純愛ぱるぷんて・3
シチュエーション


「何が最低ってさ、あんなもん学校持ってくる、ってのがさ、もー信じらんないよ!まじでっ」

早紀の顔を見るなり今朝の鬱憤を晴らすかの如く、これまでになく畳み掛けるようにまくし立てる。
鞄からぶちまけられた物は速攻押し込んで突っ返してやったけど、しっかりと脳裏に焼き付いてしまってどうしてくれようか、
とこんなものばかり記憶してしまう頭を恨めしく思うやら情けないやら。
ああいう系DVD(おそらく)やら、やたら肌色の多かった破れた袋綴じのページが目立つ雑誌……。
堅いシンプルなデザインの教科書に紛れてカラフルなデザインは異様に目立って見えた。

「誰かに貸すつもりだったとか」
「借りたもんかもしれないじゃん!」

貸すつもりでも学校なんかに持ってくるな!ていうかそれだったらやっぱりそういう物を持っているというわけで、借りた
としたらそれを見……うわああぁ!

「来るもの拒まずだって、本当みたいだし、頭の中身そればっかみたい。本当にゲスなんだね」
「ゲ……まあ、でも男ってそんなもんみたいよ?」
「……早紀、あいつの味方してない?さっきからなんか引っかかるんだけど」
「え?そんなことないけど」
「そうかなー?なんかさ、ぼろくそ言ってたワリに今日はやけに物分かり良いような」

昨日までの早紀なら絶対一緒になって顔しかめてると思うんだけど。

「……だってさぁ」
「だって?」
「あんた、本当に嫌ってる?」
「……!当たり前でしょうが」
「だったらゲス田が何しようが関係なくない?」
「なっ」
「あんたさ、本当に嫌な人間って関わらないんだよね?悪口言ったりするより、見ないようにするよね?」
「あ……」

私は合わないと思ったら、黙って離れるようにしている。
陰でこそこそやるのはあまり好きじゃないし、それは結局相手に関心があるという事になるから。

滅多にあるわけではないが、我慢して悪口を吐き出しそれが回り回って耳に入り互いに嫌な思いをすることになる位なら、
最初から関わらないようにするのが一番良いと思ったからだ。

「あんたも不器用なとこあるからね。内気なくせにお節介で、かと思うと強情だし」

ぐっ、とつまる。そんなことないよと返したいところだが、早紀の妙に柔軟な正直さが私には無い魅力で真似できないのは
確かだから。だから逆らえない。

「だーから妬いちゃってるんだ?」
「はあ?妬く?」
「だって面白くなかったんでしょ。どうでもいい男がエロ本読もうが女に騒がれようが、それこそどうでも良くない?」

むう、と何だかむくれた返事しか出来なくなって、それから今朝の一連の自分の行動や感情の流れを思い出してみるうちに、
一瞬だけ見たような気がするちょっと困った増田くんの顔が浮かんできて困った。

「そっ、それを言ったらば、さ、早紀だって、ていうか早紀のほうが案外、気になってんじゃないの?ほら、庇ってるのが
バレたらやだから話逸らそうとして」
「ちがーう!私はどっちかってーとと……」

段々とヒートアップして大きくなりつつあった声を、両手で口を塞いで押し込めた。

「……早紀」
「な………なによぉ」
「鼻息荒いよん」

しまったーって書いてありますよ。触るとしゅうしゅう湯気があがりそう。

「……いつ?」
「昨日、あんたと別れてから。追っかけてきて、ケータイ聞かれて、夜掛かってきて……」

早い。早いというより速すぎる。ていうかそのために昨日あそこで待たされてたのか、あの人。

「……先の事なんてさ、誰もわかんないんだよ」

早紀の言葉に、この間までの平穏かつ退屈な自分の日常を頭の中に思い浮かべてみる。
ここ数日、色んな事がありすぎて、何かがその分動き出している。

「ま、人の気持ちなんか一瞬で変わっちゃうって事なんだよね」

とりあえず、話聞こうじゃない。
今度は私が。

昼休みに今度は私が向こうを呼び出した。

「はいはい、聞きますよ。話しますよ」
「お願いします」

よいしょ、と目の前でコンビニ袋からペットボトルを取り出し飲み始める彼を眺めつつ、自分もお弁当を広げる。
屋上に二人っきり――なんてことはなく隣には早紀もいて、“彼”と私が言ったのは

「あの、ま、増田くん」

――ではなく。

「……とは仲良いの?外山くんて」
「うん。昨日も言ったけど幼なじみで」

今日は私が外山くんを呼び出しだのだ。もちろん早紀にも付き合って貰って。

「家が近いからね。俺んとこ、小中学校ずっと一緒だから周りもそうなんだけど、特に育実は昔からよく知ってる。あいつの
妹ともよく遊んでたくらいだから」
「ふーん。妹さんいるんだ」
「お姉ちゃんもいるよ、結婚して家出たけど。だから俺羨ましくてさ、男兄弟ばっかだから」
「三兄弟の長男だっけ?」
「そうなんだよね。潤いが無いっての?」

良く知ってるね、早紀ちゃん。
やっちまったな状態に気付かず二人ともすっとぼけてる様なので、私もそこは大人になって耳に栓をしておく事として、と。

「あのー、増田くんがさ、私に一体何がしたかったのか知ってる?」
「知ってるっちゃ知ってるけど、え、何、聞いてないの!?」
「だからわかんないんで外山くんに」

何その反応。

「んだよあいつ。マジ駄目ダメじゃんか……何してんだ」

ふわーっと大袈裟とも言える溜め息を吐いて頭をばりばり掻きだした。ごめんねーとか、あのバカがとか。いや、あのなにも
そんなに責めなくても。

「増田くんていつもああなの?」
「ああって?」
「なんかこう、話辛い……あ、えと、あんまりしゃべるの苦手なのかなって。女子と。男子とは普通に話してるよね?」
「え?あいつ女の子とも普通に話すよ。ほら女きょうだいに囲まれてて慣れてるし」

ああ、そうだっけ。

「女の子にも囲まれてたわ、そう言えば」

思い出したらまた何かムカムカしてきた。

「ああ、育実は昔からあれで案外もてるから」
「そーみたいね」
「ほら、女の子って危険な男って好きだって言うじゃない?あいつ結構イケメンだし、あの鋭い目つきがカッコいいって思う
娘がいるみたいでさあ、ほら、小松原さんとかもそういうの……」
「人によるんじゃない?」
「……あのさあ」
「なんでしょう」
「もしかして、面白くないとか思ってる?」
「!!……なにがっ?べ、別にっ。私には関係ないしー」
「そぼろになってるよ」

「……」

いつの間にか荒くなった箸使いのため、弁当箱の卵焼きが姿を変えていた。
外山くんまでそういう事を言うとは。
それを見て早紀はさっきからお腹を抱えてひーひーと呼吸困難を起こしている。早く言え!

「小松原さんて端から見るとすっげー解りやすい人だったんだね。素直じゃないけど」
「なっ!?」
「でしょー?この娘はそこが面白いんだー」

早紀……やっぱり私、耳栓を外すことにするよ。

「育実もそうなんだよ。あいつ変にもてるから、逆に女慣れっていうか女に対してスれちゃったんだよね。向こうもそういう
慣れた娘が寄ってくるから」
「私も……スレてる?」

もててもないし、男慣れもしてませんが。

「いやそーじゃなく!ごめん言い方悪かった。何つーか既に諦めモードみたくなってんのよ。あいつ中身は大してワルでもクール
でもないし、勝手にそういうの期待して近付いて来ては、つまんないって去ってかれる。……ま、たまたまそういう女の子
ばかりに当たって運が悪かったんだろうけど、それが続いたから半分やけっぱちっての?女はみんな同じと思ってんだよね」
「それこそ、一括りにされたら迷惑」

拒まずという割には好きじゃないのか、女の子。

「だよね。だから小松原さんは違うと思ったみたいなんだよ」
「へ?なんで私?」

「ちょ、ここまで鈍いとは……わざとじゃないよね?」
「あ、この子天然」

すかさず突っ込んでくる早紀の天然発言になるほどなーと頷いてみせる外山くん。
な、なによう。
なんか二人だけでわかってるみたいな雰囲気ずるい。

「とにかくさ、あいつ寄って来られるのはあってもその逆ってなくて」
「来るものは拒まずって聞いたけど?」
「それは……でもかなりダメージ喰らってるみたいなんだよね」
「……そのわりに『痴漢ビデオ』とか……(ボソッ)」
「そっ!……ああ、それはまあ、仕方ないっつーか何というか」

凄い。一気に夏が来たみたい。

「早紀、外山くんにハンカチ貸したげたら?」
「ちょ、なんでわたっ」
「……小松原さんてツンデレぽいかと思ったら結構Sっスね」

そうなの?初めて言われた。早紀の顔見たら「うんうん」って、おい。

「あいつ、本当は妹想いだったりいい奴で、見た目ああだから誤解されやすい上に、女関係で捻くれちゃって。だから小松原さん
みたいな娘がビシッとシメてくれたら俺としても安心なんだよね」

そんな事勝手に期待されても。
困る、私困る。
だってなにも解ってないのに。
増田くんの気持ちだって知らないし、何より私、自分がわからない。

「もし今度あいつが何か言いたそうにしてたら、小松原さんからそれとなく相手してやってくれない?」
「なんで私が。そんなの自分で――」

はっと胸を突かれて言葉を呑んだ。
私だって今、外山くんを相手にここに居ない増田くんと話をしてるようなものだ。
直接聞けば、確かめれば良いようなものを、わざわざ本人ではない誰かから引き出しておいて、それを知ったような気に
なろうとしてる。
それは、ほら、関わりたくないし。

――なら、放っておけばいいだけなのに。
そういう性格だから、仕方ないから、では説明がつかない。とことん嫌いであろうとするなら、それこそとことん排除する。
それが私だった筈だから。

「そういえば……外山くんて電車乗ってないの?」
「うん。俺は学校近くに従兄弟んちがあるから下宿。男ばっかなんだそこも。――そういえば、小松原さんてあいつのお姉ちゃん
に似てるかも」
「えっ!?」

まさかシスコン?

「容赦ないツッコミ具合が」

どんな人だろう。

「なにそれ……別にいいけど。それより……」

関わりついでにお願いをして、残りの休み時間を無駄話に費やした。

***

いつもの時間、いつもの電車。
でも乗り込むのは隣の車両だ。
なんとか人を掻き分けて、目的の位置へと身体をねじ込む。皆様ごめんなさい。

「……お、おはよう」
「う、うん」

ためらいがちに見下ろしながら挨拶すると、向こうも少し照れ臭げに頷いて目線を上げる。
窓越しに見つけた顔は、昨日と同じ様に細長い目で私を射抜いた。と同時に少しだけ口角を上げたのを私は見逃さなかった。
気のせいだったら、それは仕方がないことだけど、これまた細めの整えられた眉が言葉を交わした瞬間に心持ち緩んだ。
だから多分それは間違いではない筈。

「本当に乗っかってきた」
「約束したから」

外山くんとだけどね。
ガタゴトと激しくなる音と揺れに、身体ががくんっと揺れて前につんのめった。

「ひゃっ!ご、ごめ」

伸ばした腕と放り出した鞄は増田くんの膝に落ちる。

「だ、大丈夫?」
「いや、いい」

間近で見た顔はやはり痛かった(重かった?)のだろうか、しかめっ面で、事情を知らなかったらちょっと怖かったかも。
じっくり眺めてる暇などあるわけもなく、慌てて身体を起こして吊革を探ろうと伸ばした腕をぐいと掴まれた。

「こっち」
「えっ!?」
「いいから」

あっという間に立ち上がり、私と自分の位置を入れ替えてしまった。
驚いたのは私ばかりではない。周りも何事かと目を丸くする。そりゃそうか、別に具合が悪そうというわけでなし、この混雑時
にわざわざ他人に席を譲るなんて奇特な真似をすれば目立ってしまうのも尤もだと思う。

「増田くん……か、鞄もつよ」
「あ、うん」

だからと言って今更立つこともできず、二人分の鞄を膝に乗せて到着までの多少気まずい時間を過ごすこととなってしまった。

駅に着いてから鞄を渡し、そのまま何となく並んで通学路を歩く。

「あのー」
「うん」
「ああいうのちょっと困る。……あ、楽だし嬉しいんだけど、みんな見るし、混んでると迷惑かかる……かなって」
「あっ」

小さく呟いて俯いたあと、ごめんって聞こえた。

「ううん、せっかく気つかってくれたのに、悪いんだけど」
「……て」
「えっ?」
「座れりゃ安全かな、とか思って」

揺れにこけかけた今朝の自分の格好を思い出してはっとした。

「ます……」
「実際は想像通りにはいかないもんだよな」

はあ?と突然わけのわからない事を言い出すのでこちらはお礼を言いそびれた。

「知らない野郎に何ぞされりゃキモイだけなんだな、やっぱ」

えーっと、それは。
やけに肌色の多かったパッケージのタイトルを思い出して、みるみるうちに頭に血が昇っていくのがわかった。

「あ、あんたねっ……!」
「えらく縮こまって、下手すりゃ泣きそうだったから、やっぱり放っておくのは忍びなくてさ」

ってことはあれ?もしかして、場合によってはあれを楽しむ方向にいってたかもしれないってか?傍観するだけならまだしも、

「さいってー……」

リアルでそんな事ありえるか、バカ!!

「わかってるよ。まあ、んなもん観ちまった後だからつっても、実際酷いと思ったし。犯人はよくわかんなかったけど、現実は
あんなん有り得ないってよーくわかった」
「だからって言って良いことが」
「それも、気をつけるし。そういうの隠すのも何か面倒だったからゲス野郎よばわりされんのも知ってて開き直って。けど、
さすがに堪えた」

知ってたのか。わかっててその上でそれをあえてやって見せてたわけだこの人は。

「だから……明日もできれば」

学校が見えてきて、見慣れた顔もちらほら追い抜いたり追い越されたり、中にはあれ?なんて顔して見て行った者もいる。

「俺に守らせて欲しい」

人間、嘘を見抜くなら目を見ろとよく言う。だけど、長めの前髪に被された彼の細い目はよく見えなくて、かわりに赤くなった
耳たぶに委ねることにする。

***

約束したわけじゃなかったけど、前日と同じ様に隣の車両の窓に増田くんの姿を探してみた。
いない。
休んだのかもしれない。
もしかして遅刻したのか。
連絡とる事だってできない。だって知らないもん。
迷ってる暇などあるわけもなく、仕方無くそこから電車に乗りこむ。

「……あ」

うまく滑り込んで反対側の手すりに掴まりほっとしたところで、乗客の間を縫うようにしてすり抜けてくる姿がある。

「よくわかったね」
「まあ。乗るとこ見えたから」
「今日は座らなかったんだ」
「うん」
「もったいない」

せっかく空いてる駅から乗れるのに。

「昨日……約束したし。一方的だけど」

手すりを握った私の手のすぐ上の部分を持った増田くんのまっすぐだった腕が、ぐらりと揺れた拍子に緩んで曲がって、その
分だけ向かい合った身体の距離がぐっと縮まった。

「あ、悪い」
「ううん。だ、大丈夫。混んでるし」
「……この方がちゃんと見張れるから」

本気、だったんだ。守る、ってこういう事?

「俺より変態のほうがましだってんなら別だけど」
「んなわけないし」
「お陰であれ、嘘臭さが先にきて全然楽しめねーの」

知るか!そんなの。AVなんか所詮は作り物でしょうが。……観たことないけど。

「あんたがもし目の前でまたあんな目に遭ったらかなりキツいわ、俺」

実際キツいのは私の方だと言い返してやろうと思った。だけど次の停車時の揺れに傾いた身体を受け止めるように支えてくれた
胸板の思わぬ硬さと広さにそんな言い返しさえ飲み込んでしまう。なに、これ。

「そのままでいなよ」

うっかり掴んでしまった彼の胸元の手を離すなと言われた。手すりから離してしまった手はどのみち行き場がなくて、それに
甘えておく事にする。

「俺のここは空けとくことにしたから」
「なにそれ」

どこかの漫才師のセリフか。

「……誰でも良いわけじゃなかったんだ」

どうしよう。聞こえないふりしたってよかったのに。

「――あんたのメアド聞いていい?」

私、うまく嘘はつけないみたい。

「ここ、空けといてくれるならね」

***

「小松原さん、一つ聞いていい?」

普段はあまり絡む事のない仕切り屋の女子に肩を叩かれる。

「二つまでなら」
「増田とデキてる?」

数秒の沈黙の後、女子更衣室はあちこちで二種類の悲鳴があがった。

「うっわー!やられたっ」
「ふふん。帰りよろしく」
「あたしバナナチョコね」

どうやらクラスの女子達が、学校前のクレープ屋の奢りを賭けの商品にしていたらしい。

「ね、もう一つ良い?」
「え?まだあるの」
「……どこまで行って……ちょ!二つまでって言ったじゃない」
「はいはい、こっから先はプライベート。質問のある人は私を通して〜」
「けちっ」

無遠慮とも言える切り込みを早紀が素早く制した。助かったけど、あなた私のマネージャーでしたか。
それにしても、いっつも私が口挟む間もなく事が進むなあ……もう慣れたけど。

「いいよもう、本人に聞くからっ!……て聞くまでもないか」

私を上から下まで眺めておいてつまらなそうに言う。

「色気づいた跡がなさすぎる……」

し、失敬な。

「なに、何なの?」
「だってうそ……まさかヤっちゃった!?」

まさかって?――まさかっ!!
さっきは縦に振った首を横に振る。

「えー、それこそまさかでしょ!?」
「なんで」
「だって、あのゲス田が手出さないわけないじゃん!!」

数人がウンウンと頷く中、早紀が耳元で

「ほら、あいつヤリなんとかだって言ってたから」

と囁いてくる。
そうか、そういえばそうだったっけ。
でも、私あの事故以来キスどころか、手さえまだ握られてない。

「人の噂なんかアテになんないんだね」

誰かがそう言うと、なーんだって言いながら皆つまらなそうにバラけて着替えに戻る。何よ、今までラグビーのスクラム状態
だったくせに。ていうか面白いのかしら、人の心配するより自分の……。
あ、これ以上はやめておこう。なんかやな奴みたいだ私。

彼氏が出来るってこういう事なのか。何だか急に周りがよそよそしくなった感じがするんだけど。
もしかして態度が悪くなったとか、本当に嫌な性格になっちゃったのかな、私。

「あんた本気で言ってる?」

授業が終わってさあ帰ろうと靴を履きかけて振り返ると、早紀が呆れ顔で腕組みしていた。

「だって、最近男子が話しかけてくれなくなった気がするんだよね。呼び止められても何か言いかけてやめちゃうし、ねえ、
私って話しかけ辛い?」
「う〜ん。まあ、話し辛いっちゃあ話し辛い、かな?……特に今は鉄壁の守りがついてるから」
「え〜早紀のこと?最近はあんまり居てくれないじゃん」
「……あのねえ……っとに天然ちゃんの鈍感なんだよね、こういう所がブツブツ」
「何か言った?」

言ってる意味が良くわかんないんだけど。

「増田に同情するよ」
「え?何でよ!」

近頃あれだけ嫌ってた筈の増田くんに対してかなり態度が軟化したらしい。というよりむしろ味方っぽい。外山くんの影響か?
言ってる間に一緒に居てくれない原因が来たよ。

「あ、小松原さんいたんだ」

いたんだ、って。悪かったわねえ。あー早紀の事しか見えてないんだろうな。早紀は早紀であらこんにちはーとか言いつつ
お顔がトマトですよ。

「なによ」
「べっつにぃ〜。……あ、早紀ってドラ○もん好きだよね。後くまの○ーさんとか」

こっそり耳打ちしてやったら、どーゆー意味だってこっそり足踏まれました。酷い。

「小松……あれっ?お前いたんだ」

後ろから見覚えのある顔がぬーっと出てきた。

「外山くんならずっといたじゃない。何言ってんの」
「あんた探してたから」

そうあっさりと言い切られても。な、何よう……何で私が焦らなきゃなんないのよう。
呆気に取られる丸い人とクールビューティーを残して、私の彼氏という人はその場からさっさと私を連れ去ってしまう。
ていうか、手、手!

「……なんか、あんたしか目に入らんくなった」

冗談なのか本気なのか。わからないまま握られ引かれる手が汗ばんでいく。

「あの、あんたあんたって言うのなんか気になるんだけど。私にも名前があるんだし。私は増田くんて呼んでるでしょ?」

いきなり親密になったってわけでもないど、苗字で呼ばれてた時より他人行儀だなあと感じる事がある。

「えっ、俺そう呼んでる?」
「うん」
「そうか……うっかりお前呼ばわりするよりマシかと思ったんだけど。あん……小松原さんそう言うの煩そうだし」
「えっ、そうかなあ」
「うん、怒られそう」

酷いなあ。私はそこまで怖くないと思うけど。失礼だな。

「下の名前は?」
「う……いいけど。私教えたっけ」
「友達が呼んでるの聞いた。嫌そうだな」
「だって古臭いし、堅そうじゃない?」
「似合ってると思ってるんだけど。あ、褒めてるから」
「……ありがと」

話しながら歩いていたら、いつの間にか校舎裏の自販機前に来ていた。
のどが渇いたからと増田くんがジュースを一つ買って、その後また百円玉を入れた。
買ってくれるというので、せっかくだからとボタンに手を伸ばす。

「……代」
「えっ?」

聞き取れなかった呼びかけに振り向きかけて、伸ばした指先はそのままに、中途半端に捻れた身体を抱き寄せられるように
引っ張られる。
その衝撃に思わず目を瞑ると、暗くなった視界と同時に一度味わった事のある感触が一瞬にして蘇った。
ああ、こんなふうだったのか。
あの時は全く余裕なく味わうことの出来なかったそれを、ゆっくり受け止める。
ゴトンと紙パックの落ちる音が頭の隅に響くも、閉ざされた視界の中では唇に移る柔らかく甘いコーヒーの味と匂い、腰に
ある彼の手の温もり。

「やり直し」

言われて頬が熱くなる。
壁にもたれ横並びに身体をくっつけて、後の気まずさを誤魔化すようパックを口にした。

「よりによって牛乳は……マズいだろ」
「んん?牛乳嫌い?」
「じゃなく……んじゃ、口の端から垂らしてみ」
「……ヤだ」

却下した私は多分正しかった。
誰かさんが言うように私がシメるしかないのだろうか。――この男なんとかしないと。






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