はじめての彼(仮)
-3-
シチュエーション


――ケセラセラ。
学校を2日休んで迎えた土曜日の昼下がり、しぶしぶ結論を出す。成るように成る、だ。
ベッドの上でごろごろごろごろ考えてたら、疲れちゃった。知恵熱(?)まで出る始末。
もっとも、そのおかげで学校を休めたわけだけど。熱が引いていくにつれ、徐々に吹っ切れてきたような……。

うー、もうどんな顔して学校に行けばいいのッ!?
黒澤君も青山君もなにも言ってこない。嵐の前の静けさ? 不気味。あたしどうなっちゃうのォォ!?
などと悩んでいてもしょうがない。いくら考えてもどうすればいいのかわかんないんだもん。
だいたい、あたしに相手の出方を見て臨機応変に対処するとかできるわけないんだし、成り行きに任せるしかない。
ほんとにいいのかそんなんで。自分でも自棄になってるなとは思うけど、いまいち現実感がない。
それはあの日、青山君に聞かれてるかもしれないという状況にもかかわらず、
狂ったように自分から腰を振ってイってしまった時から続いているような気がする。

――夢じゃない!
あの日、失神して意識が戻ってきたあたしは開口一番そう叫んだ。
目が覚めると、書庫にはあたしひとり。制服も下着もきちんと身に着けていたからもしやと思ったけれど、
けだるい疲労感や下腹部を覆う鈍い痛みがあたしの淡い期待を打ち砕いた。
まあ本気で夢だと信じてたわけじゃないけど。陰部をきれいに拭かれた形跡に赤面する。
く、黒澤君はどこ? 鞄を胸に抱きかかえ、そろそろとドアから首だけ出して窺う。少し離れた場所から水を流す音がした。
トイレ!? 気付いたのと同時に廊下へ飛び出し、忍び足で階段の上段まで突き進んで身を伏せた。
書庫に歩いていく黒澤君の足音を聞きながら、一段一段慎重に後ろに下がる。
ドアが開かれたのを合図に猛ダッシュで玄関まで駆け下りた。

――藤野っ!
黒澤君ちから逃げるように、というか正に逃げ出した際、背中に突き刺さった張りつめた声が耳に残っている。
それだけじゃない。体中に残るキスマークや節々の痛みが実際に起こったことだと如実に物語っていた。
まさかセックスで筋肉痛になるとは想像もしていなかった。たぶん黒澤君も一緒。あたしよりひどいかも。
あの最中には気が付かなかったけれど、黒澤君はあたしに負担がかからないように無理な体勢で自分の体を支えていた。
硬く締まった肩や腕の筋肉を思い出し、顔が火照る。いやああーーーッ、人の筋肉痛心配してる場合じゃないし!
布団をかぶり、またごろごろと転がった。

「繭子ー、お友達が心配してお見舞いに来てくれたわよー」

部屋のドアをノックされ、母親の妙に弾んだ声に思考を中断される。
ちょうどいい。ひとり悶々としていても埒が明かない。ここはひとつ千明に相談だ。
何度か電話をくれたけど、口ごもるばかりだったから心配して様子を見に来てくれたのかな。
さぞかし的確なアドバイスが――と、リビングに入った足がソファに座っている人物の後姿を見てぴたりと止まる。

「あああ青山君!?」

ゆっくりと振り向いた顔は満面の笑み。良かった元気そうで、とこぼれるような白い歯が眩しい。
リビングには和気藹々な空気が流れていた。仔犬のように人懐っこい青山君に目尻を下げている母親。
青山君のことはちょくちょく話題に上げてたから、初対面という気がしないのかもしれない。

「それにしてもそっくりですね。でも親子には全然見えません。美人姉妹って感じかな」
「うふふ、嬉しいこと言ってくれるわー。繭子ったら、いつまでも立てないで座りなさい。
青山君にシュークリーム頂いたのよー、紅茶でいいわね?」

あんぐりと口を開けているあたしに、もう照れちゃってというような視線を寄こしながらうきうきと訊いてくる。
そんな浮かれている母親を無視して、青山君の腕を引っ張り立ち上がらせた。

「部屋で飲むからっ。青山君、ちょっとこっち来て!」

部屋に押し込めたのはいいけれど、これはこれで困ったことになった。
まだまだ話し足りなさそうな母親からトレーを受け取り、
テーブルにケーキ皿やティーカップを置いたあとはすることがなくなってしまう。
あたしは所在なく、お気に入りの大きなテディベアを抱きしめながら青山君を探るような目で見る。
青山君はあぐらをかいて座り、体を左右に揺らしながら興味深げに部屋を見回していた。
今時のアイドルではなく剣劇スターのポスターが貼ってあるのが異質なくらいで、
あとはファンシーな小物やぬいぐるみに囲まれたよくある女の子の部屋。
見慣れてるだろうに、と思うあたしの気持ちは平静だった。
はじめて部屋に男の子を入れて、しかもその相手が青山君だというのに、自分でも驚くほど落ち着いている。
ひとしきり眺めて満足したのか、青山君が動きを止め静かにカップを口に運んだ。

「ここのシュークリーム好きだったでしょ。食べたら?」
「……うん。ありがと」

なんかさっきから変だあたし。
いつもなら、青山君を前にすると苦しいくらい心が浮き立つはずなのに、いまのあたしは笑っちゃうほど冷静だ。
ケセラセラと何回も口ずさんでたせいで度胸が据わったとか? 首を傾げながらシュークリームにぱくつく。
さくさくのシュー皮と卵の味が濃厚なカスタードクリームが、いっとき幸せな気分にさせる。

「繭ちゃん最近変わったよね」

口一杯頬張ってるのをいいことに、黙って見返す。
寂しそうな言い方にもやっぱり心は波立たない。いったい話はどこに行き着くのか、困惑するばかり。

「前からかわいかったけど、さらに磨きがかかったっていうか……はっとするほど色っぽくなったよね」

熱のこもった眼差しが降り注がれる。ひたすら口をもぐもぐと動かすあたし。
こ、これはひょっとすると……完全にロックオンされちゃってる? 困るッ。えっ、ええぇぇえええええーーーっ!?
ショックに身を強ばらせた。ああああたしっ、あんなに焦がれて焦がれて何度もつらい思いをして、
苦肉の策で仮の彼氏まで作って、やっと自分が望んでいたとおりの展開に進んでいるというのに、ちっとも嬉しくない!
むしろ迷惑。やめて欲しい。いったいぜんたいどうなっちゃってんのォォ!? 
そんな気持ちが表情にも現れていたらしく、青山君がなじるような口調で言い募る。

「そんなに黒澤君のことが好き? でも本気じゃないでしょ。僕の気を引くためにわざと付き合ってるだけだよね」

あ、バレてたんだ。まあ百戦錬磨の青山君からすれば、あたしの拙い作戦なんて先刻承知か。
そんなことより、別のことに心が奪われていた。

――黒澤君のことが好き? 好き? 好きいいィィいいいいい!?
その衝撃で一瞬反応が遅れた。

「口にクリームが付いてる。取ってあげるね」

とっさによけたけど、ほっぺたに柔らかい感触を受ける。
唇を肌に押し当てたまま、青山君がくぐもった声で悲しそうに言った。

「僕のこと嫌い?」
「き、嫌いとかじゃなくて、そうじゃなくて……! もっともっと好きな人がッ。どどどどうしようっ!?
ミイラ取りがミイラ? 策士策に溺れる? あ、あたしっ、黒澤君のことがすっごく好きみたい!!」

青山君を突き飛ばし、両手でばっと顔を覆う。体の震えが止まらない。

「――みたいってことは、はじめての相手は忘れられないってやつじゃないの? 繭ちゃん思い込みが激しいから、
好きだと勘違いしてるだけじゃない? それにしてもあんな声、聞かされるとは夢にも思わなかったな。
あれ結構傷つくね。僕好きな子を盗られる気持ち、はじめてわかったかも。ケータイ叩きつけて壊しちゃった」

青山君がさらっと本気とも冗談ともつかない調子で言い放つ。
そのことに一切触れてこないから、おかしいと思いつつ完全に油断してた!

「や、やっぱり聞いてたんだ! どどどどこまでッ!?」
「ふたりがほぼ同時にイったとこまで。ふたりっきりの時はまゆって呼ばれてるんだね。
繭ちゃんは黒澤君のことなんて呼んでるの? かおるだと僕のこと思い出したりしない?」

待って待って待って! 頭の中がぐっちゃぐちゃ。ちょっと整理させてーっ。
とりあえず名前の件はあとでゆっくり考えよう。いまはそれどころじゃない。
恥ずかしすぎる声を聞かれてしまったこともこの際どうでもいい。済んだことをぐちぐち言ってもはじまらない。
そそそれよりっ、空耳かと思ってたけどやっぱりまゆって呼ばれてたんだ。
黒澤君があの瞬間に発した言葉、聞いてたんだ。でかしたッ(?)、青山君!

「あああ青山君っ。あの時黒澤君すっごく焦ってたみたいなんだけど、まゆって呼んだあとなんて言ってた? 聞いてたんでしょ!」

きょとんとしてる青山君を揺さぶりたい衝動はなんとか抑えたものの、問い質す声が裏返ってしまった。

「んー? なんだったかなー、イクとか出るとかだったと思うけどー?」

うそだッ。だって二文字じゃなくて三文字だったような気がするし、思わせぶりに語尾延ばしてるんだもん。
キッと睨みつけるも青山君は屈託のない笑みを返してくるだけ。む、喋る気全然ないな。

「もういいッ。本人に直接訊くからいいもん!」
「黒澤君はプライド高いから絶対言わないんじゃないかなー。そんなことより、僕かなり本気で好きなんだけど?
繭ちゃんが他の男と一緒にいるの、なんかすごく嫌だ。胸が苦しくてたまらない。――助けて」

青山君が息も絶え絶えといった様子で手を握ってくる。
なんだか妙な成り行きになってきた。目まぐるしく変わる展開についていけない。

「僕は誰かさんみたいに意地悪なことして泣かせたりなんかしないよ? 思いっきりやさしくするよ?」

甘い甘い声で囁き、ふわりと引き寄せ床に横たえようとする。
だめだってば……。押しのけようとするけれど、腕に力が入らない。
ここ一番に見せる天使のような笑顔には、あたしの抵抗を奪うだけの威力がまだ残っていた。

……ま、まずい。あたし髪触られるの弱いんだよね。
美容室でも毎回猫みたいに目を細めてうっとりしちゃう人なんだけど……。
青山君は肩肘をついてあたしの横に寝そべり、もう片方の手であやすようにさっきからずっと頭を撫でていた。
あー、ぽわぽわする。正直気持ちよくて眠たくなってきた。最近考えることがありすぎて寝不足気味。
自然とまぶたが重くなり、ふあぁと大きなあくびが漏れる。
がちがちに固まっていた体がゆっくりと弛緩していくのがわかった。それと思考力も。
あれれ、なんかおかしなことになってなァい? でも手付きにいやらしさは微塵も感じられなしィ、マッサージ? みたいな……。

「繭ちゃん凝ってるねー」
「……うん。悩みごとが多くて……あ、そこそこッ。気持ちいいィィ」

青山君の繊細な指が的確にツボを押す。絶妙の力加減で首、肩、腕と揉みほぐされていく。
時々ふっと意識が飛び、ふわふわした温かいものに包まれる感覚がする。うーん、とろけちゃいそう……。
足も揉んであげるね、と遠くのほうから声がして、足裏マッサージ? 痛いのはやァ、とまどろみながら返事をしていた。

「フフ……舐めるだけだから、痛くなんかないよ」
「――ひあぁっ!? くく、くすぐったい!」

足の裏にむずむずした刺激を受け、がばっと跳ね起きる。
目の焦点が合ってくると、いつの間にやら足元のほうへ移動している青山君がいた。
しかも、あたしの左足首(靴下脱がされてるし!)を掴んでいる。さらに、美味しそうに足の指を咥えていた。
夢心地から一気に目が覚め赤くなる。

「ななななにやってんのーっ!? 離してってば!」
「こうされると気持ちいいでしょ?」

人の言うこと全然聞いてないしーっ。青山君の手から足を引き抜こうとしてもびくともしない。
痩せて、力なさそうに見えるけどやっぱり男の子なんだと愕然としてる間にも、せっせと足を舐めてくる。
尖らせた舌先で指の股をつつき、一本一本ちゅーちゅーと音を立ててしゃぶっていた。

あああ脚フェチ!? 
はっ、いけない。
見事な舐めっぷりに呆然としながらも見入ってしまっていた。驚いているヒマがあったらいい加減やめさせないと!
恍惚とした表情を浮かべた青山君がふくらはぎに頬ずりし、上へ上へとついばむように唇を落としている。
いまや完全に脚を持ち上げられ、青山君の位置からだとスカートの中が丸見えだった。

「――青山君。それくすぐったいだけだから、もうやめて。あたしわかっちゃった。
ぼけっとされるがままだったくせになんだけど、こういうのは好きな人にされないと感じないんだよ。
念のため言っとくけど、さっき気持ちいいって声上げたのは単に凝ったところをほぐされたのが理由だから。
あたし確信した。やっぱり黒澤君のことが好き。どうしようもないくらい好き。だからごめん。青山君の気持ちには応えられない」

ひゃー、まさか青山君に対してこんなことをとうとうと述べる日が来るとは! 
スカートの裾を押さえながらってのがいまいちサマになってないけど、ちょっと感動。
とは違うか、なんか一抹の寂しさを感じる。人って変わっていくんだなー、と。あんなに好きだったのに……。
しょぼんと項垂れている青山君を見るとさすがにズキっとくるけれど、あたしの決心は揺るがない。
罪悪感よりも恋する高揚感のほうがまさった。そうとわかればこうしちゃいられない!
黒澤君に会いたい。声が聞きたい。笑顔、は見たことないけど見たい。

ひとり勝手に盛り上がっているところに不意打ちを食らう。
突然青山君が圧し掛かってきて、スカートの中に手を入れられた。

「……そっか、繭ちゃんやさしくされるより強引にされるほうがいいんだ。確かに濡れてないね。
でも大丈夫。僕Sにもなれるから、それに手マン得意だし任せて。そのうち緊張もとれてくるよ」

だからーっ、人の話を聞きなさいってええええええ! 緊張してるんじゃなくて嫌がってるんだってば!
てかその空気読めないふり、やめてよッ。そんな青山君なんて見たくないし、じゃないとあたしなにするか――

「ああっ!? そ、そこに触っていいのはっ、黒澤君だけなのおおォォおおおおお!!」

パンツのわきから指が滑り込んできて、ぶち切れた。渾身の力を込め踵をお腹に叩き込む。
ぐえっと蛙が潰れたような声を出して青山君が尻餅をつき、そして苦しそうに体を折り曲げ咳き込み始めた。

「繭子っ、静かにしなさーい。下に響くでしょー」

ドアの向こう側から聞こえてきた母親の叱り声に、はーい、と慌てて返事をする。
視線を青山君に移すと、むせていたのが次第に壊れたような笑い方に変わっていくところだった。

「げほげほっ、は、ははっ……こんな、文字通り足蹴にされたの、はっ、はじめてだよ。ははっ……あははははは」

ちっともおかしくなんかない。怒りと悲しさと虚しさがどっと押し寄せ、涙がにじんだ。

「……青山君、もう帰って。このままだとあたし嫌いになっちゃいそう……」

ようやく笑いの発作が治まり、静かになったのを見計らって疲れた声でそう告げた。
弾かれたように頭を上げた青山君がくしゃりと顔を歪め、またすぐ頭を下げる。

「ごめん! ほんとごめん。どうかしてた。繭ちゃんが僕から離れていくのかと思ったら、かーっとなってつい。もうこんなことしない!
だから泣かないで。わかった……つらいけど諦める、ようにする。繭ちゃんの恋が成就するよう応援する。協力するよ!」

――協力。どっかで聞いたセリフ。まったくどいつもこいつも。その手には乗らないもん!

「……遠慮しとく。自分でなんとかするからほっといて」
「えー、でも繭ちゃん男のことよくわかってないしー、このままだとセフレ一直線だよ?」
「せ、セフレえええ!? そんなのやだッ」
「でしょー。だったらもう黒澤君と寝ちゃだめだよ? それと簡単に好きとか言っちゃだめ。利用されるだけだから。
気を許したら最後、要求はどんどんエスカレートしてくるよー。毎回ごっくんさせられて、アナル中出し当たり前。
撮られた写真をネタに複数プレイを強要されたりなんかして、気が付けば肉奴隷。やでしょ?」
「に、肉奴隷て……黒澤君はそんな鬼畜なことしないと思うけど?」
「甘いっ」

一喝され、思わず正座をしてしまう。
青山君曰く、10代男子の性欲を侮ってはいけないらしい。
それはそれはすさまじく、想像を絶する世界だそうだ(自主規制とやらで具体的には教えてくれなかった)。
あの、えっちな行為を聞かせてくる時点で鬼畜の萌芽はすでに見えると言い切られ、なにも言い返せないあたし。

……た、確かにすっごくいじわるだった。普段のクールな黒澤君からは考えられないほどの暴走っぷり。
溜まりに溜まった性欲が爆発すると、あんなことになっちゃうのか。しかもあれで序の口とは……。
ほっといたら、もも、もっととんでもないことされちゃうわけえええ!?
くらくらして、ごくりと生唾を飲み込んだ。

「黒澤君みたいに自制心が強いタイプはさー、一度箍が外れると大変なんだよ。
おまけに支配欲も強いときてるからタチが悪い。とことん屈服させるまで容赦ないでしょ?」
「わ、わかる!? そうなのッ。淡白そうに見えて実はねちっこい性格なの! 
むむ、むっつりすけべなのおォォ。ああああたしっ、いったいどうしたらいいの!?」

藁にもすがる思いだった。これまでの経緯を洗いざらい打ち明ける。
時折顔をしかめながら、ふんふんと真剣に聞き入っている青山君がなんだか頼もしく見えてきた。

「――寝取られ大作戦か、またばかなこと考えたね。
まあ、すぐそばに一番大事な子がいるのに今頃気付く僕もばかだけど。
繭ちゃんとはいずれ結ばれる運命だったのに……。あ、僕二股でも全然構わないよ?」
「そんなこと訊いてないっ」
「ちぇ、切り替え速いなー。えーと、はいはい黒澤君ね。
知ってた? 繭ちゃん校内のオナペットランキングでいつも上位に食い込んでるんだよ。
まず間違いなく体目当てだろうねー。簡単だよ、拒否って不機嫌になるようだったら別れればいいだけの話。
嫌われたくないからって安易に体を許すのは絶対だめだからね! いざとなったらさっきみたいに強烈な蹴りをお見舞いして、
一目散に逃げてくればいいって。逃げるが勝ちだよ。その時は僕が守ってあげるから、安心して!」

がっくりと肩を落とす。すでに黒澤君ちから逃げ帰ってきてるのに、わかってて言ってるのか。
ちょいちょい自分をアピールしてくる青山君がうるさい。
それに体目当てだったら別れればいいなんて、恋愛問題でよくあるQ&Aじゃん。
そりゃあ、あたしも黒澤君はやりたい一心で付き合ってるんじゃないかと疑ってたけどさぁ。
そこをなんとか打開する斬新な解決法はないわけ? って、まだ完全に体目当てって決まったわけじゃないしーっ。
だいたいセフレなんて言い出したのも……あ、あぶない。まんまと青山君のペースに引きずり込まれるところだった。
まったく油断も隙もない。そんな邪気のない顔で丸め込もうとしても、もう通用しないんだから!
そうは思っても、ずけずけと指摘してくる言葉を聞き流すこともできず、どんどん暗くなっていく。

体目当てかどうか訊いたところで素直にそうだと答えるバカはいないだの、
いまさら好きだと告白しても今度はなにを企んでるんだと思われるのがオチだの、
気分はすっかりどん底に。あーあ、変な工作で付き合うんじゃななくて、健全な恋愛の手順を踏みたかったなぁ。
でも、青山君のことで切羽詰ってなかったら黒澤君のことなんて見向きもしなかっただろうし、人生ままならない。
結局どうしたらいいのかわからないまま。むしろ混迷を深めただけ。ひどい徒労感。
青山君に相談したあたしがばかだった。げんなりとため息をつく。
生返事を繰り返すあたしに潮時だと感じたのか、青山君がそろそろ帰るねと言い出す。
ずっと部屋にこもりっぱなしだったから、気分転換を兼ねコンビニに行くついでに下まで一緒に降りることにした。

「あっ」

エレベーターの扉が開いてすぐ、青山君が愉快そうな声を上げる。
つられて顔を向けると、マンションの入口付近で仁王立ちしている黒澤君の姿が飛び込んできた。
ぱああと胸が弾んだのと同時にうろたえる。ひー、冷気がここまで伝わってくるッ。あ、あれは絶対なんか誤解してる顔だ!
それにしても、まさか青山君に続いて黒澤君まで家に乗り込んでくるとは。怒涛の奇襲攻撃。
そりゃ会いたかったけどっ、声聞きたかったけどっ、ここ心の準備があああああ!

「じゃあ繭ちゃん、今日はほんと楽しかった。またあとで連絡するね」

ちょっと! なに言ってくれちゃってんの。しかもわざとらしいウインク付きでっ。
数メートル先からびしびし放たれる視線が痛い。赤くなったり青くなったりと忙しいあたしに頓着せず、
さっさと去っていく青山君。黒澤君とすれ違いざま、にやりと笑いかけるのも忘れない。
あたしの恋を応援するんじゃなかったの!? ま、信じちゃいなかったけど。
てかどうしたらいいのッ、この凍りついた空気! 

黒澤君の体が近づいてくる。
あのしなやか腕で抱きすくめられて、あの大きな手で鷲掴みにされて、あの長い脚で押さえつけられて――
だ、だめだ……あの時の感覚が次から次へと鮮明に蘇ってきて、頭がどうにかなりそう。
見たいのに、恥ずかしくてまともに顔を見られない。うつむけばうつむいたでついつい股間に目がいってしまう。
いまは平常時みたいだけど、あれがあんなことになってあんなことされて――
いやああっっ!? なに考えてんのッ。あたしってば、もしかして淫乱!? そんなーっ!

「――したのか?」

声を聞けば荒い息遣いが再生され、それとセットで激しい腰使いも呼び起こされる。
大好きな黒澤君の匂いに包まれて、朦朧としてきた。

「あいつと寝たのかって訊いてるんだよ」
「……ふえ? (ぼーとしてて、なに言われたんだかわかんない。め、目が怖い。ばば場を和ませないと!)
えとえと、黒澤君……きき、きん(肉痛大丈夫だった? なんて訊けないッ)……もくせいの香りが漂う季節になったねぇ。
朝晩すっかり冷え込んで、あさってから衣替えだねぇ……(うわ、なに年寄りじみたこと言ってんの、あたし!?)」
「なんだその誤魔化し方は。見せろよ、あいつのことだから盛大に上書きされたんだろ」
「はあ? 言ってる意味、ぜんっぜんわかんないんだけど。な、なに? どこいくの? い、痛いってば!」

腕を掴まれ、ずるずると引きずるように連れていかれた場所は1階と2階をつなぐ階段の踊り場だった。
いきなり壁に背中を押し付けられたと思ったら、着ていた前開きのカットソーのファスナーを一気に下まで下ろされる。
よりにもよってフロントホック。抗う両手を後ろで固定され、あっという間に胸を剥き出しにされてしまった。
素肌に空気が触れ、さっと鳥肌が立つ。黒澤君に見つめられ、寒いんだか熱いんだか怒ってるんだか喜んでるんだか――

「やだっ、や……あん、誰かに見られちゃう……だめえぇぇっ!」

いくら抗議の声を上げようがお構いなし。冷たい指先が肌の上をすべる。
数日前、黒澤君に付けられた鬱血痕をひとつひとつ丁寧に触られた。
その、わずかな変化も見逃すまいとする真剣な眼差しに、やっと上書きの意味がわかる。

「もしかして……青山君が上からキスマークで塗りつぶしたとか思ってる? ありえないからっ、そんなの!」

すっと細められた眼鏡の奥の瞳は猜疑心ありありで、その後も体の検証は無言で続いた。

鎖骨、胸、脇腹とあちこちに散らばる赤い痕。それらがすべて自分が付けたものだと納得したらしく、
ようやく手首の拘束が解かれ、あたしは急いでブラを直しファスナーを引き上げる。

「黒澤君のばか! 信じらンない! こんなところで――ッ、あ!? ちょっと、やっ、まだ調べる気ィィ!?」

おもむろにひざまずいた黒澤君がスカートをめくり、太ももに手を置いた。
ぎゅっと膝に力を入れたのに、内股の柔らかい部分を撫でられ簡単に体を開いてしまう。
すぐ反応する自分が情けない。やっぱりあたしってば淫乱!? こんなこんな……っ、流されちゃだめだ!

足の付け根を念入りに点検している黒澤君は隙だらけ。
顔面に膝蹴りして撃退するチャンス。って、そんなこと好きな人にできるわけないしーっ。
どうやったらこれをやめさせられんの!? 体がぶるぶると震えて立ってるのもつらい。もう泣きたい。

「……そ、そんなことしても意味ないもん! だって、青山君とはなんでもないんだからっ。
終わっちゃったんだもん(あれ、なんか未練がましく聞こえたかな?)……え、えーと、これまでもなかったし、
これからも金輪際ないの! それでいいのッ。だって……だってあたしっ、黒澤君のことが好きなんだもん!!」

ひゃあああああ。言っちゃった! 言っちゃった! 言っちゃった!
でもいい。これですっきりした。妙な小細工なんかするより素直に気持ちを伝えるほうが性に合ってる。
それにあたし、こういうことは男のほうから言って欲しいとか古風なこだわりないし。
あとは黒澤君の気持ち次第。緊張で口から心臓が飛び出そう。きつく目をつぶる。
たぶん、嫌われてはないと思うんだけど……嫌ってたら付き合ったりしないよね? 体目当てだったらどうしよう……。
祈るような心境で黒澤君の言葉を待った。

「――今度はなんだ。なにを企んでる」
「た、企んでるって(青山君の言ってたとおりになっちゃってる!?)……違うッ。ほんとに好きなの!
じゃなきゃあんなことできるわけないもん! 本気でいやだったらもっと死に物狂いで抵抗してたはず。
あたしばかだから自分の気持ちに気付くの遅くなったけど、好きなの。黒澤君とええええっちしたのっ、後悔してないから!」

意を決して、立ち上がった黒澤君と目を合わせた。……なんか、複雑そうな顔してる。
あたしだってついさっき好きだと気付いて驚いてるくらいだから、突然こんなこと言われて戸惑うのは当然かもしれない。

「あ、あのォ……青山君の気を引くために黒澤君をダシに使ったの、すごく後悔してる。……ごめん、ごめんなさい。
いまさら謝ってももう遅い? あたし黒澤君とちゃんと付き合いたいんだけど、無理? 
だめだったらちゃんと言って欲しいんだけど……?」

耳を澄ませても、聞こえてくるのはどこかの部屋で飼ってる犬の鳴き声や玄関を開け閉めする音のみ。
なんで黙ってるの!? これ以上の沈黙は耐えられないッ、とやきもきし始めた頃。
不意に腕が伸びてきて、くいとあごを持ち上げられた。
やるせない表情の黒澤君。こ、このシチュエーションはっ、きききキスううう!?

「れ?」

あごに添えられていた親指がすっと下に降りてゆき、胸の先端を捉えぐりぐりと押し潰した。
あん、と思わず掠れた声が漏れる。無意識にこすり合わせた太ももを一瞥した黒澤君の口元が歪む。

「こうされるのが好きってだけだろ。嫌いな相手にイった自分が許せなくて、そんな理由をあとから付けたんだろ」
「ち、違うもん! こんな風になっちゃうのはっ、黒澤君が好きだからだもん! 
好きだから感じて濡れちゃうのッ(やー、なんてこと言わせるの!?)。だ、だって青山君に触られた時は全然濡れてなか、あ、いや。
いまのは言葉のあや……でもなくて、いい一瞬危なかったんだけどっ、蹴り飛ばして事なきを得たしっ(もうしっちゃかめっちゃかー)、
ななななんでもないのッ。気にしないで! と、とにかくっ、あたしがいま一番好きなのは黒澤君なのっっ!!」

「――いまだけか。ま、いいよそれで。あんな気持ちいいことそう簡単に手放すつもりないしな。
藤野が飽きるまで付き合ってやるよ。ただし、他の奴との共有は認めないぞ。するのは俺だけにしとけよ」
「……黒澤君、言葉尻を捉えてわざと婉曲してない? 体目的を正当化しようと――」
「その言葉、そっくりおまえに返す。したいだけのくせに好きでもないのに好きとか言うな!」

みなまで言わせず怒鳴り付けられた。
なんなのこの展開は。二の句が継げないとはこのこと。
相変わらずの傲慢な物言いのわりに被害者面している黒澤君が解せない。
傷ついてるのはこっちのほうだ! あ、飽きるまでってなに? したいだけのくせにってなに? まるで人を、人を――

「淫乱。だったんだな、藤野は」
「〜〜〜!」

自分でも薄々思っていたことをずばりと指摘され、口を開けたまま固まってしまった。
違う違うと首を振って訴えるものの、見返してくる黒澤君の表情に絶望的な気分になる。
こんな強情で冷ややかな顔をしている時になにを言っても無駄だ。危険だ。
告白したタイミングがまずかったかも、といまさらながら気付く。
ここは一時撤退したほうがよさそうだと周囲を見回した時、またもやがしっと腕を掴まれた。

「そう簡単に手放すつもりはないって言っただろ。それに――」

と、淡々と告げながら下半身をまさぐり出す。
パンツの中に手が忍び込んできて、びくんと体が跳ねた。

「こんなに濡らして説得力ないんだよ」
「ちがっ、んんッ……やぁああ」

黒澤君の中指が吸い込まれるようにして中に入ってくる。親指が敏感な突起を転がす。
内側と外側からクリトリスをしごかれ、頭がまっ白に。はあはあと崩れ落ちそうになる体を腕にしがみついて支えた。

「好きだろ、こうされるの」
「んん、そこだめぇ……やあ、こんなところで……はあ、あっ、あっ、ぁあああっ!?」

切ない疼きが突然消えた。
取り残されたような気持ちでぽかんとした視線を黒澤君に向ける。
苦笑、冷笑、嘲笑。皮肉った態度にみるみる顔が熱くなっていく。

「ふっ、ここではいやなんだろ。だったら明日俺のところに来いよ。いくらでもしてやる」

追い打ちをかけるような捨て台詞を残して、黒澤君は帰っていった。

脱力したあたしはその場にへたり込む。
濡れたパンツを通して伝わってくる床の冷たさに、体を震わせながらぼんやりと考えていた。
どうしよう……10代女子の性欲も侮れないみたい、と。






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