仔猫と遊ぶ
シチュエーション


私の彼氏は、一言でいって、子供だ。
年下だからというのもあるのかも知れないが、言動がおよそ受験を控えた高校生のものではない。

「ねーねー、アマネ、次はいつ逢えるの?」

情事の後、彼がいつものようにそう訊いてきた。

「さあ。私に予定を訊かないでって言ってるでしょ、ボウイチ」
「そう? じゃ、また何か逢いたい時にメールしてよ。いつでも来るからさ」

ぱあっと満面の笑みでそんなことを言う。

「いつでもって、受験生なんだから、学校ちゃんと行きなさい。家にも帰りなさい」
「えー? だって、つまんないんだもん」

真顔でそう言い放つ。駄目だこいつ。早く何とかしないと。

「それより何か食べよう。何かある?」
「卵ならあるわよ」
「じゃあ何か作るよ」
「任せたわ」

坊一が学生服を着ると、食器棚と冷蔵庫を漁る。

「あとビール持ってきて」
「うん。僕も飲んでいい?」
「駄目。あんた学生なんだから」
「でも美味しいじゃない」
「美味しいから飲むとか、子供かあんたは?」
「うん」

臆面もない。確かに子供だった。

「だ、か、ら、そういう子供の飲むもんじゃないの、お酒は」
「ええっ? ケチだなあ、雨音は」
「ケチだから言ってるんじゃありません! いいから!」
「はあーい」

坊一は残念そうに呟くと、ビール缶と麦茶の入ったコップを持ってきた。

「はい、ビール」
「ありがと。じゃ、料理お願いね」
「うん」

坊一はビール缶とコップをカチンと合わせると、麦茶を飲みながら向こうに去っていった。
私は散らばった服を拾い集めると、洗濯かごの中に入れ、タンスから着替えを物色した。
しばらくすると、キッチンから何かを炒める音がした。

今日のご飯は、ケチャップをつけたほかほかのオムレツと、ホウレンソウとシメジとベーコンの炒め物だった。

「うーん、いつもながら雨音のために作るオムレツは美味しいなあ」

坊一はいつものことながら実に嬉しそうに食事を平らげる。

「うん、まあ、いい主夫になれると思うわよ」
「そう? それはよかった。おかわりするね」

坊一はいつもご飯をおかわりする。見ているだけで食欲をそそられるから不思議なものだ。

「最近、学校行ってるの?」
「雨音が行けって言ってるから、ちゃんと行ってるよー」
「そう? またゲーセンで遊んでたりしてない?」
「ゲーセンには帰りに行ってるよー」
「帰りにでも行っちゃ駄目でしょ」
「何で?」
「何でって、あんた受験生でしょ。勉強はどうしてるの」
「してるよー。それでストレス溜まるから抜いてるよ。戦略的にやってるよー」

どうも胡散臭いが、こいつは基本的に嘘をつく能力が壊滅的に欠けている。多分本当に勉強しているのだろう。

「成績は?」
「大学に入るくらいならどうとでもなるよー」
「大学は入るだけじゃ駄目なの。いい大学に入っていい会社に勤めなきゃ駄目よ」
「まあ、僕も食えるだけ稼ぎたいけどさ」
「じゃあ、いい成績目指さなきゃね」
「はあーい」

何か姉が弟に進路の相談に乗ってやっているような気分になってきた。

「じゃ、帰るよ」
「じゃあね」

坊一が夕暮れの中去っていく。
私は坊一の私生活をあまりよく知らない。親元から離れてアパート住まいなのは知っているが、私といない時は何をしているのか、正直闇の中だ。
携帯電話で呼び出せばいつでも、それこそ授業中の時間帯でもやってくるということは、不良なのだろう。
髪も脱色してシルバーにしているし、肌も焼いているし、ファッションに染まってないギャル男って感じだ。出会ったのもゲーセンだった。

(そもそもあいつ、本当に学校に行ってるのかしら?)

まずそこからが問題だが、考えると怖いのでやめておいた。

怖いと言えば、彼の倫理観が正直一番怖い。
「なぜ学校に行かなければならないのか」「なぜ酒を飲んではならないのか」など、基本的な道徳基準が欠如している。
彼の倫理観は基本的に好きか嫌いか、食えるか食えないか、というコードで設計されているらしく、世間で言うようないい悪いがなかった。
なぜ学校に行かなければならないのか? いい大学、いい会社、いい給料、いい食事。
なぜ酒を飲んではならないのか? 健康な体であれば、いつまで経っても食事がおいしい。
万事この調子で説得しなければ通じない。これで本当に社会人になれるのか、猛烈に不安だった。

そんなある日、坊一が唐突に馬鹿げたことを言い出した。

「ねえ、僕、女の子に告白されちゃったんだけど、どうすればいい?」

私は茫然として彼の顔を見ていたのだと思う。彼は本当に「どうすればいいのかな?」という顔をしていた。悪びれた様子はかけらもない。

「ど、どどど、どういうことよっ!?」
「んーとね、三人の女の子がやってきて、僕のファンだって言うの」
「ちょっと待ちなさい。その子達、何者なの?」
「同じ学校の後輩。僕がゲーセンでシューティングやってるときに後ろで見てるね」
「ほ、ほほお、そうなのお。それで?」
「うん、どうすればいいのか分からなかったから、彼女たちの言う通り、返事は後でいいですってことにした」
「ふ、ふううん」

どうやら切羽詰まったことではないらしいと分かって、内心ほっとした。が、それを表に出すほど私も甘くない。

「どうすればいいか分からないって、何で?」
「いや、雨音はどう思うのかな、って思って」
「断りなさいよ! あんたアホでしょ! アホなの?」
「うん、よく言われる」

このアホ。

「言ってごらんなさい。私がどう思うって思った?」
「え、日本語の意味が分かんない」
「私がどんな顔すると思った?」
「うーん、それがよく分からなくて。まさか喜ぶ訳ないし」
「誰が喜ぶかアホ! そこまで分かってるなら断れ!」

その女達も、このアホの一体どこに惹かれてアタックしたというのか。アホだから組みしやすいとでも思ったのか?

「ちょっと訊くけど、あんた今他に女いないよね」
「いないよ」
「本当?」
「本当」
「本当の本当に本当?」
「本当だってば」
「よろしい。ちょっとそこ座りなさい!」
「……説教?」

坊一がくるりと後ろを向いた。逃げようとしている。

「いいから! そもそも女心ってのは……」
「僕、女心よく分からない」
「それを今から教えてやるって言ってるのよ!」
「わー……」

うんざりした顔の坊一を前に、私はスーパー説教タイムに突入した。

「……だからね、私とか普通の人間は、恋人と一対一の付き合いを求める訳よ。一対一でなくなると辛いし悲しいし怒るの。分かった?」
「まあ、分かった。雨音が苦しんだり泣いたり怒ったりすると僕も嫌だ」
「そういうこと。あー、面倒くさい子ね」

ハイパー説教タイムが終了した。

「安心して。そういうことなら、僕は雨音の一対一の彼氏だよ」

坊一の優しげな笑みに、私も心を許してしまいそうになる。
こうやって他の女もたぶらかされているのだろうか。

「あんた、どうして他の女と付き合ったりしないの?」
「ん?」

坊一がやや呆れたような声を出した。しまった。つい不安に駆られて余計なこと訊いたか。

「さっき雨音の話した女心ってやつだと、前付き合っていた相手の話をするのはムカつくんじゃないの?」
「まあそうね」
「だから言わない。雨音が怒ると嫌だから」
「……」

こいつ。今、何の作為もなく、ごく自然に私をあしらいやがった。

「ムカつく」
「え、何が」
「ムーカーつーくー!」

私は坊一を押し倒すと、唇を無理やり重ねた。

「……ぷはっ。どうしたんだ一体」
「何よ大人ぶっちゃって! 私の方が大人なんだからね!」
「え、そりゃそうだけど何か?」
「もー、分かってない!」

私にも説明できない。要は私の言いなりにならないと気に食わないとかそういうことなのだが、口にすると子供じみて聞こえるような気がする。
そのまま私は坊一をぎゅっと抱き締めると、もう一度唇を深く深く吸った。

私は服を脱ぐと、坊一の服にも手をかけた。坊一は何か神妙な顔になって、黙って私に脱がされるがままになっている。
やがて、くっきりとした胸板がむき出しになった。
私は坊一の乳首を強く吸った。少しして、かりり、と噛んだ。うん、と坊一が間抜けな声を上げている。
坊一の薄く腹筋の張った腹に手を添える。撫でまわし、へそをいじくる。坊一がびくんと体を反らせる。
ズボンを脱がせてトランクスを下ろす。既に屹立したものが目の前にそそり返っている。
私は軽く匂いを嗅いだ。透明な液体の先走った、いやらしい匂いがする。
左手で彼のものを支えると、口でくわえた。そのまま右手で自分の秘所を押さえた。まだ濡れていないが、むずむずする。
彼のものを吸いながら、自分の秘所をまさぐる。少しずつだが、汗ばんできているようだった。

「ああ……」

坊一が甘いうめき声を上げる。

「んふ、なーに、女の子みたいな声上げるじゃない」
「……今日の雨音、何か変……」
「そーお?」

彼のものがギンギンに張り詰める。私はローションを取ると、彼の胸と腹と股間に塗りたくった。

「冷たっ!」
「我慢なさい」

自分にも塗りたくると、彼の上にのしかかった。そのままぬるぬると体を密着させて前後に動く。
彼のものが破裂しそうに膨らんで、二人の腹の上でごりごりと悲鳴を上げる。
私は彼の開いた唇の上に、自分の唾を垂らした。坊一が陶然とした表情で私の唾を飲み込む。

「雨音、僕もう、入れたいよ」
「ん? はっきり言ってごらんなさい」
「僕、雨音のあそこに、僕のおちんちん、入れたい」
「もっとちゃんとした言い方があるんじゃないかしら?」

坊一は一瞬困惑したような顔をしたが、そのまま懇願する目になって、言った。

「雨音のあそこに、僕のおちんちんを、入れさせて、下さい」
「……うふふ。よく言えたわね」

私は彼のもの上に座り直すと、ずん、と腰を下ろした。

お腹の中に太くて硬いてたくましいものがねじ入れられるのが分かる。

「あっ……うん……いいわ」

下腹部の熱を持て余しながら、私は腰を深くゆっくりとえぐった。肉襞がこすられているのが分かる。
坊一が小刻みに動く。快楽を貪るのに熱心な動きだ。だが単調な動きだ。

「もっと、深く」
「あ、うん、そうだね」

腰の動きにリズムが生じる。周期的に深く打ち込む動きが加わる。

「あんまり好きに動くと、早くいっちゃってつまんないわよ。もっともたせなさい」
「うん、分かった」

腰の動きがゆるやかになる。
毎回こう念を押しておかないと、こいつは若さに任せて勝手に動いて勝手にいってしまいかねない。
しばらく彼にまたがり、自分の気持ちいいようにクリトリスを彼の腹にこすりつけた。
やがて体が温まったところで、軽く腰を浮かせた。

「動くわよ」

彼の腹の上に手を置くと、こちらから攻めに入った。深く腰を打ち込んだ後、彼のものの表面をえぐるように前後にこすりつける。

「ぐっ……」

坊一が苦しそうにうめく。何となく嗜虐的な気持ちになって、彼の鳩尾に爪を当て、すっと軽くへそまでひっかいてみた。
彼の体にびりびりとした痙攣が走る。

「うふふ、可愛い。もっと苛めてあげようかしら?」

両手の爪を立てて、彼の胸から腹を行ったり来たりさせる。乳首を弾くと、彼の腰がぶるると震えた。

「雨音ー、僕で遊ぶのはやめなよー」

坊一がそんな抗議の声を上げる。
彼の腹にはひっかいた爪痕がうっすらと残っている。何かの印をつけたように見えなくもない。

「そうね。そろそろ動いていいわよ」
「……そう? それじゃ」

今までの私の腰の動きとは別のベクトルに力がこもる。前後ではなく、浅く深く、上下に。私の襞を、奥の少し手前までかき回している。
体が温まってくると、彼の力強い単調さが、逆に気持ちいい。激しさに心身を押しやられていくような感じがある。
しばらく無言で身を委ねていると、彼の動きが大きくなってきた。

「そろそろいっちゃう?」
「うん。僕、いきそう」
「我慢なさい。一杯我慢してからいくと、すごく気持ちいいわよ」
「……難しい注文だな」

彼の足が快楽に耐えかねて、ぴんと伸びて浮き上がってくるのが分かる。

「どうしても我慢できなくなったら言いなさい。いかせてあげるから」
「うん……」

彼の足が小さく震える。いきたいのを我慢しているのだろう。
彼のものが小刻みに私の襞をかく。と思うと、荒々しく貫いてくる。最早動きに一貫性がない。彼にも制御できないのだろう。

「雨音、雨音……」
「坊一、気持ちいい?」
「僕、もう、限界だ」
「そう。よく我慢したわね」

私はすっと背筋を伸ばすと、太股を閉ざし、ぎゅっと締め上げると、大きく上下に揺さぶった。

「……っ!」

私の奥で生暖かいものが震えながら爆発していくのが分かった。一度、二度、大きく膨らみながら、果てていく。

終わった後の彼の顔に、うっすらと涙の筋が浮かんでいた。

「どうしたの?」
「……ううん、どうしたんだろ。何でもないよ」

彼はぐったりと横になると、半目で天井を見上げた。

「気持ちよかった?」
「うん」

坊一を快楽でよがらせるのが、他ならぬ私の悦びだ。
もっと仕込めば、坊一が私を気持ちよくしようとしてくれるかも知れないが、今のところまだそういう段階ではない。

「うふふ、坊一」
「なあに?」

私の大事な宝物。私の大事なおもちゃ。私の大事な子猫ちゃん。

「他の女には渡さないからね」
「……」
「……?」

坊一はしばらく考え込んでいたが、やがて得心がいったような顔になった。

「そうか。まだ疑っていたのか」
「えっ?」
「安心しなよ。僕は雨音のものだ」
「そ、そう?」
「雨音に独占されていると、心が落ち着く。僕は必要とされているんだな、って」
「うん、私にとって坊一は必要よ」
「そういう気持ちは、今のところ他の女の子からはもらっていない。だから、僕は雨音だけでいい。他の娘は要らない」
「……」
「さっき言い損ねていたけど、要はそういうことだよ」

そうか。
私は坊一を独り占めにしたいと思っているけど、坊一はそれに愛でもって応えてくれているということか。

「雨音は僕のことを必要としている?」
「うん、している」
「雨音は僕のことを信頼している?」
「……信頼するよう、努力はしてみるわ」
「僕は雨音のものだ。その事実に疑いはない?」
「……」
「まだそこまで信じきれない?」

坊一が私を見ている。何の感情もない静かな瞳。胸が、詰まった。

「そこまで信じてくれるようになったら、僕は本当に雨音のものになるんだろう。そういうことなんだと思う」
「……ふーん。坊一なりに、色々考えているのね」
「そりゃそうさ。僕は好き放題生きているけど、きっとそれだけじゃこの先暗いんだろう」

自嘲気味に笑う。私の知らない笑いだった。

「僕が僕や雨音のことを信じて疑わないように、雨音に僕のことを信じさせることができたら、その時僕はもう少し普通の人間に近づけるんだろう」
「……」

こいつ、実は案外自分のことが分かっているのではないか。少し、見直した。

「大丈夫。万が一、雨音が僕のことを全然信じてなくても、僕は絶対に雨音のことを信じてるから」
「うんうん……って、それじゃ駄目でしょ!?」
「ええっ、何で!?」
「私に坊一のことを信じさせるとか、さっきまでの話は何なのよ!」

私は軽く途方に暮れた。やはり、こいつが頼れる大人になるのは、まだまだ先の話のようだった。
まあ、もうしばらく、待つことにしようか。
私は坊一の頬にキスをした。坊一は訳の分からないような顔で、それでもくすぐったそうに笑った。






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