シチュエーション
![]() 「これ・・どうやって着るの?」 クミは狼狽しながら、アヤの祖母に質問した。 「着るもなにもないわい。丸裸になってそこを隠すだけじゃ」 祖母はクミの股間部分を指さす。 「裸で?・・・だって、ここから網元の家まで随分あるのに」 「わしらの頃は真っ昼間に、丸裸で行かされたもんじゃ」 「・・・」 その時トメが、外から戸を叩き催促をする。 「どうしたんじゃ。アヤしゃん。支度はできたかの?」 「やばい。どうする?クミ。トメ婆さんが急かしてるぜ」 瞭が心配して声をかける。 「わかってるわよ・・もう」 「クミ、やっぱり私が行く。私なら裸になるの、慣れてるし」 見かねたアヤがシャツを脱ごうとする。 「アヤ。待って。今・・脱ぐから」 クミはアヤを制すると、ためらいを振り切って自分のTシャツに手をかけた。 薄暗い灯りの中に白い肌とピンクのブラが浮かび上がる。 「クミ・・」 アヤが心配そうに声をかける。 「平気だって!」 クミは健気に笑うと、デニムのパンツを一気に膝まで降ろし、足首から抜き取った。 「瞭・・ごめん・・後ろを向いてて・・みられるのはずかしいから」 クミは立ちすくんでいる瞭を見て微笑んだ。 「・・・」 予想外の事態に声を出せない瞭は、下着姿のクミを見つめ続けている。 「瞭・・おねがい・・みないで」 クミは脱いだデニムで身体を隠し、辛そうな表情で瞭に告げた。 「・・う・・うん」 ようやく我に返った瞭は後ろを向く。 「ありがとう瞭・・いつもわがまま聞いてくれて」 クミは話をつづけながらも、ブラを取りショーツを脱いでいく。 手を止めれば、迷いが生じてしまうことを恐れるかのように。 「でも安心してね。屋敷に着く前にうまく逃げるから・・絶対、源三には見せないから・・」 「約束・・だぜ」 「もちろんよ・・まだ瞭にも見せたこと・・ないのに・・」 全ての衣服を脱ぎ捨てたクミは、瞭に歩み寄り目を閉じる。 そしてゆっくりと瞭の背に頬を寄せ、両手を腹部に廻して抱きしめる。 瞭の背には、クミの体温と胸の柔らかさが伝わる。 瞭は廻された手を強く握りしめる。 密着した肌をとおして、心臓の鼓動と互いの血の流れを感じとる。 「アヤしゃん。まだかな。旦那様が首を長くしてお待ちかねじゃぞ!」 待ちくたびれたトメが、再び戸を叩いた。 感傷に浸っている時間がないことを二人は知る。 「はい!準備できました!」 クミは瞭から身を離すと、アヤと祖母に向かって目配せをした。 祖母が戸を開ける。 「ト・・トメさん。お待たせしましたな。支度が出来ましたぞ」 「おお。待ちかねましたぞ。」 外は柔らかな月の光で照らされている。 クミはおずおずと戸外に踏み出す。 白い裸身が薄明かりの中に映える。 しかし顔は宵闇に紛れて、アヤとの判別は辛うじてつかない。 「さ!行こうかの」 「・・は・・はい」 クミはトメに手を引かれて歩き出す。 すぐに白い裸身は、静かな闇の中へ溶けるように消えていった。 「アヤちゃん、急ごう!西の浜まで!」 しばらくして、瞭がアヤを促した。 「うん。じゃ、荷物をもってくるね」 アヤは奥の部屋へと準備したカバンを取りに入る。 「おばあさん。安心してください。アヤちゃんは無事に島の外へ送りますから」 瞭は、上がり口に腰掛けている祖母に話しかけた。 「た・・たのみ・・ましたぞ・・」 「おばあさん。どうしたんですか。どこか苦しいんですか?」 「な・・なんでもない! いつものことじゃからな」 祖母は苦しそうに胸を押さえた。 「おばあさん!アヤちゃん!大変だ!」 「おばあちゃん!」 異常を聞きつけたアヤが駆けつける。 「だ・・だいじょうぶじゃ。はやく・・でていくんじゃ」 「だめよ。苦しいんでしょ?」 「はやく・・いけ・・せっかく・・くみちゃんが・・」 祖母の表情はいっそう険しくなり、体が震えている。 「待ってて!おばあちゃん。お医者様、呼んでくる!」 「いや。僕が行こう。お医者さん、近くにいるの?」 「ここから10分ぐらい・・港の方へ走れば診療所があるの」 「わかった。アヤちゃんは看病してて。急いで連れてくるから!」 そう言うが早いか、瞭は戸外へ駆けだしていった。 「ごめん、おねがい、瞭さん」 「おばあちゃん、もう少しの辛抱だからね」 アヤは祖母をいたわるように肩を抱いた。 「アヤ・・いくんじゃ・・は・・はようせんと」 「さっき、トメさんと話をして無理したからでしょ。私のために、ごめんなさい」 「かわいいまごのためじゃ・・こんなときに・・なさけないのう」 「さあ、もう話さないで、横になって。お医者様が来られるから、安心して」 アヤは深い皺が刻まれた祖母の顔を、愛おしそうに見つめた。 そして一つの決意を固めていた。 その後、医師が駆けつけ治療すると、容態は落ち着き、祖母は深い眠りに落ちた。 「命に別状はありません。しかし、しばらく安静が必要ですな」 「そうですか。ほんとにありがとうございます!」 アヤは心から安堵し感謝した。 「来ない・・クミが来ないんだ・・もう時間なのに」 しばらくすると瞭がうなだれて帰ってきた。 瞭は医師を連れてきた後、クミを迎えるため一人で西の浜に行っていたのだ。 「瞭さん・・」 「船の所でずっと待ってたんだけど・・来ないんだよ」 「そう・・私・・網元の屋敷へいくわ」 「え?でも・・それじゃ」 「もう、いいの。私一人のためにみんなに迷惑をかけてしまったわ」 「だめだよ!もうすぐクミも帰ってくるから・・そしたらみんなで・・」 「ううん・・おばあちゃんは一人に出来ない。看病が必要なの」 「・・・・」 「瞭さん、もう二つだけ、私のお願い聞いてくれる?」 「え?いいけど・・」 「一つめは、クミが帰るまでおばあちゃんを看ててください」 「うん。二つめは?」 「クミが帰ってきたら、優しく迎えてあげて・・今までどおり」 「わかった・・約束するよ」 アヤはニッコリ笑うと家の外に飛び出した。 そして、夜空に浮かぶ月を見上げた。 穏やかな光がアヤに降り注ぎ優しく包んだ。 (お母さん・・私・・これから・・がんばる・・負けないからね) 一瞬、月の中に母の面影が浮かんだように見えた。 アヤは月明かりの浜辺を、風のように走り出した。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |