シチュエーション
![]() 寝る前に少し勉強しておこうと机に向かって、気がつけばだいぶ時間が経っていた。 一度伸びをして、大きな窓から外をみると暗い夜空に満月が浮かんでいる。 休日の明日は晴れそうだ。 まだ使い慣れない自分の部屋を見渡す。 前の家から持ってきた荷物は少なく、用意してあった家具や小物はどれもシンプルで上品なものに統一されている。 こんな立派な部屋頂けません。と最初は断ったのだけど 「ここじゃなかったら俺と同じ部屋な。」 と言われればもう使わせてもらう他ない。 私は最近この広い屋敷の一人息子の婚約者としてお世話になることになったばかりだ。 いつの時代だよ。少女漫画かよ。と思う人も多いかもしれませんが、 まぁ、事情があるのです。色々と。 決して作者がそれしか思いつかなかったとか、あまり深く考えていないとかそういう訳ではございません。 あれ? 私いま変な独り言を言った気がします。 疲れてるのかしら・・・と溜息をついたとき、 コンコンとノックの音がした。 「入るぞ。」 返事をする前に部屋へ入ってきたのは お風呂あがりらしく、まだ髪が少し濡れたままの私の婚約者。 「それじゃノックの意味は無いと何度も言っているでしょう? 着替え中だったらどうするんですか。」 「そのタイミングを狙ってはいるんだが。」 ニヤリと笑いながら当たり前のように私のベッドに座る。 「まだ勉強するのか。」 「もう少しで区切りがいいんです。 来週からあなたと同じ学校に通うわけですから予習はしておいたほうが良いと思いまして。」 「お前の頭だったらしなくても問題ないだろう。」 「私はあなたのような天才肌とは違います。」 「俺を褒めるなんて珍しいな。よし、もっと褒めろ。」 邪魔するなら出て行ってください。と言ってやろうと、眼鏡をはずして振り返る。 彼と目が合った。 その瞬間息が止まる。 微笑んで、ゆっくりと両腕を広げる彼。 「おいで。」 その一言だけで、私はどうしようもできなくなるのです。 散らかった机も飲みかけの紅茶もそのままに。 何もかも包み込んでくれる。とろけさせてくれるような。 そんな幸せを知ってしまったのだから。 爽やかな石鹸の香りをいっぱいに感じながら子供のようにしがみつき彼の胸に頬を寄せる。 温かい両腕はしっかりと私を捕まえていてくれる。 「明日買い物でも行くか?」 「え?」 「お前だって足りないものとかあるだろう?服とか。」 「先週あなたのお父様が・・・。」 クローゼットに入りきらない箱や袋が山積みになっている。 「化粧道具は?」 「一昨日あなたのお母様に・・・」 二人して視線を向ければ、さまざまな化粧品が鏡の前いっぱいに並んでいる。 「・・・すごいな。 よほどお前を気に入っているらしい。」 仕事で家を空けることの多い彼の両親を思い浮かべる。 二人とも驚くくらいにパワフルでいつも笑顔だ。とても明るくて、そして・・・優しい。 頬を撫でる彼の手をとり、指を絡める。 力強く握り返してくれる。 「・・・正直、少し・・・不安です・・・」 「ん?」 「こんなに良くしてもらって。 私はちゃんとお返しが出来るでしょうか? あなたのご両親が自慢できるような娘に・・・」 なれるでしょうか。という言葉は続かなかった。 続けられなかった。 優しく唇を塞がれたから。 ゆっくりと顔が離れ、息もかかるくらいの距離で彼は囁く。 「お前はここの娘になるんじゃない。 妻になるんだ。俺のな。」 柔らかく髪を撫でられて、なんだか心がかるくなる。 「親父とお袋には俺から上手く言っておく。 あの二人の相手は疲れるだろう。」 彼の端正な顔を見つめる。 いつもまっすぐに人を見つめる瞳は優しい色をしている。 「ううん、いいの。 たまにしか会えないお二人と過ごすのはとても楽しいんです。 だからそんな楽しい時間を私から奪わないで。 ね?・・・お願い。」 めったに彼に頼み事をしない私の願いは叶えられるだろう。 少し納得しないような彼が可愛くてつい笑ってしまった。 なんだか複雑そうな表情をしていた彼がふと、真剣な顔をして聞く。 「・・・うちに来て、寂しくはないか?」 「いいえ、全く。 皆さんよく声を掛けてくださいますし それに・・・」 「・・・それに?」 「こうして、あなたもそばにいてくれる。」 彼の胸に擦り寄りたくて首を動かそうとすると、くぃ、と上を向かされる。 先ほどとは違う、熱く情熱的な口付け。息も出来なくなるくらいの。 体中に彼の手が触れ、彼のことしか考えられなくなる。 触れ合う素肌が気持ちいい。 彼も同じように感じていてくれるだろうか? 二人の体温が上がり、息が荒くなる。 いったん身を離した彼が再び覆いかぶさってくる。 腰を抱かれて額に彼の唇を感じた瞬間、体を裂くような痛みが走る。 「いっ!・・・」 あまりの痛さに顔がゆがむ。 脂汗が滲んで深呼吸しろといわれても返事すらできない。 「おい、つらいか?」 何とか目を開けても涙で霞んで彼の顔さえちゃんと見えない。 「も・・・やめてぇ・・・」 お願いしたのに全然痛みが引く気配がない。 むしろひどくなった気がする・・・ 今にも泣き出してしまいそうなほどだ。 私のような女を受け入れてくれた彼になんとか答えたいのだけど、もう限界。 彼にどうしても駄目だったら言え。といわれている一言を口にする。 この場面でこの台詞を言うのは何度目だろう・・・ でもやっぱり今夜も無理です。もう、無理です。ごめんなさい・・・ 「あなたなんか・・・だいきらいです・・・」 ギシリと彼が止まる。 力のはいらない腕でなんとか彼を離そうとすると そのまま床にずるずる落ちていってしまう。 あまり自分にも余裕はないけれどベッドの下の彼に手を伸ばそうとすると制される。 「い、いい・・・大丈夫だ・・・ 戻ってくるからちょっと待ってろ・・・」 いつもこの流れになってしまったあと彼はしばらく出て行ってしまう。 でも必ず戻ってきてくれるので、それまではなんとか起きていようと涙をぬぐう。 なにも考えられないままふかふかの枕に顔を埋め火照った体を冷ましていたが 汗が冷えたらさすがに肌寒くて近くに投げてあった服を引き寄せる。 彼のシャツだ。 背の高い人だけあってかなり大きい。 でもこれ一枚でだいぶ温かい。下はもう面倒くさいのでいいや。 しばらくすると彼が部屋に戻ってきた。 上半身裸で寒そうなので早く来てください。と布団を捲る。 「あ、あぁ・・・」 返事をした彼はくるりと体の向きを変え、何度か壁に頭を打ち付けてからベッドに入ってくる。 一緒にいるとたまにこのような行動をする。 聞いてみても、なんでもない。きにするな。と絶対に答えてくれないので黙っていることにする。 腕枕をされ、肩まで布団をかけてくれる彼を見ているとさすがに申し訳なってきた。 「あの・・・さっきはごめんなさい・・・」 「気にするな。 前回よりは進んだ。」 自分ではよくわからなかったけど、そうだったのかしら・・・ 「あの・・・次はちゃんと我慢しますから。」 「我慢なんてしなくていい。 つらかったらちゃんと言え。」 頭を撫でられて、急に眠気が襲ってくる。 なんだかそうしたくなったので彼にひっつく。 うとうとしていると声がした。 「俺のこと・・・好きか?」 あの一言を使った日には必ずきかれる。 愛しています。と言いたかったけどもう頭が働かない。 「・・・ん・・・すき・・・だいすき・・・」 「俺も、愛してる・・・」 眠りに落ちる前にぎゅぅと抱きしめられた気がした。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |