言えずの愛言葉(プロポーズ)
-2-
シチュエーション



「?……ああ、そうか」

不審なあたしの動作に気が付いたのか、少々不機嫌になりつつあった顔がほっと緩み、次第に口元に笑みが浮かび始めた。やばい!

「あの、し――きゃあぁ!?」

一瞬のことだった。

ぱっと視界が広くなったと思うと、寝そべってきた志郎に横向にされた躰を背中から羽交い締めにされた。またか!蛇男。

「よっ……と」

勢いをつけるとまたごろんと転がり、今度は仰向けに戻される。が、さっきと違うのは、背中――つまりあたしの下に志郎の体が。

「重てぇ。お前また肥えた?」
「余計なお世話っ!ていうか離せ!離してっ!!」

だったらどけ!

「贅沢だな。こんな良い肉布団ないぞ」
「どこが!?硬いしうるさいし」

つうか肉なんて無駄なもんほとんどないじゃん。嫌みだな、おい。

「すぐ良くなる」

両手で鷲掴みにした胸を揉み始める。

中指の腹で乳首の先を押し込んだり、転がすように擦られたりしながら、必死に目線のやり場を作る。

乗っかってた志郎が下に潜り込んだせいで、さっきまではそれを盾に誤魔化し続けた視界にダイレクトに天井が映り込む
ようになった。

脇に流れても寄せられて持ち上げられた胸の肉がふわふわと揺れる様を見せられて、それに弄られる敏感な頂点の刺激が上乗せ
され、余りの仕打ちに声をあげるのも憚られた。

「……っく、うう……」

首筋に絡みつく髪をなでるように唇が動く。

「見ろ」
「いやっ……あ、あぁ……ふっ……ぁ」

志郎の口元から熱い息が零れる。

「俺が見てるお前の姿だ」

低く響く声と指の動きに背筋を通して震えが体中に走る。

くすぐったくてもぞもぞして、熱くて喉がからからになるのに呻く事しか出来ない。

我慢していたつもりの声は、あっさりと引き出されてしまった。

決して美しい裸体とは言えない自分のものを正視など出来るわけがない。

なのに、志郎はそこから目を逸らす事を許してくれない。

「秋穂」
「いやっ!」

ぐいと引き寄せるように太ももを広げられ、またそこに手が伸びる。

じわじわと溢れる蜜を確かめるように撫でると、窄みの周りをゆっくりと円を描くように指を差し込みかけては止める。

「欲しいか?」
「あ……や……んっ」

まだ達していない躰がもっと触れてほしいと疼いて、腰がびくびくと跳ねる。

「だったらちゃんと見るんだ」
「なんで……やあぁぁっ!?」

ずるんと数本の指で待ち望んだ快感の中心を擦り上げられる。

「うぁ――あ――あああああっっ!!」

じいんと内股から腰、背中へと言葉にならない痺れが伝う。熱く濡れて、頬が真っ赤に染まっていくのが見なくても解るくらい。

「やらしいな。こんなに脚開いて、全部丸見えだぞ」
「やめっ……言わ……」
「だったら止めちまうぞ。望み通りに」

音を鳴らしてかき混ぜていた指を離して、脚の付け根をなぞる。

中途半端に弄ばれたそこはいきなり途中で放り出されて、有り余る余韻に浸りながら疼き残る波を持て余す。

「酷っ……」
「なら、ちゃんと見てくれ」

言葉はきつくても、声は穏やかで優しい。

また焦らして意地悪くなぞる指も、ゆっくりと胸を包む手のひらも、暖かくて優しい。

こういうとこ、ずるい。

言葉通り強引に乱暴で滅茶苦茶にされてたならば、思い切りぶん殴ってでも刃向かうのに。

恐々と開けた目に、鏡の中のあたしが映る。ああ、やっぱり真っ赤な頬して、涙と汗で髪もぐしゃぐしゃだ。これは酷い。

「これを俺は見てるわけだが」

ひええっ!!酷い、これは酷い。普段なら多分すっぴん……。うーん、剥げたメイクもそれはそれで目を背けたくなるような
有り様だが……。

百年の恋も冷めるよこれじゃ。

セックスしてる女ってなんて滑稽なんだろう。

またそこに指が這わされ、脚が跳ねる。

目を逸らして、脚を閉じようと頑張った。だけど、擦りあげられる度に力が抜けていくうちに、気づけば志郎の曲げた膝の上で
同じ様に脚を広げて霰もない格好を晒していた。

「エロいだろ」
「は……ずかしっ……あ……んっ」

突き出た胸を揺さぶられる様が、滑稽でこの上無く恥ずかしい。

「こんな真似余所で出来るか?」
「出来ない……」

無理。

やっと志郎とするのにも慣れてきた所だと思ったのに、こんなんだったとは……。

客観的に見ると、物凄くはしたない。エロビデオのヒトって……凄い。

「だったら覚えとけ。これを見て良いのは俺だ。俺だけだ。だから俺から逃げようなんて思うな」
「何を……」
「俺は蛇よりしつこいぞ」

秘裂を押し広げられる感覚がして、思わず眉をひそめた。外気に触れて丸見えのそれが鏡に映るよう腰を高く上げられる。

流石にまともには見えないけど、そんな格好させられてるのがあんまりだと思って抗議した。

「ちょっと!いい加減にし……」
「そのつもりだが」

言い終わらないうちに、志郎の指が中に入ってくる。

「……く、あ……っ」

ぐちゅぐちゅとお尻まで濡らしながら、出し入れされる。大股開きで映し出される自分の痴態に眩暈がしそうになった。

「お前を逃がしたくなかった。だから先に捕まえて、離れられなくしてからでも良かったんだ。お前を完全に振り向かせるのは」

何もかもすっ飛ばして、形ばかりを先に作ってきてしまったあたし達。

気持ちはこれからでも追いつく事が出来るのだろうか。

でも。

「志郎……」
「何だ」
「……こんな真似……相当勇気のいる事って……解ってる?」
「……解るよ……馬鹿が」

引き抜いた指を速く強く動かして、突起を包んで撫で擦る。

「――ああっ、ああっ、あ――ああああっ……」

振り向いたから捕まったの。

「お前はもう、完全に俺のものでいいのか?」
「いい……んっ、あっ、ふ、んん、あ……あ……っ」

解り合えるまでにはまだ時間はたっぷりとある。

一生掛けてそうなれば良い。

限界が近付いてきた。下半身だけが酔ってるみたいに、ふわふわして力が入らない。

引っかくような志郎の指の動きに一点が熱く震えて抑えが利かない。

あれだけ嫌がった喘ぎ声も、今は堪える術なく弛んだ口元から絶え間なく押し出される。

それを見て悦ぶ鏡の中の志郎に怒る気力も湧いてなど来ないし。

ころんと横に倒されてまた戻されると、今度は志郎に見下ろされる。

下着に手を掛けて下ろし、器用に足を使いながら脱ぎつつ訊いてくる。

「俺が欲しいか?」
「ん……あぅっ」

また少し弄り始めながら声を掛ける。触れられて敏感さを増したそこがまた痺れて疼き出す。

「俺が要るか?」

脱ぎかけの下半身に目をやる。お腹にくっつく勢いでその気になってるそれに触れてやると、

「ばっ……」

と小さく呻いて腰を引いた。

「志郎は?あたしが要る?あたしの事……」

――どう思ってるの?

訊いたらきっとこう答えるだろう。

『解れよ、馬鹿』

ほんとは訊かなくても解るよ。不器用な優しさも、横暴なアプローチも、それらに隠されたあんたの気持ちも。

でもそれだけじゃ満足出来ないのが女なんだよ。

だから不安になる。

『言葉だけじゃなくて態度で示して欲しい』なんてよく言うけど、あたしは鈍感だからそういうのだとよく解らない。自信がない。

だからはっきりとそれを伝えて欲しいと思う時があるのだ。

あんたがそんな事出来る男だとは思わないよ。寧ろ諦めてる。けど、一度くらいは言ってくれてもいいじゃない。

「……また嫌われるのは……辛い」

ぼそっとこれ以上なくか弱く小さな声で呟くと、あたしの手を自分のモノから離し、

「そういうの、無理しなくていい」

と押し返した。

そういやこいつ、強引我が儘俺様野郎のくせに、あたしにあれを強要した事は無い。てっきり頭を押さえつけてでも――とか、いや、
勝手な想像だけど。あってもおかしくないんだよね。

「お前が本気で嫌がる事なら出来ん……」

悪いと思ってるのか。

ずるいよ。これじゃ逃げられっこないな、と肩の力が抜けた。

あほらしい。拘ってる自分の方が、なんか悪いみたいじゃない。

「そろそろ突っ込みたいんだが」
「ちょっと!」

しおらしいと思ったらこれだよ。

足首まで落っこちてた下着をぽんとそのままベッドの縁に蹴落として、ぬるぬると滑る躰の真ん中に擦りつけてくる。

「う……ぁ……んっ」

あったかくて気持ちいい。志郎の先であたしのちっちゃなそれをツンツンと突いて来る。少しの刺激でも腰にきそう。

位置を変えて入ってきた。

するりと何の抵抗も無くそれを受け入れる。あたしの躰はもうすっかり志郎を覚えてしまった。最初の日が嘘みたいだ。だって
ナマだったのに痛くて。

……。

ナマ?

「ナマ、なま、ちょっと生!?」

今、何もせず挿れたよね?ゴム、持ってないよね!?持ち歩く習慣ないもん。

「仕方ないだろ。良いじゃないか、問題はない」
「良くない!」

だってこんな……中出しなんて今されたら、後が大変だろうが。あたしはこの後自分の実家に帰るのよ!?ごそごそやってたら
親にだって何て言い訳すんのよ。風呂だってそう簡単に入りにくいんだからね!?

枕元にゴムはあるけど、それは嫌だという。

「悪戯されてるとこも多いからな」
「よくご存知で」

あたしだって知ってるよ。ていうか聞いた事くらいある、そんなの。

でも、いかにも知ってるふうに言うことないじゃない。

……何回くらいあるんだろう?

頭の中をふっとそんなのが掠めた。ああやだ、これじゃ妬いてるみたいじゃん!そりゃ何人かは彼女、いたみたいだし。

慣れてんのかな……。

「何だ急に」
「え?べっつにぃ……」
「気に食わん事は言え」

ぎろりと睨まれた。出た、柄の悪い目つき。よそじゃ絶対やんないけどね。

「……知らない」

知らない。あたしやっぱり志郎の事知らない。

幼なじみで、一緒に暮らして、結婚だってする。

けど、ちゃんと好きになって、デートとかして、それからそういう関係に……なんて段階をみんなすっ飛ばしたから、まだ
浅いと思う。あたし達。

志郎にしたら、あたしをどうにかしようと食事に誘い続けてきた(本人曰く『餌付け』)がデートのつもりだったらしいけど。

「言っとくが俺はそんなに詳しいわけじゃない。そりゃまあ、それなりに無い事もないが数える程だ。マジだ」

あれ?てっきり逆切れされるものと思いきや予想外。びっくり。

「あまり長続きしなかった」
「……蛇よりしつこいから?」
「いや。執着する前に逃げられたからな。でも追いかける程の気力は俺には無かった。――今まではな」

そう言うと、いつの間にか一旦抜いていたそれを再び中に納めてくる。

「だからお前はそうならないように先に捕まえた。逃げられたら適わんからな」
「何そ……あっ、ああんっ」

腕を伸ばして見下ろしながら腰を揺らしてくる。

浅く、ゆっくりと微かに感触を楽しむような軽い動きに、多少の焦れったさを覚えて腰を浮かす。

「どうにかしたいのはお前だけだから、安心しろ。解れ」
「じゃ、もっと……」
「もっと?こうか」
「んやっ……違っ……あああっ!」

それまでソフトだった動きがいきなり深く激しくなった。

ずんずんと奥まで届くように、目一杯突いてくる。

これ、ゴムあったら痛い位かもしれない。

「い、色んな事……もっと、したいの」
「ほう」

脚をがばっと開くと、足首を掴んで角度を変えた。さっきとは違った部分が擦れてうずうずする。

「こっちのが良いか?」
「……っ」

もしかして意味はき違えてません?

「そうじゃなく……っ」

ぐじゅぐじゅと色んなものが絡む音がしながら視界が揺れる。

さっきよりも躰を起こした志郎のせいで、あたしの腰から上は勿論、所謂結合部までが揺れ動く彼の頭に見え隠れする。

ほんと、目のやり場に困る。

「それ、や、だめ……」

嫌がる事はしないって。

「嘘だな」

ずいっと腰を引き出すと、またその勢いで奥までつつき腰を捻る。

「ひぁ……あ……っ!」

背中が浮いた。ベッドの上で跳ね回ろうともがくあたしは、陸に揚げられた魚のようだ。

「本気で嫌がってるか位解るぞ」

意地悪く笑いながら額の汗を拭っている。

目一杯突かれてぐったりと力尽きたあたしの中から、まだ元気なそれを引き抜く。また変えるのか。

「そうじゃないんだけどなー」

くたびれて多少口調も投げやりになる。

「あ?何がだ」

背中の下に手を入れようとしながら聞いてくる。今度は返されるのか?

「……あたし達って何も想い出とかなくない?」
「想い出?」
「どっこも行ってないし、何にも残ってない」

ご飯は食べに行くし、お酒も飲みに行ったりは今もたまにする。けど、休みの日に車で出掛けるのは専ら買い物ばかりだし、
ふらっとドライブでも……とか、レジャーなんてのも無い。

映画はレンタルで充分だし、ライブも。旅行は帰省に忙しくてそれどころじゃなかったから仕方ないけど。

正確なプロポーズもよく解らないし。

「ちょっと淋しい……かな」

他の女の子とはホテルに入った事もあるんでしょ?

だったらデートくらいこなしたっておかしくないじゃない。

バカみたいだけど、ちょっと……。

――悔しいから言わないけどさ。

「……馬鹿が」

あーそうですよ。つまんない事で拗ねてごめんね。

って言おうとしていきなりうつ伏せにひっくり返された。

振り向こうとして頭を押さえられた。なにこれ。まさに寝技。

頭に「?」が飛び交ってる間にぐいと持ち上げられたお尻に何か当たってる。

「く……う……うあぁっ……ん」

ぐにゅっと呑み込む感じであれが侵入してくる。深くて苦しくて、中が一杯きゅうきゅうに満たされる。動かされるとお腹を
圧されてるみたい。

「ちょ……し……」

振り向こうとした途端もの凄い速さで腰を打ちつけられる。

パン!と乾いた音がしてお尻の潰れる軽い痛みに背中が反った。

「あっ――う、やぁ、ふぁ、く……うあぁっ……ううっ――んん」

目を瞑り歯を食いしばって堪える。後ろから突き飛ばされるような勢いで押されては、ぐいと腰を掴んだ両腕に引き戻されて
内壁を擦る位置にあわせて自分のお尻も勝手に浮いたり沈もうとしたり。

「エロい尻しやがって」

もう反抗する気力もありません。

刃向かう間も与えじというかの様に執拗に腰を振る。

深く挿しながら指先で芽を探りあて引っかくように擦られて、膝を震わせながら叫びに近い声をあげた。

「いやぁ、あっ、やぁ、はぁっ、ああっ――ぅ」

頭をぶんぶん振る。首や肩に貼り付いて絡む髪を鬱陶しく思うより、呼吸を整えるために必死に開く口が渇いて苦しいのが気になる。
けど、悲鳴のような声は止まらない。

「や、もう、赦し――」

ぐりぐりと目一杯押し込まれて中が満たされる。暫くして震えが治まると共に膝が崩れ、力の抜けた躰が重なったままマットに
沈んで跳ねた。

「ふ……はぁ……」

やっとの思いで唾を飲み込み、ゆっくり空気を吸い吐きして呼吸を整える。心臓のバクバクが耳に響いてうるさいくらい。

「……それ、取ってくれ」
「え……ああ」

枕元のティッシュを指されて、気怠いのを我慢して腕を伸ばし、振り向かずに箱を振り落とす。

「痛てっ!!……てめぇ」
「ごめん」

あ、軽く怒った。だって動くに動けないんだもの。重いし、あんたこそ早く抜いてよ。

僅かに腰を浮かされ、抜かれた後にどろどろと生温かいものが内股に流れ落ちていく。うええ、ちょっと気持ち悪い。ていうかこれ。

「お前生理いつだ?」
「えーと、来週中かな」

なら外れそう……かな?

「という事は当分ペア行動だな」
「えっ?」
「俺としては3人になってからでも良かったんだが」

何を言っとるのかと振り向こうとして

「だからこっち見んな!」

と前を向かされる。だから首、首っ!

「とりあえず、休み取れるよう考えて……どっか連れてくから待て」
「休み?旅行でもする気」
「でもいいし、ドライブだろうが動物園だろうが……とにかく、だ」

お尻のぬるぬるを拭かれるのは恥ずかしいけど、自由が利かない身では我慢するしかない。うう、ある意味屈辱的。

「だからだな……気が利かなくて……その」
「了解」

さっき振り向きかけて一瞬だけ目にした真っ赤な顔は、情事後の余韻か必死の照れ隠しなのかは敢えて考えまい。

まあ、良しとしよう。と呑み込んだ一言を勝手に脳みそに補完させて貰うことにした。

落ち着いたところで、首筋にキスをされる。

そのままうつ伏せの背中に乗っかったままの志郎の躰が少しずつ下へと下りてゆく。

「いっ……!」

背中にチクッと軽い痛みが走った。

「何!?なに、ねえ、しろ……あっ」

背筋をすうっと指先で撫で下ろされ、ぞくっとして力がまた抜けていく。

気を抜いたところでまたちゅうちゅうと、時に軽く歯の当たる感触がして呻きかけてはお尻や背筋をさすられて脱力の繰り返し。

転々と移動する痛みを伴うキスが終わる頃には、色んな意味でグッタリとなった。

「風呂入るか」
「え……ちょっと待って、何したの!?ていうか動けないんだけど」

どいてよ。背中じんじんするし。

「仕方ねえな……ほれ」

起こされて手を引かれる。

「えっ、あの」
「時間の短縮だ」

もしもーし。

「やだ!別々に入るっ」

少し動くと残ってるのがドロッと出てくる。いくら何でもこんなトコ洗うの見られたくない!

「そのまま帰ってもいいが、どうするんだ?パンツ穿けんのかお前」

横目で時計を見る。

くそう。明日の事を考えるとそろそろ帰んなきゃならない。

「……見ないでよ!絶対後ろ向いててよ!?」

ふらつく足腰を支えられるようにしてバスルームに向かった。

――数分後、違う意味でのぼせさせられてしまったあたしは、元凶の志郎に介抱という名目でまたいたぶられる羽目になる……。


***

「危なっかしいな。ほれ、しっかりしろ」
「あのね……」

誰のせいだ!

洗った躰をもう一度洗い直す事になったのは誰の。

湯あたりしてのぼせたあたしが動けないのを良いことに、ちょいちょいセクハラかましたくせに!

そのせいで夕べは疲れてろくに家風呂には入れず。挙式前日の花嫁ならではの感傷など吹っ飛んでしまったわ。

「ぐっすり眠れて良かったじゃないか。寝不足のブスな顔で写真撮らずに済んで」
「そりゃあんたはスッキリしたでしょうよ」

搾り取られた筈のあんたが艶々して、なんで精を吸い尽くしたであろうあたしがこんなやつれてるんだ。

まあ周りはそのお陰で「緊張してるのね。初々しくてウフフ♪」なんて勝手に微笑ましく勘違いしてくれてるらしいが。

オヤジはねちっこいのが好きって言うけど本当かもしれないな。いちいち言う事する事がとてもじゃないが若者とは思えない。

「1つ良いか」
「1つだけならね。……何よ?」
「唯一、強いて言えばこれだけが気に食わない」

吊ったドレスのスカート部分をぺしぺし軽く叩きながら呟く。

「……はあぁぁ〜!?」

やっと式を終えて、二次会の準備のために会場の控え室入った。今になってそんな事を言い出すなんて何考えてんだ。何べんも
メールで確認したじゃないか!

時間等の都合で(注:うちの地元の結婚式=別名親戚の飲み会&カラオケ大会)お色直しは極力減らし、ドレスは二次会のみ
着る事にした。だから割と地味目のシンプルな物にしておいたんだけど、文句なんか言わなかったじゃない。

「似合わないならそう言ってくれれば……」
「あのな。気に食わないイコールマイナスな考えは止めろ。応用する事をいい加減覚えたらどうだ」
「わけわかんないし」

時間は迫る。

髪は式場を出る時にセットして貰ったから、後は着替えるだけだ。

ブラウスを脱いでドレスを身に着け始めると、鏡越しにじっと眺める志郎と目が合う。

「見んなっ!」

自分はスーツ着てるからってずるい。

「お前は俺の何だ?」
「えっ……よ、嫁……」
「そうだ。だから視姦位自由にさせろ」
「ど、どあほっ!!」

ファスナーを閉めようと鏡に背を映そうとして、背中から抱き締められる。

「お前は俺の女房だ。それを忘れるな。その為に灸を据えておいたんだからな」

「え……」

首を傾げるあたしをニヤけ半分忌々しさ半分の複雑な人相を混ぜ睨む。

入籍は帰省して来る時のその足で済ませてしまっていた。だから披露という形式も整え滞り無く終えた今、何の躊躇いも憚りも
なくあたしは志郎の妻になったと言える。

けど、灸って?

「それは皆にも解っておいて貰う」

耳打ちついでに唇に触れられた首筋がびりっと電流を走らせて、軽く鳥肌が立った。

「今日だけは我慢しといてやる」

面白くなさそうに舌打ちしつつも、ファスナーを上げ、ネックレスも着けてはくれた。

時間が来たと幹事役の子が呼びに来て部屋を出ようとしたその時、あたし達の後ろについて出た彼女のただならぬ様子に、嫌な
予感がした。

「何?なんかついてる?」
「えっ……いや、あの……」

彼女がちらりと困惑した顔で志郎を盗み見て、また視線をあたしに戻す。

その先を辿ってぴんときて、背にしていた鏡を振り返る。

( ゚Д゚)……。

なに、これ。なんかついてるなんてレベルじゃない!

声にならない悲鳴をあげ、ムンクのような顔で立ち尽くすあたしの肩をぽんぽんと叩きながら

「夕子やシンちゃんから聞いててさ、みんな色々心配してたのよ。けどその様子じゃあ……」

と気の毒なような、なんか痛いモノを見たような複雑な表情を浮かべて笑っていた。

でも式場の着付けの人は何も……プロだからか?

「……とりあえずご馳走様とだけ言っておくね」

背中一面に付けられた赤黒い数々の斑点は、紛れもなく昨日の……。

「どーすんのコレ!?」
「背中開きすぎだ、馬鹿」
「わざと!?」

昨日やたらと風呂に一緒に入りたがったのも、今だって手伝うふりして体で隠して視界を遮るような真似して、自分で確認する
のを避けさせるためだったわけ!?

確かに背中は開いてるデザインだ。ノースリーブだけど丈はあるし普通だと思う。

「それ位の露出でガタガタ言ったら、すげえ小せえ男だろうが」
「嫌なら言えばいいじゃん!!こんな事する位なら」

どんな嫌がらせだよ!

「俺のもんをジロジロ見られてたまるか。つか……解れよ馬」
「ばかっ!!」

先に言ってやった。

会場の入り口で手を取り、嵌めた指輪を弄ってくる志郎を睨めば、ばつの悪そうな顔をして耳まで赤くしてやがる。

「俺のもんに気安く触れたりジロジロ見られる位なら、他の野郎にしっかり解らせてやる」

なにこの独占欲。つうか昨日の頭撫でなでに対してか?それ。周りもポカーンとしてるよ、おい。

「言えば済むじゃん」
「知るか馬鹿」

ああくそう、面倒な男だなやっぱり!

「だが死ぬまで逃がさんからな」
「このドS蛇男!」

蛇らしく抜け殻にしてやろうかと思ったけど。

「今夜寝れると思うなよ」

……抜け殻になるのはこっちかもしれない。

――そう人生を諦めた――河本秋穂27歳の初夏。






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