめての夜よりも、昂揚した感情に包まれている、この瞬間。
わたしは大きく息をついた。

「矢島くん、……すき」

先のことは判らない。
けど、矢島くんに包まれているのは、とても気持ちが良いから。
とうぶん、離れることはできないと思う。
とりあえず次の日からわたしは、お料理の勉強をはじめた。






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