眠れぬ猫 -2-
シチュエーション


「春果ちゃん……触っていい?」
「え……あっ」

腰を引かれて圧迫感が無くなると同時に、身体の中心目掛けて電流が走った。
じんと痺れるような、それでいて熱いような、腰から下が砕けて力が入らなくなってしまった。

「はぁっ……やっ……んっ!?」

先程胸の先を弄ばれた時のような動きがそこを襲う。
声を我慢しようと呑み込んで口を閉じる。けれど、ついついと圧し滑らせる指の動きに沿って息が乱れ、吐き出そうとする
とどうしても出てしまう。

「あっ――いやぁ……やぁんっ……や……やっ」
「こういうの、嫌?」

指の腹を押し当てたまま動きを止めて私の顔を覗き込む。
ぶんぶんと首を振る。うん、嫌じゃない。けど……恥ずかし過ぎる。それが困る。

「だったら良かった」
「でも私、変……な、あっ」

くちゅって聞こえた。やだ、これ、って。

「さっきから出てる。そういう声……初めてだから、嬉しい」
「い……やそん……な」
「可愛い」

覆い被さった躰にしがみついて、襲ってくる何かから自分の意識を守ろうとしたけれど、首筋に滑る舌と唇に震えながらまた
仰け反って鳴く。
ぴちゃぴちゃと下半身が音を立てながら捩れ、それにつれて突き出した胸を同時に降りていった頭を撫でながら苛められる。
肩に、首筋に、髪に、背中に。
彼の躰の至る所にと、私の手のひらが行き場を求めて這わされる。

喉がからからになってきた。そろそろ苦しくなってきて、意識が朦朧とする中、既に力が入らなくてされるがままの私を
見下ろしながら彼の指が一旦そこから離れた。
ぼうっとしながら薄目で見ると、俯きながらごそごそと下の辺りを弄っている。何してるんだろう、と首をもたげかけて
やめた。
かわりに目を閉じて深呼吸する。自分の心臓のどきどきが耳に痛いくらい流れ込んでくるのに思わず耳を塞ぎたくなる。
胸のあたりがきゅんと痛くなってきて、手のひらを乗せた。そこへ彼の手が重ねられて、

「あの……そろそろ」

と遠慮がちに訪ねてくる。
いよいよか、と頷いてはみたものの、腰から内腿へと撫でられるもう一方の手がそこを探りだすと脚に余分な力が入る
らしく、何度も

「力抜いて」

とお願いされてしまう。
わかってる。わかってるんだけど、自分じゃどうにもならない。
人前でこんなに脚を開かせられた事なんて無い。ましてやそれを誰かに――それも一番好きな人に見られるなんて。
裂け目の中心に沿って、指よりももっと太い何かが、ぬるぬると上下に滑るように擦り合わされる。これって、あの?あれ?
膝を押し上げられて、伸ばしていた脚を曲げてみる。本当にとんでもない姿だ。こんなにまでしなきゃいけないものなの!?

「もっと開けない?」
「そんな……無理……」

やだ、泣きそう。首を横に振る。

「でも、入らないし……ていうかつっかえるし」

少し先のほう?がそこに押し込まれかける度に怖くて痛くて膝を閉じると、それが邪魔をして彼の躰を遮り押し戻してしまう。

「すっごい濡れてると思ったんだけどな……」

覗き込むようにそこへ視線を落として、指先を差し込む。

「あっ!?……」

鈍い痛みと異物感に甲高い声が出た。

「痛い?」
「すこし……」

心なしか、彼の息遣いが荒くなったような。

抜かれた指がまた一点を捕らえる。

「動いちゃダメ」

もがき捩れた腰を押さえられ、甲高い悲鳴をあげた。

「あっ――んあっ……んっ」

やだ、こんな声聞かれたくない。慌てて口を噤んでまた堪えきれず唇を開く。

「もう、無理、ほんと無理。いくね?」
「う……」

再び何度か裂け目にあてがわれて滑り、指先でそこを探られる。場所を確認されて頷くと、ぴったりと押し付けたそれが
ゆっくりと進んでくる。

――引き裂かれそうな衝撃が襲った。

彼の宥める声も、言い聞かせるように頭の中でも繰り返す『リラックス』の言葉も、呪文のように唱えては行為を続けようと
動きを再開する度にどこかへ置いていってしまう。
もう限界だ。やめたい!
そう思った時、何かの拍子にぐいっと一気に奥までそれが入り込んでしまった。

「も……少し、だから。我慢……して?」

突き放そうと彼の胸板に当てていた手を首に回す。
終わるんだ。
正直ほっとした。あとすこしの我慢だ。――彼には悪いけど。
彼が動く度激痛が走る。
ぴったりと触れ合った肌と肌の密着感は心地良く安心できるのに、僅かな痛みの波の隙間を縫ってでしかそれを感じる事が
できない。
腰がぶつかると眉間にシワが寄るのがわかる。こういう時、『痛いんだけど!』って叫べたらその分楽(になったよう)な
気持ちになるのかなぁ?と思うんだけど、思うだけでまさか言えるわけない。
だって今更『やめて』なんて言えないもの。
先程から、荒い息遣いの中に僅かな呻き声のようなものを混じらせて私の上で躰を揺する影に、もうそれは叶わないところまで
きているのだと感じていた。

「あ……だめかも……」
「えっ?――ふあぁっ!?」

動きと呼吸が一段と激しくなる。何度か深く繋がったところがぶつかっては擦れるのに合わせてお尻が潰れてずりずりとずれる。
ひやりとする背中の温度と硬さに微かに顔を向ければ、布団からはみ出た躰の半分が床の上に落ちていた。

「あ……あっ」

体勢を整えようにも、必死に行為を続ける彼に翻弄されてそれどころではない。

うっと小さく呻いて、一層強く腰を落とし込むと、私の胸の上に頭を預けて倒れてしまった。
お、重いんだけど。
ってこれも言えない……。

「あーごめんね。すぐ、すぐ起きるから」
「大丈夫」

ちょっとだけ背中の骨がゴリゴリとするので直そうとして身を捩り、彼の重みも手伝ってうまくいかずに失敗。

「痛っ!」
「!?――ごめん。ほんとごめん!すぐどくからっ」

がばっと起き上がったと思うと今度は

「あっ」

と言いつつあの辺りをごそごそと弄る。

「えぇ!?あの、な……」
「動かないで!」

明るい所で見ればさぞ青い顔をしてるんだろうといった顔で、慎重に作業をしているといった感じ。
鈍い痛みは残るものの、彼自身が押し込まれていた硬い違和感は無くなっていた。だが、ずるずると『何か』を引っ張り
出される気持ちの悪さがあり、更にお尻のほうにトロリと流れ落ちる温もりを感じる。
それが何かは見当はつく。

「う……そ」

無言でティッシュの束をつくりそこを拭われる。自分でと申し出たかったのは山々だけど、下手には動けない。
全部終わってから彼に手を引いて起こされ、布団の上に座ると毛布で身体をくるまれる。

「背中、痛くなかった?」
「うん大丈夫」
「他にもごめんね。俺気が回らなくて……ほんとごめん」
「だから大丈夫だってば」
「さっきからそればっかだよね。その……初めてなんだろ?痛いの我慢してるって顔してたじゃない。それだけじゃなくて、
色々嫌な思いさせてるだろ?絶対。俺も慣れてない……からうまくいかない事ばっかで、その、ごめ」
「そっちもじゃない?」
「えっ?」
「さっきから謝ってばかりだってば」
「え、ああ、ご」
「だから……」

思わずため息が出た。俯いた頭を起こすと向こうも同じことをして、顔を上げた拍子にばっちり目が合った。
何だかなぁ。
なんとなく、笑いたくなった。
それで、笑うしかなかった。

「あのね」

素早くトランクスだけ身に着けると、私の前に正座するので、つられて私もかしこまる。

「はい」
「俺、時期的に春果ちゃんとこうなるのが重なっちゃったりはしたけど、決してそんなつもりで付き合ってきたわけじゃないから。
もし今日じゃなくても、いずれはそうなれたら良いなって……いや、それだけが目的ってわけじゃなく。それも踏まえて、
これからも色々乗り越えていきたいと思ってるわけ」
「そう……なんだ」

真面目に付き合ってくれてるとは思ってたけど、そういう風に考えてたなんて。

「だから……至らない所はちゃんと伝えて欲しいんだ。我慢は必要だけど、無理なことを黙って呑み込んでしまうのは違うと
思うし、嫌なんだ。だから言って?俺、春果ちゃんの控え目なところ好きだけど、もっと……」
「……うん」

真剣な眼差しで言葉を待つその目を覗き込んで言った。

「じゃあ」
「うん」
「もっと……抱き締めて」
「へっ?」

恐る恐る巻き付けた毛布をめくると、初めは呆気にとられていた顔が徐々に綻んで、一つの温もりの中に二つの身体が包まれた。
暖かい。
床の上で冷えた身体が解れていく。
痛みから逃れるために身体ごとそれから遠ざかろうと身を捩ったせいで、事が終わると上半身は布団の上には乗っかって
いなかった。
どれだけ夢中だったんだよ、と自分にげんこつをかます彼。同時に私の頭を撫でながら、ぴったりと寄せ合って暖をとる。
人肌で暖め合う、って本当なんだな。安心できて、心までとろけていきそうな心地よさにうとうととしてきた。

「……から」

おでこに触れた唇から零れる声が、低く、重く、優しくて……。

「絶対、幸せに……から。だから……ごめ……ね」

――謝っちゃいやだって言ったのに。

起きたらそう言ってやらなきゃ。

重くなってゆく瞼には逆らえず、ゆっくりと目を閉じた――。

***

玄関のカタンという音で目が覚めた。遠ざかり、階段を降りる足音が聞こえる。もう朝刊が配られるような時間か、と窓を
見ればまだ外は暗い。
背中に感じる大きな温もりの塊に腕を回され、私はその中にいた。
身体を丸めて眠る癖のある私のことを『猫みたい』と、よく妹が言っていたのを思い出す。
17の彼女と、年が明ければ受験の弟の無邪気だった頃の姿を頭に思い浮かべては、数日後に顔を合わせる彼らの目には自分の
姿がどう映るのだろうかと考えていた。
見た目には何の変化もないだろう。髪が伸びたことと、少しばかり化粧が上手くなったこと以外は。
それでももう、あの頃の私に戻る術などはもう無いのだ。

もう一度眠りにつこうとして毛布を首まで引っ張ると、背中の向こう側がもぞもぞと動く。

「あ、起こしちゃった?……ごめん」
「いや……寒くない?」

寝ぼけ眼でぐいと私を引き寄せ、毛布と掛布団を整えてくるみ直す。
猫の私を同じく丸まって包む彼は親猫のようで、その姿を頭に描いては妙に和んで笑みが零れる。

「?」

丸めた背中に被さる彼の身体から、つんつんと私をつつくものがある。

「……だって裸だし」
「えっ!?ああ、やだ……」

じたばたともがく私を

「今更」

と諦めを促して首筋に顔を埋めてくる。

「耳真っ赤」

ぺろっと耳たぶをつつく舌の感触に首筋がぞくぞくとする。
赤、という言葉に、一昨日学校近くのショップに飾ってあった真っ赤な上下セットのランジェリー、やっぱり買わなくて
良かったと思ってしまった。みんなは買っちゃえって騒いでたけど、下手に特別感が見え見えで却って恥ずかしい。何より
私らしくないというか。

「こういうことがもっと普通にできるようになるといいな」
「こういう?」
「そう」

振り向いて目が合った私の耳を真っ赤と言った筈のひとは、それこそ頬が負けないくらいに染まってて、それを指摘する
前にくるりと身体を倒される。
下着くらいつけて眠ればヨカッタ?――普通のだけど。
瞳に映った天井と共に思考はその姿によってすぐに遮られる。

間もなく私は、抱かれる子猫から抱く親猫へとかわるのだけれど――。






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