館もん。
シチュエーション


もごふ、もごふ、と眼の前のご馳走を、貰った割り箸で食べ続ける。

うまい。ていうか、うますぎる。なんか金持ち特有の長くてでっかい、白いテ
ーブルクロスのアレな机の、多分一番イイ席で、出された料理を下品にがっつい
ている。気分は某映画の豚になった父親&母親。もしくはカ○オス○ロのル○ン。

近くに座ってる叔父さんとか、その血の繋がってない息子とか、物凄い唖然と
した顔で見てる。あ、叔父さんは微笑ましい表情だ。まぁどうでもいいけど。

前菜はとりあえず誰よりも早く食い終わった。

スープはスプーン使わずにラーメンの汁・漢飲みで飲み干した。

で、今はメインの肉を箸を使って喰い千切ってる。

…いや、いつもこんな食べ方してる訳じゃないんですよ?両親にはちゃんと躾
けて貰ったし、レストランとか行ったらちゃんとスプーンもナイフもフォークも
使う。今こうしてる目的はただひとつ。全員に呆れられる事だった。

…話をかいつまんで説明すると、私はこの藤乃原コンツェルンだかグループだ
かの日本有数の金持ちでなんかえらい家柄の、使用人と駆け落ちした長女・理佐
子の娘らしい。

ずっとほっとかれたんだけど、先日お亡くなりになった当主(私のじーさんに
当たる)の遺言書に全部の実権やら財産やら私のお母さんに譲る事になってたそ
うで。万が一の事態になってたら、それはお母さんの娘である私―――千佐子に、
という事らしい。でもって、万が一の事態になってた。お母さんはもう死んでた。

早々に私はお父さんの元から連れ去られ、今この藤乃原の家で暮らしている訳
だ。だが、継ぐ気は無い。

こうなったらもう資格無し、と判断されて追い出されようと思ってるんですが。

「いい食いっぷりだねぇ」

さっきからずーっとにこにこしたままの叔父さんが、不意に言った。

「なんか、孫○空見てるみたいだった。あ、ドラゴ○ボールのね」
「…ド○ゴン&ボール○ワー?」
『違う!!』

…ちょっとした小ボケだったのに、叔父さんの息子ども…たしか短気バカの長
男浩司とスカした嫌味の次男誠司がユニゾンで突っ込んで来た。嫌いな人間のボ
ケなのに突っ込んで来るのは、多分根がいい人なんだろう。

「浩司も誠司も、おすましで食べるからねー。うん、気に入ったよ」

…おかしいといえば、この叔父さんもどこかおかしい。私の事、何が何でも全
肯定。何をしても私を褒める。それこそ、浩司や誠司を引き合いに出してでも。

遺言さえ無ければ、叔父さんが全部引き継げたのに。本来なら…それこそどっ
かの推理小説とかの世界なら、私は殺されても文句無いのに。

今まで、私は無理矢理連れて来られてまず一番側にいた浩司をぶん殴って、宛
がわれてたらしい婚約者(名前は…佐原かなんかか?忘れた)を全力で追い返し
て、脱出を16回試みて全部失敗して…なんか、それでも叔父さんは私を慰めた
り仲良くなろうとしたりしてる。おかしい。

浩司みたいに私をずっと恨んでいたり、誠司みたいにスカした態度でずっと無
視してる方が余程自然だ。

…とりあえずこれ以上気に入られるのがイヤなので、普通に食べ始めた。

「普通に食べられるんじゃないですか」

冷静な誠司のツッコミが、妙に癇に障った。

「あー、おなかいっぱい。げっつり。もう食えない」
「素敵な食べっぷりでした」

用意された部屋のベッドで寝転がる。すぐ側で、私のお世話専門らしいメイド
さん―――名前に反してつるぺた体型の不二子ちゃんが言った。

「嫌味?」
「いえ、私もそういう食べ方したいんですよ。ほら、ラ○ュタとかでロブスター
1本手で千切って食べるとか、がっつり食べたりするの憧れなんですけど…」

聞けば、1度やろうとして喉に詰まって死に掛けたらしい。その可愛いお顔で、
やる事はなかなか漢だ。

「お腹が苦しいのでしたら、細田胃散とか持って来ますか?ああ、鈴原先生に頼
みましょうか?」
「…ヤダ」

鈴原先生は、どうも病弱な浩司の主治医。態度悪いわ俺様だわセクハラ野郎だ
わで、正直嫌い。まぁ、不二子ちゃんに並々ならぬ好意を寄せているみたいだか
ら、なんか無碍には出来ないんだけども。

私の表情を見てわかったのか、不二子ちゃんは笑う。

「安心して下さい。私も鈴原先生苦手です」

…よっっしゃあああああああああああああああああああああ。

何故か、そう思う。ザマミロ鈴原、お前の恋路は絶対上手く行かねぇぞ。

「そっか、私も苦手」
「と言いますか、嫌いです」
「うん、私も嫌い」
「たまーに、死ねって思います」
「私は常に。よし、歌おう。死ーね、死―ね、死―――ねっっ!!」
「イエ―――――――――っっ!!です!!」
「人を勝手に殺すんじゃねぇえええええええええっっ!!」

「キャーーーっっ!?」
「ぎぃやああああああああああああああっっ!?」

2人で盛り上がっていると、突如眼の前が真っ暗になり重みが掛かる。なんだ
なんだと思ったら、渦中の存在、鈴原が勝手に人の部屋に入って、不二子ちゃん
を巻き込んでベッドに倒れ込んで来たのだ。

「あははははは!両手に花じゃー!!」

右手に不二子ちゃん、左手に私を抱いてご満悦だ。

「やっ、ちょっ、鈴原先生っ」
「おまっ、おまっ…」
「…お前、放送禁止用語言うつもり?」
「言うかっ!!」

必死で鈴原から離れると、私の方はどうでも良かったのか不二子ちゃんを本格
的に抱き締める。

「っ…千佐子様、助けて下さい!!」

不二子ちゃん、本気で助け求めてる。じゃあ、という事で私は後ろから鈴原の
首を思い切り締めた。当然、鈴原は止めた。私の胸に飛び込んでくる不二子ちゃ
ん。おお、可愛い。

「うわーい、メイドと女主人の抱擁萌えー!!」
「何を言うかお前は…」

バカ丸出しの医者に溜息をついて、私は小柄でちっちゃい、震えている不二子
ちゃんの背中を叩いてやった。鈴原は…なんだ、急に真面目腐った顔しやがって。

「…さて、俺は遊んでる余裕なんか無いんだ。仕事なんだからな」

そう、言い腐った。殺してやろうかこいつ、そう思ったその時だった。

「そうですね、仕事なんですからとっとと来て下さいね」

―――そう、冷気漂う声が響いた。

「っ…あ、せっ…誠司坊ちゃん」

うっわ怖。私も思ったよ。不二子ちゃんも固まってるよ。

「早く兄さんの所に行って下さい。また少し熱が出た模様ですから」

冷静に、あくまで冷たい表情を崩さずに言った。鈴原はへこへこしながら部屋
を出て行こうとした。

「全く、女性に目が無いのもいい加減にして下さい」
「そんな、いいっすよ、女は」
「はよ行かんかいっ!!」

…すぐさま、冷静な仮面は崩れた。溜息をつくと、じろ、と私の方に視線を寄
越した。うわー、感じ悪い。

「なっ…なんだよ」
「いえ、貴方は男性より女性の方が好きそうですねと思っただけです」

言われて、ずっと不二子ちゃんを抱き締めたままな事に気付いた。てか、不二
子ちゃんや、なんで赤くなってんの。

「…まぁ、ここでロクデナシの男ばっか見てると、女に走っちゃうかもねー。特
に、眼の前の無理して大人ぶってる女顔のオカマさんとかねー」

お、怒ってる怒ってる。こんなやっすい挑発に乗るってのもまだまだ若い証拠
だ。

「ちっ…千佐子様…」

不二子ちゃんが脅えてる。が、私は構わずにあっかんべー、と更に挑発してや
った。が。

「…あ、鈴原馬鹿だ」

不意に、興味が移る。なんと鈴原、ドア横に鞄を忘れている。不二子ちゃんを
放して、それを取りに走る。

「なにをするつもりですか」

少し心配そうに眉を顰める。

「は?忘れ物だから届ける。後、死にかけ浩司の見物」

そう言った瞬間、なんとなく誠司がキレたのがわかった。ので、ダッシュで浩
司の部屋に向かった。



『馬鹿かお前は!!』
『なんだよー、うる星やつだなー。今取りに行くから待ってろ』

浩司の部屋の中で、そんな声が聞こえた。まぁ、鞄の事だろ。苦笑しながらノ
ックする。返事がしたから、中に入った。

「鈴原先生、忘れ物」

そう言って鞄を差し出すと、鈴原も、ベッドの中の浩司もイヤ―――な顔に。
なんだ?どういう事だ?

「…不二子ちゃんじゃないんだ」
「…不二子じゃねーのかよ」

同時に、言いよった。私は窓際まで大股で歩き、ベッド脇にあった浩司のもの
らしき、ホ○ミスライムのストラップの付いた携帯電話と鞄を持ってぱかん、と
窓を開ける。そのまま手を外に突き出し。

「2人共、言う事は?」

ちなみにここは5階。

『すいませんでした』

と、深々と頭を下げた。単純馬鹿は見てて気持ちがいい。よろしい、とばかり
に2人にそれぞれ返してやった。

「てか、お前も不二子ちゃん好きなの?」

言われて、浩司の顔が今よりも真っ赤になる。ああ、単純馬鹿万歳。ふい、と
私から眼を逸らした。可愛いな、マジで。

「ま、不二子ちゃん好きな人いるっぽいけどね。勿論お前ら以外で」

さらっと言うと、2人は揃って『?マジっすか!』と声を揃える。仲いいな。

「マジっすよ。だって本人から聞いたもん。恋する乙女の顔だったよー」

そう言いながら、その顔を思い出す。誰だろう、浩司でも誠司でも鈴原でもな
い好きな人って…って、あ、浩司が倒れた。

「じゃ、お大事に」
「……ぁぃ」

今にも死にそうな声を出して、鈴原は手を振った。


…さて、鈴原に鞄を届けたのは、単に親切心だけじゃない。17回目の脱走の
為だ。言っておくが、私は未だ逃げる気満々なのだ。周りを見て、階段を下りる。
向かうは、3階のトイレ。窓があった筈だ。

から、と窓を開ける。よーしよし、落ちても死なない程度だ。狭い窓から出る
と、ちょっとした足場がある。そこへジャンプして、結構なジャングル状態と化
している生い茂った木の枝を取る。が。

「―――何をしているんですか」
「げ」

速攻、見付かった。トイレの窓から顔を出しているのは。

「…見逃せよ誠司、お前だって私が当主になるの、嫌だろ?」

そう言うと、誠司はまた眉を顰めた。どうにもこうにも、こいつはストレート
に嫌な顔をしない。する時はするけど、なんか、表情が微妙だ。

「そりゃ、嫌ですよ。貴方みたいなやる気のない人がなるのは」
「言い方、まどろっこしい」

妙に引っ掛かる言い方しやがって。

「…この家は、貴方に取って苦痛でしかないですか」

急に、誠司が弱気な口調になる。は?どういうこった。決まってんだろうが、
苦痛に決まってる。

「苦痛だよ。苦痛でしかない。家に帰せよ、今すぐ。私は―――」

その続きは、言えなかった。なんでかって言うと、足を滑らせて…

…ばさばさばさ、と身体中に枝が引っ掛かるような、そんな音が聞こえた。




「さん……子さんっ!千佐子さんっ!」

気が付いたら、頭の上から私を呼ぶ声がした。なんだろ、身体中が痛い。どう
した事か、眼の前もよく見えない。身体も動かない。

「…あー…」

なんとか動く口から、とりあえずなんかを喋って見た。同時に、呼び続けてい
た声が止んだ。段々と視界が開ける。眼の前には―――

「千佐子…さん…」
「…せぇ…じ…?」

泣きそうな顔の、嫌味な坊ちゃんの筈の―――誠司だった。まぁ、よく考えれ
ば普通の人間ならそうだわな。逆だとしても、私もこうなるわ。

「…いた…い」

身体中、本気で痛い。折れてたらやだなぁ。あ、折れてたら入院か?そりゃ好
都合かもしれない。ともかく、この家に住まなくて住むなら―――

「っ…安心して下さい、今すぐ鈴原先生を呼びます。家には色々な設備もありま
すし、ですから、千佐子さん…!」

―――冗談じゃねぇっ!!

「わぁあっ!?」

がばっ、と起き上がる。人間、割と丈夫に出来てる。手も動く足も動く、ただ
痛いだけだ。びっくりしてる誠司を尻目に、私はダッシュで逃げようとした。

「くっ…そぉおっ…」

痛いのに無茶しようとするから、本気で身体中がびっしびしだ。何語だこれ。
しかも、早々に誠司に捕まってる。

「あっ…貴方、本気で馬鹿なんじゃないですか!?なんて事を…!」
「うっ、うるさいっ!放せ!帰るんだって!こんな所、一秒だっていたく―――」

ばし、と思い切り平手で叩かれた。そして同時に、思いっきり舌噛んだ。午後
は○○くらい、おもいっきり。それはもう、口の中にものっ凄い血の味が広がる
くらいに。

「―――あ……」

誠司の顔が、まずい、というような顔になる。そりゃそうだろう、こっちは泣
いてるんだからな。しかし、舌と頬の痛さの割合は8:2くらいだ。結局どっち
みち悪いのは叩いた誠司なんだけど、完璧に誠司は叩いた事で泣いてると思って
いる。

「…千佐子、さん…」

しかしまぁ、痛いわ。満身創痍ってこの事言うんだろうなぁ。泣けるわ、本当
に。身体も身体の中も痛い。

「……」

ていうか、喋れない。口の中、意外に血だらけだ。いや、多分殆ど唾か。

「千佐子さん、あの、大丈夫ですか?」

非常に低姿勢に聞いて来る。私は涙を拭いながら、首を横に振った。無理が祟
ったのか、身体中が本気で痛くなって来た。ごきゅ、と、とりあえず唾を飲み込
んだ。うう、まっず。苦しい。

「…失礼します」
「っ!?」

ボヤボヤしている間に、誠司が私の事を抱き上げよった。俗に言う、お姫様抱
っこだ。いや、アンタそんな…

顔が、痛みとかそういうの以外の要素で真っ赤になって、熱くなる。恥ずかし
い。これは恥ずかしい。客観的に見れば、私は脱走しようとして失敗して勝手に
大怪我して叱られて泣いてこうなったのだ。恥ずかしい。恥ずかし過ぎる。

「っ…っ…」

いやだ、と誠司に下ろすよう要求する。けど、誠司は無視した。うわあああ、
自業自得だけど、これで連れてかれて、鈴原に治療受けて馬鹿にされて、浩司と
か叔父さんとかにも事情全部話されて…うわああ、馬鹿にされる。嫌だ。嫌過ぎ
る。でもって、きっと二度と逃げられないようにされるんだ。だって前脱走して
捕まった時にこいつに、『次やったら、承知しません。地下牢にでも放り込みます』
とか言われたもん。

「っ…」

いてぇ、舌いてぇ、喋れやしねぇ。抗議も出来ねぇ。誠司の野郎、完全に無視
して…ん?

「…黙っていて下さいよ」

小声で、そう言った。まぁ、喋れない訳なんですけど。


「……?」

人に見付からないようにこそこそ移動して、誠司の部屋の前まで来てしまった。

慎重派なのか、鍵を掛けているらしい。私を抱いたまま鍵を出そうとしていたが、
無理なので一旦『すいません』と私を床に座らせて、戸を開けた。もっかい私を
抱いて、やはり周囲を確認して、部屋に入った。

「……」

さっきもそうだったけど、誠司は私をちょっと高めのお皿みたいな扱いをして
くれる。まぁ、怪我してるからだろうけど…浩司とは違って和風で広い部屋にマ
ッチした古い茶箪笥から箱を出して持って来る。

「…拗ねててもいいですから、服を脱いで下さい」
「―――?」

は?意味がわからずに眼を丸くしていると、外見に似合わない舌打ちをする。

「困るのは、貴方なんですよ」

そう言うと、かぱ、と箱を開けた。救急箱か。私は全部をやっとこさ理解した。
あー、鈴原に治療されるのとこいつじゃどっこいだけど、報告が叔父さんや浩司
に行かないだけましだ。

「……」
「素直なんだか、拗ねているんだか…」

正直嫌なんだけど、全身痣や打ち身、結構切れてる所もあったから、下着姿で
素直に治療を受けてる。大した事の無い身体だから私はどうでもいいんだけど、
誠司がものっ凄く照れてる。

「……」

言った方が…てか、伝えた方がいいんだろうか、喋れないっての。なんか勘違
いしてるみたいだし。一応、誠司には感謝しているんだし。そう思って、どこか
に紙と書くもんは無いかと視線を巡らせる。

「…僕は、味方ですよ」

不意に、誠司が呟いた。ちょうど消毒も終わった。もしかして、じろじろ部屋
を見てたの、また脱走するのかと勘違いされたのかな。ぎゅっ、と手を握って来
た。

「兄さんはああいう身体ですし、僕だって人の上に立つ器じゃない。だからと言
って貴方が相応しいかと言うと甚だ疑問ですが」

まぁ、その意見は賛同する。ていうか、浩司以上に向いてない。

「遺言通りにしようという動きがありますけど、別に無理矢理にでもしなきゃい
けないという訳では無いです」

…拉致監禁したくせに?

言おうと思ったけど、言えなかった。途中でまずい、という顔をしたから、わ
かってるんだろうけど。

「貴方を疎ましく思っている人もいます。でも、僕や兄さんはけしてそうじゃな
いですから。ですから…」

なんか、必死だ。ていうか、その口ぶりからすると叔父さんは信用出来ないっ
て事と受け取っていいんか?とりあえず、これでいいやと思って誠司の手を取っ
て、手の平を上に向けさせた。

『さっき叩かれた時に舌噛んで喋れない』

さささ、と手に書く。頭のいい誠司はすぐに理解する。そして、あっちゃぁ、
という顔をして謝った。別に、怒ってない。誠司の見方も今は変わってるし。だ
から、色々込めて『ありがと』って書いた。

誠司が、それでもちょっと困った顔だったけど、笑ってくれた。とりあえず味
方だっていうのは…信じてもいいんだろう。こいつ、単純だし。

「あーあ、派手に噛みましたね」

べー、と出した舌を見て、溜息をつく。とりあえずという事で、部屋の冷凍庫
から氷を出して口の中に入れてくれた。染みるけど、気持ちいい。それから、遠
慮せずにてきぱきと治療してくれた。手際がいいな。

「…兄さんも大分馬鹿な人ですから、一々人を呼ぶよりも僕がした方が早いと思
いましてね」

怪訝な視線に気付いて、苦笑した。浩司はやっぱり馬鹿なのか。

「はい、終わりましたよ」

包帯を巻き終えて、言った。『ありがとうございます』とお辞儀をする。この短
い間で距離も縮まったもんだ。急に、こいつの前で半裸になってるのが恥ずかし
くなって来た。それがわかったのか、誠司も照れてしまう。さっさと服を着てし
まおう、そう思ったその時だった。

「誠司、お前確か、女教師が教壇の上で生徒17人にレイプされるDVDのヤツ
持ってなかった?」

がちゃ、と遠慮無しにそんな事を言いながら、まだまだ具合の悪そうな浩司が
入って来た。鍵、閉め忘れたんか。しかし、どうしたもんかねこの状況。私は下
着姿でベッドの上に座ってるし、誠司はそんな私を見下ろす格好で立っている。
服は落下した時に気に引っ掛かって意外とズタボロだ。三者三様に固まって、そ
して一番最初に動いたのは…浩司だった。

「っ…お前、次期当主ってか、女に何て事してやがんだぁああああああっっ!!」
「ええええええええええええええええっっ!?」

完全に勘違いした浩司が、誠司に殴り掛かった。やっぱり、馬鹿だ。けど、い
い人なんだろう。後、具合悪いのにオナニーはよした方がいいと思うよ。

「…という訳なんだけど」
「すいません…」
「……」

舌も痛みが引いて、状況説明して。今度は誠司が拗ねていた。事もあろうに私
に乱暴した、というレッテルを貼られたのが一番の不機嫌の理由と思われる。デ
コのチョップ痕が痛々しい。弟よりも背が低いからこんな攻撃になったんだろか。

「ごめんな、誠司。あとDV…」

ぎろ、と浩司を睨む。別に気にしないよ、年頃の男がどんな趣味のAV持って
たって。とは言うものの、やっぱり恥ずかしいのだろうか。顎で兄に『出てけ』
と促すと、浩司はすごすごと出て行った。

―――そして。

「とにかく、僕だけは信用していいですから」

あ、浩司除去された。私はつい吹き出してしまう。誠司も、誤魔化し切れるも
のでもないと思ったのか、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

「…まぁ、二人共信用は…するよ。別に、元から悪い奴だって思ってた訳じゃな
いし、普通に健康的な男子だという事もわかったし」

あ、誠司がすっごい落ち込んでる。ていうか、そこまでになるなら、そんなD
VD持ってなきゃいいのに。もしくは誰にも言わなきゃいいのに。

「落ち込むなよ、別に思ってないけど例え私に変に思われても気にしないだろ?」

がっくりしている頭をなでなでしてやると、あーあ、耳まで真っ赤になったよ。
気にするんだ。まぁ、今までの態度とかそういうの見せておいてAVの趣味がそ
れっていうのは、バレたくなかったんだろう。

「…軽蔑しません?」
「別に、お前に彼女が出来て実際に同じプレイを強要してたとしても、それは人
の性癖なんだから、気にしないわ」

まぁ、有り得ないから言ったんだけどね。実際やられてたら、正直心の中では
引くけど。

「…寛容なんですね」

ちょっと呆れたような顔をしつつ、ちょっとは立ち直ってくれたようだ。

「そうか?」

お互い、ちょっと気まずい。そろそろ帰るか。軽い捻挫もした、という事で借
りた杖(年代物)を支えにして立ち上がる。

「大丈夫ですか?」
「ああ、これで暫く脱走も出来ないだろうしね」

地下牢放り込む、ってのはフカシだったようだ。誠司はちょっとむっ、とした
顔になる。

「そんなに帰りたいんですか?」
「…まぁ。だって、買い物帰りに拉致されて、お父さんにも会えてないし。とに

かく連絡取りたいんだよ。どうせ当主になる気無いんだし、一緒に普通に暮らし
て行きたいんだって…なんでそんなんもわかってくれないんだよ」

今の事件で、ちょっとは誠司の事も浩司の事も理解出来た。けど、基本じゃね
ぇか。なんで普通に暮らしていた家族を引き離して、普通にしてろって言えるん
だ。

「せっかく誠司や浩司の事わかったのに、それが普通だって言うなら、私は絶対
に好きになんかなれない。味方だなんて言われたって、信用なんか出来ない」

ガタガタ震えるのは、全身痛くて、杖があっても立ってるのが割と辛いから。
こっちを見てる誠司は、何故か悲痛な表情で、こっちが加害者みたいだ。悪いの
は、そっちの癖に。

…誠司は何も言わない。何も。ただ、私を―――何故か、哀れむような表情で
見ている。そんな顔、するな。するくらいなら、今すぐ開放してくれ。

「なんだよ、言えよ。言いたい事あるなら、言えよ」
「…言わなければいけないとは、思っていました」

意を決したように、誠司は私の肩を掴む。いや、痛い。痛いって。じろ、と誠
司を睨む。けど、全然怯まない。

「きっと、貴方は信じないと思います。だから、僕の話を聞いた後、自分で確か
めてください」

そう言って、誠司は私の手に携帯電話を握らせる。この機種、この白猫と兎と
犬と蛙とロボットと黒猫のストラップ…私のだ。ていうか、あの時充電しなきゃ
いけない状態だったのに、電池満タンだ。充電してくれたんだ。

「…単刀直入に言います。貴方は、あの日いきなり連れて来られたんじゃないん
です。貴方の父親とちゃんと話をして、売っていただいたんです」

…………は?

…あまりといえばあまりのお言葉に、完全に私の頭は真っ白になってしまう。

「…え、い、いくらで?」
「そこですか?」

うわー、というような顔をして、誠司はこめかみを押さえる。

「そういうの、聞かない方がいいですよ。高いと言えば高いですし、安いといえ
ば安いんですから…」

倒れそうになる私を抱き抱えて慰めにならないような事を言う。

「高いか安いか区別つかない?なに?6千円?」
「確かに微妙ですけど!!」

…嘘だ。いや、絶対嘘だ。ていうか嘘だ。私は慌てて携帯に電話を掛ける。パ
ニックになり過ぎて、登録してあるのにイチから…東京03から掛けてしまう。
お父さん、嘘だ、そんなん嘘だ。絶対に。

3回程でお父さんが出た。私は大声で。

「おっ…おっ、おと、お父さん、助けて…お願い、私、帰りたい!!」

必死になって助けを求める。けど、お父さんは何も言ってくれない。

「お父さん、お父さん…助けて…」

それでも、何も言ってくれない。誠司は、もうこっちを見ていない。顔を伏せ
て、身体を震わせている。

『―――すまない』

やっと、お父さんはそれだけ言ってくれた。てか、すまないって―――

「…おとぉ…さ…ん?」
『すまない。父さん、どうしても金が必要だったんだ。きっと、お前は父さんと
いるよりもそっちにいた方が幸せになれるんだ。だから―――』

お父さんの声が、泣きそうだった。

「おっ…お父さん!?嘘でしょ!?私、私、そんな事無いよ。お父さんといた方
が絶対幸せだもん!!だから、私、すぐ帰るから、だから―――」

必死になって、私は訴える。嘘だ。こんなの嘘だ。あ、そうか、脅されてるん
だ。お父さん、電話口で銃口突き付けられてたりするんだよね!?

「おとう…おと…っおっ…」

勝手に、涙が出て来る。なんで?なんでこんな事になったの?なんで、ただ、
普通に暮らしてただけだったのに。なんで、なんで?

『…千佐子、落ち着いて聞いてくれ。覚えているか?荻窪の叔父さん』

悲痛な声で、お父さんは言う。うん、わかる。あのいかにも幸薄そうな―――
って、まさか。

『父さんな、その人の保証人になってな、それで、叔父さん、夜逃げして―――』

…まさか、って思った事が、どんどん実現して行く。眼の前が、真っ暗になる。
でも、それだって、まさか、娘を売ってまで、する事なのか?お父さんは、それ
でいいって、そう思ったのか?

「いくら!?いくらなの!?それって、お金どんくらい必要だったの!?お父さ
ん、私の事いらなくなったの!?ねぇ、お父さん―――」

『―――いらないんだ、正直言えば』

…は?私の顔が、引き攣る。え?ていうかえ?

『父さんな、恋人がいるんだ。でも、その人と結婚するにはお前がちょっと邪魔
で、それで借金出来たのを藤乃原の方が嗅ぎ付けて、それで―――』

は?え?ていうかちょっと急展開ちゃう?あまりのお言葉に、完全に私はどっ
か切れたような気がした。

「え…だっ、誰!?ていうか、本当にいくらだったの!?もしかして、口実!?
借金って、えええええええっっ!?」
『借金は、600万ちょいで、相手は―――ほら、近くのフィリッピンパブのマ
マで―――』

…それを聞いた瞬間、完全に私は切れた。

「金額も理由も相手も全てにおいて中途半端だなぁあああああああああ!!!」

がしゃ、と私は4年愛用した電話を床に叩き付けた。見事に全部で4つに別れ
た。メモリーかなんかの四角いやつとフタと画面部分とボタン部分。肩で息をし
て、ぺたし、と座り込んでしまった。

誠司はおろおろしながら携帯電話と私を交互に見た。

「―――知ってたんだ」

声を出さずに、頷いた。

「浩司も、叔父さんも、鈴原も、伊藤も、不二子ちゃんもか」

一瞬送れて、それでもやっぱり頷いた。だからか。だから、絶対に電話をさせ
なかったのか。思えばさっき浩司の携帯取った時に使えば良かったな。私の馬鹿。

―――本当に、馬鹿だ。

面白いくらいに涙が出た。自分の馬鹿さ加減とか、本当は影で笑われてたんだ
って事が情けなくて情けなくて。

「…私、捨てられてたんだ。借金が無くたって、疎まれてたんだ」

自分で、わざわざ口に出して言う。言って、自分で更に傷付いてる。馬鹿みた
い。本当に、私だけがわかってなくて、馬鹿だったんだ。

「千佐子さん…」
「……」

私は、杖を使って立ち上がる。

「どこへ行くんですか」
「…どこでもいいよ…どうせ帰る所なんか…無いんだから」

―――そう。もう、私に行く所なんか無い。与えられたあの部屋しか、私には
無い。

「千佐…」
「触るな」

私の身体を気遣ってくれたのか、誠司が私を支えてくれようとしたけど、今は
それすら鬱陶しかった。

全てが嫌で、全てが憎くて、堪らなかった。

逃げたかった。せめて、布団の中で、全部を遮断して眠りたかった。察してく
れたのか、誠司はそれ以上は何もして来なかった。

重い足取りで、なんとか自分の部屋に辿り着く、心配してくれた不二子ちゃん
をも追っ払って、私は部屋に閉じ篭った。自分の希望通り、布団の中に潜り込ん
で、思う存分泣いた。

多分、誠司が伝えてくれたんだろう。誰も、それこそ何時になっても誰も声も
掛けに来なかった。正直、ありがたかった。

泣いて、寝て、起きて、ウトウトして、思い出したように泣いて、また寝る。

…そんな事を、何度繰り返しただろうか。気付けば、もう真っ暗だった。身体
は痛いし、顔も痛い。鼻も痛い。眼も痛い。全部痛い。

水でも飲もうかな、とそう思った矢先だった。

「―――え」

かちゃ、と鍵が開いた。鍵、掛けてたのに。なんとも嫌な予感がしつつ、身構
える。怒った誠司だろうか?そう思いながら、眼を凝らす。月明かりに照らされ
てそこに立っていたのは―――

「叔父さん…」
「来ちゃった」

瓶と、なんかグラスを2つ持って、叔父さんが部屋に入って来た。かち、と後
ろ手でまた鍵を掛けると、電気を付けた。うん、やっぱり叔父さんだ。ラフな格
好がまた似合ってる。ゆっくり私の方に近付くと、ベッドの脇にある机にグラス
と瓶を置いて…ってこれ、もしかして酒か?正気か?私まだ未成年だぞ?

ジト眼で叔父さんを見ると、にひょ、となんとも子供っぽく笑って。

「若い内の飲酒ってのは若い内にしか出来ないでしょ。叔父さんもね、千佐子ち
ゃんくらいの時、嫌な事があってね。勢いで飲んだ事あったんだ」

きゅぽ、と栓を抜くと、とっぽとぽ注ぎやがった。

…まぁ、興味無い訳じゃないけどさ。確かに今、ヤケ酒かっくらいたい気分で
はあるけど。

「…叔父さんも、知ってたんでしょう?私の事」

勧められるがままに、私はちび、とお酒を飲む。おいしいとかおいしくないと
か以前に、なんか熱くなった。かーっとなる。これが大人味か。

叔父さんは、自分のグラスには注がず、瓶を持ったままこっちをじっと見てる。

「すまなかったね。言っても、信じて貰えないと思っていたし…諦めてくれれば、
必要以上に傷付ける事が無いと思って―――」

「……っ…」

叔父さんは、私の事をぎゅっと抱き締めた。ホントは、言ってる事に同意は出
来なかったけど、でも、今の私には、お父さんとそう歳の変わらない人が、ただ
こうして抱き締めてくれただけで、何故か、安心してしまった。

「これからは、ずっと守ってあげるから…側に、いてあげるから」

自然に、涙が零れてしまった。恥ずかしい。この人に、別に心を許した訳じゃ
ないのに。お酒のせいか、どんどん身体が熱くなって来る。

不意に、叔父さんが身体を放した。向き合う形になって、微笑まれる。私は、
妙に恥ずかしくなってしまった。さっきは、お父さんとそう歳が変わらないって
勝手に思ってたけど、叔父さんは、よく見たらもっと若かった。そう言えば、浩
司とも誠司とも血が繋がっていなかったよな。後妻ならぬ……後夫?入り婿だよ
な?なんだろう、胸がドキドキして来る。なんとなく、お酒のせいだけじゃない
気がする。

「…こうして見ると、君は理佐子に瓜二つだ」

優しく微笑んで、そんな事を言い放った。

「お母さんの事…知ってるんですか?」

なんか、今まで話をしてても殆ど聞き流していたから…そうか、この人お母さ
んの事、知ってたんだ…聞きたいな…お父さんには裏切られたけど、お母さんは
死んじゃったから、裏切る事は無いし…

くー、と私はグラスの中のお酒を飲み干した。また叔父さんは注いでくれた。
わんこ酒か?これ。

「…知っているよ。私と彼女は幼馴染だったんだ」

お酒って、こういう飲み方って普通…しないよな?グラスギリッギリまでお酒
が入ってる光景、ビール以外で見た事無いや…

「幼馴染…ですか」
「ああ、ずっと好きだった」

―――え?

今、なんか、物凄い発言を聞いてしまった気がする。けど、聞き返す事は出来
なかった。口、塞がれたから。

「…んっ…ふ…っ」

ぬる、とした感触が口の中で這い回る。なんだろうこれ…あ、そうか、舌、だ
よな?なんで、こんな頭働かないんだ?これ、叔父さんの―――

「っ…やぁ…や、ん…」

あまり力の入らない手で、なんとか叔父さんの顔を押し退けようとする。けど、
力が入らないから、やっぱりそれは出来なくて。

「…千佐子ちゃん、ほら…いい子だから、力を抜きなさい」

叔父さんの冷たい手が、服の中に入って来て、熱くなった肌を撫で回して来た。
くすぐったい…かと思ったんだけど…なんだろう、気持ち…悪い…鳥肌が立って
しまう。

「やだ…何、すんですか」

ひとつずつ、ゆっくりボタンが外される。布団の中に包まっていたから、シャ
ツとスカートだけの姿で、全部のボタン外されると、私は下着も着けていない身
体を晒す事になってしま…あ、包帯とかキズバンとかもあるか。でも、結局肝心
な所を隠していないから…同じか。

「せっかく綺麗なのに、こんなに傷を付けて…」

ぺり、とキズバンを剥がす。傷よりも、勢い良く剥がされた皮膚の方が痛い。

「嫌…」

叔父さんが、傷口を舐める。くすぐったいのと、痛いのと、後、怖くて、震え
てしまう。

「やだ…や、嘘吐き…さっき、守ってくれるって…」

信じた訳じゃ無いけど、でも、言った側からというのは…

「言ったよ」

さらりと言い放つと、またキスして来た。こんな事するの、初めてなのに。ど
うして、自分の叔父に自分の唇が奪われてるんだろうか。舌先に、また柔らかい
感触。吸い付くようにして、舐め回す。嫌なのに、鳥肌が立つのに、身体は、熱
くなって来る。

冷たい指が、熱い身体を這う。抵抗が、全く出来ない。嫌なのに。こんな事、
この人としたくないのに、抵抗出来ない。それなのに、私は熱くなって…頭の中
が滅茶苦茶だ。

こんな事考えてる間にも、ぴちゃぴちゃ、と音を立てて口の中を舐め回される。
嫌なのに、され続けると、嫌でも慣れて来る。身体を押さえ付けられて、唾液が
交じり合って、溢れて―――

「ふは…」

不意に、唇が離れた。けど、唾液の糸は繋がって、叔父さんはそれを舌で舐め
取った。私は動けないまま、そんな叔父さんを見上げるしか出来なかった。

「―――千佐子ちゃん」

叔父さんが、また顔を近付ける。けど、今度はキスはしなかった。一度だけ舌
を出して、また引っ込める。

「舐めなさい」

そう言うと、また舌を出して、そのまま半開きだった私の口の中にまた入って
来た。どうしてだろう?従ってしまった。ヌルヌルしてた自分の舌で、叔父さん
のを舐めた。そうすると、叔父さんは頭を撫でてくれた。

そんな事が凄く嬉しくて、私はさっきしてくれてたみたいに、叔父さんの舌を
吸った。叔父さんはぎゅっと身体を押し付けて来て、胸が服に擦れてちょっと痛
かったけど、もっとくっついて欲しくて、私はもっともっと舌を動かした。

キスしながら、叔父さんは私の身体を起こした。私はそれでも叔父さんの唇を
求めた。けど、離れてしまった。今度は、私が糸を切って、口の中の唾液を飲み
込んだ。叔父さんは『いい子だ』と言ってくれた。

「…叔父さぁん」

こんな甘ったるい声、出せたんだ。言いながら、思った。叔父さんは苦笑して、
私のスカートを脱がせた。ついでに、下着も。

「千佐子ちゃん、名前で呼びなさい」
「あ…ん、はい」

叔父さんの―――えと、確か、えーと、えーと、えーーーーーーと。

「……んっ」

叔父さんの指が、太腿を撫でる。くすぐったくて、変な声が出てしまう。思い
出せない。自分の甘ったるい声で、思考が中断されてしまう。

「叔父さん…んっ…」

また、布団の上に寝かされる。肌は汗ばんで行って、冷えるかと思ってたけど、
どんどん熱くなるばかりだった。

「千佐子」
「…っ…えー…」
「…寛治」

ぽそ、と耳打ちしてくれた。読まれてた…怒られるかな。

「悪い子だ」

やっぱり。叔父…寛治さんも服を脱いで、私に覆い被さる。そういえば私、裸
だ。ていうか、裸包帯か…恥ずかしいのに、なんだか恥ずかしくない。

「寛治さん…」

今度は、裸同士で抱き合う。私も熱かったけど、寛治さんの身体も、熱かった。
頭の中はそれ以上に熱くて、もう、なにがなんだかわからなかった。ただ、こう
して寛治さんがしてくれる事の全てが心地良くて、全てを任せたくなっていた。

「っ…」

寛治さんの手が、太腿の内側をなぞる。下着を着けてないから、変な所に少し
触れてしまう。どうしたいんだろう、というのと少しくすぐったいので身体を捩
ってしまう。だからかどうか知らないけど、堂々とそこに手を突っ込んで来た。

「千佐子、君はまだ…」

まだ、ってなんだ…あ、そういう事か。そうです。した事無いです。キスだっ
て、眼の前の寛治さんが初めてです。少々控えめに頷いた。

「そうか。いい子だね」

わしゃわしゃ、と頭を撫でられる。嬉しい。

「や…んっ」

頭を撫でながら、別の所を撫でる。指が、なんだか必要以上に熱くなったあそ
こを突付く。指の腹で擦るようにされると、変に声が出てしまう。自分でするよ
りも、ずっと気持ちがいい。

「寛治さん…気持ちいいよ…」

ぎゅっ、としがみ付く。そうすると、指が中に入って来た。入れた事無いから、
少し痛いかと思ったけど、簡単に入った。

指が私の中で少しずつ動く。その度に、水っぽい音がして、静かな部屋に響く。
ちゅっ、ちゅっ、と少しずつ行き来する早さが増して、お漏らししたみたいに濡
れて、シーツに染みを作る。

寛治さんが与えてくれる快感に溺れそうになる。けど、それでいいと思った。

このまま、わからないまま、もっと自分を滅茶苦茶にして欲しいと思った。ど
うせ、もう自分は―――

「―――あ…」

不意に、眼が醒めたような気がした。さっきまで頭の中が、霧が掛かっていた
ようだったのに、今はそれが晴れたかのような、そんな気がした。

「嫌…」

今まで何してて、今更こんな言葉を吐くんだろう。でも、さっきまで、私は確
かにこの人を―――叔父さんを何の疑いも無く受け入れていた。その事自体が、
信じられない。何もかも、嫌だった筈なのに、もう誰も信じられないと思ったの
に、簡単に―――

「…嫌って、何が嫌なんだい?」

叔父さんは、さっきと変わらず―――普段とは、大違いの落ち着き払った、別
の人間みたいな―――態度で、にや、と嫌な笑いを浮かべる。怖い。怖くて、眼
を逸らしてしまう。

「千佐子ちゃんのここは、嫌がってはいないようだけど」

そっと、また私の中に入れようとする。簡単に、2本も。親指が感じる場所を
擦ると、恐怖と綯い交ぜになった、引き攣ったような声が自分から漏れた。

…意識は、はっきりして来た。けど、それなのに、身体が上手く動かない。叔
父さんはそれがわかっているのか、私から離れた。そして。

「っ…!」

半開きのままの口の中に、グラスを傾けた。お酒が流し込まれる。鼻を押さえ
られ、飲み込むしか無くなる。半分残っていたグラスの中身は全部、また私が飲
み干す羽目になった。これ、やっぱり…

「…すけ…て…」

大きく足を広げられ、少しずつ、少しずつ叔父さんが中に入って来る。私は涙
を流しながら、それを受け入れる事しか出来ない。叔父さんのは大きくて、ヌル
ヌルしている私の中を引き攣るような痛みが襲う。

好きじゃないのに。この人は叔父さんなのに、私、こんな事望んでないのに。

「いや…やめて、叔父さ…いっああっ…!?」

嫌なのに、ぎゅっと、痛いくらいに乳首を摘まれると、感じてしまう。その度、
私の中のものを締め付けてしまう。

「…ああ、いいねぇ、その締め付け。もう少し、奥の方でして欲しいな」

完全に、人事だ。痛いのに。私の事なんかどうでもいいみたいに、また身体を
密着させる。引き攣れの痛みが増す。ぐっ、と叔父さんが腰を押し進めて―――

「いた…い…痛い…よぉ、いや…ぁっ」

みっともないくらいに流れる私の涙を、叔父さんの舌が舐め取る。そして、キ
ス。短いキスをちゅっ、ちゅっ、となんども、貪るようにする。

嫌なのに、縋れるものが叔父さんの身体しか無くて、私は夢中でしがみ付き、
背中を引っ掻く。

「奥まで、届いたよ。これで君は女になったんだよ―――俺の手で」

わかり切っている事を、嫌味な程はっきり言う。ズキズキと痛む中に、熱いも
のが突き刺さって、それが、本当に死ぬ、っていうような痛みじゃないから、余
計嫌だった。

叔父さんの舌が、また口の中に入って来る。

今は、はっきりと嫌悪感が勝っている。こうされていると、上と下から、身体
の中を叔父さんに汚されているような、叔父さんに侵食されるような感覚を覚え
る。飲み込むしかない唾液を飲み込む度、代わりみたいに涙が流れる。

―――助けて。誰か、助けて。

言葉さえ満足に言えなくて、心の中で助けを求める。でも、誰が助けてくれる?
この状況で、誰が―――?

「そろそろ、いいね」

白濁しそうになる意識の中で、くっくっ、と笑うように、言った。一瞬何の事
かわからなかった。けど、すぐに思い知らされる。

「ひゃ…あっ…あ…!?」

埋まっていたものが、押し出すような感覚で抜かれて行く。今まで中に入って
た叔父さんのが、濡れている。私から出た液体に塗れて、そしてまた、今度は乱
暴に入って来る。腰を掴んで、さっきとは全然違う速さで、私の中を行き来する。
その度に濡れた音がして、痛いのに、別の感覚が襲って来て、どうしようも無く
なる。怖くて、恥ずかしくて、消えて無くなりたくなる。

「ぅあああっ…!あっ…ひぁ、い、やぁっ…嫌ぁあっ!」

声が、出てしまう。こんなの、違う。それなのに、私、初めてなのに、どうし
て、こんなに、求めてしまうんだろう。あそこがどろどろに溶けてしまったみた
いに叔父さんのを受け入れて、放したくないみたいに締め付けてしまう。根元ま
で埋まる度に腰を動かして、快感を搾り取ろうとする。

「…ははっ、どうしたんだ、千佐子ちゃん…こんなに淫乱な娘だったんだね」

気を良くしたように、笑う。両足を肩に乗せられ、より深く繋がるようにされ
ると、私はまた声を上げてしまう。

嫌なのに、こんな、馬鹿みたいな声上げたくないのに。

「い…あっ…あう…うううっ!」

嫌で嫌で、唇を噛む。けど、そんな事してたら、我慢してるのがバレバレだ。
そんなささやかな抵抗だって、すぐに火照った身体を撫で回されると崩されてし
まう。既に、私の身体はどうされたって感じるようになっていた。

つーっ、と声を上げてる最中に、涎が流れて来た。汗も、涙も流れて、顔は今
更ってくらいぐちゃぐちゃだ。ああ、だらしない子だなぁ、と苦笑して叔父さん
は言った。そうしたのは、叔父さんなのに。

「…いきそう?千佐子、もう限界か?」

そう言いながら、叔父さんの息も荒くなっている。私は霞む眼で、頷く。今ま
で一番強い力で、抱き締められる。もう、駄目だ、そう思った瞬間、眼の前が弾
けたような気がした。すると、あそこがびくびく痙攣して、きゅっ、と叔父さん
のを締め付けた。気持ち良さが爆発したみたいに、締め付け続けた。

「…ふぁ…」

少ししてから、身体の奥に熱いものを浴びせられた。それから、叔父さんのが
引き抜かれる。中で出されたんだ、と本当に人事みたいに思った。

―――それが、最後の記憶だった。






「…マジでいいんですか?こんな量、ブッ壊れますよ?」

聞き覚えのある声がした。なんだろう、声が出ない。身体も、動かない。ひと
つわかったのは、とりあえずまだ裸だという事だけ。寒い。

「いいんだ。鈴原くん、君は言われた通りにしてくれれば…それでいいんだ」

…これも、聞き覚えのある声。私は今、何をしているんだろう。どういう状況
下に置かれているんだろうか。

「…怒るんじゃないですか?浩司坊ちゃんも誠司坊ちゃんも…」

浩司…?誠司…?なんだろう、聞いた事、あるような…無いような…

「2人には、ちゃんと話しておく。元々この子は家を出たがっていたから…誠司
は怪しむかもしれないがね」

はぁ、と溜息。そして、こっちに近付いて来る。

「なんだ、お前起きてたんだ。わかる?わからねぇか。あの瓶の中身全部飲まさ
れたみたいだからな」

白い服を着た、男の人、その後ろにも、男の人。誰だろう。男の人は手を取っ
て、何かを巻く。ごしごし腕を拭いて、何か変な形の尖ったものを取り出す。

「…痛いのは、最初だけだ。少ししたら、もう何も感じなくなるからな」

そう言うと、男の人はそれを私の腕に突き刺した。確かに、ちくっとした。尖
ったものの中身は、少しずつ…私の身体の中に入って行く。

―――男の人の言った通り、本当に、何も感じなくなって行く。それが、なん
だか心地良かった。ふと、後ろの男の人と眼が合った。その人はにこ、と笑って
くれた。なんだか、凄く安心した。

「やっと手に入れた。今度は、俺が君を守るから。ずっと、側にいるから」

そう、言ってくれた。喋ってるのはわかったけど、言葉の意味はわからなかっ
たけど、なんだか嬉しかった。刺さってる方の反対側の手を握って、また何か言
ってくれた。やっぱり、何か凄く嬉しかった。



「―――愛してるよ、理佐子」






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