ユキと精さんの話 5
シチュエーション


大学1年の冬、精さんと想いが通じてから、今まで1年ちょっと。
大学3年になった私と精さんの関係が、何か劇的に変わった、というのは無くて。
赤ん坊の頃から知られてる関係だし、それまでと大して差がないのは仕方ない。
でも……16歳の歳の差があっても、対等でいたい、というのは私のワガママかな。

最近、短期留学するために精さんの事務所のバイトを止めて、2つバイトを始めた。
定年して今はパート社員として勤めているお父さんに、学費以上の負担はかけられないし。
精さんが絶対行って来い、って言ってくれたから頑張るつもりでいたけれど。
やっぱりあれもこれもと、私が欲張りなのがいけないのかな?
すごく忙しくなって、ただでさえ少ないふたりだけの時間が減った。

家が隣だとはいっても、親や近所の目が気になって、ふたりの時間を作るのが難しい。
用もなく長く精さん家にいることはできないし、私の部屋でふたりで過ごすなんて絶対無理。
だから、いつももっと寄り添いたいと思うのに。



今夜は自転車サークルの飲み会……じゃなくて、臨時総会なんだって。
この間のイベントで出会った人が入会したので、それを歓迎するのだそう。
その歓迎会に私も一緒に参加する。

春とはいえ、夜は冷えるしコートなしじゃ、まだ肌寒い。
特に今夜は。
いつもふたりでいる時は、気持ちは温かいはずなのに。
一昨日ちょっとしたことがあって、精さんと手を繋ぐのを躊躇っている。
といっても、普段精さんは照れくさいと言って、人前では手を繋ぎたがらない。
だからデートの時は、いつも強引に私から手を繋いでる。

うん……きっと精さんは面白くなかったんだね……。
でも、そういうこと、顔にも出さないんだもん。
いつものように笑って傍観してるんだと思ってた。
……たぶん……私が立て続けに、合コンや送別会とかに出たからなんだと思うんだけど。

私も学生のお付き合いとはいえ、断わり切れないものだってあるから、人数合わせに出かけることもある。
またこの時期は歓送迎会とかにかこつけて、やたら飲み会があったりする。
ゼミの懇親会の翌日、精さんがめずらしく不機嫌になってるのに気がついた。

だからって、こそこそ悪いことしたわけじゃないし。
私も開き直って、昨日は必要なこと以外はしゃべらなかった。
……本当は、ちゃんと言って欲しかった。
時々精さんが、言いたいことを飲み込んでしまうのを、私は知っている。
またかよー、とか、心配だ、とか、行くな! ……とか。
気持ちを、伝えて欲しいのに。

だって……「好きだよ」ってコトバ、普段精さんはあんまり言わない。
いつもオトナな精さんは、みんなの前ではいつもどおりにしてる。
あたり構わずベタベタするのは、私も好きではないけれど。
一番最初は、お互いに言葉に出して確かめたはずなのに。
体温を確かめることも、言葉で確かめることも、両方大事だと思うのに。

いつも感情の起伏を見せないようにしてて……どこか遠慮してるみたいに。
……抱き合っている時も、そっとそっと気遣ってくれる。
大切にされていること、わかってる。すごく幸せすぎるくらいに。
でも、そんな風に私を抱いて、嫌にならないのかな。
気遣いすぎて、疲れないのかな。

もっと、乱暴にされても、いい。ううん、して欲しい。
本当は、押し倒されて、容赦なくされても構わない。
私そんなに弱くないよ。
辛いなら、ちゃんと言える。
私は、対等なつもりでいるのに、精さんはいつまでも子ども扱いして……。

ずんずん前を歩いて行って、やっぱりあんまりこっち見ない。
そろそろ仲直りしたい。
手も繋がずに、ほとんど無口で歩いて行って、あっという間にお店の前に到着してしまった。

「こんばんは〜。ユキちゃん、元気そうだねえ」

嶋岡さんが向こうからやってきた。何故か、ホッとする。
サークルの人たちと私は顔見知りで、すごく仲好くしてる。
最初は精さんの元会社の人との小さなサークルだったのが、意気投合した人とかが入会して増えていったのだ。
趣味での人の繋がりって、素敵だなあって思う。

「嶋岡さん、こんばんは。いよいよ娘さん、受験生ですね〜」
「カミさんに、にらまれちゃってさあ。今年はレース以外は参加できないかも」

嶋岡さんには中学生の女の子と小学生の男の子がいたんだよね。
奥さんとは学生結婚だったらしく、いまだに頭が上がらない、て言ってたっけ。

「ウチのことより……佐々木とは仲良くやってるみたいで、オジサン安心してんだよ」
「はい、まあ」
「嶋岡、寒いんだから、さっさと店に入ろうぜー」
「はいはい。なんだよ照れちゃってさ。あ〜あ、幸せ僕にも分けて欲しいよ」

「充分幸せだろっ」と精さんが嶋岡さんの頭を小突きながら、店の階段を上がっていった。
うーん、今はちょっと微妙な空気なんだけどね。
この飲み会で機嫌が治るといいんだけどな。
続こうと思ったら、嶋岡さんが急に立ち止まって振り向いた。
ぶつかりそうになって急停止した私に頭を寄せて、声を抑え気味に話しかけてきた。

「ユキちゃん……あのさ……」
「はい?」
「うーんと。佐々木はユキちゃんしか見えてないから。それは僕が保証する」
「……なんですか、唐突に……」
「ユキちゃんは、佐々木の唯一絶対の存在だからね。誰が何と言おうとさ」
「え? ……エへへ……嶋岡さんも、唯一絶対、奥さん、でしょ」
「へ? ウチ? ウチか……僕がそうでも、カミさんにとっての唯一は子どもだろうなあ」



みんな楽しそうに飲んでる。
新しく入った人は、……サークル最年少だろうな。26歳の女の人だった。
彼女は立ち上がって、挨拶と自己紹介を始めた。

「飯田小春といいます。先日の湖の一周で、ここのみなさんに助けていただいて」

ええと、ひどい転倒をして、ケガをしたんだっけ。
単独で参加していたから、みんなで手助けしてあげた、って精さんから聞いた。

「偶然家も市内だし……ということで、佐々木さんに誘っていただいて……」

飯田小春さんは、そこで言葉を区切って、ちらっと精さんの方を向いて、にこっと笑った。
……んんん!? 誘って……って?
何? 今のは、ひょっとして……飯田さん、精さんのことを……?

「ユキちゃんに、ライバル出現」

ぼそっと隣で声がした。
私の隣は、私が一番仲好くしている、お園さんだ。
園子さんという名前だけど、みんな、お園ちゃんとかお園さんとか呼んでる。
私を見る横目が、きらきらしてる。
いたずらっぽい……ていうか、面白がっている目をしてる。

「一応さ、家近いし、誘う、って社交辞令でしょ。気にすることはないよ」

お園さんは言葉だけは真面目に返してくれた。
そうだろうけど。
そのうち彼女の挨拶が終わって、みんな一斉に拍手した。私も、一応。
場が落ち着くのを待ちかねたように、お園さんが私のグラスにビールを傾けるしぐさをした。

「ビールじゃないほうがいい? それともウーロン茶かジュース?」
「わっ私もう、オトナなんですからっ……私、水割り飲みたい気分なんで。お園さんは?」
「ん? あたし、ビールで……うーん、でも、じゃあ付き合うかな」

今年還暦だという落合さんが「最近飲んでないから、ワシも飲むかな」って言うので、
お園さんが店員さんに水割りを3つ注文した。

「ユキちゃん、今日は、飲む?」
「……飲む」
「よし」

私よりちょうど10歳上のお園さんは、性格はさっぱりしてて、かっこいい。
会社では部下がいて、バリバリ働いているらしい。
私の気持ちを察して、気遣ってくれてる……今日は、お園さんに身を委ねちゃおう。
さっきとは打って変わって、隣の飯田さんと楽しくやってる精さんなんか、知らんっ。

……どことなく、彼女の媚を感じてしまうのは、私の嫉妬のせいだけだろうか
精さんも当てつけるみたいに楽しくふたりで話してないで、他の人とも話せばいいのに。
いつもは精さんが誰と話してても、これほど気にはならなかった。
胸が、チクチクする。

うーん……楽しそうだ。
小春ちゃあん、て嶋岡さんがすでに気易く声をかけてるのには、ちょっと笑えた。
小春ちゃんはやっと立って、他のテーブルにまわって、みんなと挨拶がてら話し始めた。
ホッとする。でも……こっちにも来るんだよね……。

「よろしくおねがいしまーす。え……と」
「秋山雪です。お隣が岸井園子さんで」
「この間会ったよねえ、よろしく……ケガ大丈夫そうね」
「おかげさまで、すっかり」
「年齢的には、ユキちゃんが同世代だよね……て、ユキちゃんハタチだっけ?」
「……はい」
「同じ20代ですよね、さっき佐々木さんから聞きました」
「そうですか」

にっこり愛想笑い。ちゃんと笑えた。
でも、「佐々木さんから聞きました」って何? 精さん、勝手に人のこと教えないで。
ムっとして顔を上げると、視線が合って、小春ちゃんがパッと笑い返した。
すっごく笑顔が素敵だ。
それに比べて私は、愛想笑いしかできなかった……。最低だ。

「他にもいるよ、20代。おうい、田中くーん、こっちに来てー」

お園さん、恥ずかしいくらい大きな声。酔いが回ってきたのかな。

「田中智樹、28歳。独身、彼女いない歴……」
「お園さ〜ん、やめてくださいよ、恥ずかしい。この間会った時、自己紹介しましたよお」

田中さんは顔が赤い。お酒と照れてることで、だね。

「そうだったねえ。あははは」

お園さん……水割り、私の残したのと別に2杯空けてる……大丈夫かな?
あ……小春ちゃん、こっち見てる。綺麗な目……でも、険がある。

「ユキさんて、湖のイベントにはいなかったですよね?」
「あ……敬語、いいですから……あの、私あんまり自転車乗らないんで」
「えっ……そうなんだ。でも、どうして」
「ま、まあ裏方というか、スタッフ? みたいな感じで」
「そうなの」

ビールを注ごうとした小春ちゃんに対して、コップを塞いでやんわり拒否した。
なんだか、小春ちゃんのを受けたくなかった。

「水割り飲んでるんで、ビールいいです……」
「ああ、そうなんだ。グラス空だから……注文しようか」
「自分でしますから」

もう一度愛想笑いを作った。
その時、横からお園さんが小春ちゃんを引っ張った。
田中さんを売り込むつもりのようだ。
「ちょっと、お園さん……」と田中さんが戸惑っている。
「おお、若い連中はもう仲良くやってるじゃないか」……隣のテーブルから落合さんの声がしてきた。



しっかり酔ってる精さんが、黙ったまま服をひっぱってる。
二次会行くぞ、ってことだと思う。
やだ。
だって、精さんの横にちゃっかり小春ちゃんがいるじゃんか。
精さん、わざと? 私に仕返しのつもりで、当てつけてるんだろうか。
小春ちゃんと次の店の相談してる。
小春ちゃんの手が肩まで上がって、今にも腕を組みそうな雰囲気……に見えた。
精さん、帰りにそのまま小春ちゃんに連れられて、断り切れず……なんてことないのかな。

……なに考えてるんだろ。
精さんがそんなことするわけないじゃない。
でもでも、積極的で素敵な小春ちゃんが本気を出したら、精さんはどうなるんだろう。
小春ちゃんは明らかに精さんのことを、男の人としてみている。
お店から出てきたとき、熱っぽい瞳で精さんを見ていたのを私は知っている。
あの人は私より大人だ。素敵な笑顔をいつでも作れる。
お園さんと同じ社会人としての落ち着きとか、女性らしさとかそういうものが感じられた。

それに比べて、私はどうだろう。
まだ学生で、やっとハタチになって……今の私には、自信がない。
愛想笑いを浮かべるのがやっとで、素敵な笑顔を作って向き合うことさえできなかった。
一昨日からの精さんや自分の態度を思い出して、情けなくなった。
子どもじみた……意地っ張りな私に、精さんは愛想を尽かしたかもしれないな。

オトナの恋人同士に見える、今にも寄り添いそうな、お似合いのふたりをまた見てしまう。
……胸の奥にある、重く苦しいものがむくむくと大きくなっていく。

「今日は帰るね、精さん。明日、学校行く用事思い出した」

思わず、言ってしまっていた。
振り向いた精さんは、えっ、て顔してる。
自分の傍から離れかけた精さんの袖を、小春ちゃんが引いたのが見えた。
ああ、ここはやっぱオトナになるべきか…………ううん、もうこれ以上、ここにいたくない。

「ええっ、ユキちゃん一人で帰るの?」

傍にいた嶋岡さんにも聞こえたみたい。
嶋岡さんがお店に入る前に言ってたこと、なんとなくわかりましたよ。
でも、今日はダメです。
このままここにいたくないの。

「ユキちゃん、帰るのォ、じゃあユキちゃんの分まで飲んでくるわね〜」
「よろしくでーす、お園さん。……あ、落合さん、帰りますか? 駅まで一緒ですよね」
「ワシも帰るけど、女房がそこまで迎えに来てくれるんで、方向違いだねえ」

精さんが、小春ちゃんに話かけてるのが視界に入ったけど、目を伏せて見ないようにした。
じゃあね〜。
お園さんたちが手を振ったのをいいことに、「さようなら」と挨拶して、さっさと歩きだした時――。

「俺も、帰るわ」

精さんの大きな声が聞こえた。
少しの距離なのに、走ってくる足音が私の後ろで止まった。
振り向くヒマもなかった。
急に腕を掴まれて、手袋もしていない冷えた掌が、大きな手でぎゅっと握られた。
心臓が跳ねあがる。

「精さん……みんな、見てるよ……」
「置いてくなよな」

私から目を逸らしてみんなの方に顔を向けながら、ぼそっと言い、そしていつも通りに挨拶する。
私は血が逆流していくみたいな感じで、体がカチカチになってしまっている。

「みなさん、お先に失礼します。二次会の場所は、嶋岡に任せたので……」
「おう。任せろよ。田中くん、小春ちゃんから店を聞いて、電話してくれるかい?」

嶋岡さんは、テキパキとみんなに話をし始めた。
お園さんがすっごく嬉しそうに「仲良く帰りなさいよ〜」と手を振っている。
それに応えるように、精さんが指を絡めて繋ぎなおして、高く上げた。
……精さん、恥ずかしいよ。
でも、精さんは、落ち着いてる。こんな精さんは、初めて。
いつもと逆になってしまった。

胸がドキドキして、体が熱い。
ものすごく照れてしまうのだけど、でも、泣きそうなくらいな幸せも感じてる。
喉の奥がむずむずする。
『精さんは私だけのもの』そう言って叫びたくなった。

けれど一瞬視界に入った、目を見張ったような小春ちゃんの表情からは、急いで目を逸らせた。



電車を降りて、改札を出る。
ずっと言葉を交わさずに来てしまった。
でも、電車の中でもずっと、手は繋いだままだった。
そのまま歩いて、いつの間にか、川沿いの道に出ていた。
冷たい川風にあたったおかげで、酔ってふわふわした感じが少し醒めてきた。

精さんの方は、心なしかまだ足の運びが、ふらふらしているようで、心配になって振り返った。
瞬間、あっ、と息をのみ込んだ。
まるでスローモーションを見ているみたいに、灯りを背にした精さんが私の体を覆った。

「あ、あのっ……精さん……ちょっ……苦し……」
「ユキい……なんだよ……」

お酒臭い。
抱きつかれた私の体に、精さんの体重がかかる。

「……なんで、一人で帰ろうとした?」

なんでって、言いたくないし……言えない。
顔を私の肩に伏せてるから顔が見えないけど、珍しく、声が怒っているみたいだ。
今日の精さんは、いつもと違いすぎて、また心臓がどきどきしてくる。
そしてお店に着くまでの、黙ったままの精さんを思い出して、戸惑ってしまう。
私の体が締め付けられるぐらい、精さんの腕の力が強くなった。

「精さん……肩、痛いよ……」
「……明日用事って……なんで、嘘ついた?……」
「……だって、精さん、ずっと……怒ってたでしょ」
「……怒ってない」
「……うそ……」
「ユキだって、どうして俺を置いてこうとしたんだ?……こっち見ないし」

どうして、ってそれは、口をきいてくれない精さんの所為……って言おうと思った。
でも。
小春ちゃんのことが瞬間に頭に戻ってきて、苦しくなった。
ふたりのことを勝手に妄想して、いらいらして、それから、自己嫌悪して。

 「……ごめ……なさ……」

急に腕の力が緩んだ。
私の肩に大きな手が置かれ、精さんが顔を覗き込むように顔を近づけてきた。
心配そうな視線を避けて、慌てて目を閉じた。

「俺の所為か?」
「…………私が、いないほうが……楽しいかな、って思って」

さっき考えてたことを思い出して、胸が苦しい。
鼻の奥がつんと痛い。目が熱くなってくる。
咄嗟に顔を下に向けた。

「なんで、そんなことを言うんだ」
「だって……だって……」

顎を持ち上げられて、思わず精さんの真剣でまっすぐな視線にぶつかった。

「ちゃんと、言って」

今度はすごく優しい口調で言われたから、言わない、と思っていたことが、ぽろりと出てしまった。

「小春ちゃんと楽しそうだったから」

また、目を閉じた。
ホントは精さんにも、『ちゃんと言って』欲しい。
でも、その一言をちっとも言えなかったな、私も。
バカだ、私は。バカで、どうしようもなく子どもなんだ。
だから、あの小春ちゃんの、素敵で積極的な笑顔には敵わないと思ったんだ。

同じ目の高さにいたいのに、自分からそっぽを向いてしまった。
対等でいたい、と思いながら、オトナな精さんに、甘えるだけ甘えてた。
精さんを我慢させた揚句、黙らせていたのは……私の方だ。
抱きしめられてばかりいないで、自分から寄り添えばよかったんだ。
涙が、止まらない。

「ユキ」

精さんの熱をもった頬が、頬に触れた。
同じような温度の掌が、涙を拭ってくれた。
温かかった。

「なんだか、うれしいなー」

耳に息がかかって、くすくすと笑う声がする。
精さん……なんでうれしいの?
次の瞬間、私の体がぎゅうっと精さんに抱きしめられた。

「可愛いなあ、ユキ」

よ、酔ってる?
やっと精さんが離れて、私の顔の前で、子どもみたいに、にっと笑った。
でも私の肩を掴むと、急に表情を引き締めて、強く引き寄せられた。
あっという間もなく、唇が温かなものに覆われた。
すぐに舌が入り込んできて、口が大きく開いた。
深く深く舌を吸われ、息苦しくて、厚い胸に手を突っ張った。

「ちょっ……と……待って、精さん、ここ、外だよ……?」
「それが、なに?」

まなざしは真剣だけど、やっぱり精さん、酔ってる。
嫌ではないのだけれど、私はさっきのことで気持ちが落ち着いてない。
だから、精さんの行為に混乱してる。

「ユキが可愛いから」
「そ、それ……意味わかんない……」
「素直に妬いてるユキが新鮮で、すごく可愛い」
「や……やだ……今、私すごくヤな人なんだよ。精さんの所為にしたり、怒ったりして」
「怒ってくれよ。俺はユキのモンだーって、怒って」

にへへって笑う精さんが、なんだか可笑しく思えてきた。
少しずつ気持ちが落ち着いて、緩んでいく。
完全に酔ってるってわかってるけど、言ってくれるコトバが胸に落ちてくるみたい。
いつもこういうことを伝えてくれたら、いいのにな。
顔をくしゃくしゃにして笑う精さんの首に手を回して、自分からぎゅっと抱きしめた。

「精さんも、怒って……もっと。言いたいこと、言って、ね?」

言いたくても言えなくて、やっと言えた言葉に、なんだか切ない気持になった。

いつも精さんを見て、追いかけてきたよ。
抱きしめて、キスをして、また抱き合って。
心も体も、全部精さんに向いているよ。
……精さんが、好き。
ただそれだけを伝えたいのに。

「好き……なの」
「……うん」
「精さんが、好きなの。大好き」
「……わかってるよ」

言葉はどうしてこんなに軽いんだろう。

「ユキ……」

精さんの声が喘ぐようにうわずって聞こえた。

「帰ろう」

精さんの腕の力が、すごく強くなった。

「いたっ……精さん、ど……したの」

腕の力が弱まらなくて、精さんの呼吸が大きくなった。
精さんの温かい体温が、私までも温めてくれるよう。
耳に精さんの唇があたって、くすぐったい。

「あん……やっ」
「ここででもいい……ユキを…………抱きたい」

瞬間に、体がかあっと熱くなって……あそこがきゅんと疼いた。

「かっ、帰ろう、精さん…………ね?」

精さんも私も俯いて離れたけど、手は離さずに呼吸を整える。
ゆっくり合わせた視線をはずさずに、お互いに赤くなった顔で笑い合った。
精さんのポケットの中で手を繋いで、家へと歩き出した。
何も言わなくても、繋いだ掌の体温のせいで、体の中心までが熱くなっていく気がした。

***

あの夜、精さんの家に入るなり、玄関で長い長いキスをして。
精さんが「帰したくない」って、部屋に直行して。
私がコートを脱いでいる間に、精さんはひとりでベッドに倒れ込んで、
あっと言う間に眠ってしまって朝まで起きなかった。

翌日からしばらく、今度は私の機嫌が悪くなったのは、言うまでもない。






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