シチュエーション
![]() 私の彼は、ちょっと有り得ないくらい優しい。 呼べばいつでも来てくれるし、何でも言うこと聞いてくれるし、何でも買ってくれるし、 私の誕生日とホワイトデーとクリスマスにはどこか連れていってくれるし、 とにかくいつでも何かしら私に気を遣ってくれている。本当にいい彼氏だ。 そんな中、ものすごく贅沢な悩みだが、最近何だか物足りない、と思うようになっていた。 彼は何でもしてくれるが、私は彼氏が欲しいのであって、何でも言うこと聞いてくれる執事さんが 欲しい訳ではない。もっと彼氏と付き合っているという実感が欲しかった。 「ねえ」 「ん?」 「何で早良さんは、私のために色々してくれるの?」 彼は……早良さんは、意外なことを聞いたといった顔で、私の方を向いた。 「何でって、僕は君の彼氏だろ。彼氏は彼女のために色々するもんだ」 当たり前じゃないか、と言わんばかりの調子で、そんな頼もしいことを言い放ってくれる。 「大丈夫?無理してない?」 「大丈夫大丈夫。心配ない」 私はとりあえず安心したが、胸の中のモヤモヤ感は解決してくれなかった。 早良さんは完全に善意で私に何かしてくれている訳だが、それが彼氏彼女の関係かというと、 何か違うような気がする。具体的に何がどうということははっきり言えないのだが。 「何か私にできることある?」 「ん?そうだな、特に何も思いつかないな」 「本当に?」 「本当に。強いて言えば、そうだな、近いうちに葉山さんの手作りの何かお菓子が食べたいかな。 何かお茶と一緒だと嬉しい」 「それだけ?」 「本当本当。それだけ」 「……むう」 そして私はまた途方に暮れる。 週末、私たちはデートし、私の部屋でお菓子を食べ、お茶を飲み、馬鹿話をした、 夕食は二人で作った。彼がいると力仕事は大抵やってくれるので、何というか、有難い。 「いやあ、葉山さんの作る料理は実に美味しいなあ」 そんなことを言って、早良さんはボルシチをぺろりと平らげた。 「早良さん、今晩は泊まっていくでしょ?」 「ああ、もちろん」 早良さんはフランスパンにチーズを乗せてかじると、デパートで買った白ワインの栓を抜いた。 夕食後、私たちはDVDを見たり、本を読んだり、パソコンをしたりして過ごした。 彼がかばんから何か難しそうな文庫本を取り出して、線を引いて読んでいる。 私はパソコンでチャットしたり、犬や猫の動画を見たり、日記を書いたりしていた。 しばらくそんなことをして飽きてきたので、私はごろりと横になると、早良さんに絡みついた。 「どうした?」 早良さんが私の頭をさりさりと撫でる。 「ね、チューして」 「チューかい?」 早良さんも横になり、私の顔を両手でつかむと、ふわり、とキスをした。 「チューだけかい?」 「えへへ、もっと」 「よしきた」 早良さんは私をお姫様抱っこすると、ベッドの上に運んだ。 早良さんが私の服を脱がす。私も早良さんの服を脱がす。 何度も唇を重ね、吸う。彼はキス魔で、これが始めの挨拶のようなものだ。 彼の唇と舌が、私の頬を伝い、耳の中に入り込み、うなじから肩にかけて通り過ぎていく。 「んー……」 早良さんが私をベッドに柔らかく押し倒すと、乳首を音を立てて吸う。むずむずとした感覚が、背筋を貫く。 彼の手が私の太股をまさぐると、その感じがさらに強くなる。 彼の人差し指が、私の割れ目にそれとなく触れる。くりくりとこねくり回されていくうちに、 自分でも分かるほどの湿り気と熱を帯びてくる。その彼の人差し指が、今度は私の小さな突起を押さえ込む。 「ふううっ……」 急所をくりくりと刺激され、息の根を止められたような悲鳴が出てくる。 彼が両乳首を強く吸って離すと、股間に顔をうずめてきた。彼の舌が、私の割れ目の奥に、深く侵入してくる。 私は腰をくねらせ、背を弓なりに反らせて身悶えしていた。 やがて彼は私の割れ目から舌を引き抜くと、さっきまで私の小さな突起をいじめていた人差し指をしゃぶると、 割れ目の奥に滑り込ませた。 「んんっ!」 彼が私の横に座ると、神妙な表情で私の中で指をかき回し始めた。右回し、左回し、8の字。 私の中の敏感なところを、緩急を付けて色んな角度からぐりぐりと押し広げていく。 「早良さん、私もう……」 「そう?じゃあ、行くか」 彼がポケットからコンドームを取り出すと、彼自身のものにぴったりとかぶせた。 そのまま、私の両足をがっちりとつかむと、ゆっくりと身を沈めてきた。 「あああ……っ」 彼が小刻みに動く。しばらくして、奥深くに押し込み、ぎゅっと抱き締めてくる。 両手は私の両手をつかみ、両足は私の両足を抱え込んでいる。私と唇を交わしながら、中で8の字に動く。 そんなことを繰り返しているうちに、私は一度目の絶頂を迎えつつあった。 「いく……いっちゃう!」 私は彼の手をぎゅっと握り締めた。彼は私の手を握り返すと、一層動きを激しくした。 追い風を受けるように、私は登り詰めていった。 やがて、脳の奥に何かアツいものが膨らんで弾け散った。全身を刺すような快楽が貫き、 それが次第に脱力感へと変わっていく。 「うー……」 「……大丈夫?」 彼は私のいった顔をしげしげと見つめると、飲みかけのティーカップに手を伸ばした。 「ちょ、ちょっと、一休み……」 「OK」 「ふぃー……」 ぐったりしている私に、早良さんは口移しで紅茶を飲ませてくれた。そのまま横にぴったりと張り付いて、 頭をなでなでしてくれた。 彼のものはまだたくましい。彼が一回いくまでに、私は三回から五回はいっている計算になる。 我ながらだらしないと思うが、彼は気にしない。私がいく度に一休みして、呼吸が回復したら再開する。 ということを繰り返している。悠々たるものだ。焦らない。 「……ふう」 「落ち着いた?」 「うん。じゃあ、その、また、お願いします」 「よしきた」 私はあぐらをかいている彼の上に乗っかると、腰を沈めた。再戦開始だ。 結局、この日は六回いった。 私はくたくたになりながら、彼の横に横たわって腕を絡ませてた。 (……これで本当にいいのかなあ) 最近、そんな悩みが胸の中にある。 彼は私が安心していけるように気を遣ってくれている。いわば彼の奉仕を受けている形だ。 それはもちろん有難いのだが、私が彼のために何かしてあげられているかというと、これが何もない。 (早良さんは本当に気持ちいいのかな?) そんな根本的な疑いさえ出てくる。早良さんは気持ちよくいけているんだろうか。私のことばかり気を遣って、 自分の気持ちいいようには動いてないんじゃないか。それでいっても大して気持ちよくないのではないだろうか。 そんな申し訳ない気持ちが湧いてくる。 (どうすれば早良さんは気持ちよくなってくれるんだろう?) それが私の、目下の懸念だった。 彼の家にはエロ本がない。 一方私は、彼に内緒でエロ本を持っていた。性教育という立派な目的がある。のだ。 (男の人はどういうのが興奮するんだろう?どういうのが気持ちいいのかな?) そういう目的で色々調べていた。 そして分かったことは、男の人の趣味は千差万別であり、これという絶対的な答えはないということだった。 (訊くか。本人に) しかしこれも難しかった。 「ねえ、早良さん」 「ん?」 「早良さんって何フェチ?」 「んー、考えたこともないな」 「好きなコスプレは?」 「特にないなあ。どれでもそれなりに好き、としか答えようがないな」 早良さんが困惑している、私はやはり変なことを訊いているのか。 「俺の性癖なんか探って、どうしようとしてるんだ?」 「えーと、早良さんにもっと気持ちよくなってもらおうと思って」 「俺は十分満足しているが」 そういう答えが返ってくる。本心なのか、リップサービスなのか。よく分からない。 「それは、やっぱり、満足してないと思うよ」 友人に相談したら、そういう返事になった。 「やっぱり、そう思う?」 「そうだよ。彼氏の人はサービスしてくれているだけで、そんなの本当のえっちじゃないじゃん」 「うううー、やっぱりそうかー……」 こうはっきり指摘されると凹む。 「私、どうすればいいんだろう」 「そりゃ、誘惑してみるとか」 「どうすれば誘惑したことになるんだろ」 「うーん……」 こんなこと人に訊くもんじゃないような気もするが、私にとっては切実な悩みだった。 「じゃあ、襲ってもらうってのはどう?」 「え?」 不穏なことを耳にしたような気がする。 「もちろん合意の上でよ。私のこと好きにして、って言えば、男は相当グラッとくるんじゃないかな」 「そ、そういうもんかなあ?」 「とにかく彼氏の人にケダモノになってもらうのよ。そういう役でやってるうちに、 彼氏の人の中の隠されたケダモノが解放されて、ってこともあるかもよ」 何か話がえらいことになってきた。 「そ、そうすれば、本当に早良さんは満足するの?」 「何よ。怖いの?」 「そりゃ……」 でも、愛する彼のためなら、ここは一肌脱ぐべきだろうか。 「……頑張る」 「よし。偉い!」 「うー……」 とんでもないことになってしまった。 夏が過ぎ、秋も終わりに近づき、早良さんの誕生日がやってきた。 二人でフランス料理店に行き、映画を観て、彼の部屋に泊まった。 「……さて!」 彼のベッドの前で、私は改まって彼の方を向いた。 「今日はプレゼントがあります!」 「ほう」 早良さんも神妙な面持ちで私を見る。 私は躊躇しながら、思い切って服を一枚ずつ脱いでいった。 「……何?」 私の服の下には、長い長いリボンが結んであった。 「プレゼントは、私です!」 「……ほお。これはこれは」 早良さんが若干目を白黒させながら、私に近づく。 「早良さん、いつもえっちの時は、私の子と大事にしてくれているよね」 「そりゃまあ、そうだが」 「だから今夜は、私のこと、早良さんの好きなようにして下さい!」 「……マジで?」 「はいっ!」 早良さんはしばらく考え込んだような顔をしていたが、やがて私の肩にぽんと手を置いた。 (うわっ……) 目をぎゅっとつぶる。しかしなかなか次のアクションがない。 「あの……早良さん?」 目をおそるおそる開けると、早良さんは難しい顔のまま私を見つめていた。 彼のもう片方の手が私の空いた肩に触れる。 「ひゃうっ!?」 「ほら、無理してる」 早良さんが苦笑していた。 「もう一度訊くぞ。本当にいいのか?無理してんじゃないか?」 「それは……その」 駄目だ。ここで屈していては。 「たまには、ケダモノになった早良さんが、見たい、です」 「……ほおお。マジか」 早良さんが静かに仰天していた。確かに仰天するだけのことを言っている。その自覚があった。 「君、言ってる意味分かってるのか?そんなこと言われたら、その……手加減できんぞ?」 どくん、と心臓が鳴った。 何というか、自分を追い詰めるフラグを、自分で立てた感触があった。 「私の子と、好きにして、いいですよ」 早良さんの両手から私の両肩に、ぐっ、と力がこもる。 「……知らんぞ、どうなっても」 「……はいっ!」 早良さんの両手が私の両肩から離れると、私の背中をがっちりと抱き締めた。 痛いくらい、激しかった。 何度も何度も唇を重ね、吸う。いつもに比べて、貪られている、という感じがあった。 激しく吸われ、舌でかき回されている。 私は舌で応じることもできずに、ただなすがままになっていた。頭の中が、とろん、となっていた。 いつもは、してもらう、という感じだったが、今は、されている、という感じが強かった。 彼が耳たぶを攻める。珍しいことに、軽く噛んできた。 「んっ!」 「痛い?」 「ん……いいです」 実家のセントバーナード犬のことを思い出していた。あの子も人に甘える時に、たまに噛んできた。 決して痛くないように、しかし力を込めて。今の早良さんも、それに似ていた。 首筋や乳首を甘噛みされていくうちに、いつもと違う興奮に気がついた。むき出しの男性性に直接晒されている感触。 生の感覚。いつもが丁寧に作られた懐石料理なら、これは肉汁たっぷりのステーキといった感じだろうか。 そんな馬鹿なことを考えているうちに、私の下半身に手がかかっていた。 「ひゃうっ!?」 また悲鳴を上げた。下の唇をかじかじとやられている。痛いとも気持ちいいともつかない鋭い何かが、 私の下半身を強張らせる。 「何だ、もうぐちょぐちょじゃないか。意外だな。強いのも感じるんだ」 「いやあんっ、そんなこと言わないで下さいよっ」 「ははは。可愛いよ、葉山さん」 昭かに楽しんでいる声で、早良さんがそう言った。 火照った私の体を前に、早良さんが黙々とコンドームをつける。 「じゃあ、入れるよ」 「うん」 ずん、と全身に響く重い衝撃があったような気がした。いつもより若干抵抗があるような感じがある。 「動くよ」 言うなり早良さんは、いつもとは違い、初めから速く動き始めた。 「うっ……」 痛くはないが、息苦しい。心臓がもう一つ増えたような感じだ。もう一つの心臓が、全速力で走った後のように、 重く激しく、一定のリズムで動いている。 早良さんが、奥に食らいつくように深く打ち込んでくる。その度に手足が痺れた。 神経を直接いじられているような気分だった。 ふと、早良さんと目が合った。いつもと目の光が違う。ぎらぎらと、何かに酔っているような目だった。 (ああ、そうか) 私も一緒に、熱気に飲まれてしまえばいい。 二人してケダモノになって貪り合えば、もっともっと楽しいに違いない。 「早良さん」 「ん?」 「私が上になっていい?」 「ふーん。珍しいな」 早良さんは私を抱き上げると、騎乗位の姿勢をとった。 「じゃあ、葉山さんの頑張りっぷりを見せてもらおうかな」 「うん」 騎乗位は姿勢を保つのにややコツが要るのであまりやらないが、今日は何かそんな気分だった。 背を伸ばして、入りやすい姿勢をとった。早良さんが昔教えてくれたが、前後にこすりつけるようにして 動くのがいいという。それをちょっと試してみることにした。 「んっ……」 自分のペースをつかむのに多少時間がかかったが、次第に慣れてきた。カチカチの早良さんのものを軸に、 自分が気持ちいいように腰を揺らす。 「ああ……」 早良さんの顔を見下ろす。苦しいような気持ちいいような複雑な表情だった。 さっきの私もこんな顔をしていたんだろうか。何だか、早良さんのことが、可愛く思えてきた。 多少乱暴にぎしぎしと動く。早良さんが低い声で呻く。まるで、早良さんを犯しているような気分だった。 邪悪な興奮が私の胸を満たしていく。私も、ケダモノになっていた。 何度か私の方が登り詰めそうになったが、ぐっとこらえた。思えば、早良さんが私がいった後に小休止を入れるのも、 こうして私がじっくり楽しめるようにしてくれているんだな、と今さらながら気づいた。 じっくりと、貪る。 「葉山さん、僕もうそろそろ、危ない」 早良さんがそんな情けない声を上げる。 「ん?」 私はわざと焦らすように、そう問いかけた。 「バックでしていい?」 「バック?珍しいですね」 「思い切りいきたい」 早良さんが本音を吐いている。私は大分満足していた。そろそろ早良さんのやりたいようにやらせてあげよう。 「いいですよ。思い切り犯して下さい」 「……葉山さん、エロいぞ」 「えー?えっちのときはエロい方がいいでしょ」 「まあ、そりゃそうだ」 葉山さんが私を四つん這いにさせる。私は思い立って、ぐい、とお尻の肉を左右に拡げた。 「葉山さん、完全にスイッチ入っちゃってるね」 「そうですか?」 「ああ。猛烈にエロい」 早良さんが私の中に入ってきた、中でびくんびくんしていて、そろそろいきたいのだということが伝わってきた。 「じゃあ、いくよ」 「うん」 早良さんの動きは、私の予想をはるかに超えて激しかった。最早いくこと以外何も考えていない動きだった。 私はその動きを噛み締めていた。粘膜を巻き込んで、脳の奥まで貫かれているような、そんな感触だった。 身も心もがりがりと削られていく。 (私も、そろそろ、かな) 騎乗位でさんざん好きなように動いて、テンションがいつもとは比べ物にならないほど上がっている。 あともう一押しだ。 あと少し。もうすぐ。 「……ううっ!」 早良さんが、ぎゅう、と奥深くまで貫いてきた。彼の手が私の腰をつかんで、ぶるる、と震えた。 私の中で、生温かいものが放たれた感じが、コンドームを隔てて伝わってきた。 私はシーツを握り締めた。私も、もう、いっていい。 「ふうっ……!」 ベッドに崩れ落ちた。全身の力を一気に抜く。すさまじい痺れと倦怠感が体中を駆け巡る。 心臓の音が、やけに重く聞こえた。 早良さんが、私の手をぎゅっと握った。私も、彼の手をぎゅっと握り返した。 「……で」 早良さんが私の横で、頭を撫でてくれながらそう訊いてきた。 「どうだった?」 「どうって?」 「ケダモノモードは楽しかったかい?」 「うん」 「いつものとどっちが好き?どっちも好き?」 「うん。どっちも好き」 「なるほど」 早良さんは何か考え込んでいるようだった。 「じゃあ、たまにケダモノモードでやってみるのもいいかもな」 「え?うん。早良さんのやりたい時にやればいいと思いますよ」 「ははは、まあ、いつもはいつものようにやる方がいいな。たまにね、たまに」 早良さんが私の頭をくしゃくしゃと撫でる。 私はほっとしていた。何となく、早良さんえの理解が深まったような気がした。いつもは見せない彼の中の むき出しの男性性に触れた。私も私の中の女性性を解放した。いつもより深いところでつながったという実感があった。 本当の彼氏彼女になれた。 「まあ、いい誕生日プレゼントだったよ。有難う」 「本当?よかった」 早良さんがほっぺにキスしてくれた。私は早良さんの胸元に頭を押し付けて、ごろごろと甘えた。 それから早良さんは、いつものように優しかった。 そして私は夢見ている。いつか、また、彼の中の荒ぶる野性を解き放つことを。 二人して、ケダモノのように貪り合う日を。 (今度からは、私の方から、もっと色々してあげよう) そうしたら彼は喜ぶだろうか。それともまた困惑するのだろうか。 その日を迎えるのが、今から楽しみだった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |