大人になったら
シチュエーション


あんな風になら、いいかもしれない。
少女は歳の離れた恋人とさっき見た映画のラブシーンを思い出した。
一度は離れ離れになって長い間互いを探し続けていた恋人同士が、困難を乗り越え
ついに再開した感動のクライマックス。そしてベッドシーン。互いに向かい合って
ゆっくりとボタンを外し、男が女の下着を優しく外し、徐々に肌が合わさっていった。
男の手が、観客の視線から守るかのように女の胸を覆った。・・・・・・美しかった。いやら
しさなど微塵も感じさせなかった。

――――ずっと待ってる。私が子供だから。

少女は恋人の背中を見ながら思った。彼が自分とああいうことをしたくないわけが
ない・・・・・・はず・・・・・なのに、去年付き会い始めた時から、ずっと待っててくれている。
今はまだ早いといって。今しても、怖いだけでそれほど気分が良くならないだろうから、と。
最初は自分もそう思った。今でもやっぱりそうなのかな。けど・・・・・・

そして、思考は振り出しに戻る。恋人の部屋でココアを飲みながら。
そう、こうして何度も部屋へ行っているのに、何も起きていないのだ! 
少女は恋人との今までのスキンシップを思い出した。抱きしめられると、とても気持ちがいい。
のど仏に触ること、膝の上に乗ること、羽のようなキスを何度もすること、
時々当たる髭の剃り残し、大きな手なのに綺麗な指で髪を触られること・・・・・・みんな気持ちがよくて、好きだ。
服を取り払って全身で体温を感じられたら、もっと気持ちがいいのではないだろうか? 好奇心は尽きない。
いつからか、会う日は下着にも気を使うようになっていた。まだ、誰にも見せたことはないけれど。

そろそろ・・・・・・イイ頃じゃないだろうか? 折角買った下着を、見せてみたい。何も起きず、
余裕のある表情でにこやかに自分を迎え入れる恋人。唇より下には決してキスをしない恋人。複雑な気分を感じる。
クラスの何人かは、もう済ませたと言っていた。一年も経つのに、私は子供扱いだ。――――女として見て貰えてない。
少女のそんな気分も知らず、恋人は少女に背を向けてソファへ座り、エアコンのリモコン電池を交換している。
ココアのカップを流しに置いて、少女は決意した。ただ待っているだけではだめだ。映画のヒロインは自ら立ち
ふさがる障害に挑み、成功したじゃないか。
レースのカーディガンを脱ぎ、キャミソールのワンピース一枚になって、
ソファに座る恋人の首に後ろから背もたれ越しに抱きつく。「ねぇ・・・・・・」

恋人が振りかえった。両腕を前に伸ばして前屈みになった胸元からは、最近買ったブラがちらりと見える。
そのまま恋人に口付け、相手の唇を舌先で恐る恐るちょっと舐めた。心臓が暴れた。

シャンプーの匂いと胸元からのぞくきめこまかい美しい肌、途中からそれを覆う可愛らしい下着。
年齢の割には少しだけませた発育の胸。「・・・・・・してもいいのに」真っ直ぐ自分を見つめる潤んだ大きな瞳。緊張した声。
少女の胸元を見ながら少し考えた後、恋人は表情を変えた。今までに見せたことのない顔だ。少女の皮膚が粟立つ。

「さっきの映画に影響されただけだ。実際はお前が考えてるのと違うよ。――――あんなもんじゃないってw」

彼は口元だけ笑ってそれ以上少女の服に手をかけようとはしなかった。といっても、レースのカーディガンは
少女が自分から脱いでしまったし、どうやら勝負下着も見せているつもりらしい。・・・・・・やれやれ。
しかし、何もしないわけではない。キャミソールのワンピース一枚になった少女を不意に抱きしめ、
背中と片方の膝の裏を抱え上げ不安定な体勢にさせると、少女は慌てて首にしがみついた。背もたれを越えて
己の膝にまたぐ様に座らせる。驚いて開いた唇に己のそれを重ねた後、彼はやおら舌を侵入させてきた。
あのシーンの様に。

脱がさないにしても、ちょっとした悪ふざけくらい許されるべきだ。
男を挑発してしまうことが、どういうことなのか・・・
舌で歯の裏側くすぐってやると、腕の中で少女の身体がこわばり、
初めて経験する陶酔と混乱が入り混じり背中が震えるのを感じた。顔を引いても
追われ、舌に深く踏み込まれ、開かれた自分の足がつま先を伸ばしてもぎりぎりで
床につかない事を知ると、混乱は次第に増した。

もう身体が引けて来る。そのまま腰をしっかりと捕まえれば、とうとう身体を仰け
反らせて逃げ出し始めた。唇が離れ、少女は喘いだ。「んぁ、は・・・・・・っ」
仰け反った所を逃さず、今度は首筋を跡がつかないよう慎重に唇でなぞり、舌で汗
を味わう様に舐め、肩紐のそばで強く吸った。「あ、やぁ・・・・・・」鎖骨には歯を立
ててみた。片腕は腰を捕らえ、時おり太ももまでのラインをなぞり、もう片方は男
の手を知らぬふくらみを服の上から愛撫する。まだ鷲掴みには物足りない。
少女はある意味珍しいほど純粋だった。これほどの素材をむざむざ馬鹿な女に
仕上げるつもりはない。心身ともに未熟なうちからの行為は、行為そのものに
愛を見出すのではなく、行為の代償として愛を求めるようになる。いつのまにか、
自分の身体を切り札にし始め、思い通りの効果が得られなければ勝手に自尊心を貶める。

少女には、肌を重ねる代償として愛が存在するなどとは思って欲しくなかった。
あれ自信に意味を認識できる純粋さと成熟を持って欲しかった。純粋だが、成熟にはまだ時間がかかる。
今回の悪ふざけも、引き際が肝心だ。
胸元にいくつか跡をつけ、しばらく少女の肌の匂いを楽しんだ。胸は下から上への愛撫に弱いことを知った。
耳を噛んでやると、面白い反応が返ってくるのでくすくす笑った。
少女には、まるで恋人が別人に豹変したかのように感じられた。得体の知れない感触。それゆえに得体の知れない怖さ。

「あっ、ゃだ・・・・やだ・・・・ごめんなさい・・・」

少女は両腕を男の肩に突っ張り、今にも泣き出しそうにな顔で哀願した。
予想通りだ。こんな顔を見たくて、ついいじめてしまった。余裕のある悪ふざけも、ここまでが限度だ。何より、彼自信の。

「ごめんなさい。でも・・・・・・きらいにならないで」

少しして自分を解放した彼をまっすぐ見つめ、涙をぽろんとこぼして少女は言った。
それを見て彼は吹き出した。「嫌わないよ」少女にレースのカーディガンを着せ、
寮まで送るために車に乗せる。寮の門限は早い。

「しばらく胸の開いた服着るなよ。俺の前でも」

少女は顔を火照らせたまま
カーディガンを胸の前でかき合わせた。あの様子なら、これから更に発育が期待できるだろう。
待つのも楽しみのうちだ。急いたり、がっついたりするような歳でもない。ゆっくり待ったとしても、
少女が自分の元から離れないことは確信している。今まで時間をかけてそのように仕込んでいるのだから。
今日は特別念入りに。

別れ際、彼は少女にだけ聞こえる様に窓から囁いた。

「大人になったら楽しみにしてるよ」






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