シチュエーション
![]() 私の幼馴染み──恭助は、悪の組織と戦っていた。 そもそも、恭助はそんな『世界平和のために』とかで身体を張るようなタイプじゃない。 幼稚園時代はいじめられっ子、小学校ではおとなしい真面目な子だったし、中高は全寮制 の私立に行ってしまってその後は音信不通だったけど、それでも私の知る恭助はヒーローの ような凄い人間ではないと断言できる。 これは哀しい宿命だったのだと今は言える。 * 休日の午後、街のショッピングモールへ買い物に来ていた私は、最近話題になっている異 形の怪人たちによって、強引にアジトに連れ去られた。 意識を取り戻した所はどこか知らない大きな建物の中で、私は鉄格子の嵌められた部屋の 中で転がっていた。 同様にして捉えられたと思われる老若男女バラバラな20人ぐらいと一緒だった。 暫くすると働き蟻を思わせるマスクに顔を隠した、無機質で冷たいメタリックブラックの ツナギに身を包んだ者たちが鉄格子を開け、私達は強引に引き立てられていった。 連れていかれたところは、怪しげな胸像が飾られた陰湿な広間だった。 中央に据えられた教壇がナチスを連想させて陰惨な印象を与える。 ザッと足を揃える音が広間に響いたと思うと、教壇に向かって働き蟻が敬礼した。 教壇の向こうから異形の怪人が、マントを翻して現れた。 働き蟻は奇妙な掛け声と共に手を上げ、怪人は大様に頷き、それに応える。 怪人は大袈裟な芝居がかった身振りで、押し付けがましい傲慢な口調をもって話し始めた。 私達は、これから怪人たちの仲間になるため薬を飲まされ、強化手術を受けさせられると 言う。彼等に選ばれた栄誉を光栄に思えと怪人は笑った。 真っ平だった。 あまりの理不尽に驚き、震え、泣き出す人もいた。 働き蟻は小さな子供も、弱々しいお年寄りも、容赦なく構えたライフル銃で脅しつけ、よ ろける人々を無言で見つめた。 冷たい恐怖と絶望感に胸が塞がれる。 無力な自分に血が滲むほど唇を噛み締めていた時、彼等はやってきた。 世界政府公認組織と噂のある、WATTM日本支部の面々だ。 黒いパワードスーツに身を包んだ彼らは、統制された動きの元に敵を鎮圧、私達市民を救 出した。 彼らの軍用車に乗せられ脱出した直後に起こった大爆発と炎上を目にして、私達は口々に 無事を喜んだ。 噂にはなっているものの、実際の奴等も、そして救出してくれた彼等も何だか現実感がな く、何故そのようなものに自分のような人間が巻き込まれてしまったのだろうと、今更なが らに震えが襲った。 悪の組織は《ギルティ》と呼ばれていた。 何故異形の怪人や働き蟻に身をやつし市民を襲うのか、何が目的なのか分かっていない。 そもそも、情報統制されたこの世の中では、本当に大切なことは報道されない。 だから真実はいつもネットの中にあった。 ネットの噂は玉石混淆で真偽入り乱れていたけど、真実は公にはならないので、私達はい つもネットの中に情報を探していた。 《ギルティ》もWATTMもネットで知った。 最初はどうせ与太話だろうと誰もが思っていたが、そのうちブログに目撃情報がアップさ れたり、WATTMの人たちを遠くから撮影した画像が出回るようになってから俄然ヒート アップし、今ネット上では一番ホットな話題になっている。 その中でも一番の話題はWATTMのリーダーのことだ。 いつもヘルメットに隠されていて素顔は分からないが、助けられたと言う人の書き込みに よると、動きが素早く破壊力が尋常ではない、武器も無しにあの怪人と単独で戦い勝利し た、低い声が痺れる、などと言うミーハーなものまであった。 隊長想像図等もアップされており、絵師たちが腕を競っていたりする。 軍用車を先導するようにバイクで走る人影──これが『隊長』だろう。 私達のいる後部荷台と運転席とを遮る防弾仕様とおぼしきガラス、運転席、フロントガラ スと何重にも隔てられているからよく見えないが、怪人たちを倒す際に見せた動きは目にも 止まらないスピードで、あっという間に醜悪な異形の怪物が倒れていたことからして間違い ないと思う。 人々は興奮冷め遣らぬと言った様子で、互いに助けられた幸運について話している。 私も隣に座った人の良さそうなおばさんから話し掛けられたが、そんな気分ではなかった ので生返事だけして前方を見詰めていた。 WATTMも《ギルティ》も現実だった。 その事実が妙に身にのし掛かっていた。 * 軍用車は船着き場に到着した。私達はこれからWATTMの船に乗せられ、横須賀の港まで 運んでもらえると言う。 『隊長』の説明を聞きながら、私はその低音を心地好いと思っていた。 正直、好きな声だ。 戦闘用フルフェイスのヘルメットにぴったりしたレザースーツを着た黒づくめの隊長は、 確かに顔は一切見えない。 どんな人なんだろう?興味が沸く。 声フェチの性だ。 順番に船に乗り込む一番後ろに陣取り、人々に手を貸す『隊長』を見つめる。 彼の動きはとても滑らかで細やかな配慮が行き届いており、小さな子供やお年寄りへの当 て付けがましくない優しさには、その人柄が滲み出ていた。 最後に私の番になって手を握って貰った時、小声で「本当にありがとうございます」と感 謝の意を伝えた。 その瞬間、彼の呟きに耳を疑った。 「──深雪?」 船の中から手を伸ばした隊員に引き渡されながら私は振り返った。 私の下の名前を呼び捨てにする知り合いは一人しかいない。 「恭助?」 これが私達の再会。 * 港に着いた私達は『隊長』から安全上の理由での他言無用の旨を言い含められ、解散に なった。 撤収作業を行う隊員の横で帰路に着く人々を見送っていた『隊長』──多分恭助──の 傍に行った。 「あなた、恭助、なの?」 「いえ──」 『隊長』──恭助は言い澱んだ。 その瞬間、確信に変わる。その不器用さは恭助しか有り得ない。 「人違いだと思います。どうか速やかなお引き取りを」 「恭助でしょ?」 事務的な口調の彼を無視して私は続けた。 「私──深雪だよ。恭助、覚えていてくれたんだね」 「いえ──人ち──」 私は背伸びして、無理矢理彼のヘルメットを取った。 私を見返す顔は、私の知る恭助の面影を残しているものの、成熟した大人の男性のもの だった。 私の記憶にある恭助とは違い、顎がしっかりとしていて、口が大きい。あの少女と間違わ れた繊細な容貌ではなく、端正な中にも甘さの残る、非常に男性らしい顔立ちだ。 しかし、彼だと断言できるものがあった。鼻の頭の傷痕だ。昔、癇癪を起こした私が彼を 引っ掻いて残った傷──。 瞬間、私は彼の胸に飛び込んでいた。 「恭助!」 頼りないけど優しくて、泣きたくなるほど優しい少年は私の初恋の人だった。 * とても困った顔をした恭助は、割れ物に触るような手つきでそっと私を引き剥がした。 「送っていくからちょっと待って」と私だけに聞こえるように囁くと、隊員たちに私には分 からない暗号で指示を出した。 船から降ろした軍用車にまた乗って、隊員たちは去っていく。 私は恭助を見つめた。 「久しぶり、だね」 12の春に別れて以来だから、16年ぶり? 私の言葉に答えず、恭助は再びヘルメットを被り、バイクのシートから出したもうひとつ のヘルメットを私に差し出しした。バイクに跨がり後ろを指す。 タンデムどころかバイクに触るのも初めての私は、恐る恐る彼の指示に従い後ろに腰を下 ろした。 「しっかり捕まっていて」 彼の言葉に従いそっと腰に手を回し、私はヘルメットをその背に凭れさせた。 「行くよ」 行き先を確かめるため二言三言言葉を交わした後、恭助は無言でバイクを進めた。 強い風とバイクのエンジン音に包まれながらも、どこか暖かいものを感じていた。 この暖かい空気感は昔も今も変わらない。 恭助には訊きたい事が一杯あった。 何故、WATTMになんているの? 今までどうしていたの? ──私のこと、どうして覚えていたの? でも、訊いてしまうのが少し怖い。 私の知る恭助とはWATTMのような組織と全く相容れないタイプのはずなのに、何故今この ようなことになっているのか。 真実が恐ろしかった。 信号待ちをしながら、ぽつりと呟くように恭助が言った。 「引っ越したんだね」 「うん、今マンションにいる」 「──結婚、したの?」 「ううん、独身。恭助は?」 答える前に信号が変わった。 またエンジン音が煩くなり、会話は続けられなくなった。 恭助の広い背中にすがり付きながら、年月がもたらした彼の成長に驚いていた。 昔はとにかく小柄だった。クラスの一番前。色白で目の大きい、可愛いと言う形容詞が ぴったりの少年。 勝ち気で強引な私はいつも恭助を仕切って、良いことも悪いこともした。 叱られる時に正直に私のせいだと言えばいいのに、そういうことは一切無かった。 毎回イタズラをする私に引きずり回された、単なるとばっちりなのに、一緒に怒られてく れた。 でも人を傷つけるようなことには断固と反対して、絶対に首を縦に振らない強さを持って いた。弱虫なのに、私をからかう他の男子には勇敢に戦いに行った。(案の定ボロボロになっ ていたけど) 私たちは、朝から晩までいつも一緒だった。それが当たり前だった。 そんな私達だったが、中学受験すると言う彼は塾に通うようになり、遊べなくなった。 そして、彼は地方の全寮制中高一貫校へ行ってしまった。 そんな世界があるとも知らなかった私は、突然の別れに泣きじゃくった。 私はいつも恭助を守り、恭助に頼られているつもりだった。でも実際は違った。 私には恭助が必要であり、恭助に守られ、恭助を頼っていたのだ。 その恭助がいなくなり、独りきりになった私は何も出来ずただただ泣きじゃくるしかな かった。 ようやく自覚した幼く真剣な恋を伝える術が無いことが悲しかった。 現在の恭助は180近い長身に、ツナギの上からも分かる、肩幅の広いしっかりとした均整 の取れた身体をしている。 『隊長』として見せた驚異の身体能力を持ち、私好みの低音ヴォイス。 長めの黒い髪と、整った顔立ちの奥の、少し哀しげな瞳が印象に残る。 ネットに出回っていた想像図はどれも精悍な猛々しい顔立ちだったが、実物はあまりにも 違っていた。 こんな哀しげな澄んだ瞳の持ち主があんな怪人たちと戦っているのか──そう思うと、胸 の奥がちりりと痛んだ。 * 自宅マンションの前にバイクを止めた恭助は、私を下ろした後バイクに跨がったままヘル メットを外した。 「元気そうで良かった」 頬を歪めて笑みを作った。 ああ、こんな表情は昔と変わらないなと思う。胸が締め付けられる。──熱い。 「判っていると思うけど、俺のことは──」 「誰にも言わない」 「ありがとう」 「ねえ、何でWATTMになんているの?」 「どうして、その名を?」 「知らないの?今、ネットで話題だよ。あと、私は個人的に仕事の関係で耳にしたことも ある。口コミで広がりつつあるよ」 「知らなかった──」 「詳しい話、訊きたい?」 このまま別れたくなかった私は、恭助を誘った。 「久しぶりに会ったんだし、お礼もしたい。コーヒーでもご馳走するから部屋に上がって よ」 暫く逡巡を見せたが、恭助は意を決したか私の誘いに素直に頷いた。 この部屋に男性を上げたのは恭助が初めてだ。 ブラウン系を中心としたシンプルなインテリア。あまり女らしくない殺風景な部屋を恭助 はどう思うだろう?少し気恥ずかしい。 「その辺に適当に座って」 ソファーを勧めて、私はキッチンに立った。 お湯を沸かし、ドリップをセット。買い置きのお菓子、何かあったっけ? この部屋にあの恭助がいる。 その事実に私は妙に浮き足だち、なんだか落ち着かない。 恭助ってどんなものが好きだったっけ? それより、ご飯でも作る?でも強引すぎて引かれないかな。 「甘いもの、大丈夫?」 「気にしないで。何か手伝うことある?」 振り返って声を掛けた私は、すぐ傍で声がしたのでどきっとした。 手持ちぶさたな恭助が、キッチンの入口に顔を覗かせていた。 レザースーツを半分脱いで、Tシャツ一枚になっている。 「あの──良かったら、何か食べていく?もう夕方だし」 私はそっと顔を見上げながら言った。 「いや、そんなに長くお邪魔する気はないし──」 「独りで食べても美味しくないんだ。遠慮しないで」 「でも──」 また、少し困ったような表情を見せる。 迷惑だったかな? 「ごめん、迷惑だよね。忙しいだろうし。それに彼女とか──奥さんとかに、誤解される ね」 ついつい、言わなくてもいいことを。 何言ってるんだ、自分? 「彼女はいないよ──結婚もしていない…できない」 「え──?」 思わず恭助の顔を覗き込んだ私に、明らかに喋りすぎたと恭助は動揺した。 「──深雪、お湯沸いてる!」 恭助の声に慌てた私はコンロの方に振り返って──やかんにぶつかって落としてしまっ た。 「きゃっ!」 柄にもなく女の子らしい悲鳴を上げた私は、恭助に抱きすくめられていた。 床に落ちたやかんの蓋が、カタカタと不安定に揺れている。 「あ──ありがとう」 「大丈夫?怪我は?」 「平気」 あの時、やかんが落ち、熱湯が飛び散るのがスローモーションで見えた。 あのままなら私は大火傷を負っていた筈だ。 なのに、一瞬のうちに引き離されて助かった。 WATTM『隊長』の不思議な力── 「指、赤くなってる」 「え?」 恭助は優しく私の手を掴み、水道の蛇口に寄せた。 流水に晒され、どんどん手は冷えていく。なのに、頬は妙に熱い。 恭助の日向を思わせる体臭を感じ、それを好ましく感じる自分に気付く。 恭助の手の大きさに驚く。昔はあんなに小さかったのに。 「──もう、大丈夫だよ」 「いや、熱傷は甘く見ない方がいい。I度だから問題ないと思うけど、もう少し」 有無を言わせない恭助の言葉に、耳まで赤くなりながら私は頷いた。 真剣な表情の恭助を覗き見て、私は心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思った。 時間にしたら、ほんの2、3分。でも私には一時間にも感じた長い時を経て、恭助はよう やく私の手を離した。 「あとは軟膏でも塗っておこう」 「平気だって。それより床拭くよ。ごめん、コーヒー淹れ直す」 私はドタバタと雑巾を準備した。 外では5時を告げるチャイム。やっぱり、ご飯を食べて貰いたいな。 素早く冷蔵庫のストックを頭に浮かべ、メニューを検討する。 結局半ば強引に私に言い含められて一緒に食卓を囲んだ私達は、食後にコーヒーを飲みな がら例のブログや掲示板の書き込みを見ていた。 「今日のことも書き込まれてる」 私の言葉に恭助も身を乗り出した。 「参ったな──」 明らかに困惑顔。 「一般市民だから情報統制には限度がある。だが、これでは彼等も危険だ」 「うん──今日連れていかれた島についても書かれているよ」 「ああ──《ギルティ》の秘密に関わることが明かされている。彼等に危険がなければいい んだけど」 苦悩の表情を浮かべ唸った恭助は、隊で検討すると言ってこれ等のページをプリントする ことを頼んできた。 快く応じながら、プリンターを見つめる彼に近寄り、私は彼の頬を手で挟んだ。 「え?」 驚く恭助に口づけする。 「今日は本当にありがとう」 そう言って、もう一度軽くキス。 「二度も助けられた。ありがとう。そしてもう一度会えて嬉しかった」 恭助の顔を見つめる。 呆然とした恭助は──暫くして真っ赤になった。 「ごめん。でも、これ私の気持ち。恭助、好きだった。ずっと言いたかったのに、会えな かった」 やっと言えた。私の初恋。16年ぶりの再会で。 もう何年もたつのに、忘れたくても忘れられなかった、私の幼い恋。 「今はもっと好き。あんまりにも格好良くなっちゃって恭助じゃないみたいだけど」 私の熱が伝染したような恭助は私の告白を静かに聞いていたけど、最後の部分に大きく動 揺した。 「たしかに俺は昔とは違う──頼む、俺をもう恭助とは呼ばないでくれ」 「どうして?」 何事か言おうと口を開きかけた恭助は苦しげに言葉を飲み込み、悲痛な面持ちで私を見返 すだけだった。 「もう行かなきゃ──深雪、ご馳走様。美味しかった。そして俺も会えて嬉しかった。俺も ずっと──会いたかったから……」 最後の部分はほとんど消え入りそうで、漸く聞き取れたほどだったけど。 プリントし終わった紙を掴み、足早に玄関に向かう恭助を追う。 「待って!恭助!!」 「深雪……俺のことはもう忘れて。恭助は死んだと思って」 編み上げの軍用半長靴(はんちょうか)を履き、スーツのファスナーを上げた 恭助は哀しげな笑顔で私を見つめた。 「俺が言うべきことじゃないけど──幸せになって」 笑顔が哀しくて仕方ない。 「何で?何でそんなこと言うの?やっと会えたのに──恭助」 恭助の言いたいことが解らない。自然と涙が込み上げ、私は子供のようにしゃくりあげ る。 恭助は困ったような笑顔を見せて──私の頭を撫でた。 昔のように── 「さようなら」 駄目!行かないで。貴方はまだ私に何も言っていない。何も答えていない。 そんな泣きそうな笑顔で行かないで。 言葉は胸に溢れているのに、何も口には上らず、私はただただしゃくりあげるだけ。 貴方はやっぱり変わっていない。やっぱり、昔と同じ、優しくて、泣きたくなるほど優し い人だった。 私は哀しみとそして怒りを込めて、彼の背に抱きついた。 驚いて振り向いた唇を強引に奪い──舌先で口をこじ開け、奥に差し込んだ。 暫く為すがままだった恭助は、次第に激しく──だが彼としては精一杯セーブしながら私 を抱き締め返した。 互いに舌を絡め合う。 躰中が溶け落ちそうなキスの後、恭助は私の瞳を見つめた。 私は生まれて初めて、恭助に恐怖した。 「深雪──!!」 彼の欲望に燃えた瞳を受け入れながら、私は全身で歓喜した。 * 「深雪──」 辛くて仕方がないって表情で、恭助は私を見つめていた。 泣きたくても泣けない恭助の代わりに私が泣く。 「泣かないで──恭助」 返事の代わりに首筋を舐められ、あ、と私は小さな声をあげた。 恭助の手は忙しなく私の躰のあちこちを触った。 その度に躰中に電流が走り、私は小刻みに震える。 私は何度も何度も恭助にキスをせがんだ。 恭助は貪るような切迫感でそれに応える。 熱い舌が口内を蹂躙し、離れる際には唾液が糸を引く。 チュニックをたくしあげ、ブラを剥き出しにし、それをずりあげてむしゃぶりつく。 「ああっ……!」 恭助の熱い舌が胸を這う。唇が乳輪を吸い上げ、その手は不器用に捏ねくり回す。 躰中の歓喜に翻弄された私は、もう何も考えられなくなっていた。 恭助の与える全ての刺激に酔いしれ、狂う。 「ふぁっ……ぁん……あっ……」 そんな私を見て、恭助も狂う── 「深雪……深雪──!」 玄関先だというのにそのまま睦み合っていた私達だったが、立ち上がった恭助に抱き抱え られて寝室へと向かった。 そっと私を寝かせた恭助は慣れた様子でレザースーツを脱いだ。 下は半袖Tシャツとトランクス。 私も着崩れた服を脱ぐ。 チュニック、ジーンズ。下はキャミソールにブラとショーツ。 キャミソールも脱ごうとしたけど──急に恥ずかしくなって手が止まる。 「灯りを消していい?」 「深雪の躰──見たい……」 「でも、恥ずかしいよ」 「綺麗になったね」 恭助の賛辞に私は躰を熱くした。 「初めて見た時、君だって判らなかった──あまりにも綺麗になってて」 「そんな、そっちこそ──」 恭助の視線に晒され、私は自分がとても尊いものとして生まれ変わるような気がした。 彼の視線が眩しくて、眩しいからこそ恥ずかしい。 「ずっと、こうしたかった──中学で別れてからずっと想っていた」 「恭助──」 「お願いだから、君の全部を見せて──頼む」 恭助を見つめる。 哀しみを湛えた静かな瞳が切ない。 「大好きだよ──深雪」 「私も──」 もう、幾度目か判らないキスをした。 そっと、恭助に抱き締められる。 「もっと強く抱いて」 「こう?」 「あっ……もっと」 「色っぽい声だね」 恭助の声に笑いが混じる。 「今の俺は力の制御が難しいんだよ──難しいこと言わないで」 恭助の手が背中を這い回る。その度にぴくぴくと躰が跳ねる。 「あっ……」 恭助の舌が鎖骨を舐め、くすぐったさの奥に蕩けるような官能を感じて、私は一際高い嬌 声をあげた。 「ここ、感じるの?」 いたずらっぽい含み笑いに私は恭助の耳朶に向かって啼いた。 「いや…だめっ……ああっ……」 恭助は私の目を覗き込んで、また甘やかなキスをした。 「昔から深雪のイヤって言うのは、やってっておねだりなんだよな」 「嘘──!」 「俺が知らないとでも思っていたの?」 そう笑いながら、また鎖骨を舐めた。 「いやぁぁ……っ」 「そんなに気持ちいい?」 「馬鹿……」 「うん……」 「こらっ、馬鹿って言われて悦ぶな」 「うん……」 「折角会えたのに──16年ぶりなのに、素知らぬ顔で別れようとするな」 「ごめん」 「私だってずっと会いたかったんだから!」 「うん」 「中学の時だって──さよならも言わないで、遠くに行って」 「うん。でも、俺もさよならって言いたくなかったんだ」 軽く、額にキス。 「さよならって言ったら二度と会えない気がした。また会いたかったから、わざと言わな かった」 「馬鹿──」 「ちゃんと会えた」 「うん……」 また、涙が溢れ出す。 「君も薄々気付いていると思うけど、今の俺は昔と違う──」 恭助の重い言葉に胸の奥が痛い。 「詳しくは言えないけど、今の俺の躰は普通の躰じゃない──」 「気付いてた」 「俺の精液を君に一滴でも触れさせる訳には行かない」 「え?」 「ここまでしておいて──だけど、最後まで出来ないけど、それでもいい?」 悲痛な──あまりにも悲痛な恭助の告白に私は言葉も無かった。 原因は推察できる。 彼の超人的身体能力のせいだろう。 何かの原因で恭助は超人へと肉体を変えた。 子供を作る危険性を考えたのか、それとも彼の精子が与える危険性が存在しているの か── 「まだ未解明な部分が多すぎるんだ。受精能力があるのかどうかも判っていないが、相手に 与える危険性もはっきりしない」 恭助は私の長い髪を指で鋤いた。 「カウパー腺液だけでもどれだけの力があるのか判らない──コンドームも万全ではない し」 恭助は辛そうに微笑んだ。 「君が欲しい──全部欲しい。でも、最後だけは出来ない──こんな勝手なこと言って、許 して貰える?」 「馬鹿──!」 「ごめん」 「いいに決まってるでしょ?だって私も恭助の全部が欲しい。セックスしたくても出来な い、そんな貴方も恭助なんだもん。全部含めて好きなんだから仕方ないじゃない」 「うん……」 「大好き。恭助」 「ありがとう──深雪」 馬鹿。本当に馬鹿。 だったらなんで、もっと早く会いに来てくれなかったの? 綺麗な瞳を細めて笑う恭助の頬に口づけた。 「唾液や汗は大丈夫なの?」 恭助がキャミソールを脱がすのを手伝いながら訊いた。 「食器の共有の問題があったから、唾液は調べた。あと、風呂の問題もあるから、汗や垢の 分泌物も。血液も、少量ならば問題ない。精液やカウパー腺液は、俺が我慢すればいいだけ の話だから、時間もなかったし研究出来なかったんだよ」 「まさか自分で調べたの?」 「うん──俺、内科の研究医だったんだ」 「私、貴方の力になれるかもしれない──今、A製薬で薬品の研究をしているの」 「ありがとう、嬉しいよ」 恭助は初めて、本当に嬉しそうに笑った。 そうだ。私はこの笑顔が大好きだったんだ。 恭助のTシャツを脱がそうと、手に掛けた時、ピンと大きく張っているトランクスの中央 が目に入った。 この奥に、彼のものがある。 恥ずかしさと哀しさに、私は目を反らした。 恭助の躰を見つめる。 体毛の薄い滑らかな躰。しっかりとしているが、思っていたより華奢だ。 筋肉の付き方として考えれば、ボディービルダーやプロレスラーのようなそれではなく、 空手家や中国拳法使いのような細くしなやかな体躯だ。 それでもくっきりと割れた腹筋と下方に濃くなっている体毛が──そそる。 恭助が手を伸ばし、細やかな動きで──引きちぎらないよう、とても注意しているのだろ う──ブラのホックを外す。 ぷち、と音がしてホックが外され、私は慌てて胸を隠した。 「見せてよ」 「や……」 「約束したよ」 「やっぱり、電気消して」 「駄目」 胸を隠した私の手は容易に外され、彼の視線に晒される。 「基準が判らないんだけど──大きい?」 「もう!そんなこと言わないでよ!!」 「感動する」 「え?」 「俺、君の躰見たのって多分小3の時以来だし」 「私だってそうだよ」 「凄く綺麗だ……」 やわやわと揉みあげる。 「あっ……ふぁん……っ…」 「深雪──」 恭助はまた胸を舐めた。 舌のもたらす甘い疼きは下半身の奥──残すはあと一枚の小さな布切れの奥で切なく疼い ていた。 溢れる蜜は太股まで濡らし、伝っていく感覚はそれだけで愛撫のように感じられた。 指先でコリコリと撫で上げれば、つんと尖って、まるで彼の舌を欲して喘いでいるかのよ うだ。 恭助にのし掛かられて胸を愛撫された私は、彼の髪に手を入れそれを弄んだ。 徐々にそっと指先を落とす。 なだらかな背を伝い、腰元まで。 でも指は彼のトランクスに阻まれる。 彼は性急に私のショーツを取り去った。 今日は勝負下着でもなんでもない平凡なものなのが、ちょっと悔しい。 もう、自分でもとろとろなのが判るそこに、恭助は指先を差し込んだ。 入り口をくちゅくちゅ音を立てながら弄る。 快感のポテンシャルが上昇し、恭助の背に乗せた指に力を入れた。 「ああああああぁ!!」 「深雪──!」 「あっ……あっ……あっ……」 喘ぐ私に口づける。 中をなぶる指と口をなぶる舌、二つの快感に呑まれ、翻弄される。 親指がもう一つの快楽を呼び覚ます。 入口に顔出した小さな突起は、痛いほどの快感をもたらした。 「あんっ……あっ…恭助、恭助……恭助!」 「深雪──!」 大好きな人が私を呼ぶ。 あまりにも気持ち好くて死んじゃいそう。 「みゆ……イって」 懐かしい幼稚園時代の呼び方で恭助は私をいざなった。 「────っ!!!」 * 荒い息を吐き、調わぬ息のまま恭助とキスをする。 私だけ──という不満が残る。 でも彼の精液に触れずに彼を導く方法は無いのか。 私はあるものを思い出し、彼のトランクスに手を掛けた。 「みゆ……駄目だよ。さっき話しただろ?」 「うん、直接触らなければいいんでしょ?」 「?」 「恭助の精液を体内に入れず、貴方の手伝いをする方法──ちょっと待ってて」 私はベッドから立ち上がり、机の中をごそごそ探した。 あ、あった。 「これ。コンドーム。どうして持っているのかは、大人の女のタシナミです。解る?」 「────」 「そこ!細かく詮索しない!私はご存知の通り、処女ではありませんから──ごめん ──こういうものも持っていたりする訳です。でも言い訳すると、現在はフリーです。男性 経験豊富って訳でもないからね。今は貴方だけです。了解?」 「うん」 「前置きが長くなりました。で、提案。貴方のものに貴方がこれを被せ、私が愛する。こう いうのは嫌?」 「いや……じゃない」 「サービスとして、貴方に私の躰を自由に触らせてあげます。如何?」 「如何って──もう少し情緒のある誘い方って出来ないの?そんなえっちな格好して」 「だって──」 「だってじゃないよ。俺に他の男のこと話して、嫉妬させたいの?」 「そんなつもりじゃ──」 「そりゃ、お互い28で初恋を貫き通してるとは思わないよ。君、散々中でも感じていた し。でも、ああもあからさまに言われると傷付く」 「じゃ言わせて頂きますが、貴方はどうなの?」 「俺?」 「うん。童貞──?」 「ごめん──」 「相手は?」 「留学時代のガールフレンドです」 「留学してたんだ。向こうの人?じゃ、私のことずっとって嘘?」 「それは──嘘、じゃない」 「私も嘘じゃない。お互い、そういうこと、なんだよ」 「そうだね──」 「初めてはあげられなかったけど──私の恋心はずっと恭助だけのものだけど、それでは駄目?」 「駄目じゃないけど、嫉妬する──くそっ、アメリカなんか行くんじゃなかった。此方の大 学に入って君に会いに行って、さっさと告白しとけばよかった」 「ずっと、向こうに?」 「ああ──WATTMに入るまでずっと。向こうで医者になった」 「そうだったんだ──」 恭助の過去が一部判った。 アメリカで──何かあったんだ。 * 赤黒く屹立したものを私は愛おしく見つめた。 口で舌でその昂りをより高めたいところだけど、ぐっと我慢する。 恭助がそれを着けているところをじっと見ていたら照れ臭そうに「見るなよ」と言った。 でも見ちゃうけど。 電気消してくれなかった恨みだ。 装着完了した恭助は苦笑した。 「情けねぇ、俺」 「そう?」と言いながら、そっと握る。 さっきイかせてくれたお礼をしなくちゃね? 性豪──には程遠いし、実はまあ相手は今まで2人だけなんだけど、それでも今までそれ なりに体験して、でも本当はずっと忘れられなかった大事な人に、私の想いを知って貰いた いから。 薄いゴム越しにその熱さが伝わる。 ごく、軽く扱いてみる。 わっ……あれで、半勃ち?どんどん大きくなる。 えっと──これ、もしも恭助の躰が正常でも、私、無理かも。 私の性体験が少なすぎるせいかもしれないけど──ちょっと、このサイズは無理。 でも、そんなことはとても言えず、私はそっと袋の方にも手を伸ばしながら愛撫を続け る。 恭助は長い睫毛を伏せ、眉を寄せている。 でも手はそっと私に伸ばして、乳を揉んでるけど。 「どう?」 自分で言い始めたことなのに、妙に恥ずかしくて、声が震えていた。 「ん──気持ちいい……もっと力入れていいよ」 「こう?」 「あぁ……」 大好きな低音が妙に艶っぽくて、私の方が興奮する。 「深雪は、胸とここ──どっちが好き?」 「あぁっ……」 「こっちか。それじゃ、中と…」 「ひゃぁんっ……」 「こっちは……?」 「ぁぁあんっ」 「どっちも気持ちよくなっちゃったら判らないよ」 「だって……」 「舐めていい?」 「ぃやぁっ…………」 まるでシックスナインのように恭助は私の中に舌を差し込み、私は彼を扱く。 彼がわざと音をたてて舐めていることに気付き、私は躰を赤らめる。 酷い──でも大好き。 クリトリスを吸い上げながら、ヴァキナを指で探る。 ああ──恭助の指はなんで私の弱点を知っているんだろ? 指を増やされ奥を突かれ、舌先で突起をなぶられる。 甘い嬌声が切羽詰まって、獣じみてくる。 気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい、恭…助……!! 「みゆ……俺、もうイきそう……」 「うん……恭助……」 「あ──」 「恭助……恭助……」 「あっ、みゆっ!!」 「きょう、すけ……」 「うっ……ああっ!」 射精の瞬間、私は恭助に手を掴まれて離され、彼はゴムの中に独りで吐き出した。 それでも絶頂の余韻に浸る私は、彼の背に抱き付いた。 この歪んだ愛の形は切なかったけど──それなりに満足の行く形として結実した。 避妊具と一緒に持ってきていたティッシュに始末を終え、彼はそっと私を抱き締めた。 「ありがとう──」 セックスの後、お礼を言われたのは生まれて初めてだ。 * シャワーを浴びた恭助はまた元の黒づくめに戻った。 最後にもう一度、キスを交わす。 「行くの?」 「ああ──」 恭助はまた、哀しみを背負った戦士の顔に戻った。 『行かないで』と言いたかった。 『また会える?』と訊きたかった。 でもそんな言葉は全部飲み込む。 だから── 「死なないでね、恭助」とだけ言った。 恭助は哀しげに笑う。 『また来て』 『また会いたい』 「さよならは言わないよ」 「うん」 握った手を離したくない。 「恭助──」 「ん?」 『アイシテル』 私は精一杯の笑顔を浮かべる。 「会えてよかった。ありがとう」 全ての支度を終えた恭助は、振り返って私を抱き締める。 こんな時なのに、羽毛のような優しい抱擁。 「俺も、さよならは言わない」 「うん」 「何も約束できないけど──」 「解ってる」 「そうか──」 「そうだよ」 「俺の連絡先は教えられないけど、みゆの携帯教えて」 「判った。名刺渡す──」 その瞬間、手を離してしまったことに気が付いた。 「深雪──行ってくる」 その瞬間、恭助は昔からの私だけが知ってる笑顔で出掛けていった。 「結局、名刺持っていかなかったじゃない。馬鹿──」 恭助のいなくなった玄関に呟く。 私は知っている。例え、恭助は名刺を持っていったとしても、連絡して来ないだろうと。 いつかまた会えるのだろうか? 今度は会った時、恭助はどんな男性になっているんだろう? また会いたい……また会いたい……また会いたい……また会いたい…… 心の中はさざ波のように同じ言葉を繰り返していた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |