青い車の記憶
シチュエーション


"あ・・・同じ車・・・”

電車の一番後ろの手すりを手にしてもたれかかって、ぼんやりと外を眺めていたキョウコの目に一台の車が飛び込んできた。
青の、ミニクーパー。
大学時代に付き合っていた男が乗っていた車だった。

男の名はシンヤといい、二人はサークルの新入生歓迎コンパで出会った。
まだアルコールに慣れていなかったキョウコが、一次会が終わり、二次会に向かう集団についていく事が出来ず
店の前のガードレールに腰掛けていた時に、シンヤが話しかけてきたのがきっかけだった。

”そこ〜!新入生同士でくっつくなー!!” 
”送り狼になるなよ〜”

さまざまな掛け声を背に、シンヤは最寄り駅まで送ってくれた。
それからしばらくして構内で偶然出会った二人の仲が進展するのにそう時間はかからなかった。

お互い地方から出てきた1人暮らし同士だった為、二人は自然と大学から近いキョウコの部屋へ一緒に帰るようになっていった。
そうして一年過ぎ、二年過ぎ・・・
二人はたくさん喧嘩し、たくさん泣き、たくさん怒り、たくさん笑った。そのとき、二人の関係は永遠に思えた。
その車を買ったとき、ルパン三世と同じ車なんだぜ、とシンヤは凄く自慢げに語っていた。

「卒業したら結婚しような」

その車に乗って始めていった泊まりの旅行。
その晩、シンヤの裸の胸に顔を乗せている時にそう言われたキョウコは、迷わず うん、と答えた。

だけど、社会の波はまだ幼かった二人にはあまりにも厳しかった。
上手く行かない就職活動。理想と現実の狭間。
二人の間に笑顔よりも沈黙の方が多く流れるようになった時から、二人は徐々に離れ、別れた。

どちらが悪かったわけでもない。お互い、若すぎたのだと、キョウコは思う。
ふと、銀色の手すりを持つ自分の指にシンヤとの生活を思い出す。
シンヤと別れてからキョウコは数人の男と経験した。いずれも歳上の、落ち着いた大人の男だった。
男達はいずれもキョウコを巧みに頂点へといざなったが、心のそこから熱くなるような感覚が沸き起こったのは
シンヤだけだった。

手すりをシンヤに見立てて指でなぞってみる。
シンヤが好きだった動きを指で再現する。
シンヤの裏筋を爪でそうするように、手すりを軽くカリカリと引っかく。
シンヤのそのツルンとした頭を撫でる様に指の腹でくるくると円を描く。
シンヤ・・・シンヤ・・・

思わず内股に現れた甘いむず痒さに、キョウコは我に返る。
例え今シンヤに再会したとしても、あの時と同じ二人ではいられないだろう。

走り去る車を見送りながら、キョウコはシンヤとの甘く切ない思い出をまた胸の奥にしまった。






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