montage〜真夏の雪解け〜(その2)
シチュエーション


******

好きな女と堂々と一緒に暮らす、というのはどんな気持ちなんだろう。俺は経験出来ない
うちにその夢が砕けてしまった。

それでも大切なものを手元に置いておく事が出来た。おかげで残された幸せを噛みしめて
生きて来れたのだというのに、それさえも失う覚悟を迫られている。

「それはお前の勝手な強迫観念じゃねえの?」

この部屋の主である早川は大学からの友人だ。

「俺は……元々そんなつもりで香子を育ててきたわけじゃない」
「んなの俺だって解ってるさ。でも人の気持ちなんか変わるもんだろ?」
「…………」
「周りの目なんか気にすんなよ。誰だよハタチで結婚なんて散々俺ら驚かしてくれたやつ。
なんかお前らしくねえよ」
「若かったんだよ。あの時はさ」
「お前あのコ引き取ったの、後悔したりしてるわけじゃねえんだろ?」
「まさか」

香子と暮らしてきて一度だってそんな事考えた日はない。ただ、こんな気持ちの誤算が
起こるなんて思わなかっただけだ。

「そんなに大事ならちゃんと一緒にいてやれ」
「それが無理なんだよ。ただでさえ好奇な目で……って何、お前タバコやめんの?」

早川は洗った灰皿をゴミ箱へ突っ込みながら頷く。

「ん。いい機会だからな。……出来たらしいんだ」
「へ?」

何となくキッチンに洗って伏せてあるカップや、2つ並んだ枕に目がいく。

「もう7年越になるしな。なかなか半同棲から進ましてくんなかったから、やっとって感じかな」
「いよいよか?」

家庭にトラウマを持つという彼女はなかなか結婚に踏み切れなかったらしい。

「生きてる限りは忘れることも必要なんだよ。じゃなきゃ何時までも縛られてばかりだしな。
俺がそれになれるかどうかは解らんが、後で悔やむ前に手に入れとく。……だから連れてくよ」

大事な物を守ると決めた奴の顔は清々しく羨ましかった。

あの頃の自分もこんなふうだったんだろうか。

今の俺は……。

想えば想うほど、傷つけてしまう。そんな気がするのは何故なんだろう。

――そんな気持ちが俺の背中を押した。

******

「美味しい?」
「うん」

数日振りの一緒の夕飯は和やかな時間だった。

「寒いし今日はお鍋にしといて正解だったよね。あ、ビール切れた?ほらそこ煮えてる」

冷蔵庫から新しいのを出して、休む間もなく野菜を取り皿に入れてやる。

「そんな食べらんないよ」
「だめです!」

端から見たら普通の家庭の団欒に見えるのだろう。自分でも意識していた。だけど無邪気な
高校生のはしゃぐ様は、単に沈黙が怖いが為の必死の振る舞いだったし、ちびちびと
アルコールを口にするのも、多分手持ち無沙汰をごまかすにすぎない。元々そんなに強い方
ではないのだし。

「香子」
「何?……あ、ご飯忘れてた」
「いいよ」
「あっそう。じゃ、後でうどん入れよっか」
「いいから」

何かと理由を付けて席を立とうとする私に、

「何もいらないから。聞いて、お願いだからさ」

そう言うと箸を置いた。

少し上目遣いに見つめられ、何だか自分が意地悪をしてしまったような気になって、妙に
逆らえない雰囲気を感じて仕方なく腰掛けた。

「いきなりだけど。俺転勤する」
「……本当いきなりだね」
「うん。こういう話は早い方がいいから」

あんまりサクッと切り出されたから、逆に何というか、「へえー」って感じで冷静な気がした。

「早川が結婚を機に、地元に帰って向こうの支社で働くらしい。そんで俺も誘われた。
……まあ転勤というより転職だな。設計士が欲しいって引き抜かれた」
「そう」

大学の友達で私も知ってる。確か年下の彼女さんがいて、ちょっと無愛想だけどいい人だ。

「いつ行くの?」
「春休み中かな。4月からはあっちだと思う」
「そっか。……私なら大丈夫だから」

イチ君にならどこにでもついて行きたいのに。

「うん」

だからお願い。

「この際思い切ってそうしてみようと思ってる」

言わないで。

「香子は大事なひとだから」

聞きたくない。

「そろそろ離れよう――俺達」



ママ。

どうして私が好きな人は、みんな私を置いていってしまうの?

今までと変わらない日々が続いた。

朝は一緒に必ず過ごし、私がいつも通りの時間に家を出た後に、彼は私がアイロンがけ
したYシャツを着て出勤する。

夜は一緒に夕飯。時々、残業。

だけど着実に準備は進み、部屋は徐々にダンボールで埋め尽くされ、粗大ゴミの日も
待ち遠しくなってきた。

別れへのカウントダウン。

カレンダーの×印が増えてゆく度に、残された時間は消えてゆく。



「香子。何か俺にして欲しい事はある?」

いつものように朝食を取りながらの慌ただしい時間。突然の質問にしばし悩む。

「欲しいものでもいいけど」
「え……うん」

欲しいもの、して欲しい事。

「いきなり言われてもわかんないよ」
「そうか。んじゃ考えておいて」

その日の私は、頭の中がそれで埋め尽くされ、先生に3度は怒られた。

私のしたい事。

欲しいもの。

それは絶対手に入らないであろう、叶わないであろう事。

「ただいま」

夕飯が並ぶ頃タイミング良く帰ってくる。

「おかえりー」

貴重な時間。

スーツを脱いで掛ける背中を見ながら想う。

行かないで。

私を1人にしないで。

だから、あなたと一緒に……。

「今日は焼き魚かー」
「煮付けにしたかったんだけど時間無くて」
「なんで?充分じゃん」

でもあなたを困らせる事は出来ない。

「イチ君、お願い決まったよ」
「あ……うん、何?」


「……どっか行きたい。2人だけで。その日だけは」
「わかった」

私をまっすぐ見て小さく微笑んだ。

「どっか行こう。そん時は……」

忘れておこう、色んなことを。


――あなたの時間を、私にちょうだい。

私達はその週末の朝に車に乗って出掛けた。買い物などの雑用以外で2人でどこかへ行くのは
本当に久し振りだった。

お母さんが死んでからは特に、年齢的なものもあったのだろうか。それぞれ友達といる事が
多くなったりしたから。

新しく出来た観覧車目当てに水族館に行った。着くまでは何となくどう振る舞えば良いのか
終始どちらも無言に近かったけれど、巨大な水槽の魚の群れや周りの和やかな雰囲気にいつしか
私達も溶け込んでいた。

いつ以来だろうか?2人で外食するのも。新鮮な空気に自ずと気分も軽くなり、その後は
ゲームをしたり、初めてプリクラを撮ってはしゃいだりした。

散々遊んでやっとメインの観覧車に乗れたのは、もう陽も傾きかけた頃だった。冬の日差しは
弱く短い。

「今日は疲れた?」
「ちょっとな。でも楽しかったよ」
「……イチ君ごめんね。我が儘言って」
「そんな事思うなよ。俺だって香子と一緒にいたかったさ」
「本当に?」

そういうと頷いた。

「私そっちに座ってもいい?」
「いいよ。おいで」

何故か無性に近くに寄りたくなって、体をずらして開けて貰った場所へ腰を下ろした。

「ちょっと狭いー」

上着のせいもあってか元々きっちりくっついた体を、彼は肩に手を廻して更に抱き寄せた。

「今日は……」
「うん」

何も聞かない。黙って肩に頭を乗せるようにしてもたれかかっていた。

ふたりきり。

この空間だけに許された世界を出来るだけ味わおうと、ただあなたの事のみを想う。

「頂上に来たな」
「うん……」

外を見ると、普段は決して知ることの出来ない景色が広がっていた。小さな小さな建物や
取り囲む木々に、人間なんて何てちっぽけな存在なんだろうかと思う。

その中でどうして私は今ここにいるのだろう。

どうしてこんなに哀しい気持ちにならないといけないの?

俯き気味だった顔をふと上げると、私を見つめている彼と見つめ合う形になった。

ゆっくり近付いてくる顔を避けようと思えば出来たのに、そうはしなかった。この前の
ように早急ではなく、優しく触れる唇を何も考えず受け止める。

軽く触れるだけのキスは初めは短く、段々と長く時間をかけて重なるようになり、何度も
何度も私達は距離を無くしては離れるのを繰り返した。

やがて触れるだけのものから舌で唇をなぞられるようになり、そのうち口内は彼のそれで
いっぱいになる。

肩にあった手は頭の後ろに廻り、私の髪をくしゃくしゃにしながらもう片方の手は
腰にあって、しっかり捕まえられている状態にありながら、私は私で彼の背中に腕を廻して
しがみついた。

やがてやって来た地上への帰還に

「もう一度乗る?」

という私の提案に反対の声はあがらなかった。

次の回も、景色はほとんど見ることは無かったけど……。

「暗くなったな」

夕飯を済ませて車に乗りながら、寒さに身を小さくする。

「後は……なんかしたい事ない?」

エンジンを掛けながら前を向いてハンドルを掴んでいる手に自分の手を重ねた。

「…………イチ君のしたい事でいいよ」
「俺は……」
「いいよ私。……どっか連れてって」

いつもの日常とは離れた所。ただの私達になれる場所。

「いいのか?」
「うん」

手を離してシートベルトを止め、同時に覚悟も決めた。

「香子の事壊すかもしれない」
「大丈夫だよ」

私が一番怖いのはそんなものじゃないから。


まさかこの人とこんな場所に来るなんて誰が想像しただろうか。

「いきなりこんなトコでごめん。俺そういうのわかんなくて」
「それがいいの。だってめったにこんなチャンスないよー」

ラブホテルの一室。これほど今までの私達に縁遠かったものがあるだろうか。

入り口で固まっている彼とは対照的に、私の方は気まずい空気を払拭しようと必要以上に
はしゃぎまくっていた。

「あーお風呂おっきいー!」

家の3倍はあろうかと言う浴槽にお湯を張っていると、ふとある事を思う。

「そう言えば……」

数分後、洗った髪を束ねて湯船に浸かる。

「いいよ、もう」

暫くして開いたドアからおずおずといった感じで入ってくる様子が、背中から伝わってくる。

一緒に暮らし始めた時私はもう10歳で、一度もお父さんと――男の人とお風呂に入った
経験がない。

何となく間が持たなくて、気まずい空気になるのを避けようと冗談めかして言ってみた。

『一緒に入ってみる?』

つとめて明るく。

本当に魔が差した。

まさか頷くとは思わなかったし。無邪気な戯言と一蹴されると踏んでいた。なのに私の
背後で今髪なぞ洗っている様子……。

シャワーの音が聞こえ、それを耳にしながら膝を抱えて湯船に丸まる。

ざはっと派手な水音がしてお湯が少し溢れると同時に、私の背中にぴたっと何かがくっつく
感触がした。

軽く振り向くと背中合わせに膝を曲げて、私と同じポーズでお湯に浸かっている。

「今日は楽しかったよ。久しぶりだなー、あんなに遊んだの」
「……仕事忙しそうだもんね。ここ数年私のために」
「違うってそれは。俺は社会じゃまだまだ若僧だからそういうのは関係ないの。
……香子のせいじゃない。それよりもっと早くこういう事ぐらいしてやれば良かったな」
「今からだって出来るよ」

彼は答えなかった。答えられないと言った方がいいかもしれない。一瞬だけ、私に体重を
掛けてもたれ、また背を離した。

ぶつかった背中の大きさをもう少しだけ味わいたくなって、体を捻ると首に腕を廻して
しがみつき、もたれた。

「香子?」
「ちょっとだけ、こうしていい?」

廻した腕に乗せられた手のひらの温もりと共に彼が小さく頷いたのがわかって、ちょっとだけ
くっつく力を強めると、私の胸がいびつに形を変えて潰れる。

――7年前のあの日。

私をママの元まで背負って運んでくれた背中に久し振りに触れる。今でも充分に広いこの
場所は、昔と比べると小さくなって、そして少し遠くなってしまったような気がした。

私が大人になってしまったからなのか。

……こんなにそばにいるのに……。

変わらないものなんて有りはしないのだ、この世界には。

いくつになっても忘れないものがあるように、それは時には残酷な現実となって私達を苦しめる。

そうっとしておいて欲しいのに、生きている以上それは許されない事もある。

何が正しくて何が間違いなのかは私にもわからない。あるのは芽生えた正直な気持ちだけ。

「もっかい還りたいよ……あの頃に。そしたらイチ君の事なんか、今度は好きになんかならない」
「言うなよ。そんな哀しいこと」
「じゃあ何で……私達そんなに悪いことしてるの?」
「違うよ。俺が弱いだけなんだ、多分」
「……」

私の顔が濡れているのは湯気のせいなのか、涙のせいなのかはもはやわからない。

ただ、哀しみが止まらなかった。

「先に出る」

立ち上がる気配がしたから体を離して、また背を向けた。裸を見るのはまだ恥ずかしかった。

「ゆっくりでいいよ。……待ってるから」
「うん」

でもそれ程待ち時間は必要なかった。出て行って落ち着いた頃を見計らって浴槽から
立ち上がった。


髪を拭きながら部屋へ入ると、ソファーに腰掛けてビールを飲んでいた。

「珍しい」
「……こうでもしないと勢いがつかない」

両手で缶を握り締めたまま私を見ると、

「髪、拭いてやろうか?」

と言うので頷いたらあとの残りを無理して飲み干したらしく、缶をゴミ箱に捨てながらむせた。

「イチ君焦りすぎ……」
「バカ」

照れ臭いのか酔ったのか(弱いくせに)少し赤らんだ頬をして

「おいで」

と手招きされたので、彼の座っている前の床にぺたんと腰を下ろした。

わしわしとタオルで頭を包まれるように拭かれながら、幸せな時間に身を委ねた。

「ありがと」

タオルを外そうとした手を掴まれて、そのまま引っ張られるように立ち上がった。

「見せて」
「へ?」

いきなり何を言うのかと面食らって、座ったままの状態から私を見上げている彼を凝視した。

「な、何を……」
「酔った勢い」

元来気の弱い自分に言い訳するように呟くと、着ていたバスローブの紐をするりと解かれた。

「!」

慌てて前を押さえようとして手首を捕らえられたのでそれは出来ず、合わせの部分がだらんと
中途半端に広がって、体の中心部のみが晒される事となってしまった。

胸の部分は乳首なんかはうまく隠れているものの、おへそやその下――肝心の場所は
ヘアーが見え隠れしている状態になっている。

「却って恥ずかしくない?」
「……は、恥ずかしい」

私は目を合わせまいとするのに、今度は両手で顔を挟み込むようにして見つめられた。

「だから、脱がしていい?」
「……うん」

その手が下がり、ゆっくりと肩を露わにしていく。

肘まで脱がされかけた状態で抱き寄せられ、晒された胸に顔を埋められた。
暫くの間そうされたままじっと立っていたが、ふっと顔を離してから今度はまじまじと
上から下まで何度も視線を往復されて、その羞恥に耐えられなくなってきた。

「あんまり見ないで……っ」

胸だってそんなにある方じゃないし、お腹もどうもぽっこりしてる気がする。いわゆる
幼児体型?というか。

ただでさえ初めて人に見せるのに……こうも明るい所でじろじろ見られるなんて思いもしなかった。

「綺麗だよ。香子は」
「んな事ないもん。エロ本のおねーさんとかもっと凄……痛っ!?」

胸に唇がついた、と思うときつく吸い付かれ、かと思えば軽く噛まれた。離した跡が少し朱い……。

「ばか。お前の方がいいに決まってる」

両腕からバスローブを抜かれ、足下に落ちたと同時に私の躰は彼の腕の中にあった。

「柔らかくて気持ちいい」

言われながら胸にキスされて、言葉を失った。

「……抱っこしようか?」

ただ頷くしか出来なくて、言われるがままに膝の上に乗っかった。

横向に座るとお姫様抱っこのような体勢になり、よくよく考えてみるとバスローブ
を羽織った体の上に裸の自分がくっ付いているのが凄く不自然で、恥ずかしくなって
彼の首にしがみついて顔を埋めた。

「どうした?顔上げなよ」
「やだ」

仕方ないな、と言ってぎゅっと抱き締めてくると、その手で背中を撫で回された。

「ひゃっ……」

首筋に這う舌の感触と、背筋にそって滑り出した指にぞわぞわっとしたものが走る。

思わずぴったりくっ付いていた胸を離すと、背中を這っていた左手がそっちに回った。

膨らみを掴むと同時に唇は塞がれ、忍び込まれた舌に口内をオトされ、
しっかり腰に回した右手に逃げ場を塞がれてどうにもならず、ただ仰け反りながら
膝から落ちないように必死で掴まりその刺激に耐える。

「はあっ……あっ」

ふと離れた唇から息をつくと同時に漏れた声に

「もっと出して」

と囁かれ、首を振ると指で胸の先端を摘まれた。

「ああっ!……やあぁ」
「俺しかいないんだぞ?だから……」

躰をずらすと彼は私の上に覆い被さるようになり、ソファーに押し倒された。

「ここなら大丈夫だから」

両手首を掴まれキスをされる。

「いっぱい声、聞きたい」

耳元で囁きながら手首から離された手は肩をなぞり、また胸元へと下りてゆく。私の肌に触れる
彼の羽織ったままのバスローブが、動く度に擦れて変な感じがした。

首筋から徐々に肩、胸へと下りていき唇と舌が手の動きを伴ってまた堅くなっていく
胸の先を弄り始めると、そんな、と思う気持ちとは裏腹に胸が反り出し、自然と続きを求めて
しまう。

仰向けになったせいでぺたんこに近くなった胸を寄せて出来る谷間に口づけながら、彼は
私を見てニヤリとした。

「やだ!あんまりみ、みちゃダメ」
「なんで?可愛いのに」

再び顔を近付けてきて軽くキスする。

「だって……胸小さい方だし」
「俺はそんなの気にしてないけど」

返答に詰まって黙っていると、ガバッと脚を開かされ間に体をねじ込んできた。

「ちょっ……えっ!?」
「そういう事言えなくしてやる」

両手首を再び掴まれ頭の上に置かれた。それを驚く事に左手だけで押さえられると、右手は
何の躊躇いもなく曲げさせられた両膝の間にあてられた。

「嘘っ、なに?……いやっ」
「本当に嫌?」

じっと私の目を覗きながらゆっくりと指がヘアーをかき分けてゆく。

「!」

すっとすべった指がヌルヌルと何かを絡ませて動いていく。それと同時にむずがゆいような
痺れるような説明のし難い不思議な熱さが全神経を集中させて襲ってくる。

「んーっ、や、あっ」
「クレーム終わり。……他は、好きなだけ出しな」
「あ……ば、ばか……っ、あんっ!」
「もっとヤらしくなれ」

静かにゆっくりと中に何かが入り込んでくる。

「痛い?」

ううん、と首を振ると

「辛かったら言うんだぞ」

と言い、さっきよりきつく締まる感じがした。

「2本入ったよ……俺の指、香子の中に」
「う、うん」
「大丈夫?」
「……多分……うぁっ!?」

ゆっくりと出し入れされる動きにつられて呻いてしまった。

「は……」
「力抜いて。すぐ慣れると思う」

その言葉通り、はあっと息を吐いて脱力するように努めると、少しずつ楽になってゆく気がした。
それと同時に、抜かれる指の動きに多少の残念さを感じてさえしまって、こっそり赤面した。

「あっちに行こう。狭いし」

目線の先にあるダブルベッド。頷くと先に体を起こした彼に抱き抱えられた。

「ひゃあ!」
「よいしょっと」

本当のお姫様抱っこ。

「お、重いよ?」
「大丈夫だって、香子の1人くら……い」

絶対無理してるよね?

だけどせっかくだから知らんぷりしておいた。

ママが好きだった人。

ママを好きになった人。

でも今は、私だけを見ていて……。

ベッドに寝かされると、向こうも息をついてごろんと横になった。

「ちょっと休憩……」

重かったのかな?……ダイエットしときゃ良かった。

「言っとくけど最近運動不足だったからだぞ。さっきみたいな事言ったら怒るから」

胸に残った朱い噛み痕を撫でながら睨まれた。

「何も言ってないし」
「ならいいけどな」

私の上に再び跨ると、自分も着ていたバスローブを脱いだ。手も脚も長くてがっちりしている。

「触っていい?」
「ん」

そうっと寄せた手を掴むと胸板にあてられた。堅くて、若干の胸毛があった。

初めて見るオトコのヒトの躰にしばし釘付けとなったが、それよりも何気に動かした視線が
捉えたそれに目を奪われたまま動けなくなってしまった。

それに気付くと胸にあった手を引き剥がし、そこへそっとあてがった。

「わかる?勃ってんの」
「う、うん」

これがそうなんだ。話には聞くけど、本当に堅くなるんだ。……って普段を知らないけど。

「香子がそうさせるんだぞ」

それにあてがった私の手を握る。

「だからお前が気にするような事無いんだよ。……わかるだろ?」
「……本当?」
「ずっと、ずっとな、我慢してきたんだ。触れる事、抱き締める事、こうする事も」

軽く唇をなぞるとそっと触れ合って、また舌を絡ませ合いながらまたずらした唇で乳首を弄び、
下半身へと手を伸ばす。

「ひぁっ……」

この間自分で触れて達した突起を摘まれた途端に、声が勝手に漏れた。

「いいの?」
「あ……いやぁ」
「だめ?やめる?」

自分でした時よりも数倍強い刺激に朦朧としながら首をゆっくり振ると、

「やっぱり可愛い」

と更に潤いを塗りつけるようにして撫で回され、それに背中を思い切り反らしながら、
悲鳴をあげて応えた。

「目、開けて」
「だめ」

さっきから色んな事をされてるけど、実のところ私はほとんどまともに顔を向けてはいなかった。

「なんで」

不服なのか唇を啄みながら聞いてくる彼に、指をさして示した。

「えっ!?」

さすがに驚いたか。振り向いた先にあったのは天井――鏡張りの――だった。

「なる程……」

まともに見ると物凄い絵。重なった躰が全て仰向けの私からは見えてしまう。

「恥ずかしいの?」

頷いて目を逸らした。

「けどここまできたら我慢出来ない……」

濡れた指を外し、太ももの付け根に置いたと思うと、躰をずらしていく。

「……!い、やぁ……っ!?」

突起を弄ぶものが指から舌に変わった。吸い付く刺激に体中の血液が全ての流れを変えた
気がした。――熱い。

「ああっ……」

わけがわからず溢れてくる涙に滲んだ視界には、ぼんやりと開かれた私の躰とそれを貪る
彼の姿がこれでもかと写し出され、いかに此処が特別な場所であるのかが思い知らされる。

「あっ……ああ、い、いくっ……だ……め」

一度味わった感覚は染み着いていてまた蘇る。舌の動きが強くなり、彼の髪に手を触れた
瞬間。

「……あ……ぁっ」

背中に突き抜けるような感覚が走り、呼吸が出来なくなった……。

ふっと頬に触れる手の温もりに目が冴えた。

「あ……私?」
「一瞬だけな。意識あるか?なんか凄くいやらしかった」
「えっ!?す、すけべっ」

何とでも言って、と私の膝を曲げさせ

「入れるけど」

と準備体制に入った。

「……あ、うん」

いよいよか、と覚悟を決めて深呼吸した。意外と怖くはなかった。

入り口にぐっと堅いモノが当たって、来る、と思った瞬間――離れた。

「イチ君?」
「うっかりしてた」

情けなさそうに頭を掻いて慌てて部屋の隅にあった自販機?みたいな物で何かを買った。

「危なかった。ごめん」

段取り悪いなーとか何とか呟きながら箱から何か出してる。

「あっ……間違えた」
「…………」

その辺に放り出してある残りの小袋を手にしてみて、裏表があるのを知った。……これか。

新しいのでやり直しをしてるのを待っていて、ふとさっきのままでいたのを思い出して
慌てて脚を閉じ、鏡に写る自分が恥ずかしくなって、脱ぎ捨ててあった彼のバスローブで隠した。

でもすぐにそれは引き剥がされ、また脚は開かれる。

指の探る感覚が消えると、それより明らかに太いと思われるモノがぐぐっと押し込まれ、
あまりの痛さに悲鳴をあげかけて仰け反り耐えた。

「う……あっ……痛っ……んっ!」

はあっとさっきを思い出してゆっくり息を吐くが、無意識に力が入る。指なんか比べものに
ならない。

「すぐ、楽になるから。凄い締まる……」

私の手を取ると、

「掴まれ」

と自分の背に回し、体重を掛けてくる。躰が沈む度に突き抜ける痛みに、背中の皮膚を掴む
手にどうしても力が入る。そしてそのたびに彼の顔が歪むのだ。

「ごめん……でも、あっ」
「俺は大丈夫だから。気にするな」

額に汗を滲ませ軽く微笑むと背を丸めてキスをしようとする。

「んっ……」

半ば無理やり近づけた口づけを離すと、胸を合わせて腰をぶつけた。

「ああっ!!」

始まった痛みの波に呑まれ、思いっ切り爪を立てた。

「イチ君……」
「ん」

なんとなく呼んでみたくなった。行為の最中だというのにその存在を確かめたくなって。

「香子……だ」

呼吸が速く、荒く苦しくなる。打ち付けられて躰が上下し、そのせいで段々揺れが激しく
なっていく。

「……チ、く、イチ君……」

意識も視界も滅茶苦茶に壊れていきそうになって、不安になってそこに有るはずの躰を
必死で腕をばたつかせ捜すと、彼の手が私の手を掴み取り、シーツに押し当て指を絡めた。

「いるよ、ここに」
「あ……あ……」

痛みはあるものの、それ以上の何かが私の中を満たしてゆく。

「香子が好きだよ。大好きだ」
「う……」

ぎゅうと絡む指に力が痛い位に伝わってくる。

こみ上げてくる切なさに涙が溢れて絞り出すように呟いた。

「行かないでよぉ……イチ君……」
「か……」

滲む視界に映ったのは力尽きた彼の背中と、その長い脚に絡みつく私の脚の重なり合った
影だった。

「あんまし血出なかったなあ」

まだ少し残る痛みに、さっきの事が現実なのだと記憶する。

「もう大丈夫か?」
「うん」

下着を着けてバスローブを羽織ろうとすると、腕を引っ張られてベッドに寝かされた。

「このままでいて」
「やだ。ちょっと恥ずかしいってば」
「このままがいい」

自分もパンツ一枚で私を抱き寄せ、ぎゅうっと抱き締められる。

「しばらく触らせといて」
「は?……もう、何よぉ……エロ親父!」

片手で胸を包みながら撫で回す。

「そうだよ。俺は男だからこういう事したいって思うよ。何度だって……」
「それって私じゃなくても?エッチな本見てたじゃん」
「あれはいわば道具なの!だからって相手は誰でもってわけじゃないんだ。少なくとも俺はな。
……あんなん見てたって、結局は最後に考えるのはお前の事なんだ。香子が欲しかったんだ。
俺はそういう男なんだよ。……軽蔑したか?」
「……」

首を振ると、ごめんなってまた抱き締められた。

だって、望んでいたのは私も同じだったから。

「香子が好きだ。離したくなんかない」
「私だって離れたくないよ」

強く、強く抱き締め合う。互いに息が出来なくなるくらい。

「でも、連れて行ってはくれないんだね。置いてくんだね、私を」
「……」
「どうして?何で離れなくちゃいけないの」
「香子はまだ色んな事を知らなすぎるから。だからね、それをいい事に俺に縛り付けとく
わけにはいかないんだ。それに……多分世間からはきっと受け入れて貰えないと思う。
そうしたら不幸になるのは避けられないんだ。俺は……」
「……ママにはプロポーズしたんでしょ?反対されても貫いたんでしよ!?なのにどうして」
「……俺さ、何回かきょう子さんには振られてるんだよね」

驚いた。初めて聞いたよ、そんな話。

「若かったんだよ、あの頃は怖いものなんか何も無かった。でも今ならあの人の気持ちもわかるよ」

私を覗き込む瞳は潤んで切なく哀しい。

「まだろくに世間を知らないあの頃の俺は今の香子だ。自分では違うと思ってたけど、
あの頃のきょう子さんの立場にいる俺からしたら、孵化したてのひよこみたいなもんだよ。
知らないから、それが全てに思える。そんな想いが危なっかしくて怖いんだ。
大人になるともっと現実を知って、そのために苦しんだり後悔したりするんじゃないかって」
「イチ君は後悔してるの?ママの事」

私の事も。

「……いや。ただ」
「ただ?」
「変わってしまうものなんだなって。時間が経つと、人の心も。……俺、写真が残って
なかったらきょう子さんの顔が思い出せない。どんな表情でどんな声で笑ってたかわからない。
まだ香子はあと1年高校もあるし、そこから世界が変わればもしかしたら……」

今好きだから。それだけでは駄目だというのか?
確かに今の私はまだまだひよこなのだろう。だけどひよこはひよこなりに精一杯自分の世界を
広げようと羽ばたくその日を待っている。

「待ってはくれないの?」
「いや……待てるよ。だけど」

怖いんだと彼は言う。

「俺の1年と香子の1年は違う。それだけあれば忘れるには充分かもしれないだろ?」
「私は……」
「怖いんだ。要するにこれ以上踏み出すのが、その勇気が、自信がないんだ。情けないけど」
「ほんと情けないよ」

信じてくれないの?どうしてあの時のように言ってくれないの?

『僕がいるから』

大丈夫だよって笑って欲しい。

「すっごいいい女になって後悔しても知らないよ……ばか」
「…………」

泣きながら私から口づけて求めた。時間が許す限り彼を感じていたいと思った。

私達は悪い事してるわけじゃないのに。
誰も悪くないのに、なぜ胸を張って好きだと言えないのか。

「ごめんな香子。……愛してる」
「……うん」



それからの私達は通常の暮らしに戻り、あっさりと別れの時はやって来た。

りっちゃんちに居候する私の事を頼んで、彼は新しい地へと向かった。

消えてゆく車を見送りながら、それでも私は夢を見ることをやめようとは思わずにいた。

胸の噛み痕は薄れてしまったけど……。






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ