シチュエーション
![]() 暫くは、黙ったまま手を繋いでいました。まるで中学生のようでしたが、幸せ でした。時折顔を見合わせて笑い、本当に幸せだな、と感じました。 「あのさ、週末おヒマ?」 終末は…はい。さくらちゃんも旅行に行きますし、予定は何ひとつありません。 「おヒマです」 「…じゃさ、あの、出掛けよっか。俺さ、染井さんに見せたい所あるんだ。まだ 1人しか見せてない場所。すっげ、綺麗な所、あるんだ」 最初の、女の人と話し慣れているような雰囲気は、微塵もありません。ちょっ とたどたどしく話し、縋るような眼で私を見ました。 断る理由なんか、ありませんでした。 そして当日。 私は車があるので、車で行く事にしました。 まずは軽くお腹に入れましょうか、という事になって、出発しようとした瞬間、 聞き覚えのある着信メロディが鳴りました。確か、初めて会った時も…って、ま さか!? 『岸部ぇーーーーーーーっっ!!』 「よっ」 予測していたのか、耳から電話を離して応対する孝一さん。 「どうしたの?そんな怒って」 この間とは違い、至って涼しい顔をしています。 『どうもこうもあるか!お前、なんで忘れられんの!?今日は―――』 「あ、悪い。でも今日行けないよ。彼女と旅行だもん」 旅行、なんでしょうか。日帰りだと思っていたのですが。 『…はぁ!?』 「だから、彼女と旅行に行くんだよ。言ってなかったっけ?」 『聞いてねぇーー!!』 こっちまで聞こえて来ます。相手の方の怒りも、伝わって来ます。でも、やっ ぱり涼しい顔です。私は蒼褪めて帰ろうかな、と後退りします。今なら、多分間 に合いますよ?送って行ってあげますから… でも、孝一さんは後ず去る私を見て焦ったように。 「悪かったよ、今度埋め合わせするからさ…あ、待ってよ染井さんっ…んじゃな っ」 半ば一方的に、電話を切ってしまいました。 「いいんですか?」 車を運転しながら、私は訊ねました。 「いいの。ていうか、忘れてた訳じゃねぇから。ほら、聞こえたっしょ?声ので かい女と、よく話に出てた大輔っての。そいつらと旅行だったんだ」 とても美味しそうにバナナ(通算3本目です)を食べながら、言います。忘れ てないのに…もしかして、私のせいですか? 「よくないですよ、そんなの」 私は嗜めます。けれど、孝一さんは全く動じず。 「いいのいいの。あのさ、実はそいつと大輔ってお互い好き同士だと思うんだよ。 よく2人で遊んでたりするし。でも付き合ってる訳じゃ無さそうだし、じゃあこ れ機会にくっつけって思ってさ。俺最初からバックれようと思ってたんだ」 いっしっしっし、と笑う。ああ、そういう事だったんですか。 「…俺、邪魔なのかなって思って」 笑ったと思ったら、少し暗い顔になってしまいました。拗ねてしまったのでし ょうか。でも。 「私が…いますから」 恥ずかしいけれど、そう言いたくて、言ってしまいました。 ありがと、と小さく言ってくれました。 孝一さんのナビで走ること数時間。その間に美味しいごはんを食べたり、綺麗 な場所で寛いだり、物凄く楽しい時間を過ごしました。 けれど、目的地にはまだまだです。このままでは、今日の内に帰れませんが。 「…え、日帰りじゃねぇよ?ちゃんと旅館も予約してるし…言ってなかった」 涼しい顔で、さらっと言ってくれました。 「聞いていません…」 私は脱力しながら反論しました。 「嫌?」 「…嫌じゃ、ありませんけど…」 何せ、いきなりですから。私は溜息をついて心を決めます。どうせ家に帰って も独りです。 「まぁ、わかりました…予約もしてあるというなら…」 折れてしまいました。 「ここ」 とりあえず旅館に着いて、部屋に荷物を置いてから、その場所まで歩いて行き ました。山奥にぽつん、と建った旅館から更に奥へ。森の中を歩いて、気が付け ば夕日が差して来て… 「っ…うわぁ」 森を抜けて、高台から町と海が一望出来る、素敵な場所でした。 オレンジに染まる海や町並みが本当に綺麗で、私はポカンと口を開けたまま立 ち尽くすしか出来ませんでした。 「俺、これ見てるとマジで色んな事どーでも良くなんだよね。俺がマジで駄目に なりそうになった時、大輔が連れて来てくれたんだわ。ここら付近、あいつの生 まれた土地だから」 ぺたん、と座って海の方を見る孝一さん。私も隣に座ります。 この人と、たくさん喋ったりするのも楽しいですけど、こうやってただ側にい るだけの時間は、なんだかとても幸せな気分になります。 「―――ありがとうございます、こんな素敵な場所に連れて来てくれて」 私は、なんだか泣きそうになりながらそう言いました。幸せすぎて、切なくな るくらいになってしまって、私は孝一さんにしがみ付きました。 「うん、そう言ってくれると俺も嬉しい」 私の身体を抱いてくれる孝一さん。本当に、幸せです。 …貴方の事が、好きです。 暗くなるまでそこにいて、写真を撮ってから旅館に戻りました。 ごはんを食べて、お風呂に入って、テレビを見たりお話をしたり、楽しい時間 はあっという間に過ぎてしまいました。 「そろそろ、寝る時間ですね」 時計を見て、そんなに夜更かしもしていられないと思いました。が、そう言う と、急に私を抱き締めました。どうしたんでしょうか。 「あの、孝一さん?どうしたんですか?」 「どっ…どうしたって言われても…え、この状況でそれ言うの!?」 信じらんねぇ、と呟いて、真正面から私を見据えます。物凄く真剣な眼差しで、 射抜かれてしまいそうです。 「…俺、染井さんが欲しいんですけど」 …欲しい?欲しいって、どういう、あ、つまり私とセッ… ずざざざざざざっっ!! 「えええええっっ!?」 不満気な声の孝一さん。私は真っ赤になって、かなりの速度で(座ったまま) 後退りました。 「なっ、ななっ、え…ええええっっ!?」 どっ、どうしましょう!え、私、私そんな事全然考えていませんでした!!更 に後退ると、手に固い感触。私の携帯電話。 「ちょっ…しょ、少々お待ちくださいっっ!!」 電話を引っ掴んで、廊下と部屋の間の…つまりは、下駄箱のある狭い狭い場所 で、私は電話を掛けます。 さくらちゃん、私、どうすればいいんですか。どうしよう。さくらちゃん、さ くらちゃん……! 中々出ません。さくらちゃん、さくらちゃん助けて。私、私… 『桜花ちゃんっ!?』 さくらちゃんの声。物凄く、焦ったような声。 「さ、さくらちゃんっ!?あの、どうしよう、私、大変ですっ」 声に出すと、私の方が焦っています。いえ、本当に焦っているのですが。 「前から何故か私に言い寄って来る人がいるって…言ってましたよね。あの、今、 いるんです。一緒に旅行に行って、あの、私が欲しいって…」 身体中が、熱くなります。自分で言って、物凄く恥ずかしいです。しかも、言 い方がなんか、嫌です。整理が出来ません。さくらちゃんも、なんだか驚いてい ます。 『ええええっっ!?ちょっ、え、旅行!?なんで!?嫌がってなかった?もしか して拉致!?拉致られたの!?』 「ちっ、違います!あの、私、好きです。その人の事好きで、それで一緒に旅行 に行きました。でも、まさか、まさかこんな事になるなんて…」 『まさかって…嘘、だって、男と女で旅行って…しかも、好かれてるのわかって て、それ!?』 さくらちゃんの声が、怖くなります。そして、暫く無言でいて。 『桜花ちゃん…』 「はい…」 『犯されろ』 ぷつっ。つー、つー、つー。 「さっ…さくらちゃんっ!?」 何度リダイヤルしても繋がりません。 嫌われた…?物凄く、呆れられましたよね… 私は呆然としながらへたってしまいます。 「…お話、済んだ?」 戸を開けて、やっぱり少し怒っているような口調の孝一さん。 「さくらちゃんとやらに怒られちゃったんだ」 「うっ…」 聞こえてしまいましたよね、結構大きな声、出してしまいましたしね…私は項 垂れてしまいました。 「私、馬鹿です…よく考えるべきだったんです。軽率でした…」 「そうだな、まぁ、アンタ日帰りだって勘違いもしてたし、まぁ、同じ部屋なの 嫌がらなかったからOKかと思ってたんだよ…」 ごめん、と謝ると、私の手を引いて部屋に戻ります。私は泣きながらごめんな さい、を繰り返すばかりで、終いにはぺしん、と叩かれてしまいました。 「そんな謝るなっつの。俺だって『やれねぇ女に用は無ぇ!!』なんて言うつも り無いし、それでアンタを嫌いになったりはしねぇから。な?ほら…」 キスをしながら、私を抱き締めてくれました。 孝一さんは、優しい人です。いつも私を気遣ってくれて、いつも笑顔でいてく れて。日に日に『好き』という気持ちが膨れ上がっているんです。 さっきまで考えてもいませんでしたが…別に、身体を許したくない訳では無い です。今は、寧ろ求めてくれる事が、嬉しいくらいなんです。こんな私なんかを、 欲しがってくれるこの人が、とても愛しいのに。 「あの…孝一さん」 「なに」 さっきの、とても真剣な顔の孝一さんみたいになっていたと思います。私は孝 一さんを見据えて、言いました。 「…いいですよ」 恥ずかしいです。物凄く恥ずかしいです。でも、それでも言いたかったんです。 「え、え?なんで、さっき物凄い動きしてたじゃん。俺マジでびびったよ、あの 動き。ゴキブリかと思った」 「ゴキブリって…」 よーく考えて物凄く酷い物言いだと思うんですけど…まぁ、気にしません。 「二択です。しますか、しませんか」 「しますっ!!」 「後、私処女ですけど」 「そー…れはなんとなくわかってました」 見破られてましたか… 「…でも、なんで?」 電気を消して、布団の上に2人転がってから、そんな事を聞いて来ました。 「なんでと言われましても…好きですから。後、私も大人です。自分で考えて出 した結果ですから、貴方に嫌われたくないから、というような投げ遣りな姿勢で もありません…でも、怖いのはありますね」 浴衣を脱がされると、えっ、という顔になる孝一さん。 「すいません、日帰りだと思っていたので、下着類は洗ってしまったんです」 嫌ですよね、おばさん臭いなぁ、と自分でも思います。 「あ、いや、謝る必要は無いんだけど、びっくりした」 「私も、びっくりすると思いました。すいません。後、胸が小さくて」 私の胸はAカップです。さくらちゃんのEカップの胸を見ると、物凄く羨まし くなります。 「ゃっ…」 片手で、孝一さんが私の胸を触りました。孝一さんの手に納まるサイズなのが 悲しいですね。 「胸、小さくても俺は気にしねぇよ。俺はどっちかと言えば尻フェチだから」 キスをして、私を慰めようとしてくれているのでしょうか、おでこをおでこに くっつけて、ぐりぐりして来ました。 「孝一さん…嬉しいですけど複雑です」 私も何かした方がいいのでしょうか、おでこを離した隙に、キスをしました。 「…まぁ、胸小さい方が感じやすいとも言うし、人それぞれだし。俺が好きなの は染井さんだから」 「あっ、ん…んっ」 両手で胸を触られて、思わず声が出てしまいました。声を出すまいとしていた ら、出さない方がいい、と言われました。恥ずかしいんですけどね… 「あっ…!」 両方の乳首を同時に摘まれました。びっくりするくらい切ない声が、出てしま いました。 「やっぱ、感じやすいのな」 意地悪く、囁きました。 乳首を弄られながら、身体中を撫で回されます。岸部さんの手が私の身体を這 いまわり、急に足の付け根の辺りを触ります。 「やんっ…あ、あっ!」 片手で、私の脚を割ろうとします。恥ずかしくて、力を入れて開かせないよう にしましたが…遅かったです。 「いやぁ…恥ずかしいです…」 「だろうね」 さらりと言ってくれました。 「―――ああっ!」 開いた脚のせいで、丸見えになっているでしょう、私の…あそこに、つっ、と 指が触れました。 「あ、もう…」 笑って、指を一本だけ中に…入れました。私のあそこは、湿った音を立てて、 孝一さんの指を易々と受け入れて行きました。 孝一さんの指が、私の中で動きます。その度にいやらしい音がして、お尻を濡 らしています。 「やですっ…あ、あっ…」 指が、2本に増えました。一瞬だけ痛かったですけど、すぐによくなりました。 きっと、今の私は物凄くいやらしいんでしょう。孝一さんの前で脚を拡げて、 声を上げて、こんなにも感じて。 「もっとして欲しい?」 「っ…!」 意地悪く、聞いて来ます。酷い人です。そんなの、わかっているのに。指を止 めて、私の返答を待っているみたいです。私は顔から火が出そうな気持ちになり ながら、小さく頷きました。 それなのに、孝一さんは。 「じゃ、そろそろ本名教えてよ。でないと、いかせてあげねぇよ」 「…意地悪…です…」 私は孝一さんを睨みます。でも、本当は隠す必要なんか無いものを隠している だけの話ですから… 「どうすんの?そめ―――」 「桜花…です…あの、桜の花、と書いて…桜花…」 少し、どうかしていたかもしれません。指が中に入ったままの孝一さんの腕を 掴んで、もっと、といいた気に動かしてしまいました。 「っ…エロいっすね…」 「言わない…で…あっ!あ、ひゃっ…」 再び、指が動き出しました。さっきよりも大きな音がして、いつの間にか自分 で腰を動かしていました。もっと、欲しいです。孝一さんに、もっと滅茶苦茶に して欲しいです。 言葉に出そうとは思わないのですが、出そうと思っても、今の私にはいやらし い喘ぎ声しか出ません。 「あっ…あ、あっ、や、いいです、いっ…ああんっ!!」 私の中が、弾けたようになって、びくびくと収縮しています。孝一さんの指を 締め付けて、もっと、というようにまた腰が動いていて、そんな自分をいやらし いとも思わず更に快感を求めていました。 月明かりの中で、孝一さんが指を舐めます。そしてすぐに私の口にその指を寄 せて、含ませます。 「これ、桜花さんの味」 私はヌルヌルした指を舐めました。自分の味、と言われてもイマイチピンと来 ませんが… 「綺麗だわ、桜花さんって…名前も、アンタ自身も」 「ぷは…ん、でも、私…仰々しくて、好きじゃなくて、私も本当は、さくらちゃ んの名前の方が羨ましくて…」 「ああ、被ってるね、名前。でも、いいじゃん。染井って苗字と合ってるじゃん、 2人とも」 本当は、さくらちゃんは違うんですけどね…今は、何故かまた指を舐めたくな ってお喋りを中断してしまいます。 「なに、しゃぶるの好きなの?」 何故か物凄く嬉しそうに言います。わかりません。でも、今はそうしたくて。 「ま、それは追い追いか。ちょっと指放してくれる?」 言われた通りにすると、寝転がっている私に背を向けて何かごそごそしていま す。手持ち無沙汰で、自分の髪を弄っていると、また孝一さんが覆い被さって来 ました。 「本番、いい?」 「…はい」 少し躊躇ってしまいましたが、ここで断るのも恐ろしい話です。孝一さんはま た私の脚を開きました。この格好、物凄く恥ずかしいんですけどね。 「あ…」 入口に、何かが当たります。何かって、わかっているんですけども。それが、 ゆっくりと中に入って来ます。 「あっ…あ、こわ…い」 自然に涙が浮かんで、孝一さんにしがみ付きます。大丈夫、と呟いてキスして、 抱き締めてくれました。 まだ、そんなに痛くは無いです。けれど、半分くらい?ですか?進んだ所で、 何かが引っ掛かるような感触がしました。 「桜花さん…」 ぎゅっ、と痛いくらいに抱き締めてきました。それと同時に。 「ひっ―――!」 引っ掛かりを断ち切るように、更に孝一さんが入って来ました。涙がまた出て、 思わず背中に爪を立ててしまいます。 「いっ…いぁっ、あっ…孝一さぁんっ…」 痛くて、怖くて、何度も名前を呼びます。出来るだけ辛くないように動かない でいてくれるのですが、それでも慣れるまで時間が掛かりました。 「孝一さんっ、孝一…さ…」 声が掠れて、涙が溢れて。孝一さんは私の頭を撫でたり、キスしたりして落ち 着かせようとしてくれました。ぽつ、と『好きです』と呟きました。孝一さんは 『俺も』と答えてくれました。 暫くは無言で、お互いきつく抱き合ったままでいました。その内、痛いという よりも痺れる、くらいの感覚になって、少しずつ楽になって来ました。 「…孝一さん、あの、私もう大丈夫ですから…あの、動いていいですよ」 恥ずかしいですけど、自己申告しない限りどうにもならないと思ったので、そ う言いました。 「いいの?」 「はい、大丈夫です。あの、孝一さんにも、気持ちよくなって欲しいですから…」 さっきの指より何倍も太いものが身体中をいっぱいにしてしまっているみたい で、それが…動いたりするのは恐怖感もありましたけど。でも、それでも孝一さ んにしてもらいたくて… 「んっ…んっ!」 ゆっくり、動き始めました。ちょっとずつ抜いて行って、そしてまた入って来 ます。次第にまた水音がし、痛みが薄れた分本当に『孝一さんとこういう事をし ている』という事実を実感してしまいます。 「ぁうっ…うっ…」 気持ちのいい所も一緒に擦られて、私はさっきより感じる、とは言えませんが、 また声が出て来ました。そこを弄られると、また孝一さんを締め付けるようにし てしまいます。 まだ少し痛くて、痺れていますけど、少しだけ気持ち良くて、えっちな事をし ている、という事実が少しずつ快感を増して行って… 「孝一さんっ…あっ、あん、あっ…」 ちょっとずつ、動きが速くなって行きます。痛みが少しだけ増えましたが、気 持ちよさも比例して、私はまた声を上げます。 「あ、あっ、はあっ…あっ…」 ちょっとずつ、ちょっとずつ快感が増して行きます。でも、しがみついた孝一 さんが、なんだか鳥肌が立ったみたいに震えて――― 「っ…!」 「ぁ…」 杭を抜かれるような感じで、孝一さんが私の中から引き抜かれました。 孝一さんが離れて、ひんやりした夜の空気に身体を晒されると、急にまた下肢 が痛んで来ました。じりじりとした、鈍い痛みです。 「いたっ…」 動こうとしたら、ズキズキと痛んでつい声を上げてしまいました。 「…ごめん」 一緒の布団で、裸のまま抱き合って、孝一さんは言いました。 「いえ、初めてですから。それに私は初めてが孝一さんで良かったと思いますよ」 それは、本当です。後悔もしていません。 「…そ?そう言ってくれると俺もすっげ嬉しい」 私をもっと強く抱いて、言いました。私もぎゅっ、とやり返しました。 「好きだよ、桜花さん」 「出来れば染井で」 「…好きだよ、染井さん」 「はい」 朝になったら、また電話をします。 謝って、仲直りをして、私の恋人を紹介したいです。 喜んでくれますか?きっと、喜んでくれますよね。 大好きなさくらちゃん。世界で一番大好きなさくらちゃん。 私の、世界で4番目に大好きな孝一さん(同率1位がさくらちゃんと並んで父・ 母なので)の事、一杯お話したいです。 ―――朝。 私と孝一さんは携帯電話の音で眼が覚めました。そしてその音は、さくらちゃ ん専用のものでしたから、私はすぐに取りました。 「さくらちゃんっ!」 『あ、桜花ちゃん!大丈夫?ごめん、後で冷静になったら…あのさ、本当、ごめ ん。私もあの時テンパってて…ごめんっ』 泣きそうな声で謝るさくらちゃん。ふと隣を見ると、孝一さんは首を傾げてい ます。そして『まさか…』と呟いています。 「…あの、昨日のことですけど、大丈夫です。私、その人の事、好きです。だか ら、あの時切ってくれて、結果は良かったんだと思います」 『あ、へぇ…あ、そうなんだ。じゃあ良かったね』 それを聞いて、なんとか落ち着いた感じの声に戻ってくれました。 「…?」 つんつん、と突付かれて私は孝一さんの方を見ます。そして微妙な顔をしなが ら、言いました。 「あのさ、もしかして、アンタの言うさくらちゃんって…『吉野さくら』って言 わない?」 え?それはどういう――― 「え、そうですよ。知り合いなんですか?」 答えると、苦笑しました。そしてあーあ、と溜息をつく。 「知ってるも何も…大輔の好きな奴ってそのさく…吉野の事だよ。うっわ、色々 二度手間?」 もう笑うしかない、といった感じで孝一さんは笑い出しました。 『え、どうしたの?なんかあったの?』 …なんという偶然でしょうか。 私の好きな人と、さくらちゃんの好きな人は、友達同士でした。となると、さ くらちゃんはあのテンションが低くて悪戯好きのダイスケさんの事が好きだった んですか。 それは、物凄く嬉しい事でした。これから先、とても楽しい事になるのがわか りますから。4人で遊んだり、出来るかもしれません。Wデートです。学生時代 から憧れていた事が出来るかもしれません。楽しいです。私は嬉々としてさくら ちゃんに報告しました。 「あの、私が好きになった人は、さくらちゃんの知ってる人なんです!さくらち ゃんのお友達の、岸部孝一さんって人なんです!!」 私は、さくらちゃんの驚く反応が楽しみです、返答を待ちました。けれど、返 答は帰って来ません。変わりに聞こえて来たのは――― ばたん、と、倒れるような音と『さくらさんっ!?』と、慌てたような男の人 の声です。そして。 『ちょっ…えーと、桜花さん…でしたっけ?貴方、今この人に何言ったんです か?』 初めて声を聞いた時より、若干怒ったような声です。どうしたんでしょうか? 「あ、すいません…私です。前、岸部孝一さんにお電話した時、少しだけお話し ましたよね…申し送れました。孝一さんとお付き合いさせて貰っています、染井 桜花と申します」 一瞬、息が詰まったような感じで、何も返って来ませんでした。でも、あー、 と納得してくれたのか、初めての時のテンションで『あー、そうですかぁ』と納 得してくれたようでした。 「桜花さん、出たの大輔?なら話していい?」 『あ、はい。すいません、孝一さんに代わります』 そう言って、電話を渡します。ちょっとあっち行ってて、と手で促されたので、 ついでですから服を着ようと思って離れました。 ダイスケさんの声は聞こえず、部屋に孝一さんの声だけがします。 「…ごめん、黙ってて。自信なかったんだわ。俺、顔から好きになるなんて事今 まで無かったから…なんか恥ずかしくて」 もしかして、私についてですか? どうやらずっと黙っていたようです。あ、だから物凄くびっくりしたんでしょ うか。暫く孝一さんは頷くだけでした。 「あ、そう…そうか。うん、今は全部好き。え、マジ!?マジで!?すっげー!!」 どういう会話なんでしょうか… 「あ、後…唐突だけど、俺と兄貴、どっち好き?」 …本当に、どういう事でしょうか… また暫く頷くだけです。 「そっか…そうだよな。悪い、変な事聞いて。じゃ、またな」 そう言うと、電話を切って私に返してくれました。 「あのさ、桜花さん」 不意に、私をじっとみつめました。なんでしょう、ドキドキします。 「はい」 「あのさ、ひとつだけ言っておきたいんだ」 「なんでしょう」 ぎゅっ、と私を抱き締め、そして言いました。 「俺、初めて会った時から貴方の顔が一番好きです」 …はぁ。 脳裏に、さくらちゃんの言葉が浮かびました。顔、ですか。 「あまり嬉しくないですけど、褒め言葉として受け取っておきます…」 「あ、最初は顔だったけど、今は全部好きよ?アンタの優しい性格も、ほわほわ した雰囲気も、どんくさい所も、割合エロいのも、結構馬鹿なのも。でも一番何、 って聞かれたら…顔だから。自信持って俺、言えるよ」 なんでしょう、この微妙なまでの嬉しくなさって… 「まぁ…私も…好きですよ。孝一さんのあだ名」 「そっち!?」 散々言っておきながら、自分ので驚かないで下さい… 結局、お互い吹き出してしまいました。 きっと、これからもっと幸せになれるのでしょう。素敵な毎日が待っているの でしょう。 帰ったら、さくらちゃんと一杯、お話したいです。 「俺、世界で1番、桜花さんが好きだよ」 帰りの運転は(免許を持っているのは流石に確認しました)孝一さん。運転し ながら、ふとそんな事を言ってくれました。けれど、ごめんなさい。 「私は、さくらちゃんとお父さんとお母さんが同率1位なので、世界で4番目に 孝一さんが好きです」 「っ…嬉し……くねぇ…」 思い切り脱力した声がしましたが、気にはしない事にしました。 多分、その順位が変わる事、無いと思いますから… ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |