シチュエーション
![]() 『あの子が二十歳になったら、でいいかな?』 俺の愛するその人は、そう言った。 うん、それはわかる。こういう事言っちゃいけないとは思うけど、前の旦那さ んと別れてしまっても、あの子に取っては…たった1人の父親なんだろうし。俺 の事、あんまり好きじゃないのもわかっているから、ちゃんと大人になってから 言った方がいいと思っているのもわかる。 だけど。 だけど、本当は――― 「…ただいま」 いつにも増して低いテンションで、大輔は帰って来た。今日は大輔の、二十歳 の誕生日、午前10時半。夕方からは彼女のお家で2人で誕生パーティーをして 貰うと、半年前から楽しみにしていたようだから、チャンスは今しか無い。 「お帰り、大輔…ちょっと話があるん」 少しでも、父親(まだ仮定)らしくしようと思って、ちょっと演技臭く声を作 る。が、その目論見は失敗に終わる。ていうか、無意味だった。 「ちょっ、え、だっだ、え!?大輔!?」 「…なんですか」 不機嫌とも、泣きそうとも取れる声。右頬が真っ赤に腫れ上がってるし、服も ちょっと汚れている。俺は息子(まだだけど)の大惨事に、冷静さを失ってしま う。 「だっ、ど、どうしたんだよ!一体…」 「…別に、なんでもないです。話はまた今度にして下さい」 あわあわしている俺をうざったそうに見て、大輔は行こうとする。が。 「あっ、あ、だっ、駄目!大事な話があるんだよ。今日、夕方からいないだろ? だから―――」 「いますよ」 ぽそ、と呟く。 「…え?」 俺は、耳を疑う。いや、だって半年前から… 「なんで?え?ちょっと、大輔…」 「…予定は無くなりました。すいませんけど、今日はもう誰にも会いたくないん です」 ウエットティッシュで、顔を冷やす。埃を払って、上着を脱ぐ。それ以上は何 も言おうとせず、大輔は部屋に戻ろうとする。俺はそれを引き止める。 「なぁ、大輔、どうしたんだ?あんなに楽しみに―――っ」 肩を掴んだ手を振り払われる。大輔は、俺を睨んでいた。 「しつこいですっ!ふられたんですよ!たった今!!俺は!!!さくらさん に!!!!」 …一喝される。そのまま、大輔は足早に階段を上がって行ってしまった。 え? 俺は、頭の中が真っ白になる。ふられ…た?ふられたって、え、大輔が、あの おっぱい大きくて地味に可愛い女の子に?俺がオールヌード見ちゃった子に!? 呆然としている俺に、ひょこ、と茶の間から顔を出した倫子さんが、一言。 「…間が悪いのよねぇ、彰ちゃんてば」 俺が倫子さんを好きになって、もう20年以上になる。 歳の差は7歳。昔は果てし無い差と思っていたけど、自分も30となると、そ う気にはならないものだ。 …ここまで来るのに、長かったな。溜息をつく。思えば、大輔とは最初からこ んなもんだったような気がする。そう、とにかく俺は間が悪いのだ。 初めて会った時、俺はちょうど今の大輔と同じくらいで、大輔は小学5年生だ った。とにかく笑わない、相手してくれない、喋らないで大分困った。今考える と凄く恥ずかしいけど、その時の俺は大輔を『倫子さんを手に入れる為の鍵』だ と思っていた。大輔本人の事なんか、何も考えずに。 悩みは、もうひとつあった。弟の孝一だ。小学6年生にして大反抗期。とにか く他人を全て見下しているかのような振る舞いに、頭を悩ませていた。 『…大輔くん、チョコ食べる?』 『……』 無視だ。 『あ、すっげぇ美味しいラーメン屋知ってるんだけど』 『……』 あくまで無視だ。 『ねぇ、大輔くん』 『…お前、馬鹿じゃねぇの?』 『な…!孝一!!実の兄をお前呼ばわりしちゃ駄目だろ!!』 『うるせぇよ、ていうか何必死になってんの?超ダセェ』 『おっ…お前は―――って、大輔くんいない!?』 …思い出すだけで、頭が痛い。 「うふふ。彰ちゃんったらもう」 頭を抱える俺の頭をごしゃごしゃ撫で回す倫子さん。 「…俺、また嫌われちゃった」 泣きそうになりながら、倫子さんにしがみつく。が、倫子さんは。 「あらあら、そんな事無いわよ。また、だなんて」 「え?」 ぎゅー、と優しく抱き返してくれる倫子さん。俺はそれに甘えてしまう。 「あの子、ちゃんと彰ちゃんの事、大事に思ってるから」 「…あー、そぉなんだ」 大輔と全く同じ場所+デコが真っ赤に腫れてる実の弟に、倫子さんと結婚する 事を話すと、物凄くテンションの低いリアクションが返って来た。 「そぉって…祝ってくれないの?」 「いや、祝う気はあるけど、そんな素振り全然無かったから、驚きの方がでかい だけだって。ていうか、今はそれよりも…」 はぁ、と溜息。なんだろうか、さっきの大輔まんまのテンションだ。 「あのさ、嫌な事聞いてもいいか?」 俺は恐る恐る聞いてみる。孝一はすぐに察したようで、苦々しい顔で頷く。 「…俺も、大輔も同じよ」 予想通りにも、程があった。 要約すると、こういう事だった。 人数合わせで、孝一と大輔は合コンに行った。 大輔、誕生日前日という事もあって、羽目を外して初めて酒を飲んだ(ここら 辺は倫子さんの教育だよなぁ)。 …気が付いたら、知らない女の子とラブホで同じベッドで素っ裸で朝だった。 女の子は、これでもかってくらい謝ったら許してくれた。 秘密にしておけば良かったのに、大輔は彼女に正直に、全てを話した。でもっ て、絶縁された。私刑付きで。 孝一は、止めようとしてクロスカウンターと頭突きを喰らってこの有り様だ。 おまけに、孝一の彼女からも暫く会いたくありません、と言われたそうだ。 「…だから、悪いのはわかってるけど幸せ絶好調の今の兄貴見てると、すっげぇ 腹立つノリなんだけど」 「巨人大嫌いなのにそのネタ使うか」 「…うるせぇよ。桜花さん巨人ファンなんだよ」 ちっ、と舌打ちをする。あーあー、すねちゃった。昔より今の方が、孝一可愛 いよなぁ。俺は頭を撫で撫でしてやると、思い切り振り払われた。30と21で、 甘えられるのも半端ねぇ寒さだけども。 「…でも、俺も夢だったんだけどねぇ。大輔の二十歳の誕生日に、俺と倫子さん のラヴライフも誕生するっての」 まぁ、それも大輔があの状態なら無理も無いし、考え方を変えれば結婚記念日 と息子の誕生日が同じ日ってのもねぇ…個人的に結婚記念日は2人でいたいけど、 息子の誕生日も、それはもうビッグに祝いたいし。違う日の方が…良かったんだ よ。そう考えると、その方が本当にいいような気がした。 「ていうか、ラヴライフて…」 呆れ満開の孝一のツッコミは、とりあえず無視した。 はぁあ、と孝一は溜息をつく。あーあ、ベタ惚れ状態だったからなぁ。でも大 輔の如く捨てられないだけまだいいとは思うんだけど… 「…吉野、大丈夫かねぇ」 頬を擦りながらぽそ、と呟いた言葉は、予想外のものだった。 「吉野って…」 あれ?たしかそれは大輔の…俺が不思議そうな顔で見ると、孝一は続ける。 「うん、大輔の彼女。でもって俺のダチね。ああ見えて傷付きやすいし、男って いう生き物に警戒持ってるし、今回の事でまたすっげぇ落ち込んでると思うんだ よ…」 はぁああああぁぁあ、とイチゴのクッション抱き締めて、落ち込む孝一。元気 付けようかと、ちょっとからかってみる。 「なに、そんなにその子気になるの?だったら付き合っちゃべぼ」 …予想外の速さで、いちごのクッションが飛んで来る。続けてぶどう、パイン、 ドリアン、スイカ、ボーリングの球のクッションが飛んで来る。あ、もしかして 俺は地雷踏んだのか?また、タイミング悪かったのか?ちら、と孝一を見てみる と…うわ、すっげぇ怒ってる。 「ちょっ、ごめん、ごめんってば…言い過ぎた。悪ごべっ!」 とどめとばかりにバ○ちゃんのぬいぐるみが顔にヒットする。様々なフルーツ (なんでフルーツの大統領まであるんだろう…)と球2種(含○ボちゃん)に埋も れて、俺は自分の要領の悪さに、泣きそうになっていた。が、がっくり肩を落とし ながら俺に近寄って来る孝一も…泣きそうだった。 でもって、俺の隣で三角に座る。 「…俺が、悪いんだ…俺が全部」 「え?」 ふっかい深い溜息。 「…俺は、いつだってあいつを傷付ける事しか出来ない…今回だって、俺が大輔 を誘ったからこんな事になって、俺は、吉野が…」 …もしかして、本当に好き、だったのかな? 本当の事は知らないけど、そんな事を思ってしまう。好きなのに、大輔の為に 諦めたのかな?そんな事を、考えてしまう。 好きな人が他の人の所へ行っても、尚思い続ける事のみっともなさを間近で見 ているからこそ――― 「っ…?」 孝一の頭を、もう一度撫でる。俺は、何も言えない。言う言葉がわからない。 言おう、と思っても、間違ってる事が多い。だから。 「…なんだよぉ…」 目線を合わさずに、ただ頭を撫でた。恥ずかしそうに文句を垂れる孝一。けど、 振り払いはしない。成人している男の兄弟が、フルーティーちゃんなクッション 等に囲まれて三角座りでいい子いい子している図は、きっとキッショイもんだろ う。けど、こうしていたかった。俺が今、こいつにしてやれるのってこれくらい だし。 「大輔、どう?」 暫くしてから、また倫子さん家に行った。時刻は夕方近い。 「あら、彰ちゃん。ちょうど良かった」 にこー、と穏やかに笑っている倫子さん。という事は… 「大ちゃん、寝ちゃったみたい。誰にも会いたくないって言ってたし、会いに行 ったら余計に拗ねちゃうし、良かったらデートしない?」 …マイペース過ぎです、倫子さん。でもその意見、大賛成です。 「でも、私とあの人の子供なのに、お酒弱かったのねぇ」 なんだかそれが凄くおかしくて、私は笑ってしまう。私もあの人も、お酒は強 かった。確かに、酔っ払いはするけど意識を無くすなんて事は無かった。 「まぁ…多分大輔はもうお酒飲まないと思うよ…」 彰ちゃんは苦い顔をしながら、串焼きを頬張る。 「それか、溺れちゃうかもね」 「…倫子さぁん…」 へなへなとしたツッコミをくれた。 彰ちゃんは、いちいちリアクションが可愛い。不器用な所も、ちょっぴり考え 無しな所も、昔から変わっていない。私への、只管なまでの想いも…。 もうすぐ40近いオバサンなのに、こんなに愛してくれるなんて…私は三国一 の幸せ者だって、本当にそう思う。 「…でも、彰ちゃん」 「なぁに」 「本当に、私でいいの?」 本当は、今日籍を入れる筈だった。けれど、出来なかった。大ちゃんもわかっ てると思うから、別に大ちゃんに断らなくても良かったと思うんだけど、彰ちゃん生真面目だから。 私が、ここ10年で何度もした質問を、最期にもう一度だけ言ってみる。 案の定、彰ちゃんはちょっと険しい顔になる。そして。 「…私でいいの、でなくて…俺は、私じゃなきゃ駄目なんだよ…倫子さん」 溜息。 自分でも、ちょっと酷いと思っている。でも、思わずにはいられない。 いつもならすぐに終わるのに、今日だけは気まずいままの雰囲気になってしま った。黙々と食事をして、会計を済ませる。彰ちゃんは先に外へ出ると、歩き出 した。 方角は――― 「彰ちゃん?」 「…あのさ、倫子さん」 私の手を握って、歩き出す。 「どうしたの?…怒っちゃった?」 握る力が、いつもより強くて、少しだけ怖くなる。歩く速度も、速い。何も答 えてくれない。 「彰ちゃ…」 急に、止まる。どこだろうと思って周りを見ると、近くの公園だった。あれ? ここって… 「…ん」 いきなり、キスされる。背中と腰に手を回されて、強く抱き締められる。さっ き思った『あれ?』がもっと強くなる。 なんだろう、と思って彰ちゃんを見る。少し困ったような顔で、私を見ている。 あの時と、変わらない…ううん、あの時よりも、ずっと男の人の顔で。 「覚えてるかなぁ、俺が、初めて倫子さんにこうした時」 …やっぱり。 あれ?の正体を、やっと思い出した。 あの時と同じようなシチュエーション、場所、行動。どうして思い出せなかっ たんだろう。私が、彰ちゃんの事を男の人として見るようになった時の事… あの人と別れて、生まれ育ったこの町に帰って来た時、小さい頃から私を好き だと言っていた小さな男の子は、今でも私を好きだと言い張るおっきな男の子に なっていた。 正直、色々あって疲れていた私には、ちょっと疎ましい存在だった。 私と、あの人のせいで殆ど喋らなくなってしまった大ちゃんの事や、色々な問 題が山積みになっていて、本当に余裕が無かった。 ある日、大ちゃんが学校で問題を起こしてしまって、その時、私は連絡が付か なくて、代わりに彰ちゃんが駆け付けて行ってくれた。確か、一学年上の男の子 のランドセルに、これでもかという量のゴキブリを…うう、考えたくない。 …それで、帰って来た時、大ちゃんは傍目にはわからなかったと思うけど…彰 ちゃんの事を信頼してた。物凄く、好きになっていた。 ホントに、その時はおかしくなってたと思う。私は馬鹿な人間だから、小学生 の息子と、大学生の男の子の眼の前で、泣いちゃった。悲しくて、情けなくて、 悔しくて。 彰ちゃんは、いつもと違って冷静に私を見据えて、大ちゃんに何か言って、私 の手を掴んで、小さい頃一緒に遊んだこの公園に連れて来て、それで――― 「…俺は、あの時から…ううん、それより昔から、ずっと倫子さんを愛してる。 うんにゃ、ずっと、毎日毎日もっともっと好きになってるから」 これも、端々は違うけど、あの時言ってくれた言葉。 「彰ちゃ…」 もう一度、抱き締められる。 「不安なんだったら、何度でも言う。俺は倫子さんを愛してる。誰よりも、それ こそ宇宙で一番倫子さんの事、LOVELOVEあいしてるから」 …スケールの大きい愛情だぁ。 「…でも、私、もうオバサンだよ」 「知ってる。最近腰痛に悩まされてるよね…でも、愛してるよ。あの時言ったよ ね。『私がオバさんになっても云々』って。愛してるよ。海でもどこでも連れてく。 オバサンだろうが、おばーちゃんだろうが、俺は倫子さんが好きだから」 そう言って、今までよりもずっと強く、抱き締めてくれた。 「…うん、ごめんね。私も、愛してるよ。彰ちゃんの事、誰よりも」 私から、キスをする。彰ちゃんは嬉しそうに笑った。 「ねぇ、彰ちゃん…今日、帰りたくないな」 ベンチに座って、ちょっと誘ってみる。 「あらら、倫子さんったら大胆ねぇ。でも、大輔…」 「うふ、変に火を点けちゃったの、彰ちゃんじゃない。それに、ここまで来たら、 初めて行ったホテル、行きたいなぁ。こういうの、やるなら徹底的に…って、言 うじゃなぁい?」 つー、と彰ちゃんの胸の辺りを、指でなぞった。鼻の下を伸ばしながら、彰ち ゃんは笑う。 「そうしたいのは山々だけどあのホテル、3年前に潰れてますから…残念!」 と、テンポ良く返してくれる。 「じゃ、帰る?」 わざと、意地悪く言う。蒼褪める彰ちゃん。 「やっ…やだやだやだぁっ!!行く!!どこでも行くから!!」 必死に縋り付く彰ちゃん。可愛い。年下の、男の子。 「じゃあ、どこへでも連れてって、王子様」 「イエッサー!!」 結婚したら、多分滅多にこんな所にはこないだろうな、と思って、あえてすっ ごい安っぽいラブホテルに入った。あらあら、最近のラブホテルって…凝ってる のねぇ、とオバサン発言。 「倫子さん、本当にこんな所で良かったの?」 シャワーを浴び終えてから何を言うんだろうかこの子は、と笑ってしまう。 「こんな所だからいいのよ…ふふっ、おいで、彰ちゃん」 お母さんの如く、手を広げる。最近は…というよりも、小学校出た辺りから、 大ちゃんはこうやっても来てくれなくなった。彰ちゃんは、いつでも来てくれる んだけど。 「と〜もこさぁ〜ん!!」 そのイントネーションに笑ってしまう。私は裸でシーツに包まっていたから、 彰ちゃんの行動はギャグとして(本当の意味で)成立してる訳だけど。 …まぁ、流石に空中で服を脱ぎながら私の元へダイブして来られても、ちょっ と困るけどね。という事は、大ちゃんはル○ン小僧になるのかしら? 「…倫子さん」 シーツを剥ぎ取って、裸で抱き合う。いつか、私がする事自体よりも、こうし ている方が好き、と言ってから…こうしてくれる時間が多くなった。 いつだって、彰ちゃんは自分より人の事を考えていてくれる。そして、その事 が自分の幸せだって感じる事が出来る人。ただ、タイミングが悪いんだけれども。 「彰ちゃん」 私も、ぎゅっとする。最近ちょっと下っ腹にお肉が付いたんだけど… 「彰…んっ」 あんまり無い、私の胸に顔を埋める。こういう所、昔から変わっていない。 私の事、本当に好きなんだろうなぁ…こんな事を本気で思ってしまえる程、こ の人はストレートにも程があるのよねぇ。 『だから、これは…あの、好き過ぎて…』 「っぶ…!!」 「え!?」 いきなり吹きだしてしまった私に、思い切り驚く彰ちゃん。顔を上げて、私を キョトンした顔で見据える。 「あ、ごっ…ごめんなさい、あの、初めて彰ちゃんとした時の事…思い出しちゃ って」 そう言ってしまって、後悔しちゃった。彰ちゃんの顔が真っ赤になっていく。 「しっ、仕方ないじゃんか、俺、どっ、童貞だったし、あんまり倫子さんが綺麗 だったから…」 しどろもどろになってしまう彰ちゃん。あらあら、可愛い。 …私が彰ちゃんを意識し始めて、色々会って、今はもう潰れたラブホテルで、 初めて身体を重ねた時の話。 彰ちゃん、緊張しすぎて勃たなかったのよね。本気で泣いてわよね…彰ちゃん。 「うううっ…なんで今そういう事言うのぉ…」 あ、今も本気で泣きそうになっちゃってる。そんなつもり無かったのに、虐め ちゃった。私も流石に酷かったと思い、慌ててどうすればいいか考える。そうい えば、あの時は――― 「…あ」 私は起き上がって、素早く軽いキスをすると、にこー、と笑って萎えかけてい た彰ちゃんの息子さんに手を添えた。 「ちょっ、倫子さ…」 「だから、徹底的に」 そう言うと、私は彰ちゃんのを思い切り良く咥えた。 「…とっ、倫子さん…」 彰ちゃんの手が、私の頭に。彰ちゃんたら、何度もしてるのにこの時はいつも 初々しくて、オバサン萌えちゃう。口の中でどんどんおっきくなって行く彰ちゃ んの息子さん。唾液でヌルヌルして来たそれが、本当に可愛く思えて、一旦口か ら出して、先端にキスをする。ちゅっ、と音がした。ちろ、と上を向くと、真っ 赤になった彰ちゃんと眼が合う。 「彰ちゃん、可愛い」 30歳だというのに、この時の、どうにもこうにもな状態の彰ちゃんは、贔屓 目もあるだろうけれど、本当に可愛い。女の子みたい。山口○恵ちゃんとかより、 ずっとずっと可愛い。私は昔のアイドルのマイクの持ち方みたいに彰ちゃんのを 握る。もっと舐めようとした時、不意に彰ちゃんは私の顔を上げさせた。 「…?」 舌を出したままの私の顔を真っ赤な顔で凝視する。何も言わないから、私は続 行する事にした。けど。 「あ、あの…嬉しいんだけど、俺も…ほら、今日、入籍残念記念日って事だしあ の、俺も…」 照れながら、彰ちゃんは言う。可愛い、記念日、後何個増えるのかしら。自分 だけじゃなくて、私も気持ち良くしたい、って、可愛い事考えるわねぇ。 「ふふっ、記念日にしかしてくれないの?」 ちょっとだけ意地悪く言ってみる。けど。 「うっ、ううん!?いや、あの、倫子さんさえ良ければ、俺は毎晩でも…!!」 …激しいのねぇ。正直、本当に彰ちゃんには…勝てないのよね。勝ち負けとか そういうの以前に。肩肘張る事も、全然必要無くなる。 「…倫子、さん?」 あらやだ、年取ったから涙腺弱くなっちゃったのかしら。幸せすぎて涙が出て 来ちゃった。こんなに優しい子が、私なんかの事宇宙一大事に思ってくれてるな んて…考えちゃうと、ねぇ。 「あ、そうだよね。腰、今痛いんだもんね。毎晩じゃ…」 「違うのよねぇ…」 私はちょっぴり呆れながら、彰ちゃんにぺちん、と突っ込んだ。 「んしょ…」 とはいうものの、恥ずかしいのよね、この格好って。彰ちゃんの顔を跨いで、 自分のを見せ付けるなんて…誰が考えたのかしら。日本語であったわよね…確か、 逆椋鳥だったかしら? 「っ…」 彰ちゃんが、いきなりお尻を掴んで来た。びっくりしたぁ。 「もう、彰ちゃん…っん…」 つーっ、と入口を舌でなぞられる。思わず、声が出てしまう。私も負けじと彰 ちゃんのを同じように舐める。けど。 「あっ…ん、や、彰、ちゃ…」 最近していなかったせいか、変に感じてしまう。指と口でいっぺんにされると、 何も考えられなくなってしまう。 「んっ…あっ、あっ…」 彰ちゃんにもしてあげたいのに、手も口もお留守になっていた。 「っ…!」 彰ちゃんの舌が、中に入って来た。わざと音を立てながら、中を舐め回す。気 持ち良くて、鳥肌が立って来る。自然に流れて来た涎が、一層元気なってる彰ち ゃんのに掛かる。そのまま私も追うように先の方を口に含んだ。 意地悪するように、やっぱり音を立てて、この格好みたいに、ちょっとお下品 に。 …恥ずかしい。 一瞬、我に帰ってしまう。自分が、どうしようもないくらいに乱れて、あそこ を濡らして、きっと彰ちゃんのお顔やシーツもびしょびしょになってると思う。 考えただけで、自分がいやらしくて、恥ずかしくて…また、感じてしまう。 「…彰、ちゃ…」 彰ちゃんの顔に、押し付けるような格好になる。彰ちゃんはそれに応えてくれ て、もっと激しく攻めて来た。私は、もう、億劫で彰ちゃんのはほったらかし。 それでも、彰ちゃんは私によくしてくれる。 …私がしないと、この格好意味無いのに。 「…あっ」 心のツッコミを読んでくれたのか、自分もそう思ったのだろうか、彰ちゃんは 起き上がって、私を抱き寄せる。こういう時、本当に男の人だなぁって思う。昔 は凄くちっちゃかったのに。 もう、好きだと初めて言われてから何十年経つんだろう。 「彰ちゃん…あの、私、もう…」 既にくたっ、となっている。大分火が燻ってる状態だから、ホントは、凄く欲 しいんだけど… 「うん」 わかってるよ、と言うように私をもうひと抱きしてから、横たえてくれた。 「…もう、ひとりくらい欲しいなぁ…」 ぼぉっとした頭で、そんな事を言ってしまう。 「なに?俺との?」 …彰ちゃん以外で、誰がいるのかしら。私はこく、と頷く。彰ちゃんは私の上 に覆い被さって、ちゅ、と可愛いキスをくれた。 「高齢出産になっちゃうし、仕事も大変でしょ。4年か5年も経てば、大輔が作 るんじゃないの?」 「そしたら、私おばあちゃん?」 ちょっと苦笑してしまう。けれど、無い話じゃない。 あんまり会った事無いけれど、大ちゃんの彼女の、さくらちゃん。あの子、本 当にもう大ちゃんと付き合う気は無いのかしら?そりゃ、悪いのは大ちゃんだけ ど…でも、あの子…可愛いしお料理上手だし、お菓子作るの上手だし…正直。 「あんな女の子も、欲しかったなぁ」 娘、というのも憧れていた。 「あんな…うん。あの子…大輔の好きな子でしょ?あの子おっぱいおっきかっ」 …ん? 私は、彰ちゃんをじっと見る。彰ちゃんも、途中でヤバイと悟ったのか、言葉 を止めた。 「どうせ、私は胸が無いですよっ」 ちょっと、拗ねた。この歳になったら、サイズ云々よりも垂れる垂れないの話 の方が重要だしね。でも、彰ちゃんは慌てに慌てる。 「あ、いや、違う、俺が好きなのは倫子さんで、あの子は確かにおっきいけど、でも、俺の理想のおっぱいは…」 「…彰ちゃん、可愛い過ぎ」 あまりの慌てっぷりに、私は笑ってしまった。そして、私からキス。 「怒ってないわ。それよりも…彰ちゃんの、ちょうだい」 …即物的にも程があったけど、どうせオバサンだもん。オバタリアンだもん。 恥じらいなんか、何年も前に便所に捨ててくれたわ。 「ふぁ…」 待ち望んでいたものが、身体の中に入って来る。 彰ちゃんが、私の中に。恥ずかしいくらいに潤っていた私は、難無く彰ちゃん を受け入れる。もう離したくないみたいに勝手に身体が締め付ける。 …私が、ホントに彰ちゃんを離したくないのを裏付けるみたいに。 「俺、おっきいのより、倫子さんくらいのが好きだから」 「んっ…ん、やっ、しょ…」 胸を寄せて、掴む。掠ったくらいで感じるくらいに固くなった乳首を吸われる。 もう片方は、指で摘まれる。 「あっ、いいのっ…ん、彰ちゃぁん…」 切なくなる。もっと、もっと欲しくなる。誰が言ったかは忘れちゃったけど、 女は30を越えた辺りの方がいやらしいっていうのを聞いた事…あるけど。なん となくそうだと思う。 掛かる熱い吐息も、淫靡な音も、安いベッドの音も。 昔は感じていても、周りのものを感じる余裕が無かった。けれど、今は。 「あ…んっ、ん、来て、もっと…」 くっ、と彰ちゃんを自分にもっとくっつくように抱き付く。 自分の仕草さえも、自分が興奮する演出にする事に出来る。愛する人と、身体 を重ねる。それは本当に、奥が深いと思う。 若い頃は、よくわかってなかったと思う。でも、後悔はしてない。よくわかっ てなかったからこそ、今、大ちゃんと親子でいるんだから。 ズン、と奥深くに快感が走る。 声が、一層大きくなる。 「…彰…ちゃ…」 いっちゃう。身体が、限界だと知らせている。また理由も無く涙が零れる。 好き。大好き。愛してる。 私は子供みたいに彰ちゃんにしがみ付きながら、達した。 ―――上手になったなぁ、と失礼な事を考えながら。 「やっぱ、帰ろうよ」 時計を見て、俺は言った。 「…どうしたの?」 倫子さんは、とろー、とした眼でこっちを見てる。そんなはしたない格好でい ないでよう、俺、もう2Rくらい行けるよ? 「大輔。やっぱり気になるし…それに、大輔って来るなっていうと来る癖あるじ ゃない。そういう子って自分がそういう時、来て欲しいもんだと思うし…」 行ったら行ったで怒られると思うけど…でも、行ってあげたかった。 疎まれるのわかってるし、今までもそうだったけど、でも、今独りには、なん か…したくなかった。 俺がしどろもどろに説明すると、倫子さんはすぐに了承してくれた。流石だと は思う。ビバ37歳。そう言うと、枕が飛んで来た。 …ビバ、(まだ)36歳。 しかしまぁ。 正式に結婚を申し込んでから、結構経つ。色々あって、大輔が二十歳になった らって言ったけど、本当は… 「どうしたの?」 にこー、といつもの笑顔の倫子さん。笑顔が癖になるって、いい事でもあり、 悪い事でもあるんだよ。 …本当は、俺に諦めてもらいたかったんだよね? 倫子さんから見て、未来のある若者が、初恋を引き摺って、不幸な環境にある 女の人を、一時の感情で背負い込ませるなんて…そう、思ってたんだよね? 時間を置いて、冷静になれば、それは愛情じゃない、単なる同情だとわからせる為に…そう言ったんだよね? 残念でしたぁ。違いますーぅ。 俺は、そんなんじゃないから。ただ、倫子さんを宇宙一愛してるだけだから。 わかってるんでしょ?本当は。倫子さんだって、俺を好きなんでしょ?だから 一生懸命体型維持してみたり、いつも綺麗にしてたり、してるんでしょ? 好きだから、俺がいつか興味を無くすと思って、不安になるんでしょ?そげな 事、絶対に無いから。その事は、ホントにわかってほしいんだけど… 「なんでもないよ、愛してるよ、倫子さん」 ただ、それは言ってはいけないような気がしていた。 「…あれ?」 家路を急ぐ最中、ふと見た事のある人影を発見する。倫子さんも同様だ。 こんな遅い時間に、1人でボーっと歩いているのは… 「…倫子さん、大輔の所行ってあげて。俺は、あの子…場合によっては送るし」 「うん、そうねぇ」 即座に役割分担を決める。心配そうな顔をする倫子さんと別れて、俺はその子 の―――大輔の(元)彼女の、さくらちゃんの所へ走った。 「…あの、君…大輔の」 「…何か用ですか」 うわぁ。 物凄く暗い顔しているよ。どうしたんだろ、大輔、孝一に続くこのテンションの低さ。会話、続かないし!! 「あ、あー、あの、俺、覚えてる?前…」 「お風呂に堂々と来たトク兄さんって人ですよね」 …話し掛けない方が、良かったかもしれない。 「あ、の、あ、ほら、こんな遅くに女の子1人だから、心配で…」 「…別に、いつもこんなんですから心配はいりません」 目線も合わせてくれない…この子とまともに喋った事無いから、どうすれば… ただでさえ、よく考えなくても悪印象しかないのに…自分の中の大輔データ内か ら、この子となんとか話の出来そうな話題を探す。えっと、えっと、えっと… 「あ、あの、君、カエル派?ウシ派?」 「…覆面派です」 ―――またしても、会話は一瞬で終わった。 沈黙が続いた後、その子は立ち去ろうとしたので、俺は慌てて後を追った。 心配なのと、大輔の事で。 「なんですか…なんか、用あるんですか」 うーん、つっけんどんだ。 「うん、あるよ。大事な話なんだ」 「私には、ありません」 そう言うと、また立ち去ろうとする。俺は、そんなその子の腕をつい掴んでし まう。 「…放して下さい。人呼びますよ」 思い切り俺を睨んで、言った。あまりの恐ろしさについ手を放してしまう。が、 その情けなさ満開加減がツボに入ったのだろうか。さくらちゃんは吹き出してし まった。そして、溜息。 「すいません…ちょっと、色々な事、あり過ぎて…」 無理に、笑おうとする。けれど、本当はもう。 俺はこういう時、どうすればいいのか本当にわからない。大輔ならば…立場的 に、元であろうがこの子の恋人なら…早い話が、これが倫子さんなら…優しく、そして強く抱き締めたいんだけど…如何せんこの子は殆ど『他人』なんだ。 気安く触る訳にも行かないし、俺は、迷った末に――― 「ええええええ?」 多分、さくらちゃんもどう対応していいかわからなかったのだろう。 俺は、ちっちゃなその子の、頭を撫でるしか出来なかった。 少し落ち着いてから、近くのファミレスに入って、事情を聞いた。どうも、今 日1日でショッキングな事が相次いでしまったらしい。そういえば、前にもえら い事があってプチ行方不明になった事があったって聞いたな… 暫くは黙ったままだったけど、あったかドリンクをちびちび飲みながら、ぽつぽつと話し出してくれた。 …凄かった。 大輔の浮気(と言ってもいいものなのか)もさる事ながら、それ以上にインパ クトのでかい出来事が。 夕方父親に呼び付けられて、嫌々実家に戻ると、新しい母親が。 別に、それなら良かった。少し前に父親は離婚していたし(それでも再婚)、突 然継母が来るのも初めてではない(けど、いつもタイミングが悪いらしい)そう だった。 が、今回はその母親が問題だった。 その人は、現役女子大生だった。シカーモ、さくらちゃんより年下の、19歳。 見た瞬間、さくらちゃんはブチ切れて、大暴れしそうになったそうだ。 …が、流石にそれはしなかったそうだ。する気力も完全に殺がれたそうだ。 そして、やっぱり俺は何も言えない。どうしてやる事も、出来ない。 「…忘れて下さい。こんな嫌な話聞かせてしまってすいません」 終始同じままの、低いテンションで彼女は言った。いや、ていうか、俺が無理 矢理言わせたようなものだし、それにまだ話は… 「あの、あ、あの、大輔の事…」 そういい掛けると、さくらちゃんは伝票を持って、立ち上がる。奢る気ですか? いいんですよ?誘ったの、俺なんだし。 「…いいです。私、暫く男の人はお腹一杯なんで」 そう言った、さくらちゃんの眼は――― 俺は、暫く座ってコーヒーカップを見てる事しか出来なかった。 口元だけで笑うその女の子のその眼は、この町に帰って来た時の倫子さんと、 全く同じだったから。 闇を抱えた、傷付いた人間の、眼。 俺は、すっかり冷め切ったコーヒーを飲んで、頭を抱える。 …倫子さん、ごめんなさい。こういう時にこういう事思うのって、正直アレだ とは思うんだけど… 「結婚、また延びるな…」 溜息をついて、俺はアイスコーヒーを飲み干した。 …不味かった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |