びっくりした
シチュエーション


「桐嶋さんって彼氏とかいるの?」
「え?」

新しい学校にも慣れてきた頃、まるで子犬のようなキラキラした瞳で聞かれた。

昼休みの学食。
小柄で元気な女の子が興味津々でこちらを見ている。
彼女が困っているときに手を貸してからよく声をかけてもらうようになった。
幼い頃姉からもっと笑えーと脇をくすぐられるのが日課だったくらい愛想のない自分とは正反対に笑顔の似合う女の子だ。
カレーを頬張る姿もなんだか可愛らしい。

「彼氏・・・ですか?」
「うん。」

なんと言えばいいのだろう?彼氏はいないけれど婚約者ならいる。
でもその人とも一昨日から喧嘩中だ。
といっても私が一方的に避けているだけなのだけど。
本当に信じられないことをされた。
思い出すだけで頭が混乱する。
だって・・・あんな・・・あんなこと・・・


頭に浮かんだ光景を消そうと頭を振ると目の前の女の子が慌てて喋る。

「あっごめんね?いきなり何って感じだよね!?
あたし喋りすぎ?うるさい?うざい?」
「すみません、ちょっと別のこと思い出してしまって。
彼氏は・・・いないですね。
あと私口下手なのでたくさん喋ってもらえると嬉しいです。」

良かったーと照れたように笑う彼女。

「でも意外だーびっくりするくらい綺麗な人だからそーゆー人いるかなってぇー・・・
あ、会長こんにちはー!」

彼女が頬を染めながら誰かにあいさつした。
あいさつの仕方も元気で明るいのね、と一瞬ほのぼのした気持ちになったけど、気づく。
ん?会長って生徒会長・・・

「こんにちは」

すぐ横で一番会いたくない人の声がした。

恐る恐る首を動かすと自分の婚約者が見慣れない爽やかな笑顔で立っていた。

「桐嶋さん探してたんだ。」

わざわざ一昨日から。と付け加えて話す彼。まずい。

「会長もしかして告白ですかー?」
「いや、ちょっと用事があって・・・」

彼と目が合う。

「落し物が桐嶋さんの物かもしれないんだ。
今すぐ確認してくれるかな?」

顔は笑顔だけど目が笑っていない。
いつまでも逃げ回ってるわけにもいかない。覚悟を決めなければ。

「やっと捕まえたぞ。美夜子。」

人気のない教室に入るといきなり後ろから抱きしめられた。

「学校では馴れ馴れしくしないでください。」
「家であれだけ避けらたらこうするしかないだろう。」

なんとか彼を引き剥がしたが、今度は壁に追い詰められる。

「この前のことそんなに怒っているのか?」
「当たり前です!」
「舐めただけなのに。」

思い出してしまって顔が熱くなる。
なにも言えないでいると顔を覗き込まれた。

「俺のことが嫌いになったか?」

そんなことはない。と首を横に振る。

「痛かった?」

・・・首を横に振る。

「痛くはありませんでしたけど・・・
へ、変な感じがしてっ・・・びっくりしてしまったんです・・・」

もう一度、今度は優しく抱きしめられる。

「そうだよな。驚かせてしまってすまん。」

頭を撫でられれば力が抜けてしまう。

「変な感じってどんな?」

だからつい聞かれたことに素直に答えてしまった。

「なんだか・・・わけわかんなくなって力が抜けちゃうような・・・
頭が真っ白になってどっか行っちゃいそうな・・・
あなたも全然やめてくれないし・・・」

自分がどんな状態になってしまったかがちゃんと伝わったか心配で顔を上げる。

「!!?」
「ほー。そうかそうか。それは素晴らしいことだな。」

彼の顔がこれ以上ないくらいニヤついていた。

「あの?ちゃんとわかってくれましたか?」
「わかったから心配するな。」

だからもうしないで・・・
そう言おうとしたら予鈴が鳴ってしまった。

「ほら、美夜子。
早くしないと授業が始まってしまうぞ。」

彼が上機嫌で廊下を歩く。
今夜は彼の部屋に来るように言われたけれど、彼はわかったと言っていたし、大丈夫・・・なはず・・・






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