シチュエーション
![]() 総一郎さんのいない4日目の朝。 曇り。 彼は現在、連休を利用した部活の合宿で家を空けている。 毎年かなりの山奥に行くらしく電話も出来ないらしい。 溜息をつく、自分に対しての。 離れ離れになる前日は愛を確かめ合うものだと聞いた。 こんな日まで彼に我慢させるのは申し訳ない。 だから絶対に「あなたなんか嫌いです」なんて言わないと決めていた。 なのに、なのに なぜあんなことを言ってしまったんだろう…… ──こわい! 自分も驚いた、彼もショックを受けているようだった。 傷つけてしまっただろうか…… 彼が私のような無愛想な女のどこを気に入ったのかはわからないが婚約者として家に置いてくれている。 こちらが遠慮するくらいに甘やかそうとしてくれる。 一緒にいてくれる。 優しく抱きしめてくれる。 私は幸せだ。とても恵まれている。 だけど正直嫌われたらそれまでだとも思っている。 そうなったら出て行こうとも決めている。 あの温かい両腕に抱かれることが二度となくても。 彼には本当に好きな人と一緒になって欲しい、素敵な人もたくさんいるはず。 泣き叫んで縋りついたって人の心は動かない事だってある。 ……私、落ち込んでる? あーだこーだ考えたって仕方がない! アルバイトの前に図書館で勉強でもしよう。 ピシャリと頬を叩いて気合を入れた。 5日目。 総一郎さんが帰ってくる日。 天気予報の通り朝は雨。 家政婦さんもお休みなので家のことをする。 今日はなんの予定もない。 キッチンとお風呂の掃除、洗濯は終わった。 自分の部屋の掃除も…普段から散らかしているわけでもないのですぐに終わってしまった。 この家は広すぎるので一人で掃除しても絶対に終わらない。 自分の使った範囲だけした。 勉強でもしようと机に向かうが、何故か集中出来ない。 雨の中出かける気にもならない。 雨音だけが響く。 こういう時に自分には何の趣味も無いと気付く。 あっても読書くらいか。 手元にあった本をパラパラと捲る。もう内容は全て覚えてしまった。 「お茶でも飲もう……」 時計を見るとちょうどお昼。 彼が帰ってくるまではまだ時間がある。 「……嫌われてたらどうしよう」 そうだったら出ていこうと決めているはずなのに、なんだか胸の辺りがざわざわする。 落ち着かない。 皆こういう気持ちになったりするのだろうか? 誰かに相談したりするのだろうか? でも誰に? 「そうだ、姉さん!」 姉さんは私と違って人の気持ちのよくわかる人だ。 きっとこんなわけのわからない気持ち吹き飛ばしてくれる! あ… せっかくの連休だしお義兄さんと出かけているか……温泉に行きたいとか言っていたし。 受話器に伸ばしかけた手を止める。 昨年結婚したばかりの姉の邪魔はしたくはない。 祖父母が亡くなってからずっと私の面倒を見てくれた姉。 今度は自分の幸せのことだけを考えて欲しい。 この広い屋敷を探検しようとも思ったがやはり人様の家なのでそんな失礼なことは出来ない。 大体こんな赤の他人を一人家に残して無用心だ。ここの家の人は皆おおらかすぎではないだろうか? 長い廊下… この家ってこんなに静かだったっけ…… 午後には止むらしい雨の音だけがやけに大きく聞こえる。 気がつけば彼の部屋の前に立っていた。 いつでも好きな時に来いとは言われているけど、本人のいない時に入るのは初めてだ。 もちろん彼はいない。 ベッドに上がる。 冷たいシーツの感触しかしない。 頬を寄せても彼の匂いはしない。 「……ッ…」 また胸がざわざわする。 落ち着かない。落ち着かない。落ち着かない。 なんなんだろうか、この気持ちは。 なんていうんだろう… なんて…… 夢 夢だ 幼い頃から見る、彼と出会ってからは見ることのなかった夢 私は今眠ってしまっている 外は雨 窓際で泣いている女が一人 ずっと、ずっと、泣いている女が一人 記憶はないけれど私の母だろうか? 一度だけ、いつも泣いているような人だったと聞いた ……泣いてたってどうしようもないのに 子供の私はいつもただ見ていることしか出来ないから今回もまたそうだろう しばらく立ち尽くしていると気づく 総一郎さんが帰ってくるから起きなきゃ そう思うと初めて足が動いた 近づいて声を掛ける あの 俯いていてまだ顔は見えない わたしだいじなようがあるんです ゆっくりと顔を上げる だからおきなければいけないんです 息が止まるかと思った この人は私だ 泣いていたのは私 ずっとずっと泣いていたのは私──‥… 気がつけば駅に向かって走っていた。 私何やっているんだろう。 家で待っていればいいのに。 大人しく待っていればちゃんと帰ってきてくれるのに。 それでも足が止まらない。 自分でも気持ちが抑えきれない。 会いたい……会いたい。 今すぐ会いたい! 総一郎さんに会いたい!! 雨上がりで人も疎らな駅。 「買い物にでも行ったか?」 家に電話したのに美夜子は出なかった。 いいかげん携帯くらい持って欲しい。 早く帰ろう、と重い荷物を抱えなおす。 「そういちろうさ…へぶっ」 彼女に呼ばれた気がした。 へぶ? 振り返ると水溜りに一人の女が転んでいる。 美夜子だ。 「おい!美夜子!大丈夫か!?」 「ごべんなざいー…」 なんとか顔を上げる彼女に手を貸す。 「怪我はないか? 家で待っていてくれても良かったの…に……」 つい固まってしまった。 彼女の目から涙。 ぽろぽろと零れる大粒の涙。 「うぐっ…私、早く会いたくて……総一郎さんに会いたくてぇ……」 頭も服も転んでびしょ濡れ。子供みたいに泣いている。 こんな彼女は初めてだ。彼女の泣き顔なんて初めてだ。 「美夜子」 胸に愛しい気持ちが広がる。 「俺も、お前に早く会いたかったよ」 手を繋いで歩く。 「帰ったらすぐ風呂入れよ」 「…ぐすっ…はい」 「まだ泣いてるのか?」 「っ…なんだか涙が止まらなくて…ごめんなさい……」 「ははっかわいーかわいー。お、見てみろ美夜子」 澄んだ空気。 二人で見る雨上がりの虹はとても綺麗だった。 長い長い口付け。 うっとりしていると軽く唇を噛まれる。 「あの、お願いが……」 「何?」 「さっさと挿入してください」 「……他に言い方はないのか」 彼の部屋のベッドの上。 ほとんど下着一枚の状態にされながらしがみつく。 離れるのがいやだ。 「他の表現を知らないもので、でも早くして」 「そんなに求められて嬉しいが、いきなりなんて無理だ」 「あなたが?」 「ばか、お前がだよ」 「ひぁっ」 胸の先端を摘まれる。 そのまま離してくれないまま話が進む。 「毎回痛い思いをしているのはお前だろう」 「うっ…んんっ!それはっそうですけど」 摘んだままのそこに彼が唇を寄せる。 ゆっくりと舐め上げられて吸われる。 「くっうぅぅ」 「だからこうして慣らさないとダメだろ。な?」 そのまま舌を這わせようとする彼の頭を掴んで止める。 「……おい」 「慣らさなくてもいいですから」 「いやだね。 久しぶりのお前をじっくり可愛がりたい」 くすぐったいのとか、変な感じがするのはまだついていけない。 ぴったり寄り添っていたい。抱きしめあっていたい。この人で満たされたい。 今日の胸がざわざわした感じ。 あれを思い出すと不安な気持ちになる。 これはきっと彼と繋がることが出来れば忘れてしまうに違いない。 だから早く忘れさせて欲しい。 この感じを上手く表現できない自分がもどかしい。 「あの、私……」 思ったままを口に出してみればいいのか? 「はやく総一郎さんでいっぱいになりたいの」 あれ? 彼が手で自分の顔を覆ってしまった。 失敗した?嫌な気分にさせた? 不安になり手を伸ばすと、指を絡めて握られた。 「……俺はお前が好きなんだよ」 知っている。 「痛い思いをさせたくない。傷つけたくない」 目が合う。 めずらしく困ったような。 「あんまり可愛いことを言わないでくれ……」 にゅち… 思わず腰が引けてしまう、でも逃げられない。 くちっ… 彼の首に腕を回し荒い息を繰り返す。 下着を下ろされて彼の指を感じる。 入り口をしばらく撫でられるとすごい、お、音が。 「まだ…っ…するの?これ」 「まだする。痛い?」 「いたくはっないですけど……ひあぁっ!」 一番敏感なところに指が触れた。 「それだめですっ……ッ!」 ぬるぬるを塗りつけられる。 体が震えてしまう。 なんとか耐えていると彼が見つめてくる。 「そんなにだめ?ここ」 こくこくと頷くのにやめてくれない。 指の腹でぐちぐちと執拗に撫でられて熱くなってくる。 「…ッ……」 「本当は舐めたいけど」 強めに指を押し付けられ、そのままゆっくりと動かされる。 「……くっぅぅ……」 「お前がダメだって言うから我慢してるんだぞ」 丁寧にいじられてしまって目の前がちかちかする。 「……ふっ…あっ……」 「俺の目、見て」 「あッ…あぁぁっ……んん──ッ!!」 どれだけ爪立ててもいいから。 そう言われ、彼の腕を必死に掴む。 裂けそうな痛みに脂汗。 深呼吸をしようとするが、上手くできない。 「ふっはっ…はいったぁ?」 「もう少しだ。がんばれ美夜子」 「がんばりまふっ!」 噛んでしまったけどそんなこと気にしていられない。 背に手を回し、しがみつく。 痛いしつらいし泣きそうだけど、一人じゃない。 この人と、総一郎さんといっしょだ。 「も、いっきにどうぞっ!」 「美夜子、愛してるよ」 唇を塞がれ、彼がぐい、とさらに。 ぎっ!ぎゃー…… 世の女性たちはすごい。 痛みに耐えている最中そんなことが頭に浮かんだ。 「はぁっ…はぁっ……」 「頑張ってくれてありがとうな」 涙を拭われる。 自分の中に感じる彼の存在。 やっと、やっとこうなれた。 「わたし……しあわせです……」 「俺も幸せだ」 いっぱいだ。心も体も総一郎さんでいっぱい。 いい気持ち。なんて、なんていい気持ちなんだろう。 しばらく抱きしめあったり、軽いキスを繰り返す。 「少しは楽になったか?」 「もうだいぶ……」 ちゃんと入ればこの行為は成功のはず。 もう離れてしまうのだろうか? でもその前にこの満たされた気持ちを少しでも伝えたい。 ちゃんと伝えよう。 彼の手を自分の頬に寄せる。 「総一郎さん」 「ん?」 いつも自信満々で意地悪で、腹の立つときもあるけれど。 甘く優しく撫でてくれる彼の手に唇を寄せる。 「あなたが好き、大好き……」 ちゃんと伝わった、かな? 彼が顔を首元に埋めたから少しくすぐったい。 「みや……」 熱っぽい声で名前を呼ばれた。 彼の瞳が揺らいでいる。 腰をしっかりと抱えられて撫でられる。 「すまん。すぐ終わらせるからちょっと我慢してくれ」 「え?え?そういちろうさん!?」 突然動かされて甘いような痺れで混乱する。 そこから先はよく覚えていない。 なんかぐちゅぐちゅいってる あついあついあつい へんになっちゃう へんにっ そういちろうさん そういちろうさん たすけて あっ あっ うあぁっ もうっ やだっ やだっ やだぁ きつく抱きしめられわけのわからない感覚の中意識を失った。 外は真っ暗。もう夜中だろうか。 「私いつの間にパジャマを?」 ちゃんと自分のものを着ているし、汗でべたついた感じもしない。 寝起きの頭で考える、さっきまでの出来事は夢だった? でも隣には彼が眠っているし体がだるい。 不思議に思っていると彼が寝返りをうつ。 「あ…」 背中や腕にひっかいたような傷。 間違いなく自分がつけた、夢ではない証拠。 そっと触れる。 そうか、私は総一郎さんに抱かれたんだ。 安らかな、満たされたような気持ちなんだけ…ど…… ん? なんだか心臓がバクバクしてきたっ あれ?あれ? 顔がものすごく熱いっ 彼と一緒に居ると楽しい、触れ合うと安心する。愛してる。と今までは! また何か別の…べべべ別の何かが! 頭がくらくらする。ドキドキしてドキドキする!ってわーっ!? なにこれ?なんなのこれ!? 彼の顔がまともに見れなくなって枕におもいっきり顔を埋める。 落ち着こう!深呼吸、しんこきゅ… 「ん…みやこぉ……」 彼が寝ぼけて抱きついてくる。うわわっお願い今はくっつかないでぇ! 総一郎さんといると新しい感情、今まで気づけなかった自分に出会うことがある。 彼だけに抱く甘くとろけるような安心感、安堵感。 会えなくて寂しいという気持ち。 会えてとても嬉しいという気持ち。 そしてこれは?これはなに? 「とっとりあえず寝ようっ!そうしよう!!」 彼の腕を引き剥がし、朝になれば笑顔でおはようを言えると信じてぎゅっと瞼を閉じた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |