支配する者2
シチュエーション


僕が小早川リサに制裁を決意してから一ヵ月、僕は何事もなかったかの様にリサと共に生徒会の仕事をしていた。
リサの方は僕に平手打ちをした事などすでに忘れている様子で書類を確認しながら呑気にケーキを食べている。

「鈴夢、雪乃の件についてはどうなっているのかしら?」

リサはケーキを食べ終わると仕事をしている僕に話し掛ける。

「ああ、彼女の事なら大丈夫ですよ会長。今の所、中谷さんには反逆の意志はないみたいです」
「そう、あの反抗的な態度はただの僻みだったのかしら。全く弱い犬ほどよく吠えるって言う言葉は本当ね」
「とはいえ、彼女の態度はいずれ生徒会の威厳を揺るがす危険性があります。
念には念を入れるため、僕は中谷雪乃に対しての制裁を進言します」
「そうね……」

リサは僕の提案を聞いて少し考える様な顔をした後、クスリと笑う。

「確かに鈴夢の言う通り生徒会に対しての彼女の態度は許されないわね。
分かったわ、鈴夢……あなたには雪乃への制裁の任を与えます。私に逆らった事を後悔させてあげなさい………よろしいわね?」
「了解しました会長……それでは僕は失礼させていただきます」

僕はマフラーを首に巻きリサに一礼して会長室から出るとホッと小さな溜め息を吐く。

(全く……笑いを堪えるってのは本当に大変な事なんだな)

あれだけの仕打ちをしておいて、まだ僕が自分のために動いていると思っている所が実に滑稽なものだ。
残念ながら会長、僕はあなたを失脚させるために動いているんですよ?
まぁ、会長としての時間を楽しんでください………所詮は夢幻なんですけどね。
僕は心の中でクックッと笑いながら雪乃のいるクラスへと向かう。

教室に入ってみる雪乃は一人、自分の机の上で本を読んでいた。

「こんにちは中谷さん」
「きゃっ!?」

僕が声をかけると雪乃はビクッと身体を震わせる。

「な…なんだ…鈴夢君か……びっくりした…どうかしたの?」

雪乃は僕の姿を確認すると大きく深呼吸してニコッと微笑む。

「いや、ちょっと中谷さんと話がしたくなってね……それよりも『鈴夢君』ってのはやめない?前みたいに呼び捨てで構わないよ」
「そ、それは出来ないよ……鈴夢君には色々と助けてもらったんだから……」

頬を赤く染めながら彼女はうつむく……一ヵ月前とはまるで別人の様だ。

リサへの制裁を決めたあの日、僕は雪乃に電話をかけ音楽室に呼び出しすと僕は雪乃のある悩み事について問いただした。
雪乃は僕が何故その事を知っているのか、かなり警戒していたが真摯な姿勢で説得すると彼女は詳しく話してくれた。
雪乃の家はいわゆる母子家庭であり彼女の母親は小さな花屋で働いていたのだが、ある日彼女達の元に死んだ父親の友人を名乗る者達が現れたらしい。
彼らは雪乃の父親が生前、自分達に多額の借金をしていたと語りその借金の返済を求めて来たのである。
彼らは借金の証文を見せ付け、裁判に持ち込んででも返させると言いそれ以来毎日の様に返済を迫っているらしい。
雪乃も雪乃の母親もどうしたら良いのか分からず、とても悩んでいた。

その話を聞いた僕は一発で彼女達が騙されていると分かり数日後、知り合いの有名な弁護士と共に雪乃の花屋に向かった。
そして何も知らずに返済を要求しにやって来た阿呆共を弁護士と共に論破した――今でもあの悔しそうな顔が忘れられない。
後に知った事だが奴らは有名な詐欺グループで雪乃達の様な弱い立場にいる人間を狙うヒルの様な連中だったらしい。

「お母さんも鈴夢君には本当に感謝してるって……でもどうして私達を助けてくれたの?」
「僕はね、曲がった事が大嫌いなんだ……それに僕は中谷さんの力になりたかったんだ。中谷さんが無事で本当に良かった」
「鈴夢君……本当にありがとう」

この一件以来、僕に対する雪乃の態度が変わった……こんなに変わるとは予想外だったけど僕としても都合が良い。
もはや雪乃は僕を信用しきっている――そう確信した僕はついに彼女への懐柔を開始する。

「中谷さん……君は今の生徒会についてどう思う?」
「えっ?どうって……」
「生徒会は……いや、この学園は会長である小早川リサさんによって支配されているけど……本当にそれで良いのだろうか?」
「鈴夢君……?」
「会長は自分の気に入った生徒を贔屓し、自分が気に入らない生徒に対して嫌がらせを行っている……その事は君もよく知っているだろう?」
「……………」
「さらに自分に逆らう者には容赦なく制裁を与える……はっきり言って彼女は人の上に立つ人間だとは僕は思えない。
これ以上彼女のわがままを許したら、この学園はもっとおかしくなってしまう……このままじゃいけないと僕は思う」

「鈴夢君…それってもしかして……」

驚いた表情をしている雪乃に合わせる様に僕はうなづく。

「僕は今の生徒会を正そうと思う……中谷さんの様に一生懸命頑張っている人達の努力を踏みにじる生徒会なんて僕には許せない。
おかしいかな…?生徒会に所属している僕がこんな事を言うなんて……」
「ううん!そんな事ない……私は……鈴夢君が言っている事が正しいと思う。
……鈴夢君、私に手伝える事ってある?私も鈴夢君のために頑張りたい…」

その言葉を聞いて僕は心の中でニヤッと笑う……まさに思い通りだ。

「ありがとう中谷さん。でも君にまで迷惑をかける訳にはいかないよ……もし失敗したらただじゃすまないと思う」
「構わないわ!鈴夢君は私を助けてくれた、だから……今度は私が鈴夢君を助ける番……駄目?」

雪乃は僕の手を握り、目を潤ませながら僕の目を見つめる。

(懐柔……完了)

僕の心の中でそう宣言して雪乃の手を握り返す。

「ありがとう……中谷さんが仲間になってくれて僕は実に嬉しい。
中谷さんの期待を裏切らない様に僕は頑張るよ」
「頑張ってね鈴夢君!私も……鈴夢君の力になれる様に頑張るから!」

雪乃は身体中を震わせながらも喜々とした表情で僕に微笑む。頼もしい言葉だよ雪乃…いや、そうでなくては僕としても困る。
君にはあの女を会長の座から引きずり落とすヒロインになってもらいたいからね。
強大な力を持つ小早川リサに厳しい弾圧を受けながらも彼女の不正に立ち向かう美少女……判官贔屓が好きな奴にはたまらない物語だろう?
それに今まで見下して来た雪乃にプライドを傷付けられる事はリサにとっては耐え難い屈辱のはずだ。会長の座から落とされた時のリサの顔は見ものだろう。

「それじゃあ中谷さん、僕は生徒会の仕事があるから生徒会室に戻るね……何かあったら中谷さんに言うよ」
「うん、いつでも言ってね!鈴夢君の役に立てるように頑張るから。それじゃあ、バイバイ!」

手を振って僕を見送る雪乃に微笑みながら僕は教室を後にする。

「ああ……頑張ってくれよ……雪乃…」

リサを会長の座から落とす役は決まったが、もうちょっと人が欲しいな……さて、どうするか。

「ん…あれは…」

廊下を歩いていると、栗毛の女子生徒が小柄な男子生徒に対して詰め寄っていた。

(またか……)

僕は呆れる様に溜め息を吐くと、その二人に近付く。

「あ……鈴夢君……」

僕に気が付いた男子生徒……佐々木孝太郎はまるで助けを求める様な表情で僕を見つめる。それを察知した僕は彼に詰め寄っていた女子生徒……松永奈々の方に顔を向け、話しかける。

「どうしました松永先輩……何やら孝太郎君に詰め寄ってみたいですが?」
「別に…彼の生徒会での活動に対してちょっと指導をしてただけよ」

僕より一学年上の松永先輩はキッと僕の方を睨み付けながらも冷静な口調で答える。

「おや、新人の指導なら僕達はちゃんとやっていますけど…?」
「そうかしら?いつもあなた達生徒会は忙しそうだから新人を教育している様には見えなかったわ。とにかく、教えたい事も言ったし私は帰るわね…」

松永先輩は僕に向かってフンと鼻を鳴らすとこの場から立ち去る様に歩き出す。

(指導、ね…)

僕は苦笑しながら彼女の後ろ姿を冷ややかな目で眺める。全く…前『生徒会長』も落ちぶれたものだ。
彼女はかつてこの学園の生徒会長でアイドル的存在だった…本来なら彼女が会長を続投してもおかしくはなかったが、リサが生徒会長に当選した事により彼女はただの一生徒に成り下がってしまう事になる。
ま、僕も悪いんですけどね。

僕は松永先輩の姿が消えた事を確認すると孝太郎に顔を向けた。孝太郎は目に涙を浮かべながら僕に頭を下げる。

「大丈夫かな孝太郎君?君も大変だね…」
「うん、大丈夫…ありがとう鈴夢君。…平気だよ、こういうのは…もう慣れているから」

孝太郎はため息を吐いて悲しそうに顔を俯ける。彼は女子にからかわれたり、ひどい振る舞いを受ける事が多い。
原因は彼の外見と性格にあるだろう。僕も小柄な方だけど彼は僕よりもさらに小さい。そして弱気で臆病な性格と、まさにいじめられる素質が盛り沢山だ。

「それにしても松永先輩もひどいよね、いつも孝太郎君に怒ってさ」
「……仕方ないよ。先輩はボクが生徒会でやっていける様に教えてくれているんだから…」

どうやら孝太郎は松永先輩は自分のために厳しく言っているんだと思っているみたいだ。でも僕は知っている…それは全くの嘘だって事を。
松永奈々は自分の鬱憤を晴らすために孝太郎に八つ当たりしているだけで何かを教えるつもりなんか全然ない。
彼女は今の生徒会と自分を蹴落としたリサに対して強い不満を持っている。その不満を晴らすために生徒会で一番力のない新人の孝太郎に指導と称したいじめを行っているだけの話だ。

孝太郎をいじめる事で生徒会に復讐しているつもりなんだろう、実に哀れな女だ。
結局、松永奈々もリサと同じくプライドだけが高い愚か者だった訳だ……本当にこの学園は人材不足だよね。
もっとも、優秀な人間が少なかったおかげで生徒会の権力を強める事が出来たんだが。
どちらにしろ彼女にもいずれ制裁を与える必要がある……新人とはいえ生徒の会員である孝太郎に対し嫌がらせをするという事は我々生徒会を馬鹿にしているという事だ。
それに松永先輩がいずれ生徒会の脅威になる可能性があるからだ。
元会長という事もあって彼女を慕う生徒も少なからず多い、そんな彼女がその者達を掻き集めて今の生徒会に対して反逆するやもしれない。
まぁ、今の所はそんな話を聞かないしリサを粛清した後でゆっくりと制裁を与えても構わないだろう。

「孝太郎君、嫌だったら先輩に嫌だってはっきり言ったらどうかな?」
「そ、そんな事出来る訳ないよ……。だって……あの元会長が僕のために色々と教えてくれているのに…」
「そうか…孝太郎君は優しいんだね、あんなに言われても先輩を庇うなんてさ…」
「や、優しいだなんて…そんな…。ボクはそんなつもりじゃないのに…」

孝太郎は恥ずかしそうに自分の頭を撫でる。確かに彼は優しい性格だ…でもね孝太郎、君は優し過ぎるんだ。君は松永奈々にそこを付け込まれていじめを受けているんだよ?
優しいだけじゃ……この世界は生きていけないんだよ……残念ながらね…。

生徒会の仕事も終わり僕は一人、帰り道を歩いていた。

「あ、そうだ……」

その途中、僕は生徒会で使っているノートがもうなくなりそうなのを思い出す。僕はノートを買うために近くの店の中に入りノートがある棚を探していた。

「あれ……あれは松永先輩…?」

僕の視線の先には松永先輩が一人、手に化粧品の瓶を持ちながら立っている…僕は先輩に気付かれないように近くの棚に隠れた。先輩は辺りをキョロキョロと確認しながら鞄を開く。

(まさか……)

先輩が何をしようかと気が付いた僕はポケットの中から手のひらサイズのデジカメを取り出す。
何故こんなもの持っているかだって?こういう事態に備えてに決まってじゃないか。
僕は先輩にカメラの照準を合わせるとジッとその時を待ち構える。そう、先輩がその瓶を鞄の中に入れる瞬間を。
先輩は相変わらず辺りを確認している……早くその瓶を入れてくれないかなぁ。

しばらくした後、誰もいないのを確認した先輩は瓶を持った手を鞄の中へと移動させる。

「よし…」

僕は小さく呟くとカメラの撮影を開始した。先輩が瓶を鞄の中に入れる様子を何枚か撮るとカメラをポケットの中に戻す。
先輩は自分が撮られているとはつゆ知らず何事もなかったように店の外へと出る。
僕はデジカメを確認する……バッチリと先輩が万引きする瞬間が撮れている。僕はニヤリと笑うと先輩を追うように店を出る。

「いた…」

僕は先輩を見つけると、気が付かれないように尾行する。もしかしたら他の店でも万引きするかもしれない。

先輩は呑気に鼻歌を歌いながら歩き続けている。

(あれ…ここって…?)

先輩が向かった場所…それはいつも通っている学園だった。もう日も暮れている、今さら学園に何か用でもあるのだろうか。
先輩は学園の駐車場へと移動するとある一台の車の前で立ち止まった。

「あれは理事長の車…」

先輩は鞄の中から何やらスプレーみたいなものを取り出すと辺りを見渡す。
そういえば最近、教員の車がカラースプレーで落書きされる事件が起きてたけど…なるほどね、彼女だったのか…教員達の車にカラースプレーで落書きをしていた犯人は。

僕は再びデジカメを取り出し、先輩に見つからないように物陰へ移動した。先輩がスプレーの蓋を開け、車のガラスに噴射するのを確認すると僕は撮影を開始する。
よく見ると先輩は落書きをしながら何かを言っている……なんだ?僕は耳をこらして何を言っているのか聞き取ろうとした。

『くも……よくもあんな女を生徒会長に……!許さない……許さないわ……!』
『アンタ達がもっと応援すれば今でも生徒会長は私が……!』
『これは罰なのよ…!私を馬鹿にした罰なんだから……』

と、先輩は怒りに満ちた表情でそんな事を言っていた。
なるほど…先輩は自分が生徒会長を蹴落とされた原因が教員にもあると逆恨みしているんだ。だからその恨みを晴らすために教員の車に落書きしていたという訳か…。
落書きを終えたのか先輩はスプレーを鞄の中にしまうと、満足そうな表情でその場から立ち去る…車は文字通り悲惨な状態だ。
それにしても……松永奈々は本当に馬鹿な女だな。物は盗むわ、コソコソとケチな悪戯をするわ……リサの方がいくらかマシに見えてしまう。
とはいえ、僕としては良いものを見せてもらった。これで松永奈々を制裁する時に使うカードが増えたのだから。

家に帰った僕はベッドの上で横になりながらこれからの事を考える。
雪乃が味方になったのは良い。だがもっとこう……なんでもやるような人間が欲しい…汚い事、危険な事…そういうのをやってくれる人間が。

「そうだ…」

僕は近くに置いていたデジカメを右手で持って掲げる。いるじゃないか、そういうのをやらせる事が出来る人間が一人。
松永奈々……今日、僕が手に入れた写真を使えば良い。万引きや車への落書き…もしこの写真が学園中に広まれば彼女は間違いなく破滅するだろう。
学園での人気が無くなるどころか、何せ犯罪者になるんだからね。彼女は絶対に逆わない…いや、逆らう事など出来やしない。
だけど……。

「なんかひっかかる…」

そうだ、脅迫というカードをこんな事のために使っていいのか?実は僕、人の弱みを握って脅すやり方はあまり好きではないのだ。
そういうのを最初からするのは知恵がない人間がやる事だ…弱みを握っての脅迫というものはあくまで最後の奥の手に過ぎない。
他にもあるはずだ、リスクの低い…もっと頭を使ったやり方が…。

『許さない…!私を馬鹿にした生徒会だけは許さない…』

急に僕は車に落書きした時に先輩の言葉を思い出す。

そうだ、彼女は自分のプライドを傷付けられたという下らない理由であんな最低な事をしたんだ。
それに…あの女は孝太郎という自分より弱い人間をいじめているじゃないか。
彼女は弱者を虐げるという許されない事をしたのだ…無法には無法だ、遠慮などする必要等どこにある…?
僕は右手を強く握り締め、先輩を脅迫する決意を固める。
先輩…あなたが悪いんですよ?あんな所を僕に見せるから……。あんな弱みになる様なものを見せられたら…。

罠ニ嵌メル必要ガ無クテモ嵌メタクナッテシマウデハアリマセンカ…!

松永先輩、あなたにはリサを破滅させるための駒になってもらいます……どんな汚い事でもやってくれる便利な駒にね。
でも、その前にあなたには罰を受けてもらいます…弱者をいじめた罰を……因果応報って奴ですよ。
そのためには孝太郎ににも手伝ってもらう事になるな……まぁ、彼なら大丈夫だろうけどね。
僕は静かに目を閉じると深い眠りにつく。

松永奈々……お前を支配してやる…この僕が…!






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