シチュエーション
![]() 「翔は猫って好き?」 「なんで、そんなことを聞くの?」 「わたし猫を飼おうかと思っているの」 「猫かぁ……」 「なに、その気の抜けた返事は」 「あっ、ごめん。むかし、犬を飼っていたのを思い出してさ。猫も飼っていたというのかな……」 「意味深ね。どんなやつ」 「白くて瞳がレインブルー。野良でひょろっとしていて、いつもビクビクしいた。」 「なにそれ」 「みずいろの透明感でレインブルー、よくわかんないか。アイシーアクアだよ。なにかで気に入った 色彩の呼び名を覚えていたからそう言った」 「そんなことないよ。色の名前や種類とかさ眺めているのが好きで、画材店にときどき足を運んで 見ているよ。でもわたしが言いたかったのは、ビクビクしているネコちゃんの方よ」 僕の胸の上で亜紀が尖った顎を胸にぐりぐりする。まるでじゃれつく猫みたく。 「そいつさ、ふらっと来て居座っちゃったんだ。母さんがなにがしか餌を与えていたみたいで」 「いなかったじゃないの」 「猫に言えよ。それに弱いくせに喧嘩ばかりして疵こさえてばっかりでさ。動物、飼うのは大変だよ」 「そんなことぐらい知っています。ねえ、そいつは弱いのに喧嘩ばかりするの?」 「うん。白い毛が血だらけになっていたときにはびっくりしたよ。たいへんだろ。遠出もできないし」 「わたしの家でこうしていればいいじゃない」 亜紀の即答。 「……」 亜紀が顔を乗り出すようにして僕の表情を覗き込む。 「ねえ、そこで黙らないでよ。で、そいつの名前なんて付けたのよ」 「ナガレ」 「なんか犬の名前みたいだね」 「あれ、犬の名前だけど」 亜紀はさらに強く僕の胸板を細い尖った顎を突き立てぐりぐりする。ぐりぐり。 「痛いってば、亜紀!やめろよ!」 「だったら早く白状なさいよ!何処どう取ったらそういう返答になりますかね!」 ぐりぐり。 「ブルー。ただのブルーだよ!」 「なんだつまんないの」 亜紀の素っ気無い返事と共に、尖った顎に込められていた力が弛緩する。 「つまんないはないだろう。まあ、母さんはシロと呼んでいたけどさ」 「なに。ふたりしてちがう名前付けて呼んでいたわけ。そりゃたいへんだわ」 「そうだろ」 「ネコがでしょう!そういえば翔くんのお母さんのイメージも、なついろブルーだね」 「なついろブルーってなんだよ」 「まんまよ。爽やかで柔らかな感じかな」 身内を良く言われて悪い気はしないから、心なし顔が綻んでくる。 「あれ。翔くんはマザコンなのですか?」 「な、何をいきなり言い出すんだよ!」 「怪しい。怪しいぞ。その動揺はなんでござるか!で、まだ居るの」 (あれ、突っ込まないのかよ?) 「い、いるよ。来た時は痩せていて貧弱だったのに、安心したらしくて亜紀みたいに肉が……」 亜紀が僕の肋骨を握りこぶしで両側から挟んで責めあげる。 「ちょ、ちょっと!や、やめてくれよ!」 「あんたの、どよ〜んとしたムードを払拭してあげた恩人のわたしに言う言葉かなぁ!」 「わ、わかったから。もうやめてくれって!」 「……」 亜紀が突然手を止めて黙り込んでしまう。 「おい、どうした?わるかった。亜紀は太ってなんかいないから」 固まっていた亜紀の躰が動き出す。 「あったりまえでしょ!」 今度は鼻を摘んで捻じられる。 「あ、謝るから。もう赦してくれよ。で、さっき何を言いかけてたんだ?」 亜紀は簡単に鼻から手を解放してくれて、そのわけを話してくれた。 「翔はてっきり、可哀相だから飼うのをよせって言うと思っていたの。わたしね、そういうコリクツが いちばんキライだから……」 「小理屈か……。でも死に目を看取るのは辛いことだよ。ましてや、そう出来ないことの方が ほとんどだろ。帰ってきたら死んでいたとかさ……」 遠い過去の疵が微かに疼き始める。 「そんなこと言っていたら、出会いなんかひとつもないじゃないの。ひとつだって……よ」 わたしとあなたの出会いもそうなのよと亜紀は言いたいみたいだ。わかっている。 「わかってるよ」 亜紀の翳りを払拭させようと、僕の胸にちょこんと載せている彼女の頭をやさしく撫で擦る。 「わかっているって、どうゆうふうになのですかねぇ」 亜紀が猫のように甘えながら悪戯っぽく尋ねてくる。猫みたいなのは亜紀だけれど、きみは僕の ひなたなんだろうな。僕はきみの何になれるんだろう。 「初めはさ……。その大切な出会いすら僕は気がつかなかった。気づこうともしなかった」 (綾という女性のこと。そして僕を慰めてくれた亜紀のことさえもね) 僕はいっしょうけんめいに慰めてくれようとしていた亜紀を疎ましくさえ思っていたことがあった。 それをありがたいともういちど思えるようになったのも、忘れられない綾との出会いがあったからだ。 「ふむふむ、よしよし。わたしのセンチがボクちゃんにうつっちゃったかなぁ」 気にしている口癖をさらっと言って、亜紀は下腹を僕のペニスにぐいぐいと押し付けてくる。 「亜紀いいッ!気にしているのに!」 「きゃあッ!」 僕は亜紀の躰を仰向けに返して覆いかぶさった。亜紀の目が真直ぐに僕を見ていた。 「ねえ、ボクくんは女の人がこわいの……かな?」 「……」 すぐには答えられない質問だった。答えようと思って探そうとしても見つからない。やっぱり亜紀の 言う通りボクちゃんなのかもしれない。 「まずいこと聞いちゃったかな」 「いや。やっぱり、そう見える?」 「うん。まあ、そこはかとなくなんだけれど」 「僕には女の子は謎だしね。引っ越すことになって、ある晩に女の子が僕の家に訪ねて来てくれた」 父さんが死んで引っ越さなければならなかった。 「すくなからず、好きだったとか」 「わからない。まだ小学生だぞ」 「わたしには、あったよ。いいなあってさ。ねぇ、ちょっとは嫉妬した?」 「バカ」 「なにがバカよ。その子の気持ちに気づいてやれなくて、どうせ後悔していたんでしょう」 「……」 「あれ、図星だった。ご、ごめんなさい」 「ん?素直なんだな。そうだな。たぶんビンゴだよ」 「たぶん?たぶんって」 「女の子って、みんなそうやって先を行っているだろ。ずっと先を歩いているよ」 「それって仕方ないんじゃないの。そうでなきゃ女なんてやってられませんからね」 「小学生でもかよ?」 「小学生でも男の子に対してお母さんになっているところ、見たことが無いの?」 「ままごとか……」 「別にままごとに限ったことではないのですよ。お姉さんとかになっている子とかいるでしょ。女の子はね、 大切な命を育むのだから、男なんかより強くてあたりまえなの」 僕のなかの綾との疵がドクンドクンと脈打ちだしていた。 「あたりまえか……。それじゃあ、男は一生、女の人には勝てないな」 勝ちたいなんて思ったことはないけれど、綾はずっと先を歩いていた。 「翔はわたしに追いつきたいの?勝ちたいの?」 「しょってるなぁ。いっしょに傍を歩ければいいよ」 そう言って亜紀の髪を撫でるのをやめて、額を人差し指で弾いてやる。ぺしっ。 「イタッ!あぁんッ!」 それこそ小学生みたいに可愛らしく、頬をぷうっと風船みたいに膨らます。 「亜紀には感謝しているよ」 「ごめん、そんなつもりで言ったんじゃあないよ……」 僕は亜紀の言葉を遮って繋ぐ。 「いまは思っていないよ。亜紀が女の人をこわいなんて聞くからだよ」 「じゃあ、わたしが翔くんに見たのは残像なの?」 「かけらということにしておいてくれよ」 適当なことでお茶を濁す。卑怯かもしれないけれど、亜紀に僕の疵の理由を話すことはまず 無いだろう。 「まだここにあるのね」 亜紀が僕の胸に手を押しあてる。 「なにがあったのか、知りたい気もするけれど、そういうことにしておいてあげる。けれどね、 どんなことがあってもわたしは翔の味方だからね。それだけは覚えておきなさいよ!」 亜紀が拳を作って、僕の胸をぐいっと押すようにして小突いた。 「そうすると亜紀は僕の大切なエネルギーなのかもしれないね」 冗談ともつかない僕の言葉に笑わないで黙ってしまう。亜紀の汗に濡れて乱れていた御髪を指で 梳いて、朱を刷いている頬をそっと撫でてみる。亜紀と僕との二度目のはじまりは、波紋を描くように ゆるやかに温かい物が躰のなかに拡がってゆく。 「もういちど、たゆたうとしましょう」 彼女の腕がやさしく首に巻きついて唇がそっとかさね合わせると、僕と亜紀は白い小波に 揺られる小舟となる。 「お買い物に行って来るから、翔ちゃん留守番していてね」 食事をしている僕にトートバッグを肩に掛けた母が話しかけてきた。 「……うん」 そっけない返事をして食事を続けている僕に母が微かに苛ついている。 「翔ちゃん?」 「わかった」 「もう……」 と吐くとなにやらぼやきながらダイニングを出て、暫らくしてからエンジン音が聞えてくる。 僕は食器を片付けると自分の部屋に昇って、ベッドに躰を投げ出して寝転がった。休日の 昼下がり、そよぐ四月の風が開けた窓から流れて頬を撫でる。このまま眠っても気持ちいいけれど、 ボックスからティッシュを取り出してグラビア雑誌を見ながらページを捲った。 ファニィフェイスの水着の女の子の不釣合いなバストに目をやって、ズボンを下げた僕は膨らみ 始めたペニスを弄ぶ。母が出かける間、考えていたのは自慰のこと。鼓動が微かに速まって 射精感が昂ると、きゅっとお尻を締めて堪えてからまた扱き始める。 「コンコン」と部屋のドアをノックする、小さな音が僕を現実に引き戻す。ペニスを扱いていた手が 固まった。 「翔ちゃん、入るわね。やっぱり、いっしょに行かない?晩ごはん、外食で済ませたいから……」 「えっ!ちょ、ちょっと、待ってよ!あっ……」 慌てたが、もうどうしょうもない。ノブがカチャと回り、母が部屋に入って来ようとして、息を呑んで 時間が凍結される。戻っていたなんて気が付かなかった。 「こ、来ないで!入って来ないで!」 「しょ、翔ちゃん……!」 「ああっ……!」 僕は情けない声を出すと射精してしまって、ティッシュに白い粘り気をぶちまけていた。母は一瞬、 困惑の表情を見せはしたものの、次の瞬間には驚くべきことに微笑んでゆっくりと僕に近づいてきた。 「こ、来ないでって、言ったろ。聞えなかったの……」 僕は真っ赤になり泣きそうな顔になって、居たたまれなくなって母に背を向ける。後始末も しないで引き下ろしていたズボンを急いで引き上げようとしたのに、母の手が引き止めるように、 僕の手に母の手がやさしく絡みつく。 「な、なにするんだよ……!」 僕の鼓動が早鐘のように鳴り始める。 どくん……。どくん、どくん。 「お母さんがしてあげようか……?」 どくん、どくん、どくん、どくんどくん! 小さな呟くような声だったが、確固たる意志を持って届くと心臓が止まるほどの衝撃を受ける。 エッチな漫画とかでは、そういうのもあるのかなと考えていたけれど、まさかイノセントな風貌の 母の唇から洩れ聞こうとは思いもしなく、ローズピンクのルージュがこの時だけは毒々しい赫として 焼きついていた。しかし、そのインパクトは僕になんら性的興奮を呼び起こすでもなく、もはや ペニスは興奮などするわけもなく、潮が引くように萎んでしまう。あまりもの滑稽な場面に 遭遇したことによる羞恥と、そのショックに加えて、不意ではあったけれども射精した放出の 萎縮もあってか、惨めなまでに小さなケモノとなっている。 「い、いいから……!で、出てってよ!出て行ってったら!」 僕は苛立って声を荒げてしまい、真っ赤になった顔を母に向けて叫んでいた。 「……!」 何の気持ちも考えない拒絶の言葉が母を凍えさせて哀しいまでに固まらせてしまう。どれくらいの 時間そうしていたのだろう。時間の感覚は消えて時が止まって、それを動かしたのもまた母の 啜り泣く声であったけれど、聞こえて来るに至っても僕は絞り出すようにして、無情な言葉を 投げつけていた。 「出ていってよ。聞えていたよね。出ていけってば!」 ベッドの上の僕は壁の方に転がって、母に背中を向けると躰を丸めて縮こまる。 「ご、ごめんなさい翔ちゃん……」 母が謝ったところで、もっと惨めになって僕は堕ちていく。 「や、やめてよ!」 僕の髪をそっと撫でてから母は立ち上がろうとしたけれど、一瞬のリアクションに母の肉体の イメージが喚起されて波紋のようにどこまでも拡がるのを感じ、そんな浅ましくて情けない感情に 激怒して顫えが治まらなくなっていた。 美沙はびくっとして、手は引かれたまま止まってしまっていた。背中の後ろにはまだグラビア 雑誌が拡げられてあって、母はそんな僕をどんな気分で見ているのだろうと、そればかりが 気がかりだった。 (早く出て行ってよ……。なんで泣くんだよ!泣きたいのはこの僕の方じゃないか……!) 僕たちは母子家庭で、どういう訳か母は再婚をしょうとはしないでいた。その容姿は、イノセント。 黒髪のショートにニュアンスカールを施してある。細面の顔に目はクリッと大きく愛嬌があって やさしさを醸し出していて、唇は薄く爽やかな印象を与えていた。僕と並んでいてもお姉さんと 間違われることもあって、かなりの美人だと思う。それに数年前までは腰まで伸ばしていた 艶やかで素直な黒髪が、母のその美しさに花を添えていた。僕はその長い黒髪が自慢だった。 友達の誰もが母に会って驚くのは艶やかなその黒髪だったから。しかし、その自慢の黒髪も セールスという外回りの仕事に変ってしまったことが理由なのか分からないが、バッサリといとも 簡単に切ってしまったのだ。 僕はその日のことを、昨日のことのように覚えている。『どう?綺麗になったでしょう?』とやけに おどけてみせる母に妙な不自然さを感じていた。夜になってスポーツドリンクでも飲もうかと思って 階下に降りて来たときに、母はダイニングのテーブルに顔を伏せて咽び泣いていた。テーブルに 顔を伏せながら腕でその顔を挟んで、手は頭上で祈るような格好で組み合わさっていて、どうする こともできなく、そこを後にした。何があったのだろうかと今でも時々思うことがある。 そんな母を一度だけおかずにしてしまいそうになったことがあった。洗面所で顔を洗っている 僕を余所に、帰宅した母はさっさと服を脱いでしまってバスルームに消えた時のことだ。むろん まじまじとなんか見る訳にはいかないから、逆に脱衣するしどけない姿態のイメージはかなり鮮明に 記憶されてしまった。シャワーを浴びる摺り硝子越しの飛び散る水滴に濡れる細身な肢体を初めて 意識してしまったことでどうしょうもなく増幅されてしまった。しかし、僕はその欲望の思いに有無を 言わさず封印をした。それは罪深いことなのだ、ということぐらい分かりきっていた。 でも今また、母が泣いている。父が死んだ遠い昔の参列者に見せた涙、長い綺麗な髪を切ったその 夜にひとりダイニングテーブルで咽び泣き。今度は僕のことで泣き崩れそうになって此処にいる。 このまま時をやり過ごせたらどれほどよかったろうと、考えなかったことはない。けれど僕はもう、 母の涙には堪えられそうにもなく、諦めるかのように迷いを捨てて禁忌の封印を解き放つ。 「ま、待ってよ。ご、ごめんなさい。僕がわるかったから……。いかないで、ここにいて」 「えっ……。い、いいのよ。じゃあ」 母の翳りに心なし光が射して、涙を拭い部屋を去ろうとしている。 「ま、待ってたら。聞えなかった。いかないでって、言ったんだ」 「えっ?あっ、う、うん……」 「ほんとに、お母さんがしてくれるの……?」 「お母さんで、もしよかったらだけれど……。やめようか、それともする」 「僕、もう、勃たないかもしれないよ……」 僕は顔から火が噴くようなことを、やっとの思いで母に言った。何を言いたかったのか母は すぐに理解したみたいだ。もう一度僕に近づいて来て、ベッドの縁に腰を下ろすと、僕の躰を やさしく仰向けにして髪を撫でながら安心させようと微笑んで視線を下腹へと移した。 唐突な性愛の申し出にとまどい慄いて縮んで、可愛いだけの存在に成り下がったものに、 母の綺麗でしなやかな白魚の指が絡まって、そっと手が僕を包み包んでいく。 「あっ……!」 まだ勃起してもいないのに、僕の口から感嘆の呻きが洩れる。母・美沙の白魚のような 細い指が、小さくなっている獣を愛しんで撫でて、もう一方の手は皺袋を揉んではなかの玉を 転がしてくれている。 「どう翔ちゃん、どんな感じ……かな?」 「よ、よくわかんないけど……。お母さんの手が冷たくて……き、気持ちいいよ」 「よかった……。ありがとう、翔ちゃん」 瞳から、またポロポロと涙が落ちて、そのまま杉村美沙は唇を僕に寄せて、口にしたのは 母としての涙の味だったのか、女の歓びの涙だったのかは判らない。 「な、なんで泣くのさ……。どうして?もう泣かないでよ。泣かないでったら、ママ」 「ママって呼んでくれるのね……」 その日、僕は初めて母と口吻を交わした。そっと触れてくる母の唇の感触が伝わって来て、 僕のなかに女性の感触というものを初めて示唆し、それはマシュマロのように柔らかくて儚くも 心地いいものだとやさしく教えてくれた。涙のしょっぱい味がしたというのに、僕にとっては 甘くて切ないもののように感じられた。 母は唇を熱情に任せて擦りつけるようなキスはしなかった。ほんとうに儚くてそっと触れてくる ような、まるでパウダースノーが降り積もるような快美と、それでいてただ柔らかいだけじゃない、 ママの唇のプリッとした感触が僕のペニスに性の衝動をとくんとくんと送り込んでいた。 ママ……。そんなふうに呼んでいた時もあった。僕はいつからお母さんと呼ぶようになって いたのだろう。母の唇が僕の下唇をそっと挟んで開くことを促して、それに従うと熱くてやさしい 小動物を贈り込まれて、僕のペニスは驚きと興奮とでみるみる力を取り戻す。 膣内をペニスが掻き回すと猥らな音を立て彼女の躰が反応し始め、亜紀の顔が仰け反る 瞬間の顎のラインに僕は興奮を覚える。 「はあ、はあ、はあっ、ああ……。あっ、あッ」 『亜紀は僕のこと聞きたいの』 『うん。知りたい。話してくれる、翔?』 喘ぎとともにチェリーピンクの唇が熱い吐息を洩らして、透き通るような白い前歯を覗かせた。 「あっ、あんっ、あうっ、ああッ……」 『後悔するかも』 僕が、それとも亜紀がなんだろうか。 『不安?わたしも……でも知っておきたい。ううん、知りたいの。それからあなたの一部になりたいの』 彼女の唇に僕はペニスに挿入しているヴァギナを連想させる。衝きあげに顔を揺すり出し 眉間に微かに皺が寄ると、白いシーツに拡がっていた緩やかにウェーブかかったセミロングの 黒髪が頬に唇にこぼれてくる。 「あうっ、あっ、いいっ、いくう、いくうぅううッ!うあぁああッ……」 『いまの煌きが喪失してしまうかもしれない』 『ふっ、て掻き消えるの?』 『そう、ふっと消えるかもしれないよ』 僕と亜紀の恋愛ゲームは続いて、とても危険であやうい領域に踏み込んでしまっていた。 亜紀が荒い息を吐きながら瞼をゆっくりと開いて僕を見ている。 「わ、わたし、淋しいから翔に抱かれたんじゃないよ……。抱かれたんじゃ……」 亜紀の言葉が涙声に変っていた。 「僕は……。僕はね、亜紀……ぼくは」 「ま、まって、翔。わたし、わたしのことを話したい……の。聞いてちょうだい」 『ねえ、なんで喧嘩するの……。泣かないで。おねがい』 『うん、もう泣かないから』 樺凛は膝を抱くようにして顔を埋めて泣いていたが、縋りつく亜紀に顔をあげて抱きかかえると 少女の躰をゆりかごのように揺すっていた。 『いっしょにくる?亜紀』 『どこへいくの?ねえ、おとうさんもいっしょ?ねぇってば?ねえ、泣かないで……お母さん』 「亜紀、ねえ。亜紀、起きて」 「んん……。なにぃ。まだ眠い」 亜紀はむずかって薄い布団を被ろうとする。 「亜紀に見せたいものがあるから。だから、いっしょに行こう。ね」 むずかりながらも、母親の誘いに布団を除けて起き上がり、パステルアクアのワンピース を着せられて、バックから出した櫛でおかっぱにして肩まで伸ばしている娘の御髪を梳く。 「眠い……」 眉毛の太いきりりっとした細面で、小さくぽてっとした唇が大きく開く。その大きな瞳は眠気で まだ完全には開かれてはいない。 「まだそんなこといって。しゃきっとしなさい」 「そんなこといっても、ねむいよう」 亜紀の肌は病的なまでに白い。それは見る人に雪の白さを思わせるほどだった。それは母親 譲りのもので、まさに少女期特有の神聖な処女性を匂わせている。 「なあ。まだ5時やないの!」 枕元の目覚まし時計を見て、娘は母親の樺凛を見て頬を可愛らしくぷうっと膨らませる。樺凛は 娘の拗ねた顔を見て、手を口元にやりながらくすっと笑う。 「おこってんのにぃ!」 「ごめん。ごめん。あんたがあんまりめんごい顔するから」 「めんごい?」 「ブス、いうことなの?」 「ちがうってば」 亜紀は母親の樺凛と似ていないことを気にしていて、母親の樺凛から受け継いだのは雪 のような素肌と細面の顔だけだった。決して嘉耶実が綺麗じゃないというのではない。少女は まだ開花しない稚い蕾といったところだろうか。少女は父親似だったのだ。 一方母親の樺凛には大人の女の上品さと清楚な色香がある。髪もきちんとセットされ、 眉毛は細く目は切れ長で唇は薄い。からだも肉欲をイメージさせるものではなく華奢であるが 脆弱さはなくスポーティな感じに近い。今日の服装も白いブラウスにインディゴのスリムジーンズを 着こなしている。 「ほら、いくよ」 「なあ、めんごいってなんなの?わらったらいや……や」 亜紀は樺凛の細い腕に仔猫のようにじゃれ付いてくる。外に出ると夏といってもひんやりと していて気持ちがいい。 「さむくないか?なにしるの、亜紀?」 家を出て道路の方へ降りて行く間、亜紀は何度も後ろを振り返って眺めていた。 「お屋根……へん」 「茅葺やからね」 「かやぶき?」 「そうよ。転ぶから、気を付けて」「あっ……。はい」 「そんな、おもしろい?」 「おもしろい、言うよりなんかこわい。お家、大きくて黒いもん」 亜紀は慄くようにして樺凛の腕に絡み付いて、ふたりは葡萄畑へと足を運んでいった。 その頃になると陽も昇って来て、屋根の葉の隙間から陽がこぼれてキラキラと煌いていた。 「ほら、綺麗でしょ」 「うん!」 針金で組まれた屋根に葡萄の蔦が絡み付いてディープレッドの透き通った小さな粒が集まった 房が実ってたくさん垂れ下がって、そのなかのひとつをもいで樺凛が葡萄を亜紀に持たせた。 「こうして、粒を取って、口に含んで舌で潰すようにして実を出してごらん。皮は呑まないで吐き 出してね」 「わかった」 愉しそうに返事をして亜紀は母親に言われた通りにしてみると、菓子とはちがった独特の甘味が 口に拡がっていった。東北地方の葡萄には独特の甘味があるとされている。それは日中と夜との 気温差から来るものとされている。しかし、盆を過ぎると一気に肌寒くもなってしまう。そして秋の 収穫にあの蕩けるような甘さが完成される。 「おいしい?」 「うん!おいしい!」 「少しだけならいいから、また遊びに来て食べなさい」 「ほんと?」 「たくさんはお腹こわすからね」 樺凛は笑って亜紀を見る。 その日の午後、もういちど亜紀は葡萄畑に出かけた。帽子をかぶって葡萄の屋根の日陰の下を 歩いている。背伸びをして房もいで、ひと粒口に含む。「甘い!」また一粒とって、今度は手で実を 押し出してみる。濡れた透き通った緑色のまあるい粒がにゅるっと出てきて、人差し指と親指で 挟んで陽にかざしてみる。「綺麗だな」食べながら歩いて屋根を抜けて農道にでると知らない男が 葡萄をもいで頬張っていた。高校生らしいが小学生の亜紀にとっては大人だ。 「あんた、誰?」 亜紀の鼓動が不安で早まっていた。 「お前こそ誰だ!」 「ここの親戚の娘。だから知らん人は勝手に食べたらダメなんだから……」 亜紀はそう言いながら後じさりながら様子を窺っていると、男が葡萄を捨てて動き出す。亜紀は 踵を返して葡萄の屋根の下へと逃げ込んで駆け出した。 「ハア、ハア、ハア……」 反対側にやっと出そうなところで、亜紀は男に肩を掴まれて腕で首を絞められていた。 「イヤ、イヤ、イヤ……!イヤアァアアッ!」 亜紀の小さな胸は恐怖で喘いでいた。亜紀はどこをどう歩いて帰ったのか覚えていなかったが やっとのことで家に辿り着くことができた。 「おかあさん……!おかあさん……!」 亜紀がか細い声で呼んでも誰も応えてはくれなかった。跣のまま家にあがって廊下を歩いていると 台所の方から樺凛の歔く声が聞えてきた。亜紀の鼓動がどくん……どくんどくんと脈打つ。 「いやあぁあ、やめて。ああ、おねがいよ。あっ、あっ、あっ、ああ……」 「お・か・あ・さ・ん……」 「ひぃーっ」 亜紀がそこに見たものは薄暗い台所で、流しにしがみ付いてブラウスを肌蹴られて乳房を晒し ながら、白い臀部を突き出して男に覆いかぶさられている女の姿態。闇の中に白くぼうっと浮ぶ 肌に衝撃を受け、その淫画がどんどん遠ざかっていくような眩暈さえ覚えていた。 「おかあさあぁああんッ!」 「あ、亜紀ッ!こごさくんなッ!あっ、亜紀いぃいいッ!」 樺凛の視界に髪が乱れて、パステルアクアのワンピースも肌蹴て泥が付着している亜紀の姿が 飛び込んできた。亜紀は樺凛の叫びに糸が切れてしまったマリオネットみたく床に崩れ落ちていた。 「もう、喋らなくてもいいよ!やめなよ、亜紀!」 「うん、でも泣いてスッキリしたかったから……。それにね、むかしの話しだから。ごめんね」 「なにが?」 「翔くんって、女の子みたいだったからこういうことが出来ちゃったのかもしれない」 「こういうことって?」 「だから、こういうのだってば!」 僕の腕枕に寝ていた亜紀の躰が滑るように移動して細い指がペニスをぎゅっと握り締めると 素早く扱き出した。僕のペニスが萎むのを心配するかのように、亜紀はじゃらける。 「わたし、翔のこれに馴染んじゃったのかもしれない」 ぎゅっと握られた衝撃に僕の腰が浮いて引いてしまうのだが、亜紀は逃すまいと紅潮した頬を 擦り付けて、横向きにして唇で咥えて嬲る。ほら、白状なさいよ!あんたの番なんだからね!と。 「ああっ。そ、そんなに強く握るなよ。頼むからさ……」 (亜紀、僕は母さんとね……。愛し合ったんだよ……) 母はペニスの愛撫よりも僕とのキッスに夢中になってしまったようで、ベッドにあがると覆い かぶさって白磁のようなしなやかな両の手が僕の火照る頬を包んで舌をねっとりと絡めてくる。 好奇心からそっと舌を出そうものなら、瞬く間にそっと絡め掠め取られた。僕はただ、母に舌を 吸われているだけの存在になる。でも、ほんとうに気持ちよかった。 「んはっ、はあ……。翔ちゃんのくちびる、お母さんが貰っちゃったわね」 母の目元が朱を刷いて目を細め僕を見ているその顔は、白い肌に桜を咲かせている。僕も同じ ようになって母の唇を味わっていた。 「はあ、はあ、お、お母さんの唇……。す、すごくやわらかい……よ」 黒のカーゴスリムパンツで僕の腰を跨いでいて、ペニスは母の股間のところで硬度をまして 時折びくんと顫えては、先走り液を布地に付着させていた。 「あっ……。翔ちゃんのオチンチン、硬くなってきたのね。今度はちゃんとしてあげるからね。 そう、ちゃんとだからね」 母の羞恥を煽る言葉に今度は萎縮せずに、僕のペニスは愛撫から挿入への欲望にいやが 上でも期待が昂まって腰がガクガクと顫えだしてしまっていた。 「ああ……。ママ、んああッ!」 火照る顔を母の両の手が捉えて頬を擦り合わせると、僕の耳朶を甘咬みしてから首筋を舌で ゆっくりと這って胸へと降りていった。母はシャツを脱がして僕の乳首に吸い付いて乳首を舌 で弄り始める。 「うあぁああっ!ママ!ママ!」 どうしようもなく情けないくらいの嬌声があがってしまい、僕は羞恥に身を焦がす。 母の唇が小さな乳首に吸い付いて舌で弄られ、僕はベッドで躰をくなくなと動かして悶え させられていた。ようやく執拗な責めが終わってゆっくりと母が顔をあげると、僕は母の髪に 指を埋めて、その美貌を股間に擦り付けたい烈しい衝動に駆られてもどうすることも出来なく、 しかたなく手を真直ぐに伸ばして躰に付けている。 「ああ……。翔ちゃんの肌、白くて女の子みたい……よ」 そう、僕は痩せぎすで肌も白っぽくて、睫毛もふつうの人よりは長く、よく女の子みたいだと からかわれていた。学校でもそのことで苛められて大喧嘩をしたことがある。クラスでも一番 強そうな奴だから、勝ち目なんかあるわけもなく、最後はただ泣きながら脚にしがみついていた。 そいつとは後で親友になったけれど。 「そ、そんなこと言わないでよ、ママ……。羞ずかしいよ」 「髪も女の子みたいにサラサラしていて綺麗よ」 僕を苛めているのか誉めているのか……母はそう言って髪を撫でると、肌に上唇を付けて 舌先をあてて、またゆっくりと滑らせて下りていった。 下腹に近づいて僕の叢に触れるか触れないかのところまでで止まってしまい、今度は下唇を 擦り付けるように、熱い吐息とともに素通りした臍へと逆戻りする。僕のペニスは焦らされて キャメルカラーのプルオーバーを纏った乳房を小突くようにしてびくんびくんと痙攣する。 僕の上半身は裸にされていて、膝のところにはまだズボンが中途半端に掛かっている。なのに、 母だけが着衣を纏って僕を愛撫して、とても羞ずかしい筈なのに、ペニスが痛いほどに硬くなって 堪らない。それなのに母は僕の臍に舌を潜らせる。ペニスに欲しい!でも、どこを弄られても 僕は……。 「んああっ、ああ……。ママ、やめて。射精ちゃうよ……」 「がまんして、翔ちゃん!」 下腹に火照る頬を擦り付けるようにして、這い上がってきた道を振り返り、僕の大きくなった ペニスにねっとりとした熱い視線を絡めている。屹立の傘に細くしなやかな指を絡めるように 被せると裏筋のところを弄ったり、尿道口にふれてゴム毬を握るように締めてきた。そして弛緩 させてはまた握って、傘の下を親指でなぞる。僕のペニスが烈しくつっぱって腰が跳ねる。 ベッドに沈んでまた跳ね上がる。 「あうっ、そ、そんなに強くしないで……。しないで!」 歔き声がまたあがる。雫がこぼれてテラテラとする膨らみきった亀頭を弄られて、いまにも 往きそうになるが、下唇を強く噛んでなんとか射精を我慢していた。 「ご、ごめんね」 母もどうしょうもなく昂ぶっている。 それに、母の姿態を見てしまえば、それだけで射精してしまうくらいに脆くなっていたけれど、股間に 貌を埋めようとする母を、どうしても我慢できなくて肘をついて躰を起こして僕は覗いた。 「ママ、苛めないで……」 「久しぶりだから」 はにかんでいた。母の顔ではない女の貌が上目遣いに 微笑んで、僕は生唾を呑みこむ。 「なに、翔ちゃん?」 「綺麗だ、ママ」 やっとのことで、それだけを伝える。 「ありがとう」 恍惚とした穏やかな女の人が其処にいた。ローズピンクの濡れた唇が深みのある赫へと変る。 細い指が根元に添えられて、唇が亀頭へと近づいて触れると、雷に打たれたように腰が顫えた。 母は額と頬に垂れた髪を耳に掻きあげると、ゆっくりとペニスを呑み込む。口腔の温かさに囲まれ 熱い舌に包まれると、僕はベッドにがくんと沈んで腰が跳ねあがり、母の咽喉を深く衝きあげて しまっていた。おびただしい量の精液が迸り、母の口腔を穢したと僕は思っていた。 「うあぁああっ!ああ……。ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」 闇と光が交互に明滅しながら、母の口腔に黒い欲望の精液を射精していた。躰は弓反りになって 腰の両の手はシーツをしっかりと握りしめて。僕は荒い息を付きながらベッドにぐったりとなると いつしか涙をこぼしていた。ようやくシーツを握っていた手を離して腕で顔を隠している。 「翔ちゃん!ねえ!翔ちゃん、だいじょうぶ!」 ペニスを綺麗にしようとしていた母が慌てて、精液を手に吐き出して僕の顔ににじり寄る。雲の上に いるような感覚と闇の底に突き落とされた感覚が溶け合って僕を苛む。母の唇がペニスから離れた 瞬間、僕は躰を横にして背を丸くすると縮こまっていた。母の手が肩に添えられて、暫らく揺さぶり 続けられていた。 翌日の僕は一日中、学校でぼうっとしていた。ただ黒板の文字を拾っているだけで頭のなかには 何も入っては来ない。それでも、ただノートだけは淡々と書き取っていた。すると、横から白い手が にょきっと伸びてきて書き写していた、ある一点を指し示す。 「ほら、ここ間違いよ。こうだから」 ハッとして白い手の主のいる横を見ると、隣の席の少女が自分のノートを僕の方に見せて 笑っている。 彼女は石川綾といってクラスでも人気の美少女だった。石川綾の印象は母と面影が似ていたから 僕は意識して彼女とは関らないようにしていた。知らない人が一緒に並んでいるところを見れば、 親子か姉妹と言ってもいいくらいに良く似ている。ただひとつの違いといったら、今の石川綾は、 かつての母のように素直な黒髪を腰まで垂らしていることだ。僕も初めの内はとても驚いていたが、 かといって彼女とどうこうしたいとは思ってはいなかった。けれど、母との関係を持ってしまった いまとなっては彼女の存在を心のどこかで意識し始めていたのかもしれない。 美少女と言えばどこか近寄り難い感じがあるけれども、綾の場合は誰とでも気さくに話して 仲良くなるという、人柄か特技みたいなもので多くの者から好かれていた。しかし、そのハッとする 美しい容貌の所為で、ある意味、損をしている部分も決して少なくはなかった。 いろんな想いが駆け、それでも、これも単なる社交辞令のひとつなのだと自分の動揺を否定 して立て直しにかかろうとするのだけれど、いつしか彼女の顔を穴のあくほど見つめてしまっていた。 「ほらここ、こうでしょう。ねえ、わたしの顔になにか付いているの?」 「えっ、い、いや何も……」 ぎよっとして、僕は黒板へと視線を戻す。多分、耳朶は赧く染まっていたことだろう。チラッとだけ 盗み見してみると、綾も微かではあったが顔を赧くしていた。その時、僕と綾のおしゃべりを先生が 見咎める。 「おーい、そこ。私語は慎みなさいよー」 「はい、すみませんでした」 綾が明るく即答する。 「そこのボケボケにちゃんと教えてくれたかなぁ?」 「えっ。ハハハ……。そりゃもう、しっかりと」 (なんなんだよ。おまえは、保護者かよ!) 「よろしい」 僕は顔から火を噴いていた。そのやり取りにクラス中が笑い出す始末だった。綾は舌を チロッと出して僕に微笑を向ける。 (ちゃんと謝れよ!人に恥掻かせておいて!) 母とのことでさえ頭の中がいっぱいなのに、さらに僕の前にしゃしゃり出てきた不可解な 石川綾の行動に頭を悩ますことになろうとは、その時は想像もしていなかった。 夜ドアが開かれ、母が僕の部屋に入って来て、ベッドに載って横たわって寝ている僕の背中に 母の女の匂いが迫ってくる。 「翔ちゃん……。ごめんね」 「あやまらないでよ……」 「ごめんね……」 僕は組んでいた腕を解いて、左手を肩越しに差し伸べると、母の手が僕の腕を包むように掴んで 回転しながら滑りながら上がると、手を弄り親指と人差し指の間を同じ指でやさしく撫で擦る。 そして指と指を絡めて母の指が何かを訴えるかのように力いっぱいに握り締めていた。僕の指は 痛くなって、ぴくぴくっと引き攣る。この痛みが母にも同じようにあるのだろうか。 「母さん、痛いよ……」 母は力を緩めることなく握ったままで、僕の項に唇を這わしてきたことで、ペニスがびくんと反応 し始める。吸い付かないで、ただ押し付けただけの恥戯に僕は顫えていた。 「あっ」 母の指が弛緩して肩越しに、僕の指を唇に咥え込み舐め始める。一本一本を丁寧に、唾液を 塗すようにして、指と指の間にまで舌を這わせる。また項に戻ると舌がゆっくりと上がっていって 頬を舐めまわしたところで、僕は仰向けになって杉村美沙の唇を受け入れた。 パジャマを脱いで母は生まれたままの姿で僕のベッドにいる、僕も裸になって。母がシーツに 後ろ手を付いてM字に開脚して僕を誘う。暗がりの中に母のスリムな肢体が白くぼうっと浮んで、 ペニスが痙攣する。僕は躰を屈めて美沙の太腿から舌を這わせながら股間に顔を埋めて息づく 女の性器を唇で確かめる。愛液が溢れて僕はそれを啜るようにして呑み込んでいた。母の太腿は ふるえ喘ぎが増している。黒い欲望にペニスが硬くなっていた。この女(ひと)を貫きたいと。 「し、しょ、翔ちゃん。て、手で擦って。包むようにして擦ってちょうだい……。おねがい、そうして」 「う、うん」 僕は美沙の股間から愛液にべっとりと濡れた唇をあげて、右手を返して美沙の濡れそぼる性器に そっとあてがってゆっくりと上下に撫で擦ってみる。後ろ手に付いていた母の手が僕の腕に絡み 付いて来て、性器に押し付けるようにきつく掴まれていた。上体は前屈みになり、美沙の小振りな 乳房が垂れ、肋骨が浮き出た脾腹が喘いでいる。我慢している。ペニスを母に舐められていた時、 貌を股間に押し付けたい衝動に駆られ、堪えて悶えたもどかしさが過ぎっていった。 「しょ、翔ちゃん……。淋しかった。淋しかったの」 「僕に甘えたいの?」 「ごめんね。ごめんね……」 美沙の上体がペニスに縋るかのように、僕の腕に絡み付いていた。 「ママ……」 僕は人差し指と中指を入れる。 「してくれるのね。そ、そこ……。そこ、コリッてしているでしょう」 暗がりに浮ぶ美沙が、何かに取り憑かれたような貌で僕に囁きかける。 「う、うん……」 「もう少し奥にそっと入れてみて」 「こう」声が上ずった。 「そう。ゆっくりと。あん、そ、そこをやさしく捏ねるように指で撫でてみて」 「わかった」 「そっとよ」 「これでいいの」 僕は中指の腹で天井をそっと撫でてみる。 「うん。上手よ……、んあっ、あん、ああっ」 母の手が僕の手首をまた掴んでしまう。 「だめだよ、ママ。そんなことしてたら、動かせない」 「うっ、うん……。翔ちゃん、やさしくね……」 僕は興奮していて強く擦っていたのかもしれない。母の白い乳房が妖しく揺れていた。僕は右手を シーツに付いて、喘ぐ母の乳房に甘えるように唇をそっと近づけてみる。 母が僕の射精した精液をぜんぶ呑み干してから、ふたりが肌を重ねるまでに至るには、さして時間は 要さなかった。けれど、まだ僕から母を積極的に求めたことは無い。いつも母から僕を求めてくる。 あの瞳で迫られると、どうしょうもなくて従うしかない僕だった。その引き摺られていく感覚に いごこちよさを感じていただけなのかもしれない。 ペニスをやさしく握られ導かれて、僕は母のなかに腰を進めた。ゆっくりとゆっくりと…… 還ってゆく。 「そうよ。あわてないで、やさしく……ね」 「うん」 母の膣内は十分に濡れていて僕のペニスを迎え入れてくれる。ペニスが埋めきられて恥骨と 恥骨がふれあうと、僕は荒い息を付いていた。ニ、三回のストロークで往ってしまいそうなほどだ。 腰が顫えて、やみくもに衝きあげたい衝動にも取り憑かれていた。 「まっ、まだだから、うごかないで。ねっ、我慢して。翔」 母の肉襞が僕を包み込むように迫ってくる。僕は下唇を強く噛んで苦悶するような貌で時を 待つ。瞼を開いたら、母が目を細めてやさしく額に垂れてきた髪を分けてくれた。僕は母の躰に 重なって耳元で熱い息を吐いていた。母の微笑を魅せられて、僕の中の何かが変る。ちょっとだけ。 「いっしょに昂め合って緊張をほとくの、解き放つのよ。翔、できる?」 母の手が背中を撫でてから、やさしく髪の毛を弄るように撫でていた。僕はこの瞬間に果てたい という衝動をさしおいて、美沙の乳房に顔を埋めて泣きじゃくりたい衝動が噴き上がっていた。 母の声に、そして肌ざわりに、そして禁忌という悪しき呪文に感情の入れ物が壊れて溢れ出て しまいそう。 「翔、動いて。ゆっくりと腰をあげて落としていって。ゆっくりとね」 僕はシーツに両の手を付くと腰を浮かせて、絡みついていた美沙の肉襞を引き摺る。 「僕はママの恋人?」 母が涙を溜めて貌をゆっくりと横に振る。 「……の愛した人との……わたしの一部よ。んああっ、ああ……」 僕のペニスがゆっくりと美沙を押し拡げながら奥深くに入って恥骨がふれあうと、シーツに 付いていた僕の手首に美沙の白魚のような指が絡まっていた。 「ごめんね。しょ、翔、翔ちゃん……」 「僕、ママが好きだから……好き、好きなんだ」 僕のなかのたくさんの赫い華が風に揺れている。部屋には哀しい猥らな音がゆっくりと 拡がっていた。 「ありがとう、ありがとうね……」 僕の手首に絡み付いていた手が首に廻されると、律動を止めて美沙の躰へと重なる。美沙の髪に 指を埋めて、くなくなと揺すり歔いている貌を鎮め口吻をすると、美沙の舌がやさしく入ってきて強く 吸われていた。僕は律動を開始して美沙を突きあげて衝きあげて、全身の感覚が母に蕩けあう ような瞬間を遂に向かえていた。 確かに烈しくペニスが勃起するのだから、僕のなかに母への欲望は存在する。端から見れば、 ただの獣欲に耽溺する色気違いの母子としか映らない。けれど何かが違っていた。母・杉村美沙の 僕に対する性衝動がそこはかと怖かった。けれど揺れる華を染めていたものは、天上に浮ぶ血を 刷いたような赫い月の所為だった。 「ほら、また、ぼうっとしてるよ!」 「な、なんなんだよ……」 そう僕が言うと、石川綾はぷいっと正面を向いてしまい、長い黒髪がふわっと舞った。綾の光景に 瞬間ときめいて母の記憶が鮮明に蘇っていた。 ようやく授業も終わり、綾が誘ってきたけれど、僕はともだちと用事があるからと丁寧にことわって、 とまどいから解放された気安さに、それとなくを装って尋ねてみる。下校時の友人とのだべりのなかに 答えを見つけようとしていた。 僕は美沙のなかの綾に射精した。精が尽きても躰が尽きるまで、何度も何度も杉村美沙を 突き続けた。そして、僕と母の獣の交合は終わりを告げた。 そして、月日は流れて……何度目かの春に。 「母さん!もう、出かけるよ!」 「だから、早く起きなさいって言ったでしょう」 「母さんも一緒に出るんでだよね。載せてってよ」 「わたしは、まだ後だから……」 「げっ」 「だからね……」 「はいはい」 僕は母さんの言葉を遮る。 「翔!ねえ今度は、ちゃんと亜紀さんを連れてきなさいよ」 「綾みたく食っちゃやだよ」 綾のことが溜め口になるまでになっていた。すこし傷には滲みるけども。 「もう、ばか……。ほら、早く行った、行った!」 「今度はちゃんと亜紀を連れてくるからね。いってきます!」 「いってらっしゃい!」 『翔くん。人は非力でも、強くなろうと思えば誰でも強くなれるよ。ねえ、そう思うよね』 桜の樹の下で僕に言った問い掛けを残したまま、そう教えて綾は逝ってしまった。桜を見る度に また涙すると思うから避けていた、この桜の華。亜紀が話してくれた猫を飼うということから彼女と 桜を見に行こうと思い立って此処に立つ。 突然ふらっと僕の前に現れて居なくなってしまった女の子の出会いを忘れることなく、この環を 続けていこう。亜紀はまたいつか僕の過去を尋ねてくるだろうか。 『翔、お母さんを好き?愛しているの?せっくす……したいと今も思うことあるの?』 『答えなきゃダメかな……』 少し困る。 『うん、私は翔の正義の味方だからねぇ』 『……』 『うそ、うそ。ごめんね』僕は亜紀の鼻と鼻を擦り合わせて額をぐりぐりと押し付ける。 桜を愉しそうに眺めている彼女の横顔を僕は見続ける。その時は話せるだろうか。 「ねえ、なにかわたしについているの?」 亜紀が片手で髪を耳に掻きながら僕の方を振り向いていた。僕のなかの綾といっしょに。 「ねえ、なんなのよ」 「ごめん。まだ強くなれないよ」 僕が綾に呟いていた。 「ねえ、なんのことよ。言いなさいってば」 「スタートだなって」 「そっ、四月だもんね。翔がかわらないなら私が先にかわるから」 「聞えてるじゃないか!」 「きゃあっ!やめてよ!」 亜紀とのはじまり。僕は手をそっとだして、亜紀がそれに応えて自然に絡み合う繋いだ手と手。 「ねえ、ほんとはなにを考えていたの?」 こどもが親にものを尋ねるような聞き方で……。 「人って、なんで桜に思いを託すのかなあって、考えていたのさ」 「ふうん。じゃあ、来年もまた此処に来なくちゃね。ねっ、や・く・そ・く!」 亜紀がこどもっぽく目の前に小指を差し出す。 「うん、来たいな。また見たい!亜紀といっしょにな!」 指と指が絡まり合った僕たちはひとつの環になった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |