シチュエーション
![]() 「お前をここに呼んで今に至らせたのは他でもない私で、この先どうなろうと、 全て私が望んだことですから。それに私は知りたいのよ、お前が何を望んでいるのか。 男がどのようなことを望むのか、教えられたことと同じなのか」 言葉の意味を掴むまでしばらくの時を費やしたが、その時が過ぎると、 彼の身が震えだした。 「まさか、陛下」 しかし、ならば、すべての辻褄が合うではないか。 何故このような人気のない所へ男を引きずり込んでいるのか、 何故偶然彼は目覚めたとはいえ、引きずり込んだ男に薬をふくませているのか、 何故卿がそれに協力し、今もこの部屋の外で全てが終わるのを待っているのか、 何故王は男に触れるのは手慣れているのに触れられると全く逆になるところが あるのか、他にもある細かい謎までもがだ。 「言ってみなさい」 また、否定を許さない口調で言う。そしてその通り、他に何も出来はしなかった。 「まず、申しておきます。私は女を知りません」 「ええ」 「それで、恐れ入りますが、陛下は・・・」 「知っています」 口調は全く変わりなかった。表面上は。 「眠っている男を無理に犯すことが、知っていることになるのならば」 彼は、目をそらすまいとした。それが意図せずとも、王に対する侮辱に なることが分かったからだ。ただ、服の裾を握りしめたまま、震え続けた。 理由は分かる。王は未だ夫がいない。これまでこの国には未婚のまま 即位して、その後結婚した女王は幾人かいるが、夫となった者の背後に 控えている他国、もしくは他家の、政務への多大な介入は避けられなかった。 その時でさえ、王家には他にも即位に足る人間が育っていたりしたので、 いざとなれば女王を退位させる余裕があったので、幾たびが訪れた様々な危機は 去らせることが出来た。 しかし今、王家にいる人間は王ただ一人だけだ。例え誰もがその忠誠を 疑わない、王の母方でもある卿の家から夫を出したとしても、いつか卿の家が 王家に取って代わる。それはやっとの事で終わった血の争いが再び始まってしまい、 国の力を弱めることに繋がる。力をつけてきたこの国を乗っ取ることに、 周囲の国はためらいなどしないだろう。 ならばいっそのこと夫がないままでいると、世継ぎの父になれる者がいない ということになる。夫を出すことを諦めた者達が、今度は養子に出そうとする 動きを始めるだけである。 そう、王が、たった一人で子供を産んだら話は別だ。 実は女王の内何人かは、夫を取らぬまま子供を産んでいる者もいる。 それを人は「天が王に子を宿らせた」とたたえてきた。心のどこかでは真相が 違うことを分かっていながらも、新しい命が生まれたことと、それにより 争いが避けられたことから、皆、その偽りを喜んで受け入れる。 今、彼はその偽りと真相の中にいる。 「見なさい」 王は言う。 「見て、笑いなさい。一つの国が、この足の間にあるちっぽけなもので 左右されるというのだから」 もし、最初に目覚めたときに真相を告げられていたら、混乱し、とても 荷担するどころではなくなっていたかもしれない。しかし今は、彼の体は 王に隅々にまで触れられ、彼もまた、王の肌の柔らかさや、体の重みを 知るに至っている。 彼は裾を持ち直すと、上げていった。下履きを履いたままの側は灯りの色で 白く光り、下履きが脱げている側は王の体温を受けて、白い中にも鮮やかな赤みを 見せている脚が対照的に露わになった。まず下履きが脱げている側の腿に 裏から手を這わせ、内側に口づけた。 更に上げると、腰の辺りを覆うように白い布が、いくつかの模様によって 包んでいる中を透かして見せていた。 布に覆われているとはいえ初めて見る光景は、彼から言葉を奪った。 何も言わずに見つめていた彼を、王も咎めなかった。目の前の布を剥がしても、 きっと咎めない。 しかし先に、脚の一方、まだ下履きを履いている方へ手を伸ばした。 裾を王に手渡すと、王は裾を受け取って顔を背ける。何事かと思ったが、 彼のすることを待っているのが分かってきた。瞼を閉じ、彼の手を待っている その顔が、下履きに触れられると又震えていた。下履きは、両手が自由に使えるので、 ずらしていくことですぐに外せそうだった。 めくると、彼の目に晒された腿もやはり、赤みがさしていた。膝の所まで ずらしたところで、今度はこちらの腿の内側を引き寄せて、口づける。 「・・・もっと・・・」 裾が落ちて、衣ごと頭を掴まれたが、もう、混乱はしなかった。 少し手を上げて光を取り入れると、ほんのりと脚が浮かび上がり、 更にその上も微かに見える。押さえつけてくる手もどうにかかき分け、 端に指をかけると、体が強張ったのが分かった。 「もっと、・・・もっと見なさい」 その言葉通りに下ろしていくと、白い体の中に、髪と同じ色が小さく存在していた。 足腰の熟した度合いと比べると、慎ましいとさえいえる。気付けば手が もう一度脚を撫でだしたかと思うと、その細さを手で確かめていた。 指の腹で一本一本に触れ、次いで手の平も使って大きく撫でる。 しばらくそうしていると、王も落ち着いてきたようで、また服を掴んで、 ゆっくりと上げているのが、光の加減で分かった。王の側からは、上げた裾に 彼の頭が隠れた形になっている筈なのに、不安はないのかと案じる。 腰の辺りまでめくれたところで、彼も手を下着に戻すと、急ぎすぎないように、 腿の辺りまで引き下ろした。 まだ、脚が閉じられていたのでほとんど見えていないが、しばらく見つめる。 「ちゃんと外してくれないと、足が」 言われて、己の間抜けさを知らされた。足を交互に持ち上げて、まず、 まだ着けていた片方の下履きを滑らかに外して側に置き、続いて下履き以上に 肌に吸いついている下着も慎重に下ろした。下着の方はその辺りに放っておけず、 そっと折って置こうとした時、下履きと同様に温もりがある以上に、いくらか 湿り気も感じて、じっと体を見上げる。実際はどうなっているのか分からない。 分かろうとするなら、足を開けるしかないのだが、彼には足の間に手を 差し入れて、少しずつ開いてもらうように動かすことしか思いつかない。 まず二つの足の間で、腿の辺りにそっと手を置き、ずらしてくれるようにと 少し力を入れてみると、ほんのわずかに足が動く。続いて反対の腿に手を置いて、 同様に少し動かしてもらうようにする。足が開いていくと、段々と見えてくる。 遂に彼の拳でも一つは楽に通るぐらいに開かれる。 ずっと持ち上げたままの腕もだが、こういう体勢は段々と足や手が 痛くなってきて、辛くなるものなのにと思うと、見ない方が罪になりそうだった。 ただ、見上げる。 口や唇の色とも違っている淡い色がそこにあった。無駄のない、それでいて 他のどの箇所よりもあからさまな器官だ。 また声をかけられた。 「見えてきたかしら」 「はい」 「それで、どう思うの」 「本当にあるのだな、と」 何事かと思ったようだが、やがて笑われた。楽しそうなそれに、不安が 紛れるのを感じる。 「あなたもあるのですから、合わせて存在しているのでしょうね。聞きたいのは そうでは無いことは分かるでしょう」 勿論、彼には分かっていたが、思っているままを告げても、そのままには 受け取られないだろう。 また、見つめる。 「力の加減を間違えたら壊れてしまいそうで、触ってはいけないかのようです」 「そういうものかしら」 「はい。触ってもいいでしょうか」 「そうしなさい」 返事を聞いたのとほぼ同時に、彼は力の限り王の腰を引き寄せ、届く箇所、 すべてを強く、唇で吸った。何がどれやら全く分からず、舌に乗せると どこも抵抗なく転がる。間近で見るとどこも濡れていたが、余すことなく 舐め上げ、吸い上げた。 「いや、あ、あ、あ!」 手で頭を押さえつけられ、目の前の光景が左右に揺らぎ、近付いては遠ざかる。 声が挙がっていく王が並べ立てた、意味のない言葉が、彼の耳を刺激した。 その声が突然、途絶えた。王の体に力が入りきって固くなっていたかと思うと、 ついぞ無い弱さでよろめいたので、咄嗟に支える。 息が荒くなっているのが聞こえてくる。なおも口づけていた彼の頭に置かれた 手の力も弱い。 「待ちなさい、本当に」 離そうとしてくる動作に合わせて顔を離すと、呼吸に合わせて上下していて、 まるでそれだけが王の意志に関係なく蠢いているかのような様が目に入る。 裾の端が下ろされて、また王の顔が見えた。どこか焦点の合わない、上気した 表情で、足をまだ閉じない姿といい、彼が今までどの人間でも見たことが ないぐらいの、あまりに無防備さだった。 まだ焦点が合わない、上気した顔が屈み込んできて、緩やかに舌が絡んできた。 まるで舌にある名残をすべて拭おうとするかのような動きで、王の口の味と 混ざっていく。 「・・・お前には驚かされてばかりね」 合間に、ほんのわずかに唇を離して、囁かれた。 「大丈夫、ですか」 「つい前のお前と同じで、少し休みたくなっただけだから」 心配するなというように、一度強く重ねられた後、王は立ち上がった。 「まだ、きちんと触っていないでしょう」 彼が頷くと、手を取って、裾から服の中へと導かれた。腕を差し入れたところだけ 裾が上がり、そこから衣が揺れる度に僅かずつ中が見える。それを頼りに手を 動かした。指先が先程より濡れているのを感じ取って驚いたが、どうにか触れていく。 どこももろそうな中で、しこりのような固さが引っかかったので、そっと 摘んでみる。時折力を入れすぎて王が痛がっていないか見やりながら、 しばらくの間、揉みさすっていると、何かに覆われているのが分かってきた。 どうにか外すと、別の指で擦っていく。腕を掴んできている力が、擦った分だけ 強くなっていく。 「・・・そ・・・んなところばかり・・・」 擦った拍子にもっと奥に触れた他の指が、ぬめりをすくい取っているのが 分かる。舐めたとき、どこも濡れそぼってしまったが、擦っていることで更に 顕著になったようだった。 「もっと、他も・・・」 手が誘うのに従い、指を離し、最後に親指で軽く押しながら、他の指を奥へ 進ませた。荒い吐息を聞いているだけで、彼の心臓も大きく鳴っている。 全体をゆっくりとなぞっただけでますますぬめっていくことも、彼をせき立て、 そして導いていくようでもある。 しかし、なぞってはみるものの、具体的に指をどう進めればよいのか 分からない。もっとはっきりと見えたとしても、結局は己の体ではないのだから 同じことだったろう。 指を曲げると、探らせてみた。爪を立てにくい角度で曲げていたので、 かなり心もとない。 「そこではない。もう少し手前から」 王が口を開いたので何事かと思ったが、すぐに手間取っている彼を 見かねてのことかと気付く。言葉に従って探っていると、ようやく 見つけられたようだった。少しくぐってみる。はっきりとした質感に包まれたと 思った途端、質感の方で跳ねるように逃げていった。何が起こったのかは、 僅かな間に過ぎった王の表情で分かる。 「血が出ましたか」 裾を掴むと上げて、どこなのかも忘れてよく見たが、奥の方らしく見つからない。 「すぐに除けてくれたのだから、そこまでには至らなかったようね。場所は 合っていたのだけれど、真っ直ぐでは無理で、こう・・・」 片手をかざすと、中指のみを少し折り曲げて、彼の唇に割り込むと、 含ませてきてあらぬ動きを始める。彼がその動きにとらわれたまま、手を 王の体につけ、同じ動きを始めるまで、その動きは繰り返された。彼の指は 細い方ではないのに、今度は逃げられることもなく、少しずつ往復するごとに 埋没していく。 王の指が彼の口から出て行き、口内に気を取られずに済むようになった彼は、 指に集中していった。指を一本入れただけで、どこもまとわりついてきて、 これ以上入ることは可能なのかと思っている一方で、その指をより奥まで 差し入れようとしている。 王がまた言葉を並べ始める。膝を合わせようとするので静かに押さえ、 指は抜かぬまま、別の指で周囲に触れて、最後にもう一度、尖りが目に 入ったので摘んでみる。彼の一方の指は飲み込まれ、もう一方の指は彼が 擦るのに抵抗するかのように震えている。 そして摘んでいた指を離し、唇でくわえる。 「駄目!」 王が叫んだので、指も口も離して、天を仰いだ。崩れるように膝をついた 王が、彼の肩に手をかけてくる。 「横になりなさい、その方が慣れているから」 胸を手の平で軽く押されるままに仰向けに倒れると、それに合わせて 王の体も倒れる。その体が、彼の体とどのように重なっているのかが分かる。 こすれる毎に、のぼせていく。 「いいかしら」 「はい」 身を起こした王は、衣の裾を噛んで腰から舌を露わにすると、彼の体を ゆっくりとまたいだ。髪が彼の腰にかかり、軽く手の平で触れられて、先が 含まれていくのが分かる。 彼が声を漏らすと、すぐに離れた唇が、弧を描いていた。 「固い」 そう言って、もう一度裾を噛んだ。足をゆっくりと開き、手が明らかに彼が 目を離せなくなっているのを受けて、よく見えるように広げている。 もう一方の手に捕らえられた。体がゆっくりと落とされ、あてがわれる。 「陛下」 思わず呼んだ彼の顔を、王がただ見下ろしている。未だ繋がれている両足の 鎖が、彼が無意識に大きく腰を上げようとするのを阻んでくる。触れそうで 触れず、触れたかと思うと逃れられる。 鎖が幾度も音を立て、唇が王を呼び続ける以外に用をなさなくなり、 見えるものが虚ろになっていく。手が王の体から離れ、絨毯をどのようにしてか、 たぐり寄せて球にする。 何度もその光景を心に描かされた腰が、実際に少し落ちた。先が滴りに 満ちた中に包まれ出したと気付き、落ち着くかと思っていた欲望、そう、もう 彼が自分がそれで満ちているのを認めていた欲望が、更に奥へと進ませようと かき立てるのを感じた。出来れば、ずっと先の、すべてを。 「お許し下さい、もっと」 彼の言葉が終わるとともに、願いが叶えられていくのを目の当たりにする。 呑み込まれる。 彼がこれまで、味わったことがない感覚が包み込んできた。液体のようでいて、 その質感を余すことなく彼に伝えてくる。目の先では、王の体と彼のそれとが 混ざり合い、液にまみれているのが見えた。 それらの光景は、溜め息が漏れたときに布で覆い隠されてしまった。 生まれて初めて、服というものが無粋に思えた。 「全部、入ったかしら」 無意識の内にだろうか、王が軽く身をかがめてくると、液体ではないと 主張するかのように根元から締めつけられ、彼に、奥へ、奥へと向かわせようと する。鎖によって足が開かれた不安定な格好だが、何かのきっかけがあれば、 どうにか王の体を抱え直して、彼の思うままに動いてしまいそうだ。 「は・・・い・・・」 体を強張らせたまま答えると、満足そうに頷いて、目を閉じていったのを どうにか目にする。 「そう。私も、お前で一杯なのが分かる」 また締めつけてくる。このままでは、何も動かぬまま、すべて終わってしまう。 せめて少しだけでいいから思い通りに終わりたい。 目を閉じたままの王は、可能な限りに身をかがめた。締めつけが苦しいほどに なったときに口を開く。 「動きなさ、ああ!」 終わらぬ内に、王の体が揺さぶられ、仰け反っていく姿が目に入る。 窮屈な中を、慣れぬ位置から動かした。いくら柔らかいとはいえ絨毯は 彼の動きを完全には吸わなかったが、それも気にならない。 水温が立ち、互いの動きをより易くなっていく。あまりに気分が高まっていたのと 無知なこともあって、彼の思うままにしか突き動かせないが、王はされるまま、 彼の動きを受けとめていた。 しかし長くは続かず、最も大きく動いたとき、彼はやっと目を開けた。 「あ・・・」 切なそうに声を漏らした王の姿を目に留めたまま、果てた。 ・・・体の上に何かが載っている、その温かさを抱き寄せると、思いもよらずに 刺激を受けて、彼の意識ははっきりと目覚めた。 「もう一度出来るのならば良いけれど、体は大丈夫かしら」 彼から離れなかったらしい王は、抱き寄せられるままに体をつけてきて、 胸を撫でてきていた。不意に先を掠めるのに彼が反応を示すと、喉の奥で 笑っているのが伝わってくる。 顔を上げて、彼の顔を覗いてくる。潤んだ目は彼と同じ欲求を帯びているのが、 今、やっと理解できた。 動きたい。動いて、相手にも揺さぶられたい。 「気分はどうかしら」 「体は、・・・力が抜けたような気がしますが、どこも悪くした様子はありません。 ・・・気分は、良いです」 己の体を軽く身じろぎして言葉に嘘がないか確かめる。そして、 付け加えるべきか迷ったが、はっきりと言うべきだと思って、口にした。 「とても、嬉しいです」 王の、潤んだ目から表情が抜け落ち、見据えられる形になった。身を起こすと、 彼を睨め下ろす。その目つきの元が怒りではないと悟って、背の辺りが冷えてきた時、 「動きます。お前もそうしたくなったのならば、合わせなさい」 告げて、王の体が揺れる。 見る間に、彼は自分の体が王の望み通りになっていくのを感じていた。 緩やかな動きだからなのか、先程、彼が動いていた時よりはっきりとお互いが 分かってくる。 「ん・・・はあ・・・」 声まで混ざってくる。押しつけられて擦られたり、彼がこね回している気分にも させられた。多彩すぎて、どう合わせればよいのか見当もつかない。 締めつけられたかと思うと離れ、入りきったと思えば抜け出る感覚を、不思議と 長く感じ続ける。 「・・・どうして動かないの」 王の声が、体と共に切なそうに揺れた。 「動けたら動きなさい。動けないならそう言ってくれないと、今でさえ一人で 抱いている思いがしてくるから」 少し、身を起こした。足を伸ばして床に座った彼の上に、王が足を広げて 乗りかかった形になる。背に手を回して支えると、王も背に片手を回してきた。 床に足をつけて、彼にすべての体重をかけないようにしている。 前よりうまく動かせないが、鎖がある分足の支えが楽になっているのに気付いた。 慎重に手の支えばかりに重みを偏らせないようにしながら、二人の体を上げる。 「そう、・・・そう、そう」 背に手を回して、すがりついてくる。互いの動きが掴めずにいたのも 初めの頃だけで、段々と合うようにもなってきた。恐らく、王が合わせて くれたのだろう。彼はどうにか思いつくままに、王を真似てみるのが精一杯だった。 それに、慣れぬ中にずっとあった為か、すぐに昇り詰めつつあるのを感じる。 「・・・また、終わりそうです、申し訳ありません・・・しかし、またすぐ、 出来るようになります、から」 本当に可能かは分からなかったが、先程見た表情をこれからもずっと させるぐらいなら、限界までこうして動いていようとした。 それで、また昇り詰める為に大きく揺らそうとした時、王がその手で、 彼の体の動きを押さえた。 「駄目」 凛とした言い方に、身から火照りが少し抜けた。王の表情は上気した中にも、 今度は怒りをたたえているようである。しばらくすると、彼の体に手で難なく 命じて、再び体を擦り寄せながら腕の中に収まっていく。 「いいのよ」 頬を擦り寄せられる。互いの熱くなっていた体から鼓動が伝わり合って、 心地よい。 「一度でも多ければ、その分、孕みやすくなるかもしれないけれど、なら、 最初に目覚めたお前をもう一度眠らせてから、絞り尽くせば済んだでしょう。 私がお前を起こしたままにしたのは、それを望んだからではない」 回された腕の力が強くなった。 「意識のある人とぐらいは、性急にではなくて、ゆっくりと抱き合いたいと 思うのは、身の程を知らないだけかしら」 「いいえ」 他には、何の答えも彼の中からは出なかった。 「いいえ」 もう一度、首を振って答えると、首筋を強く吸われた。 「ありがとう」 小さすぎたその言葉が、本当に発せられたのかは分からない。気付くと 王は顔を離して、揺らし始めた。彼も彼なりに合わせていく。 それからの時間は長く続いたが、昇りきらないままの状態を長く保つことは 彼にとってはまさに、責め苦だった。王にとっても同じことに違いないのならば、 耐え続けられただろうか。 動かされては離れるを繰り返していると、次第に体が腰を動かすだけの物体の ようになっていく。無理な体勢も取れなくなり、彼はもう一度横になったが、 王はその方が楽に動けるようだった。彼の高まりをすべて事前に悟るように、 操られるように自在に動く。 王の言葉が不意に途切れた。見上げると口を手で塞いでいる。その手の隙間から、 なおも声が漏れていた。 手を離すと、彼に向かって手を伸ばし、叫ぶようにして声をかけてくる。 「・・・お願い!・・・」 目の前の人は彼の仕える王であって、彼はその命を聞かなければならない。 だから、王もまた、上に立つものの自覚として、決して懇願などしてはいけない。 そのようなことは今、意味など持っていなかった。 「塞がせて」 何度も了承を示すと、顔が近付いてくる。口に来るかと思われた唇は、 軽く掠めると体に吸いつく。 噛まれた。 すべての感覚が更にむき出しになったようだった。肉を喰いちぎられるという 焦燥感が、彼が駆け上っていくのを促す。鍛えられていただけに肩口の肉は 一つの無駄もなく、歯の与えてくる痛みを受けている。 快楽のためか、それとも痛みのためか、彼の体の動きが、暴れるように なっているということだけが確かなことだった。 部屋には彼の叫びと、王の歯の間から漏れるうめきだけが響く。もはや どちらがより激しく動いているのかも分からなくなった頃、彼は、すべてを忘れた。 血が流れる。絞り尽くされる。 幾度も絞られた。震えだした体を、己の体に押しつける。 彼は放ちきったのを感じながら、意識を手放した。 炎が現れ、音を立てながら揺れている。 目を開けて、実際に何かが燃えているのを見ているのだ、と我に返った彼は、 飛び起きようとして、体が重く感じられることを知った。肌が先程まで感じていた 空気の流れを感じていないしるしに、体に薄い布をかけられていた。 「もう少し休むといい、長い時間、陛下の相手は疲れただろう」 灯りから何かの紙に火を移している。彼の方を向きもせずに、卿はそう言って、 紙に燃え移った炎が少しずつ広がるのを目にしている。彼の位置から見ると、 思っていたよりその姿がより小さく見えた。 「陛・・・下は・・・」 「水浴と着替えだ。じきに戻って来られる」 その紙に引かれた線に見覚えがあった。彼が、懐にしまっていた地下の地図だ。 飽きもせずに卿は、その紙が炭となって消えていくよう、手をかざす。 「君の着替えは後で行う。肌寒い思いをさせているが、もうしばらくのことだ」 「はい」 その考えは、全く読みとれなかった。隣室で待っていた間、この人が何を 思ってきたのか。そして今も、どう思っていたのか。 「一つ、教えておこう」 その指先にまで炎が届いても、卿の表情は変わりなかった。 「王に手管を教えたのは私だが、口頭でだ。妹の産んだ子とはいっても娘同然に 思っている存在には、とても手は出せない。もっとも、父親代わりとしても こちらはひどいものだ。他に方法がなければそれでも抱くことを考えていたが」 手を一振りすると、炎はたちどころに消えた。灯りが二人の向こうにある為か、 卿そのものが炭のように影を落としている。 「その必要ももう、なくなった」 「陛下は、孕まれたのでしょうか」 口にするとあまりにも馬鹿げた言動だった。卿は笑わなかった。思い出した。 この人はどのような感情も、大きく表に出した話を聞いたことがなかった。 怒りをあらわにして剣さえ振るう話が日常で聞こえてくる王とは、まるで対照的だった。 いつか王も、そして彼も、卿のように感情を表に出さなくなるのだろうか。 それでも、何かを願うことがあるのだろうか。 「どちらとも言える。どちらにしても今日で終わりではない」 その言葉の意味も、彼には理解できた。子供が一人では、王と同じことが 繰り返されるだけだからだろう。 しかし王にもかつて兄がいて、大勢の同じ一族の人間がいた。そして今の 状態になった。何も正しい解答などないのだ。 それにしても、どうして卿は素直に話してくれるのだろう、と彼は思った。 彼が卿の立場ならば、いつどのような立場に回るか分からない彼のような人間には、 もっと曖昧な答えしか返さない。それを、わざわざ自分から口を開いて話している。 彼は、最初から思っていたことを口にした。 「私の故郷は小さな領地です。目立った所は何もありません」 「第五十七領か。良い地だ、穀物も良いものが運ばれてくる」 「領主も同じで、その弟ならば尚のこと、例え騎士にいたとしても、卿のような方が 覚えていらっしゃることはまず無いでしょう。卿がここへ近付いた私に 薬を含ませたのですね」 「その通りだ」 話が飛んでも、卿は平然としてついてくる。彼は確信した。 「本当に、薬が切れるとは思っていなかったのですか」 卿は、彼の方を向いた。向いたときに見えた表情に、彼は、王との血の繋がりを 一つ、見た気がした。 「長い間、王家に仕えてきたが、間違いを起こしたことはまず、ない」 言い終わると灯りから一歩遠ざかった卿の姿が、開いた扉の影に隠れた。 「可哀相に、そのままでいさせて」 そこに、彼の腕の中にいた人の面影は、欠片も残っていなかった。そのまま 戦場に出ても不自然でない、隙一つない服を着て、今や帯刀さえしている。 けれど王は彼の傍らに軽やかに近付いて、座ってみせた。 「さて、どうしましょうか」 せめて身を起こした彼の髪を撫でてはきたが、その手つきも、もう、髪を 引きちぎってきそうなものに戻っている。ただ、表情だけが優しい。 彼が手首を取って、手袋で隠された箇所に口づけると、指で、噛まれた跡を なぞられた。 「忘れてもらうのが一番かしら。こんな跡が増えたら困るでしょう」 「そんなことは・・・」 それとも、手袋で隠したのだろうか。噛んででも声を出さないことで、 隣室に聞かれないようにしたように。 例え分かり合えた気でいたとしても、人と人が、互いに口にしていないことなど、 数多くある気がした。 彼はやっと王に会えたが、会えただけなのだ。 口づけた手を握る。 「私は陛下にお仕えする身です。それを最初に望んだのですから。陛下は ご承知とは思いますが、ならば、陛下が私の姿など二度と目にしたくないと 望まれたのなら、それは私が望んだことにもなるのです」 「お前に手をつけるのではなかった。すぐに本心を隠してしまうのだから」 「彼は本心を言っていますよ、陛下」 王の口調に合わせてか、卿の言葉遣いも、温かで明るいものになっていた。 「王に仕え始めた頃から、彼は自身のすべてが陛下のものだ、と申しているのです」 王は微笑んで、「そう」と言った。 「騎士とは、そういう考えを叩き込まれているのですものね」 つまり、彼がどうして王の命令をさんざん悩んだのか、全部分かっていたのだ。 当たり前といえば当たり前だが、そこに考えが至らなかった自分に、彼は 間が抜けたものを覚えた。 手を握り返されて、その気分も途切れた。 「なら私が望むままに、一つだけ先のことを約束しましょう。今度は私が お前の所へ会いに行きます。いつになるかは分からない、お互いがどこにいるかも 分からない、けれど必ず会いに行った時、また、私を今日と同じようにしてくれるかしら」 「はい。・・・陛下」 「何かしら」 「お別れを申し上げる前に、こちらを」 手渡した小さな瓶を見て、王は笑い出した。卿が一度出て行った時に、 王に手渡したものだ。 「今、これの中身を飲ませようとしたのに。私の服を探っていた時に奪ったのかしら。 どうやって隠したのか聞いてみたいものだけれど、思っていたより手が悪いのね」 「でも、いい若者ですよ。ここで陛下に引き合わせたのが勿体ないぐらいに」 卿の言葉に、また笑う。 「分かっています。・・・これを飲んでくれないと、お前を元の舎に戻せないのは 分かるでしょう。信じてくれていても、ここの位置は知られる訳にはいかない」 「飲めば、眠れるのですね」 王が認める仕草をすると、彼は卿に頷き、王にも頷いた。 「分かりました。しかし、私からも一つだけ申し上げます。会いに来られるのは、 陛下が孕まれたと分かった時がよいかと思います。もしくは、孕まなかったと 分かったときでもよいでしょう。では、失礼いたします」 言うと、彼は瓶の口を開けて、小さいとはいえ、中の液体を一息に飲んだ。 たちまちに目の前が暗くなって、倒れかかったところを温かな存在に包まれる。 「本当に、お前という人は」 笑い声が遠ざかり、彼は今度こそ、深い眠りに入るのを感じていた。 次に目覚めれば、彼は今のことなど何もなかったように、いつもいた所で 目覚め、元の生活を送るのだろう。だから彼は、これからも、これまでと 変わりない願いを抱くだろうことを思いながら、眠りについていく。 明日は少しでも、陛下の力となれるような強さが備わるようにと。 そして、陛下が少しでも、笑っていられるようにと。 心から。・・・ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |