シチュエーション
![]() さっきから、あたしの周りにはやたらと男が集まっている。若いのからそうでないの、髪の茶色い のや薄いの、いい男やらそうでないのまで色々あってまあよりどりみどりですこと! 人生で一度はモテてモテて仕方ない時期があるというが、まさに今があたしにとってそうなんだろーか? だったらあんまし嬉しくないんだが。 だってその理由は実に単純。 男の数に反して女の子が少ないから。 でもってあたしがどう見ても一番若いから。 何よりもこの人たちみんなに共通する理由、それは。 ――お嫁さんが欲しいから! 皆さん必死なんですなぁ……。でなきゃあたしがこんなにモテるわきゃないっての。 ふられた事も無ければふった事もございません。 とりあえず、 「あの、実苗(みなえ)さん僕とお話してくださいっ」 なんて差し出された手をじっと眺めてはその顔を見る気にもなれず(失礼極まりない、ゴメンナサイ) とりあえず肩に掛かる髪を払っていた手を誰かにぐい!と掴まれた。 「へっ!?」 何!?と言う間もなく椅子から引っ張られるように立ち上がる(立たされる?)と、もの凄い力と 速さで部屋の外へ連れ出された。 「何してんだおまえはーっ!?」 でかい声。 「アナタと同じこと」 負けずに言い返す。 「はっ?……あほかっ!お前はまだ18だろうが!!」 「そうよ。何か問題でも?」 バッグの中から折り畳まれた紙を出して目の前に広げて突きつける。 『参加資格:18歳以上の独身男女ならどなたでも』 それを見て相手は肩を落として「はあ〜」と呆れたように、大げさに溜め息をついた。 「何考えてんだ……。お前、これが何だかわかってんのか?まだ高校生だろうが!!就職も決まったばっか なんだろ?第一ここは俺みたいに焦ってる奴がだな」 「……焦っちゃ悪い?」 「はい?」 「あたしが焦っちゃ悪いっての!?」 突き出した紙を思いっきり丸めて投げつけた。 「おい?」 「誰のせいだと思ってんのよ!?――大ちゃんが悪いんじゃない!!」 扉の陰から何事かとこっそり数人が覗いている。 目の前の大ちゃんがばつが悪そうに突っ立ってても、腹立たしいのと恥ずかしいのとで涙が止まらなかった。 *** 「お見合いパーティー!?なんでっ!」 畑の真ん中でかかしの手入れをしている奴の前で、あたしは強い風に必死でスカートを抑えながら 詰め寄っていた。 「何でって……そりゃ結婚相手探すためだよ」 「まだ23じゃん!!」 「都会じゃそうかもしんないけどな、ここらじゃこういう機会でもなきゃ、相手確保できないだろ? 数少ないチャンスなんだから」 「だからって……」 『大ちゃん』こと大地(だいち)はあたし『ミナ』こと実苗の5歳上の幼なじみの兄ちゃんだ。この 春県外の農科大学を卒業して帰郷し、農家の跡を継いだ。出て行く若者が多い中、過疎化の進む地方町 には非常に稀で貴重な存在である。そして親孝行だとも思う。 がしかし! 「そんなに結婚したいの?」 「今からぼちぼち探さなきゃ、農家の嫁なんかそうそう見つかんないだろ?ただでさえ田舎なんだから。 早く婆ちゃん安心さしてやんねえとなー」 確かに、嫁不足は深刻だ。ひ孫の顔を見せてやりたい気持ちもわかる。わかるけどさぁ……。 「やだ」 「ミナ?」 「嫌だ!やめてよ……やめようよそんなの。変だよ、お嫁さんが欲しいから恋愛するの?好きだから 結婚するんじゃないの?」 「出会わなきゃ好きにだってなれないだろー?」 「だ、大ちゃんって割と男前なんだし、そのうち好きになってくれる人だって」 「どこにいんだよ?なかなか見つかんないよー、そんなうまい話なんてそうそうないって。いたら 会ってみたいね」 わかんないかなぁ、とか、ミナはまだガキンチョだからとか小声でぶつぶつ呟いてるけど、聞こえて ますから。あたしの地獄耳を舐めるんじゃねえ! 「……いたらどうする?」 「何が」 「大ちゃんが好きってコがもしいたら行かない?」 「相手による」 「……じゃあご覧下さい」 はあ?とジーンズの汚れをパンパンと叩きながらキョロキョロして、それからゆっくりとあたしを 凝視したまま固まった。 「……えっ。へえぇぇっ!?」 セーラー服が埃にまみれてめくれ上がりそうになるのも忘れて、あたしは目の前で半笑いに引きつった アホで鈍感な年上男をずっと涙目で睨み続けた。 *** 「……冗談だと思ってたんだよ」 3日前の事を思い出しながら彼はハンドルを握っていた。 「あんな事冗談で言うわけないじゃん、バカ!あたしが今までその手のギャグでふざけたりした事あった? ねえっ!!」 「ない。だからびっくりしたんじゃん」 このオトコ、それに対して 『ママゴトでもしたいのか?はいはいまた暇な時にな。兄ちゃんは忙しいんだよー』 あたしにとっては一大決心だったのに!! 「う、生まれてはじ、初めて告ったのに……最低っ」 「ごめん」 「……それって返事なの?」 一生ぶんの勇気を使い果たした気持ちでいたのに、もう本当に泣くしかないあたし。 「いや、そのごめんじゃなく……まあいいや」 じゃあ何?と聞きかけて思いとどまった。今更だけど、ハッキリとその口からあたしに対する答えを 耳にするのが怖いと思ってしまったから。 拒絶されたら、もうこれまでのように軽口叩いていられなくなる。それどころか、物陰から星○子 よろしくまた性懲りもなく行くであろう集いででも見つけた嫁とやらを恨めしそうに眺めねばならない。 ……あ、何だか本っ当に取り返しのつかない事をしてしまった気が。 もう今すぐこやつの頭をぶん殴って記憶を消してしまいたい。もしくは畑の隅でも奥深く穴掘って あの瞬間を埋めてしまいたい。 ……勢いだけで突っ走った若さに反省。 「で、俺の事好き?」 「ひゃいっ!?」 唐突に何を言い出すか。今水飲んでたら確実に噴いてる。 「言ったよな?」 「……う」 渇きかけた涙を拭う振りしながら頷いた。顔見るのが怖かったから、そうしてごまかすしかなかった。 「じゃあいいよな」 何が?と聞く前にハンドルがいきなり切られ、ぽかんとしてるうちに車がヒラッヒラのノレンを潜って 薄暗い駐車場に止められた。 「どうする?」 「どうって……」 ここって、あの、その、えっ!? 「俺とそういうコトできるのか、って事」 つまりその、毎度お馴染みラブホとかいう……。 そういう所でやる事は一つ。 「意味、わかるよな?」 「うん」 「俺の事が好きって事は付き合う気がある、付き合ったらそんなコトやあんなコトするって事だぞ?」 「……嫌だって言うとどうなんの?」 恐る恐る窺うと、彼はちょっと困ったような顔をして目を逸らした。 「……また他の相手探すかなぁ……えっ?おいっ!?」 聞くなりあたしは思いっ切り車のドアを開けて駐車場を走り抜けた。 扉をくぐるとケバケバしい装飾の部屋がバーッと並んだパネルが目に入った。 戸惑ってる暇はない。ええいっ!と思い切って適当にボタンを押そうと手を伸ばしたその時――、 ガッ!と腕を掴まれてそれを阻止された。 「わかった、俺が悪かった!だからやめろ、ミナ、な?」 「なっ、なんで止めんの!?……やんないの?」 「いや、やりたいけど」 んじゃなんで止めるのかと思いながら、真っ赤っかで困ったような戸惑ったような顔を見上げる。 「ごめん。俺、ミナの事試したんだ。正直そこまで想ってくれてるなんて思わなかった。だから泣くな。 もうよくわかったからさ」 「……冗談じゃないもん。嘘じゃないもん」 「うん、わかった。だからとりあえずうち帰ろうぜ?な?」 武骨な指先でまだうっすら残る涙を拭われて、その温もりに今度はちょっと違う意味で泣きたくなった。 「じゃ、信じてくれる?」 「うん」 「他の相手とか言わない?やんない?」 「うん、言わないし、やりたいとか思ってない」 でも、いいよ、って思い切って言ったのに。 「いや、ヤる気はあるが金がない」 「はぁ!?」 まさかそれが本音かよ……。 あたしの冷たい視線に気付いたのか、肩をすくめて手を引きながら車へと戻っていった。 「腹減ってない?」 「あ、そう言えば」 何事も無かったかのように車はコンビニに向かう。 「何か買ってってうちで食うか、奢るから。……スミマセンね貧乏で」 「いーえ、お気になさらずに」 そう言えば昼食込みだったんだ。 『痴話喧嘩ならよそでやって下さい!』 ってつまみ出されたんだよなー。 確かあのパーティーって女の子は無料だけど、男の人は会費がいったはず……。 って、もしうまい事いってその後でどっか……なんてなったらどうするつもりだったんだろ? ……考え過ぎか。ていうか想像したくもないわ!多分なーんも考えてなかったんだろうな。 惚れた弱みを差し引いても、大ちゃんは結構かっこいい部類に入るんではないかと思う。なのに あんまり色っぽい話を聞かないのはやはり何かが足りないのだろう。ツメが甘いのだろうか。 「うわっ、しまった!間違って冷た〜いコーヒーを買ってしまったあぁ〜orz」 「えっ!?中で買えばいいのに何で自販機で買うの」 「あ、そうか!温かいのが欲しかったのに……」 わかった。バカだからだ、多分。 *** 大ちゃんの部屋は離れにある。姉2人の3姉弟の末っ子で跡取りともなればこその待遇だろうか。 逆にまだ小学生の弟と妹のいる長女のあたしから見れば、何かと我慢の多い身なので羨ましい限り。 互いにそういう環境のせいだからか、あたし達は仲が良かった。甘えられるお兄ちゃんが欲しかった あたしは遊んでくれる大ちゃんが大好きだったし、末っ子で下が欲しかった大ちゃんはそんなあたしを 弟達を含めて面倒見てくれた。 だが、彼が高校受験の頃には忙しさもあり、またうちの両親が年頃の男の子とベタベタするのを 快く思わなくなったために、ここに入り込んだりする事は無くなってしまった。 だから、本当に久しぶりにこの部屋に入った事になる。母屋からも表通りからも少し離れて建って いるこの場所では、少々の事があっても多分外には漏れないと思う。 そんな空間であたし達は黙々とごはんを食べていた。大ちゃんが温め直した缶コーヒーを飲み干す と、あたしも同時に食べ終わったので互いにする事がなくなり、何となく手持ち無沙汰で気まずい 空気が流れた。 「なあ、その服」 「あ、これ姉ちゃんに貰った」 「あーやっぱり、どっかで見たと思ったわ」 大ちゃんのお姉ちゃん達はよく小さい頃からあたしにおさがりをくれた。その名残で、今でも時々 着なくなったのをくれる事があるのだ。 今日のワンピもそう。淡い水色で清楚な感じが気に入ってる。 「似合わない?」 「ううん。馬子にも衣……いでっ!?」 ムカついたからゴミの入った袋を投げてやったら、空き缶が当たったらしい。ざまーみろ! 「冗談だよ!可愛い、可愛いって」 「無理しなくていい!ばかっ!!大ちゃんだってスーツなんか着てたクセに」 「いや、まじで冗談」 普段着に着替えてゴロゴロしてた体を起こしてあたしの側に這ってくる。 「可愛い。ミナが子供に見えない」 「……本当?」 「ああ。ちゃんと大人に見える」 手があたしの頬に触れて、それから背中に回ってあっという間に躰が腕の中に包み込まれてしまった。 「大ちゃん……?」 「ちゃんと女に見える」 低く耳元で響く声に、いつものようにちゃらけた様子は全く無く。 「俺の……女になるか?」 心臓の音が、全て伝わってしまうのではと思うほどに高鳴った気がした。 耳元に熱い息が掛かり低い声がゆっくりと響く。 「もう兄ちゃんやめようと思う。やめたい」 きゅうっと背中の指に力がこもり、さっきより強く体が押し付けられたような気がした。もう既に あたし達には距離なんかないというのに。 「お前にとってただの男でありたい。……最初で、最後の」 すっとくっつけ合っていた頬が離れて、思わず目を閉じた。鼻と鼻が軽くぶつかる感触がして、唇 に柔らかな甘い濡れた温もりが重なる。 はじめてのくちづけは、缶コーヒーの味がした。 「ミナ」 唇が離れるともう一度抱き締められ、彼があたしの背中を覗き込むように確認しながらファスナー を下ろし、ブラのホックを探って外すとそのまま勢いよく押し倒される。 背中が床に付くと同時にまた唇は塞がれ、お腹まで一気に引き下ろされた服から露わになった胸に 手のひらが覆い被さる。 声をあげる間もなくいきなり押し込まれた舌、下着の上から強い力で揉まれた胸の刺激に背中を 反らして悶えた。 「だ……いちゃ……あぁっ……」 散々暴れてようやく抜かれた舌は、唾液で濡れたあたしの唇をそのままに耳たぶを噛み、首筋に 吸い付いたまま鎖骨へ這わされていく。 その間に持ち上げられたブラの下に潜り込んだ手が直接胸を掴み、強い力で揉みしだかれていた。 「いやぁっ……」 その勢いにびっくりして思わずあげた声に反応したのか、一瞬彼が顔を上げて目が合ってしまった。 だが、すぐにそれは剥き出しにされた胸の上におりて、乗っかっていた手のひらのかわりにそこに 埋められていく。 荒々しい息遣いだけが耳に届いて、そこにはもう応えてくれる『おにいちゃん』は存在してはいなかった。 「大ちゃん、大、ちゃ……っ」 まるで貪るように夢中で胸に吸い付くその髪をあたしも夢中になってかき抱きながら、必死にそれに 流されないよう堪えようとする。 「怖いよ……大ちゃん……」 震える声でやっとの思いで絞り出した声に彼の動きが止まった。 「ミナ」 あたしの上に跨ったままで顔を近づけてきて、キスされるのかと思わず目を瞑った。 だがそうはされずに体を覆うように被さり、耳元でぼそりと呟いた。 「嫌か?」 きゅっとその背に腕を回してしがみつく。汗と微かな埃っぽいトレーナーの匂いに、初めて直に 感じる男の体。 「俺とこういうことすんの、怖いか?」 ついさっきラブホで見せた威勢の良さはどこへやら、あたしはただ黙ってしがみつくしかできなく なってた。 「嫌いか?」 首をふる。 「……好き?」 頷く。 ぎゅーっと肩に乗せてきた手に力をこめて、軽くちゅっとキスを落としてくる。 「俺の事怖いって言ったよな?」 心なしか少しだけ寂しそうな顔をした気がした。 「だって、違うひとみたいなんだもん。いきなり、だったから……」 「そうなのか?」 また頷く。 「そりゃ恥ずかしいし、なんか、やっぱり怖いけど」 「それでも」 少しだけ体を起こしてあたしを見下ろしてきた顔は、いつものふざけたバカ男の面影はどこに置いて きたのか、獲物を狙う獣のような目つきに変わる。 「俺はお前を逃がしたくない」 体を起こして着ている物を脱ぎ捨てる。服の下から現れた締まった体を寝転がりながら眺めて、 この前それを見たのは一体いつの事だっただろうかと思い起こしていた。 確かあたしが中学ん時プール連れて行って貰った時だっけ?歳が離れてるから、姉ちゃん達としか お風呂に入ったりした事はなかった。 気が付くと体を起こされ手を引かれ、ベッドまで導かれる。 その間に逃げようとすればできたかもしれなかったのに、足元に落とされた水色の布地が目に入った 時には胸を覆うものも取られて、退くに退けない状態になってしまっていた。 「ちょっと待っ……やっ!?」 残る1枚をパンストごと引き下ろされ慌ててしゃがみ込んだ。あまりの恥ずかしさに目眩がしそうで 思わず目を瞑り、躰を丸めて俯く。 恥ずかしくて両腕は肩をぎゅっと抱いたままでしかいられなかったので、そのまま足首からあっさりと 下着は引き抜かれ、どうにも出来ないままに抱き上げられてベッドに寝かされてしまった。 どこにそんな力があるんだろうと不思議に思いながら、のし掛かってくる見慣れた男の顔を眺めて ため息をつく。 「……ん」 再び近づいてきた唇がそれを全て受け止めて、あたしは何も言うことができなくなった。 頬を挟んできた両の手のひらは、触れるだけのキスが徐々に舌を滑り込ませ激しい絡みに変わって いくとあたしの髪をくしゃくしゃにして首筋や鎖骨を撫で回しながら胸へと下りていった。 「やだ、大ちゃ……んっ!」 何か言おうとすればすぐに唇を塞がれ黙らされ、更に強く胸を揉みしだかれる。もう今やあたし達の 耳には互いの息遣いしか聞き取れるものがないようだった。 どう反応したらいいのかわからなくて、ただ胸に触れてくる手の熱や唇の感触にいちいちビクビク しながら次の手に怯えていた。 「……あっ」 指先で胸の先に尖ってきたものをぐりぐりと押し付けられ、勝手に声が出た。思わず見下ろすと、 あたしを見上げるように顔を向けてきた彼と目が合った。 「いやぁ……、あっ!」 慌てて顔を逸らしてみたもののその刺激からは逃れることができなくて、それどころか余計に追いかけて くる指の力に意志とは関係なくくぐもった声が漏れてしまう。 「あっ……あぁ」 嫌だ。 「いや、いや、いやあっ」 違う、嫌なわけじゃない。 「だぁいちゃ……っ」 だけど何かが足りない。 「……やめ」 何かがまだわからない。 「お願い、やめてぇっ……!」 ぽろぽろと零れて枕を濡らす涙を優しい指が拭ってくれる。 「そんなに嫌か?」 泣いてる顔をみられたくないと今更ながら思い、身を捩って枕に顔を埋めた。 「やっぱりだめか?嫌いか、俺の事……嫌んなったか?」 消え入りそうな声で呟くと、あたしの背後に回る形でベッドに横になり、大きく息をついている。 「……ごめん」 途端に悲しくなった。謝られていきなり側にある体がとんでもなく離れた場所まで飛ばされたような 気持ちになり、思い切って振り返ると裸の胸にしがみつき頬を寄せた。 「違うの」 そうじゃない。 「嫌いなんかじゃないよ」 望んでなかったわけじゃない。 「でも……嫌なんだろ?」 顔はあげられないまま小さい子供がイヤイヤをするように首を横に振る。 「だってわかんないんだもん」 何かが欠けているような気がして、不安だった。 「なんでこんな事するの……」 なぜ求められているのに、こんなにもそれを信じきる事が怖いのだろうか。 「あたしは、大ちゃんが離れていくのが嫌。あたしも離れるのは嫌だ。だから逃げない。逃げないよ……」 背中に腕がまわってしっかりと抱き寄せられた。 「あたしの事、大ちゃんはどう思うの?」 髪を撫でられる。 「好きなのに」 濡れた瞼に唇が落ちる。 「ずっとずっと大ちゃんしか見て来なかったのにっ……」 背中を丸めてただ泣き続けるあたしの頭に乗せた手でよしよしとする、その仕草に小さい頃の微かな 記憶が蘇る。 叱られたり、誰かと喧嘩したり、悲しいことがあったりして泣いているあたしの頭を黙って泣き 止むまで撫でて側にいてくれた。 『俺はいつもミナの味方だからな』 『ずっと一緒だから』 そう言ってくれるのが嬉しかった。 大ちゃんは、どんなに大人になってしまってもずっと大ちゃんのまんまだったから。 だけどさっきまでの大ちゃんは、今まで見た事のない男の人の顔をしてたから、それに驚き、戸惑って 怯んでしまった。 「ごめんな、怖がらせて泣かせちまったね、ミナの事」 「いいよ……もう大丈夫」 「俺の事嫌わないでいてくれんの?」 「うん」 「ありがとう」 そっと見上げると、大好きな『だいちゃん』の穏やかな顔がそこにあった。 「驚いたけど嬉しかった、本当は。ミナが俺の事好きだって言ってくれたの。でも冗談かもしれないって あんまり期待しないようにしてた。今までの事考えたら、急にそんなふうに思えるわけないしって。 ……だけど、ずっとモヤモヤしてて、そのまんまの気持ちでいた時に会場でお前の事見つけて、 誰かに盗られんのは嫌だと思ったよ。冗談じゃねえって。ミナは俺んだって」 一気にばーっとまくし立てると、ぎゅっときつく抱き締めてきた。痛い位に背中の指に力がこもってる。 「言うから。今から一番大事な事、言うから」 「なぁに?」 「ん……」 だけどあーとか、うーとか唸ったり、咳払いをしつつなかなか核心には触れてこなかった。何故か 言葉を飲み込んでしまっているようで歯切れが悪く、段々不安になってきた。 なんで何も言ってくれないんだろう。 あたしはこの人にとって今どういう存在になっているんだろう。 その言葉を聞くまでは怖い。 あたしだって自惚れてしまってはそれを打ち消して胸を乱すのだ。何度も、何度も。 「……だ」 「え?」 聞こえないよ、って言おうとして顔をあげたら胸の中にぎゅっと押さえ込まれた。 「ぶっ!なにすっ」 「見るんじゃねえッ」 「なんでー?」 「絶対変な顔してるから」 それっきり暫くの間何も言わずただ黙って抱き締めあっていた。 どうすればいいのだろう?突然始まった情事は中途半端にやりかけのまま放り出されてしまったが、 やり出しっぺが動き出さないのではどうにもできやしない。あたしは黙ってそれに従うしかなかった。 だが、その沈黙もまた突然に破られる。 「ミナ」 「なあに?」 大きく息を吸い込んで吐くと耳元に唇を寄せて、ゆっくりと確実にその一言は贈られた。 「お前が、好きだ」 頭の中で、パズルの最後のピースがぱちんと嵌った音がした。 「……」 「ミナ?」 「……えない」 「んあ?」 「アーアー聞こえなーい(∩゜Д゜)」 「はあぁ!?」 「もう一回言って」 「嘘だろー!?」 ほんとは嬉しくて堪らないくせに、恥ずかしくてふざけて茶化してごまかした。 「お願い……」 「……好き」 「もっと」 「好きだよ」 「もう一回だけ」 「好きだ。ミナが好きだよ……」 「その一言が欲しかったの」 ほんとはただ甘えてみたかっただけ。 「大ちゃん……好き」 あたしから思い切ってキスをした。 そこからはどちらも夢中で抱き合った。 さっきよりもずっと貪欲に彼はあたしの躰に触れてくる。無言のまま胸に顔を埋めて揉みしだき、 荒々しい息遣いでそこに吸い付いてくる。 散々弄ばれて堅く主張する先端を舌で更に転がされ吸い尽くされると、目を閉じて行為に没頭する 彼の少しゴワつく硬い髪をかきむしりながら声をあげてそれに応えるが、そうこう しているうちにまた新たな感覚が表れてきてそれに気持ちが持って行かれてしまう。 「……ぅあ……ん」 頭を抱え込むようにしながら下半身のよくわからない疼きに堪えて脚をくねらせていると、乳首を くわえた唇はそのままに、反らせた背中から入り込んだ右手がお尻を撫でながら腿をなぞり、一番 触られたくなかった筈の場所へ廻っていった。 くちゅ…… 「いやあっ……!」 思っていたよりハッキリと聞こえてしまった水音に、恥ずかしさで頭がいっぱいになる。 うっかり声を出してしまうのにも堪えられなくなって唇を噛んで我慢するが、自分で触るのも躊躇われる 場所をぬるぬると滑る彼の指の感触に、恥ずかしさで余計に嬌声をあげ羞恥に追い込まれてしまう。 「大ちゃん……っ……!」 前後するように動く指が何かに触れた途端、その部分に痺れるような衝撃が走った。 「やあっ!?あっ……!やぁんっ」 「ここか?」 ぐい、と指を押し当て擦り付けるようにそれを弄られると、ビクンと膝が跳ねてしまう。 「逃げるな……ダメだろ」 曲げた膝をぐっと押し上げられ、思い切り開かされた状態でのし掛かられ身動きが取れなくなる、 そんな状態で胸に唇の愛撫を受けながら一番敏感に感じる箇所をくにくにと転がされて、その度に 背中が反らされ勝手に躰が跳ねてしまう。 「ひぁっ……やぁ、ああん、ああ……っ!!」 ビクビクするあたしを押さえつけるように、のし掛かった彼の体重が少しずつ強く感じられるように なってきた。 「動いちゃだめだろ?ミナ……」 仕方ないなぁというふうに胸から顔を上げ、首筋に吸い付きながら水音を立ててそこばかりを責め立てる。 「どこが気持ちいいか言ってみな?」 耳元で熱い息を吐きながらぼそぼそと囁きかける声にぞくぞくした。 「いやぁ、そんなの……」 「気持ちよくなりたいだろ?ミナの感じるとこ見たいんだよ……」 「だって、へんになっ……やぁんっ!」 強く擦りあげられて躰が跳ね上がり、思わずしがみついた。 「だめぇ、それだめ!やさ、やさ……しく、し……」 「んんっ」 今度はじらす様にそっと優しく、ゆっくりゆっくり撫でてくれる。 「ああ……だいちゃ、あ……」 「いやらしい声だな……?可愛い。ミナ、いいよ、お前すげぇ可愛いよ」 ぴちゃぴちゃと擦りあげる動きに合わせて濡れた音が響き渡る。 「ほら、わかるか?全部お前の……。嬉しい。俺がこんなにできて、嬉しいよ、ミナ……」 「あ……んっ、やだ、はずか……し……よ」 「いいよ、もっと見せろ。たまんないよ、俺」 熱い息を吐きながら呼びかけてくる彼にドキドキして、どんどん躰が敏感さを増してゆく気がする。 「やあ……変だよ、あたし、おかしくな……」 「いいよ」 また指の力が強くなった。 「んやぁっ……あ……んっ、だめ!いや、いや、いやあっ!!」 さっきよりすごく気持ちいい。腰が勝手に浮いて、自分から押し付けるように動いてく。意思とは 関係なく快感を貪欲に求めに行くなんて、無理と思っても躰が言うことを聞かない。 「うわ……あ……あ……やああぁっ!!」 お腹の奥から喉元まで一気にズンと熱を帯びた衝撃が走り、背筋を伝って鎮火していく。 「ちょ、まっ、なんかだめ!本当にだめっ!!」 ぴんと伸びた躰がまだ与え続けられる強すぎる快感に耐えられなくなって、そこに伸びている彼の 腕を必死で掴んで止めた。 「えっ?だめなのか」 「う……なんか、感じすぎて……」 「そっか。……な、今、イッた?」 「かなぁ?」 息も絶え絶えに頷く。彼が体を離すとふっと力が抜けてぐたっとシーツの上に転がった。 「いいなぁ。なんかお前可愛かったんだなぁ」 唇を合わせてまた胸をいじってくる。 「ん、もうっ」 「ごめん」 あんまりそんなにしないで欲しい。やっと落ち着き始めた頭がまたぶっ飛んでしまうじゃないか。 「な、俺も」 これからまだ行われることがあったのを思い出して、未知の行為に一瞬体が強張った。 「俺もする」 床にあったコンビニ袋からそれらしき物を取り出すと背中を向けて下着を脱ぎ始めた。 あーついに全部見ちゃったし、見られちゃったよ。 昔テレビでぱっと濡れ場が映ると、『なんで大人って平気であんな恥ずかしい事出来るんだろー』 と思ったりしたものだった。それを今あたしは行っている。それも、その頃には思いも付かなかったひとと。 大好きだったけど、まさかこんな事になるなんて。互いをこんなふうに晒し合う仲になるなんて――。 「何?」 振り向いて覆い被さってくる相手は、物思うあたしの顔にどことなく不安げな目をして問いかける。 「やなの?」 「ううん」 首をちょっと起こして少々グロテスクに伸びるモノを眺めて、また枕に頭を沈める。 「さっき買ったやつ?」 「なんでわかる!?」 会計する時やたらあたしを外へ追い立て、レジにカゴを置いたままダッシュで棚を往復してたのは 見なかった事にしておきました。 「バレバレ」 くそっ、と口惜しげに尖らせた唇を重ねられて沈んでくる躰を受け止めながら、怖じ気付きそうな 気持ちを悟られないように背中に腕をまわして抱きつく。 『こわい』 不安な顔を見られたくなくてキスをし視界を閉じた。 ちょっとずつちょっとずつ、引っ掛かることもありながら彼の一部が痛みを伴って主張しあたしの 躰の中に侵入してくる。 「い……たぁい」 「はっ……はあ、はっ……」 あたしが痛みに耐えつつも気になって彼の姿に目をやると、苦しげに表情を歪めながら肩で息をする。 「ミナ、痛いか」 「うん……けど、大丈夫。我慢できそう」 「そうか?ごめん俺、キツイわ……すげー緊張してる」 「大ちゃん……」 そりゃ痛いけど、怖くなかったわけじゃないけど、本当に想像したよりは耐えられそうだと思った。 今のところは、だけど。 「欲しいよ。ミナが欲しい、はやく……っ」 またぐっと深く突かれると、さすがに裂くような痛みは一瞬襲ってきて、飲み込もうとした声は 喉の奥から漏れてしまう。 「大ちゃん、大ちゃん……」 「もう入ったから。全部お前の中」 嬉しい。とりあえず第一関門を突破した気持ちと、あたしの躰が彼を繋ぎ止めて一つになれた事実が 嵐の中の穏やかな安心感を生んでいる。 「ああっ!?」 ずるーっと入った筈のモノが抜かれ、また同じように入ってくると、さすがに擦れ合う度に濡れてる とは言えかなり痛い。 「力抜いてるか?」 「うー……」 また抜いて、入れる。その繰り返し。一体どうなってるのかと好奇心から首をもたげてみると、意識 していたよりはるかに大きく広がった脚の付け根にぴったりと乗っかるように彼の腰が押しつけられていた。 あたしがそれを目にしたのを見てわざとゆっくり出し入れして見せる。 「や……」 「ちゃんと入ってるよ。中に……ほら」 何て格好してたんだと恥ずかしさで目を覆うと、 「だめ」 とその手を掴んではねのけられる。 「顔見ときたいんだ」 膝を押してぐっと曲げさせられ更に恥ずかしい格好になり、思い切り開いた脚を押さえると腰の動き が激しくなった。 「ああんっ!やだぁ」 「もう……そんな声出すなよ!イキたくなっちゃうだろ」 「だって、や……っ」 「ミナ、んっ」 「だいちゃ……」 痛いもんは痛い。だけどそれにどっからかきゅうっと締め付けられるような疼きが生まれ出てきて ぶつけられるごつごつとした硬い感触のする彼の腰を必死で掴んだ。 「大ちゃん、大ちゃんっ……!」 意識がもってかれる。一点に集中する刺激に感覚のすべてが流されていく。 「んっ、ミ……ナ」 「やあぁんっ」 膝を掴んでいた片手が離れ胸を掴む。 「あ……だめっ」 最初とはうって変わって滅茶苦茶に突かれ、痛みと共に痺れる歓びに悶えながらぐちゃぐちゃに躰 を捩った。 もう狂っていてもかまわなかった。 「大ちゃん……大好きぃ」 「ミナぁ……」 ぶるっと肩を震わせて唇を噛んで、あたしの胸を掴んだ手のひらに一瞬だけ軽く痛みを走らせて、 くたーっと脱力した躰をあたしの上に落としてきた。 「んあー……ヨかったぁー」 「ほんと?」 「うん……」 んーっと唇を尖らせて顔を寄せてきたので、同じようにしてやったらそのまま軽くぶつけ合って ふふん、て笑った。 寝転がったまま見上げたベッドに起き上がる体は、さっきよりもずっと大きく見えてきて、何だか しがみつきたい衝動に駆られて、重い体を引きずって起きようとした ら。 「うわぁ、溜まってたんだなー」 「何が?」 ほれ、と後処理途中のブツを見せられた。いや、いらんし。 「もったいないなー……これ子供何人作れるんだろー」 「はい?」 「再利用できないかね?畑にまくとか」 「引くわ!!」 やっぱりバカだ。 さっさと毛布を引っ張り上げて独り占めしてやった。 *** 「付き合うだけなら、別に今までと何ら変わらない気がしたんだ」 一緒に毛布にくるまりながら(優しいあたしは鼻をたれて頼む大人に仕方なくそれを許可してあげた)、 さっさとこうなってしまったに至る言い訳を聞いていた。 「俺達の場合もう充分すぎる位下地は出来上がってると思うし。だからそこから変えるにはそうした ほうがいいって思ったんだ。早過ぎるなんて事も俺とミナの関係だったら無いだろうし」 ふうん、と一言だけ返して彼の胸に背中をくっつけた格好で寝転がる。 「ミナ聞いてる?」 「聞いてます」 ごそごそ。 「怒ってんの?」 「別に……」 もみもみ。 「じゃあこっち向けよー」 「……」 がしっ! 「何っ?何なのさっきからこの手はっ!なんで乳もんでんのっ!!」 「いでででで!!いーじゃんか。あー気持ちい〜」 さっき奴から借りて着たパーカーを捲り上げられて、ノーブラの胸を背後から揉まれまくって いるあたし。ちっとは遠慮せんかいっ!! 「だって意外ときょぬーじゃないか?いやぁ嬉しい。花子よりいい乳してるわ」 「は?誰花子って……」 答える前に思い出してまた思いっ切り手の甲をつねってやった。 「あたしは牛じゃないっ!!」 「俺尻に敷かれそ」 「やかましい」 逃げるように母屋へ飲み物を取りに行き、 「夕飯食べて行けってさ」 と戻ってきた。 「え?あたし……」 「言っといたから、付き合う事も。ミナなら問題あるまい」 ちゃんと前向きに考えて行動してくれる、そんな真っ直ぐな所があたしはやっぱり好きだと思った。 「ちょっと畑におかずを取りに行ってくっから」 「何畑?」 「ミナの両脚」 「……」 実直だけどおバカな大ちゃんは察しのいいあたしにつねられたほっぺをさすりながら、大根採りに 行きましたとさ。 *** すっかり暗くなった夜道を送って貰いながら、大ちゃんは手を引いてくれた。 子供の頃と変わったのは、互いの指を絡め合った恋人繋ぎに込められた溢れてくるそれぞれの気持ち。 「ありがとな」 「何が?」 「俺のこと、好きになってくれてさー」 「うん」 「好きだっていってくれてさぁ……大事なもん、みんなくれて」 「……いいよ、あたしがしたかったんだから」 突然そんな事言い出すから、俯いてた顔を上げるタイミングを逃して足元ばかり見て歩いた。 「たった一言なのに、俺なかなか言えなかった。凄く重くて、声にするのが切なくて……。それを お前が勇気を出して言ってくれたのが本当に嬉しかった。なのになかなか言い返せなくて…… ごめんな。俺ミナのこと好きだよ。ずっと、ずっと大事にするから」 「大ちゃん……」 暗くて良かった、と言った。多分耳まで真っ赤なんだろう。正直なくせに照れ屋で恥ずかしがり。 だから顔を覗かなくても、どんな表情してるかなんてよくわかるよ。 「ミナんちのおじさんに挨拶しとかないと」 「え?まだ……」 「だってどうせなら両家公認になりたいじゃん。そしたら堂々と付き合えるだろ?俺達」 「大ちゃん……」 「さて覚悟しとくか!大事な娘いただきにいくんだから」 もう、いちいち嬉しくなること言ってくれるんだ。 「柿泥棒が今や処女泥棒に……いでっ!!」 「一緒にするなー!!」 ……思いっ切り足踏んでやった。うちの父親にげんこつかまされてしまえ! 「お前も覚悟しとけよ」 「何をよ?」 「絶対離しやしないからな」 「……ばか」 だけどおバカなあなたが、あたしは大好きだ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |