シチュエーション
![]() 片方の胸の先をちゅうちゅうと吸われ、もう片方を指先でいじられる。つつかれたり、くるくる回されたり、軽く捻られたり。 もうどれくらいの時間そうしていたのかわかんない。ものすごく長かった気もするし、あっという間だった気もする。 頭を撫でられながら、あたしの腕の中にいるせいちゃん。安らかに目を伏せている表情を見ると、いやらしいというよりしあわせで満ち足りたような気分でいっぱいになる。 でもこんな気持ち、一度手放したらもう二度と帰ってこない気がして、そう思うとなおさら止めたくなかった。 突然、あたしから口を離してせいちゃんが呟いた。 「俺なんか、ホントに申し訳ない」 『申し訳ない』という言葉にどきっとする。何か悪いことでもしてるのかな、と思い「何が?」と恐る恐る尋ねる。 するとせいちゃんはずるずるとその身を下の方へと移動させた。彼の頭は今あたしのお腹の上。 「ばーちゃん亡くなったばっかりだってのに、俺だけこんないい思いして……」 ものすごく罪悪感を持ってるみたいに弱々しい口調。なんで? なんでそんなこと言うの? 「それは違うよ、せいちゃん!」 叱られてびくっと顔を上げる。その顔を両手で包み込んで、ぐっと自分の方へ引き寄せた。 「おばあちゃんはせいちゃんのことを大事にしてくれたんでしょ? いい思い出たくさんくれたでしょ? だったら自分が死んだ後も、せいちゃんの幸せをなによりも祈ってるはずだよ。……ずっと悲しんでほしいなんて、きっと思ってないよ!」 『いい思い』を今してるとしたら、それはきっとせいちゃんがこれまでしてきたいいことのお陰だ。別に悪いことなんてしてないんだから、誰にも遠慮する必要ないはずなのに。 それでもせいちゃんはまだ浮かない顔をしてる。ああ、この人、本当におばあちゃん思いなんだ。 あたしはため息をつきながら笑って、せいちゃんのおでこにこつんと自分のを当てさせた。 「でも、あたしがおばあちゃんだったら、今頃怒ってるかもな」 「……え? なんで?」 「『せーいちー! そんな女と一緒にいちゃあかんー! バカがうつるぞー!』って」 くすっと笑ってそう言うと、せいちゃんはちょっと戸惑った目をしてから破顔した。それからあたしの髪にその指を絡ませて、ぐしゃぐしゃと頭を撫でた。 「そっか……。ミュウは本当にやさしいな」 せいちゃんの言葉に背中までしびれそうなくらい胸が痛くなった。違う、そうじゃない。 反射的に手を振り解いて身をひねる。横向きになって手で顔を隠すと、せいちゃんの驚いたような声が聞こえた。 「どうした?」 「あたし、やさしくなんか、ない!」 きっとせいちゃん困った顔してる。少し高いトーンで「そんなことないと思うけど……」って聞こえたから、あたしは首を大きく振って否定した。 「あたし、すっごい嫌なヤツだもん!ほ、ホントはすごく意地悪だし、いい加減だし……。……だから、あたしのことやさしいだなんて言わないで。言っちゃだめ!」 あなたにそう言われたら、あたしまた調子に乗っちゃう。それで意地悪したことも忘れて、また自己中で勝手な人間になっちゃうんだ。 涙をこらえながらそう言うと、せいちゃんはあたしの耳に顔を近づけてきた。 「……それじゃ、『可愛い』は?」 「……それも無しー!」 なに!? なにこの人、おかしくない!? 何で『優しい』の代わりが『可愛い』になるの!? 天然? それともわざとなの? ここでそのセリフ言うのは反則でしょ! 嬉しいんだか恥ずかしいんだかで体中が火照っててくる。おなかの下の方がきゅーんとして、足の間なんかじめっとしてあふれ出しそうなくらい。 ますます顔を見られたくなくなってクッションにうつ伏せして顔をうずめると、首の下に腕を差し込まれ、肩をつかまれてぐっと向きを変えられた。 「なんで?」 そろそろと手を離すと……、うわ、せいちゃんのどアップ。息遣いが聞こえてエッチだよー……。 「なんでって……」 うまく言えずに言葉を濁していると、せいちゃんの顔がさらに近くなってきて、あたしの口は彼の唇でふさがれてしまった。 感触を味わうこともできないくらいどきどきしてる。頭の中がパニックになって、唇から伝わる体温で体中が溶けちゃいそう。 「あぅ……ふ」 やっと唇を離すと、せいちゃんは真剣そのものな目つきで言った。 「可愛いよ、ミュウは本当に可愛いよ。なにもかも」 (うっ……わぁ!) 本当に? それってお世辞じゃないよね? うれしい。うれしくって死にそうなくらい、幸せ。 よく知らない先輩とか同級生にいきなり告白されたり、一人で道を歩いてると必ずと言っていいほどナンパもされるから、たぶんきっと、あたしの『小さな顔に大きい瞳』という外見は相当人気があるんだと思う。 だから『かわいい』って今まで数え切れないほど言われてきたし、言われても特に何も感じることはなかった。友達にも「ミュウって案外冷静なところあるよねー」って言われるくらい。 でも、今回はちがう。ダメ、とてもじゃないけど冷静でなんていられない。今まで言われてきた中で一番うれしい「かわいい」だよ……。 「せいちゃん……、せいちゃん……っ」 顔をもう一度ぎゅっと引き寄せた。唇を重ねると、せいちゃんの舌があたしの口の中に入ってきて、あたしのと絡み合った。 「もっと可愛い声聞かせて」 短いけど濃厚なキスの後そう言うと、せいちゃんの手はソロソロと剥き出しになってる胸元に降りていった。 膨らみをしっかりと掴まれて大きくまわすように動かされる。先っぽの固くなったところは指の股にはさまれて、指が動くたびに快感が走る。 「ふ……、いい……」 さっきも同じようなことをしたのに、気持ちよさが違う。ぜんぜん違う。 からだ全部が敏感になっちゃってるみたい。なにをされても甲高い声しか出てこない。 「あっ……!」 手が離れると、今度は唇で啄ばまれそのまま吸い上げられる。たまに歯があたったりして、胸の先から感じる刺激に、おなかの奥が疼いてさらにそれが全身に広がる感じ。 「あっ……、あっ……、ああ……んっ!」 声がひときわ高くなる。それでもせいちゃんは吸い付くのをやめない。あたまの先からつま先までどんどん痺れて、何かがはじけるのを待っている。 (え、もしかして……) 膨らみ続ける大きな何か。それがはじけたらどうなるのか、知ってるような、まだ怖いような。でも頭がよく回らない。やめないで、せいちゃん、続けて、お願い。 「はぁ……んんっ……!」 動物みたいなそんな声を漏らしたとき、あたしの頭の中は真っ白になって、腰から下にかけてがびくびくと引きつりだした。 「大丈夫か、ミュウ」 しばらく体が痙攣して動けなかったあたしに、せいちゃんがお水を汲んできてくれた。ほっぺたに押し付けられたコップが冷たい。 「あ……、うん、ごめん。へへ……、イッちゃった」 上半身を起こしてコップを受け取る。笑ってごまかしてるけど、ホントは顔から火が出そうに恥ずかしい。 だって、イくのとかって……、その、十分にえっちな気分になってるってことでしょ? なんかサカってるみたいで、せいちゃん引いたりしてないかな……。 せいちゃんはそんなあたしを抱きかかえるように、後ろにぴったりくっついて座った。 「感じやすいんだな、ここ」 ちょんちょん、と赤く充血してる胸の先を触った。正直そこは神経がむき出しになってるみたいに過敏になってるから、それだでも声が出ちゃいそうになるんだけど……。水を飲んでるからこぼさないよう、必死でそれを飲み込んだ。 「うっ……、あ、うん……。でもおっぱいでイッったのなんてはじめてだよ」 「え?」 あたしの首元に顔をこすり付けていたせいちゃんの動きがとまった。……なんだろう? よく聞こえなかったのかな? 「あたし、自分のここが弱いなんて知らなかったよ。……いつもはもっと全然よくなんないもん。最後までしても何も感じなかったりするし」 恥ずかしいけどはっきりそう言った。でも本当のことだもん。 前の彼氏もその前の彼氏も……、なんかヤるだけやって自分だけ気持ちよくなって終わりみたいな感じで、こんなに最高の気分にさせてくれたり、とろけそうなほど感じさせてくれたりはしなかったよ。せいちゃん、ありがとう。 でも、聞こえてるはずなのに、せいちゃんは何も返事をしない。 少しの間沈黙が流れる。どうしたの、と尋ねようとしたとき、両方の胸をわし掴みにされ、そこに強い痛みが走った。 「やっ……!」 びっくりしてせいちゃんの方を振り返ると、幸せな気分だったあたしとはうらはらに、なにを考えているのかわからないような剣呑な目がそこにあった。 もう一度力まかせに握られる。今度はさらに強い力で耐えられないような激痛だったから、あたしはたまらず声を上げた。 「い、痛いって!」 すると背中をどん、と押された。 とっさに前のほうに手を突く。コップがあたしの手から離れて、中の水が畳の上にびしゃっとこぼれた。 「なにするの!?」と聞くまもなく、せいちゃんが後ろから覆いかぶさってきた。 両手首を乱暴につかまれ遠くのほうへ延ばされる。あたしの体は支えをなくして畳の上に突っ伏した。 「ちょ、離してよ!」 そう言ってもせいちゃんは無言のまま、指はますます手首に食い込んでくる。骨がぎしぎしいいそうなくらい、強く。足もがっつり固められて身動きがとれない。 力じゃどうしたって勝てない―――それが分かったとたん、あたしの背筋が冷たくなった。 怖い、せいちゃんが怖い。 この人が本気だしたらあたしなんか簡単に壊れちゃう。 それでも体をばたつかせて振りはらおうとする。けど、抵抗むなしくあたしの体はひっくり返されて、片手で両腕を押さえつけられた状態で仰向けにされた。 左手で右の胸を揉みしだかれながら、強引に唇を重ねられた。 舌がねっとりと入ってきてあたしの口の中じゅうを侵していく。ただ荒いなだけで優しさのかけらもないその動きに、あたしはたまらず顔を背けた。 「今は他の男の事なんか考えないで」 耳元で低く囁く。どうもせいちゃんが怒ってる原因は、さっきあたしが他の男の子と比べるような発言をしたからみたい。 でも、なんで? なんでそれでせいちゃんが怒るの? 「ごめ……ひゃあああっ!」 理由はともかく謝ろうとした瞬間、右の乳首を思いっきりつねられ、あたしは奇妙な声を発してしまった。 痛い、けど気持ちいい。こんなに乱暴に扱われてるのに、あそこがぐしょぐしょになるくらい感じてる。 やだ、こんなあたし恥ずかしい……。自分がものすごく淫らな生き物に思えて、涙を堪えてぐっと目をつぶった。 「俺はずっとそうだから」 せいちゃんの声が聞こえる。『ずっと』? 『そう』ってなに? 聞きたかったけど片手で両方の乳首をこりこりし続けられて、聞こうとしても変な声しか出てこない。 そうこうしてるうちに、左の胸にぬめっとした感触がして、先のほうをじゅぷじゅぷと音を立てながら吸われ出した。 さっきの子供みたいな吸い付きかたとは全然違う、ケダモノじみた猛々しい愛撫。聞こえる水音がさらにあたしの心を煽って、乳首は痛いほどいきり立ってる。舌でころがされたりするともうもげちゃいそう。 「あ……っ、あぁ……んっ!」 あたしに抵抗する気が失せたのを知るや、せいちゃんはあたしの手首を押さえていた右手をはずして、あたしの左の太ももを撫でまわし始めた。 一回イッちゃってるからそれだけでもぷるぷるしそうなくらい反応しちゃう。それなのに…… (あっ……、そこはだめ!) どんどんと手が足の付け根に近くなる。太ももの間にぎゅっと力を入れてこれ以上上にこさせないようにしようとしたけど、足の間にできた隙間に人差し指と中指を入れられて、ショーツの上から敏感な核を擦られた。 「やぁ……っ、はぁあ…んっ!」 指の動きにすぐ反応して、膨らんでいくそれ。強めに押さえつけられたりすると、おかしくなっちゃいそうなくらい変な気持ち。 (あれ、なんだこれ?) 右手に冷たい感触がしてそっちのほうを向くと、倒れたコップがそこに転がってた。 あれ、何でこんなところに水がこぼれてるんだっけ? ていうか、そもそもあたし何でこんなことしてるんだっけ? 考えてみようとするけれど、両方の乳首を口と指でねちねちと弄られて、下の方からも途切れることなく刺激が送られてくるから、そっちのほうまで意識が回らない。おなかの奥が熱くなって、何かが近づいてくる。 (え、また……?) 「い……っやああ!」 そう叫んだ瞬間、体中に電気が走ったみたいな感覚が通り抜けて、あたしは意識を手放した。 *** ガタン、と何かが閉まるような音に気づいて目をさます。見慣れない和室の光景が目に入って、あたしは違和感を覚えた。 (ここ、どこ……?) あ、そうだ寺山君の部屋だ。お見舞いに来て、お土産渡して、お財布忘れたと思ってあがりこんで……。その後なにかあったはずなのに、どこかピントの合わないカメラを覗き込んでるみたいにはっきりしない。服もちゃんと着てる。ちょっと変な感じがするけど……。 ふらつきながらゆっくり体を起こすと、寺山君がちょうど台所から部屋に入ってきたところだった。 「おぅ、起きたか」 うん、とあくびをかみ殺しがら答える。すると寺山君は壁の時計に目をやって言った。 「終電、でるぞ」 のろのろと畳の上におきっぱなしだった上着をひきよせて袖を通す。……あしたも学校だし帰らなきゃ。 「ちょっと待ってて、駅まで送るから」 そう言って寺山君はケータイとお財布をテーブルにおいて、お手洗いの方へ向かった。 駅まで向かう途中、寺山君の大きな背中を見ながら、あたしは彼になにから最初に聞けばいいのかであたまがごっちゃになっていた。 でもそうやって平然としてるところを見ると……、やっぱり自信がなくなってくる。 「あの……」 恐る恐る話しかけると、彼は歩くスピードを遅くしてこっちを振り返った。 「なに?」 「あのね、今度の飲み会再来週の土曜日みたいなんだけど、来れる?」 「……ちょっと分からないな。無理だったら畑山先輩に連絡する」 淡々とそう言う。『分からない』の言葉に少なからずがっかりした。 「そういえば、この前の飲み会、寺山君の隣にいた子、具合悪くなっちゃったんだって?」 結花ちゃんが言ってたこと。寺山君はあたしが思ってたような人じゃないって信じたいけど、それでも本当のことが知りたい。 「あー、それって長野のこと? あいつ、ホントどうしようもないヤツだよなー」 苦笑いしながらそう言った。え、長野? それって結花ちゃん本人のこと? ぽかんとしてるあたしに、寺山君が続けた。 「あいつ、酒弱いくせに焼酎とかガンガン頼んでてさ。せっかくなのに余らせてもったいないから、少し分けてもらおうと思って俺が飲んだら『てらやまー、あたしの酒勝手に飲むなー!』って怒り出して、一気とかしだして。 で、結局その場にへたっちゃって、帰れなくなりそうだったから駅まで負ぶってったよ」 え、なにそれ。結花ちゃん、寺山君とおんぶしてもらうくらい仲がいいなんて聞いたことない。 「そういえば、結花ちゃんと一緒にサークルの買出しとかしてたよね……」 平静を装ってそう尋ねると、寺山君はまた困ったように笑った。 「そんなこともあったな。あんときのアイツのワガママにはさすがに参ったなぁ」 「……何があったの?」 「家出る前に突然『キャラメルカスタードプリンが食べたい』って電話がかかってきて、どこに売ってるか知らないって言ったら、『住所教えるから買って来い』って言われてさ。 めっちゃ遠かったけど『どんなに遅くなっても構わない』って言うから買ってったら『思ってたのと違う』って。それなら最初から俺に頼むなって話だよな」 そう言って笑ってる寺山君を見て、あたしはあたしの思い違いを知った。 結花ちゃんは見た目なんかモデルさん並にかわいい子なんだけど、ちょっと変わってる……っていうか、相当クセのある子で、わりと平気でウソをついたりとか、自分を正当化したりするようなところがある気がする。 だからあの子の言葉をうのみにしちゃいけなかったんだけど……、あたし、すっかり騙されてた。 まだもう一個『階段から落ちたとき笑われた』の真実は聞いてないけど、たぶんあんまり高いとこじゃなかったとか、助けに行こうと思ったら他の人にすでに助けられたとか、そんな感じじゃないかな。 でも何で結花ちゃんが寺山君のことをそうやって悪く言うのかが分からない。おんぶするくらい仲いいはずなのに。 「寺山君、結花ちゃんとなんかあった?」 すると寺山君はすぐに顔を引きつらせた。 「あ、ああ……、まぁ、前に、ちょっとね」 「ちょっと?」 すっごく気になる。あたしが食い下がると、寺山君はくすっと笑って流した。 「……俺が言うことじゃないからさ。忘れてよ」 その言い方であたしには大体の見当がついた。 きっと結花ちゃんは、寺山君のことがすごく……だったんだと思う。でも、寺山君はそれにこたえられなくて、で、プライドの高い結花ちゃんはそれが許せなかったんだ。 わかる、あたしには結花ちゃんの気持ちが。仲良くなればなるほど、そうならずにはいられない人だもん。 あたしの少し先を行く寺山君の背中が角を曲がった。あたしもすぐに追いつくとそこは、見慣れた駅前の風景だった。 二人順番に改札をくぐる。寺山君は定期を持ってないみたいで、わざわざ入場券を買ってついてきてくれた。 それなのに、人もまばらなプラットフォームに並んで立つと、寺山君はあたしから2・3歩離れた距離にいて、何も言わずに遠くの方を眺めてるだけ。 あたしは電光掲示板を見る。残された時間はもう何分もないみたい。 どうしよう、まだ聞きたいことが残ってるのに。早くしなきゃ電車が来ちゃう。 思い切って聞こうとしたとき、あたしの声は『もうすぐ2番線に電車が参ります』というアナウンスにかき消された。 アナウンスが終わると、やっと寺山君があたしを見た。 「じゃ、また学校でな」 「明日は来れる?」 聞きたいのはそんなことじゃない。なのに、こんなことしか言えない。 「どうかな……、行けたら行く」 行けたらじゃなくて、来てほしい。あたしに会いに来てほしい。 だって――― よそよそしくしてるけど、今日あったこと、夢じゃなかったって気づいてるよ。畳にあたしがこぼした水のシミができてたから。 子供みたいなところも、優しいところも、荒っぽいところも……。思い出すだけでドキドキしちゃう。きっと一生忘れられない。 それなのに、なんで何もなかったみたいにふるまってるの? あたしのこと嫌いじゃないでしょ? 知ってるよ。 電車の音がだんだん近くなる。何か言わなきゃと思うのに、胸のところでつっかえて何も出てこない。 「あの……っ」 緊張してるみたいな上ずった声。寺山君の方を見ると、心なしか少し赤くなってる気がした。 「今日は来てくれてありがとう。それで……、これからもミュウって呼んで構わないかな」 控えめなお願いをされた。だけどそれだけで、今日のことがなかったことにされてるんじゃないと判ってあたしは嬉しかった。 でも、ホントにそれだけでいいの? ごめんね、あたし、見ちゃったんだ。 あなたがお手洗いに行ってる間に。おばあちゃんの写真と並べられたサークルの写真、思わず懐かしくて手に取ったの。 そしたらよく見たら二枚重ねてあって……、悪いかな、と思ったけど裏に隠された写真をこっそり覗いちゃった。 びっくりした……。あたしとあなたが二人で仲よさそうに笑い合ってる写真がそこにあったから。 たぶん、あれって入学したての頃だよね。あなたのことを誤解するずっと前。あたし、『ずっとそう』の意味がやっとわかったよ 電車が目の前に滑り込んでくる。轟音がして、風が髪を巻き上げた。 風がおさまって扉が開く。あたしは『OK』のサインの代わりに、彼を見上げて不器用に笑った。 「せいちゃん、大好き」 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |