支配する者
シチュエーション


「………する事を私、小早川リサは約束します!」

体育館にて生徒会長である小早川リサが演説を終えると同時に拍手が沸き起こった。

「いつも通りの素晴らしい演説でしたよ会長」

舞台裏に戻って来た会長に対して僕、宮本鈴夢(れいむ)は称賛の言葉を送る。

「フン…同然よ」

彼女は素っ気無い返事をしながら気高く微笑む。

「ところで鈴夢、今日の仕事については終わらせたのかしら?」
「ええ、もちろん終わせてありますよ」
「流石ね、相変わらず仕事が早いわ」

会長は満足そうに笑うと体育館を出て行った。
彼女とは中学一年生から始まって4年の付き合いになる……きっかけは彼女とのさり気ない会話から始まった。

『……生徒会長に立候補?』
『ええ、この学校には私の様な人間が必要だと思うの。だから立候補しようと考えているわ』

最初、僕は彼女の宣言を馬鹿にしていた……確かに彼女はそれなりの能力はあるが正直な話、人の上に立てる様な器ではないからだ。
彼女の外見は学校では一、二を争うほどの美しさだが、内面の方に難があった。

プライドが高く、高飛車で常に自分が上に立っていないと気が済まない――生徒会長になりたいのもその性格が原因だろう。
彼女の様なわがままな人間が当選する訳がない、残念ながらそれが現実だ。
しかし――僕の心の中にある一つの感情が沸き起こっていた……恐らく普通の人には理解しがたいであろう感情が。

『小早川さん、もし良かったら……あなたの手助けをさせていただけますか?』

僕は彼女に対して手伝いを申し出た。

『あら、一体どういう風の吹き回しかしら?』
『特に何も。僕はただ、小早川さんの力になりたいだけですよ』
『殊勝な心掛けね……良いわよ、今日からあなたの力を私のために使いなさい……良いわね?』
『了解しました小早川さん、いや……会長…』

こうして……僕は彼女の配下になった。


僕は全く後ろ盾のない彼女を会長にするため彼女に内緒で様々な計略や裏工作を行なった。
その結果、他の立候補者が仲違いや空中分解していく傍らで彼女の勢力が大きくなり……そして見事、彼女は生徒会長に当選した。

『おめでとうございます会長』
『フフン……当然の結果よ』

しかしながら彼女の当選を不審に思う者も何人いた。

さらに会長を快く思わない連中による妨害が発生し、会長は窮地に追い込まれた。
僕はこの事態を打破するため再び策を張り巡らせ、反乱分子を鎮圧し、また会長に対して進言を行ない続けた。
会長も最初の内は反論していたが次第に僕を信用する様になり僕の進言を受け入れる様になった。
そして学校が良くなっていくと同時に会長の人気も上昇し、いつしか男子女子共に彼女を慕う様になっていった。
そして二年の時が過ぎ生徒会の任期が終わろうとしていたある日。

『鈴夢、新しい場所を見つけたの……今度はこの学園で生徒会長になるわ』

会長が示した場所――それが今の学園である。
この学園は県内でもかなり有名であり、彼女はここの生徒会長になる事で自分の名声を上げようと考えたのだ。

『もちろん…鈴夢も私について来てくれるわよね?』
『ええ、もちろんですよ』

これは僕にとっても自分の知略がどこまで通用するのか丁度良い機会だった……それに――。

こうして舞台は中学校から今の学園へと移行した。
新しい学園でも僕は彼女を会長にするべく奔走する――策略で、舌戦で、温情で……多くの生徒達や有力者を説得した。

その結果、彼女は一年生にして生徒会長に当選するという偉業を成し遂げた。
さらに僕は生徒会長の力を強めるため生徒会の権力の強化を彼女に提案する。
プライドの高い会長は僕の提案をすんなりと受け入れた。
そして僕は様々な困難に立ち向かいながら飴と鞭を使い分け、数ヶ月後ついに生徒会による学園の絶対支配を完遂する。
それは同時に新しい【王】が誕生した瞬間でもあった。
こうして――会長は学園の支配者として生徒中の憧れの対象となり……今に至る。


生徒会室で僕は会計として書類をまとめている。
会計の役職の方が色々と情報を知る上で都合が良い事に加え、気分的に楽だからだ。
ちょっと肩が痛くなるのが気になるけど。

「………ん?」

僕の目がある項目の場所に止まる……アニメ研究会の部費の内容についてである。
アニメ研究会――現実から目をそむけ、妄想の世界に逃げている不埒な者達の集まり…僕はそう認識している。
そのアニメ研究会の費用が大幅に増額しているのだ。

「ねえ、君…聞きたい事があるんだけど」

僕は作業していた女子生徒に声をかける。

「はい…なんでしょうか?」
「アニメ研究会について入部の報告はある?」
「いえ、ありませんけど……どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。悪いね呼び止めてしまって」

人が増えてない、か……なら何故こんなにも部費が多いんだ?
はっきり言ってアニメ研究会には何の価値もない、むしろ他の部活動の邪魔以外の何物でもない。
そんな研究会の部費が急に増額した原因はただ一つ……認めたくはないが。

「会長、か…?」

思えばアニメ研究会に関して会長には色々と疑惑がある。
もし本当に会長が独断で勝手に部費を増やしたのなら由々しき事態だ。
この事が学園中に知れ渡る事になったら今まで築き上げたものが粉々に砕け散る……絶対に避けなければならない。

「調べる必要があるな」

僕はそう呟くと立ち上がり会長室へと向かっていった。

「鈴夢!」

大きな声で呼び止められた僕が後ろを向くと険しい表情をした女子生徒が立っていた。
中谷雪乃――綺麗な顔立ちに長い黒髪と大きな胸、勝ち気な性格が特徴の吹奏楽部の若い部長である。

「どうかしましたか?」
「今回の部費について聞きたい事があるだけど!」

(やはりな……)

雪乃が怒っている原因を僕は分かっていた。
この学園の吹奏楽学部は小規模ながらも雪乃を始め優秀な部員が何名かいる。
小規模が故に満足に予算が取れず、十分に楽器を揃える事が出来ないせいで今まで実績が残せずにいるが、
もし十分な部費があれば活躍する事が出来る可能性があると僕は考えている。
この間も新しく部員が何人か増えたのだが……。

「なんで吹奏楽部の予算が大幅に減っているのよ!おかしいじゃないの!」

そう……アニメ研究会の増額とは逆に吹奏楽部の予算が減らされていたのだ。

「確かに私達は規模も小さいし実績も残していないけど今回の件については納得出来ないわ!どういう事か説明して!」

雪乃は僕のマフラーを掴んで息巻いている。

(全く穏やかじゃないなぁ)

僕は心の中でため息を吐く。

吹奏楽部の予算が減らされた理由、それは皮肉にも雪乃自身にあるだろう。
彼女は普段から会長に対して反抗的な態度を取っており、事あれば会長を批判していた。
彼女が所属している吹奏楽部に皺寄せ来てもおかしくはない――あくまでも会長が予算を私用していればの話だが。
しかし…アニ研と吹奏楽部の予算の増減、これはいよいよ持って調べる必要がある様だ。

「とにかく、予算の件に関しては僕が調べておきますから落ち着いてください」
「いいわ、今日の所は引き下がってあげる!でも何も変わらなかったら許さないんだからねっ!分かった!?」

ようやく雪乃は僕のマフラーから手を離すと今だ憤慨した様子で去って行った。

「やれやれ」

僕はマフラーを直し時計を見る……今日はもう帰る必要があるな。
予算の件に関しては明日で良いだろう、それに今日はもう雪乃のせいで疲れた。僕は生徒会室に戻り帰る準備をする。

「鈴夢さん、さようなら」
「うん、じゃあまた明日ね」

生徒会室で仕事をしている会員達に挨拶を交わしながら僕は帰っていった。

次の日の放課後、僕は会長と共に部活動の視察のため学園中を回っていた。

「会長、吹奏楽部の件についてですけど…」

ふと雪乃の事を思い出した僕は昨日の事を話すと会長はフフンと鼻で笑い不敵な笑みを浮かべる。

「良い気味だわ、実績もない上に会長である私に対して反抗的な態度を取るからいけないのよ」

思っていた通り会長は自分の私情で吹奏楽部の予算を減らしたのである。
今度はアニ研の予算についても聞いてみる事にした。

「会長、アニメ研究会の事で……」
「鈴夢、まとめて欲しい書類があるから生徒会室に行ってちょうだい」

僕の言葉を遮る様に急に会長が命令を下す。

「……今からですか?」
「当たり前じゃない」
「……かしこまりました」

僕は会長に一礼して歩き出す――僕は生徒会室……ではなく、誰もいない部屋へと移動した。
会長の真意を確かめるために僕は鞄の中から小さなレシーバーを取り出す。
昨日、帰る途中に僕はアニメ研究会の部屋に盗聴器を仕掛けた。
本当はこういう事はしたくはないが背に腹は代えられない……これは一刻を争う事態なのだ。

『・・・・長が・・・来るなんて意外だなぁ』

僕がスイッチを入れるとレシーバーから男の声が聞こえて来た。
どうやら誰かと会話しているらしい。

『あなた達が何かしない様に監視しているだけよ、勘違いしないで頂戴』

この声は正しく会長のもの……やはり会長はアニメ研究会と関わりを持っていたのだ。

『おいおい、まるで俺達が悪者みたいな言い方だな』

この聞き覚えのある男の声は……アニ研の部長である藤村幸雄のものか。
藤村という男、これといって特筆する所はないがマイペースな性格で会議の時も寝ている事が多い。
しかも、どんな相手に対しても馴々しく話しかけて来る……僕はこの男があまり好きではない。

『にしてもびっくりしたよ。今回の予算が前よりも大幅にアップしているなんて……サンキュー会長!』
『勘違いしないで欲しいわ。私はただあなた達の実績と頑張りを見て予算を増やす必要があると判断しただけよ』

僕は会長の言葉が理解できなかった……アニ研に実績があるなんて初耳だ。
会長は一体何を言っているのだろうか。

『言っておくけど、これで結果を残す事が出来なかったら許さないわよ?』

全く馬鹿げている、許す許さないの問題ではない……奴らに餌をあげる様な真似をして会長は何を考えている?

『でもさ、会長……本当に良かったのか?なんだか悪い気がするんだけど…』

当たり前だ、貴様達にくれてやる金等、びた一文もない。
悪い気がするんだったら今すぐに部費を返上して他の部に回せ………と僕は言いたい。

『あなたが心配する必要はないわ、頑張っている部活動に対して支援をするのが生徒会の役目だもの』

……二枚舌だ。
なら何故、同じく頑張っている吹奏楽部に対してあの様な仕打ちを行うのだろうか。

――決まっている、会長はアニ研をひいきにしているんだ。
理由は分からない……だが今回の予算についての増額、そして何より――その事に関して僕に何も言わなかった事が何よりもその証だ。
ため息を吐きながら僕はレシーバーをしまう、これ以上は聞く必要はないだろう。

「このままではいけない…」

僕は小さく呟く。
この様な会長のわがままが続けばいずれ生徒会全体が信用を失う。
僕が生徒会に権力を集中させたのは会長の勝手を許すためではない。
会長の目を覚ますために僕は会長を説得する事を決めた。

――次の日。

「会長、聞きたい事があるのですがよろしいでしょうか」

僕は生徒会長室で書類の整理をしていた会長に質問をぶつける。

「あら……何かしら?」
「今回の予算の件について会長の真意を聞かせていただきます」

会長は一瞬、眉をしかめるがすぐに落ち着いた表情で僕を見つめる。

「もしかして吹奏楽部の事?あそこは実績が……」
「いいえ、違います。僕が聞きたいのはアニメ研究会の予算について。
何故あの様な所の部費の増額を……まるであの場所に対して特別な感情がある様に見えます」
「……何が言いたいのかしら?」

会長がスッと立ち上がり僕を睨み付ける。

「会長、僕はアニメ研究会の予算の増額について取り消す事を進言します。
一つの部に対して贔屓する様な行動は人の上に立つものとして恥ずべき事です」

バンッ!

会長が怒った様子で机を強く叩きつける。
やはり図星だったみたいだ。

「鈴夢!私がいつアニメ研究会を贔屓したというの!?」
「アニメ研究会の部費が急に増えた事、そして――会長の今の態度が何よりの証拠だと思われますが?」

会長とは対照的に僕は淡々とした口調で会長を問い詰める。

「そ……それは………」
「会長、このままあなたが公私混同を続けていけば生徒達は生徒会に不信を抱き、いずれ暴動が起きる可能性があります。
今一度、自分が置かれている立場を自覚してください」

少し言い過ぎかもしれないが、これもまた会長の目を覚ますためである。

「……あなたこそ自分の置かれている立場を理解しているのかしら?」

会長はおもむろに歩き出し僕の目の前へと移動する。

「……会長?」
「この私に向かってそんな口のきき方をして良いと思っているの?
鈴夢、私がその気になれば今すぐにあなたを生徒会から追放する事だって出来るのよ?」

会長は僕をまるで見下した様な表情で言い放つ。
一体なんだこれは?
僕はただ会長の目覚めさせようと説得しているだけだ……感謝されこそすれ、追放されるいわれはない。

「会長、いい加減目を覚ましてください!あなたがやるべき事は……」

バシン!

会長室に大きな音が響き渡る――会長が僕の頬に平手打ちをしたのだ。
僕は叩かれた頬に手をやる……ヒリヒリとした痛みが頬全体に伝わって来る。

「私に同じ事を言わせないで頂戴」

会長は僕を睨み付けたまま自分の椅子へと戻った。

「……出過ぎた事をしました、真に申し訳ありません…この件に関してはこれ以上は何も言いません」

僕は会長にそう言って深々と頭を下げる。

「分かれば良いのよ……鈴夢、次からは気をつけなさい」

僕の言葉に満足したのか会長は勝ち誇ったような表情をして椅子に座る。

「承知しました……では僕は仕事があるのでこれで失礼させていただきます」

僕は会長に一礼すると会長室を後にした――会長に対して失望をしながら。

その日の放課後、誰もいない音楽室で僕はピアノを弾いていた。
自慢ではないが、僕はかつてピアニストとして数多の賞を取った経験がある。
僕は演奏しながら生徒会長……小早川リサの事について考えていた。

「小早川リサ……全くの無名だった貴様をこの学園の生徒会長にしてやった僕に対してのあの仕打ち……。
さらに己の力量をわきまえぬ不遜な振る舞い……許さない」

そう、小早川リサは僕を裏切ったのだ、今まで助けてやって来たこの僕を。

「あの女は人の立つ者としてふさわしくない……新しい会長を立てる必要があるな」

言う事を聞かない駒に僕は用はない――彼女には舞台から退場してもらう。

ただし彼女には制裁を受けてもらう、この僕を侮辱した制裁を。
当然だ、あの女は制裁を受けて当然……僕に逆らった罪はそれほどまでに重い。
小早川リサ……先ずは貴様から生徒会長の座を返してもらう、支配者の椅子は彼女にはもったいない。
僕は演奏を終わらせると鍵盤を強く叩く、ジャーンと大きな音が音楽室で響き渡った。
ふと僕は吹奏楽部が小早川リサに圧力をかけられていた事を思い出す。

「中谷雪乃……彼女はあの女を敵視している……使えるな」

そう考えた僕は中谷雪乃を懐柔する事に決めた。
彼女を手懐けておけば僕が行動するのに色々と役に立つだろう。
僕は携帯を取り出してある場所に電話をかける。

新しい舞台の幕開けだ……『小早川リサの転落物語』とでも言っておこう。
支配する者は・・・僕が決める。






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