シチュエーション
![]() 「もう信じられない。ケンのバカ!」 吐き捨てるように言って奈緒は泣きながら帰ってった。俺の手を振り払って。 それが最後のデートだった。 *** 一度も目を合わせてくれない。 ずっと下を向いて本読んでるか、窓の外ばっか見てる。こっちの方なんか絶対見てくれない。 「森山、昨日あれ買えた?進み具合教えてー」 隣のクラスからやって来た山田が後ろのドアから呼んできたんで、席を立って廊下へ出た。 「あれ?……奈緒ちゃんはいいのか?」 「ん、今日は学食付き合うわ」 さっさと奴を促して先を急ぐ俺に驚きながら、慌てて追ってくる。無理もないか。普段なら弁当広げて ぺちゃくちゃやってる時間だし……奈緒と。 暖房が逃げる!と開放厳禁のドアを閉めるふりしてこっそり振り向いたら、奈緒は溜め息をつきながら 食べるでも開けるでもなく、菓子パンの袋をぐしゃぐしゃといじって頬杖ついてた。 「中身出そうだな……」 癖で変な心配してしまう。突っ込んでくれる奴が今は遠くに感じるのに。 「な、お前ら喧嘩でもしたのか?」 「……喧嘩のほうがまだいいわ」 「は?」 ゲーム誌片手にうどん啜りながら、顎外しそうな勢いでちっちぇえ目見開いてやがる。 「なんだ?早く仲直りしろよー。奈緒ちゃんいい娘じゃん。俺みたいなゲーオタだって、引かないで 普通に遊んでくれるしさ」 こいつも常にゲーム片手に飯食ってるからなー。奴にとって話の解る奈緒の様な相手は、数少ない 会話の出来る女の子なんだよな。 「ん、後でちゃんと……」 「あ、森山君?」 思いがけず掛けられた声に振り向くと、彼女が立っていた。 「昨日は本当にありがと。……あ、これ、あの後作った物なんだけど、よかったら。大した物じゃないけど」 小さなクッキーらしき物が入った透明な包みを手渡された。 「……ありがと。別にいいのに」 じゃあねと友達の元へ歩いていく彼女の姿にあんぐりと口を開けて、 「まさかお前別れたりしてないよな?だって今の……永井さんじゃん!?」 「うん……」 山田が驚くのも無理はないだろうと思う。ずっと前、俺は彼女に告った。そんで、フられた。そっからは 彼女とはクラスも違うし、何の接点も無かったのだ。 「奈緒ちゃんが見たら怒るぞ〜?」 軽い気持ちで言ったんだろうが、その言葉は今の俺にはシャレにならないもんだった。 「うるせえよ」 「……恐っ!!て、何マジんなってんの?」 「やる」 手にしていたクッキーを奴の前に置いて席を立った。 「いいのかよ?……冗談だってば。奈緒ちゃんとこか?」 「まあな」 仲直りしろよ〜という声を背中に学食を出ると、出入り口横の自販機の側でさっき俺にくれた包みと 同じものを貰って喜んでる野郎がいっぱいいた。 「ま、そんなこったろうな……」 たくさんのお菓子を配りながら、他クラスの女子達が盛り上がってるのを横目に教室へ急いだ。 「奈緒、どうしたの?」 「あ、うん別に……この本がさ〜」 教室へ戻ると、赤い目をこすりながら会話してる奈緒と広野さんがいた。 本読みながら泣いたのか。……こんな時まで活字中毒なのな。正直、ちょっとイラってきた。 「奈緒、ちょっと」 ずかずかと割り込んで強引にそばに寄ると、広野さんは慌てて 「あ、じゃ、あとで……ね?」 と場所を空けてくれた。 悪かったかな、と思いながらも余り周りに気を使う余裕が今の俺には無かった。 「……何?ふみちゃんに悪いじゃん」 「ごめん」 やっぱり目、合わしてくんないか。言い方にも何となくトゲがあった。 「今日一緒に帰れる?」 「……今日は図書室行きたいから」 やっぱり、すんなりとはいかなかったか。でも諦めなかった。 「じゃ、付き合うから。話したいんだよ」 奈緒は黙ってた。 ちゃんと返事が聞けないまま、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。 放課後HRの挨拶が終わると、速攻荷物を持って奈緒の席まで走った。有無を言わせず手を引いて 教室を出ると 「離してよ。……逃げないからさ」 と溜め息混じりに言われ、仕方無く手を離すと後ろについて歩いた。 そのまま図書室で本を返すのに付き合ったが、入って出るまでずっと無言のままだった。 少しハネた髪を肩の上でくるくると指で巻いている奈緒の癖を眺めながら、昨日の事を思い出していた。 *** しまった。寝過ごした!早く行かなきゃ奈緒にマジで愛想尽かされる……。 待ち合わせ場所に行くまでにいつものゲーム屋に寄り道して、予約していた新作をゲットしてから 向かうのが俺たちのいつものデートのパターンだった。普段からそうだったが、今日は寝坊した上に 寄り道してったのでかなり奈緒を待たせてしまっている。 でも大抵は向こうも諦めていて、何だかんだ言っても少しくらいの遅刻は許してくれるから、多分 今日も何とか許してくれる……ハズ? ただ、最高でも30分遅れた記録を、今日は更に30分更新してしまった。 「やべっ!マジやべえよ……」 せっかく直した寝癖も汗と風でまたぐちゃぐちゃだったが、そんなの気にしてる前に早く行かにゃー!! と携帯も忘れて来た自分の間抜けさを呪った。 その時、横断歩道の向こう側に永井さんを見つけた。 別にそれ位ならどうこうという事は無かった。信号が変わるのを待って渡りきった所でそのまますれ違って おしまい……だったはずが、側まで来て足を止めてしまった。 見れば足下に撒き散らかされた荷物。自転車はよく見るとタイヤがパンクしていた。 動くに動けないまま困っていた彼女をそのままにしていくわけにもいかず、迷った挙げ句思い切って 声をかけた。 結局、近くの自転車屋を探して修理してもらい、彼女と別れて奈緒との待ち合わせ場所に着いた時は ぐずついていた空模様は既に崩れ、冬の冷たい雨模様を晒していた。 その中で、奈緒はずっと待っていてくれたのだ。傘こそさしていたものの、歯をカチカチ言わせて 冷たい体を庇うように抱きながら、 『もう、疲れちゃった……』 と赤くなった手を震えさせて俺を涙目で睨んだ。 *** 無言のまま先を歩く奈緒に付いて廊下を歩く。 何度か声をかけようとしては、目の前の小さな背中に拒絶されるのが恐くて言葉を呑み込んだ。 「ねえ」 「えっ」 「何なの?」 足を止め振り向くと、まるで感情のこもらない抑揚の無い声で斜めに俺を見上げてくる。 「話、したいんでしょ?」 「あ、うん」 そのつもりだった筈でいたのに、何を言うつもりだったのか、何を話したかったのかいっぺんに わからなくなった。 「しないなら帰る」 一刻も早く逃れたい、と言わんばかりの態度が無性に気に障った俺は、カチンときて思わず肩を 掴んで強引に奈緒を引き寄せた。 「きゃっ!……ちょっと!?」 「……悪かったよ。つうかさ、謝ったじゃん!俺が悪かったって。今度は絶対あんな目……」 「ないよ」 胸に納めていた体が今度は離れようとして逆に力を返してくる。 「奈……」 「今度なんてもうないから」 見下ろした目は虚ろで、機械的に俺の姿を映しているに過ぎないと思えるほど冷たく曇って見えた。 「何だよそれ」 もうないから、って、それって。 「そういうことだから」 「おい奈」 「疲れちゃったんだよね、あたし」 呆然として力の抜けた俺はぐい、と胸を押されあっという間に捕まえた筈の奈緒の体を逃がしてしまった。 「もう疲れちゃった……」 鞄をぎゅっと抱きかかえて逃げようとするのに気づいて、一瞬惚けていた頭が慌ててそうはさせじと働き さっきよりも強く肩を掴んで今度は後ろから抱きかかえるようにして動きを封じた。 「ちょっと!離してよっ!!」 「待てよ、奈」 「嫌だっ……て」 「じゃあ逃げんなよ。話し、聞けって」 「あたしにはもうないの!!」 人気の無い廊下でもみ合ってる俺達に、曲がり角の向こうから誰かがやってくる気配がした。 話し声がする。 ふと見上げたドアのプレートを見て、奈緒を抱きかかえたままとっさに手をかけた。 「誰か来るから離し……きゃああっ!?」 もがく奈緒の体を軽々とその中へ引きずり込む。 『視聴覚準備室』 鍵は掛かっていなかった。 声が通り過ぎるのを待って、固くなっている奈緒の体を抱え込んだ胸の中から解放した。 「……何なのよ。何なの!?」 「ごめん。けど、話聞いてくんないから」 「だからあたしには無いっていってるじゃん」 またぎゅうっと鞄を抱えて目を逸らして背を向けられる。 「……どうしたら許してくれんの?」 正直またか、って気になった。 何回かに一度はこうやってへそを曲げられる。大体はその日のうちに謝れば許して貰えるけど、時々は 次の日まで膨れられる事もあった。 ただ今回はさすがにちょっと長くかかっちゃっただけだ。きっとわかってくれる、と思ってた。 「許すも許さないもないよ。もういいよ」 ほら、やっぱり。 ほっと息をついて、もういっぺんちゃんと謝ろう、そう思って口を開きかけた。 「もうどうでもいい。ケンの事なんか忘れた。だから好きにしたらいいじゃん、これからはさ」 静かに冷めた目に射すくめられて、俺の声は音になる前に虚しく喉の奥で消えた。 「もういいんだってば」 ぷいっと顔を背けてドアに手を掛ける。その手を掴もうとした俺の手をばっと振り払われる。 「疲れちゃったって言ってるじゃん……」 予想外の力に少しばかりヒリヒリと痛む手をさすりながら、 「なんで」 と尋ねた。納得がいかない。 そりゃ悪いの俺だけど、もう半年付き合ってきたんだから。はいそうですかって引き下がるわけにはいかない。 「ケンは、あたしの何?」 「彼氏」 「あたしは?」 「彼女じゃん」 「じゃあ、それって何?」 「何って……」 「一緒にお弁当食べて、話して、帰ったりメールしたりする事?そんなの友達だって出来るよね?でも 手繋いだり、抱きしめたり、キスしたり……それって好きじゃなきゃ変だよね?あたしは、少なくとも無理」 「んなの当たり前だろー?何ゆってんの今更」 キスどころか、全部やっちゃってるじゃん俺達。 「……大事にしてくれない」 「は?」 「ケンはあたしの事なんか全然大事にしてくんない!何も聞いてくれない。何も見てくれない。何も ……わかってない」 伏せて逸らしたままの目からじわじわと滲み出す涙。 「あたしもケンが良くわかんなくなった。だから疲れた!ケンなんかと付き合ったりしなきゃ良かった」 その瞬間、俺の胸の中でズンと記憶の底から呼び起こされた苦い出来事が蘇る。 「……奈緒、俺の事、後悔してるの?」 「えっ?」 俺と付き合う前にずっと好きだった奴。 『好きだったら結果どうあれそんな筈ないのに』 奈緒はそれを黒歴史だと言った。 告白して、キスされて、胸触られて逃げ出した。 そう、この部屋で、だ。 「俺もそれと同じなのかよ……!?」 「ケ……っ!!」 好きでいてくれたんじゃなかったのか? だから全部許してくれたんじゃなかったのか? キスも、抱きしめた事も――全部、全部。 「ちょっと!やだ、な、やめ……っ!!」 鞄が足下に落ちて中身がばらけた。 その側にあった奈緒の体を俺は――開けさせまいとしてドアに自分の体ごと後ろから押し当て、そのまま ズルズルと膝から崩れ落ちていった。 「嫌!離して……っ」 「やだね」 俺はあんなのとは違う。 「お願い。ケンてば」 奈緒がただ好きなだけだ。 「嫌だ。行かせない」 首筋に強引に食い付いてスカートを弄る。 「お願いだから……っ」 必死にばたつかせた手のひらは、ドアをなぞり滑り落ちてはまたつるつると掴み損ねた表面をなぞる。 「や……あっ」 柔らかいお尻の感触を確かめると、一気にパンツを引きずり下ろした。 逃がしたくない。俺だって逃げてるわけじゃない。 離したくないだけなんだ。 「な……おっ」 「あ……っ。いや……」 耳たぶを噛むとびくんと肩が跳ねた。そのまま荒く息を吐きながら脚の間に差し込んだ指を直接奥へ這わせる。 少し強引と思いながらも絡みつく柔らかい毛の感触を掻き分けて辿り着いた先には、俺の良く知る 奈緒の弱点があった。 「うあっ……や、いやあっ!」 予想通り、つんと抓るだけで甲高い声が響いた。 「いやああ……っ」 ぴったりとくっつけた体は簡単に奈緒の自由を奪った。片手で服の上から胸を探って揉みながら、 もう片方の手で深い裂け目をなぞる。 「……っ、ん、や、だ……やめて」 「ん……」 振りながらいやいやと逃れようとする首筋に唇を当てながらふっ、と息を吹きかけると 「ひゃあっ」 と小さな声を出しながらびくんと震える。 「気持ち、いいんだ?」 くっと押し込んだ指が濡れて滑るのがわかって、わざと大げさに動かしてみると静かな部屋にその 音が響いた。 ひたすらそれに堪えて声を漏らせず苦しそうにぱくぱくと開く奈緒の唇を、胸から離した手で塞いだ。 「んんっ!?」 「声、聞こえちゃうじゃん」 奈緒の肩に顎を乗せ、ぎゅっと瞑った目からさっきとは別の涙が零れるのを横目で眺めながら、 時々くっと跳ねる柔らかいお尻の感触をズボン越に感じて息を荒くしていった。 「んんっ、んっ、んーっ」 我慢しても出るのか、苦しそうにあげるくぐもった声に息が熱くて、あてた俺の手のひらが奈緒の 唾液に濡らされていく。 「我慢してよ。じゃないと、誰か来たらバレるよ?」 「んー……んやっ」 必死に力を振り絞って首を振ろうともがかれる。 その時。 『――それでさあ……』 ぱたぱたという2、3人の足音と話し声がこっちに近づいて来るのがわかった。 それに気付いた瞬間ビクッと震え涙の浮かんだ目を見開く。 言いたいことはわかってた。 でも俺は、向けられたその視線の訴えを――やんわりと却下した。 「やめないよ」 そう言って一層指の悪戯を強めて、同時に濡れた唇から抑えていた手を離した。 「……っひうっ!?」 離した手は無理やり上着をこじ上げねじ込みブラウス越しに胸を探り、柔らかい体を這い回る。 足音はすぐそこまで来ていた。 うっかり声をあげないように我慢して、必死に唇を噛んで震えている奈緒の躰をこれでもかと攻めまくる。 太ももまで伝う雫に説得力なぞあるわけもなく。 速く大きくなる足音と話し声に比例して高ぶる俺の歪んだ気持ちと、怯える奈緒の緊張感。 確実に感じる場所をわざと捉えてじっくり擦りあげると、苦しげに呻きを飲み込んで膝をブルブルと 震えさせた。 「……っや、めて……」 小声で囁くように呟いた。流れる涙を拭う事も出来ず、広げた手のひらで精一杯に感づかれまいと 押さえた一枚のドアに体の重みを預けて堪えながら。 「ばれちゃう……」 「……」 さすがにヤバいか、とチクリと疼いた罪悪感にその体を解放しようとしたその時だった。 『でね、聞いてる?――ユリ』 その名を耳にした瞬間、奈緒の表情が一瞬にして固まった。 そしてまた、俺を拒絶しようとするさっきの冷めた目の色を取り戻していった。 「……やっぱりやめんのやめる」 驚愕した顔を無視することにして、より一層激しく隠れたところに潜らせた指をめちゃくちゃに動かした。 「――ッ!!」 背中を反らして俺にもたれ掛かりながら、それでも声を殺して堪えている。 その重みを受け止めながら耳元で 「ばれたって別にいい」 と言い捨てて行為を続けた。 足音がドアの向こうに差し掛かる。 「……っ」 歯を食いしばる。 笑い声が響き渡る廊下。 その中で静かな部屋には荒い息遣いと濡れた音だけが耳障りな程よく届く。 首筋を舐めると竦み上がる。 聞こえてくる『永井ユリ』の話し声。 眉をひそめる奈緒の横顔とそれを眺める俺。 やがて、遠ざかっていく笑い声を聞きながらずるりと伸びた音を立てて 「……酷い……」 小さく呻きながら。 「や……あ……っ!」 細く哀しげな声を漏らしては、喉をならして俺のほうへ倒れ込む。 震えの止まらない奈緒の膝を濡れた指でさすりながら、俺自身の心とは反比例に冷めて萎えていくさまを 焦りに似た苛立ちで泣き出したくなる気持ちで感じていた。 しばらくの間ただだらんと俺の胸に倒れ込んでいた体を起こすと、奈緒はのろのろと膝まで下りた パンツを引き上げ、スカートからはみ出たシャツの裾を押し込んで立ち上がった。 「帰る……」 放り出してあった鞄を拾い上げたのを見て、慌てて俺も立ち上がるとその手を取ろうとして振り払われた。 バサッと音を立て、その勢いで鞄がまた吹っ飛び、中身がばらけた。 「あー……」 何とも間抜けな声が無意識に口からこぼれて、ぎくしゃくした動きではあったが自分なりに急いで それを拾おうと手を伸ばした。 「構わないで!」 驚く程鋭い声で叫ぶと、奈緒は俺に触れさせまいとでもするかのように床に飛びついて、びたんと 音を立てて転がった。 「いっ……た」 「おい?大丈夫か!?」 支えて着いた手のひらが痛むのか、しゃがみ込んで両手を眺める奈緒に触れようとして、ふいに怖くなって だまってそばに座った。 無言のまま鞄を整えて立ち上がった奈緒を見上げて眺めながら、ただ一言 「ごめん」 そう言うしかなかった。 「……なんであんなことしたの?」 静かな怒りを含んだ声で見下ろしながら問いただす声にも 「ごめん」 と繰り返すしかなす術がなかった。 怖かった。何をどう取り繕っても、もう許しては貰えないと解った。 「……なんで」 ふっと肩を落とすとため息を吐きながら呟いた。 「なんでユリちゃんなの」 何が、と声に出す前にばっさりと奈緒自身がそれを斬った。 「やっぱりあんたがわかんないや。優しくないよね……あたしには」 好きだから、離れていかないで欲しかった。 見放されるのが怖かった。 振り払われた手を握れなくなるのが辛かった。 行かないで欲しかった。 「友達でいたら良かった。そしたら、こんな風に泣く事なんかなかったのにね」 ――なのに、結局俺は更に奈緒を傷付けただけだったと、彼女が立ち去った後に床に残された折れた表紙の 本を取り上げて、崩れた。 *** 翌日からはもう、完全に他人になってしまった。 挨拶すら出来なくなって、代わりに友達どころかクラスメートすら名乗れない程、俺達には深い溝が 出来てしまったような気がした。 元々広野さん以外友達と呼べる子のいない奴だ。 社交的な彼女と違って群れるのが苦手な奈緒は、休み時間になると1人本読んでるか、遠い目でどっか ぼうっと外をながめているだけだった。 そんでそんな俺は奈緒があの日落としていった本を持ったまま返し倦ねて、教室を後に山田とつるんで ばかりいた。 逃げたかったんだ。 そうこうしてるうちに明日からは冬休みだ。 俺達が別れたのは誰が聞くとも話すでもなくいつの間にか広まって、そんですぐに忘れられた。 そんなもんだ。だいたい自分達のクリスマスの過ごし方が一番の関心事の時期に、別れたカップル の噂なんてどうでもいいし、なんたって何より縁起が悪い。 去年はお互いに友達同士として『寂しいねー』なんて慰め合って過ごしたもんだ。 今年はちゃんと恋人同士で迎えるはずだった。 なのに悩んで悩んで決めるはずだったプレゼントは結局用意される事はなく、何の予定も組めなかった。 本当に独り身になっちゃったんだなあ……。 体育館の冷たい床の上に並びながら振り向けば、きゃあきゃあ声を上げて笑う女子の群れの中、1人 居心地悪そうに立ち尽くす奈緒の姿があった。 寝起き悪いからな……。 今朝遅刻しかけてきたからか、何となく機嫌が悪そうな気がした。むすっとした無愛想な顔も、ただ 俺には手の届かない事実に辛くなった。 マイクの前に教頭が立って皆が視線を移したのに習って、俺もやっとそこから目を逸らした。 その時だった。 ガタン! 鈍い音と同時に悲鳴が上がり、一斉に視線がそっちに注がれた。 ざわざわと動く足元に倒れ込んだ塊が目に飛び込んでくる。 体が勝手に動いた。 『ここんとこ、何かよく眠れてなかったみたいだったから』 広野さんの言葉の通りなんだろう。奈緒の目元にくっきり浮かんだクマと蒼白い顔がそれを物語る。 倒れた奈緒を見て何も考えずに側まで駆け寄った。 『触んな!!』 近づく教師の手さえ振り払って、広野さんの手を借りて力の抜けて重くなった体を抱いて保健室まで走った。 今頃まだ校長の長ったらしい話は続いてるんだろーか。 どっちにしろこんな状態じゃもたなかったかもしんないな。 すぐ赤くなるほっぺが今は真っ白な寝顔をしてベッドに横たわる。 それをぼうっと眺めながら、騒ぎの中離れた列の向こう側でちらりと皆と同じ様に他人ごとの顔で 事の様子を窺う永井さんの姿を思い出した。 まさか自分が多少なりとも他クラスのカップルの別れ話に絡んでいるとは考えもつかないだろう。 勿論これは俺達の話で、俺の責任で、彼女には何の問題も無いんだけれど。 知らないうちに自分が誰かを傷つけてるのかもしれないとしたら、それを知ったらどう償ったらいいんだろう。 奈緒の不揃いな三つ編みの束を眺めながらそんなことを考える。 また寝癖、直せなかったんだろうなぁ。 『編んだらごまかしがきく』とか何とか。不器用だから上手くブロー出来ないーとか。 それでも付き合いだしてからは何となく気を遣い始めたのか、跳ねやすい髪を気にしながら肩に流してた。 そんな髪をくるくるいじりながら気にする癖が可愛かった。 結んだ毛先に触れるような位置に、奈緒の手が枕に乗せられている。 一目見て解るくらいその手は荒れてカサカサだった。 『本ってねー、意外と手に優しくないんだよー』 バイト先も本屋で読むのも好きで、元々荒れやすい手は紙で擦れて小さな切り傷がしょっちゅう出来てる。 好きなのに優しくできない。 それでも痛々しく触れてくれた手を、俺はもう握ってやることが出来ないんだ。 もう、寒さに赤くなるぷくぷくしたほっぺにも、跳ねやすい猫っ毛の髪にも、かさかさにひび割れかけた 傷みやすいその手にも、気軽に触れちゃいけないんだよな、ほんとは。 さっきは夢中で、誰にも触らせたくない一心でここまで抱いて運んで来たけど、そんな権利なんか とっくのとうに無かったんだ。 俺にはそんな資格なんかもうありはしない。 奈緒を抱きしめることはもう叶わないんだ。 ……ああ、俺達本当に終わっちゃったんだなぁ。 手を伸ばせば簡単に届く所に大事なものがあるっていうのに、なんでそれを掴み取る事が叶わないんだろう。 なんでこうなっちゃったんだろう。 好きってだけで、ずっとやっていけるもんだと思っていた。それだけで許されると勘違いして、傷つけて、 待たせ続けて、振り回してくたびれさせた。 ごめんなさい。 どうしたら、ちゃんとそれを形にすることが叶うんだろう。 先生がやってきたので後を任せて教室に戻った。 けど、奈緒はHRが終わり皆の姿が教室からほとんど居なくなってもまだ戻ってこなかった。 呼びに来た山田と玄関に向かう途中で、俺は思わぬ光景と感情に足を止めることになる。 保健室の前で話をしている2人の男女。 女の方は言うまでもなく奈緒で、男はというと、 「志真……?」 他クラスの奴だ。 もう平気、なんてちらほら聞こえてくる事から、多分倒れたのを見ていて心配して声を掛けたんだろう。 わざわざ待っていたんではなく偶然だろうが、それでもそうやってごく自然に挨拶できる事が異常に 羨ましくなって、同時に連れを巻き込んでつい曲がり角に身を潜めてしまった俺が惨めに思えた。 『なんでユリちゃんなの』 あの時の奈緒の言葉が今の自分の気持ちと全く同じものであった事に気づく。 奈緒が前に好きだった男。 俺より先にキスした相手。 今は何の感情も持たないのは十分解ってる。解ってはいても、何も出来ずにじりじりとそれを指を くわえて眺めているのは実際、惨めだ。 そんで、悔しかった。 *** クリスマスは山田んちで男2人ゲーム大会で過ごした。ムサい事この上無い。 冬休みはずっと新聞配達のバイトから帰ると二度寝→ゲーム→たまに宿題(出すやつもいるんだこれが)。 見かねた親からはどっか行けと半ばうざがられた。 たまに部屋に奈緒が遊びに来てもやる事は変わらなかったはずだ。 ゲームしながら膝に奈緒を抱いて、本の虫になっているその頭に顎を乗っけて、時々、がつんとやられたりして。 飽きたらゴロゴロして、抱き合って、キスして、時々そのままやっちゃったり。 ――なんだ、今と大して変わらん。マジで結構快適なんでないの? だったら何でこんなに物足りないんだろう。 コントローラーを握りつつ枕を抱いてみる。何かしっくりこない。丸めた毛布。違う。いっそ布団 ……でけえ、邪魔だ! それにぬくくない。固い。重てえし、何かクセえ。あ、俺の匂いか。 ……奈緒はどんな匂いだったんだっけ? そんなことを考えていてはたと気がついた。 いつも奈緒はどんな顔していたんだろう? 静かに自分の世界に籠もっていたような気がする。それは俺の邪魔しないためだったり、多分暇を 埋めるためだったり。 俺達は互いに一緒にいてもそれぞれのカテゴリーを大切にしていたから、そこには入り込まずに線を 引いて背を向けあっていた。 身体だけは確かにそこに在るのに、存在は空気みたいに当たり前のように気にも止めずにいた。 それでいいと思ってた。それは居心地は悪くなかったから多分そんなに間違ってははなかったかも しれないけど、大切にできなければ意味がなかった。 互いを想う心はどっかに放り出したまま掴み損ねて放り投げて、知らん顔して、それがそのまま 跳ね返ってきてぶつかった。その痛みは今自分が感じているものが答えなんだろう。 奈緒と何をしたとかどこに行ったとかはみんな覚えてるのに、どんな表情をしてたのか、何を話したか 思い出す事が出来ない。 ちゃんと見てるようで見てなんかいなかった。聞いてなんかいなかった。 きっと俺の中だけで全て解ったつもりでいたんだ。 泣きたい。この苦しみは――罰だ。 朝刊を配り終えた足でそのまま奈緒の住む団地へ向かう。 まだ暗い寒空の下、きっちりとカーテンの閉まった窓を見上げて、あれ以来鳴らない携帯を眺めて ただ開いて閉じて、また窓を見上げて。 毎日こんな事やってこの時間だからいいけど、昼間だったら誰かに見られて絶対怪しい奴扱いだよな。 っていうか俺、まるでストーカーじゃん。 けどさあ、会いたいんだよなぁ。 ちゃんと会いたい。会って謝りたい。許して貰いたい。顔が見たい。 手、繋ぎたい。髪、触りたい。声聞きたい。好きだって言いたい。 もう一度、やり直したい。 その時、ふわっとカーテンが揺れた気がした。見間違いだと思いながら眠気の残る目を擦って、開かない 窓を眺めて俯いた。 「帰ろ……」 んで寝ちまおう。と、ポケットに戻そうとした携帯がいきなり震えだした。 あわわと取り落としそうになって慌てて開いたディスプレイを見て、寒さにかじかんだ手の辛さも 忘れて着信を押した。 “深田奈緒子” 待ちに待った名前に期待と不安の混じる気持ちで声を絞り出す。 「……もしもし」 『……おはよう』 静かに返される声に、喉の奥から震えながら押し出されるようにまた返す。 「おはよう」 布団に潜りながら、漏れないように声を潜めてるんだろうか。小さくてくぐもった声を聞き逃したく なくてじっと携帯を耳に当てた。 「……何でわかったの?」 『ん?』 「俺がストーキングしてる事」 『ははっ……バーカ』 力無く笑う。無理してんなー……多分。 『……見てたよ』 「へ?」 『知ってたよ。そうやって帰りに足止めていくの。ケンより先に……あたしが待ってた』 窓をもう一度見上げた。 カーテンの隙間から白い指が覗いているのがわかった。 「な……」 思わず呼びかけようと声を張り上げかけた途端にふっとそれは消えて、揺れるカーテンだけが残った 窓にがくっと肩を落として唇を噛んだ。 「会いたいよ。奈緒、会いたい。会って謝りたい。このまま終わってはいさよならじゃ嫌だ」 『……それは』 「ごめん。俺なんも考えてなくて、自分勝手で、でも、奈緒の事大事にするって言ったから……それ、 絶対ちゃんと実行するから、だから……」 会いたいんだ、そう繰り返して窓を見上げながら話した。 間があって、ため息が聞こえた。 その後ふっと静かに笑いながら 『ずるいなあ。ケンはやっぱりずるい』 と呟いた。 「えっ?」 『そうやって、いっつも自分で答え出して、突っ走ってあたしの事置いてくの。あたしもそういう とこあるから嫌って程突き刺さるんだよね。絶対、自分の考え曲げないの。んで、変に諦め悪いんだ……』 段々と声が聞き取りにくくなってきて、ズズズとノイズのような音が紛れた。それで初めて奈緒が 泣いているのかもしれない事に気づいた。 『あたしだってこのままケンと嫌な終わり方するのは辛い。けど、側にいても今こうして離れて電話 しててもあんまり実は変わりは無いんじゃないかなって思うんだ』 「そんなこ」 『関係に縛られてると欲が出ちゃうんだね、人間ってさ。好きだから一緒にいたくて、一緒にいたら 見ていたくなって、ずっと見てたら見てて欲しくて、話聞いて欲しくて……きりがないんだよね』 「……」 ピッピッと耳元で電池の切れる音がする。 『ずっと友達でいたら良かった、いたかったって思ってた……それが出来ないのも辛いけど』 「奈緒……」 『……嫌いになれないのって、辛いんだね……』 一度好きになってしまったら、もうそれを振り切って無かった事にするのは予想以上に苦しくて。 塗り替えた筈の奈緒の過ぎた恋の傷を増やしただけに過ぎなくて。 切れてしまった携帯の電池と同じくして 友情という最後の望みも、 ――ぷっつりと切れた。 *** 大晦日がきた。 初詣には一緒に行くはずだった。 元旦の朝分厚い3日分の朝刊を配ったら、三が日休みになる。だから、バイトが終わった足で行く つもりでいた。 そんな予定も叶わなくなって、俺の冬休みは奈緒と知り合う前の平日と何ら変わりない淡々とした 生活が続いた。 「お疲れ様」 配達を終えてくたくたになった体に店で温かい飲み物を貰って流し込むと、『お年玉』と称した 小遣いを渡された。 ありがとうございますとぽち袋をジャンパーのポケットに入れようとして、ぶるんといきなり震えだした 携帯に驚いた。 「おおぅ!」 落っことしそうになってアワアワやってるうちに切れてしまった携帯を開いて着信を確認して、今度は 別の意味で声をあげそうになった。 『深田奈緒子』 何度掛けても通じなくなって、いっそ削除しようとして出来ずに履歴に並んでいたその名前に萎んで いた期待感がまたくすぶりかけて、思わず胸をかきむしりそうになる。 「すんません、急ぐんで!」 慌てて店を出ようとする俺に後ろから 「おい、雨降ってんぞ!」 と声が掛かって、外を見るとぽつぽつとガラスが濡れ始めていた。 「まーじー!?」 傘ねえよー。ていうか正月早々雨かい!ついてねー……。 はーとため息をついてみたものの止むのを待つ気なんかさらさら無い俺は覚悟を決めて飛び出そうとして 「待てい!」 とおっさんのごつい手にそれを阻まれた。 「なんすか社長、急ぐんスよ俺」 「だって風邪ひくぞ、もうちょい休んでけって。それとも何か、彼女からの呼び出しか?んん?」 ニヤニヤしながら聞かれた“彼女”という言葉に返事に詰まった。 “友達”でももうないんなら奈緒は俺にとってどういう位置になるんだろう。答えに詰まっていると 「なんだ片想いか?」 と斬られてしまった。 片想い。 そうか。俺、それに戻っちゃったのか……。 「図星かー?ま、なら頑張って来いや」 そう言って握らせてくれた傘を持って俺はチャリを飛ばした。 後から散々他の従業員にどうだったかと絡まれまくった事を考えると、上手く流す余裕もこの時の 俺には無かったらしい。 真っ先に奈緒んちの前へチャリを走らせて、カーテンの閉まったままの窓を見上げて電話を掛けた。 『……もしもし?』 「奈緒?……」 1回コールしただけで声が聞こえた。ずっと待っててくれたんだ。やめろ、と思いながらも期待感が 膨らんでしまって心臓が異様にドキドキするのがわかる。 「あの、電話くれてたよな?バイト中だったから。……出て来れないかな」 ここまで来たら、顔も見ないで帰るのはさすがに辛い。だから……。 「会いたいよ」 ひたすらに窓を見上げて呟く。 「会いたいんだよ……奈緒」 電話の向こうで黙ったまま時間は過ぎてゆく。だめか、と肩を落としかけて降りていたチャリに跨った。 『あの、今どこにいる?』 「どこって……そっから見えんだろうが」 『はぁ?……いないけどぉ』 「ちょ、お前家にいんじゃねえの?なら」 『いや、出てんだけど』 「はあぁ!?」 どーこーだー!?マジかよっ! 間抜けにも俺はジュリエットのいないバルコニーに愛を囁くロミオだったわけかい! 奈緒が聞いたら『良く言い過ぎ。別に駆け落ちしないし、死にたくないし』とか突っ込まれたな多分。 つうか携帯持ってなきゃ危ない奴だよな。現代で良かった。 「行くから。今どこ?すぐ行くから」 『……だって雨』 「そっちこそこんな時何やってんだ。教えてよ、どこ!」 傘さして携帯を肩に挟みながらチャリを漕ぎ始める。あ゛ー乗りにくい。 『朝ご飯……』 「あ?」 『朝ご飯冷めちゃった』 朝ご飯、あさごはん……?ああ!! 「わかった!今行くから。すぐ行くからっ!!」 今度こそ待たすもんかとこのくそ寒い雨の中、傘なんかいつ役に立つのかと思うくらいすっ飛ばして 顔が濡れて視界が歪む程酷い有り様で奈緒の元へ急いだ。 あさごはんの公園。 時々、バイト帰りにそこで待ち合わせては、コンビニのパンや缶コーヒーでちょっとしたデート。 藤棚の屋根の下のベンチでいつも足をぶらぶらさせて待っていてくれた。 いつも、いつでも。 そして今も奈緒はそこにいた。 チャリを入り口に停めてゆっくり歩いていくと、奈緒は袋を抱えて両手を擦りながらこっちを見る。 「遅くなって……ごめん」 「ううん。勝手な事してあたしのほ」 「いいんだ!」 目の前にいる。あれだけ会いたくてたまらなかった奈緒が。 「いいんだ……」 だからいいんだ。 荒れた手で引っ掛けてすぐ毛玉だらけになる手袋は、真冬の寒さには役に立たないと愚痴っていたのを 思い出しながら、小刻みに震える手を眺めた。 「寒い……?」 つい差し出した手を途中でやり場に困って、引っ込みがつかなくなってしまったことに気づいて舌打ちした。 奈緒はそれを怒ってるのだと取ったのか、 「ごめん……」 と呟いて俯いてしまった。 「あ、ちが、えっと」 思わず慌てて奈緒の手を取ってしゃがみこんだ。 「ごめ、何かその……寒そうだから。手、暖めていい?」 「……もう遅いっつの」 呆れたように半笑いで見返してくる濡れた目を見返しながら、多分負けずに冷え切ってるハズの俺の 両手で冷え切った缶を握るその手を包んだ。 また拒絶されるのが怖かったんだ。 「……悔しいなぁ」 奈緒は涙を浮かべながら震える声で呟く。 「会わなきゃ大丈夫だと思ったんだけどな」 「何が」 はーと息を吹きかけて両手を擦りながら顔を見上げた。手袋越しでも奈緒の手を握る事が出来たのが 嬉しかった。こんな時なのに。 「もしかしたら前みたいに友達としての気持ちに戻る事出来ると思ったんだよ。でも無理だった。ケンは そうなるには大きすぎたんだよ。でもそれがつらい」 「……忘れたい?」 「わかんない。でもわかったのはね、あたしが我が儘だったって事。あたしだけ見て欲しくて、それが 出来ないのわかってるからへんに我慢して、でもケンが思い通りにならないのが苛々して」 「……」 「あの時もね、あたしがこんな思いしてんのに、何で他の女の子の事助けたりすんのって、面白く なかったんだ。あれは仕方がなかったって本当はわかってたのに、それでも許せなかった。よりによって ユリちゃんだったから、悔しくて、ずっと待ってたあたしって何バカ?惨めじゃんって」 そう言いながら涙は溢れ始めて、泣きじゃくりながら話す奈緒の姿にいたたまれなくなった。 許されるなら思い切り抱き締めたいと思ったけど、その勇気が出せずにいた。 「自分が嫌いなの。ケンを責めて、ユリちゃんを恨んで、好きになればなる程可愛くなくなる。なんで、 なのに何でケンなんか好きになっちゃったんだろうって、わけわかんない事が悔しくなって、だから 忘れようと思ったの。でも、出来ないの。嫌いになろうとしたら苦しくて、ケンより先に自分が嫌になる……」 「俺は、好きだよ」 抱き締める勇気はまだ持てなくて、それでも何とか触れていたくて強く両手を握った。 「俺はまだ好きだよ。ううん、前よりもっと奈緒が好きだ。だから……」 自分を責めるのはやめて。 嫌われるのは俺ひとりで充分だ。 奈緒にも――俺自身にも。 そうされるのは、とてもつらい事なんだけれど。 *** 幸いにも手をふりほどかれる事はなかったから、それを良いことに雨上がりの朝の道を歩いて俺んちに帰る。 親戚の家へ昨夜から出掛けている親に感謝。体の冷えた奈緒を風呂に入れる用意をする。 「いいよ別に……」 「風邪引くから。俺も入るし」 「でぇっ!?」 「あ、違う!別だっつーの!!」 脱いだコートを掛けようとしてその冷たさにびびった。 「奈緒……あのさ、ちょっとだけ。ちょっとだけ、触っていい?」 暫く黙った後こくんと頷いたのを見てほっとした。マジで告白の百倍勇気使ったかもしんない。 怖々触れた指の先に冷えて真っ赤なほっぺの感触がする。触るとかさかさした。唇も乾いて、 手袋を外した指はやっぱり荒れていた。 「……こんななるまで待たせてごめん」 「だから今日はあたしが勝手に」 「けど嬉しかったから。マジ嬉しかった」 いつもいつも当たり前にそこにいて、当然のように待たせて、甘えて、ぞんざいに扱いすぎたと今は思う。 「奈緒は我が儘なんかじゃないよ」 風呂の沸いた合図がして、そこでやっと手を離した。 風呂上がりに奈緒が買ってきた朝飯を食べて、何となく正月特番なんかを観てた。 ただこうやって並んで床に座っているだけの事が、すごく意味のある事のように思えてくるのは大袈裟だろうか。 ぶかぶかの俺のトレーナー。そこから伸びる靴下を履いただけの脚。 膝を抱えたその躰ごと抱き締めて転がりたいと悶々としていると、肩に頭を乗せようと横倒しに くっついてきた。 「……寂しくない」 「ん?」 「久しぶりだから、かな。なんか優しいよね?」 「そっ……かなぁ?」 「うん。今日のケンは優しい」 俺ってそんなに冷たかったのかと正直凹んだ。 「ほんとは寂しかった。だからあたしも自分の世界に逃げ込んで同じになろうとした。でもケンが側に いない世界はやがて多分慣れるけど、そしたらそこから出られなくなる……」 うさぎみたいに寂しくて死んじゃうのは嫌だ。もっと強くなる。だからきらいにならないで。 泣きながら震える手で俺の袖口を摘んだ。 「ならないよ」 それは丸ごと俺の心そのものだから。 だから許して。 「奈緒。抱き締めていい?抱き締めたい」 「うん」 ぎゅうと力一杯包み込む。ずっとこうしたかった。 「抱きたい……」 奈緒が欲しかった。 こくこくと泣きながら頷く奈緒を抱っこしてベッドに置いた。 そういえばこんな風にしたこと無いかもしんない。いつも別々に脱いで自分で入った。 だから今日は奈緒が脱ごうとするのを止めてそのまま押し倒す。 服の裾から手を差し込んで探る。結構おっぱいおっきーんだよな……。 ブラを引っ張ってくい、と手を入れてみると指がちっちゃくて固いもんに触れた。 「やんっ……」 つつ、とそれをつつき転がすと目をぎゅっと瞑って枕から首をあげる。 触りながら唇同士をくっつけ合って、カサカサした感触に舌を這わせて唇を湿らせては時々それを 奈緒の口に押し込んでみる。 ふう、と声を時々漏らしつつ指先でツンツン乳首を摘む度にお腹がぴくんと跳ねてなんか可愛い。 「よっと」 服から手を抜いて奈緒の体を抱き起こした。バンザイさせて服を脱がして靴下も脱がせると、かかとの カサカサにちょっと引っかかる。すぐ靴下に穴を開けてしまうそれを何となく撫でたりした。 俺もパンツ一丁になると奈緒の後ろに回って、膝に乗っける形で座ったまま後ろから胸を触った。 「ちょっと」 「くっつきたいから」 背中に自分の胸をぴったりとひっつけて奈緒のおっぱいを揉んで、耳たぶをそーっと噛んでみる。 「いや……。んっ、あっ」 下から掬うと重くて柔らかい。気持ちよくしてあげるのが気持ちいい。 「は、ぁんっ……」 震える声、奈緒の髪に混じった俺のシャンプーの匂い。石鹸の匂いのする肌。温まってさっきより つるんと感じる赤らんだほっぺ、俺の腕にのっかる細いとは言えないかもしれない二の腕。 気持ちよくて好きだって思えるのが気持ちいい。 指の腹で柔らかい胸の先を転がしながら片手を奈緒のパンツに入れてみた。 「……あっ」 膝を立ててもぞもぞする。 「触りにくいよー……触らして」 「ん……やあっ……ああっ!」 さわさわっと薄めの毛を掻き分けて割れたとこに指を入れるとちゅ、と濡れて滑る音がする。 「――あー……」 充分に指を濡らせてからあれをつんっと転がしてやる。 「うぁ……ん……あ」 さっきは嫌だって言ったくせに、俺の指に押し当てるように腰が浮いて動いてる。それに。 「脚、開いてるよ?奈緒」 「やっ、だって……」 「気持ちいいんだ?」 「ん……やぁ」 「だって凄い濡れてるもん。パンツ脱がしていい?」 「うん……」 前に回ってパンツを脱がす。片足だけ抜いたところで我慢出来なくなってきた。 「……ごめん。挿れても、い?」 「いいよ。……でもその前にキスして」 軽いけど長いキスを何回も何回もした。ほっぺ、おでこ、首筋……。 ――我が儘言ってごめんね。 そんなこと言う唇にも。 「えっ無いかも!?……おお、あった。セーフ!」 「おいっ」 最後の1個を慎重に着けて脚を開かせる。 「いや、だって買う必要なかったし……」 「いらないんだ?」 「いや、いる!」 「使いたい?」 「使い……たくないがまぁしゃーないよなぁ」 「はぁ?」 意味わかってるんだろーか。まあ当分必要なのは確実だからまたコンビニでいらん買いもんしなきゃならんな。 脚の間に入ってあてがうと、きゅっと目を瞑って俺の肩を掴んだ。 「何、緊張?」 「へ?べ、別にー!?」 「ふーん」 くいっと先っぽで入り口を塞ぐようにつつきながら上の固いのを指で擦ってみる。 「あっ……やあんっ!や、やぁ、ん、やあぁ」 つるんと跳ねて俺のが滑る。濡れてひくひくする裂け目に挟まれた指をくいくいと上下させると、 それに合わせて奈緒の声が裏返る。 「あーだめ。挿れさして」 指を離すとそのままその手を添えて奈緒の中へ押し込んだ。 「くぅ……」 久しぶりだからか、奈緒の眉毛が歪んだ。 「痛かった?」 「あ……ちょっと」 でも大丈夫、と俺の首に腕を回してくる。 「わりぃ……」 俺も暫くぶりなもんで我慢が利かない。 ずぶずぶと濡れ滑る粘膜が纏わりついて締め上げる。 「なーおー。絞めんなよー」 「ちょっ!?知らな……やあぁんっ!!」 足首を掴んだ片足を伸ばして押し上げる。もう片方の腕で体を支えて深く腰を突いた。 「あ……やぁ……はあ、あ、あ、やぁ!? 」 動く度に気持ちいいのが強くなってきて、段々自然と速く擦りあげていってしまう。我慢出来ねー。 「あ、あ、ケン、や、だめ、だめ、いや……やあぁっ!!」 真っ赤な顔して、口開きっぱなし……。何か今までで一番やらしーんですけど。けどかわいー。 「や、やだ、いく、イクかも、イキそう!あぁー……!?」 「えっちょ……うわ」 だめだ。 中イキ初めてなんだよー。 ツられて俺も、震えて揺れるおっぱいを見下ろしながらゴムの中にめちゃくちゃ一杯出した。 「うう……」 すっげ気持ちいい。 やっぱ新しいの買っときゃよかったかなぁ……。 *** 好きなものはみんな大事にしてるつもりでいた。 だけど全部を同じにする事も、どれかを選ぶなんて事も出来なくて、そのために何かを置いてって しまう事になる。 「あたしにも自分の世界があるように、ケンにもあたしの入り込めない場所があるのはわかってるんだ。 だからそこは守って貰ってもいいの。けど……」 「けど?」 「そこから時々は顔を出してあたしの方も気にして欲しい。背中を向けてても、そこにいなくても、 あたしの存在を忘れないで欲しい。心だけは側に置いてって欲しい……」 一緒にいても寂しいのは、心がちゃんと向いていないから。 「うん……。俺奈緒の事大事にするってゆったもんな。それ、ちゃんと守れなくてこんな思いする羽目に なって、すげー後悔してる。だからもっとしっかりするから。二度と奈緒に捨てられたくねーもん」 「ほんとにぃ〜?いつまで持つかねぇ」 むにーと口を両端から伸ばされ喋らせて貰えず無抵抗の俺涙目。 いいえいいんです。これ位屁でもないです女王様。 「誰が女王様やねん!!」 などとイチャこいてる(?)と電話が鳴った。山田だ。 『おう、喜べ。兄貴拝み倒して秘蔵のエロゲ借りてやったぞ!これでちったぁ元気出せ、な?』 「はぁ……?あ、いや、あの」 「ここにあったんだ?ケンこれ返して貰うね。あー表紙折れてるじゃん」 『!?』 あの日忘れていった本を机に放り出してあったのを見つけて取り 「さぶっ!」 とまた布団に潜ってくる。 『……ゆうべはおたのしみでしたね???』 「あはは」 『ちくしょおおお!やっぱり××タンは俺の嫁!!』 「えっ?おい、ちょ、待て!それは!!」 『うるせー。リア充は死(ry』 ……切れた。 くそー惜しい事を! そう思いながら肩を震わす奈緒を見てふと気づく。 「……それってさ、どっか泣けんの?」 「え?いや笑ってんだけど。泣くとこ無いよ。笑い死ぬけど」 半笑いの奈緒に渡されたDSを置いて本を取り上げ抱きしめる。 「ん……やんないの?」 「うん。リアルエロゲのがいい。俺愛されてるよなぁ……」 「はあっ?」 うさぎのような赤いあの日の奈緒の目を俺は忘れない、そう思った。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |