支配する者3
シチュエーション


「私が頼んだジュースはこれじゃないんだけど?あなたって本当に頭が悪いのね」
「そ、そんな……ボクは先輩の言った通りに買って来ましたけど…」
「呆れた、自分の聞き間違いを人のせいにするなんて……恥を知りなさい」

先輩は見下したようにボクを見つめる…これで何回目だろう。

「あなたは少し頭を冷やす必要があるみたいね」

先輩は手に持っていたジュースの蓋を開けるとボクの頭にかけて来た。

「な、何をするんですか先輩っ…!」

慌てふためくボクを尻目に先輩は無言でジュースをかけ続けた。
そして先輩はジュースを全部かけ終えると空き缶をボクのポケットの中に捩じ込む……身体中がジュースまみれで気持ち悪い…。

「………」
「頭は冷えたかしら?次からは間違えないように反省しなさい……孝太郎」

先輩は満足した表情でボクを嘲笑うと、その場から歩き去って行った。

「ひどいよ……」

ボクはうつむきながらポツリと呟く……先輩の頼んだジュースをちゃんと買って来たのに。
髪の毛がベトベトする…洗いにいかなくちゃ。

ボクは近くの水飲みへ移動し、上着を脱いで頭を洗う。

「ふぅ…」

髪の毛を洗い終えたボクは一息入れる…なんで先輩はボクにあんな事をするんだろう?
先輩はボクに生徒会で頑張っていける様に色々な事を教えてくれるって言ったのに。
もしかして先輩はボクに何かを教えるつもりなんてないのかなぁ?先輩はボクの事を単なる暇つぶしの道具として見ているのかも…。
……いや、そんなはずはない。だって先輩はボクの…。

「やあ、大変だったね孝太郎君」

声のする方に顔をあげると、鈴夢君が微笑みながらタオルをボクに差し出していた。

「あ、ありがとう鈴夢君…」

ボクは鈴夢君にお礼を言ってタオルを受け取ると髪の毛を拭く。

「ねぇ、孝太郎君…僕は思うんだけどさ…松永先輩は君に何かを教えるつもりなんてないんじゃないかな?」
「えっ…!?」

いきなりの鈴夢君の言葉にボクは思わず動揺の声をあげてしまった。

「さっき先輩が君にジュースをかけていたけど…君はおかしいと思わなかったのかい?」
「それは…思ったけど…」
「今日だけじゃない、先輩は君に対して色々と理不尽な事をやって来たよね?どうしてそんな事をするのか教えてあげようか?」

「あ…う……」

まるで自分の心の中を見透かしているような彼の言葉にボクはゴクリと息を呑む。

「松永先輩はね、君をいじめるためだけに近付いて来たんだよ。
君だってその事に薄々は気が付いているとは思うけどさ…」
「…………」

鈴夢君の言葉を聞いてボクはただ、沈黙する事しか出来なかった。
確かに鈴夢君の言う通り先輩はボクをいじめているだけなのかもしれない。

でも――。

「そう…かな?先輩は不甲斐ないボクのために敢えて厳しくしてくれていると…思うんだ。
いじめるためだなんて、そんな事言っちゃ駄目だよ鈴夢君」

そう、ボクは恥ずかしそうに笑いながら鈴夢君に言った。
それに対して鈴夢君は無表情でボクの顔を見つめている。

――ボク自身にだって分かっているさ。自分が今、すごくバカな事を言っている事くらい。それでもボクは、先輩を…ずっと憧れていた松永奈々さんを信じたかったんだ。

松永先輩を初めて見たのはボクがこの学園に来たばっかりの時だった。
当時、まだ生徒会の会長を務めていた先輩の姿を見たボクは自分の心が高まるのを感じた。

まるで宝石みたいに綺麗で美しい姿、そして周りの人達に対する上品な振る舞い…ボクは一目で先輩に魅了されてしまった。
その日から先輩に対する思いが日増しに強くなっていった。少しだけで良い、先輩と二人だけで話がしたい…それがどんな形だとしても。
だから、ボクは生徒会に入る事を決意した。情けない自分を変えたかったというのもあったけど…生徒会にいれば先輩と話をする事が出来るかもしれないと思ったんだ。
その矢先の事だった…先輩が生徒会会長を落選してしまったのは。
ボクは最初、あの人気者であった松永先輩が落選しただなんて全く信じる事が出来なかった。
今の生徒会長である小早川リサさんが何か汚い手を使って先輩を蹴落としたのではないか…そう疑いもした。
ボクには先輩が会長ではなくなったという現実を受け入れる事が出来なかったんだ。だって唯一、先輩と話す事が出来る手段を失ってしまったのだから…。
これでもうボクは、松永先輩とは話す事はない…そんな絶望がボクをの心を包んだ。生徒会を辞めようとも考えた。
でも、そんな絶望を一瞬で吹き飛ばす出来事が起きる。

『あなたは確か…新しく生徒会に入った子よね?』

なんと先輩の方からボクに話しかけて来たんだ。
ずっと話をしたくても出来なかった先輩が目の前にいる…突然の出来事にボクは何を言ったら良いのか混乱してしまった。

『は、はい……そうですけど…』

ボクの返事を聞いた先輩はピクリと眉を動かし不満そうな表情になった。

『あなた…その返事は何かしら?とてもじゃないけど生徒会にいる人間とは思えないわね』
『す……すいません』
『正直、今のあなたじゃあ生徒会でやっていけるかどうか不安ね。
……そうだわ、今日からこの私があなたを立派な生徒会の役員になれるように指導してあげるわ』
『……えっ?』

ボクは自分の耳を疑った。ずっとあこがれ続けていた先輩に話しかけられただけでも驚きなのに、なんとボクのために色々と教えてくれるというのだから。

『で、でも先輩は……』
『……確かに私はもう会長ではないわ。けれども、私は今でも生徒会の事を誇りに持っているのよ。そんな生徒会にあなたの様な情けない人間にいて欲しくないの。
だから、あなたにはちゃんとした生徒会の一員として頑張って欲しいのよ…分かってくれるかしら?』

先輩は真剣な表情でボクの顔を見つめ続けている。

そんな先輩の姿にボクの胸の中が熱くなっていくのを感じた。
断る理由はなかった。いや、むしろボクにはこれが神様が与えてくれた幸運だとも思えた。

『は、はい!よろしくお願いします松永先輩!』
『決まりね。ところであなたの名前を教えてもらえるかしら?』
『佐々木…佐々木孝太郎です』
『孝太郎…良い名前ね。少し厳しくなるかもしれないけど、あなたならきっと立派な役員になれるわ…頑張りなさい孝太郎』

そう言って先輩はボクの手を握るとニッコリと微笑んだ。

――その太陽よりも眩しい笑顔は今でもボクの目に焼き付いている。今までの人生の中でこれほど嬉しかった事はなかった。
あの笑顔があったからボクは先輩に色々と辛い事をされても今まで頑張る事が出来たんだ。あの時の言葉と笑顔が偽りだったなんてボクは思いたくない。
ボクが立派な生徒会の人間になればきっと、先輩はまたあの笑顔をボクに向けてくれるに違いないんだ…。

鈴夢君はしばらくの間沈黙を続けていたが、フゥッとため息を吐くといつもの笑顔に戻る。

「なら良いんだ、孝太郎君がそう思っているのならこれ以上は何も言わない。…君の信じたものが偽りじゃない事を祈るよ」

鈴夢君はそう言いながらマフラーを首に巻き直してその場から立ち去っていった。
ボクの信じたものが偽りじゃない事を祈る、か…ボクもそう願いたい。

「お、お待たせしました先輩!」

その日の放課後、ボクはまた松永先輩にジュースを買いに行かされていた。先輩は何も言わずボクの差し出したジュースを受け取る。
(またジュースを頭からかけられるのかなぁ…?)

ボクは緊張しながら先輩の持っているジュースを見つめる。

「今回はちゃんと私の頼んだジュースを買ってこれたわね…やれば出来るじゃない孝太郎」

先輩は笑みを浮かべながらボクの顔を見る。良かった…今回はちゃんと先輩の言う通りに出来たみたいだ。ボクは心の中で安堵する。
「あの先輩…ボク、そろそろ生徒会の時間ですので…」
「なら早く行きなさい。今日も頑張って来るのよ」

先輩はそう言ってボクの鞄を差し出した。

「あ、ありがとうございます先輩」

ボクは先輩から鞄を受け取り、生徒会室へと歩き出した。

「孝太郎」
「は、はい?」
「私はあなたを信じているわ…立派な生徒会の人間になってくれるって」

そう言った先輩の顔にはあの時と同じ笑顔が浮かんでいた。

「は、はい!」

ボクは大きな声で先輩に答える。まさかあの時の笑顔を今、見る事が出来るなんて思わなかった…。
やっぱり先輩の笑顔はどんな宝石よりも綺麗だった。
やっぱり先輩はボクのためを思って厳しくしていたんだ…それをいじめるためだなんてボクはなんてひどい人間なんだろうか。

(ボクは幸せだなぁ…)

ボクは有頂天になりながら生徒会室の扉を開ける。

「あれっ…?」

生徒会の人達が集まって話をしている…なんだか皆、深刻そうな表情をしている。

「あの…何かあったんですか?」

ボクはおずおずとその中の一人に聞いてみる。

「佐々木君か…この前の会議で体育で使う道具を新しくする話になってたよね?

今日、業者が来る事になっているんだけど…そのお金がなくなってしまったんだ」

「えっ…!?それって本当ですか?」
「うん…今、皆でそのお金を探しているんだけど…佐々木君は何か知らないかな?机の上にあったはずなんだけど…」
「いえ、ボクは知らないですね…」
「そうか…いやぁ、困ったなぁ。そろそろ業者が来る時間なんだけど…」

他の人達も困った様子で頭を抱えている。まさか、生徒会室で盗難が発生したのかなぁ…?

ボクはそう思いながら自分の席に座ると鞄を開ける。

「あれ…?」

鞄の中に入れた覚えのない学園で使われている封筒が入っていた。
よく見てみると一万円礼が顔をのぞかせている、これってもしかして…!?

「どうかしたのかい佐々木君?」
「い、いえ!なんでもありません!」

驚きを隠しながらボクは再び鞄の中に入っている封筒を確認する。多分……いや、間違いなくこの封筒は皆が探している封筒だ。
何故?何故ボクの鞄の中にこの封筒が入っているんだ?誰が?なんのために?
いや…それよりも、皆が探しているこのお金がボクの鞄の中に入っている事が皆に知られたら…?
間違いなくボクが盗んだ事になるだろう。ボクの知らない内に自分の鞄の中に入っていましたって言っても皆は信じるはずもない。
生徒会いや下手をすれば退学なんて事も…!

(ど、どうしよう…!?どうすれば…!?)

心の動揺を皆に悟られる前にあれこれ考えるが、どうしたら良いのか全く分からない。その時、生徒会室に誰かが入って来た……鈴夢君だ。
なんという事だ…こんな時に一番来て欲しくない人が来てしまった。

彼はとても頭の回る人間だ…ボクが隠し事をしている事にすぐに気が付くだろう、万事休すだ…!
鈴夢君はゆっくりと皆を見渡すと静かに口を開く。

「何か…あったのかな?」
「ああ、鈴夢君…実は」

一人の女子が鈴夢君に生徒会室からお金がなくなった事を話す。

(もう駄目だ…こうなったら正直に言おう)

ボクは覚悟を決めて鞄の中の封筒に手を伸ばす。

「ああ、そのお金なら僕の机の中に保管してあるよ」
「えっ?」

思いがけない鈴夢君の言葉にボクは彼の方に顔を向ける。彼は何を言っているんだ?だってそのお金はボクの鞄の中にあるじゃないか。
鈴夢君は自分自身の机に移動すると胸のポケットから鍵を取り出して、引き出しの鍵を開ける。

「これの事だよね?」

そう言った鈴夢君の手にはボクの鞄の中にある封筒と同じものがあった。
それを見たボクの頭の中が混乱してしまった。それじゃあ今、ボクの鞄の中に入っているこの封筒は一体何なのだろう?
そんなボクを尻目に鈴夢君は封筒を他の人に渡すとニッコリと微笑んだ。

「誰かが悪戯するかもしれないと思って僕が机の中に入れておいたんだけど、皆を困らせてしまったみたいだね…すまなかった」

「い、いえ。私達の方も…あっ、会長が来たみたいなのでそろそろ…」
「うん、それじゃあ皆、会議を始めるので席につこうか」

鈴夢君の言葉に他の人達も自分の席についた。
なんだか良く分からないけど助かった…。でも、なんで封筒が二つあるのだろう?ボクの鞄の中にあるお金は一体…?

「それじゃあ会議を始めます。まず…」

色々と考えている内に会議が始まってしまった。封筒の事も気になるけど今は会議に集中しなくちゃ。
先輩の言った立派な生徒会の人間になるためにも…。

今日の会議も無事に終了し、ボクは封筒の事を考えながら帰る準備をしていた。

「孝太郎君…二人だけで話がしたいんだけど良いかな?」

声のした方に顔を向けると鈴夢君が微笑みながら立っていた。ボクは内心ドキッとしながらもニッコリと笑う。

「べ、別にいいけど…どうかしたの」
「ちょっと気になる事があってね…取り敢えず場所を変えようか」

鈴夢君はそう言うと廊下の方に歩き出す。ボクは鞄を抱き締めながら鈴夢君の後についていった。
やがて人気のない場所にたどりつくと鈴夢君はくるりとボクの方に振り向く。

「あ、あの鈴夢君…話って何かな?」

ボクは恐る恐る鈴夢君に尋ねてみる。鈴夢君はコクリとうなづくと右手をボクの方に差し出した。

「まず、君の鞄の中にあるお金を渡してもらえるかな?」
「う…!」

ボクは思わず驚きの声をあげる。やはり鈴夢君はボクの鞄の中にお金が入っている事に気が付いていたんだ。
ボクは観念したように鞄から封筒を取り出すと鈴夢君に差し出した。鈴夢君はそれを受け取ると自分の胸ポケットの中に入れる。

「あ、あの鈴夢君!この封筒はボクの知らない間に鞄の中に入っていたんだ。……やっぱり信じてもらえないよね?」
「知ってるよ」
「えっ…?」

「実は僕、会議が始まる前に生徒会室から部外者が出ていくのを見たんだよ。
不思議に思って生徒会室に行ってみると何か用事があったのか誰もいなくてね…。
まさかと思って机の上を確認をしたら案の定、業者に渡すお金がなくなっていたんだよ。もし、生徒会で盗難があったなんて事が学園中に知られれば生徒会の威厳に関わりかねない。
それをごまかすために自分のお金を別の封筒の中に入れて机の中に隠しておいたのさ。
全く…誰もいないのに生徒会室を開けたままにするなんて少し厳しく指導する必要があるな」

鈴夢君はやれやれといった感じでため息を吐く、だから封筒が二つあったのか…。結果的にボクは鈴夢君に助けられてしまった。
鈴夢君に感謝すると同時に、誰がお金を盗んだのか気になったボクは鈴夢君に尋ねてみる事にした。

「あの……鈴夢君は生徒会からお金を持ち出した人を目撃したんだよね…?それって誰か教えてくれないかな…?」
「…………」

その言葉を聞いた鈴夢君の顔から急に笑顔が消えた…なんだか嫌な予感がする…。

「鈴夢君…?」
「孝太郎君、君は生徒会に来る途中、君はずっと鞄を持っていたのかな?」
「いや…ボクは途中で松永先輩に…」
そう言いかけたボクの胸がドクンと脈を打つ。そうだ…あの時ジュースを買いに行っていたボクは鞄を持っていなかった。鞄を持っていたのは…。
「どうやら気が付いたみたいだね。僕が見たのは……」

――松永先輩だよ

その言葉を聞いたボクの視界がぐにゃりと曲がった。
嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ
先輩がそんな事をするはずがない。だって先輩はあの時…ボクに笑顔を見せてくれたじゃないか?
ボクが立派な生徒会の人間になれる事を信じてるって言ってくれたじゃないか?なのに何故?どうして?

「孝太郎君…君は今、松永先輩がそんな事をするはずがないって思っているみたいだけど…。
僕は間違いなく先輩を目撃したんだ。それに君以外にその鞄に触る事が出来たのは…」
「違う…」

無意識のうちにボクは鈴夢君の話を遮る様に呟いていた。鈴夢君は嘘を言う様な人じゃない、彼の言っている事は本当の事なのは分かっている。
でもボクは鈴夢君の言葉を信じられなかった。信じたくはなかった。もし鈴夢君の言葉を受け入れてしまったら、ボクが今まで信じていたものが粉々に砕けてしまいそうで怖かったから。

「きっと何かの間違いに決まっているよ…きっと…きっと何かが違うんだ。何かが…きっと何かが…」
「孝太郎君、君の認めたくない気持ちはよく分かる。でもね、彼女以外に考えられないんだよ?君の鞄の中にお金を…」
「違う!先輩はそんな事をする人じゃないんだ!」

ボクは涙を流しながら大きな声で叫ぶ。これが今のボクに出来る精一杯の抵抗だった。
それに対して鈴夢君は動じる事もなく静かに目を閉じ、フゥッと息を吐くとゆっくり目を開けてボクの顔を見る。

「分かった、なら君に見せようじゃないか。本当の……真実というものをね」

鈴夢君はそう言いながら右手にある時計を眺めた。

「確か教員達は夜遅くまで会議をするはず…なら、今日は来るかもしれないな」

鈴夢君はボソリとそう呟いて再びボクの方に顔を向ける。

「孝太郎君…これから君に見せたいものがある。ただ、その結果によって君がどう変化してしまうのか…僕には責任を負う事は出来ない。
それが嫌なら今日の事は忘れた方が良いよ。どうする?真実を確かめるか、それとも今のままでいるか…選ぶのは君だよ孝太郎君」
いつも見るのとは違う鈴夢君の表情と口調にボクの背筋に冷たい汗が流れる。鈴夢君は一体何をボクに見せるつもりなのだろうか?
ボクは少し躊躇するがこのまま帰る事は出来ない…ボクは覚悟を決めた。
「分かったよ鈴夢君。確かめてみるよ本当の真実というものを」

鈴夢君が何を見せたいのかは分からないけど、ボクは信じている…先輩を。松永先輩の笑顔を。

すっかり太陽も落ち、辺りが暗くなった駐車場でボクと鈴夢君は二人、建物の影に隠れていた。

「鈴夢君…なんで駐車場なんかに?」
「最近、教員達の車に落書きされる事件が起きているのは君も知っているよね?」

「うん、生徒会でも問題になっていたけど…それと先輩に一体何の関係が…?」
「まぁ、待っていれば分かるよ。そろそろ来る頃だと思うからさ」

鈴夢君はそう言って時計を確認している。これからここに誰が来るのだろうか…ボクは固唾をのんで駐車場を見つめ続けた。

「…来たみたいだね」
「えっ、誰が?」
「ほら、あそこ」

鈴夢君が指差した先を見ると、暗くて顔は分からないけどひとつの人影が駐車場に止めてある車に向かって移動していた。
もしかして鈴夢君が見せたかったものって先生達の車に落書きをしている犯人の事なのかな?
もし、そうだとしてもボクと一体何の関係が…?やがてその人影が一台の車の前で止まる。

「えっ……」

それが誰かを確認したボクは言葉を失った…そこにいたのが松永先輩だったからだ。ボクは自分の目をゴシゴシと拭きながら改めてその人物を見直す。

……けれども、その姿は松永先輩に変わりはなかった。どうして松永先輩がこんな所にいるのか…頭の中が混乱してしまう。
よく見てみると先輩の手に筒状の物が握られている。先輩はその筒状のものを車の方へと向けた。

プシャアアアアア

筒状の先から液体が吹き出して車の窓ガラスをみるみるうちに黒く塗り替えていく。

「…………」

何、これ?
これが鈴夢君が見せたかった真実だって言うの?ボクがずっとあこがれ続けていた松永先輩は…こんな事をする人間だったの?

車に落書きをしている先輩の表情は邪悪な笑いに満ち溢れていた。ずっと心に焼き付いていたあの先輩の笑顔が落書きされている車のガラスの様に塗りつぶされていく。
しばらくの間先輩は落書きを続けていたが、やがて満足したのかスプレーを鞄の中にしまった。

「それにしても、あの馬鹿の鞄の中に生徒会で使うお金を入れておいたけど…一体どうなったのかしら?
フフ…明日の孝太郎がどんな顔して私の目の前に現れるのか楽しみで仕方ないわ」

誰もいないと思って油断したのか先輩がそう呟いた。
その言葉はボクが今まで信じて来たものを木っ端微塵に砕くのに十分だった。
先輩が立ち去った後ボクは呆然と立ち尽くしていたが、やがてガクンと膝から崩れ落ちた。ボクの目からポロポロと大粒の涙が落ちる。

何もかもが全て偽りだった。ようやくボクはその事に気が付く。

あの時、松永先輩がボクに言った言葉、約束、そして笑顔はボクを騙すための嘘であり、今日再び見せた笑顔は生徒会室で起こるであろうボクの不幸に対する嘲笑だったのだ。
ボクは嗚咽を漏らしながらその場でうずくまる。
これが鈴夢君の真実だと言うのなら。

こんな真実はボクはいらない。
こんなもの…ボクは望んでいない。
だって…だって…今まで先輩を慕い信じて来たボクが馬鹿みたいじゃないか…!
こんなの、こんなの酷過ぎるよ…!惨め過ぎるよ…!
ボクは泣いた。声が枯れるまで泣き続けた。誰がボクを殺してくれ…こんな…情けなくて惨めなこのボクを…。

「…孝太郎君」

鈴夢君のボクを呼ぶ声が耳に入る。ボクは虚ろな目で鈴夢君の方に顔を向けた。

「ねぇ…鈴夢君。これは夢?それとも現実?ボクとしては夢であって欲しいけど…」
「これは現実だよ。残念だけどこれが現実。君は彼女に騙されていたんだよ」
「………フフ、やっぱりそうか。これは夢じゃないんだね。フフフ、ハハハハハ…」

ボクは壊れた様に笑い出す。もう…笑う事しか出来ないや。

「鈴夢君の言っていた事は本当だったんだね…松永先輩はボクをいじめるために近付いて来たって。
普通に考えてみれば分かるのに、それをボクは敢えて厳しくしてくれているだなんて…本当にボクは馬鹿野郎だ。
もう…何もかもが嫌になっちゃったよ」

もうこのまま自分の命を絶とう…そういう考えさえもボクの頭をよぎった。

「僕は孝太郎君を馬鹿だとは全然思わないな」
「えっ…?」

彼の言葉にボクは間の抜けた声をあげる。ボクには鈴夢君の言っている事が理解出来なかった。

「慰めはありがたいけど…ボクは騙されたとも知らないで馬鹿正直に先輩を信じていたんだよ?だから…」
「人を信じる事は、馬鹿な事じゃないと僕は思うよ?」

鈴夢君はニコッと微笑みながらボクの肩に優しく手を置く。

「信頼っていうのはこの世界で一番尊いものだと僕は思っているんだ。
君は松永先輩を信頼したからこそ今まで生徒会で頑張る事が出来たんじゃないのかな?」
「それは…」
「むしろ愚かなのは松永先輩の方だ。彼女は君の信頼を裏切ったんだよ?信頼を裏切るっていう事は、この世界でもっとも許されない行為なんだ。
はっきり言って…僕は今、松永先輩を心の底から軽蔑している…」

そう言った鈴夢君の表情は怒っているように見えた。こんな鈴夢君は初めて見る。

「孝太郎君、君はなんとも思わないのかい?彼女は君の信頼を裏切ったんだよ。
君は自分の全てを否定されて馬鹿にされて…悔しいとは思わないのかい?
彼女に一矢報いてやろうとか…考える事もしないのかい?」
「それは悔しいけど…」
「なら、その悔しさを怒りを、悲しみを、全てを、彼女にぶつけるべきだ。
松永先輩に払わせてやるんだ…孝太郎君の信頼を裏切った代償を…」

ボクの肩に手を置きながら鈴夢君は真剣なまなざしでボクの目を見つめる。
確かに鈴夢君の言っている事は正しいと思う。でも…ボクに出来るのだろうか?
情けない事にボクは今までの人生の中で人に対して怒った事は一度もない…そんなボクが松永先輩に怒りをぶつける事が出来るのだろうか?
もし、逆に松永先輩に返り討ちにされたら…。

「まだ迷っているのか孝太郎君!君はそれでも生徒会の人間か!」
「………!」

生徒会の人間…その言葉に身体の中で何かが鼓動する。

「君は情けない自分を変えたくて生徒会に入ったんじゃないのかい?
なら…今がその時だ!松永先輩にせいさ…仕返しをする事で君自身の無念を晴らす事にもなり、そして新しい君に生まれ変わる事が出来るんだ!
…もし、ここで立たなかったら…君はこの先もずっと情けない佐々木孝太郎のままだ!」

鈴夢君はそう言い終わると、ゆっくりとボクの肩から両手を離す。

(そうだ…!ボクが生徒会に入ったのはこんなウジウジした自分を変えたかったからだ…!先輩に馬鹿にされるために入ったんじゃない!)

ボクの心の中でフツフツと何かが沸き起こる。ボクの腹の中は決まった…ボクを裏切った先輩に仕返しをしてやる!

「鈴夢君…ボク、やるよ!先輩に一矢報いてみせる!」
「ようやく決意したみたいだね。ボクも及ばずながら手伝わせてもらうよ」
「でも…先輩に仕返しをするって言っても具体的にどんな事をすれば良いんだろう?」
「ああ、それに関しては僕に良い策があるんだ。彼女に打って付けの良い策がね」
「えっ…それって一体…?」
「それは後々のお楽しみって事にしておこうかな。大丈夫、僕を信頼して欲しい」

鈴夢君はニコッと笑ってボクの肩をポンと叩く。

「うん…分かったよ鈴夢君」

鈴夢君はボクが生徒会で困った事があった時や先輩に嫌がらせを受けた時にいつも助けてくれた。
そして今、ボクのために勇気付けてくれた…。鈴夢君なら心から信頼する事が出来る。
全てを失った時に初めて分かるものなんだなぁ…本当に信頼するべきは誰かっていう事は。
松永先輩…ボクはもうあなたを絶対に許さない。必ず…仕返ししてみせる!






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