シチュエーション
![]() 「頼むッ! 恋人になってくれ!」 土下座までするソイツを見て私は踊りだしたいような高揚感に包まれた、と思う。 もちろんそれはおくびにも出さないというか出せないというか。 私たちは幼馴染、というだけでアイツにはいつも好きな女の子がいたし、 私は『一番仲良しの女子』というポジションを崩さないように自分の気持ちを封じ込めていたから アイツの毎度毎度の恋愛相談にも快くのっていた。 なのに。 「頼むよ。恋人になってくれよぅ」 「どうしたの? とりあえず土下座はやめて、部屋で話そっか」 目の前で起こっている出来事が夢でも覚めないで欲しい、そう願いながら おそるおそる事情を聞くことにした。 「来週ウチのガッコの学園祭があるんだけど……ダチ全員彼女連れてくるって言うしさー」 「この前告白したミクちゃんとかいう子はどうしたのよ」 「その日は本命の彼氏のガッコの学園祭なんだと」 「それって……」 「うん。 いや、俺がね、本命じゃなくてもいいから付き合ってくださいって告白するときに言ったんだけど」 「自業自得じゃん」 「うん。 だからちー子、頼むッ! 恋人になってくれ!」 ……それは。恋人じゃなくて学園祭で自分だけ一人なのが恥ずかしいからってことじゃないの。 「頼めるのお前しかいないんだよぅ」 「もう、情けない声出さないでよ。はいはい、わかりました。学園祭に一緒に行けばいいんでしょ」 「やった! さすがちー子様!」 「お昼ごはんとおやつ、ぜーんぶアンタのおごりよ?」 「もちろんでございますぅぅ」 ウソの彼女だっていい。アイツの彼女として側にいられるなんて、ずっと願ってきた夢みたい。 だから当日、私はケバくないように、でもしっかりとメイクをして、髪もしっかり巻いてセットした。 アイツが友達に「女を見る目がないヤツ」と思われないように。 もしアイツの友達に話しかけられたらおとなしめでいよう、とか無駄に好印象プランを練りまくって。 「すげえな。本当に女の子みてえ」 迎えに来たアイツの目が丸くなってるのがわかる。 「はいはい、どうせ普段はオッサンですよ」 「や、違うって! かわいい! かわいいよ」 ぶーたれる私をなだめようと必死に私を褒めてくれるのが、嬉しい。 にやけそうになる顔を必死にこらえているだけなのに、アイツはまだ一生懸命褒めてくれる。 「どうせだから」 「え?」 「手、繋いで行こっか。 せっかく恋人同士なんだし」 ななな、なんで今日は積極的!? うろたえる私に 「そういや昔はいっつも手繋いでたな」 「それはアンタがすぐ迷子になるから……!!」 わあわあ騒ぎながら電車に乗って、アイツの通う学校に着く頃には私たちは恋人になっていた。 たこ焼き、ホットドック、クレープ、おしるこ、カレー、カキ氷、おでん…… 模擬店を各個撃破していると、うきうきした気分で満たされてくる。 当たり前だ。お祭り気分というだけじゃなく、模擬店に行っても展示を見に行ってもアイツの後輩が出てきて 「先輩の彼女さん、キレーっスねー」 と言って私を褒めてくれる。社交辞令にしろその言葉はアイツの彼女としての私に向けられた言葉だ。 ずっとずっと願ってやまなかったその立場に自分がいる。 ウソだけど。 一日だけだけど。 心の奥に刺さった棘がチクンと痛んだ。 「あれ?」 アイツがいない。私がよそ見してる間にどこかへ行ってしまったんだろうか。 子供の頃いつも迷子になって泣いていたのはアイツだった。 今は図体だけはデカくなったけど。 そんなことを考えていたら急に寂しくなって、泣きたいような気持ちになる。 賑やかなお祭りの中でただ一人置いていかれているのは自分だけだ、というような。 「ちー子! すまん、知り合いにつかまってた」 背後から不意に懐かしい声が響いた。 「どこいってたんだよ。ちー子が迷子になるなんて、らしくねえぞ」 「ごめん……」 泣きそうなのをこらえるには、あまり喋らないほうがいい。 「いや、こっちこそごめん。ちー子にとってはアウェーだもんな。ずっと側にいなかったオレが悪かった。 やっぱり手ぇ繋いでよう」 こっちの気持ちはお見通しみたい。今日のアイツは妙に冴えてる。 お腹がはちきれそう。甘味の屋台を巡るのにもそろそろ限界だ。 「少し休憩するか」 アイツの言葉に私は素直にうなづいた。 私の手を引いたアイツは人ごみに逆らって校舎の中を奥へ奥へ、人気のないほうへと進んでいく。 「美術準備室」と書かれた部屋の前でアイツの足が止まった。 「ここの窓、鍵が壊れてんの。ちょっと待ってて。ドア開けるから」 そう言うとアイツは泥棒みたいに窓から部屋に入っていった。 ドアを開けてもらって入ったその部屋は埃っぽくって、それでいて落ち着きを感じさせる空間だった。 デッサン用の石膏像や描きかけのキャンバスもあって雑然としているけど、かえってそこが落ち着く、みたいな。 「コーヒー飲むか?」 「うん」 そう言うとアイツは教員用らしいコーヒーメーカーを使ってコーヒーを淹れてくれた。 「慣れてるのね」 「美術部にもダチいるし、よく来るんだ」 「ふーん」 私の知らないアイツ。 「そういえば、ちー子昔はコーヒーダメだったよな。今は大丈夫なんだな」 「……今も得意じゃないけど」 「ゴ、ゴメン」 「謝らなくていいわよ」 「今キスしたらコーヒー味だな」 不意をつかれて私はフリーズした。 アイツはそのまま何も言わずに私の髪に手を伸ばした……そう思った瞬間にはキスしていた。 「イヤか?」 それはコーヒー味が? キスが? 返答に困っていると、もう一度キスされた。 今度はいわゆるディープキスというやつ。 もうコーヒー味とかそんなの全然わからない。心臓がバクバクする。顔もきっと赤かったと思う。 「……ゴメン」 長いキスの後、最初に口を開いたのはアイツだった。 なんで? なんで謝るの? そう聞きたかったけど、何か怖かった。 「今日ちー子と一緒にいてさ、スゲー可愛いと思った。で、さっきの顔見てたら、つい……キスしたくなったんだ。 だけど、お前の気持ち無視して本当にゴメン! 形だけの恋人って約束、忘れてた。」 え? え? それって……どういうこと? 「今の、忘れてくれ」 「忘れられるわけないじゃない。ファーストキスなのに」 「ウソだろ」 「本当。ついでに言うと、ずっとアンタのことが好きだった」 隠していた想いが堰を切ったようにあふれ出してくる。 「ウソでもいいから恋人になれて、嬉しかったの。デートできて、めちゃくちゃ嬉しかった」 「「恋人になってください」」 重なる、声。 引き寄せられて、抱き合う。 何度キスしたか途中で数えるのを私はやめた。 「やべえ」 「どうしたの?」 「いや……」 アイツの目線の先には、膨らんだズボンの股間。 「お前を抱きたい。ケーベツされるかもしれないけど、お前のこと好きだからこうなっちゃったんだもん」 「今、ここで?」 「できれば。お願いしますちー子様」 哀れっぽく言うその姿に思わず笑ってしまう。 「初めてなんだからね」 「じゃあ手でお願いします」 「いいけど。私、その……初心者だから、うまくできるか自信がないんですけど」 椅子に腰掛けてズボンとパンツを下ろしたアイツの姿は、傍目に見るとややマヌケだったと思う。 けど、私はそんなことを考えている余裕もなくて、目の前に出されたソレの存在感にただただ吃驚するばかりだった。 「どうすればいいの?」 「キツく握って。大丈夫だから。で、上下に動かしてみて」 言われたとおりにやってみたつもりだけど、よくわからない。 アイツの顔を見てみたけど、アイツが嬉しそうな顔して私を見ているのに気がついて目をそらしてしまった。 勢い、ソレだけに注目している状態になってしまう。 気持ち良くなってくれますように。それだけを感じながら懸命に手を運動させる。 「たまんねえ」 感極まったような声を吐くアイツに運動は中断させずに問いかける。 「気持ちいい?」 「なんつーか、このぎこちなさといい、初々しくて最高です!」 でも、男の人の「おわり」にはまだ達しそうもない。 私は思いきって、いつか見たHな漫画を思い出しながらソレに唇をつけた。 「わ、わっ! ちー子っ」 「嫌? 気持ち悪い?」 「いや、スゲー気持ちいいんですけど……無理しなくていいんだぞ」 「大丈夫」 最初はキスの雨を降らせるように。徐々に大胆に舌を絡めてゆく。 思い切って口に含んでみる。 「いい。スゲーいいよちー子。そのまま上下に動かせるか」 リクエストどおりに自分が行動できてるかは自信がなかったけど、気持ちよくなってほしい一心で何でもしてあげたいような気持ちだけが私を動かしていた。 クチュクチュ、ピチャピチャという湿ったいやらしい音とアイツの吐く息、それに私の心臓の鼓動だけが時間の流れを表していた気がする。 「ちー子」 呼び止められて顔を上げる。 「もう、いいから…… ティッシュ取ってきてくれ」 「ん」 戻ってきたときにはアイツは息を荒げて、辛そうな苦しそうな顔をしていた。 「手のひら、ここに当てて?」 訳がわからないまま先端に手をあてた、と思ったら 「「!!」」 精が放たれた。 「ゴメン。本当にゴメン」 「謝んならすんな」 冗談交じりに憎まれ口をたたく。 「でも、本当に気持ち良かった。ありがとな」 「ん」 「愛してるから」 「ホンマかぁ〜?」 思わず関西弁でツッコミを入れた。 「ずっと…」 「「そばにいてください」」 この瞬間は、ウソじゃない。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |