永遠の愛を諦め
シチュエーション


処女を捨てた時のことは、正直ほとんど覚えていない。
こんなこと言うと何か怖い人から叱られそうだが、その程度の男だったということだ。
今ではその男の顔すら覚えていない。多分街中で会って声をかけられても思い出せないだろう。
しばらくのうちは痛かったような感じはある。そう言えば男のスキルは大したことなかったはずだ。

今の男の子と知りあったのは、とあるグループデートの時だった。
チャラチャラした男たちの中で、一人何か純朴そうなオーラを放っていた。
私は正直あまり期待していなかったのだが、話が面白かった。
彼の故郷の話から始まって、猫の写真を見せてもらったり、仏像の写真を見せてもらったり、何か面白おかしい馬鹿写真を見せてもらったりした。
彼の読んでいる小説の話も聞いたと思う。剣術がどうの、妖術がこうの、徳川がああだ、柳生がこうだ、そんな話をしていたと思う。
彼の読んでいる漫画の話も聞いた。グルメ漫画の話をしていた。あの料理が食いたいんだよねとか、あの酒って高いんだよねとか、そんな話をしていた。
話を聞いていて、好きなことを好きなようにしている男だな、と思った。行動にのびのびとしたものがあった。何かおぼっちゃまといった感じだった。
結果的に彼の話を一番長く聞いていたのが私ということになった。

「何か、今日はお世話になりました。楽しかったです」
「えー? いいっていいって」
「よろしければ電話番号とメアドを教えてください」
「え? うん、いいよ」

その夜、彼からメールが来た。私が可愛いと言った、彼の実家の猫の写真が添付されていた。
それからしばらく音沙汰がなく、また一ヶ月後して、彼から『皆で何か飲みませんか』と誘いがあった。
しばらくそういうことが続いて、やがて私と彼はCDを貸したり、DVDを借りたり、彼の部屋にお邪魔したりするようになっていた。

そう言えば彼の部屋にお邪魔した時に、あまりにも本が多いので驚いたことがある。机の上、ベッドの横、本棚からはみ出してダンボール箱数箱分。

「何この本の山」
「資料」
「資料?」
「将来小説を書きたいんで、色々集めてるんですよ」
「へえー。いつか読ませてもらっていい?」
「それはダメ。まだお見せできるほどのものはないです」

冷えた麦茶と源氏パイをいただきながら、私は彼の言っていた色んな作家の小説や漫画を読んで時を過ごした。
彼はパソコンを立ち上げると、何かエレクトロニカっぽい曲を流したり、私にキツネ動画やトラ動画を見せたりした。

「ああー、ホワイトタイガーをモフモフしたいのう。とか思いませんか?」
「食われるよっ!」

そんな馬鹿な会話をしては笑い合っていた。

彼との時間は楽しいものだった。あっという間に何の動きもなく半年が過ぎた。
その間、あの作家の新刊が出たり、あのアーティストの新曲が出たり、彼と一緒に一緒に映画を見たりした。
映画は恋愛映画が多かった。「恋愛小説を書くいい勉強になります」とのことだった。

「いやー、よかったね」
「そうですね。DVDが出たら買いますね」

私たちはイタリアンレストランで食事をしながら会話を楽しんだ。

「それにしても、病気で死んで、残していく相手に何をしてあげられるかってのは、難しい問題ですね」
「そうだね。普通は病気で死ぬ相手に何をしてあげられるかってところだけど、そこもまた一つの問題だよね」
「やっぱり、思い出を一個一個作っていって、何か写真に撮るなり記念を残すなりして、それをかみしめる、といった感じですか」
「まあね。いい思い出は人を幸せにするよ」
「俺にはそういう思い出がないな。まーこれから作っていきゃいいという説もありますが」
「そうよ。これから作っていきゃいいじゃない」
「はは、そうですね」

彼はワインをゆっくりと吸い込みながら、ふと遠い目をした。

「そういや、東雲さんは……」
「ん?」
「……今幸せですか」

含みのある表現だった。

「まあ幸せかな。どうして?」
「いや、俺なんかと一緒で、楽しいですか」
「俺なんかって言い方はよくないな。楽しいよ」
「どう楽しい?」
「どうって……一緒に映画を見たり音楽を聴いたり小説や漫画を読んだり。楽しいよ」
「……ふむ。それでいいのか。なるほど」

難しそうな顔をしていた。

「どうしてそんなこと訊くの?」
「俺はこういうのに慣れていないんで、これでいいのかよう分からんのですよ。一個一個確かめながらやんないと不安で」
「まー、そんな気にすることないんじゃない? 今のところは満足してるよ。安心していいよ」
「そうですか。それならいいんです」

彼がまた優しい目になった。にっこりと笑った。

「そうそう。隆くんは笑った方が好きだよ」

お世辞ではなく、本心からそう思った。

私が昔の彼氏に会ったのは、それからしばらくしてのことだった。

「よう、霧子」
「えっ?」

最初は誰だか分からなかった。

「俺だよ俺。何だ、忘れたのかよ」
「……ああ」

確かにこいつとは何度かデートして楽しんだ覚えもある。だが、昔のことだ。

「今一人? 暇だったら俺とお茶しない?」
「え? でも……」
「いいじゃんいいじゃん。せっかく会ったんだし」

彼に勧められるがまま喫茶店に連れていかれてしまった。

「今、どうしてる?」
「どうって……特に何も」
「俺はバイト見つかったよ」
「ふーん。そりゃよかったじゃない。新しい彼女とかも見つかったの?」
「それがまだなんだよ」

彼は未練ありげに私の方を見た。

「私とよりを戻そうってったって無駄よ。もう昔のことなんだから」
「厳しいなあ、霧子は」
「それに、新しい彼氏も出来たんだから」
「マジ?」
「マジよ。ちょっと遅かったわね」
「ちぇー。ま、今日は俺におごらせてよ」
「そんなこと言ったって無駄よ」
「まあまあ。これは俺の気持ちということで」
「あら、そう?」

少し気が緩んだ。少しくらいお茶をおごってもらうのも悪くないような気がした。

プルルルル

「……ん?」

携帯電話が鳴っている。見ると隆からだった。

『こんばんは。今どうしてます?』

私は焦った。まさか昔の彼氏とお茶を飲んでいるとは言えないではないか。

『今電車の中です。また後でね(はぁと)』

そう打つと携帯電話を急いでたたんだ。

「誰から?」
「今の彼氏よっ!」
「どんな奴? そいつ」
「どんな奴って……そうねえ、オタクっぽい子」
「えー? オタクと付き合ってるの?」
「そうよ。悪い?」
「悪いとは言わないけど、変わったなあ」

この男は体ががっしりしていていかにも男性的な奴だった。隆はぽっこりと腹が出ていて、熊のようだった。

「男は外見じゃないのよ。付き合って楽しいから付き合ってるのよ」
「ええー? 俺の時もそんなこと言ってなかった?」
「言ってたっけ? 忘れた」

そう言えばこいつどんな奴だっけ。都合の悪いことは簡単に忘れるものだ。

「私、もう行くね。じゃ」
「あっ、ちょ、おまっ!」

私は聞かずに出て行った。そのまま振り返らなかった。

歩きながら隆にメールを送った。

『今OKよ。何?』
『大事な話があります。今週の土曜、いつもの場所で会えますか』
『いいよ。待ってるね(はぁと)』

メールを送ると、一息ついた。我ながら危ないことをしているという自覚があった。
今度からは、誰かに誘われても、はっきりと断るべきなのだろう。

(それにしても、大事な話って、何だろう?)

何となく引っかかった。危険な感覚があった。

土曜日の彼は、いつもと変わらないように見えた。

「やあ、お待ちしていました」
「ごめーん、早く来るつもりだったんだけど」

一時間前に来たのにこれだ。よほどのことらしい。

「まー、ゆっくり話しましょうか。何から話せばいいですかね」
「……うん」

彼は明るく笑っていた。何だ?

「一個確認したいんですけど」
「なあに?」
「俺は東雲さんのことが好きです。東雲さんはどうですか」

ぎょっとした。いきなりそこからか。

「え、えーと?」
「俺は今まで東雲さんと付き合ってきて楽しかった。東雲さんはどうですか? これからも付き合ってて楽しいですか?」

それは付き合ってみないと何とも言えないというか。

「多分楽しいんじゃないかな」
「では、俺の気持ちを受け入れてくれるということでよろしいんですか?」

ちょっと気が急ぎすぎのような気もするが、まあ半年待たせたということを考えれば、これもまあ仕方ないか。

「うん、そうね」
「それはよかった」

あまりよくもなさそうに彼はそう言った。

「では、少々お待ちください」

彼は携帯電話を取り出した。

「何? どうしたの?」
「……もしもし」

彼は険しい顔になっていた。一目見て殺気立っていると気づいた。

「俺だ。例の件だが、答えが出た。正式にお断りする」
「……?」
「君の気持ちに応えられなくてすまない」
「隆くん?」
「俺のことは忘れてくれ。じゃあ、幸せにな」

胸が曇った。何の話だ? これはまるで別れ話ではないか。

「……お待たせしました。一個、仁義を果たしました」

彼は苦い顔で笑っていた。目が濁っていた。

「今の電話、何?」
「おいおい話します。そうですね、何か飲みましょう」

彼は私を一瞬見ると、すたすたと歩き出した。私は慌ててその後を追った。

喫茶店で彼は一冊の冊子を取りだすと、私の前に出した。

「これ何?」
「俺の書いた小説です。そんなことはどうでもいいんですけどね」

彼は深くため息をついた。

「昔話をしましょう」
「うん」

大事な話らしいことは感覚で分かった。

「昔、俺は小説を冊子にして売りました」
「うんうん」
「数年来の読者が何人かつきました」
「へえ、すごいじゃない」
「すごくはないです。何年も続けていればそういうことは当然ある。それで」
「それで?」
「ファンの一人に、付き合ってくださいと言われた」
「……」

ちょっと待った。

「俺はまず事実関係を確認しなければならなかった」
「事実関係って?」
「もし俺と東雲さんが付き合っているのなら、これは何としても断らねばならない。逆に」
「逆に……」
「東雲さんが俺と付き合っているという自覚がないのなら、俺の勘違いだ。それを盾に断るのは大変身勝手なこととなる」
「……」
「その事実関係を確認しなければならなかった。幸い俺と東雲さんは付き合っていた。それで」
「それで、お断りの電話を入れたってことね」
「断らなければ二股かけていることになっちゃいますからね」
「分かんない。どうしてあの場で断ったの?」
「隠し事はしたくなかったんですよ。清算したことをはっきりさせておく必要があった」
「でもさ、そんなことして大丈夫なの? その子もう読みに来ないんじゃないの?」
「俺は小説や読者より東雲さんを取った。そうご理解ください」
「そんな……」

隆が自分の小説にどれだけの情熱を注いでいたかは何となくしか分からない。だが、決していい加減なものではなかったはずだ。

「人の恋心を踏みにじるのって、初めてですけど、苦いものですね」
「何と言うか……ごめん」
「東雲さんの謝ることじゃないでしょう。俺こそ謝んなきゃいけない」
「何で?」
「本当は、東雲さんがもっと関係を進展させる気配が見えた時に、初めて動くつもりだった。だけど、状況がそれを許さなかった」
「待ってくれていた、ってこと?」
「そう思ってくれれば嬉しい」

それは嬉しい。嬉しいが。

「……私も、隆くんがもっと関係を進めるまで待つつもりだった」
「そうですか。俺はそんなことしたら東雲さんが逃げると思っていた」
「そんな!」

そこまで私は信用がなかったか。それはショックだ。

「うちの猫は、野良だったんですよ」
「え?」
「最初はうちの軒下に住んでいてね。可愛いから世話をしようと思ったけど、最初の頃は上手くいかなかった」

隆の手が中空を撫でていた。何かを思い出すかのような表情だった。

「しばらく距離を詰めて、ゆっくり信頼関係を作っていった。最終的に俺の手からエサを食うようになった」
「例の猫?」
「そうです。でも、ある日いなくなってしまった。それきり帰ってこない」
「……それは初めて聞いた」
「どんなに大事に思っていても、どんなに慎重に関係を進めていっても、逃げられるんだな、と思って。何が悪かったんだろ」
「それは知らないけど、私は逃げないよ。ここにいる」
「そうですか。では信じます」

隆は私の手を取った。冷たい手だった。魂の凍えが伝わってくるようだった。
そのまま、お互い、ぎゅっと手を握りあった。

私たちはそのまま無言で彼の部屋に向かった。
彼の部屋の中で、私は彼に手を絡ませて、激しく口づけをした。
彼は私を抱きとめると、無言で吸い返した。
そのまま、ベッドに倒れこんだ。

「ん……」

無性に悲しかった。
彼が私への恋心のために葛藤していたこと。
私への恋心のために、人の恋心を、自分の青春を踏みにじったこと。
私はそれに見合う女だろうか? 私は彼をどれだけ愛しているというのか?

(彼のことだけ愛してあげられればいいのに)

今まで愛してきた男たちの存在が、それを許さない。私は彼以外の男を愛してきたのだ。それはとても悲しいことではないだろうか。

「隆くん……」
「うん。どうした?」
「私、隆くんのことが、一番好きだよ」
「そうですか。それなら嬉しい」

彼がぎゅっと抱きすくめてきた。痛いくらいだった。力の加減ができないようだった。

「……おっと。すみません」

彼は腕の力をゆるめると、私の服をゆっくりと脱がせていった。
ぱさり、と音がする。
お互い一糸まとわぬ姿になり、そのまま絡みあった。

「あー……抱き合っているだけで心が落ち着く」
「そう?」
「俺相当精神的に参ってるな」

彼は私の唇を、何度もついばむように吸った。情熱的というか、可愛いキスだった。

「隆くん」
「何?」
「こういうのはどう?」

私は彼の唇に舌を突っ込んで、かき回した。

「んむ……」

彼は眼を白黒させていたが、やがて舌をかき回すことで返した。

「……ぷは。初めてのキスがこれか」
「あら、そうだったの?」
「いやいや、貴重な経験をさせてもらっています」

彼がまた、ちゅっ、と可愛いキスをした。

彼の手が私の体をなぞる。
何と言うか、猫を撫でるような、優しく細やかなタッチだった。

(大事に扱われている)

その感じが伝わってきて、決して悪い気分ではなかった。

「どこが弱いですか?」
「乳首が弱いかな」
「乳首ね。了解」

彼の指が私の両乳首をつまむ。執拗に、愛でるように、くりくりと動かす。

「んっ……」

腰が動く。くすぐったいような、甘いような、微妙な感覚だった。

(我慢した方がもっと気持ちよく……っ!)

下半身に快楽が蓄積していくような感じがあった。
腰ががくがくと震える。蓄積した快楽がむずがゆく暴れている。
彼が乳首をまさぐるのをやめた。すっとへそを指の腹でひっかいた。

「ひっ……!」

軽くいきかけたが、ぐっとこらえた。
彼が私のパンツに手をかける。そのままゆっくりと下ろす。

「やん、恥ずかしい……」

私は秘所を両手で押さえた。彼は真面目そうな柴犬のような顔で見ると、その両手に口づけをした。そのまま、足を抱えて太ももに舌を這わせた。

「はうっ……!」

下半身にもやもやとした感覚が広がる。何か、秘所が、じわり、と汗ばんでくるようだった。

(入れてほしい)

そう思うものの、なかなか切り出せない。我慢比べだった。

「あっ?」

彼の愛撫が少し止まったかと思うと、私の指をくわえていた。そのままちゅぱちゅぱとしゃぶる。
これは今までにない感覚だった。何か固いものがほぐれていくような感じだった。

「やっ、あっ、ああー……」

手が外れる。彼がちゅぽんと唇を外すと、そのまま秘所にかぶせてきた。

彼の唇と舌が秘所を優しく愛撫する。両手は太ももを押さえながら、ゆっくりと回すように撫でさする。

「ううー……」

下半身に鈍いものが溜まっていく。これを内側からかき回したら、どんな感じだろう。

「隆くん、お願い、来てえ……」

彼は一瞬こっちを見たが、鼻で笑うような顔を浮かべて、中指を秘所にぬるりと差し込んだ。

「え、ちょっと、指じゃない……」
「もうちょっと待って。もっと濡れた方がいい」

彼の指が私の肉壁をこする。上の壁をすりすりと削り、たまにくいっと指を折り曲げる。

(なかなかうまいじゃない。というか、指使いが、あっ……)

細かく痙攣するような指が、私の中で微妙な快楽をもたらしていた。
中が、空気を含んで、ぐちゅぐちゅといやらしい音を立て始めた。
彼の指が私の壁をぐるぐると回転する。

「……なるほど、そういう構造になっているのか」

彼は何かを思い立ったのか、指を横に8の字にして描き始めた。私の壁が満遍なく刺激される。

「あっ、あっ、あー……」

入れてほしい。入れてほしい。入れてほしい。
指なんかじゃない、力強いものが欲しい。

「お願い、指でいきたくないよう、入れてよう……」
「……そうですか。では」

彼の指が抜かれる。代わりに、ずんとしたものが、ゆっくりと私の中に侵入してきた。

「あっ……!」

全身に震えが走った。下半身の中の何かが浮き上がるような感じがあった。

彼の腰がリズミカルに動く。
たまに、ぎゅっと抱きしめながら奥深くに打ち込んでくる。

(愛されてる)

愛している人に貫かれているのって、やはり、この上ない幸せだと思える。
彼が腰をふりふりと動かす。8の字が無理なので、Uの字を描いて、中をかき回しているのが分かった。
何となく波が寄せては返すような感じがあり、そのリズムに心を持って行かれた。

「あ、あ、あ、ああ、あー……」

何かこみあげてくるものがある。もう限界だった。彼の両手をぎゅっと握りながら、軽く果てた。

「……一休みしますか」
「え? あ、うん」

彼なりの思いやりなのかも知れない言葉に、一瞬驚いた。
彼は腰を落とすと、とても緩慢に彼のものを抜いた。肉壁がねっとりと絡みついているのが分かる。いつの間にかつけられていたゴムが、私の目に映った。
彼がそのまま頭や頬や首筋を撫でた。全身に広がった熱がじわりと温度を下げていく。大きく深呼吸を繰り返すと、また体がしゃきんとした。
「えへへー」

彼のものをつかむ。まだまだ元気だった。

「では、第二ラウンド、行きますか」
「うんっ」

私は彼の上に座ると、ゆっくりと腰を下ろした。奥深くに彼のものが到達する。

「っあー……」

腰を前後に振る。私は最早自分の快楽を求めることに躊躇しなかった。
彼は私の腰に手を添えると、ぎゅっと抱きかかえていた。
座位の体勢は、何か、彼を犯しているような背徳的な気分があった。激しく腰をゆすった。

「またいく、またいく、またいくっ」
「俺も、そろそろ、い、いくっ」
「……っ!」

彼をがっちりと抱き返した。もう一度頂点があった。全身を串刺しにされるような快楽が走り、私は前に崩れ落ちた。
消えゆく脳の脈動の奥で、彼が鈍く液体を放っているのが分かった。

彼は私と抱き合いながら、だらしなく横になった。

「ねえ」
「ん?」
「隆くん、本当に初めてだったの?」
「そりゃそうですが」
「それにしてはその……よかった」
「そいつは光栄です。至らぬところも多いかと思いますが」
「うん、それはこれから先長いんだし、ゆっくり身につけていけばいいよ」
「了解です」

彼は何か眠たそうな顔になっていた。

「一個訊いていいですか」
「なあに?」
「俺が一番好きだって話」
「うん。それが?」
「今までの彼氏の中で、今までのことを全部ひっくるめて、今は俺を選んでくれているということですか?」
「……今までの彼氏の話はよそうよ」
「すみません。気にしているもんで」
「そうね。色んな男を渡り歩いてきたけど、今は今までのことを全部ひっくるめてあなたが一番好きです」
「なるほど。了解です」

彼は鈍い顔で微笑むと、そのまま目を閉じた。
私もつられて、目を閉じた。

(さてと……俺は一体これからどうするべきかな……)

俺は彼女が寝ているのを確認すると、ふと起き上った。
自分でも冷たい目をしているのが分かる。

(彼女は俺を今選んでいる。では、今「以外」は?)

彼女はかつて俺以外を愛していた。これからも俺以外を愛さない保証は全くない。そうすれば俺は捨てられる。今どんなに愛されていようが全く無駄だ。俺以外を愛するなと言うことはできるが、それが守られる保証はどこにある?

(捨てられないように努力すればいいだけの話だ)

だが。どんなに大事に思っていても、どんなに慎重に関係を進めていっても、いずれは全く原因不明の理由で逃げられる。

(要は、彼女のことを俺が信じてやることだ。そうすれば少なくとも俺は不安から解消される)

だが。どんなに信じていても、裏切られる時は来る。俺が長い友人を裏切ったように。

(究極的には、いつ捨てられても悔いのない覚悟を背負いながら恋をする、ということか)

我ながら何と言うことを考えているのか。結ばれた夜にこんな気持ち悪いことを考えている彼氏がどこにいるというのか。
こんな思考を彼女に知られてはならない。秘密を一個抱えることになるが、やむを得ない。

(何にせよ、思い出を一個一個作っていこう。記録を残していこう。それが捨てられた後も輝く。捨てられない間も輝く)

俺の中で、残忍な決意が芽生えていた。
永遠の愛を諦めて、限られた時間を大事に幸せに生きる。それしか出来ることはないではないか。

(そして、俺が彼女を捨てなければ、それでいい)

俺は人を裏切った。人を裏切った男に愛を捧げられてもそんなもん信用できっこないが、それでも証明のために捧げ続けるしかない。

(捨てられることはあっても、捨てることは許さない)

いつか破局する恋の歌のように、それでも俺は、俺たちは恋していく。

私が目覚めた時、彼はマグカップで何か水を飲んでいた。

「おはようございます」

彼の眼の下に隈が出来ていた。眠れていなかったのか。そうなると寝ていた私は間抜けだということになる。

「起きてたの?」
「色々考え事をしていまして」

彼が寝ている私の横に座った。

「あー、何もかもこれからだな」
「ん? そうよ。私たち、これから築き上げていけばいいのよ」
「まあ、そういうことですね。では、信じます」
「やあねえ。信頼関係も、これから積み上げていけばいいのよ。何もかもこれからよ」
「正にその通りだ。改めて、よろしく。池田隆です」
「うふふ。東雲霧子です」
「あ」
「ん?」
「朝日だ」

彼がカーテンを開けた。うっすらと朝焼けが東の空に浮かんでいた。私たちの、新しい門出だった。






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